第六十五話
和やかな旅行モードから一変、京都二日目。
この日、俺達は早朝五時に宿の外に、外出の準備をして待機させられた。
朝霧で視界の悪い中、恐いくらいの静寂に包まれながら、クラスメイト達の言葉に耳を傾ける。
「今日は何か儀式を受けるんだっけ? こんなに早朝からって事は、時間がかかるのかな?」
「さぁな。けどま、今夜から作戦開始なんだろ? 加護を受けるっつー話だが、効果あるのかね」
「ふむ。本物の神職の加護というものを私も受けた事はないが、聞いた話によると、生半可なアンデッドの精神操作を完全に遮断、高位の者によるとなると、こちらの攻撃にも神聖な力を宿すという」
「俺もミコトも、一応流派の関係で攻撃に微かに神聖な気を纏うって言われてるんだ。案外、今回の任務で大活躍するかもな、ユウキ」
「今回はMVPだろうがなんだろうが二人に任せるから、馬車馬の如く働いてください……あー緊張してきた。その儀式とやらすら恐いんだけど」
「静かに。車の音が聞こえてきましたわ」
すると、朝だというのに、この濃霧にヘッドライトをつけている大型バスが霧の中から現れた。
窓が全て塗りつぶされており、傍目から見ても普通じゃないと分かる外観。
目の前に停まったバスからジェン先生が降り立ち、俺達に乗るようにと促す。
「これから、儀式を受ける為に移動する。席は自由に座るように。それとセリアとアラリエルは私の近くに座ってくれ。少し話がある」
「あん? 俺が目付けられんのはいつもの事だがなんでコイツまで」
「私、なにかしちゃいましたか……?」
「いや、ちょっと任務の前に確認しておきたい事があるだけだ」
ふむ? グランディア出身者には何か不都合でもあるのか? でもそうなるとコウネさんが呼ばれないのは不自然だな。何があったのだろうか?
ともあれ席につき、外が一切見えない異質な環境の中、バスに揺られていく。
それから一時間か二時間か。位置特定が出来ないようにと宿でスマート端末を回収されていた俺達は、現在の時刻も場所も知る事が出来ないまま、どこかへと移送されていく。
やがて、バスが止まるのを感じる。
「これより社へと向かう。セリアとアラリエルの両名は私の後ろだ」
「へいへい」
「分かりました」
バスを降りると、今度もどこかの山中に設けられた駐車場なのだが、基本的に人が来ない場所なのか、かなり荒れた印象だった。
それに霧がかかっている訳でもなく、どこか不自然なくらい、季節感を狂わせる緑が生い茂っていた。
「凄い……まるで夏みたいな」
「うん、ここは凄く大地の魔力が強い場所みたい」
「神聖な気に満ち溢れているのだろう。背筋がどこか伸びる思いだ」
「確かに、道場に似た空気があるな、ここ」
「俺には分かりませんが」
なんていうかこう、夏休みの実家で過ごす早朝とかこんな感じだったので……。
駐車場というかむしろ空き地を抜けると、苔むした石段が上へ上へと続いていた。
古い神社のような場所だが、たしかにここは観光客向けの場所ではないんだろうな、という事が雰囲気で伝わって来た。
やがて石段を登り終えると、かなり大きな木で作られた鳥居が現れ、そのまま進もうとしたところでジェン先生に止められる。
「全員止まれ。作法を絶対に守れよ。一人ずつ、鳥居の端の方を潜って境内に入るんだ。一之瀬、お前から頼んだ。こういうのは女子から向かう方が良い」
「な、なんか緊張してきたんですが」
「ここは、数少ない形骸化していない、本当の神の社だからな。古いしきたりだが、鳥居を潜る時は中心を進まず、巫女に近い女性から中へ入るようにしている」
「へぇ、そういえば僕も聞いた事あるかも。神様の通り道だから、堂々と真ん中を歩いちゃいけないって」
そういえば、そんな話を大昔婆ちゃんに聞いた事が。
そうか……魔法もなんでもある世界だし、そういう風習が本当に意味を持つのか。
そうして、コウネさんとキョウコさんも境内に入る中、次はセリアさんの番になったところで――
