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第五十五話

 本当に、恵まれているんだよ俺。楽しくてわくわくして、そんでもって自分でも信じられないくらい自分が強くて。

 その上支えてくれる沢山の大人が近くにいて、孤独だった俺に家族出来て。

 俺、すっごく恵まれているんだ。けど……たぶん、俺だけじゃない。

 誰だって、少なくとも自分の我儘を通そうとしている人間は少なからず恵まれているんだって、今は思う。

 だから、カイ。恵まれている者同士、もうちょっとだけ……一緒にいようぜ。

 一人でどっかに行くのは、俺達が本当の大人になってから……ここで学んでからでも遅くないだろ?


「……だから、今は負けてくれ」


 目の前に迫る、まるで巨大な津波のような光の奔流に向かい、俺は全身全霊で大剣を振り下ろす。

 魔力が全身から抜け、剣圧と同時に魔導が放たれるのが分かった。

 その瞬間、周囲に低い羽音のような物が響き渡り――目の前の景色が『ズレ』た。

 光が、地面が、見事に写真を半分に切り、ずらして接着したようにずれていた。

 ……切り裂いていたのだ、空間そのものを。


「……ここまで、出来たか」


 そのズレはカイには起きなかった。だが、確かにその一撃を受けたカイは、膝から崩れ落ち、そして動かなくなったのだった。

 ……大丈夫だよな? なんか全力で放ったら今までにない技になっちゃったけど。


『決着! カイ選手の繰り出したグランディアに伝わる極大の剣術を、見事に競技場ごと切り裂き、カイ選手すらも一刀のもとに切り伏せた! これが、秋宮の懐刀の力なのかー!』


 競技場のセーフティを信用していない訳じゃないが……ちょっと心配なので様子見を。

 倒れたカイの元に近づき、抱き起し首筋に手を当てる。

 よかった、生きてる。いやぁ……上半身と下半身がさよならバイバイしなくてよかった。


「う……うぅ……ん……」

「大丈夫かカイ青年」


 うめくカイに言葉をかける。セーフティの影響で五感も鈍っている可能性もあるんだったかな。とりあえず聞こえているのかね?


「あ……俺……あれ……」

「……君の負けだ。だが……もしも本当に学園をどうしても辞めたいなら……それも良いかもしれない。私も理事長に進言してみるよ」

「……いえ……いいんです。本当は……ただ、近くでまた追い抜かれるのが恐かっただけなんだと思う……みんな、凄いんだ。凄いヤツばっかりなんだ」

「ああ、そうだな。そして君も凄いヤツに含まれている」


 こいつ、真っ直ぐだからな。そこまでひねくれていたとは最初っから思ってないさ。

 単純に、折角手に入れた力が、近くでみんなにすぐ追い抜かれるのが恐かったのか。

 自分を過小評価しすぎだろ。


「成長を楽しむといい。誰かが君を越えたら、そこに並べるようになると自分に言い聞かせろ。一人でいるよりよっぽど強くなれるさ」

「……ありがとうございます、ユキさん」


 いやまぁ俺も人の事言えないんだけど。成長を楽しむ……か。


「あ……ああ!? すみません、もう起きます!」

「ん、了解。レフェリー、この子に担架を。私はこれで失礼します」


 すると突然、カイが抱えている腕の中から飛び出していき、念のため担架の用意をBB? さんに頼むと――


「うらやまけしからんから歩いて医務室に行け。ではお疲れ様だ、秋宮の懐刀殿。願わくは、君もまた競える相手が見つかる事を祈るよ」

「……ん? え、何がうらやま……」


 おうふ。スーツ破れてたわ。中のリアルすぎる肉体は無事だけど。

 そうか、青少年の心にある種トラウマを植え付けてしまったのか!

 よし、じゃあもういっちょ。


「カイ青年。役得というヤツだな」

「っ――!」


 リアル過ぎる女体をその目に焼き付けろ……!

