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第六十三話

「うっま。いや久々に食べたけどこんなに違うんだな、レンチンと」

「そうだね。うん、これ美味しいし一つお土産に持って帰ろうかな。寮にカイもいるから」

「ああ、そういやアイツ今日は空港で奉仕活動中だっけ」

「そ。それで明日は学園のテニスコートの整備だってさ」


 焼き上がったイクイクのホm……じゃなくてホクホクのイモを頬張りながら、カナメにカイの近況を聞く。そうか、奉仕活動って言ってたもんな。


「うわ、甘い! ほくほくねっとりしてる! へー、地球のサツマイモって美味しいね」

「本当にこれは……半透明に見える程糖分を多く含んでいますし……これは絶品です」

「これ、秋宮の方から渡された苗育てたヤツだから、もしかしたら良い品種なのかも。俺もさすがにその辺りは詳しくないんだけど」


 あ、でも畑作りの時、一応この土地の性質を詳しく解説してもらったっけ。

 元々人工島だからか、普通よりも水はけが良いとかなんとか。

 そういうの、関係してるのかね。


「ふふ、美味しいですか? 今日は手伝いにきてくれてありがとうございます、三人とも」

「あ、イクシアさん。いえいえ、こちらこそ自然に触れる機会が出来て嬉しかったです。それに子供と触れ合えていい気分転換になりました」

「私こそこんなに美味しいお芋を頂けるなんて……あの、後程キッチンをお借りしても良いでしょうか? ユウキ君にサツマイモ料理を振る舞う約束をしていたので……」

「ええ、構いませんよ。終わったら皆さんの慰労も兼ねてお茶にしましょう」

「あ、僕も良いですか? ユウキ君の家に行くの初めてなんです」

「わ、私もお料理お手伝いします。いいよね、ユウキ」

「どうぞどうぞ。んじゃ食べたら子供達の様子見て回ろうか」


 子供達も、普段あまり見ることのない、大きな炎が上がる様子を間近で見て興奮していたし、焼き上がった自分達で掘った芋の美味しさに、嬉しそうな声を上げていた。

 実際、俺もここまで美味しい芋なんて食べた記憶がないので、良い思い出になったのではないだろうか。

 そしてイクシアさんが早速子供達に牛乳を配って歩いている。ちなみに『秋宮の美味しい牛乳』という製品です。もうなにも言うまい。

 そうして、子供達がアチアチと美味しそうに焼き芋を食べ終えるのを見届け、無事に芋ほりイベントを終えたのだった。

 ちなみに、絶対に畑に残されているであろうお芋さんは、後日イクシアさんが掘り出して、ママ友さん達に配るそうです。


「ふぅー……終わった終わった」

「お疲れ様です、ユウキ君。時間的にも丁度三時前ですね? 少し時間がかかってしまいますが、おやつ、期待していてください」

「おー……なんだか言葉だけ聞くとすっごく乙女チックでお嬢様っぽくて素敵なんだけど、なーんでハンドバッグから芋がはみ出してるんですかね?」

「……おみやげに持って帰っても良いって言っていましたので。寮に戻ったらレンジでチンして食べます。美味しくチンする方法の研究もかねて」


 コウネさんなー……可愛いんだけどなー食い意地張ってるところも含めて可愛いんだけどなー……なんでこう、そこはかとなくがっかり感が漂っちゃうんだろうなぁ。


「さて、皆さんお家に入ってください。お風呂も沸かしてありますので、よければ入ってくださいね。沢山動いて疲れたでしょう?」

「あ、ありがとうございますイクシアさん。ふふ、じゃあ私がイチバンブロというものを頂いちゃいますね。早く上がっておやつの準備をしないとですし」

「あ、私はじゃあ寮でシャワー浴びて着替えてきますね。コウネは……なんで着替えまで持ってきてるの?」

「ふふふ……あわよくば晩御飯も一緒に、そしてそのまま泊ってしまおうかと」


 なんですと。初のお泊りがクラスメイトのお嬢様だなんて! 響きだけはなんか凄く良い!