「セリア、さっき言った通り、お前は鳥居を潜らず脇から入るように。何か異常を感じたらすぐに引き返せ。その場合はバスで待機しろ」
「はい」
何故か、彼女は鳥居をくぐるなという。
恐る恐る鳥居の外から回り込むようにして中へ向かうセリアさん。
すると、無事に境内へと辿り着く。
「……問題ないな。次はアラリエル。セリアと同じようにな」
「へいへい」
同じく無事に。一体どういう事なのだろうと、俺だけじゃなく他のみんなも先生に訊ねてみると――
「グランディアは神話の時代からそのまま続く世界だ。住人の中には、神の血を僅かだが引く者もいる。セリアとアラリエルは、それぞれ魔王と女神の信仰が盛んなノースレシア大陸とサーディス大陸の出身だからな。異世界の神に連なる者を正式な客人として迎える訳にはいかない、という先方からの指示だ。いわば裏技、裏口からこっそり入った状態だ」
「なるほど、そういう訳でしたか。私はセカンダリア大陸出身ですから問題なかったという訳ですね?」
「ああ。さぁ、残りのカイ、カナメ、ユウキは最初に言った通り鳥居の端から中へ入るといい」
なるほどなぁ。ちなみに、ジェン先生もしっかりと鳥居をくぐらずに中へ入っていました。
そういえば、ジェン先生もセリアさんと同じ大陸出身なんだっけ?
カナメとカイが中へと進み、トリを務める事になった俺も、皆に倣い鳥居をくぐろうとする。
だが――
「っ! なんだ!?」
突然、境内にある神木だろうか、大きなしめ縄のされた大木が揺れ、大量の葉が舞い、同時にしめ縄が音を立てて解ける。
境内の砂利が震え、ジャラジャラとした音を立て砂煙を上げる。
明らかな異常に、俺も含めて警戒態勢に移行すると、神社から大きな扉の音をさせ、一人の男性が険しい表情を浮かべて駆け寄って来た。
「どういうことです! こちらの指示は伝わっていたではずしょう!」
「申し訳ない、神主殿! 指示に従い、私含めてグランディア出身の者は全員入れたのですが……」
神主らしき人物が焦りの表情を浮かべ、アラリエル達を見る。
……まさか、俺? 俺がアウトだった?
「……薄く、本当に薄く加護を感じる子達です。確かにこの子達が原因ではありませんね」
「あ、あの……俺が入ろうとした瞬間だったんですけど……」
「君が? 君は見たところ日本人だが……」
「あ、生まれも育ちも日本です」
「ふむ、そうか――ん? いや……」
神主さんが、真剣な瞳で俺の身体を観察しだす。
そして、まるで手をかざすようにして、俺の体温でも調べるような動きで額に手を伸ばし――
「先生、でいいのですかな。この子は儀式を受けられません。いえ、そもそも受ける必要がありません」
「それは、どういう意味なのでしょうか」
「先程、ここの御神木に遊びに来られていたお方が、唐突に畏れ、暴れ出しました。まさか……異世界の神に連なる者をつれてきたのかと思ったのですが……」
「いえ、ササハラ……この生徒はただの日本人です」
「ええ、そうです。ですが、あまりにも強い加護を身に纏っている。強い、強すぎる加護を……このままでは神が畏れて儀式どころではありません。どうか、彼には離れた場所に待機してもらってください」
ええ……何、俺ってそんなヤバい守護霊でも背負ってるの? 爺ちゃん婆ちゃんそんなにやばいの? それとも父さん?
いや……まさかとは思うけど、今も生きてるイクシアさんの影響とか言わないでくれよ……?
「ササハラ。どういう訳かわからないが、お前はバスに戻っていてくれ。安心しろ、そんなに強い加護があるのなら、お前の怖い幽霊なんてひとたまりもないぞ」
「なんか釈然としませんけど……わかりました。んじゃ戻りますね」
「ユウキ君ってどこかの神社の息子だったりしたの?」
「いんや、精々仏壇で手を合わせる程度の宗教観のない男子に御座います」
「不思議だ。まさか……君の流派は我々のようにどこか特定の神に加護を受けていたのだろうか」
あ、それはもしかしたら心の師匠が『悪魔なお兄さん』だからですかね?
