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第六十話

 予定されていた会談こそなくなったが、それでも霊場の視察や、オーストラリア側で行う予定だった政務が執り行われ、その全てに同行する事になっていたが、それもまもなく終わろうとしていた。

 ホテルでの一件で、主席、首相ともにこちらを傍に置く事を最優先とした事もあり、様々なお偉いさんと挨拶をする羽目になったのだが……これ、本来リズさんの役目らしいです。

 そしてそのリズさんも一緒だったのだが、俺とは違い慣れている風だった。

 そうして、五日間におよぶ政務が済んだ首相と共に、空港最寄りのホテルに移動した俺は、疲れ切った身体を癒すべく、自室にて死んだように横になっていた。


「あ……イクシアさんに電話するの忘れてた……」


 不味い、初日にあんな事があったからすっかり忘れていた……任務中は通信出来ないようにしていたんだった……。

 急ぎ通話出来るようにし、イクシアさんに電話をかけると、一コールも待たずにイクシアさんが出た。


『ユウキ、毎晩電話して欲しいと言ったではありませんか……』

「ごめんなさい、色々あって……」

『心配したのですからね。リョウカさんに頼んでそちらに行こうかと思っていたんですから』

「本当にごめんなさい。あの、一応全日程が終わったので、明日帰国します」

『おや、予定より一日早いですね!』


 会談がキャンセルされた以上、一日早く切り上げるのは当然ではあるが、むしろあれ以降も予定通り政務をする方が異常と感じてしまうのは俺だけなのだろうか。


『ふふ、では食べたい物はありますか? なんでも言ってください』

「ええと……じゃあ焼き魚と煮物で……なんだか恋しくて」

『ふふ、分かりました。楽しみにしていてくださいね』


 そうして、久々にイクシアさんの声を聞いた俺は、安心しきったように眠りに落ちたのであった。








「さて……危ない場面もありながら、君は想像以上の働きをしてくれた。帰国次第、正式に秋宮、石崎の両家に感謝を述べなければいけない」

「はい。あの……秋宮は恐い家ですけど、理事長本人は邪悪とは言い切れません。今回秘密裏に会合を行う予定だったと聞きましたが、これで国と秋宮の関係がこじれるということは……」

「……そうだな。秋宮への不信が今回の会談の根底にあるのは否定しないよ。だが、結果として秋宮は君を派遣、そして実際に我々を救った。もう少し……考えを改めざるを得ないだろうな」

「まったく、贅沢な悩みですよ首相。我が国の財閥は、未だグランディアへの介入に乗り気ではないものばかりだというのに。私も一度、秋宮の当主とお会いしてみたいものですね。是非、その際は彼を、ユウキ君を勧誘したい」

