第五十九話
やっぱりね、俺と合わないっていうか、普通に嫌なタイプでしたわ。
「まったく……子守りが任務とはね」
いやこっちのセリフですが。不満やら愚痴を仕事場で言い続けるとか子供なのはどっちだと。
基本、口を利くつもりはないです。
「僻地に付き合わされただけでも迷惑だというのに……まったく」
あ、ここのオードブル美味い。なんだっけ、あのクラッカーみたいなやつにチーズのってるやつ。
美味しい美味しい。飲み物は殆どアルコール入りだから飲めないけど。
「……それで、君はいつまでだんまりを決め込んでいるんだ」
「……なんだ、そんなに相手して欲しかったのか? 仕方ないな」
「っ! 交流しろと言われたから――」
「不満垂れ流しておいて律儀に言いつけは守るんだねぇ」
うるせぇ話しかけんな。ちょっと不機嫌モードなんですよ俺は。
「く……ド田舎の雑魚が……!」
「はいはい。どうぞ好きに思い込んで好きに罵倒したらいいさ。俺は『子守り』には慣れてるんで」
ほら、いるでしょうネトゲとかだとこういうキッズ。いやぁ懐かしい……今では暴言キッズやらブーメラン使いのニートやら、ああいう連中ですら懐かしく感じますよ。
それにしても……この選民思考というか……物言いというか……やっぱり覚えがある。
というか名前も聞き覚えがあるな……うーん……うーん……。
「誇りあるラッハールの騎士に向かって貴様……」
「ん? ラッハール……」
あれ? あれあれ? 聞き覚えある! あ、わかった!
「あー思い出した。グランディアの人間なのに態々地球で召喚実験した人だったかな? なんか俺の召喚で腰抜かして倒れてた人」
「な……お前……まさかあの場所に……」
「いやぁ、君の言う田舎の世界まで実験に来てくれてご苦労様」
「くっ、盗人に我々の品を盗まれない為だ。お前は……あの場にいたか。どうせ、お前程度ではゴミみたいな物しか呼び出せなかったんだろう」
「まぁその召喚の衝撃でスッ転んでたのが君なんですけどね。なるほどなるほど」
「……こっちも思い出した。なにやら霊を呼び出していたな。どこの亡霊だ? 盗人の霊か? 浮浪者か? ドブネズミでも呼び出したか?」
全力で、局地的な強化を。
ほら、だって一秒間に何百発ってパンチだす作品とかあったじゃん。
そういう事出来るでしょ。
お前、もういいよ。殺しはしないけど社会的に死ねよもう。
「……さぁ、なんだろうね。そろそろ向こうの話も終わったろ、戻るとするか」
「ふん」
先に戻り、主席と共に他の人間との挨拶周りへ向かう。
するとその時、恐らくセシリアの元に戻ったレオンの方向から、女性の叫び声があがった。
厳重な警戒の中でのパーティだ。当然、すぐさま周囲の警備が集まり、他の人間達の視線も集中する。
そしてその集中の先には、ズボンとパンツを足首までおろし、そのまま転び、見っともない姿を衆目に晒しているレオンがいた。
あーあ、ズボンとパンツの腰の部分、まるで何かに切り裂かれたようになってますね?
糸一本残してカマイタチかなんかが悪戯したんですかね?
