第五話
「次! 三島商業高校の――」
「うわぁ……あと三人で私の番だよ……緊張するなぁ」
「確かに……ちょっと心拍数がやびゃあ事になっちゅー」
「それどこの方言? 緊張しすぎだよユウキ君」
海上都市に滞在して早いもので三日。この日、ついに俺達は秋宮財閥が出資している研究機関へと呼び出され、同日に呼ばれた数多くの学生と共に自分の順番が来るのを待っていた。
新幹線の時とは違う。俺達は北から。だが今日ここに居るのは関西、九州、海外、そしてグランディアや元々都心に住んでいた学生までもが集まっていた。
周囲を見回せば、色とりどりの頭髪の学生の姿。中には背中から翼を生やした女子や、角の生えた男子の姿まである。
いやぁ……本当に異世界と繋がっているんだな。こうして見ると改めて強く実感する。
「辺境の連中が態々ご苦労な事だな。見ろ、あの男を。包丁を呼び出して項垂れている」
「うふ、将来はコックさんかしら? まぁ、仕方ないわよ」
イヤン、そんな選民意識丸出しの会話、近くでせんで下さい。
今日は正式な実験という事で皆それぞれの学生服を着てきているが、隣の列でそんな事を話しているのは……まるで演劇の衣装のような、煌びやかな赤い制服を着た生徒だった。
都心か、ゲートの向こう側のすぐ近くにあるというグランディアの学生だろうか。
「次、ラッハ―ル騎士養成アカデミア。レオン・ネイルディア」
「はい」
「うふ、期待しているわね?」
「ああ、任せろ」
ふむ、レオン君か。ハズレを引いたら思いっきり笑ってやろう。
しかし学校名から察するに……やはりグランディアから来た生徒か。
呼ばれた生徒は、ガラスのような物で覆われた小部屋、ちょっと大きい電話ボックスのような場所に入り、渡された術式の刻まれたプレートに魔力を込めるらしい。
あ? 電話ボックスなんて見たことない? 地元じゃ現役ですが何か文句あるか。
「では、召喚実験を開始してください」
透明ボックスの中でレオン君がプレートを掲げ、魔力を込めている。
するとそのプレートが強く発光、そして溢れ出た光の粒が彼の身体へと吸い込まれる。
ふむ……体内に取り込まれるタイプか。さっきの包丁を引いた生徒は、普通に手に包丁が直接現れたのだが……ちっ、当たり引きおったな。
「レオン君、具現化してみてくれないかい?」
「ええ、分かりました」
既に自分の中に入った物がなんなのか分かっているのか、彼は腕を振りながらそれを顕現さえた。
美しい、サーベルだ。遠目からでも逸品であると分かるくらいの。
「グランディア産。今から約五〇〇年前にラッハール騎士団で実際に使われていたサーベルですね。僕の頭の中に情報が流れてきました」
「ほう、ロストウェポンを引き当てたのですね。素晴らしい。では、次は――」
いーーなーー! 俺もそういうの引きたいなー!
なんだよ、それお前の学校の名前と同じじゃん。まさか所縁の品なのか?
なんだよじゃあ俺に所縁のある品って……お祭りで昔買ってもらった光る剣の玩具とか? やだよそんなの、頼むぜマジで。
「次! 聡峰高校の吉影智美」
「は! はい!」
するといつの間にか進んでいた列、俺の前にいたサトミさんの順番がやってきた。
俺、本当に手と足が同時に出るほど緊張する人初めて見たよ。
「レオン、さすがね? うふ、そっちの子見て、ガッチガチ」
「ふん、まぁ気持ちは分かる。田舎から期待を胸に出てきて、それでゴミを引いたとなれば、恥ずかしくて地元にも戻れないだろうさ」
「うふ、そうかも。よかったわ、私もまともな物を引き当てられて」
相変わらず選民意識丸出しのムカつく美男美女がサトミさんを観察していた。
ええい、帰れ帰れ! 見せもんじゃねぇぞ! あとそっちの女子、何気に君も当たり引いてんじゃありませんよ。何そのカッコいい杖!
「緊張しなくても大丈夫ですよ、痛い事はありませんから。では、プレートを持って掲げてください」
『は、はい!』
ボックスの中、彼女はプレートを掲げ、目を強く閉じ魔力を込める。
すると……。
「……幻力が大幅に引き出されています、これは……」
「……今年も、どうやら出てきたみたいですね、逸材が」
ボックスから溢れた閃光が、周囲を照らす。
そして黄金の輝きが、大量にサトミさんの身体へと吸い込まれていく。
……はは、マジかよ……ウルトラレアでも引き当てたか、サトミさん!
