第五十六話
「へぇ、じゃあカイって爺ちゃんのグループの会社にスカウトされていたんだ」
「うむ。じゃが先程言ったように少々問題が発生してのう。スカウトの件はなしじゃ。元々、秋宮への牽制を目的にしたものじゃったが……先に大々的に牽制され、あげくカイという生徒も心変わりしてしまってのう。此度の件はこれで終いじゃ」
「なるほどね。あ、けどあれだから。俺がカイに負けたっていうのは本当に手違いだから。本当に体調悪い時だったからミスっただけだからね? 殺しOKなら先に向こうが死んでたから」
「クク、そうじゃろうな。少し話したがあの青年は真っ直ぐ過ぎる。儂は多少心に闇を抱えた人間の方が好みじゃ。あの者の闇は、精々夕闇前の斜光。物足りんわい」
「まぁ確かにカイは良いヤツだしね。爺ちゃん真っ黒いし物足りなさそう」
絶賛食事しながら祖父と孫の会話のようなノリで物騒な事を言っているユウキです。
ニシダ主任、顔色悪いっすね。
「ふふ、言いおるわ。ユウキ、儂はヌシの闇の深さ、そして少々ずれた物の見方、なによりも……ある種、自分を絶対に安全な場所にいると強く思い込み、そして実際にそれを可能にする程の何かを持つ有り様をひどく気に入っている」
「凄いな爺ちゃん、全部思い当たる節があるよ」
「ふふ、そうじゃろう。物は相談じゃがユウキ、やはりヌシは秋宮でなく、儂の元の方が力を発揮するじゃろう。どうじゃ、儂が全面的に支援する、こちらの陣営につく気はないか?」
「いやぁ、それは今のところないかなー。俺が秋宮を見限らない限り、二君に仕える、なんて事はないよ」
「クハハ、変なところでヌシは古風じゃな。今時の若い者が二君とはのう。しかし……その義理堅さが混在する様もまた良い。まるで……生来の気質が後天的に歪んだような有り様……いや、逆かのう。生来の闇の深さをヌシの良き親が正したと見るべきか」
「ん、どうだろうね。でもその話題はここまでにしてくれないかな?」
「……うむ、そうじゃな。すまんな、ユウキ。儂の悪い癖じゃ」
いやまぁ自分が良い子ちゃんとりつくろって生きてる事くらい、ずっと前から知ってるけどさ。
「しかし、やはりヌシの秋宮への義理を示す理由、その最たるものは……あのエルフの女性、イクシアと申す者が大きいのじゃろう? っと、そう睨むなユウキ。儂から手出しする気は微塵もないわい」
「そっか。まぁイクシアさんの存在は大きいよ」
「のう、先程から大人しいようじゃがニシダ主任。彼女はヌシの個人的な助手という事は分かっておるが、その出自はとんと分からん。どう探っても一切情報がない。察するにサーディスに連なる者、故にこれ以上は儂の方から探る事は出来ぬのじゃが……どういう経緯でそちの元におるのじゃ?」
「っ! それは、言えませんね。残念ですがいくら石崎元会長とはいえ、私は秋宮の人間ですから。申し訳ありませんが脅しも意味はありませんから」
「クハハ、そう身構えるでないわ。ヌシに手出ししようとした者がどうなるかは儂も知っておる。どうやら……ヌシもまた、強大な庇護の下にいるようじゃ。儂は、寝ている虎の尾を踏むような事はせんよ」
「助かります。今は折角の食事ですから」
そう食事。さっきから料理の味が満足に分からないとです。
緊張感やべえ、肉の食感しかわからねぇ……。
「話は変わるがユウキよ。少しばかり借りを返して欲しいと思うのじゃが、近々正式な客としてそちらの学園へ向かう。少々ヌシに儂からも依頼をしたいのじゃ」
「ん、理事長が許可するなら。あんまり無茶な事頼まないでね?」
「ああ、心得た。さて、では儂は……焼き魚でも頼むかのう。グランディアの料理は年寄りには少々重い。この『プリズムトラウトのいろり焼き』を頼むかのう」
「あ、なにそれ美味しそう。俺も同じの頼んで良いですかニシダ主任」
