第六十四話
やっぱりこの世界の飛行機って早いわ。いや元の世界で飛行機乗った経験なんてないんだけどさ。けど海上都市から関西空港まで四〇分で到着って、ちょっとどうかと思うんですが。まぁそこからはバスで移動、二時間ほど時間もかかったのだが……。
「……すげぇ、まだ一〇時ちょっとなのにもう京都についちゃったよ……」
そう、まだ午前中だというのに、もう京都についてしまったのである。
昔婆ちゃんが老人会の旅行で行った時は凄い時間がかかったとか言ってたのに……。
まぁ海上都市から京都までは、うちの実家に比べたら近いのもあるけど。
けどやっぱり飛行機の速度がエゲツナイ。
「よーし、じゃあまずは宿に向かいながら軽く見て歩くか。結構距離もあるが、見て回りたいだろ?」
「ええ、もちろん! ふふ、理事長さん、今回は本当に良い場所を選んでくれましたわね。まさか宿というのは……」
「ふふ、さすがUSH次期社長。しっかりと名店の存在は押さえていましたか。ええ、山中にある『黒檀の宿』を貸し切っています。一般人が迷い込む事もない場所ですからね、今回の実務の内容的にも、こうした配慮は抜かりありません」
「ふふふ、さすがですわね。明日の研修の前に、精いっぱい英気を養わせてもらいますわ」
シーズン外なのでそこまで観光客が多くない街を前にして、バスから降りた俺達は、チラホラと既に見え隠れしている、趣ある店構え達に心躍らせる。
ここから宿まで観光をまずは楽しもう、という事なのだとか。
ちなみに荷物は既にバスで運ばれております。
にしても、キョウコさんがここまでテンション上げてるのも珍しいし、何よりも今日ばかりは理事長とも楽し気に会話をしているっていうのが、凄く違和感というか……なんというか。
「これ、ちょっと移動したら祇園ってヤツに行けるんだろ? 一人で観光って訳にはいかないのかよ」
「ダメに決まっているだろう。アラリエル、今回だけは本当に問題行動を起こさないでくれ。理事長はその……男女のトラブル的な物には凄く厳しい人だ」
「……なんつーか、今回はマジで洒落にならねぇんだな」
それは初耳。しかし……観光客が少ないって言っても、結構人がいるなぁ。
さすが押しも押されぬ観光地ナンバーワン。いや、この世界だと二番だっけ。
海上都市も人めっちゃ多いもんなぁ……。
そうして、まずはみんなで街中のお土産屋を覗いたり、古くから残っている石畳やら路地を通ってみたり、街を往く人力車やら、和服レンタルサービスを利用している観光客を眺めたりしながら過ごしていくのだった。
「さて、後はこの『二年坂』を見て回ったら、一度宿へ向かいますよ。私はその後所用で出かけなければいけませんが、皆さんは観光を楽しんでください。無論、宿でくつろぐのも良しですが」
「了解しました。カイ、少しこっちに来てくれ。良い和傘が売っている、父様に似合う品を一緒に探してくれ」
「はは、了解」
「理事長。少しあちらのお茶屋で休憩しませんか? 以前、あの場所を情報誌で見た事があるのですが」
「良いですよ。ジェン先生、貴女もどうですか?」
「分かりました」
みんな、とても堪能しておいでですな。いや勿論俺も堪能中だけど。
お、竹細工の店だ。へぇ……良い音のする風鈴も売ってるな、季節はもう過ぎそうだけど。
「ユウキユウキ、宿で少し休んだらキンカクジに行こう?」
「了解。たぶん、どっかの学生さんも多そうだけどね」
「修学旅行っていうのだよね? そういえば、ちらほら制服着た子を見かけるねぇ」
「んじゃ、宿に戻ったら一度集合で。俺はちょっと竹細工のお店見てくるから」
「んじゃ私もコウネと一緒にあそこ、なんか綺麗な庭の見える喫茶店に行ってるね」
そう言った彼女の視線を追えば、見事な日本庭園を眺めながらお茶を頂けるという喫茶店で、場違いなホットサンドを頬張っているコウネさんの姿が。
……なんというか、ミスマッチが過ぎる。
「カナメとアラリエルは……げ、ナンパしてるんかあれ。ていうかなんでカナメも」
まぁたまには一人も悪くないと、引き続き竹細工の店を見て回った俺は、その足でイクシアさんのお土産になりそうな、装飾品の店へと向かうのだった。
まぁ結局、欲望に負けて途中でアイス屋さんに行ってしまったのだが。