「ははは、それは恐らく当主が許さないでしょうな。……国で、彼のような人間を育てるべきなのだろうな」


 帰りの機内で、少しだけ二人と突っ込んだ話をする。

 元々、今回の主目的は秋宮への不信を晴らす為の物だ。

 だが、想像以上の危機に、その目的意識が霧散していたのだ。

 それに……今の俺でも逃がしてしまう使い手が存在する。真正面からの勝負なら勝機もありそうだが……このあたりは場数の違い、だろうな。


「今回の件はメディアには広がっていない。分かってはいると思うが、君もくれぐれも口外しないように頼みたい」

「勿論です。貴重な体験をさせて頂き、感謝しています」

「是非我が国への訪問の際にも彼を同行してもらいたいですね。歓迎させてもらうよ」


 いやそれは勘弁。

 そうして、心臓に悪い任務を無事に終えた俺は、一人素知らぬ顔で水を飲んでいるリズさんに抗議の視線を送りながら、帰国までの数時間を過ごすのであった。






「疲れたー……リズさん、俺はここで任務終了ですよね」

「ええ。この後私は永田町までお二人の護衛。君は……そうね、陸路の方が良いかしら」

「ですね……しばらくは地面が恋しいです」

「迎えを手配するわ。ロビーで待っていて頂戴」

「了解しました……じゃあさようなら、リズさん」

「ええ、さようなら」


 羽田空港に到着し、首相達を見送った俺は、そのままロビーで迎えの車を待つ。

 どうやら、秋宮の方が手配してくれるらしいのだが、それまでどうしていようか。

 空港でお土産っていうのも変だよなぁ……向こうで自由時間とかなかったし。

 くそう……オージービーフの塊でも買えばよかったのに。

 なんて考えながらロビーで待っていると、ベンチの後ろから誰かが肩を叩いた。


「はい?」

「やっぱりユウキ君だ。やぁ、どうしたんだい?」

「カナメ! そっちこそなんで……って、海外に行くとか言ってたっけ」

「そう、ちょっと中国にね。ユウキ君も――ああ、例の島だっけ? 事情聴取に」

「正解。今迎えの車待ってるとこ。そっちはなんで中国?」

「僕がスカウトされてる会社のチームっていうのかな。そこの合同演習に参加させてもらったんだ。で、今帰って来たところ。僕のところはたぶん、間もなくバスが到着するよ」

「ん、了解。明後日からまた講義始まるし、また今度な」

「うん。じゃあね、ユウキ君」


 いやぁ焦った。まさか空港で行き会うとは思わなかった。

 しかしそうか……中国にいたって事は、もしかして主席が海外にいっていた事も知っていたのかな。

 ううむ……なんだかそのうちカナメとどこかでかち合いそうな予感がするなぁ。




 迎えに来たのは、少しだけニシダ主任かなって予想をしていた俺を裏切り、一般の職員さんだった。

 そのまま学園前まで送ってもらい、今日は学園に理事長はいないからと、報告は明日以降という事で我が家に戻ったのであった。

 さて、お腹空いたな。イクシアさん怒ってないといいけれど……。


「ただいまでーす」

「ユウキ、お帰りなさい! もう、電話が一本だけだなんて酷いではありませんか」

「本当ごめんなさい。初日にちょっと色々あって、すっかり忘れてました」

「もう……手を洗ってきてください。ごはん、もうすぐ出来ますからね」

「ありがとうございます。あ、そうだ。お守り、今回は身代わりになってくれたりするような事はありませんでしたよ。無事に綺麗なままです」

「ふふ、それはよかった。今晩は珍しく川魚が手に入りましたからね、シンプルに塩焼きにしましたよ。それと、煮物です。ふふ、伊藤さんに教えて貰いました」

「おー! 楽しみだなぁ」


 色々疲れる事の多かった任務。たぶん、誰かを殺すよりも、よっぽど俺にとってはキツイ。

 まぁ……今回も数人、しかもユウキ本人として殺してはいるが、それでもこちらの心に変化があるようには思えなかった。

 案外、こういう生き方に向いているのかね……。


「ところで……ユウキ、もしかして今回の任務にはエルフの方もいたのですか?」

「あ。もしかして分かるものなんですか……?」

「はい。それも……かなり、力の強い人物でしょうか。濃密な魔力が絡みついています。まるで、意図的に自分の存在を誇示するかのように。……これは挑発されているのでしょうか」


 うぇ!? あの性悪そうな人ならやりそうだけど、イクシアさんが怒ってる!?


「ユウキ、後で私が浄化します。まったく……随分と質の悪い人に目を付けられたようですね。何もされませんでしたか?」

「な、なにも……」


 その後も、どこか不機嫌そうなイクシアさんをなだめつつ、珍しく手に入ったという鮎の塩焼きを堪能したのだった。


 翌日、任務の報告の為に理事長室へと向かう。

 秋季休暇とはいえ、短期間の休みだ。普通に生徒や教員の姿を見かける中、理事長室へ向かうと、既に俺以外の人間が来客中のようだった。


「失礼します、ササハラユウキです。入っても宜しいでしょうか」

『どうぞ』


 室内には、石崎の爺ちゃんと理事長。そして……たぶん初めて見る女性が待ち構えていた。


「……大事な話の最中です。子供を入れるとはどういうつもりかしら、ミスリョウカ」

「クレッセント外交官。しっかりと人の顔を見た方が良いぞ。それとも資料に目を通すのは部下の役目かのう?」

「なにを……」


 クレッセントと呼ばれた、これまた美人なお姉さんが、訝し気にこちらを見る。

 なんか最近美人との遭遇率高くない?