「え、ええ……よく普通に食べられるわね……」
「主任もどうじゃ? 今日のところは儂が支払おう」
「いえ、私はもうこれで……」
息の詰まる空気の中、食事を無事に済ませた俺は、ようやく人の少なくなった学園に送ってもらうのだった。
いやぁ……今年はあんまり文化祭エンジョイ出来なかったけど、来年はどうだろうなぁ。
「ただいまーです」
「ああ、おかえりなさいユウキ! どうやら何も問題はなかったみたいですね?」
「その様子ですと、そっちも何もなかったんですね?」
「ええ。少々コウネさんのご両親と学園内を見て回るだけでしたよ。ふふ、本当に随分とユウキの事を評価してくださっているようですね、あのお二人は」
「うーん、政治的な利用も考えていそうですけどね。ほら、一応セリュミエルアーチに対して俺って切り札みたいな感じで使えそうじゃないですか」
「なるほど……来年からは向こうでの実務研修もありますからね。十分に気を付けてください」
「はい。結構楽しみなんですよね……向こうに行くと魔力変質で身体が変化するらしいので。俺はどうなるのかなー……」
「そういえば、サトミさんもショウスケ君も変化していましたね。確か今日戦ったカイ君もでしたか?」
「ですです。いやぁ楽しみだなぁ……」
「出来れば私もユウキの変化に立ち会いたいのですが、さすがに学校の行事についていくわけにもいきませんからね……」
あれですよ、きっと魔力光と同じで髪が白くなったりするのではないでしょうか。
なんかかっこいいなそれ。若白髪とかいわれそうだけど。
「さて、今日はそろそろ休みましょうか。明日は振り返り休日ですし、ゆっくり休んでください」
「はい。そうですね、今日は色々疲れたのでこのまま寝ちゃいます」
「ええ、おやすみなさい、ユウキ」
いやぁ濃厚な一日だった……次にカイに会ったら、なんて話そうかな……。
翌朝、早朝だというのに来客を知らせるチャイムが家内に響く。
朝食を用意しているイクシアさんに代わり俺が玄関を開けると――
「お前なんでこんな時間に来てんだよ……空気読めないな相変わらず」
「ユウキ……おはよう。いや、悪い。お前が今日ここに帰って来るって聞いたから……」
はい、カイでした。お前昨日の今日でそんな……。
「俺、お前に直接謝れなかったし、昨日の戦いの結果も言えてないし……」
「あー、全部ユキから聞いてる。やっぱり瞬殺だっただろ?」
「……ああ。手も足も出なかった。あんな人……いるんだな」
「ついでに言うと本調子なら俺もあれに食らいつける程度にはやれるから。負け惜しみじゃないぞ、なんなら今日にでも見せてやってもいいけど」
「いや……それはいい。たぶん本当なんだろうし。俺、お前にまた追い越されるのが恐かったんだ。たぶん、実戦っていう名前の逃げに拘ってたんだと思う……」
「そうかい。けどまあ考えが変わったなら、暫く俺と一緒に単位稼ぎ頑張らねぇとな?」
「あ、ああ。講義の他に補習も秋季休暇中に組まれてるから、俺。後で、クラスの皆やサークルの皆にも謝らないといけないな……」
どこか、不安そうに語るカイ。
大丈夫でしょ、たぶん。それこそみんな大人だし。
「まぁいいや。これから朝食だからよかったら食ってけよ。イクシアさんに言ってくる」
「え、いやそんな……」
「遠慮すんなって」
イクシアさんに早速伝えると『仲直りしたようで何よりです』といい笑顔を浮かべ、大歓迎と言った様子でカイを迎え入れたのだった。
なお、朝食は軽めなのですが、目玉焼きかオムレツか選択式です。俺もカイも目玉焼きを選んだので、最近オムレツを上手に作れるようになったイクシアさんは少し不満そうでした。
ごめんなさい……和食派の俺としては、半熟の黄身に醤油たらすのは譲れないんです……!