 しかし、カイは学園に残るのだろうか。それとも……。

 控室に戻ると、そこには理事長とイクシアさんが待ち構えていた。


「お疲れ様でした、ユキ。……まさか、ここまで力を増していたとは思いもよりませんでした。ふふ、きっと間近で見ていた誰かさんは気が気でなかったでしょうね」

「お疲れ様。スーツが破れてしまっていますが……怪我はありませんか?」

「あ、大丈夫です。スーツだけ切り裂かれていたって事は、その分自分が未熟な証拠ですから」

「さて……ユキ、アナタは今回、アナタが想像していない程の活躍をしてくれました。この後は……そうですね、念のため学園から離れた場所で元の姿に戻った方が良いでしょう。ただし、ユウキに戻ってすぐにここに来ると怪しまれてしまうので……どこかで待機、ですかね。スタジアムの外にニシダ主任が待機しています。彼女に任せてください」

「了解です。いやぁ……結構気疲れしますね、他人になりすますのって」


 そして物理的に肩がこる。誰だよこの身体デザインしたの!


「それにしても……何か起きるって踏んでいたんですけど、何も起きませんでしたね、この戦いでも」

「ある意味では大きな事件だったのですけどね。しかし確かに妙ですね……引き続きこちらでも警戒しておきますので、今日のところはしっかりと休んでいてくださいね」


 そう、か。何かが起こるって、必ずしもテロや襲撃とかそういう目に見えるものじゃないのか。

 ひとまずコンバットスーツから私服に着替え、改めて身支度を整える。


「ユキ、私は念の為まだここに残ります。家の冷蔵庫に食事を作ってありますので、もし戻るのならチンして食べてください。ごめんなさい、一緒にいてあげられなくて」


 そう言いながら、隙あらばこちらの頭に手を伸ばすイクシアさん。

 ぐぬぅ……拒否できない! そんな小さい子供に言い聞かせるような顔せんで下さい!

 あと理事長も微笑ましそうに見ない! この姿って理事長の若いころの姿も混じってるんですよ!?

 するとその時だった、控室の扉がノックされ、声が掛けられた。


『失礼します。一之瀬蒼治郎ですが、入ってもよろしいでしょうか』

『同じく一之瀬ミコトです。問題であれば後程伺います』


 別に構わないと目配せし、二人に入ってもらう。

 どこか、覇気を感じさせる蒼治郎さんと、目が微かに赤い一之瀬さんが入って来た。


「この度は、不肖の弟子の為にこのような場を用意して頂き、誠に感謝致します。ユキ殿の言葉、そして戦いは、しっかりと奴の身に染みてくれていたようでした」

「はい。先程、私達はカイの控室にも赴きました。……アイツ、彼は……学園に残ると約束してくれました。暫くは謝罪回りと補習にあけくれる事、約束させました」


 そうか。……なんだよ、結構嬉しいじゃん。アイツが残ってくれて。

 けど……アイツ何があったんだ? 今なら話も聞けそうだが……。


「それは、何よりです。戦いが役に立てたのなら幸いです。総帥、彼に聞きたい事があるのではないですか? 今なら詳細な話を聞けるかと思います」

「そうですね。後日、彼から詳しい話を聞いてみたいと思います。企業スカウトの件ですが、こちらの方は学園に残る選択をした以上、このまま話が進むとも思えません。石崎老が既に学園を離れた以上、これ以上はこちらに関わる事もないと思われます」

「分かりました。では、私はそろそろ次の任務へ向かいたいと思います。総帥、それではまた何かあればお呼びください」


 聞きたい事は、全て聞けた。ならばもう『ユキ』の出番はないだろうと、そのまま控室を後にしようとする。

 が、目の前に蒼治郎氏が立ちはだかる。


「君は……ユキ君は、それでいいのかね。君は……一人戦う道を選び続けるのかね。聞けば娘やカイと同い年と言う。カイを説き伏せたあの言葉は……武人である前に一人の親として捨て置けない。理事長殿、彼女は……このままここを離れてしまうのですか」


 あ、やっべ。もしかしてカイとの会話聞いてたのか貴賓室にいた人は!

 そういや近くにいたBBさんもなんか言ってたな……うわなんか恥ずかしい!