本場の抹茶ソフトですよ、食べなきゃ損ですよこれは。
「うま……めっちゃ濃厚……これは後でみんなにも教えてやらないと……」
「お目が高いね少年! そうさ、ここのソフトクリームはね、抹茶が凄いだけじゃなくて、そもそもプレーンのバニラ味からして超一流なんだよ。脂肪分の多い生クリームをふんだんに使っていながら、くどくならないように多めに空気を含ませているんだ。さらに、バニラ味に抹茶を入れただけじゃない、それ用に配分されたクリームに抹茶を入れてるから、バニラが主張する事もないのさ。長年アイスを食べてきた私が言うんだ、間違いなくここは世界一の抹茶ソフトだよ!」
「うおう!? 誰です突然!」
瞬間、いきなり長々とこのアイスについて語り始めた女性の声が。
そして振り返ると、そこにはソフトクリーム二刀流で、交互にぺろぺろと舐めている一人のエルフの女性が。というか……R博士だっけ、確か。
「また会ったね少年。ちょっと食べるまでまってておくれ」
「あ、はい。でも急ぐと頭が痛く――」
時すでに遅し。あっという間に平らげて、おでこを抑えて蹲る博士がそこにいた。
「痛い……」
「おでこを冷やすと良いって聞きましたよ」
「……本当だ。治まった」
なんだか可愛い人だ。けれどこの人、秋宮の凄く偉い人だったらしい。
そういえば俺のチョーカーを改良したのもこの人だったはずだ。
「それで、なんでこんなところに?」
「勿論アイスを食べに来たんだよ? ……あ、京都にって意味かい? それなら、リョウカに頼まれたんだよ。今回の実務研修のバックアップとしてね」
「あ、なるほど」
「まぁ君がいるから私は最低限の手助けしかしないけれどね。どれどれ、念のためそのチョーカー見せておくれ。不調がないか調べてあげるから」
そう言いながら、彼女はこちらの首からチョーカーを外してくれた。
うわ間近で見るとめっちゃ可愛い。セリアさんよりも幼く見えるけれど……綺麗な瞳だなぁ……髪も綺麗な白髪……。
「ふふん、見とれているね? 残念、私は人妻さ!」
「いや、別にそんな……って、結婚してたんですね」
「まぁねー。ふむ……前に使って戦っている映像を見たけど、チョーカーそのものに不調はないね。変身中になにか違和感は?」
「ありませんね。かなり全力で戦いましたけど、問題はないです」
「そっかそっか。よし、じゃあ一応バックアップとして動くけれど、基本は期待しないでおくれよ。……君は、未来の魔剣だってリョウカは言っていた。こんな場所で折れないでおくれよ。幽霊なんて怖くないよ、君はそんな存在よりも遥かに上位の存在なんだから」
そう最後に意味深に語りながら、R博士が颯爽と立ち去っていく。
……そのまま向かいにあるかき氷屋に入っていった。まだ食べるのかあの人。
コウネさんですら冷たい物をあんなに食べたりしないぞ……。
「いやー結構宿の場所遠いねこれ……この坂道登ったら到着だっけ」
「そうですわね。なので、私と理事長は先程二年坂でたっぷり休憩していたんです」
「凄いなキョウコさん……京都旅行のプロじゃないか……」
「ふふ、それほどでもありますわね。そういうササハラ君こそ、先程は知る人ぞ知るジェラート専門店に行っていましたわね。あそこ、目立たない場所にありますのに」
「あ、見てたんだ。うん、すっごく美味しかったからみんなも誘おうとしたんだけど時間切れで」
いったん観光を終えた俺達は、そろそろチェックインの時間が迫っているからと宿へ向かう為山を登る事に。
どうやら知る人ぞ知る名店らしく、HPやら情報誌にも載っていない高級旅館らしい。
キョウコさん曰く、業界人、政界の人間がお忍びで訪れる宿であり、普通は予約をしても一年は待つ事になるのだとか。そこを二日間、場合によってはそれ以上貸切る事が出来る理事長の人脈はとんでもないのだとか。
「ところで、先程可愛らしい方に首に手を回されたり、仲睦まじい様子でいましたが、お知り合いですか?」
「うげ!? そんなとこも見てたの!?」
「監視カメラを少々ごにょごにょして辺りの様子を探っていたらつい」
「お巡りさんこの人です」