俺もその人だかりに近づき、急ぎズボンをあげているレオンに言い放つ。
「なるほど、グランディア側の護衛はこの程度の人間でも務まってしまうのですか」
俺のその呟きが、周囲の人間の失笑を誘う。
おら、ついでにてめぇも恥かいとけ。
「ミスタササハラ、離れよう。……これも、向こうの何か策の一環なのだろうか」
「どうなのでしょう。……ただ、少しだけグランディアと地球の関係性が見えてきた気がします」
「……そうだろう。地球の一般人の認識では、向こうの上層部は親地球派ばかりだと思われているかもしれないが……それはノルン様が特別なだけ。基本的に、我らは見下されている」
「そう、なんですね」
「魔法科学、術式共に発展途上であり、魔力もあちら側に頼り切りだ。今回、豪州への世界樹植林はその関係性を打開できるかもしれない、第一歩だ。無論、そこの主要な国として名を連ねたいのは私もそちらの国も同じだろう。だが……一番の目的は地球に世界樹がある、という状況だ」
「そう、ですか……」
そう語る主席は、どこか恨みがましい視線をオーストラリアの代表たちに向けていた。
……なんか、思っていたような『楽園』って訳じゃないんだね、この世界って。
俺も、もっとしっかり現実を受け止めないとダメ、なんだよな。
そうして、騒ぎも一段落したところで、セシリアにレオンが盛大に殴られ、そこでパーティお開きなムードが流れる。
皆が広間を去っていく中、俺は一人その場に残り、ただ先程の一連の事件を思い返していた。
「……あれは、俺だってキレる。これで問題がおきなきゃいいけど、レオンにばれた様子もない、か。本当……複雑すぎるでしょ、大人の世界……いや偉い人らの世界って」
これで、さらに明日の会合には妨害も予想されるという話だし、どうなることやら。
部屋に戻り着替えると、まるで見計らったようにノックの音が響く。
『リズよ。少し話せないかしら』
「今開けます」
またオフモードでセクハラされたら嫌だなぁと思いつつも、無視するわけにもいかずドアを開けると、そこには――
「お疲れ様、ユウキ君。中、入っても良いかしら」
「あの……なんでその恰好のままなんですか……?」
そこにいたのは、パーティ会場にいたままの状態、つまり気合がこれでもかっていうくらい入っている、セレブ美人モードのリズさんだった。
「こっちの方が喜ぶでしょう、君」
「なんか落ち着かないんですけど……とりあえず中へどうぞ」
うわぁ……なんかレッドカーペットの上でも歩き出しそうなんだけど本当。
「それで……ユウキ君、貴方何かしたでしょう?」
「なにがです?」
「あのレオンっていう護衛の子よ。あんな場所であんな事になるなんて、下手したらそのまま極刑ものよ」
「へぇ、大変ですね。それがなにか?」
「……本当になにもしていないのか、それとも命を軽く見る事に長けているのかしら」
「んー、たぶん両方ですね。俺は何も知らないですし、他人の命なんて知ったこっちゃないです。いやまぁ逆に守りたいって思った時はしっかり動きますけど」
「……そう。まぁいいわ、予想よりも早くパーティが終わってしまったからね、暇なのよ」
「ホテル内の警備とか、俺達はしなくていいんですか?」
「問題ないわ。少なくともこのホテルにいる間はね。なのに、どうして会談はここでないのかしらね……」
「んー、普通に襲撃されやすいように誰かがあえて選んだんじゃないんですか?」
「……まぁそう考えるのが自然よね。そうなるとこの国の代表が怪しくなってくるけど、露骨過ぎるわね。……正直、警備護衛が私達の任務だもの。そこまで考えるのは管轄外よ」
まぁそうなんだけど……というか俺だって今の推論が的を射ているなんて思っていない。むしろ、ゲームやらなにやら、そういうシナリオの観点でいったらお約束が過ぎるのだ。
だったらむしろ――
