第五十七話
「いやー、ルールありとはいえこういう場で雪辱を晴らせるとはなー」
「……チクショウ……悔しいな……」
はい、目の前で膝を折るカイを見下ろしているユウキ君です。
早い物で、二学期末試験の実技を行っておりましたが、今回は生徒同士の試合。
その試合内容、そして勝敗による減点方式で点数が決まるのだが、今回は俺の勝利となりました。
いやー……剣術学の実技受ける生徒ってめちゃめちゃ多いけど、上位者同士で戦う以上、こうなるだろうなとは思っておりました。
なお、一之瀬さんはSクラスの誰かと戦っています。たぶん、圧勝だろうな。
「まぁ今回、魔術魔法は禁止だし、真価は発揮できないっしょ。純粋な剣技と身体強化だけなら……今回は負けてやんね」
「ああ。……やっぱ強いよ、ユウキ。剣は素人だったのに、随分と上達したよ」
「ありがと。お前に言われると自信がつくよ。んじゃ帰ろうぜ、次が押してる」
「ああ。……負けたけどそこまで悪い試合内容じゃなかったよな? そこまで減点されないよな?」
「大丈夫でしょ。問題は昨日までの座学。そっちはどうなのよ」
「……一応補習含めてがっつり時間を割いたから……前期よりはマシだと思いたい」
「あとはなるようになる、だなぁ……なんにしてもこれで俺の試験は終わり。そっちもでしょ?」
「ああ、そうだな。うし、食堂行こうぜ食堂。試験明けの人間も多いだろうし、早めに行っちまおう」
「おーけい。今日は弁当じゃないからな、そうすっか」
試験明けは友人達とぱーっと騒ぐと決めていたので、今日は久々に食堂のメニューだ。
あー疲れた……集中的に単位稼ぎのために講義に出ていてよかった。これならそう悪い成績にはならないだろう。
そうして、俺とカイは揃って食堂へと向かうのだった。……一之瀬さんもういなかったし、たぶん試合、速攻で終わっちゃったんだろうなぁ。
「えーと……四種のチーズピッツァと……すげえ! この生ハムとキャビアの夏野菜サラダにするか!」
「ユウキお前どこにそんな金が……ていうか今日の日替わりメニューなんだこれ……高級食材ばっかりじゃないか」
「俺普段あまり金使わないけど、研究所みたいなとこで治験みたいなバイトしてるんだよ。それなりに貰ってるんだぜ、報酬」
「マジか……なぁ一口俺にも……」
「仕方ないね」
食堂では、今回も試験を終えた生徒達が、羽根を伸ばすように思い思いのメニューに舌鼓を打ち、どこか気の抜けたような表情をしていた。
まぁ中には必死に答え合わせらしきことをしている生徒もいるのだが。
「あ、一之瀬さんだ。行こうぜ、カイ」
「あ、ああ……」
そして先日の一件以来、微妙に距離感のある二人を元に戻そうと、食事を共にする事にしたのであった。
「一之瀬さん、ここ良い?」
「ああ、構わないぞササハラ君。それに……カイか」
「あ、ああ」
「おー。一之瀬さん今回も試験明けにパフェ食べてるんだ。なんだろう、それサツマイモ?」
「ん? ああ、焼き芋がトッピングしてある和風パフェだそうだ。正直、かなり美味しいのだが、量がな……」
普通に美味しそう。そうか……デザートってここで頼んだことなかったかも。
「ササハラ君は……また羽目を外したようなメニューなのだな?」
「そ。そしてカイは今日ばかりは贅沢しようと、真昼間からすき焼き御膳という」
「う……いいじゃないか、俺は関西風のすき焼きって食べた事がないんだから……」
「え? 東西で違うのか?」
「知らないのか? まぁ俺が食べるとこを見ていたら分かるぞ」
ほほう……じゃあ今度俺も食べてみようかな……。