関係ないですか、そうですか。
「申し訳ないね、君。正体は不明だが、君についている何かは……我々の信仰する神が許容出来る者ではないようだ。しかし、邪悪さは微塵も感じられない。君は自分の幸運をむしろ喜ぶべきかもしれないね」
「あ、いえ大丈夫です。じゃあ……俺はこれで失礼します」
そう皆に別れを告げ、一人バスへと引き返す事にした。
空き地に戻りバスに戻ろうと思ったのだが、外の景色も見えなければ、スマ端末も回収されている状態で時間を潰す事も出来ないからと、空き地をぶらぶらと見て回る。
この山を下りたら現在地がどこなのか分かるかもしれないが、さすがにそれはダメだろうな。
「あー暇だー……てか俺の加護ってなんなんだろ……イクシアさんかなぁ?」
以前、俺となんらかの契約を結ぶと言って、一緒に寝た事があったのを思い出す。
割と精神力と理性を総動員して一緒に寝ていたのだが、それの影響だろうか?
そういえばイクシアさんは神話時代のエルフだって言っていたが……保母さん兼領主代行? とかいう、よくわからない立場だったという。さすがに神様とは関係ありそうにない肩書だが……古代の術は神様すらビビらせるとか?
「それとも、このペンダントやらお札やらの効果だったりして。うーん……本当にご利益があったんだなぁ」
ペンダントを光にかざすと、きらきらと光を乱反射させ青く輝く。綺麗だ。
お守り代わりに持たせてくれた物だが、さらに先日貰ったワッペンを魔改造したお札? みたいなのも、下着のシャツに張り付けている。まさに万全の体勢もとい、耐性だ。
そのままさらに待っていると、近くの藪から物音がした。
さすがにこんな場所に悪霊なんて出ないし、そもそもまだ昼だし? 恐くねぇし?
「だだだだだだだ誰だよお前出て来いよオラ来いよオラ!」
出てこない。なに、動物? なら俺負けないよ? もう地球の原生生物に負けないよ俺。
すると、再びガサリと音がしたと思うと、藪の中からひょっこり男の子が現れた。
甚平だろうか? どこか古風な服を着た、五歳くらいの男の子が、興味深げにこちらを覗いている。
ふむ? 服装的に、さっきの神社の関係者だろうか? 驚かせおってからに!
「どうした少年! そんなとこに隠れて!」
「ちょっと見てただけ! お兄ちゃんここの人?」
「ちがうぞー、中に入っちゃダメだって言われたからここでお留守番。暇してたんだ、ちょっと話し相手になってくれよー」
人懐っこいのか、少年がテクテクと近づいて来た。
うむ、間違いなく近所の子供とかじゃないな。神社の誰かの子供? それともこの歳で修行中とかだろうか?
「お兄ちゃん神社に入れないの?」
「うん、残念ながら入っちゃダメだってさ」
「ふーん、僕と同じだね」
「お? 追い出されたのか?」
「そんなところだと思う。色んな人と喧嘩したから、あそこに入るなって怒られた」
「なんだよ、悪い子だな? あんまり喧嘩しちゃだめだぞー?」
「だって閉じ込められてるようなものだもん。そこで一緒にいたみんなと喧嘩してたら、もう近くにくるなって言われて。でもさっき騒ぎがあったから、見に来たの」
あー、俺達が神社に行った時の事か。そういや、結構神主さん慌てていたな。
悪い事しちゃったのかな?
しかし閉じ込めて喧嘩とか……結構厳しい環境で修行させてんのかね?
まぁこの場所閉鎖された環境みたいだし、そんな環境で厳しい修行の日々って言うのは、遊びたい盛りの子供には退屈だしストレスも溜まるんだろうな。
「よし、兄ちゃんが遊んでやる。なんにも道具はないけど……」
「遊んでくれるの? じゃあかくれんぼしよかくれんぼ」
「山の中でかくれんぼとか難易度高すぎなんですがそれは」
仕方ない。適当な石でも拾ってなにかしよう。池でもあれば水切りが出来るんだが……。
「池? 溜め池なら近くにあるよ」
「お、んじゃ行こうぜ」
ちょっと実家の裏が川だってお兄さんの妙技、見せちゃいますよ。昔川で同級生と遊んだ時も、みんなドン引きさせるレベルで飛び跳ねさせたから。
十回とか余裕でいけちゃうから俺。
「見てろよー……ほりゃ!」
ユウキ選手、ブランクを感じさせない華麗なフォームから素晴らしい第一投!