「む、カイも目玉焼きには醤油派か。良かったな、戦う理由が一つ減ったぞ」
「なんでその程度で戦う事になりそうになるんだよ……まぁ醤油なのは当たり前だろ」
「だよな。ただ、結構ソースやら塩コショウ派も多いんだよな」
「ああ、そういえばミコトは塩コショウ派だったな」
「マジでか……そのうち戦わないと」
「なんでだよ……」
いやぁ、そこだけは譲れないので。
ちなみにイクシアさんは自分だけオムレツで少しだけこの議論に参加出来なくて寂しそうでした。ちなみに彼女も目玉焼きの時は醤油派です。ただし完全に火を通すのですが。
「本当に仲が良いのですね、お二人は」
「まぁそうかもですね。たぶん、クラスで最初に話したのもカイでしたし」
「そうなのか? ……ああ、そういえば休み中にも校舎で会ったな。あの時はてっきり先輩かと思ったよ」
「まぁ色々あって呼び出されていたんだよ。そっちこそ呼ばれてたけど……なんで?」
「ん、ああ……ほら、俺の剣についてさ。こいつ、初めはこんな色じゃなかったんだ」
そう言いながら、カイは自分が召喚した剣を取り出して見せた。
「食事中だろ、まったく……そういや青紫だな。前は銀色だったのに」
「俺が、グランディアで魔力変化を起こした時に変わったんだ。その時から、歴代の持ち主の力っていうのかな、そういうのが俺に流れ込んで来るようになったんだ」
「へぇ。そういや、一之瀬流って刀を使うのにお前だけこの剣、普通の両刃の剣だよな」
「ああ。まぁ別にそれで問題が出たりはしないよ。結構こういう人も多いし」
そんな話を聞きながら剣をじっくりと見せてもらっていると、イクシアさんが凝視するように剣を見つめていた。
「すみません、その剣少し見せて貰って良いですか?」
「いいですよ。ユウキ、お母さんにも見せてあげて欲しい」
「はいどうぞ。かなり歴史ある剣なのか、これ」
「一応、神話時代の武器かもしれないって言われてるけど、はっきりとした文献は残されていないんだよ。それで、調査の為に時々研究機関の方に顔を出すようにって、それであの時俺も学園に来ていたんだよ」
ほほう……これぞまさしくSSレアってヤツですかな。
「……これは、間違いなく神話時代の魔剣ですね。恐らくどこかの段階で名前が失われ、曖昧な情報しか残らなかったのでしょう。ふふ……歴史を感じますね」
「そうなんですか? そういえばユウキのお母さんって研究者、なんですよね」
「え、ええ。恐らく神話時代のものだと思いましたので、つい」
ふむ? 以前も一之瀬さんの話を気にしている風に見えたけれど、この剣の事を生前知っていたのだろうか?