「ほら、サラダとピザ一口やる」
「お、マジでくれるのか! へーキャビアって初めて食うな俺」
「右に同じく」
そうして、やや場所とミスマッチな料理を食べていると、隣の一之瀬さんが少し驚いたような表情で俺達を見ていた。
「……何故、何事もなかったようにしていられるんだ二人は……」
「んー? だって友達だし。それに雪辱ならさっき果たしたし?」
「俺は正直、まだ申し訳ないと思っているけど……ユウキがこの調子だしな……」
「そゆこと。まぁカイの気持ちを全く理解出来ないって訳じゃないし、正直今回の件はカイだけの問題じゃないって思ってるし。もういいでしょ、一之瀬さんも」
「……そう、か。……カイ、ササハラ君に感謝だぞ。それと、お前も少し羽目をはずしすぎだぞ、なんだ関西風すき焼きって……」
「はは……」
……それに、謎も多いのだ。理事長がカイから話を聞いたところによると、カイはグランディアで闘技大会に出場したが、そこでの戦いで変わった事は特別なかったという。
だが大会が終わると、自分の中から力が湧き出してくるような感覚に陥り、そのままさらに別な試合に参加。そこでも圧勝してしまったという。
だが、話はそこで終わらない。そもそも、石崎の爺ちゃんの傘下の会社が、どうやって変化したカイと接触したのか。それは会社側に何者かから連絡があったから、らしい。
『有望な若者、地球人がいる。秋宮の元を離れたがっているようだ』と。
まるで、カイがそういう結論に至ると分かっていたかのような物言いだが……カイにスカウトを始めに持ち掛け、会社の人間と引き合わせた人物も、結局何者だったのか不明ときた。
……明らかに、何か特殊な力を持った人間が暗躍しているかもしれない、との事だ。
まぁ、この事実はカイには知らされていないし、一之瀬親子には内密にされているらしいのだが。
「む……ほぼ焼肉なのだな。ふむ、興味深い……」
「うめー! ユウキ、見てるか? これが関西風らしいぞ」
「ん? ああ、なるほどな。美味そうだな」
完全に、カイは利用された、ということなのだろう。
「ふぅ……食った食った……そういえばこの間家に行った時はもうユキさんがいなかったが……その、つ、次はいつ来るんだ?」
「ん? 暫くは来ないだろ。基本任務で国外かグランディアにいるんだよあの人。間違ってもリベンジしようとか思うなよ?」
「ま、まぁ……それは分かってる。ただ、また会いたいって思っただけだし……」
「……そりゃどういう意味で」
「ち、違うぞ!? 変な意味じゃなくて、恩人に挨拶がしたいってだけだぞ!?」
えー本当にござるかー? ……やべぇ一之瀬さんの目つきが恐い。
「カイ、あの人に不埒な感情を抱くのはやめろ。……どれだけ迷惑をかけたと思っているんだ」
「だから、違うって! ……ちょっと憧れてるだけだし」
やべえ。最後のアレ刺激が強すぎたか。
剣士コンビが痴話げんかにも似たじゃれあいをしていると、そこにもう一人現れる。
「こんにちは。もしかして三人も試験、全部終わったんですか?」
「む、コウネか。そちらも終わったのか? 魔術理論と紋章学の方が」
「はい。先程座学は全て終わりましたし、実技は私、免除されてますから」
現れたのは腹ペコガールコウネさんだった。なんで人のピザに手を伸ばすんですか。
「てい。これは俺の」
「むぅ。私も同じ物にします。ふぅ……試験、お疲れ様三人とも」
「ああ、コウネもお疲れ。そうか。実技免除か……まぁこの間の試合を見たら今更実技を見せるまでもないか……」