「うん、やっぱり見回り行きましょう。特になんだっけ、あのセシリアとかいう人がいる階を重点的に」
「だから、このホテルは安全なのよ。警備的な観点だけじゃなくて、魔術的にも、ね」
「だからですよ。プロのリズさんがそこまで信頼している。裏をかかれないって思ってるんですよね? だからですよ。良いじゃないですか、素人の子供があちこち出歩くだけです」
「……そう。じゃあ私は念のため首相と主席の元へ向かうわ。セシリア様はさっきの件で近くに護衛は置いていないと思うの。最上階よ、たぶんエレベーターからは降りられないと思うわ、きっとガードに止められる。なにか手はあるの?」
「んー、まぁ子供に見られてるって事を武器に駄々でもこねてみますよ」
「……本気か冗談か分からないのよね、貴方」
割と本気。ううむ、もっと汎用性のある装備とか魔法があればなぁ。
あれです、一瞬で相手を眠らせる道具とか、姿が消える迷彩とか。エージェントユウキとかよくないですか。
「じゃ、行ってきます。リズさんもそろそろ着替えた方良いと思いますよ、戦いにくそうだし」
「仕方ないわね。折角誘惑しようと思ってこの格好でいたのに……思っていたよりも働き者なのね、君」
「すんごい報酬支払われるんでその分張り切ってます」
実家のリフォームとか終わったら、今度の休みはあっちでのんびり過ごすんだ……。
エレベーターで直通かと思われた、セシリアがいる最上階。VIPルームのような扱いらしく、どうやら最上階の二つ手前の階までしか行く事が出来ないらしい。
そこで降りた俺は、さらに上へと続くエレベーターを探してみる事にしたのだが……案の定、そこにはセシリアが連れてきたと思われる、警備の人間が陣取っていた。
「すみません、セシリア様に呼ばれて来たんですけど」
「なんだ? そんな話は聞いていない、下がれ下がれ」
「えー……んじゃ俺マジで帰りますけど……後でなにかあったら、ここまで来たって証言してくださいね……」
「……一応、確認を取る」
「了解っす。あ、ちゃんとササハラユウキが来ているって伝えてください」
案その一。真正面から挑む。なんか気まぐれそうだし、もしかしたら面白がって通してくれるかも。
それに……リズさんですら俺に『レオンに何かしたのではないか』と疑いを持ったんだ。俺と交流するようにレオンに命じたセシリアが、何も疑念を抱いていないはずがない。
種は、既に撒かれているって事です。
ちなみに案その二はホテル外壁からよじ登って侵入する案です。たぶんなんとかなる。
「確認がとれたぞ。ササハラ護衛官だな。エレベーターに乗れ」
「あ、マジで。了解しました」
マジでうまくいった! ちょっと外壁よじ登る方法考えてたところでした。
そして、いよいよ最上階へと向かうのだった。
「うわ……ここだけフロアの内装すら違う……」
最上階は、これまでに輪をかけて豪華な内装だった。
ここだけホテルというよりは……お城? ラスボスのダンジョン? そんな感じ。
まぁセシリアがラスボスっていうの、あながち間違っていなさそうだけど。悪の女帝って感じで。
そうして最後の扉、ボスの間の前で深呼吸。そしてノック四回。
「ササハラユウキです」
『開いているわ』
重い扉を開くと、その瞬間、ふわりと良い花の香りが広がった。
広い部屋、特別に用意されたであろう、見慣れない家具のかずかず。
そして――夜会用の衣装ではなく、多少落ち着いた風合いのドレスを身に纏うセシリア。
「おまねき預かり光栄です、セシリア様」
「ええ、そうね。貴方が襲撃者なのかしら? 折角呼び寄せたのだもの、楽しませて頂戴」
「いえ、俺は襲撃者に備えてここに来ました。護衛の人間が頼りなさそうに見えたので、つい」
「……そう。ちょっと近くに来なさい」
物凄い威圧感に気圧されながら、数歩近づく。
エルフの綺麗すぎる容姿が、今は凶器となりこちらを襲ってきているようだった。