「あくまで皆さんの安全の為ですわよ。仮にも、秋宮の総帥が目立った警護の人間も置かずに外出しているんですもの。いくら私達やジェン先生がいても万全を尽くすのは当然でしょう?」
「あー……そういえば凄い重要人物でしたね。すっかり忘れてました」
「まぁ……彼女個人の戦闘力も、ジェン先生すら凌ぐと言われていますけれど」
「あ、そういえば聞いたことあるかも。学園最強は理事長だって」
「ええ。かつて、グランディアへ赴いた際に、災害級の魔物を単独で抑えたという逸話も残されていますわ。今日の秋宮とグランディアの関係にも関わる事件だったとか」
うへぇ……マジかよ。そのうち俺とも実験として戦う事になるんだろうか。
「それにしても……案外落ち着いているのね、ササハラ君。京都についてからもっとごねたりするものだと思ったのだけれど」
「もうどうにも出来ないから覚悟を決めただけだけどね。戦力的には俺達が負ける事なんて無いんだし」
「ふふ、そうね。じゃあ、少し宿で休憩したら金閣寺に行きましょう。セリアさんも誘って」
うーん京都旅行か。いつかイクシアさんも連れてきたいな。そのうち日本津々浦々ぶらり旅なんてのもいいかもしれない。
秋の近づく季節の中、山の気温が少しだけ肌寒いと感じる。
任務前とはいえ、こうしてクラスメイトとそんな中を歩くのはやっぱり楽しくて、先の恐怖なんてものが薄れて来ていた、というのが本音なんだけどね。
「おお……凄い、なんかこう……歴史を感じるな!」
「あまりはしゃぐなカイ……しかし確かに趣を感じるな……」
「ええ、ここはかつて幕末志士や新選組も利用した事があるという話ですからね」
辿り着いた宿は、確かに歴史を感じさせる風貌、そして大事に大事に維持され、多くの費用をふんだんに使い当時の姿を維持し続けているかのような、古さを感じるも、古臭さを一切感じさせない、矛盾したような、タイムスリップしたかのような錯覚すら感じさせる宿だった。
おお……これは凄い……キョウコさんも理事長も興奮していたのも頷ける。
「じゃあ私は宿に残るが、お前達も夕食の七時前には戻るように。くれぐれも羽目を外し過ぎないように。アラリエル、お前の事だぞ。単独行動は許さん」
「大丈夫ですよ先生。アラリエル君は僕と一緒に動きますから」
「ん、そうか。カナメが一緒なら安心だな」
先生、そいつら二人してさっき修学旅行生をナンパしてました。
カナメ……俺お前の事を誤解してたわ。立派に男だったんだな。
「私は少し武具店を見に行きたいな。有名な場所があるらしい」
「へぇ、やっぱり刀鍛冶とか住んでた時代があるからか?」
「ああ。刃物は関の刀匠が随一と言われていたが、日常的に刀を見てきた京の刀匠の歴史もかなりのものだという。ササハラ君は……先約があるのだったな」
「俺も興味あるけど、まぁデバイスだしね、俺のは。カイと二人で行ってきなよ」
「そ、そうだな……二人なのだな。よし、行くぞカイ」
ちょっと興味があったのだが、先約もあるし、何よりも一之瀬さんに花を持たせるために辞退する。さぁ、素敵な思い出を作って来て下さいな。
宿で休憩する間もなく一之瀬さんとカイが立ち去ったのに続き、アラリエルとカナメもここからほど近い商店街、というか観光客向けの路地へと向かって行った。
さて、じゃあ俺達も金閣寺に向かいましょうか。どっかで昼ご飯も食べたいし。
昼ごはんと言えば……コウネさんはどうするんだろう? 今のところ彼女は一人あぶれてしまっているというか、誰とも一緒に動こうとしていないのだが。
「あ、私ですか? そうですね……二人きりならどこかへ行きたいところですが、今日はここでお休みしておきますね」
「え、なにその意味深な言葉は……なんだよコウネさん、俺と二人きりがいいのかよー」
またからかっているのだろうとこちらも軽く返すと――
「ええ、そうですね。ユウキ君とデートをしたいなと思っていましたが、そうもいきませんしね? なのでお土産はかりんとう饅頭でお願いしますね?」
「え……なに、今日のコウネさん本当にどうしたの?」
「んー……どうしたのでしょう? ただなんとなくそんな気分なんですよねぇ……ナーバスっていうかなんというか……」
これは……一体どうしたというのだろうか? まさか緊張しているとか?