「あ、いえその……」

「大丈夫です。私は、孤独ではない。戦う限り、こちらを追いかける者達がいます。孤独ではなく孤高。ただ少し先を行くだけ。学びも、友も、今の私には必要ないのです」


 出典、何かの物語。いやほとんど何かしらの影響受けた言葉なんで……。


「そ、そうらしいです。本人が今の自分に満足しているのようなので……ユキ、もしも何か必要な物、待遇の改善が必要ならいつでも言ってください」

「はい。蒼治郎様、そして総帥。有り難うございました」


 そそくさと、まるで逃げるように退室する。いやー向いてないっすわ……。

 そのまま会場の外に向かうと、ニシダ主任が待っていた。


「お疲れ様。じゃあ車に乗って。この後空港方面に移動して、そこで着替えて頂戴。その後は……そうね、家に戻るにしても、今日は人も多いし、少し私の家で待機してくれる?」

「了解です。あー……了解っす。なんか口癖がうつりそうですねコレ」

「ふふ、そうね。じゃあはい、乗った乗った」


 そうして、俺の長いようで短い文化祭は、終わりを告げたのだった――








 文化祭におけるもっとも重要なイベントであったエキシビションマッチが終わりを迎え、残された人間が思い思いに残りの時間を楽しんでいた。

 スタジアムに集まっていた生徒達は、自分達の上を行く人間の戦いに闘志を燃やす者や、純粋に憧れた者もおり、そうではない外部から来た企業の人間達は、秋宮が誇る人間の強さ、その層の厚さに舌を巻き……このスカウトは恐らく失敗に終わるだろうと、もはやそれどころではないと考えを改める。そして――


「いやー……これは私が動くまでもなかったかなー……秋宮は油断ならないなー……あんなお姉さんいるんじゃねぇ……」


 青銀の髪を持つ少女が一人、スタジアムの裏手で複数の死体に囲まれていた。

 そして、一人だけ息のある『青年』のみが、彼女に取り押さえられていたのだ。


「グ……グガ……イヒャ……ゲギ……」

「これ殺しちゃったほうがよさそうだけど……まぁ捕縛して放置かなー……私達が関与する事じゃないし、本来。……よし、これだけ一応回収」


 少女はその青年『だったもの』を残し、どこかに連絡をした後に静かに姿を消す。

 まるで一仕事終えたような顔をし、どこか飄々と、楽しそうな笑みを浮かべながら。


「貸し一つだよユウちゃん。せっかくのお祭りだもんね、こういうのは裏の人間に任せたらいいよ」


 そして、彼女は先程青年だったものの懐から奪った物体、一見するとビー玉に見えるそれを太陽にかざす。


「よく出来てるなー……解析できるかなぁ……そのうち秋宮のとこに移動されちゃうのかな、これも」








「……はい、分かりました。いえ、残念ですが彼女は所用でグランディアに。ええ、平時はそちらに。……某国の皆さまには良い教訓になったのではないでしょうか?」


 夕刻。文化祭も佳境を迎え、徐々に人も減り始めた頃、理事長室でそこの主たるリョウカが一人、受話器を片手に険しい顔を、けれどもどこか愉悦を秘めた表情をしていた。

 相手は、この国の代表たる人物。国家の象徴であり、同時に未だ国家の代表として異世界グランディアとの交渉の席に着けず、あくまでリョウカの付き添いという立場にいる人物だった。


「ええ。既に何名かの人間に目星は。今から詳しい情報を聞き出せないか試みますので。それと――」


 だがその時。部屋の扉を慌ただしくノックする音に、その秘密裏に行われていた電話会談を切り上げるリョウカ。


「失礼、今日はこれで。――入ってください」

「失礼します総帥。先程、マーク中の人物を見失ってしまったのですが、その全員が遺体で発見、さらにその傍らにはなんらかの術式痕が見られる他校の生徒が、衰弱し捕縛された状態で発見されました」