「ユウキ君。任務の報告をお願いします。大筋は既にこちらに入っていますが」

「……良いのですか?」

「ええ、彼女にも聞いてもらいます」


 俺は、ホテル襲撃についてを語る。

 また、あちらの護衛が秋宮の召喚実験に参加していた事や、セシリアと多少親交を深める事になった件も含めて。

 無論……俺が対峙した男が、以前ノルン様の誘拐未遂を引き起こした人物だったという事も。


「……なるほど。ユウキ君、その男はこの人物ですか?」

「ええと……いえ、違います」


 すると理事長が一枚の写真を撮り出すが、そこに写っていたのはまったくの別人だった。


「ではこちらですか?」

「……あ、こいつです。交戦後、逃げられました」

「……よく、無事でいてくれましたね。この人物はグランディア、地球共に最重要指名手配がされています。ある傭兵集団に所属している人物ですが……なるほど、現在はあちらの世界の組織についているのですか」

「正直かなり強かったですね。たぶん真正面からもっとしっかりやりあっても途中で逃げられたと思います」

「ええ、そうでしょう……。今回は本当にお疲れ様でした。政府やセリュミエルアーチの研究院に大きな貸しを作る事が出来ました。報酬は石崎だけでなく、私の方からも支払わせて頂きます」

「……つまり、この子は例の青年だと? まだ少年じゃない」

「ですが、この通り私の未来の切り札として既に活躍の場を広げつつあります。そして……今回は他国へと派遣しました。私は、求められれば持てる力を国にも貸し出しますよ。そちらの申し出ですが……そちらこそ、もしも何かあれば私に御一報ください」

「くっ……そうさせて貰うわ。今日はこれで失礼します」

「うむ、さらばだクレッセント外交官。もう少し笑えい、美人が台無しじゃ」

「セクハラで訴えましょうか? 失礼します」


 なにやら、険悪な空気を残し去っていく美人さん。ふむ?


「何者か、と聞きたそうじゃな。まぁ自称地球代表のとある国の外交官じゃ。今回の会談、自分達が蚊帳の外にされたのが腹立たしかったんじゃろうて」

「まぁ、土地の広さなら十二分にありますし、ね。夏の一件から、自分達が深くグランディアに纏わる事件に関われない事に焦っているのでしょう」

「なるほど。あの、それで俺の報告は以上なんですけど……」

「ええ、分かりました。恐らく、今後政府からも要望が出てくるかと思いますが、ユウキ君をどこかに派遣するような事はありません、ご安心ください」

「そうじゃな。あくまで今回は看板立ち上げとして出て貰っただけ。想像以上に厄介な任務となったようじゃが、すまんかったな、ユウキ」


 そう言いながら爺ちゃんが素直に頭を下げる。そこまで、厄介な男なのか……。


「ちなみに名前は?」

「本名不明。コードネームは『六光』。そうですね……まともに戦う事は少ない、攪乱専門の人物ですが、必要とあらば一瞬でこちらの人間を消せる程の力を持っています。今後、彼と戦う事があれば、くれぐれも長期戦は避けてください」