一歩、また一歩と近づいていく。すると、唐突にセシリアもこちらへと近づき、腕を伸ばしこちらの顎に触れ、上を向かせる。
「……何者だ、お前。濃い王族の匂いをさせているお前は何者だ」
「っ! なんの話ですか」
「間違えるものか。お前が身に纏うのは同族、それも我ら一族の魔力香だ。何故、お前がそれを纏う」
そう、鬼気迫る表情で睨みつけるセシリア。だが……やはり、似ていると感じてしまう。
イクシアさんに、凄く……似ているのだ。
まるでイクシアさんに責められているように錯覚し、少しだけ胸が痛む。
「……知りません、本当に」
「……偶然? いやそれはない。だが……子供を泣かせる趣味はないの。それで、アナタは襲撃者に備えてここに来た、だったかしらね?」
「はい。このホテルは絶対に安全だと皆が言います。だからこそ、警戒したいんです。どうやら近くに護衛も置いていないようですし」
「露出狂を近くに置く趣味はなくてよ。……まぁ、誰かの手であんな事になったのだとは思うけど、それに気がつけないような愚鈍な者も傍に起きたくないわ」
「なるほど。では、少し離れて控えておきます」
「それは許可しないわ。近くにいなさい。アナタは良い香りがする。久しく感じていない、同胞の濃い香り。夜会場では周囲の香りに紛れていたけれど、今ならはっきりと感じられる。まるで良い香炉よ。部屋の中にいなさい」
これって……たぶんイクシアさんの気配の事、なんだろうな……。
それとも、以前彼女と結んだ契約によるものだろうか。
それにしたって香炉か! 俺はお部屋の消臭〇みたいな扱いか、それともアロマキャンドルか!
「ササハラユウキ。顔を見せなさい」
「……はい」
「…………見た事がある。ああ……あの子の……」
すると、セシリアが自分のバッグを漁り、そこから普段は使っていないのか、だいぶ時間をかけてスマート端末を取り出した。
「これ。この玩具で見た事がある。私のではなくあの子、ノルンの持つ物で」
「っ! それは、これの事でしょうか」
俺は、以前撮影してもらった、ノルン様とのツーショット待ち受け画面を自分の端末に表示させる。
「それよ。そう……アナタ使節団のいざこざに巻き込まれただけの子供ではないのね。あの子を狙った狂言をかき乱した子なのね」
「狂言って……」
「だってそうでしょう。あんな成功する芽のない誘拐、誰がどう見ても狂言。そもそも、地球ではあの一件は秘匿されている。こうして会話をしているだけで、貴方がそれに関わっている証拠よ。ふん……なるほどね、ノルンに何か加護でも授かったのかしら、その魔力香の原因は」
自分で納得いったのか、これ以上の詮索はされそうになかった。
魔力香……やっぱりイクシアさんの魔力は特別? でもセリアさんは何も感じていない……特定の一族だけが分かる物?
「お礼を言っておくわ。今や少ない同胞を救った。仮初でも、救った事実は変わらない。まぁ使節団の雑種はどうでも良いのだけど」
「……はい」
「……もっと寄りなさい。良い香りがする、本当に」
少しだけ、態度を軟化させたセシリア。いや普通に恐いけど。
すると、ふとこの部屋の調度品の中、気になる物を見つけた。
絵画だ、それもエルフの女性。たぶん、人間で言うところの四〇代だろうか、優しそうな、綺麗な瞳をした人物画だ。
「気になるかしら。私達同胞の中でも、偉人中の偉人。名を失い、それでも時代の礎を築いた始祖の一人よ。生憎、王族とは関係のない人間らしいのだけど」
「……なるほど」
「ふふ、私がアナタに面会したのもこの影響かしらね。この名もなき女性は賢母の証とも伝わっている。それにあやかろうとしたのかしらね」
「……俺も、一応はレオン君と同じ年なのですが」
「エルフからすれば誤差よ。八も一八も変わらない」
ちくしょう! って事は下手したらイクシアさんだけじゃなくてセリアさんも同じような事思ってるのか!?