ともあれ、無理に連れ出す訳にもいかないからと、彼女を旅館に残し、俺達も金閣寺へと向かうのだった。
「さっきのコウネ、どうしたんだろうね? 本当にユウキとデートしたかったのかな?」
「まさかそれはないでしょ。うーん疲れてたとか? でもさっきまで普通にあちこちで買い食いしてたしなぁ……」
「……まぁ、彼女も私同様、家のしがらみ等も多いのでしょう。一人で考えたい時もあるのやもしれません。……なにせ、今は違っても元は公国の公主を務めた家の娘なのですから」
なるほどな……本当、俺が想像しているよりも大きな家なんだよな、きっと。
それこそ、俺が想像している大貴族なんかとは規模も責任も比べ物にならないくらいに。
……心配だよ、やっぱり。なんだかんだであの人、一学期の初めからよく一緒にご飯食べたり色んな話をしてきた友達だからな。
「ふふ、彼女の事を忘れろとは言いませんが、あまり気に病んで楽しめないでは彼女にも申し訳ないでしょう。美味しいお土産を忘れないようにしながら、しっかりと堪能しましょう?」
「うん、そうだね。キョウコさん、じゃあ美味しいお饅頭屋さん知ってたら教えてよ」
「ふふ、まかせてくださいな」
そうして俺達は三人で人が段々と多くなってくる道を進んでいくのだった。
だが、俺は失念していた。人が増えるという事は、それに比例してトラブルも多くなるという事を。そして、今俺の隣にいる二人が、人目をこれでもかと惹きつける美人だって事を。
つまり――
「私たち、そんなに時間がありませんの。それに年下の誘いにのるつもりもありません。貴方達高校生でしょう? 顧問の人間に報告しますわよ」
「ごめんねぇ……ちょっと一緒に見て回るのは難しいかなー」
はい、二人がどこかの修学旅行生にからまれました。俺知らねぇよ、セリアさんはともかくキョウコさんだぞ。社会的に抹殺されるんじゃないの君ら。
そもそも力づくとかも無理でしょ。俺達たぶん同年代じゃ最強だと思うんですけど。
「二人とも……面倒だし身分証出したら?」
「お断りしますわ。それに、秋宮の力を借りるなんて言語道断ですわ」
「……その秋宮のお陰で今ここにいるんですけどね」
「ぐ……! と、とにかくダメですわ」
難儀な!
「ああ、お前は用ないからさっさとあっち行ってろチビ」
「あ? うるせぇぞ高房が。二度と忘れられねぇ思い出、顔面に作ってやろうかオラ」
「上等だこら!」
よっしゃ、んじゃ証拠も残さないでこいつらを一生ネットの玩具になるような目に――
「やめなさい。さてと……『三浦コウスケ』『鎌田レンヤ』『林田ナオキ』の三名ですわね。今そちらの『岸橋高校三年の学年主任である伊藤ヨシツグ』先生にご報告、さらにここまでのやり取りの映像を県警と貴方がたの学校へと送付しましたので、まもなくお迎えが来ますわよ。しっかり反省なさい」
「な!?」
「なんで俺達の名前を……!?」
「おい、ていうか今言ったのマジかよ!」
すると、程なくして一人のガタイの良い男性が現れ、同時にパトカーのサイレンの音が遠くから聞こえてきた。
……そうだよ、この人権力的にも能力的にも、秒速でこういう事出来ちゃう人なんだよ……俺も人の事言えないけど、敵に回しちゃいけない類の人なんだよ……。
あれよあれよと教師と共にパトカーに乗せられた高校生を見送りながら、ちょっと恐怖の眼差しをキョウコさんに向けてみる。
「……なんです、人を化け物みたいな目で。私が止めなければあの子達を半殺しにするつもりだったでしょう? 貴方は少し闘争心を表に出すスイッチが緩すぎますわよ?」
「あー……それについては自覚あるかも。うん、とにかくありがとうキョウコさん。なんか勝手に二人は俺が守らなきゃって意地が働いちゃった」
「あー……なるほど。だからユウキいつもよりピリピリしてたんだ? ありがと、怒ってくれて。まぁ背の事言われたから怒ったのかもだけど?」
「うるせー! さぁ行くよ金閣寺! ほら、ついでにどこかで昼食でもとって」
チクショーその通りですよ! そもそも心配されるような人なんて一人もいないでしょうちのクラスの女性陣!