「っ! その場の状況は?」

「遺体含め全員研究室に収容。この件は外部にまだ漏れていません」

「分かりました。ただちに遺体の身元を洗い、そして生き残った生徒が目を覚まさないように処置。可能な限り調査を行ってください」


 何かが動き出していた。確実に、着実に。

 既になんらかの動きを察知していたリョウカであったが、先んじて強引な方法で事態を収められてしまい、小さくない焦りが生まれ始めていた。


「……これが、起こる筈だった何か……何者かが事前にそれを防いだ……?」


 部下を下がらせた理事長室で一人ごちるリョウカ。

 それは、善意の協力だったのか、秋宮への警告をかねたものだったのか、彼女にはそれを知るすべもない。

 だが、少なくとも自分の思い描くシナリオから、物語がずれてきている事を悟ったのだった。








「どういうことよそれ。私アテにして今日何も買ってきてないんだけど!」


 え、恐い。ニシダ主任ガチギレやん。ご自宅に普通に空き瓶転がってるやん。

 散らかってはいないけど、なんかこう……大人な女性ってイメージからかけ離れてるんですが。


「もういいわ、じゃあどこかで食べて来るわよ! ええ、そうよ。男と一緒。あーあ、紹介してあげようと思ってたんだけどなー? じゃあ切るわよ、ばいばい」


 そう言いながら、ニシダ主任が乱暴に電話の受話器を置く。

 えーなになに……普通に俺いるの忘れてません……?


「あ……ごめんなさいねユウキ君。ちょっと家族と電話していたのよ。今日は家に兄がご飯を作りに来てくれる予定だったんだけど……急遽他に用事が出来たんだって」

「あーなるほど……じゃ、じゃあどこかに食べに行きますか……? 今日文化祭の後なんでどこも混んでいそうですけど……」

「大丈夫よ、良い穴場なら知っているから。ユウキ君、食べられない物ってある?」

「基本なんでも大丈夫です」

「よかった。じゃあついて早々だけど出かけましょう。この辺りなら生徒とかち合う事もなさそうだし。着替えの服、それで問題ないわよね」

「問題ないっす。あの……このユキの服ってどうやって持って帰れば……」

「後で私がクリーニングに出しておいてあげるわよ」


 そう言いながら、この家賃がやたら高そうな広いマンションの一室を後にする。

 すげーよ……ここほぼ最上階だよ……部屋の広さが一人で生活するための広さじゃねーよ……高給取りって本当だったんだなぁ……。


 そのまま高層マンションが立ち並ぶ区画の片隅に、同じくマンションにしか見えない大きな建物が見えてきた。どうやら、ここが目的地らしいのだが……。


「ここ、会員制のレストランがあるのよ。知っている人は少ないし、メディアに紹介もされていないところ。多少、今日は上客になれそうなお偉いさん達が海上都市に集まっていたけど、そこまで混んでいないはずよ。さっき連絡しておいたしね」

「おー……俗に言う隠れ家的名店ってヤツですかね……」

「ふふ、そうね。貴方なら会員に推薦してもよさそうね。今度イクシアさんと一緒に行くといいわよ」

「おー……でもすっごい高そうですね」

「正直一般の高級レストランがリーズナブルに思える程度には。けど、貴方総帥から沢山お給金貰っているわよね? それに生活費だって援助してもらってるのに、倹約家だし。もう少し贅沢してもいいのよ?」

「でも特に買いたい物とかないんで……服とパソコンくらいしか買ってないっすね」


 いやぁゲーム機がこの世界にも凄い物があれば買いまくってたと思うんですけどね?

 いっそのこと室内用VRでも買って自宅でシューティングゲームもどきをしたりホームシアターとかやってしまうのもありだろうか。

 ……青少年には目の毒になるような金額が通帳に記入されてるし。


「それじゃあ行きましょう。今日は晴れているし、屋上のペントハウスでの営業もしているはずよ。ここ、最上階とその下が丸ごとお店になっているのよ。ただ、お客の中には『自分こそが支配者』なんて思ってそうな人間もいるから、下手に口答えしないようにね。まぁ私が名刺だしたら大人しくなるから」

「うわこわ。絶対イクシアさん連れて行きたくない」

「シュヴァ学の制服でも着ておきなさい。それだけで話しかけられないから。今日はまぁ仕方ないから、なるべくあちこち歩き回らないようにね」


 ひぃー……まるで映画の中にあるギャングとかいそうなお店じゃないんですかね!?