一、二、三、まだ伸びる、まだ伸びるぞ! なんて脳内実況をしながらひとり盛り上がっていると、隣の少年もまた、目を輝かせて跳んだ回数を数えていた。
「十と一! 凄いね兄ちゃん! どうやるの!?」
「いいか、こういうなるべく平べったい石を探して……こう持って、こうやって――」
少年に水切りの極意を教えているうちに、気が付けば太陽が真上、つまり正午にさしかかろうとしていた。
儀式って随分長いな。みんなはまだ戻って来ていないんだろうか?
「出来た! 三回跳ねたよ!」
「お、筋がいいな。ちょっと兄ちゃんはそろそろ戻らなくちゃいけないんだけど、大丈夫か?」
「え、もう戻るの? うーん……分かった。練習しておくから、またいつか教えてよ」
「はは、機会があればな。あ、そうだ、君の名前は?」
「僕? ……僕はコミっていうんだ。コミ」
「コミ……変わった名前だな。んじゃコミ、またいつかな。あれだぞ、喧嘩したならちゃんとごめんなさいしないとダメだからな? 暗くなる前に帰るんだぞ?」
「はーい」
相変わらず溜め池に石を投げているコミに別れを告げ、空地へと戻る。
コミ……もしかして男の子だからか? ほら、巫女さんの反対の性別だから『コミ』みたいな。いや違うか? なんにしても、良い時間つぶしになってくれたな。
「こら、どこに行っていたんだササハラ。一応待機中でも任務行動扱いだぞ」
「すみません、先生。ちょっと神社の子供見かけたんで、遊び相手してました。たぶん、俺達の儀式で境内から出るように言われていたんだと思います」
「まったく……儀式は無事に終わった。これより特級禁止区域に向かう。既にセーフハウスも用意してあるから、そこで午後六時まで待機だ」
「……ついにきちゃったか……」
「まぁ神主殿曰く、強力な加護があるんだろう、そう心配するな。セーフハウスについてから詳しい作戦内容と状況を説明する」
空き地に戻ると、既に他の皆はバスに乗り込み済みだと教えられる。
俺も乗り込み、隣のカイにどんな事をしたのかと聞いてみると――
「ひたすら正座したまま、神主さんの唱える呪文? みたいなの聞いて、たまに巫女さんがへんな植物でお酒みたいなのを身体に振りかけてくれたよ。正直、酔っぱらいそう」
「ふーむ。なんかテレビで見た事あるかも」
「あれは榊の枝と樒の枝を束ねた物だ。両方を使うというのは初めてだったが、確かに何か感じる物があるな。恐らく、男子よりも女子の方が強く感じているだろう」
「あ、やっぱりそうなんですね? 心なしか、魔力が身体に集まって来やすいような感じがします」
「あ、私も。男子は何も感じないんだ」
「あ? 俺も感じてるぜ、酒が飲みてぇって。なんで日本は二十歳じゃないと飲めないんだかわからねぇ」
なるほど、そんな感じか。案外変わった事をしたわけじゃないのか。
再びバスが走り出す。相変わらず外の景色は分からないが、いよいよ任務地なのだと思うと、微かに背筋が震えてくるが……まぁ、偉い神主さんのお墨付きももらったんだし、大丈夫だろたぶん。
すると今度は、さほど時間を空けずにバスが止まった。
降りるとそこには、まるで日朝で怪人と正義のヒーローでも戦いだしそうな、四方を山に囲まれた空き地、砂利や砂、岩が点在する、そんな場所に降ろされた。
本当に何かの撮影に使われそうだな、と思っていると、その空き地の一角に、工事現場で見かけるような大きめのプレハブ、仮の休憩所のような物が設置されていた。
「見た目はしょぼいが、一応最新の設備が中に備え付けられている。まずは作戦を練る」
「了解。出来れば俺はここで待機するバックアップ要員希望で」
「お前には最前線に出て貰おう。神主も驚く加護の力、発揮してもらうからな」
「どうして!」