「馬鹿な……あんな一般の娘が……」
「うふ、ちょっと嫉妬しちゃうわ」
あ、悔しがれレオン君。オラが村のさどみちゃんはすげぇんだ! なんてな。
「智美さん。今貴女が呼び出した存在は、顕現させる事が可能な存在ですか? モノによっては危険を伴う恐れがあります」
「あ、たぶん大丈夫です……インサニティフェニックスという魔物の雛みたいです」
彼女がその名を口にした瞬間、研究員達が一斉にざわめいた。
なんぞ。グランディアの魔物の名前とか図書館じゃ調べられなかったんですが。
「……雛とはいえ神霊獣の魂を宿すとは……見せてください」
「はい!」
すると彼女の胸から、淡い赤の光が生み出され、それがカラスくらいの大きさの、美しい毛並みの赤い鳥へと変化した。
へぇ……綺麗な飾り羽もあるし……嘴が漆塗りみたいな輝きを放っている。
確かに神々しい。凄いじゃん、サトミさん。
「素晴らしい。智美さんは後程職員の方からお話がありますので、研究所内で待機していてください」
「わ、わかりました」
フェニックスの雛が光と消え、彼女がボックスから出てくる。
ハイタッチ。やったな、希望通り小動物だ。想像よりも何百倍も凄そうだけど。
「ユウキ君……私、やったよ」
「ああ、やったな!」
「そっちも、頑張って! 見守ってるから」
あーでもこれで同じ高校の俺が超外れ引いたらもう空気が完全に死ぬ!
ていうか俺の心も死ぬ! そして警戒した様子のレオン君に大爆笑されそう!
頼む、頼む! ウルトラレアとまでは言わない。せめて武器、次点でなにかアクセサリーでも良い! とにかく日用雑貨だけは勘弁してくれ!
「次! 聡峰高校の……ん? 君、待ちなさい」
「はい! って、え? なんです?」
「抑制バングルを外しなさい。規則です。それに召喚事故が起きる可能性もある」
「え! これ一度外したら効力消えちゃうんですけど……」
「規則だからね。諦めるか外すか決めなさい」
うそん! そんなに聞いてないんですが! 最近三つに増やしたばかりだったのに!
……でもなぁ、外した方が良いモノ呼び出せるかもだし……。
「すみません、外します」
久々にバングルを外す。別段魔力を使っていない時なら外してもなにもかわらないんだね、これって。
うーん……でも受験の時の実技も、本気でやったほうが良いだろうし……丁度良かったのかね。
「では改めて。聡峰高校の佐々原優木」
「はい!」
ボックスの中に入る。防音ではないが、大分音が籠って聞こえてくる。
内部に取り付けられたスピーカーから、研究員からの指示が入る。
「では、プレートを掲げてください」
「はい」
「魔力を込め、感じ取ってください。貴方が呼び出す何かを。遠くに意識が繋がるのを感じるんです。では、開始してください」
懇切丁寧な説明を受け、俺はプレートに意識を向け――その瞬間、腕と頭に鋭い痛みが奔る。
「っ! ユウキ君! 中止です! プレートを置きなさい!」
「は、はい! で、でも手、手から離れません! アア!」
プレートに手を引っ張られるような感覚がしたと思った瞬間、見えない力の奔流を全身に浴び、ボックス内の壁に叩きつけられた。
なんだ、なんなんだ!? 俺は、俺は何を召喚した!?
光が止む。だが、何かが体内に吸い込まれるような事はない。
……失敗? 事故? 一生に一度のチャンスを棒に振った……?