「あ、ごちそうさまでした。すみません、朝早くから来てしまって。この後、ちょっとミコトの親父さんと挨拶に行かなきゃいけない場所があるので……これで失礼します」
「お、了解。じゃあな、カイ。たぶん講義とかで一緒になると思うからまた今度な」
「ああ。本当、悪かったなユウキ。その……ユ、ユキさんにもよろしく伝えておいて欲しい……もう、任務で遠くに行ってしまったんだよ……な?」
「ああ、うん。たぶん暫く帰ってこないと思う」
「そ、そうか……そうか……」
おいなんだよその反応。
「ふふ、お粗末様でした。また、ユウキと仲良くしてくださいね。では気を付けてお帰り下さい、カイ君」
「はい。じゃあお邪魔しました」
そうして、最後の最後でちょっとひっかかる反応を見せてカイが帰っていった。
おいおい……まさかユキに惚れたとかいうなよ、実在しないんだから……。
「……ふふ、因果な物ですね」
「イクシアさん? あの剣、知っているんですか?」
「ええ。以前少し気になっていたのですが……あれは、生前私が持っていた物です。私は理由あって後世に名前を残さないようにしていたのですが、それと同時に剣の名前も失われていたのですね。……ふふ、ユウキと戦う事になっていたとは……」
……は? なにそれ凄く欲しい。
「殺してでも奪いたくなってきたんですがそれは。イクシアさんの武器なんですか!?」
「ええ。とはいえ、戦いに使った事はありませんよ。あれは儀礼的な物で、領主に受け継がれていく物なんです」
「へぇ……って、領主って、なんか凄く偉い人なんじゃ……」
「ああ、あくまで領主の代行ですよ。数年程代行した後、剣だけを預かりその役職を退いたのみです」
「……イクシアさんって何者だったんですか……凄いなぁ領主なんて……」
「そう凄い物ではありませんよ? 今でいう役場の職員、そのちょっと偉い管理職みたいなものです。当時はそういう施設も機関もありませんでしたしね」
「そういうものなんですか」
なるほど……? じゃあ市長さんみたいな感じなのだろうか。
しかしそうか……イクシアさん所縁の品だったのかあれは……。
「本当に……何千年も経っているのですね……剣の名前も伝わっていないくらい」
「その……やっぱり寂しかったりします?」
「いえ、先程言ったように、私は後世に名前を残したくなかったのです。有名人になるつもりはありませんでした。ただ一人の園長、親として子供達が少しでも覚えていたらそれで良いと。巣立って行った子供達がいつまでも私の名に縛られてはいけないように、と」
それは、なんだかイクシアさんらしい理由だなって。けれども同時に、なんだかやっぱり……少し寂しいかなって。
「でも、今は俺だけの親です。俺はいつまでも覚えていますし、友人の皆だって、ずっと覚えていますよ。それは別にいいですよね?」
「ユウキ……ええ、そうです。今の私はただのイクシア。ユウキの母親である、ササハラ・イクシアですからね。ふふ、ありがとうございます、ユウキ」
少しだけイクシアさんの生前の話を聞けて、少しまた距離感が縮まったなと感じていたところに、スマ端に理事長からの着信が来た。
「はいユウキです。どうしましたか?」
『休日中に申し訳ありません、リョウカです。その……少々相談したい事がありますので、イクシアさんと共にご足労お願い出来ませんでしょうか』
「ちょっと待ってくださいね。イクシアさん、理事長が俺とイクシアさんに用事があるみたいです。これから一緒に出られますか?」
「リョウカさんがですか? 分かりました、では食器を洗い次第行きましょうか」
「だ、そうです。少ししたらそちらに向かいたいと思います」
『ありがとうございます。では、お待ちしていますね』
ふーむ……昨日の今日となると、何かあったのだろうか?