「そうじゃな。……ふむ、此度は本当によくやってくれた。主の口座に報酬は振り込んでおこう」

「ありがと、爺ちゃん。あ、そうだ。実家の修繕の件ですが――」

「既に業者は手配しています。そうですね、今度そちらの家に向かわせますので、見積もりが出来次第知らせてください」


 任務はこれにて終了だが……この経験は正直、これから先の未来で俺に更なる試練を与えて来るのではないかと思わずにいられない内容だった。

 グランディアとの関係も……段々と見えてきた。

 一般の人間では見られない、もっとどろどろとした利権争い。

 そして……地球の国同士、それどころか同じ国同士での争いも。

 ……そうだよな。物語みたいに、きれいごとだらけな訳ないよな……。


「さて。ユウキもそろそろ儂らと同じ景色が見えてきた頃じゃろう。そういう視点を持った生徒が一人くらい、童の中に混じっていた方が良い。秋宮の。此度はこれにて失礼する。今回はある意味協力してやったが……もう少し慎重に、出来れば大人しくしておれよ」

「さぁ、どうでしょうね。来年以降、私はさらに動きます。精々今の内に根回しをすると良いでしょう。今回の件は、私にとって大きな足掛かりになりましたから」

「くく、そうかそうか。ではな、ユウキ。また会おうぞ」

「ん、またね爺ちゃん。あんまり外道な事はしないでおいてよ。俺が動くような事態にならない程度にね」

「くく、そうじゃな」


 石崎の爺ちゃんも去り、理事長室に二人取り残される。

 ……ここから、本題に入るのだろうか。


「……今回は、想像以上に重い責任が科せられる任務を貴方に割り振ってしまう事になりました。ですが……どうやら、貴方は既に一人のエージェント、戦士として完成している事が分かりました。……これより先、貴方達SSクラスはより一層、将来の為に必要な資格、経験、技能を習得していく事になりますが……ユウキ君、貴方はどうします。これから、クラスメイトと歩みを共にしていくのか……それとも、私監督の元、一足早く技能を身に着けて完成度を高めていくか」

「……俺はたぶん、もう普通の学生としては生きていけないんですよね」

「……いいえ。ここにいる間、これまでのように陰から見守り、共に過ごす事は出来ます。ですが、世界がそれを……許してくれるか」

「……すみません、もう少しだけ俺は……みんなと一緒に歩いていきたいです」


 正直、ユウキとして動いたタイミングで、こういった事件が起きたのは、俺も理事長も予定外だったのだろう。

 いや、むしろ俺のミスだ。途中でユウキとしてでなく、ダーインスレイヴとして動けばよかた話なのだ。だが俺は……そのタイミングを作り出せなかった。

 たぶん、メディアに露出しなくても、国の上層部には今回の件が伝わる。遅かれ早かれ俺は学生ではいられなくなるのかもしれない。

 けど――


「……分かりました。貴方は、そのままで良いです。ただ……運命の選択は必ず訪れます。それだけは、覚悟しておいてください、ね」

「……はい」

「話は以上となります。来学期は久々に実務研修もありますから、どうか体調の方は万全にしておいてくださいね。それと……確か、貴方とイクシアさんは裏山でサツマイモ畑を作っていましたよね。どれくらいの規模か教えて頂けますか?」


 すると、シリアスモードから一転、突然そんなイモの話を振って来る理事長。

 ええと確か――


「かなり広かったと思います。確か――そうですね、俺達の教室より二倍くらい広い程度です。収獲した際は引き取って下さるんですよね?」

「ええ、その予定です。土地の有効活用ですからね、報酬も支払います。しかし中々の広さ……収獲の時期になったら教えてください。近隣の幼稚園児を対象にお芋掘りを体験させたいと考えています。最近、なにかと私の評判が悪いですからね……せめて近隣住人の心象は良くしておきたいのです」

「はは……なるほど。イクシアさんも喜ぶと思いますよ。じゃあ、あとで山に熊がいないか探さないと、ですね」

「ふふ、そうですね。ちなみに猪がいた場合は保護してくださいね。豚の祖先ですから」

「……なんで豚に拘ってるんですか」


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