「これは……至急、主任を呼んできてください。これは……肉体を必要としている」
その言葉に顔を上げる。ボックス内を漂う無数の光が一つに集まり、バスケットボールくらいの大きさになる。
……気配がする。そこに何かがいる。生き物だ。光なんかじゃない。
「俺が……呼んだ……?」
呆然とそれを見つめていると、ボックスの中に白衣の女性が入って来た。
少し冷たそうな印象の、迫力のある若い女性だった。
そのまま、坦々と彼女が話しかけてきた。
「……私の意思が、伝わっていますか?」
「え? あの」
「君は黙っていて」
「あ、はい」
どうやら光に話しかけているらしい。
「言葉が、分かるのですね?」
強く輝く。
「あなたは、肉体を得ることが出来ます。意思を持つのなら、尊重します。求めるのなら、どうか私の手にあるプレートの中に入ってください。あなたの魂に相応しい肉体を、ご用意いたします」
すると、その光の玉は一瞬迷うように点滅した後……プレートへと入っていった。
「……神霊か、はたまた精霊か。キミ、私について来なさい」
「あ、あの!? 一体今のは――」
「ついて来なさい。途中で話すわ」
有無を言わさず歩き出す女性の後を追う。
口を開けて見ていたサトミさんや、尻持ちをついているレオン君の脇を通り抜けて。
「貴方が呼んだのだのは、貴方の中に入れない類の魂よ。そういう存在は身体を生成するか、お帰り頂くかの二択なんだけれど……どうやら知性ある存在のようね。貴方の名前は?」
廊下を進みながら、彼女は少し早口にそう語る。
俺が……身体を持つ使い魔を手に入れる事になるってことか!?
エサ代とかどうなんの!?
「名前は?」
「あ、ササハラユウキです!」
「そう。ユウキ君、誇っていいわよ。知性ある魂。そしてその魂の持ち主は、どう考えても古い時代の存在。どういう訳か、近代からはそういう存在はこないの。たとえ、貴方に従属する事を拒まれたとしても、貴方は歴史的に価値のある存在を呼び出したからと、国、それこそグランディアにある各国から報奨金が出るわ。勿論、日本からもね」
「従属拒否……ですか」
「当然よ。知性が低い存在ならまだしも、明確に知性、言葉を介するだけの知能があるのなら、当然相手側の要求も受け入れる。だって死んだ存在を私達の勝手で呼び覚ましたのだから」
そうか、そりゃそうだよな……もし、安らかに眠った存在なら……。
「ふふ、久しぶりね、実体を生み出すなんて。最後に知性ある存在を生成したのは……確か上位竜種だったわ。もしも竜種だったら、残念だけど従属は諦める事ね」
「あ、はい。俺もさすがにドラゴンの面倒なんて見られそうにないですから」
研究所をどんどん奥に進んで行っているのだろう。人を、見かけなくなった。
時折白衣を着た人間が皆、この人に頭を下げているのは見かける。たぶん、上の立場なのだろう。
そして歩き始めて五分ほど。多くのセキュリティを潜り抜けて辿り着いたのは、SFモノで出てくる悪の組織のアジトとでも呼べそうな場所。巨大な培養水槽のような物が並んでいる研究室だった。
「色々話しておかなくちゃいけないんだけど、先にこちらを優先させて」
彼女は、先程俺が召喚した魂をプレートから呼び出し、大きな水槽へと導く。
「この場所で、アナタの肉体を生み出します。アナタの魂に刻まれた姿を読み取り、最も生命力に溢れていた時代の肉体を再現します。ですから、生まれてまたすぐ死ぬ、という心配はなさらないでください」
光が水槽内で強く点滅する。
「魔力を司る器官が初めに生成されます。そうすれば、もっと意思の疎通が可能となりますので、その時にアナタについて教えて頂けると幸いです。仮にこの場所が相応しくないとお思いでしたら、もっと巨大な施設も用意出来ます。ですので、どうかこちらに協力して頂けますようお願いします」
光が収まり、沈黙しているかのような時間が流れる。
「……休眠、かしらね。あの存在に、この世界に呼ばれた意味を説明するのはもう少し後になるの。もしかしたら失礼にあたるかもしれないもの。過去には、とても気高い、有体に言うとプライドの高い霊獣を呼び出してしまい、いきなり『人間に隷属する為に召喚させられた』と教えた結果、研究所がまるごと崩壊、死傷者多数、なんて事件もあったわ。まぁ日本の話ではないけど、中には研究を盗んで、独自に召喚しようとして失敗する国もあるって事」
「なんなんですかそれ、めっちゃ恐いんですけど」