「あれね。俺も映像で見たよコウネさん。さすが俺の魔術の師匠だ」
「あ、見たんですね? ところでユウキ君、ユウキ君がいない間に私の両親がユウキ君のお母さんと話したって聞いたんだけど、二学期が終わった後の短期休暇。さすがに短いから招待は出来ないんですけど、よかったら地球で食事でもしないかって」
うおう……マジで積極的だなあのご両親。いやぁ……実際には俺もその場にいたけど、あそこまで親の方がぐいぐい来ると恐いんだよなぁ。
それに次の休暇はオーストラリアだし。
「うーん、もう秋季休暇の予定、入っちゃってるんだ俺……ほら、夏季休暇の最中に俺と一之瀬さんって共同合宿で事件に巻き込まれただろ? 俺、あの時他の人質と別行動してたんだ。その時の事とか色々現場検証したいからって、また現場に呼び出されてるんだ」
はい、出ました一〇〇点の言い訳。まぁこれはあらかじめ理事長に言われた言い訳なんだけど。
俺が国外に行く場面を誰かに目撃された場合の言い訳として考えていてくれたのだ。
「あら、残念です。……しかし、その事件の事は私も知っています……確かに詳しく調べた方が良い案件ですものね……」
「そういうこと。ご両親にも謝っておいて欲しいな。来年、それこそグランディアに行く機会も増えるんだし、そのうち絶対遊びにいくよ」
「それもそうですね。ふふ、最近は私もまんざらでもないんですよ? ユウキ君が我が家に婿入りする事」
「ははは……それはノーコメントで」
「マグロ食べ放題ですよ?」
「それはイクシアさんに言って」
そうして、俺の二度目の試験は無事に全ての日程を終了し、またつかの間の平穏の中へと戻っていったのであった。
「イクシアさんただいまでーす」
「ああ、おかえりなさいユウキ。ちょっと待ってください、今少し実験中なんです」
家に戻ると、居間の扉が不自然に点滅していた。イクシアさん……居間でなんか凄い物作っちゃうからなぁ。俺の身体を治した薬品だって台所で生まれたみたいだし。
「……ふぅ。ユウキ、もう大丈夫ですよ。おかえりなさい」
「ただいま戻りました。何を作っていたんです?」
居間のテーブルには、まるで化学実験室にあるようなガラス機材や、工作マットのような物、それにまるで歯科医院の診察台の近くにあるようなドリル? みたいな道具やらが並んでいた。
「今、ユウキに持たせる為のタリスマンを作っていました。もうすぐ海外の任務に行くのでしょう? 私も行きたかったのですが……さすがに石崎さんはリョウカさんとは違い油断出来ない相手ですからね。無理を言う事は出来ません」
「なるほど……タリスマンっていうと、お守りみたいな物ですよね?」
「はい。病気や不幸から遠ざける、そして何か大きな怪我から守ってくれます。身代わりの効果があるんですよ。もしもの時は代わりに壊れてくれます」
そう言いながらイクシアさんが手渡したのは、まるでクラックビー玉のような、キラキラとした青い透明な玉がはめられたペンダントだった。
なにこれめっちゃ綺麗。しかも玉のひび割れ、よく見たら……何かの紋章になってるのかな?
「ふふ、気が付きましたか? それは周囲の人間の感情、この場合は綺麗、または目を引く、という感情を取り込み、効果を増幅させるのです。宝石やそれに準ずる物は古くから特別な術具、装具に使われているのは、そういう効果を無意識に先人達が取り入れていたからなのです。そこで、地球にあるレジンという物質を使い、それに近い効能を発揮する――」
チンプンカンプンです。とにかくすごい物だっていうのは分かった!