中は会議室のような内装になっており、俺達は席につき、ホワイトボードのような大きな液晶画面に表示された、この辺りのマップを見せられる。
「この赤い線が境界になる。ここがグランディア、中国、日本の呪術師や魔術師、聖騎士主導の元に張られた強力な結界となり、外部にアンデッドや悪霊の類が出られないように封絶されている」
「教官、質問宜しいでしょうか」
「どうした一之瀬」
「内部にもう一つ線が引かれ一回り小さな領域が出来ています。こちらはなんでしょう?」
「ここが今私達がいる場所を含めた、戦闘想定区域だ。ここにも結界が張られており、云わば二重の結界で封絶されているという訳だ」
先生が語る今回の実務に至るまでの経緯や、具体的な被害状況をまとめるとこうだ。
半年程前から、この区画で動物の不審死が相次ぐようになり、調査に乗り出した国が抱える調査団が、大量の悪霊、アンデッドと遭遇。
対処そのものは容易だったが、その発生頻度や量が抑えきれる物ではないとされ、近くにあった俺達が先程までいた神社に管理、封絶を要請。他国や異世界の人間と協力して一先ずは一般人が暮らす街と隔絶する事には成功したという。
だがそれでも、原因を特定する事が難しく、同時に頻繁に国の部隊を派遣する事による国内からの不信感、付近住人への配慮もあり、これ以上は極秘裏に片付ける必要があると判断。
そこで、今年に入ってから様々な活躍を見せている俺達に実務研修もかねた調査を依頼してきた、という訳だ。
……国が投げた案件を俺達生徒が解決出来るのだろうか?
「国の部隊の主力は殆どグランディアに派兵されている。国内にいる部隊は精々、私達学園の生徒に劣る程度だからな。とりわけ、私達は最近評価が上がってきている。ここで、国に私達の存在をもっとアピールしておきたい、というのが理事長のお考えだ」
「それで……その理事長は今回同道していたというのに、作戦には顔を見せないのでしょうか?」
「理事長は現在、ここ京都に本拠地を構える神社仏閣、所属する神職の人間を束ねる組織に呼び出されている。今回の研修は国の要請に応じた形だが、それに諸手を上げて地元の実力者達が賛成している訳ではない、という事だ」
国からの要請……もしかして、少し前に俺が国に力を貸した事が何かのきっかけになっているのだろうか? 少しは学園と国の間の溝も埋まったと見るべきか。
「……先生、この地が怨霊、アンデッドが湧き出すに至った経緯、背景について、何か分かっている事はないのでしょうか?」
「そうだな……私はそこまでこの国の歴史に詳しい訳ではないが、過去に多くの仏閣を打ち壊し、多くの神職の人間が葬られたという歴史がある。その打ち捨てられた寺院や粗末に扱われた術具、それに人の遺体も、多く眠っていると言われている。条件としては揃っていると言えるだろう」
あー……なんかそういうの聞いたことあるかも。歴史の授業かなんかで。
誰だっけ? まぁ温床としては十分な環境だったと……。
「葬られた術具……その時代はまだグランディアとは繋がっていなかったのですよね? それが繋がった事により魔力と結びつき、葬られた術具や遺体と反応……考えられますね、十分に」
「そうなるな。地球はまだ魔力に関しては雛鳥だ。特に日本はグランディアと物理的にも近い事もあり、こういう問題はいずれ起こるだろうと予想はされていた。東京なんかも、そもそもかなり警戒されていたという時代もあったからな。とにかく、これは起こるべくして起きた災害とも言えるだろう」
そんな悪霊が自然発生する地帯を封絶って……もうわんさか溢れてる状態なんじゃないですかね……? これって元いた世界で言うところの……漫画とかゲームで見た事のあるあれ……あの状況に似ているんではないだろうか?