「私の方が恐いわよ。こういう存在の対応は私に一任されてるのよ? お給料は良いけど」
何はともあれ、どうやら俺の召喚は失敗……って形になってしまうのかね。
従属拒否からの、この先一生召喚は無理。変わった能力を手に入れる事も出来ず、か。
しかし、報奨金も出るという話だし、ある意味大きな実績を得られたって事にはなるのか? 受験で有利に働いたりするのだろうか。
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、聞いてません! ちょっと未来への不安で頭がいっぱいでした」
ごめんなさい取らぬ狸の皮算用してました。
「だから、詳細な連絡は三日後くらいになるから、後で実家の方に連絡入れる、って」
「あ、そんなに時間かかるんですね。了解です」
「この相手がどんな大きさなのかもわからないけど、生体の竜なら一年。もう少し小型なら半年。もしも精霊種でそこまで大きくない存在、妖精や地精のような存在なら三週間。かなりバラバラだから、その辺りは留意しておいて」
「分かりました」
「あとそれとだけど、貴方自身にも興味がある。少しテストに協力なさい」
すると女性は、何やらスタイリッシュなバングルを取り出して見せた。
「貴方、既製品とはいえ魔力、幻力を抑制するバングルを三つもつけていたそうね? だったらこれ、使えなくなった物の代わりに使いなさい。使い捨てじゃない特注品よ、抑制段階も変更可能。代わりに、高負荷を加えた場合に人体などんな影響が出るのか、データを取らせて頂戴」
「え! 良いんですか!? 願ってもないんですけど。あ、でも翌日全身筋肉痛とかは勘弁です」
「大丈夫、精々半日眠くなる程度よ。じゃあ……仮にも召喚で霊魂を呼び出したんだし、普段からバングルつけていたみたいだし……負荷最大から開始で。徐々に緩めるから安心して」
「普通逆じゃないですかね?」
「ぶっちゃけ最大の状態のデータが欲しいわけ。頑張ってね」
チキショウこの人キレイだけど性格に難ありだ。
腕にバングルをはめられ、研究所内の訓練施設へと向かう。
VRではない。学校にある訓練所と同じ、完全に生身で戦う場所。
曰く、グランディアに存在する魔術を使い、外傷を体力の消費という形に変換する事が出来るらしく、安全面ではVR以上という話だが……まさか使わせてもらえるなんて。
「相手は私の助手よ。一応プロのバトラーライセンスも持ってる人だから」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「うーっすよろしく少年。なんかいきなり準備して戦えって言われたんだけど、これどういう状況?」
「なんか、このバングルの実験らしいっす」
訓練所で待っていたのは、戦闘用スーツの上から白衣を纏ったおじさんだった。
年上が助手……よっぽど優秀なんですねあの人。後おじさん凄いタバコ臭いっす。
「ああ、そゆこと。んじゃちょいと攻撃するから受けてみて」
瞬間、おじさんが駆け寄り、外見からは想像出来ない鋭いハイキックを繰り出して来た。
待って武器! 素手とか慣れてないんだが!
「どわ!? ちょ、武器なにかくださいよ!」
「どうせその状態じゃ満足に起動出来ないわよ、そのまま頑張りなさい」
「でも今避けたねぇ? ちょっともう少し本気出すか」
繰り出される回し蹴りからソバット、カポエラも出来るのか、無理な体勢から連続の蹴りを繰り出される。
いつもより体が重い感じがする中、ギリギリそれをさばき切り、なんとか耐え凌ぐ。
「……ねぇ主任―? これで十分じゃないっすかねー? なんかこの少年やばいっすよ。もうちょいバングルの効果強めたらどうです?」
「驚いたわね。それ、最大まで抑制中よ」
「は!? じゃあ三〇個分抑制してこんだけ動けてんすか!? 少年お前もしかして特別な種族の血でも引いてる? 北方魔族とかホワイトエルフとか!」
「え、なんですかそれ。片田舎の純朴の少年っすよ俺」
「まじかー純朴少年かーおっさんには眩しい存在だわー」
なんかノリいいですねおじさん。
「ちなみに、バングル五つで成人男性が小学生と互角に戦うレベルまで落ちるって思ってちょうだい。三〇個となると……そうね、バトラーのプロリーグに常駐するレベルの人が、小学生に負けちゃうレベルかしらね」
「うっそ! んじゃ俺って結構凄かったりするんですか!?」
「まぁ……前例はあまり多くないとだけ言っておくわ」