「そういえば今日で試験は終わりなのですよね? ふふ、今日はユウキの好きなピーマンを使った晩御飯ですよ」
「おー! ありがとうございます! 今学期は色々あって前期みたいに良い成績、とはいかないかもですけど……とりあえず落第にはならないかと思います」
「なるほど……地球の教育というのはとても厳しいのですね……いえ、もしかしたら時代が違うからなのかもしれませんが」
「そうかもですね……学校によって難易度が全然違いますけど、シュヴァ学って地球、グランディア両方の学校と比べてもトップクラスに難しいみたいですし」
「なるほど……今日はたっぷり労いもかねてご飯を作りますからね」
ああ……なんという幸せ。
ちなみに、今夜の献立はピーマンのピラフと鶏肉団子のトマト煮込み、ピーマンとナスのフリッターにトマトサラダでした。我が家の家庭菜園さん、大活躍である。
そうして、試験の疲れを癒した翌日、今回も二学期の終わりという事で、各クラスで終業式……みたいな物である、試験の成績を伝えるホームルームが始まった。
「よーし全員いるな。今回も補習はゼロ。ただし……カイは秋季休暇中、学園での奉仕活動だ。分かっているな?」
「は、はい!」
「あとは……アラリエルとキョウコ。お前達二人はデバイスの試験動作のテストに参加するんだったな。明日、第二演習場に集まるように。それとカナメ。お前は少々学園への届け出への不備が多いぞ。しっかり届け出は出すように。まぁこれくらいだな。じゃあ成績を一斉送信する」
「怒られちゃった」
「カナメ、なにかあったのか?」
「うん。国外に出る時はしっかり学園にも届け出をしなくちゃなんだけど……すっかり忘れていたんだ。昨日出したんだけど、急だったからね」
「へー国外! 俺もちょっと出てくるんだけど、そういうのはしっかりしないとだぞ」
すみません俺の場合はたぶん理事長が操作してるんだと思うのでなにもしてないっす。
さて、それじゃあ補習はないにしても、俺の成績はどうなったのか……。
「実技は安定のオール一位だ。座学は……まぁたぶん平均よりは上かな」
「神話学の成績よかったじゃん! 私結構自信あったのに負けちゃった」
「あ、お疲れセリアさん。そっか、これって良い方なんだ……」
「まぁあの講義取ってる人少ないもんねー」
どうやらそこそこ良い物だったようです。
そしてデバイス工学も……順位は落としたけど、それでも一二位だ。
「十分誇れる成績ですわよ。専門の道に進む生徒でも今学期からは苦戦すると思いましたもの。その中でそれだけとれたら十分ですわ。停学のハンデがあったとは思えませんわね」
「あ、キョウコさん。そっちは凄いね、今回も一位じゃん」
「まぁ、当然ですわね。しかし意外ですわね……デバイスの試験運用を体験出来るなんて滅多にない機会ですのに、ユウキ君は不参加ですのね」
「あー、うん。今回はちょっと用事があるんだ」
「なるほど。それに、アラリエル君が参加するのも以外ですわね」
なんでも、どこかの企業が共同で開発したデバイスの基礎設計? それを秋宮とUSHの研究員が利用し、新たなデバイスを作ったのだとか。俺も参加してもよかったけど、今使ってるので満足しているしなぁ。
「俺は前期にユウキが『遠距離に向いてそう』みたいな事を言ったからだな。ちょっと狙撃用のデバイスを見てみたんだが、どいつもこいつも俺に合わねぇんだよ。まぁダメ元で参加だな」
「なるほど。アラリエルがスナイパーにジョブチェンジか……いいデバイスが見つかるといいな」
「まぁな。ったく……これならグランディアでどっかの工房に杖の作成依頼でもだしときゃよかったぜ」
「我が社の製品でも満足いかなかったのは単に我が社の技師の技量不足ですわね。少しでも純正魔術師が満足いくデバイスを作成出来るように精進しますわね」
「おう、期待しないで待ってるぜ」
なんだかんだでみんな動いているんだよなぁ……。二年になったらさらに忙しくなりそうだ。
「で、人のカバン触ってお弁当がないのを確認していると思われる腹ペコガールさんは何か予定があるの?」
「い、いえ? そんな確認なんてしていませんよ? そうですね、私は先日言ったように両親との会食ですけど、ユウキ君が来てくれないので、少々小言を言われるかもしれませんわ」
「えー俺のせいにするなよー」
「まぁいつもの事なのでお気になさらず。そうですわね……両親は今回、ずっと地球に留まっていますので、もしかしたら久しぶりにミコトちゃんも呼ばれるかもしれませんわ」
「む、私がか? 確かに今回の休暇は特に予定もないが……」