 そうして、以前秋宮のホテルでペントハウスという存在を知っていた俺は、特におのぼりさんのような反応をする事なく、その会員制レストラン『リアンエタルネル日本支店』へと辿り着いたのであった。

 はて、英語じゃあないよな、なんだっけ、これ。


「ようこそおいで下さいましたニシダ様。ペントハウスにお席を用意していますので、ご案内致します」

「ありがとうございます。ユウキ君、行きましょう」

「あ、はい」


 うわーうわー……前に行った寿司屋も相当な高級店だったけど……ここはそこの非じゃないなぁ……。

 座っている他の客の服装も、見るからに高そうなブランド物っぽそうだし……何人かちらほらシュヴァ学の制服が見受けられるけど……ご両親と一緒なのかねぇ。


「あれ……もしかして……気のせいかね……」


 一瞬、聞き覚えのある声が聞こえた気がしたのだが、置いていかれまいと先を急ぐ。

 そして案内された席は、夕暮れが徐々に夜に変わりゆく空を眺められる、ペントハウスのテラスに用意された席だった。


「ところで……ここなんの店です?」

「元々はグランディア産の高級食材を使った料理を出すレストランだったんだけど、国民性に合わせてね、堅苦しいマナーやらコースを気にしなくていい、ファミレス形式のお店だと思って頂戴。メニューはこれ、このシートにある紋章術式に手をかざせば見られるわ」

「おー! すげえ、これがグランディア式ですか」

「……実はタブレットを初めて使うグランディアの人間も同じ反応するのよね。これ自体はそこまで珍しい物じゃないわよ」

「あ、そうなんですか」


 どれどれ……『シーモウラスのカルパッチョ(カジキマグロに似た魔物です)』や、他にも『デミクジャタのランプ肉ローストビーフ風(子牛に似た味わいです)』などがある。

 うわぁなんか高そう……メニューに値段がついていないのがことさらに高そう。


「よくわからないのでニシダ主任と同じ物で……」

「そう? じゃあお肉系の物を注文するわね。お金のことは気にしなくて良いから」

「あ、ごちそうになります……」


 ごちになります。いや持ち合わせが自販機で飲み物買う程度しかないんで……俺もカードとか持とうかなぁ。

 そうして料理を待ちながら、軽い雑談タイム。そういえば夏休み中に会ったっきりだった。


「そういえばさっきお兄さんが来る予定だったって言っていましたよね?」

「ええ、普段はグランディアにいる事が多いのだけどね、少し前に戻ってきていたのよ。料理上手だから、久々に食べられると思っていたのだけど……」

「きっと奥さんにサービスするんじゃないですかね……二人も奥さんがいるんですよね?」

「どうだかね。まぁ、もういいわ……こうして久しぶりにこの店に来られたんだもの。ここ、一人じゃ来にくいのよね、勘違いしたお坊ちゃんが多すぎて」


 そう言いながら主任は周囲にチラリと目線を送ると、あからさまに去っていく人間を数人見かけた。

 ……この人、いかにも生真面目って感じだけど、普通に美人さんだからなぁ……。

 それにつられて俺も周囲に目を向けてみると、その中に見覚えのある人間を見つけた。しかも……視線が合ってしまった。


「おっと……」

「どうかしたの?」

「いえ、ちょっと知り合いがいたんで。でもこっちに来るつもりはないみたいですね」


 いやー……超ビップしかこない店だと思っていたけど……いましたよ、石崎の爺ちゃん。

 なんか凄い偉そうな感じの男性達にペコペコされてるよ。こわいこわい。


「それにしても……お疲れ様ね、ユウキ君。何がとは言わないけれど……一介の高校生だった貴方に、随分と色々な仕事を任せてきているわよね、私達」

「まぁ……言われてみると普通の生活ではないですね。でもイヤだなって思った事は一度もありませんよ。それに、生活にだって困っていませんし。感謝しかありません」

「そう、それはよかった。けど……今日の一件で、これまでとは違った方向のお願いが増える事もあると思う。もしもそれが嫌だって思ったら、遠慮なく言って欲しいの」

「……はい。俺は自分が我慢できない事は我慢しませんから。その時は……ただ、お断りするだけです。ただ、今は理事長や秋宮にお世話になっていますから、出来るだけ恩義は返したいんですよ。まぁ……本当に見限るような事があれば、その限りじゃないですけど」

「ふふ、そうね。その時は……きっと道を正すようなこわーい誰かが間違いを正してくれる。別に、総帥は世界で一番強い人でもなんでもないのよ、権力的にも実力的にも。だから、そんなに恐がらないで欲しいわ」


 そう、なんですかね?