自分がちょっと特別な存在みたいになれた気がして、少し気分がよろしゅうございます。
引き続きおじさんの蹴りを躱しつつ、なんとか攻撃を反らそうと腕を出す。
うわめっちゃ痛い気がする。一瞬で腕の体力がなくなったみたいな疲労感が。
だが、それでも攻撃を反らす事は出来るみたいだ。
「やっぱりあの召喚の結果は伊達じゃないみたいね。保有魔力は……下手したらあの連中クラス……ユウキ君、バングルの抑制を全て解除して戦った事、ある?」
「付け始めてからは一度も。だってはずしたら使えなくなるんですよ?」
「それもそうね。じゃあ、やってみなさい。大丈夫、ここでは人は死なないから」
「ちょ、何物騒な事言ってんですか主任! こんな実験付き合ってられるか! 俺は自室に戻らせてもらう!」
「ドラマだとそういうと死んじゃうのよ。いいから、戦ってみなさい」
バングルを調べ、抑制レベルを〇にする。うわぁ……何か月ぶりだこれ。
「んじゃ少年、俺も痛いのは嫌だから全力で逃げ――」
「あ……?」
「ぇ――マジ――か――」
「嘘……医療班、坂田博士を回収、治療にあたって。ユウキ君お疲れ様、戻ってらっしゃい」
早速一撃当てようと思った瞬間、俺の拳は、既に助手のおじさんの腹に深くめり込んでいた。
戦闘用のスーツを、素手で粉砕しながら。
嘘だろ、なんだよこれ……。
「貴方がバングルを付けていたのは正解だったわね。普通の生活にも支障が出かねないレベルの身体強化だったわ」
「あの、俺……さっきの助手さんは……」
「大丈夫よ。肉体の損傷は体力の消費に置き換わる。今、あいつは極度の疲労で爆睡中。正直いつもとあまり変わらないから気にしないで頂戴」
「あ、そうなんですか……いや、でも」
「責任は私にあるわ。それより……そのバングルを貴方に上げます。抑制レベルは一〇に設定、既製品五つに相当するわ。これなら年齢相応の戦いも出来るし、良い訓練にもなるはずよ」
「本当にもらってもいいんですか?」
「……ええ。ただ貴方、こっちの学校を受験するんでしょ? もし受かったらそうね、定期的に実験に協力してもらえるかしら」
「それくらいなら……」
「よかった。じゃあ、召喚した霊体に変化があれば連絡するから、実家の方とスマート端末の連絡先、教えて頂戴」
スマートホンではなく端末。呼び名が微妙に違う。
言われるままにこちらの連絡先を通信で交換する。あ、本名ゲット。
「ニシダチセさん……宜しくお願いします、チセさん」
「名前で呼ばない。主任と呼びなさい」
「すみません、主任」
「よろしい。それにしても……聡峰高校ねぇ、私の実家に近いのよねあそこ」
「え!? そうだったんですか!?」
「そうよ。君たちの引率と私、一応元同級生なのよね。ま、これも何かの縁でしょう。無事にこっちの学校に受かりなさいね」
「は、はい。じゃあ……今日は色々と有り難う御座いました」
「はいお疲れ。じゃあ帰りは廊下にある緑のラインに沿って歩けば外に出られるから」
「了解です」
色々な事が起きたが……一先ず結果としては、受験で有利になるかもしれない実績が出来たって事と、とても貴重な品を譲り受けた。そしてコネまで手に入れたと見るべきか。
結果として東京に出てきたのは正解だよな、間違いなんかじゃなかったよな。
それに報奨金が出るのなら、オーダーメイドのウェポンデバイスだって夢じゃないかもしれない。
「やばい、ニヤケが止まらない……サトミさんと明海さんにも教えてあげないと」
「あれは拘束用に改良した物よ……人体にどんな影響が出るのか見たかったのに、普通に動けていたなんて異常よ。絶対……他の連中には見せられない……ここでなんとか彼を教導出来たらいいのだけど」
水槽に向かい、まるで語り掛けるように研究主任が語る。
平凡な学生が待っていて良い力ではないと。なんらかの形で利用されかねないと、彼女は危惧していた。
研究者である前に、一人の大人。未熟な子供を食い物にする権力者たちをよく思わない、研究者としては珍しく、好奇心や知識欲よりも人道を重んじる人物でもあった。
そんな彼女が、そこまで危惧するユウキの行く末。
ただ……少なくとも子供を心配する大人が一人増えたのは間違いなかった。
尤も……それはもしかしたら、二人だったのかもしれないが。
水槽の中で静かに点滅する光。『彼女』が一体、何を思ったのか……。
(´・ω・`)ちょっと聞き覚えのある人が出てきましたね