「とにかく行きましょう。移動時間も考えたら時間に余裕なんてないのですから」
そうして、まるで何事もなかったように進んでいくキョウコさんを急いで追いかけ、この国で一番豪華なお寺を見に行くのだった。
「へー……本当に金ぴかだ……日本の昔の人ってこんなに成金趣味だったの?」
「いやーどうなんだろ……でも正直京都においても浮いてるよね。なのに何故かこの光景を自然に感じちゃうっていう」
「造形と陰影。ただ金というだけでなく、確かに風情を感じさせますからね。ふふ、何度見ても良いものですわね」
「キョウコさん本当京都好きなんだね。旅行にはよく来るの?」
「いえ、これで三度目ですわ。幼いころに一度、そして仕事の関係で一度。こうして自由に見て回るのは、それこそ幼いころ以来ですわね」
「なるほど……仕事って言うと、やっぱり立場上いろんな付き合いがあるって事?」
「私とかはそれこそ、田舎の農家の娘みたいな物だけど、コウネも含めて色々あるんだよねやっぱり。じゃあ本当、明日の任務は出来るだけ手早く終わらせて、自由時間増やさないとね。そカナメも言っていたみたいに、花火大会とか見たいし」
「あ、そういえばそんな事も言っていましたわね。……ふふ、花火に照らされる山肌を眺めながら過ごす夜……一瞬だけ浮かび上がる仏閣のシルエット。確かに魅力的ですわね。ユウキ君、明日は期待、していますわよ。幽霊なんかよりもよっぽど恐ろしい物はこの世には溢れているんですもの。先程の貴方のように、ね?」
「ははは……分かったよ。全力で事にあたらせて貰います」
「ま、私は後方支援ですから、安全なのですけどね?」
羨ましい!
一通り金閣寺の周囲を見て回り、相変わらず注目されがちなセリアさんとキョウコさんと共に観光を堪能した俺は、最後にキョウコさんおすすめの和菓子屋さんで、コウネさんへのお土産として『かりんとう饅頭』だけでなく、沢山の鮮やかな和菓子、それに季節の和菓子という事で、芋餡を使った様々なお菓子を買って帰るのであった。
これで、少しは元気を出してくれると良いのだが……本当、どうしちゃったんだろうか。
「まぁまぁまぁ! こんなにたくさん和菓子を買って来てくれるなんて! 凄い……飴のように硬い物でもないのにこんなに細やかな造形を……この淡い色彩や色のグラデーションも……写真で見るよりも格段に美しいです……ありがとうございます、セリアさん、キョウコさん、ユウキ君!」
「うわっと、そんな抱き着くような事してないからやめてくれって、これでも同級生だぞ俺」
「あらうっかり。はぁ……それにこれがかりんとう饅頭。コンビニでも食べた事がありますけれど、これが本場の……実は今マイブームなんですよね」
杞憂でした。この人の悩みは和菓子で吹き飛んでしまう程度の物だったようです。
んー、少し気になるけど、元気になったのならそれで良いのかな。
「今お茶を淹れますね。実は私、紅茶だけでなく緑茶も美味しく淹れられるように訓練したんですよ」
「ほほう、長年婆ちゃんにお茶を淹れてきた俺を納得させられるかな?」
「ふふふ……では見せてあげましょう!」
「……コウネ、元気いっぱいみたいだね」
「そうですわね。……戦士や貴族として、自分のメンタルを切り替えられるのは強みですけれど」
「そういうのじゃないと思うけどねー」
淹れてくれたお茶は、さすが高級旅館だけはあり、そもそも茶葉のグレードが違い過ぎた、とだけ言っておきます。……お茶ってこんなにお吸い物みたいな旨味あったっけ……。
「ふふ、これは跳ね出し茶ですわね。一般的にグレードが低いと言われがちですけれど、選び抜かれ、適正な方法で淹れられたこのお茶は、最高級の茶葉ですら出せない軽やかな香りを出し、それに反比例したかのような濃厚な――」
キョウコさんがなにやら訳知り顔で解説してくれる。よくわからないけど凄いお茶なんだな!? あとで売店に売ってないか見てみよう。
ごめんなさいちゃんと聞いてます、睨まないで。
「和菓子美味しいですねー……日本に来られて本当によかったです」
「そんなしみじみと……」
「お茶って私の大陸でもあるんだけどさ、同じ緑茶なのにだいぶ味が違うよね? もちろん、私が飲んだことあるのはこんな高級品じゃないけれど」
野菜しかりお米しかり、たまにグランディア出身の人が日本の食材を褒めてくれるが、それは偏に品種改良のおかげなんだよな。しかし、歴史で言えばグランディアの方が遥かに長いし、魔法技術も地球の比じゃない。特定の分野だけ進歩していないような気がする。
んー……なにか理由でもあるのだろうか?