 でも残念、コウネさんだ! 絶対料理したいだけだ! というか着替えっていうかパジャマじゃないですか! 君パジャマで料理する気ですか!


「あ、いいなーお泊り。僕も良い? こういうイベントとは無縁の殺伐とした学生生活送ってたからさ、ちょっと興味あるんだけど」

「カナメまで……っていうか殺伐としたって、どんな高校生活だよ」

「ああ、言ってなかったっけ? 僕騎士養成学校の高等部、この間コウネさんと文化祭で戦ってた彼、あそこの高等部出身だよ。かなり殺伐としてたんだよね、僕のいたクラスって」

「マジでか……本当にエリート中のエリートだったのなお前」

「まぁね? で、泊って良い? 枕だけあれば床で寝るから」

「あー……まぁカナメは良いとして、コウネさんは……」

「構いませんよ。二階の部屋は手付かずですが、布団は多めに用意してもらっていますからね。コウネさん、ベッドではないのですが、平気ですか?」

「もちろん! じゃあセリアちゃんの布団も隣に並べて一緒に寝よう?」

「え!? 私も泊るの!?」

「いいじゃないですか。どうせ寮も近くですし、明日は日曜日ですし」


 そうして、コウネさん発案のお泊り会、まぁきっとサークル合宿みたいなノリで急遽決まったのであった。






「あーさっぱりした。なんで俺が最後だったんだよカナメ」

「だから、一緒に入るか聞いたじゃないか。遠慮するからじゃんけんで勝った僕が先って事で」


 風呂から上がると、カナメとセリアさんが居間でイクシアさんと一緒に何やら書類を仕分けしていた。

 なんでも、近々ニシダ主任に渡すレポートがごちゃ混ぜになってしまったので、タイトルごとに分けているのだとか。


「すみません、何分バタバタしていたもので……書類が混ざってしまったんです」

「なるほど。じゃあ俺も手伝いますよ」

「いえ、もうまもなく終わりそうです」

「うん。あ、僕のはこれで終わりそうだ。ユウキ君のお母さん、いろんな研究してるんですね」

「今更ですけど、私達に見せてよかったんですか?」

「大丈夫ですよ、半ば趣味のような大した研究でもありませんし」

「ええ……イクシアさん、これ『地球における魔力を効率的に取り込む為の新しい術式の考案と運用について』って……凄く重要そうに見えるんですけど」

「机上の空論の域を出ませんからね」

「……あの、僕も少し気になったんですけど……レポートの中にユウキ君の経過記録っていうのが混ざっていたんですけど」

「え、俺の!?」

「ああ、すみません、それは治療の経過をまとめたものですから」

「ああ、もしかして橋の時の?」

「ええ。それと、魔力口の外的拡張治療……魔法が使えなかった時に行った治療についてです」

「え? ユウキ君って魔法使えなかったんだ?」

「うん、たぶん何かの後遺症だと思う」


 適当に濁しておきましょう。こればっかりは俺にも分からん。けれども、俺についてもしっかり報告書をまとめていたんだな、イクシアさん。そんな素振りは見せなかったけど、一応治療中だったんだよな、俺も。