 そんな雑談をしながら料理を待っていると、人影がこちらを覆う。

 料理が運ばれて来たのかと顔を上げるのだが――


「いやぁ、またお会いしましたねニシダ主任。どうです、グランディア産の面白いワインが入っているそうですが、一緒にいかがでしょう?」

「あら、残念。今日はこの子と一緒なの。お酒に興味はあるけど……貴方とは飲みたいとは思えないわね、少なくとも今日は」

「おやおや、子守りとは大変だ。君、ここは気を利かせる良いチャンスだとは思わないかね?」


 うわぁ! 本当に出た! 勘違いしてそうなおぼっちゃんだ! たぶんだけど!

 ニシダ主任の事を知っている風だけど、それでも話しかけてくるとは……偉い人?


「いやーせっかく珍しい物食べられるって聞いてきたので、ちょっとそれは……」

「……ほら、この金で好きなだけ食べて良いから、今日はこの店を出て行ってくれないか」

「……ちょっと、店の品位を下げるような事しないでくれる? ユウキ君、無視して」


 ドラマでも今時こんな奴いないって! もうなんか見てて面白くなってきたわ。

 だが……確かに暴力沙汰なんて事はこの店では起こせないよなぁ……。


「あーあ! どこかに俺に恩でも売ってくれるカッコいい大人はいないかなー! あーあ、今助けてくれたらすっごく感謝しちゃうんだけどなー!」

「なんだこのガキ……気でも触れたか」

「ちょっとユウキ君……」

「……ほらきた」


 やや大げさに、特定の方向に向かって大きく出した声は、その人の矜持に触れる事に成功したようだ。

 とても良い笑顔を浮かべながら、杖をついた一人の老人が、その背後に大勢の人間を引き連れてやってきたのだった。


「ほっほっほ……奇遇じゃのうユウキ。おや、ヌシは秋宮の……ふむ、そういう関係なのかの?」

「石崎元会長!? いえ、そういうわけでは……ユウキ君、知り合いなの?」

「うん、お世話になった爺ちゃんだよ」

「うむ。むしろ世話になったのは儂の方じゃが……そうか、この都市に戻ってきておったか」

「うん、さっきね」


 やってきた石崎の爺ちゃんと、その背後に控える数人の人間の内、その一人が冷や汗をかいているのが見て取れた。ふむ?


「さて……深島幹事長。儂の記憶が正しければ……これは貴方の息子じゃったな。いやはや、無能な子せがれを持つと大変じゃ……それとも……無能が育てた故の結果か」

「い、いえ! こんな男知りません! こんな男など……」

「お前達。深島親子はお帰りのようじゃ。見送っておけ」


 そう言われると、この顔面ブルー親子が黒い服を着た、いかにもな人間達に連行されてどこかへ消えてしまった。

 うーわ本当に出来ちゃったよ。信じられないなこりゃ。


「……深島幹事長は政界を引退されるようじゃ。余計な仕事をしないよう、どこか平和で仕事をしなくても良い場所に引っ越しするよう手筈を進めよ。勿論、一族郎党、仲良くな」

「……容赦なさすぎでは」

「儂に助けを求めるとはそういうことじゃよ。して、儂を使ったのじゃ、それなりの礼は期待しても良いのじゃろう?」

「え? 俺感謝するって言っただけだけど。けどまぁ……前のお土産の件もあるし、何か一つだけお願い聞いちゃおうかな?」


 まぁ、この人が善人ではないことくらい知ってるけどさ。でも、嫌いにはなれないんだ。

 それに――容赦がない所は逆に好ましい。貸しもあったんだし、一つくらい聞いてもいいかな、お願い。


「ちょっとユウキ君……」

「とりあえず今日のところは一緒にご飯でも食べよう。なんか文化祭で色々あったらしいじゃん。話聞かせてよ爺ちゃん」

「くはは……ああ、構わん。今宵の会食は身のない物と思うておったが、中々良い拾い物をした。生憎、儂は途中であの催しから帰った身じゃが……面白い話は聞かせてやれるやもしれんのう」


 どこか、鋭い光を宿した石崎の爺ちゃんから、文化祭で起きた出来事のあらましを聞いながら、少しだけ表情の硬いニシダ主任を含む三人で食事を摂るのだった。


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