「会食……いいな、きっとおいしい物食べるんだよな……俺は裏山の草刈りと駐車場のライン引きだ……」
「カイ、お前のは仕方ない事だろう」
Oh、奉仕活動お疲れ様です……。
「んじゃま、来学期にまた会いましょうって事で。俺は一足先に失礼しますん」
さて、じゃあ家に戻ったら荷造りとかしないと……オーストラリアかー、どんなところだろう。
グランディアとのゲートが日本ほどじゃなくても近いって言われているし、ちょっと楽しみだなぁ。言葉通じなさそうだけど……ていうか観光じゃないから自由時間なんてなさそうだけど。
そして、俺は翌日理事長室に呼び出され、今回の任務を共に行う、正規の護衛官と顔合わせをする事になったのだった。
「理事長、ササハラユウキです」
『どうぞ、お入りください』
理事長室には、既に石崎の爺ちゃんと……見覚えのある男性、そして以前、爺ちゃんに殴られていた、爺ちゃんの護衛っぽい人が待ち構えていた。
「な……君は! そうか……君が担当の生徒だったのか……」
「……待ってください、ちょっと思い出します……ええと……ええと……」
「ふむ。かつ丼を食べさせた人間とだけ言えば分かるかな?」
「あ、司令さんでした! どうも、お久しぶりです!」
「うん、久しぶりだね。春の活躍、海上都市の警護を総括する身としては感謝しかないよ。それで、石崎さん。彼が今回、私の部下と共に『先生方』を護衛する生徒なんですね?」
「ほっほう。『小西総司令』とも顔なじみであったかユウキ。随分と権力者の知り合いが多いようじゃのう?」
それは、去年の夏にノルン様誘拐未遂を防いだ時に、俺の取り調べ……みたいな事をしていた人物だった。そうとう偉い人なのは貰った名刺から分かっていたけど。
「うむ。本当ならこの都市の警護、警察関係者は使いたくないが、それが折衷案じゃったからのう。秋宮よ、あまり心配するでない。此度は汚い真似などせんよ。監視などせんでもよかろうて」
「そうはいきません。こちらの息のかかった人間を一人就けるのが条件となります」
「くく、仕方ない。ユウキ、明日その小西総司令の部下の人間と空港で合流。基本、その人物の指示に従ってもらうことになるぞい。ユウキは今回、あくまで……もしもの時の武器であり、そして行われる会談を見る『目』じゃ。難しい事はその人間に任せると良いじゃろう」
「了解っす。……その人は今日ここに来ていないんですか?」
「はは、そうなんだ。明日顔合わせからそのまま飛行機に乗ってもらうけど、なんとか仲良くやって欲しい。じゃあ、そろそろ今回のお仕事の概要を伝えようか、ユウキ君にも」
「そうじゃな。クク……すまんなユウキ。一介の学生にはちと荷が重いかもしれん」
「え!? どういうこと!?」
なんでプレッシャーかけるの!
「石崎さん……ユウキ君、今回の君の任務は、オーストラリアのとある施設で行われる会談の場にいる人間の護衛となる。君は、護衛対象と共にその会談に出席、間近でもしもに備える事になっている。こう言ってはなんだけど、大人をその場に配置するのは少々難しくてね。君ならば、その会談の参加者も許可してくれたんだよ」
「なるほど……察するに俺の事を何かの報道で知っていたって事ですかね?」
「そういうことになる。そして、その会談が行われる施設の周囲を僕の部下が警護する。襲撃が必ずあるとは言わないけれど、可能性は十二分にある。今回、襲撃者の命は出来るだけ奪わないように、という指示だけれど、やむを得ない場合はその限りじゃない。それと、当日は建物内への武器の持ち込みはデバイスのみとなる。グランディア産のアーティファクトを使って、会談相手の機嫌を損ねたくはないんだ」
「なるほど……やっぱり向こうの人にとって召喚した武器って印象が悪いんですよね?」
「そうなるね。全てが全て向こうで管理されている国宝って訳ではないけれど、そういう物だってある。それを他国の、地球の手に渡るのは面白くないだろう?」
「なるほど。あ、俺はデバイス使いなので問題ないです」
「そうか、それは良かった。じゃあ……明日、迎えを寄越すから、空港に来てくれ。今回は危険も予想される国外での任務。どうか、くれぐれも軽率な行動は控えて欲しい」
そう説明を終えた小西さんだが、肝心な事をまだ聞いていない。そう、護衛対象の情報だ。
すると、俺と同じ事に気が付いた石崎の爺ちゃんが――
「総司令や。肝心な事を教えてやらなくてはのう? ユウキ、今回のお主の護衛対象じゃが……『加島 祐三』と『チョウ ユーチェン』という。ニュースで聞いた事はないかのう」
…………はい?