「まるで蟲毒じゃん……こんなの絶対やばいの生まれてるでしょ……マジで俺達でどうにか出来るのかよ……」
「なんだ、ササハラ。孤独がどうかしたのか? 別にお前一人に任せる訳じゃないし安心しろ」
「え? いやだから『蟲毒』みたいな状況だなーって」
「ふむ? コドクというのはなんだ?」
ありゃ? 周りを見ても、みんな疑問符でも浮かべていそうな表情だ。
まさか……そうか、ゲームも漫画も発展していないこの世界じゃ、当然そういう知識も世に出回っていないのか……!
俺は付け焼刃の知識だが、知っている事をみんなにも伝えてみる。
方法そのものは単純だが、極めて強力で危険な、命を落としかねない、規模によっては大惨事を起こしかねない危険な呪術だと。
そしてそれを、広大なこの土地で、虫ではなく悪霊、アンデッドを利用して再現されているかもしれない、と。
あくまで仮説だけど。もしかしたら蟲毒ってただのフィクションかもしれないし。
やばい、フィクションならこの大前提が崩れるんだけど。
「そんな術が……私は知らないが、一之瀬、お前は知っていたか?」
「いえ、私も……ササハラ君、それは古代中国由来の物なのか?」
「確かそうだったはず。俺も詳しくは知らないけど……」
「ふむ……今は状況が詳しく判明している訳ではない。キョウコ、お前は元々この場所で作戦司令として残り、オペレーションをして貰うつもりだ。端末の使用許可、外部との連絡も許可する。ササハラの言う蟲毒という呪術について情報を集めてみてくれ」
「了解しました。では、作戦開始時刻を過ぎた後も私はここに?」
「そうなる。が、護衛として私と……そうだな、適正的に一之瀬をここに残す事にする。構わないか、一之瀬」
「はい。そうですね、対アンデッドなら、私も心得があります。キョウコ、宜しく頼む」
ごめん一之瀬さんその役目変わって。そう願いを込めてみつめるのだが……。
「ササハラ君……そう寂しそうな目を向けられると……その……困る。私なら大丈夫だ、安心してくれ」
「あ、はい。もうそれでいいです」
違うそうじゃない! 微塵も心配してないっす!
「ではさらに具体的なチーム分けを決める。まず、先日のエキシビションの結果に鑑みると、コウネとカイでまず第一班。ここは戦力的にも、そして万が一キョウコとの連絡が取れなくなった際、短距離間の通信等で第二の司令塔になってもらうという意味もある」
「了解しました。宜しく頼む、コウネ」
「はい、任されました」
「続いて第二班。互いに地球のアンデッドに耐性があり、不安要素の少ないアラリエルとセリアで組んでもらう。お互い、近接も後衛も賄えるからな、臨機応変に動くように」
「了解しました。アラリエル、基本後衛は任せて良い?」
「あいよ」
あれ? じゃあ俺には対アンデッドの心得がありそうな相手がつかないの?
ちょっと不安な表情を浮かべ、恐らく俺の相棒となるカナメに目を向けると、ニコニコと見つめ返して来た。
「最後はカナメ、そしてユウキだ。お前達は戦闘力的には一切心配はしていないが……ユウキがこんな状態だしなぁ? お前、凄い加護があるんだから少しは安心しろよ? カナメは召喚したアーティファクトが強い神性を帯びているから、少しは安心だろ?」
「え、そうなのか?」
「うん、僕の槍は『神槍フリューゲル』っていうんだ。魔除けの効果も絶大だし、安心してよ。少しは元気出た?」
「うん出た。もうあいあいがさ宜しく一緒に持ってるわ」
「あはは、そんな趣味はないけどね。じゃあ、班分けはこれで終わりですか?」
「そうなるな。これは一年最後の実務研修だ。ある意味最後の試練となる。理事長から派遣された聖騎士もこの禁止区域の外に待機しているが、アテにするんじゃないぞ」
それは、既に聞かされている。……そうだよな、俺達はただの学生じゃない。将来下手をしたら切り捨てられるような事だってあるのかもしれない。
その状況で生き残る為の訓練だと思えば、この実務研修は……最大の試練と言える。
「では、作戦開始までの残り二時間。各自準備を怠らないように。以上だ!」