そうして、先日の片付けに追われる、休日返上で働く生徒達の中を縫うようにして、理事長室へと向かうのだった。
ノック三回。もはや自分の教室よりも来た回数が多いかもしれない理事長室の扉を叩く。
そして中へ入ると、理事長がどこか疲れた顔をしてこちらを待ち構えていた。
「来ましたね……ユウキ君、イクシアさん……今もう少し待ってくださいね……もう一人来ますから」
「あ、はい。それでどうしたんでしょうか?」
「……私は、以前貴方に、あまりあの老人には関わらない方が良いと言ったはずです。ですが……いえ、いいです。とにかく石崎老がまもなく来ます。そこで話を聞きましょう」
「あ……いやすみません、使える物は親でも使えっていうのが信条でして」
「まぁ、状況はニシダ主任からも聞いています。正直、こんな短期間で何度もあの人物と関わりたくはないのですが……そうもいかないのでしょうね」
「ユウキ、何かいけない事をしたんですか? ちゃんとリョウカさんに謝らないと……」
「いえ、良いんです。もしかすれば……こちらの利にもなるかもしれませんから」
ひぃ……理事長おっかねぇ……けどあの時は一番楽に切り抜けられそうだなって……。
「まったく、人をそこまで毛嫌いして、あげくこんな子供に釘まで刺しておるとはの。秋宮の、少々潔癖が過ぎるのではないか?」
するとその時、ノックもなく突然石崎の爺ちゃんが現れた。
「今回は正式な客人として来訪を認めてくれて感謝するぞ。さて……早速儂からの提案を聞いてもらいたいのだが、構わんかの?」
「……どうぞ、掛けてください」
「うむ。して……秋宮の。お主、少々事を急いているように見えるのう? 各国に自分の力を見せつけすぎているように見える。今年に入ってからとくにそれが顕著じゃ。カンの良い者はそちらに何か変化があったと気が付いておるぞ。これから、どの国も主の動きを注視し、牽制もしかけてくるじゃろう。そのうち……この国の首相との関係も悪化するんではないかの? 最近、頻繁に連絡を取り合っているという情報もある」
すると爺ちゃんは、一息にここ最近の理事長の動きについて、その危うさを指摘してみせた。そしてされた方はというと……思い当たるのだろう、少し悔しそうな表情をしていた。
「SSクラスの強行設立。春のサーディス慰問団襲撃の際、そこにいるユウキによる世界的なアピールともとれる活躍。夏季の合同合宿の際に現れた秋宮の猟犬の存在。そして……先日のユキという娘の活躍に、他企業への妨害ともとれる動き。さすがに儂でなくとも不興を買うじゃろうて。ん? どうじゃ?」
「……ええ。そうでしょうね。ですが、それがなにか?」
「強気じゃな。そこで提案なのじゃが、主の持つ力の一端、交渉次第では第三者に貸し与える事もある、と広めるというのはどうじゃ? 独占への恐怖、不信感が大元。ならば、金次第でそれらを貸し出すのだと、盛大にアピールすれば良いじゃろう? ほれ、そこに丁度……既に各国の諜報部にマークされているユウキがおるじゃろう? ただの学生として手元に置いているとはいえ、既にその名も顔も割れておる。絶好の人材じゃろうて」
え? 俺? っていうか俺ってマークされてんの!? ちょっと恐いんだけど!
ある日突然誘拐されたりしない? ハイエースされない? 『お前がパパになるんだよ!』とかされない? やべぇ震えてきた。
するとそこで、大人しく話を聞いていたイクシアさんが声を上げた。
「ユウキを脅かす者は私が許しませんよ。万難を排し、不届きな輩は永久に近づけないようにするつもりです。たとえ……リョウカさんが動けないとしても」
「ほほう、ただの里親ではないと――」
その瞬間、部屋の空気が凍った気がした。
緊張感。まるで、一歩でも動いたら何かに殺される。そんな極限の緊張感に満たされる。
え……なんだよこれ……イクシアさんから、なのか……?