「理事長、やっぱりなしって出来ますか?」
「……出来ません」
俺知ってる、ニュースあまり見ない系学生の俺も知ってる。
日本の総理大臣の名前だこれ。そして中国のたぶん偉い人だこれ。
確かニュースで度々名前出て来てたわ。え、本人? やべぇ震えてきた。
「学生にやらせる仕事じゃないですよね」
「じゃが、同時に快く傍に置く許可出してくれるのはお主しかおらん。そして同時に……秋宮が即時派遣出来る戦力としては、お主が最高峰じゃ。既に国の上層部にお主の名前は知れ渡っておる」
「……すまない、ユウキ君。本来であれば専門の部署だけで行う任務だが……情けない話、君以上の戦力を我々は保有していない。そして……今回の任務には責任も付きまとう」
「私の方である程度の責任を背負うことは出来ますが、今回は事前にメディアに知らされていない会談です。もしも事件が起き公になった際、何かあれば完全に貴方をかばいきれません。勿論、最大限の事後対応はすると約束しますし――必要ならばダーインスレイヴへの要請も許可します」
「それは……分かりました」
それはつまり、もしもの時はあの姿となり、強引な解決も許可するという意味だ。
……ユウキのままじゃ、殺戮なんて出来ないよな。力は出せても殺人となると……ついて回る責任が学生の身には重すぎるのだ。
今回はあくまでユウキとしての参加だもんな……。
「ほう、秋宮の猟犬も現れるかもしれない、か」
「件の大量殺人を行った人物ですか。罪には問われませんが、一度、しっかりとどういう人物なのか話してみたいところですね。この都市を守る身としては」
「ふふ、もしもの時です。人柄的には問題のない人物ですよ」
やべぇ、やべぇよ……首相と中国の偉い人だよ……当然オーストラリア側の人間もそれに見合う偉い人だよ……グランディア側の人も絶対凄く立場ある人だよ……胃が痛くなってきた。
「なんて顔をしておる、ユウキ。お前の力はこういう任務を任せるに値する物じゃ。もしもの時は秋宮だけではない、儂の方でも保護してやる。安心せい」
「でも元の生活はきっと送れないよね? 何も起きないことを願うよ……」
「では、今日の打ち合わせは以上となります。後でユウキ君の自宅に職員を向かわせ、荷物を予め運んでおきますので、なるべく自宅にいてください」
「は、はい……」
「……ごめんなさい。私も初めは護衛対象の事は分かりませんでした。首相とはまめに連絡をとりあっていたのですが……」
「それが、国の上に立つ者の強かさじゃ。秋宮の、いつまでも自分が有利な立場にいると勘違いするでないぞ。今回の件はよく胸に刻んでおくことじゃ」
「……肝に銘じておきます。……彼女のようにはいかないものですね……」
「くく、あの鬼子の事かのう? ふ、姉に勝る妹とは、まことに恐ろしき姉妹じゃ」
「……ええ、本当に。では、これにてブリーフィングは終了となります。任務の詳細はイクシアさんにも伝える事は厳禁です。では、貴方の活躍に期待しています」
「了解しました。……そっかー……報酬破格だったもんなー……理事長、リフォーム関係の業者だけ後で手配してくださいね……実家の修繕とかしたいので……」
「ええ、そのように。……最高の匠を用意しておきますね……」
「なんということでしょう! ってやつですね、分かります」
「おまけで養豚小屋でもつけましょうか」
豚から離れて!
(´・ω・`)本日はここまでとなります
明日も19時より投稿開始します