「ちょっとー! 皆さんで何か面白い話してます? 私も混じりたいのですけれど!」

「あ、ごめんごめん。コウネさん、何か手伝う事ある?」

「ふふ、冗談です。あ、でも少し手伝ってください。そこの小鍋のお砂糖とシロップ、少し煮溶かして色づくくらい焦がして――」

「ごめん無理。そんな高度なテクニック俺に求めないで」

「ふふ、仕方ないですねユウキは。コウネさん、私がお手伝いしますよ」

「はい、お願いしますお母さん」


 あー、またお母さんって呼ばれてうっとりしてる! これそのうち本当にコウネさんが娘になるんじゃないですかね? 俺と結婚とかじゃなくて、純粋に養子に来そう。


「セリアさんは手伝わないの?」

「無理。カナメ、私も料理は出来るけど、コウネ程じゃ全然ないの」

「なるほど。とりあえず頑張って、セリアさん。深い意味はないけど」


 カナメがナチュラルに痛いとこ突いてる。いやでもあそこまで料理出来る学生って普通いなくないかね? それこそ、俺達って戦闘に関わる勉強してる立場だし。

 大丈夫、セリアさんは料理出来ない系女子なんかじゃありません。コウネさんがちょっと特殊なだけです。


「良い匂いしてきたな。いやぁ大学芋なんて久しぶりだよ」

「へぇ、コウネさん作れるんだ。僕もあれ好きだよ。スティックタイプになっていて、祭りの出店とかで買うんだよねよく」

「へー、それ知らないや。そういえば夏休み中、俺花火大会見に行ったけど、カナメは?」

「僕は姉と親戚の子達と見てきたよ。ユウキ君はお母さんと?」

「俺はショウスケとサトミさんとイクシアさんと四人で。あ、そうだ。セリアさんって日本の花火って見た事ある?」

「ないんだよねー。夏中に海上都市でもあったらしいんだけどさ、私里帰り中だったから。秋でもやってるとこあればいいのにね?」

「ふんふん……今学期の実務研修って十月二十日から二五日まで京都だったよね。大文字の送り火はもう終わってるけど、花火大会とは日程が被るよ。もしかしたら見られるかも」

「え、本当!? うわ楽しみ! 実はさ、日本の観光名所で京都って有名なんだよね。少し似た雰囲気の地方が私の住んでる大陸にもあるんだけどさ、そこと観光的に交流? あるって聞いたことある」

「なるほど。やったね、ユウキ君。これでセリアさんや皆とも花火が見られるじゃないか。きっと紅葉もきれ――ユウキ君?」


 思い出させるなよカナメ。なんでそんな事言うんだよカナメ。忘れさせてくれよ。

 嫌じゃ嫌じゃ……京都に実務研修なんて行きとうないのじゃ……。


「……イキトウナイ……イキトウナイ……」

「ああ、本当にアンデッドや幽霊が苦手なんだね? 大丈夫だよ、精神系の攻撃だって身体強化で全身に高濃度の魔力を行き渡らせていたら効果も激減させられるんだし。まぁさすがに重度の呪いになると専門職じゃないと厳しいけど、そんな厄介な相手をさせるわけでもないし」

「ユウキって本当お化け苦手なんだね? 実習前に教会みたいなとこで洗礼受けてきたら?」

「マジどうしよう……イクシアさんにタリスマンやら護符やら用意してもらうけど、本当勘弁して欲しいんだけど……」


 侮るなかれ。元いた世界でもRPGで出現する簡単なデザインのゴーストですらなるべくエンカウントしないようにしていた程だぞ。

 某死にゲーでも幽霊っぽいのがいるエリアなんかは、極力ショートカット駆使して最短で突破する程だからな。さらにいうと某配管工の背中を見せると背後から迫って来る、可愛い丸っこい幽霊ですら、割と本気でびびって逃げるからな、俺。


「本当に苦手なんですねぇユウキ君。はい、出来ましたよ大学芋。ちょっと魔法で冷やしちゃいましたけど」

「あ、ああ……ありがとうコウネさん。いやまぁ遅かれ早かれこういう事態には陥るだろうなぁとは思っていたけどさ。……精々今回で耐性がつく事を祈るよ」

「まぁあくまで実務研修で、国内で戦う事になるんだからね。そこまで強力な相手は出ないよ。それこそ、アンデッドが地球で発生するのはもっと欧米の古い遺跡だもんね。日本じゃ昔の合戦場跡は殆ど地鎮された後だから、そこまで厄介な相手じゃないよ」

「へぇ、そうなんだ。地球ってそもそも魔力が薄いもんね。確かに頻繁に発生する訳じゃないのかも」

「そういう意味だと私達の世界の方がこういう方面に関してはエキスパートですね。戦える神職の方が圧倒的に多い世界ですしね。地球にはそういう組織が極端に少ないんですよ、確か。日本にもオンミョージという専門職の方がいるそうですが、ほぼ国に保護されたお飾りだってお父様に教わりました」


 ほほう! っていうかこの世界だと本当に残っているのか陰陽師。

 そういや高校時代にも教会、寺生まれの同級生がいたが、彼等はそういう戦う神職さんなんだろうか?