「私の子を脅かしているつもりなのでしょうか。もしも本当に動くなら……私も動きます」
「っ! ……イクシアさん、そこまでです。この老人はこうして相手の出方を見ているだけですから……」
「本当にそうですか? 本当にそうなんですか? 今すぐ強制的に『私の味方』にした方が良いのではないですか? ユウキ、少し顔が強張っているじゃありませんか」
「……爺ちゃん、とりあえずイクシアさんがいるところでこの手の話はやめよう?」
「……まったく、これだから秋宮は。まだ、力を隠し持っておったか。……すまんかったのうお母さん。少々、気遣いのない発言じゃった。謝罪する」
「……はい。ユウキを何かに利用するというのなら、私は決してそれを許しません。それだけはどうか覚えておいてもらいたいです」
「あい分かった。だが、どの道一度、ユウキには儂の手伝いをしてもらいたい。それが結果的に今の秋宮への風当たりを弱める事になるじゃろう。図らずして、儂の考えている通りの効果を生むじゃろうて。それは、許してくれんかの?」
石崎の爺ちゃんは、今のイクシアさんの豹変ぶりを見ても、まだその話題を続ける。
けれども、それは先程までの不遜な物ではなく、あくまで既に決まっている事を伝えているかのような、自然な言葉だった。
「イクシアさん、一回だけ俺は爺ちゃんに恩返しもかねて手伝いたいんだ。思惑はあれど、それでも恩返しは恩返し。その一回で何か良い結果が生まれるなら、ね?」
「ユウキ……」
「俺が既にマークされているとしても、これが終われば『謎の秋宮の小間使い』から『秋宮が貸し与えるかもしれない有用な戦力』って評価に変わるんですよね? それって逆に俺が安全になるんじゃないですか?」
「……そう、なります。その上で、私が貴方を他所に派遣するのを渋ればいい話です。そうですね、多少は状況も変わるでしょう。なにせ……貴方よりも強いと目されているユキ、そしてダーインスレイヴが既にいますから。ね?」
あ、なるほど。そうか、ここ最近の動きは俺への注目を架空の存在に移す目的もあったのか。なら……やっぱり何か簡単な手伝いだけして、それでお茶を濁したらいいのか。
「……分かりました。ユウキが恩義を感じているのなら、それも良しとします。石崎さん、失礼な態度を取り申し訳ありませんでした」
「構わんよお母上。……鬼札に控え札。懐刀に猟犬ときて、まさか龍が控えておるとはのう」
「石崎老。イクシアさんは私の手の者ではありません。あくまでユウキ君の母親として動いているのみです。そこだけは、どうか勘違いなさらぬように」
「そう、か。……くく、まさしく母は強しじゃな」
と、とりあえず危うい空気は消えたと見て……いいんですよね?
「それで、石崎老。貴方はユウキ君に何をさせようと言うのですか?」
「なに、少々秋宮に不信感を抱きつつある内閣。そのご機嫌を取りつつ……そうじゃな、ユウキ、お前にこの世界の進む先を考える機会を与えたいと思う。近々、豪州で日本政府の人間と向こうの人間とグランディアの人間の三勢力で秘密裏の会談が行われる。そこに……護衛としてユウキを同行させたい。政府に『秋宮は望めば自分の力を貸し出す』と思わせたいからのう。そして――若者の目に、此度の会談がどう映るのか。忌避のない感想を聞けるという訳じゃ。なにせ……グランディアと地球。その狭間とも言える日本の、シュヴァインリッターの生徒の意見じゃ。どうじゃ?」
「……そのような情報は私の耳には届いておりません」
「ああ、そうじゃろう。それこそ、政府と秋宮の間に溝が出来つつある証拠じゃ。だが……儂が秋宮から力を借り、政府に協力したとなれば……政府も秋宮に隠し立ては無理だと分かるじゃろう」
え? なになに? なんか凄い大人な世界の話してないですか?
「豪州……オーストラリアですか。……その会談の中身、もしや『世界樹の種』に関係する物ですか?」
「ご明察。間違いなく、会談を妨害する勢力がグランディアからもやってくるじゃろう。ユウキにはその現状を知ってもらいたいのじゃ。どの道……ここのSSクラスの生徒にもいつかは『種』に関わらせる腹積もりじゃろう?」
「……はい」
「それをユウキだけ早めるだけじゃよ。どうせ、件の試合で戦っていたシェザードの娘も知っておるじゃろう。そろそろ……グランディアと地球の仲良しこよしは終いなのじゃよ」
「……それでも、可能な限り亀裂を小さく済ませる道を模索するのが私の使命です」
「じゃが、これは適切なタイミングじゃ。此度の件、ユウキを派遣する事に異論はあるかのう?」
え、なに? 今度は俺オーストラリアに派遣されるの? しかもユウキとして?