「あの……俺本当はこういう場に出席できる立場になく、知識もありません。セシリア様がどういう方なのかも分かりません」
「そう。学徒と聞いていたから仕方ないわね。セリュミエルアーチにある王家と対を成す研究院の責任者よ。まぁそうね、地球風、それに日本風に言うと何になるのかしら」
王? 代表? んじゃ首相的な? え、本当にめっちゃ偉い人じゃん。
「それで……本当に襲撃はあるのかしら?」
「分かりません。でも、予感はします」
窓の外は既に夜の闇。遥か彼方に、街の明かりが見える、隔絶されたホテル。
この闇の中、何者かが潜んでいるように思えてならないのだ、俺は。
するとその時、部屋にノックの音が響く。
「誰かしら? 名乗りなさい」
『失礼します。襲撃の可能性を考え、夜のうちに場所を移動した方が良いとこちら側の代表団が』
なるほど、俺と同じ考えに至った人が他にもいたのか。
すると、セシリアは表情を消し、唇に指をあてながら、俺に物陰に隠れる様にと目配せした。
……疑っている。俺の時も第一声があれだったが……。
「入りなさい」
『は』
すると部屋に入って来たのは、俺がエレベーター前で会った警備の人間でなく、明らかに戦闘員を思われるスーツを着た人間だった。
「随分と武骨な格好ね。そのような者にエスコートはされたくないのだけど」
「非常事態故に申し訳ありません。さぁ、お連れします」
「断らせて頂くわ。顔も見せない人間についていくつもりはない」
「……では、今ヘルメットを外します」
そう言いながら、男は手にしていた銃を手放し、ヘルメットに両手をかけた。
その瞬間、セシリアが指を差し、俺に――
「見せて頂戴」
それを指示と受け取り、物陰から飛び出し、全力強化のボディブローを無防備な身体に叩きこんだ。
スーツを貫通、そのまま腹部すら貫通させ、一瞬で命を刈り取ってしまう。
……間違いじゃ済ませられないからなこれ。俺はあくまでセシリアの指示に従ったまでだからな。
「中々やるじゃない。それは襲撃犯の一人で間違いないわ。知らないエルフの魔力香を感じたもの。同族が、私に顔を隠す不敬をするはずがないもの」
「……そうですか。あの、一応ここから移動しましょう。ここ、もう屋上にしか移動出来ないので袋小路みたいなものですし」
「そうね。エスコートにはまだ幼いけれど、任せるわよ、ササハラユウキ」
幼いは余計じゃい。
すぐにエレベーターに乗り込み、戦闘の為にコンバットスーツを展開する。
チョーカーの中にしっかり入っております。もちろんデバイスも。
「無骨ね。地球の戦闘衣はみんなそうなのかしら」
「大体こんな見た目です。……エレベーターを降りたら向こうの仲間が待ち受けているかもしれません。開いたら死角になる位置に隠れてください」
「なぜ隠れる必要があるのかしら。速攻で全て薙ぎ払いなさい、ササハラユウキ」
ああもう! この人なんなの!