「あ、じゃあ早速いただきます。おー……ツヤツヤしてて美味しそう」

「本当だ。じゃあいただきます」

「私もいただきまーす。コウネ凄いよねー、これ地球の料理なんでしょ?」

「ふふ、趣味ですから。それにBBチャンネルで見た物ですからね」


 薄くコーティングされた飴が芋と共にカリっと口の中で解け、芋と飴ダレの甘みが口に広がる。めっちゃうまい……。


「これは美味しいですね。コウネさん、この作り方の動画はいつ頃の物です?」

「えーと、三年くらい前のですね。『秋の味覚シリーズ』っていうシリーズでしたよ」

「美味しいね、これ。キチンとカリカリになってるのって作るの難しいんじゃない? 僕の祖母は難しいって言っていたけど」

「ふふふ、これもBBチャンネルの力です。……それにしてもこれ美味しいですね、お芋の種類でこんなに変わるのですか」


 コウネさんの作った大学芋を食べ終える頃には、オーブンで焼いていたスイートポテトも完成していた。同時に二つも作るだと……ありがたく頂きます。


「コウネさんは良いお母さんになれるかもしれませんね。ふふ、私も見習わないといけません。ユウキ、私ももっとお料理、頑張りますからね」

「イクシアさん……ありがとうございます。今でも十分俺は幸せ者ですけどね。俺ももうちょっとくらい台所の道具、使えるようにならないとなぁ」






 夜。本当に我が家に泊まる事になった三人と共に夕食を囲む。今日は人数も多いし疲れているからと、大きなホットプレートで焼肉、そして焼き野菜としゃれこむ事に。


「へぇ、この野菜って殆どユウキ君の家の畑で取れた物なんだ」

「そうなんだよ。まぁ土地を使わせて貰ってるし、収穫量もえげつないから、一部は学園に買い取ってもらってるんだけど」

「本当に地球のお野菜は美味しいですね……そういえば、セリアさんの住むサーディス大陸も農作物が主な輸出品でしたよね?」

「あ、そうそう。私の故郷の里とか、結構有名なんだよ? 一説によると、神話の時代から農業の里として続いているとかなんとか。まぁお伽噺だと思うけどねー」

「ユウキ君そっちのジャガイモひっくり返して。僕これ好き。焼きジャガイモ美味しすぎない? この焼肉のタレも美味しいし……どこの製品? 今度買ってみる」

「え? 寮って焼肉とか出来るのか?」

「食パンに塗って食べるよ」

「oh……カナメって食事に無頓着過ぎないか? 殆ど菓子パンで済ませてるじゃん、いつも」

「節約だよ節約」

「あれ、契約してる企業から金とか入らないのか?」

「全部実家に送ってるんだ」

「……孝行息子だけど、少しくらい自分に使えよ……」

「そう? 僕は不自由していないけど……まぁそうだね、食堂の方がみんなと食べられるし」


 なんか、前もキョウコさんやサトミさんを交えて我が家で夕食を摂った事があったが、こういうのも少し違って、またいいな。なんだか懐かしい空気を感じる。


「はぁ……こういうワイワイと夕食を食べるのって、私何年振りでしょうか。ランチは皆さんとご一緒しますけれども」

「あれ? コウネって公国にいた頃は家族で食事って摂らなかったの?」

「ええ。両親は家にあまりおらず、屋敷の人間が作る料理を弟と静かに食べる、というものでしたね。私が料理好きになったのも、寂しくて食事をとるのを嫌がっていた幼い弟に『私が作ったから』と食べさせる為に覚えたものですから」