「そろそろお菓子はやめましょう? まもなく夕食の時間なのだから」
「あ、そうだね。コウネ、残りは片付けるよ」
「私なら大丈夫ですよ?」
「だーめ。ほらしまってしまって。大広間に移動するよ」
山中の宿というだけはあり、窓から見える景色もすっかりと闇に染まっていた。
帰りが遅くなると、この闇の中を歩いて戻る事になるのか。他の皆はもう戻ってきているのかな? 俺は絶対に明るいうちに戻りたいと思います、普段学園の裏山通ってる癖に、明日の任務のせいで少し過敏になってるんで。
「お、なんだみんなもう戻ってたんじゃん。カイ、隣いいか?」
「お、遅かったなユウキ。部屋にいたのか?」
「和菓子食ってた。武具店どんな感じだった?」
広間には既に他のメンバーが揃っていた。大広間に膳が並べられ、カイの隣に俺が座ると、反対の隣には一之瀬さんが座る。お、今日は中々積極的なのではないでしょうか。
「へぇ、そういや食べ物のお土産とか考えてなかったな。武具店だけど、基本はオーダーメイドだからあまり店舗には飾られてなかったんだ。ただ、それでも展示された刀の出来には驚いたぞ。デバイスの機構と本物の刀を組み合わせた物もあったんだ」
「が、デバイスにそういった魔力外の殺傷性を持たせるのは違法だ。あれはあくまで展示品。正式に異界調査団としてグランディアに派遣される事にならないと所持は許されない」
「ほほう、そういえばそんな法律もあったね。もし異界調査団に所属したら、俺のデバイスもそのうち刃付けしてもらう事になるのかなー」
どうやら、デートを楽しむというよりは、純粋に武具を見たかっただけのようだ。
さすがに、二人とも同じ剣術道場で育ってきただけはあるな。
「んで、そっちはどうだったのよ。二人でどこいってきたんだよ」
そして、俺の反対隣に座るカナメと、さらにその隣のアラリエルに声をかける。
「僕達は買い食い三昧だったよ。近くの商店街、あそこって有名な食べ歩きスポットなんだよね。修学旅行生も大勢いたよ」
「案外、男子連中よりも女子の方が多いんだよああいう場所って。いわゆる『映え目的』ってヤツだ。自慢じゃないが、結構虐ナンされたぜ?」
「ま、悪っぽい男に惹かれやすいお年頃なのかな?」
「おめぇも中々の優男っぷりだったじゃねぇか。悪くなかったぜ」
なにこいつら。うらやまけしからん時間を満喫しおって。そして食べ歩きスポットという言葉に、耳ざとくコウネさんが反応していた。まさに花より団子である。
「なぁ、ユウキの方はどうだったんだ?」
「ん? 金閣寺の人気っぷりに驚いたな。学生が多いのなんのって」
「へぇ、もし自由時間が生まれたら俺も見てみたいな」
「あれだぞ、もし行くなら一之瀬さんみたいな女の子の傍を離れんなよ。ガラの悪い学生とか、普通に今日セリアさんとかキョウコさんに絡んできてたから」
「なっ、私もカイと一緒に……そうか、トラブルを避ける為ならその方がいいな」
「……なぁ、キョウコとセリアに絡んだ学生ってどうなったんだ?」
説明中。たぶん停学でも喰らったんじゃないですかね。
「……愚かな。相手がどんな者かもわからない状況でよくそんな軽率な真似を……我々も去年までは同じ年齢だったと思うと、頭が痛くなってくるな」
「はは……それは俺の左隣にいる二人にも聞かせてやりたいな」
「ちょっとユウキ君、アラリエル君はともかく僕を一緒にしないでくれないかな?」
わいわいと、まるで本当の修学旅行のように騒がしく、楽しく食事を摂る。
ここまで学生生活らしい日常が俺達にも訪れるなんて、正直思っていなかったのだが、本当に悪くないな、これ。うん、悪くない。
和やかに夕食が進み、勿論振る舞われる極上と思しき懐石料理に舌鼓を打つも、アラリエル的にはもっと肉が食いたいのだとか。く……たしかに若者的にはガッツリいきたいのだろう。俺的には婆ちゃんが和食派だったから、凄く嬉しかったんだけど。
コウネさん? なんか平然と白米おかわりしてましたよ? 貴族令嬢? なにそれ美味しいの?