なんか難しい事話してるし……緊張してきたんだけど。
「……ユウキ君。秋季の短期休暇中、オーストラリアに向かって貰えますか? 石崎老、期間はこちらで指定した物に出来ますよね?」
「当然じゃ。そうだったな、ユウキは学生の身。自由な訳ではなかったのう」
「え、ええと……」
いやぁ……なんか想像以上に大きな依頼でちょっとびっくりしたんですけど。
爺ちゃんの依頼、せいぜいどこかの護衛、国内の物だと思っていたのですが……。
「報酬なら安心せいユウキ。いくら借りを返すとは言うても、しっかりと支払わせてもらう。即金で三〇〇〇万。成功報酬で追加に二〇〇〇万。戦闘が行われた際はさらに三〇〇〇万でどうじゃ?」
「目ん玉飛び出る額提示しないでよ……出来るだけ自分の通帳は見ないようにしてるんだから……」
「クカカ……しかしその価値が確かにお主にはある。見かけ子供の護衛が、その実大の大人、正規軍一個中隊でも勝てぬような力を秘めておる。どの国も、お前のような者を喉から手が出るくらい欲しがっておるのじゃよ。それを秋宮が派遣したとなると、その意味の大きさは計り知れぬのじゃ。どうじゃ、悪い話ではないだろう、秋宮の当主よ」
……やっぱり、気楽に生きるのに、強すぎる力は足かせになるんだなって。
けどそうか……これが将来、俺が付き合っていくかもしれない世界なら、それを先に経験するのもいいかもしれないな。
それに……グランディアと地球の今後っていうのも気になるし。
「ユウキ君。改めて問います。オーストラリアへの派遣、お願い出来ますか?」
「了解しました。ただ……全て教えてください。世界樹の種だとか……裏の意図だとか」
「分かりました。……世界樹の種とは、文字通り世界樹とよばれるサーディス大陸に存在する巨樹の種となります。魔力生み出す力を持ち、仮に地球へ植える事が出来れば、長い年月を必要としますが、地球も自前の魔力を生み出す事が出来ます。そうすれば、ある意味ではグランディアの資源に頼り切りである現状を少しは変えられるかもしれないのです。ですが……当然、妨害する勢力もいます」
「うむ。それに……オーストラリアはハワイと日本を抜かせば、最もゲートに近い先進国。それに広大な土地もあるし、グランディアの人間を受け入れる土壌も育っておる。世界樹を育てる場所としての条件は揃っておる。じゃが……それを快く思わないのはなにもグランディアだけではない。それこそ、我が国こそが、と考えている国の妨害も十分に予想される」
「……なるほど、そんな計画が……」
「これが、地球とグランディアの一番摩擦が大きな問題と言えるでしょう。確かに、ユウキ君がそれを肌で感じるのは……大事な事かもしれませんね。特に……貴方の場合は」
それは、俺がイクシアさんを呼び出し、家族として暮らしているから……なのだろうか。
「分かりました。その任務、お引き受けします。という訳で爺ちゃん、日取りが決まったら教えてよ。こっちは確か二学期が終わるのは……いつでしたっけ?」
「一〇月二〇日ですよ。その前に期末テスト、前回ほどの広範囲ではありませんが行われますので、頑張ってください。九月、一〇月の実務研修はありませんので」
「了解しました」
「ほほう試験か。懐かしいものじゃ。ユウキ、お前の成績の方はどうなのじゃ?」
あ、それ聞いちゃう? 聞いちゃうそれ?
「ふふ、石崎老。彼は学年でも一〇以内に総合成績が入る優秀な生徒です。実技に至っては文句なしのトップ。どうです、こんな子が私の生徒なのですよ」
「ふふ、石崎さん。ユウキは毎日しっかり予習復習して、自主的な訓練も行い、人に教える事もしているのです。こんな子が私の子供なのですよ」
「……素直に優秀な事は認めるが、親ばかに生徒ばかが過ぎるのう……」
やめて恥ずかしい! イクシアさんは分かるけど理事長どうした!