「……なんだか凄くコウネが眩しい存在に見えてきた。偉いよ、コウネ。じゃあ弟君にとってコウネはお母さんみたいなものなんだね?」

「ふふ、本人は両親の事が大好きみたいですけれどね。私がこっちに住み始めてから、あの子は大丈夫なのでしょうか」


 マジでコウネさんの評価がうなぎのぼりなんだが。なんだよ、そんな健気で優しい理由で料理を始めたのかこの食いしん坊ガールは……。


「コウネさん。いつでも家にいらっしゃいな。一緒にお料理しましょう」

「ありがとうございます、ユウキ君のお母さん。ふふ、そうですね……いずれはこの山でキノコ狩りをしてお邪魔したいと思います」

「あ、僕も行くよそれなら。キノコ狩りの男だからね、僕」


 そうして、夜が更ける。別に特別な事なんてない日常の風景。けれども、それがとても暖かく感じる夜だった。






 三学期の講義や研究室はあっという間に過ぎ去り、気が付けば四学期に向けた準備や、二年に進級する為の試験の対策を視野に入れ始めていた。

 そしてそれは同時に、俺達SSクラスに課せられた実務研修がもうそこまで迫っているという事に他ならないのであった。

 そして今日、実務研修に出発する前日、俺達は恒例となっているホームルーム、もとい理事長からの直々の概要説明を受ける為、研究室やサークルの終わる午後六時に教室に集められていた。


「集まっていますね。では、今回の実務研修の概要を説明したいと思います。既に知らされていると思いますが、今回の実務研修地は京都となっております。ふふ、高校の修学旅行のようだからと浮かれてはいけませんからね?」


 そう言っている理事長が一番、どこかウキウキしたように話しているのは何故だろうか。


「今回は日本政府により管理されている、特級警戒区域に指定された霊山を研修地としています。現在、山内に発生しているアンデッドを浄化、討伐するというのが主だった任務内容になっていますが、もしかすればその原因の特定を頼まれる可能性もあります。戦力的には問題ありませんが、生徒の中には魔物との実戦に不安を持つ子もいるでしょう。来年度のグランディア研修の前に、そうした心的不安を取り除く目的もあり、このような任務を割り振らせてもらいました」


 そう言いながら、チラリとこちらを見る理事長。ああそうだよ今も全力で逃げたいよ!

 けどそういうわけにもいかんでしょうよ。元々俺は……このクラスの人間を護衛する為に配属されたのだから。最近あまりに学生生活をエンジョイしていた所為ですっかり忘れていた。

 そうだよなぁ……五月の爆発事件の時のように、いざって時は身を挺して守るくらいの気概が俺には必要なのに、こんな事で恐がり続けるのは……ダメだやっぱり恐い。


「ククク……言われてんぞユウキ」

「うるせー……黙って説明聞くぞ」

「そこ、私語は慎め。理事長の話を聞け」


 ほら怒られた。


「明日の午前七時に正門前に集合。海上都市より飛行機で関西空港に移動。そこからは高速バスでの移動となりますが、初日はそうですね、観光を楽しんでください。今回は中々心的不安の大きい任務ですからね、せめてリフレッシュをして頂きたいのです。ただ、紅葉の季節にはまだ少し早いのですが」


 マジでか。正直次の日に任務があるのに観光なんてとてもじゃないが出来ません。

 いやいつもなら出来るよ? でも……今回はアカン、アカンのじゃ……。


「任務地の詳しい場所をお教えする事は出来ませんが、初日は二年坂や清水寺を楽しめる辺りでの観光をお楽しみください。宿も中々奮発しちゃいましたよ、今回」


 瞬間『おお』という感嘆の声が漏れ聞こえた気がする。誰だ、今喜んだのは。

 女生徒だと思ったが……?


「まぁ、ここまではあくまで慰安旅行のようなものです。ここから本題に移ります。二日目、宿から警護用のバスに乗り込んでもらい、任務地に向かって貰います。任務地の性質上、外部との一切の連絡は遮断され、窓も全面塞がれていますが、どうかご安心ください。そこで貴方達には、現在の日本における、唯一と言っていい、本物の神職、力を行使出来る方の治める神社に向かい、儀式を受けて貰う事になります」

「理事長、質問してもよろしいでしょうか」

「はい、一之瀬さん」

「儀式という話ですが、私は家の都合上、異なる神に関わる儀式に参加する事は難しいのですが……」

「一之瀬さんは確か、沈霊の儀として神事に呼び出される事もあるのでしたね。ご安心ください、今回の儀式は、そういった信仰の妨げになる事はありませんし、なんでしたらこの国の神に纏わる者でしたら、むしろ受けるべきかもしれない物となっています。既にお父様にもご相談させて頂きましたので、安心してください」

「は。解答感謝します。申し訳ありませんでした」


 あれ? なんか物凄い人に加護を貰えるとかそういう? 気休めじゃなくて本当に効果がありそうだなぁそれ……なら少しは安心かな?