議論する間も無く開く扉。そして、瞬時にその光景を理解する。
黒服の護衛が床に倒れ伏し、俺と似たスーツを着た襲撃者達が――あれはレオンか。レオンと戦っているが、劣勢だ。
エレベーターの到着音にこちらを振り向くその前に、開ききる前の扉から飛び出し、一瞬で廊下にいた男達を――殺すのではなく無力化する。
武器破壊、手足の骨折。これで、どうだ。
「ふぅ……」
「貴様! お前もグルだったか!」
が、襲撃者の無力化と同時に、レオンがこちらに剣を振るってくる。
「うわっと。やめろよ、エレベーターの方見ろ」
「セ、セシリア様!?」
「……まだいたの? ホテルを出て先に帰れと命じたはずよ」
「そ、それは……」
まるで虫けらを見るような目を向けるセシリア。けどまぁ……一応はここで食い止めていたのだし。
「とりあえず手駒が増えたって事で。行きましょうセシリア様」
「……そうね。レオン、続きなさい。このまま一階のホールまで向かうわ」
「何故、この男が……」
「お前の代わりよ。見ての通り、実力もある。大人しく続きなさい」
「……はい」
ホテルについていた本来の警備の人間は……全員じゃないけど死人もまじっている。
手当は出来ないが、念のためまだ息のある人に、イクシア印のエナジードリンク風ポーションを渡しておく。
実は、任務にあたりこっそり冷蔵庫から少し拝借してきたのだ。
回し飲みしてください。たぶん一口で効果あると思うので。
そのまま、メインエレベーターに飛び乗り一階のボタンを押す。だが――
「すみません、首相達のいる階に寄らせて頂けませんか。様子だけでも見ておきたいです」
「なんだと!? セシリア様の安全を最優先するべきだろ!?」
「黙れレオン。同道は許可したが口を開いて良いと言った覚えはない」
「っ!」
それを許可と受け取り、首相達の階に立ち寄ると、エレベーターの扉が開いたと同時に、血臭が立ち込める。
だが、見た限りでは倒れているのは襲撃者のようだ。
念のため首相達の部屋を確認するも、そこには誰もいない。
「お待たせしました、一階に向かいましょう」
「首相と主席は無事なようね?」
「恐らくは」
エレベーターで更に下へ下へと向かう。
途中、どこかの階に足止めされる事なく。
知らなくても予想は出来るけど、最上階にセシリアがいたのをこの連中は知っていたのだろうか? 首相達の居場所も。
元々、上階は読まれやすいからと、他の階に陣取っていたらしいのだ、首相達は。
なら……誰かが漏らしたのか?
「まもなく一階です。もう隠れろなんて言いませんから、レオンの後ろにいてください。弾避けにはなりますから」
「そうね。レオン、ここに立っていなさい」
「……はい」
「口を利かない」
……さすがに酷い。
やがて、一階到着のチャイムが鳴り、扉が開く。
そして目に飛び込んできたのは、関係者らしき人物達が、皆何か手錠のような物で繋がれ、ホテルから連れ出されようとしている場面だった。
リズさんも……首相もいる。それに主席も。
「っ! 間に合え!」
駆ける。ユキでもダーインスレイヴでもない、俺として全力を出す。
ロビーの見張り三人、人質誘導三人、そして……司令塔だろうか、ヘルメットをしていない男の後ろ姿に向かい、風の魔導、即ち封絶を発動させる。
座標攻撃。こちらに気が付いてない連中の身体を……正確に細切れにする。
しかし――
「っ! あぶねぇ! なんだその物騒な魔法!」
「見もしないで避けるかアンタ。凄いな」
司令塔の男が、一歩横に移動してそれを回避する。
座標攻撃。即ち後から狙いを変えられない。それを……見もしないで気配だけで?