「儀式を受けた後は、そのまま夜まで待機。日が暮れてアンデッドが活性化してからの開始となります」

「なんで夜まで待つ必要があるんですか……」

「ササハラ、発言は挙手をしてからだ」

「構いません。今回、原因の特定や討伐が目的ですので、どうしても活性化する時間。俗にいう逢魔時になります。ですが、ご安心ください。今回皆さんに儀式を受けさせるように進言してくれたのは、我がグループに属する最高の聖騎士です。その人物は今回、貴方達のバックアップとして陰ながらサポートに徹してくれますので」

「まぁ、珍しい……聖騎士が今の時代に力を持って残っているなんて」

「ええ、今はグランディアでも珍しい職業ですが、しっかりサポートしてくれますからね。万が一の時には、山ごと浄化するとすら言っていましたよ」


 マジかよ。そんな事出来るなら最初からやってくれ。


「あ、ちなみに今回は私も皆さんと同行しますので、くれぐれも羽目を外し過ぎないようにお願いしますね」


 え、マジ? 理事長が俺達に同行って初めてじゃないのか……?

 それで妙にウキウキしてたのかこの人……。




「京都かー……前々から行ってみたかったけど、楽しみだよね、本当」

「そうだね。任務を手早く片づけたら、自由時間も増えるって話だからね。例の花火大会を見られる余裕だって生まれるんじゃないかな?」

「ん? なんだカナメ、花火大会って」

「ああ、実はね――」


 理事長の説明を終え、早速皆で話し合い、もとい観光の予定を語り出す。

 するとカナメの発言にカイが食いついた。


「――って訳なんだ。どう? よかったらみんなで見ない?」

「へぇ、京都ってだけでもテンション上がるのに花火か。今年はまだ一回も見てないし、俺は見たいな、それ」

「まぁ俺はとくに京都に思い入れもねぇから構わねぇよ。夜の花町とかいうのには興味もあるが、さすがに理事長の手前出歩く訳にもいかねぇし」

「芸子遊びってヤツか。アラリエルそっち方面の知識本当豊富だよな」

「まぁな。しかし花火か。音は聞いた事はあっても見た事はねぇな」

「あくまで任務が片付いたら、だ。あまり浮かれるなよ、みんな」

「そうねぇ、ミコトちゃんの言う通りね。けれど低級のアンデッドなら、そこまで心配いらないんじゃないんですか? 日本はそこまで土地が汚染されている訳でもありませんし」


 一之瀬さんの引き締める為の言葉も、今日ばかりはあまり効果を出していないようだった。


「私金ぴかのお寺見に行きたいなー。ユウキ一緒に見に行こうよ」

「金閣寺か。写真とかでなら見た事あるけ確かに気になるかも。行こうか」

「あら、仏閣に興味があるのかしらササハラ君も。よければ私もご一緒していいかしら?」

「いいんじゃない? いいよね、セリアさん」

「う、うん勿論。そっか、一応仏閣っていうくくりなんだね……」

「私は清水寺や他のお寺や神社も見て回りたいですわね。理事長の話を聞く限り、伏見には行く余裕がなさそうですけれども……」

「キョウコさん、もしかして京都好きなの?」

「大好きですわね。今回ばかりは秋宮、理事長に感謝をしなければいけません。ふふ、ササハラ君はありがたくないと思っているかもしれませんけれど、我慢なさいな」

「く……いいさいいさ、今回で克服してやる……それにイクシアさんにとびっきりの護符用意してもらってるんだから」


 そんな、いつもの実務研修より少しだけ浮かれている皆と別れ、今回も理事長室へと向かうのだった。




「失礼します、ササハラユウキです」

「入ってください」


 理事長室に向かうと、珍しく理事長が机の上を何もない状態に片づけていた。

 それだけじゃない。心なしか部屋全体から、何やら洗剤やら薬品のような臭いもするような。


「ふふ、立つ鳥後を濁さず、と言うでしょう。明日から京都ですからね、綺麗に片づけておいて、戻った時に気持ちよく仕事が出来るようにと思いまして」

「なるほど。それにしても理事長が一緒なんて珍しいですね」

「ええ、せっかくなので私もたまには自分を休ませようかと。ただ、先程も言いましたが羽目を外し過ぎないように、ですね。今回、任務地にまで私が行く事はありませんが、秋宮に属する聖騎士をバックアップとしてつけます。ただ……皆さんの手前言いませんでしたが、本当にそれは最後の手段です。もしも何か不測の事態が特級区域を越えてしまいそうな時だけの話。貴方達生徒の命は……ユウキ君。貴方が守るのです。幽霊が怖いというのは、残念ですがこの先の未来には通じない子供の言い訳です。分かりますね?」


 残酷かもしれないが、それは紛れもない事実だった。

 まぁそこまでの危険があるとは俺も、それこそ理事長も思っていないのかもしれないが。


「貴方の強さも、危機的状況における判断力も、既に一人の戦士として完成されつつあると私は思っています。故に今回のようなバックアップを最低限に配するという方法で、無理にでも国の管理下にある区域を実習地に選ぶ事が出来ました。本来、あちらの仏閣を取り締まる組織というのは国に深く関わっているものです。そこに部外者である私達が立ち入るのは異常な事態なんですよ」

「そうなんですか……じゃあ、もしもの時のバックアップは聖騎士さんだけじゃなくて、そっちの人間も?」

「ええ。まぁ古く縄張り意識の強い人間達ですからね、あまり期待はしていませんが」


 まぁそうなんだろうなぁ、国同士どころか、国内でもそういう組織による派閥はあるのだろう。しっかし、本当に陰陽師やら、そういう仏閣に関わる組織もあるのかこの世界。

 様々な思惑が裏で動いている、それと同様に多くの人間が裏で動いているというのは、少し不謹慎だが、こちらの恐怖心を和らげてくれる結果となった。

 そして、ついに最後の夜。帰宅した俺を待っていたのは――




「さぁユウキ、服を全部脱いでください。下着も全て脱ぐんです」

「すみませんお断りします。絶対なにかおかしな事する気ですよねそれ」

「古い文献に載っていました。この国に伝わる由緒正しい魔除けの儀式とのことです」


 家に帰ると、居間に青いビニールシートが敷かれ、そこで墨汁と筆を構えたイクシアさんが、俺に全裸になれと言って来たのであった。

 嫌ですよ! それ絶対全身にお経とか書くつもりでしょ!? 耳なし芳一ですよそれ!


「お伽噺なんですか? 私は大変理にかなっていると思い、実践しようと思ったのですが」

「ダメです、恥ずかしいですし、そもそもそれで出歩くなんて無理ですよ」

「そうですか……ではこれをどうぞ」


 すると、イクシアさんは何やら五角形に切られた布、一見するとコースターに見えるそれを、ペンッとこちらのお腹に張り付けた。あ、しかも真ん中に何故かピーマンの柄が。


「ふふ、ワッペンです。ちょっと改良して護符としての効果を持たせましたからね。これで安心安全です。ただ、かなり時間のかかる物でしたので、クラスの皆さんの分は用意出来ませんでした」

「はは……怖がってるのは俺だけなんで大丈夫です。気休めでもそれにすがりたいんですよ俺は」

「しかしユウキ、母の加護を受けた貴方が悪鬼心霊にどうにかされるはずがないではないですか」

「それでも、です」


 いやまぁ、そういう絆があるのは分かってはいるんですが、それとこれは話が別でしょう……。イクシアさんの絶対ママパワーも万能ではないのだ。こういうの門外漢っぽいし。

 ……ビニールシートを片付けている姿に、やはり少しだけ不安を覚えてしまうのであった。


(´・ω・`)今章は毎日19時投稿

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