その男が、ゆっくりとこちらに振り返る。
それは……どこか見覚えのある、飄々とした態度の男だった。
「お、なんだガキか。いや……そうか、お前か。いや因果なもんだね、やっぱり殺しとくべきだったか?」
「……そっちも覚えてるんだ。なに、今回は見逃してくれないんだ」
「生憎、狂言じゃないんでね。部下も殺された。悪いが今回こそ……死んでもらう!」
勝手に命名。腹筋チラ見せ兄貴。今回はスーツ着てるけど。
目にも止まらぬ速さで眼前に迫る男から距離をとるべく、エレベーターから離れるように位置取ると、こちらには目もくれずに短剣を投てきし、そのままエレベーター中へと向かう。
「させるか!」
キャッチ&リリース。外来魚宜しく短剣を男に投げ返し、無防備な背中へと向かうも、またしても気配だけで読んでいたのか、背面でキャッチしてみせた。
が、既に俺も背後に忍び寄り、拳を振るう。
「……いてぇ、大した強化だな」
「よく止めたね」
たぶん、気配を読んでるんだと思う。常軌を逸したレベルの精度で。
「まだまだ粘るよ」
「追加の部下が連中を先に確保する」
「また殺す」
「また呼ぶ」
ダメだ、話し合いやら駆け引きは通じない。
「……分かった、ちゃんと相手してやるよボウズ」
「OK」
OKズドン。一瞬こちらに合わせて対決しようとエレベーターから出ようとしたところに、至近距離で拳を何発も叩きこむ。
レオンのズボンとパンツのゴムを切り裂いた、さっき生まれたばかりの技で。
「ング!?」
「そのまま死ね」
何発も打ち込み、そしてそのままの流れで抜刀する。
が、すんでのところで回避されてしまう。
だが……十分に時間を稼げたのか、リズさんが拘束を解いてどこかに連絡をしているところだった。
「クソ、結構えげつねぇなガキ。……タイムアップだ」
「逃がさないけど」
「いいや、逃げる」
瞬間、男の身体が強く発光し、おもわず目を瞑ってしまう。
それでも腕を伸ばすも、空を掴み……。
光が収まり目も慣れてくると頃には、既に男の姿はどこにもなかった。
「……逃がした」
「失態ねササハラユウキ」
「セシリア様。いえ、俺の任務は護衛ですから」
「そうね。早く本来の雇い主の元へ向かいなさい」
そうだ! 俺は本来首相と主席を……やべぇ、まんまと拘束されちゃってるじゃん……。
急ぎ、残りの人質の拘束を解き、二人に謝罪する。
「君が、リズ君を我々の元に遣わせたと聞いた。それに……どうやらセシリア様の護衛をしていたようだな」
「主席の言うように、君は十分な働きをした。……咎めはしないよ」
そう二人は言ってくれる。
「ユウキ君、謝るわ。君の進言をもっと広めていれば、被害をもう少し抑えられたかもしれない。主犯には逃げられたけど……十分すぎる成果よ。なによりも……向こうに借りを作ることが出来たのは大きい」
そう言われ振り返ると、セシリアが微かに俺を見て微笑んでいるのが見て取れた。
……やっぱり、似てる。イクシアさんにそっくりだ。
そうして、リズさんの連絡で駆け付けた政府の人間達主導の元、ホテル内の残党の拘束、怪我人の搬送がされる。
そして俺とセシリア、そしてレオンは三人で事情聴取……のような事をされる。
まぁ俺の独断で動いた部分もあるが、セシリアの手前、俺を咎めるような事はなかったし、レオンはいただけなのでほぼ無関係なのだが。
そうして事情を説明し、俺も解放される事になった。
「……明日の会談は中止になったけれど、契約書は持ち帰ってあげる事にしたわ。本当はそこまでまともに取り合うつもりはなかったけど、少しくらい考えてあげる。そちらの代表にも、オーストラリアの代表にもその旨は伝えておく。……そうね、近いうちに候補地の霊場の視察もしてあげるわ。アナタに免じてね」
「ありがとうございます。では、俺はこれで」
「……待ちなさい。写真を撮らせなさい」
「……は?」
「レオン、操作は任せたわ。私とユウキを一緒に写しなさい。ノルンに今度見せてあげるわ」
「……了解しました。おい、お前。操作方法を教えろ」
なんで知らないんだよ……任務で来てるんだろうお前も……というかなんでみんなして写真とりたがるの! まさか俺の身を案じて……ではないよなぁ。
「はいこれ。……で、この画面の赤いマルを触れば撮影できるから」
「……ふん」
とりあえず並んで立つ。そしてスマ端を向けられ、撮影されるすんでのところで――
「よし」
「よしじゃないが」
背後から抱えられる。そしてシャッター音がなる。
「なにしてるんですか」
「あの子に自慢するのよ。良い記念になったわ、ササハラユウキ」
そうして、今度こそこの恐い人から解放されたのだった。
……この人ともう会いたくないなぁー……。




