第五十四話
(´・ω・`)本日の分投下し始めます
『君可愛いね! 顔には攻撃あてないようにするけどさ、普通に他のとこ触ったらごめん?』
『まぁ、お気遣いありがとうございます』
試合開始前、両者がフィールドの中央で握手を交わす。
見守るは、競技場の観客席を埋め尽くす、膨大な数の人、人、人。その数はアマチュア、それも一介の学生の試合、文化祭の出し物を観戦するものとは思えない程の数に上っていた。
同年代の学生、同校の生徒、両親、保護者、そして学園に所属する人間からの紹介でやってきた、数多の企業の人間に、グランディアから訪れてきた多くの人間。
その席数四千が、ほぼ埋め尽くされていた。
『はい、じゃあ握手が終わったら所定の位置について』
『うーっす』
『了解しました。BBさん、試合が終わったらサインください』
『OKOK、いや光栄だね、シェザード家といったら美食家でも有名だ、お兄さんも興味津々』
マイペースに、コウネはなんの気負いもなくBBに話しかける。
そして対戦相手である飛鳥は、対戦相手の己を気にも留めないその在り方に、不満そうな表情を浮かべていた。
『では……試合開始』
開始の合図と共に、飛鳥は自身が召喚した武器、大鎚を構え、その重さを感じさせない速度で迫って来る。
関東大会。その大会において、彼はその殆どの試合を、超重量の武器による、強力無比な一撃により勝負を決めて来ていた。
実際の重量に、それを感じさせない強度の身体強化、そして速度を乗せた強大過ぎる一撃が、どこかのほほんとした表情を浮かべていたコウネへと一瞬で振り下ろされた。
轟音、そしてありえない程の衝撃が、観客席四千人分を微かに揺らし、中には地震と勘違いしたものもいた。
それほどの一撃が、フィールドに巨大なクレーターを……刻む事が出来ないでいた。
土煙と共に、キラキラと光る粒が周囲に散る。
それが晴れると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
『凄いですねぇ、ヒビ、入っちゃってます』
『は!?』
土煙に混ざり、観客の視界からフィールドを覆っていたのは、砕けた氷の粒。
そう、飛鳥の大鎚が、地面から生えた氷柱に受け止められていたのだ。
微かにひびが入り多少砕けてはいるが、確かに受け止め、攻撃を防いでいたコウネ。
そして、鎚がみるみる氷に覆われ、そのまま取り込んでしまっていた。
『やっぱり私の氷は頑丈ですよねぇ……あ、もういいです、棄権してください』
『ふざけ……くそ、取れねぇ……!』
『うーん……では、これで』
氷から鎚を引きはがそうとしている飛鳥の足元から、無数の氷の剣が生える。
それが頬を掠め、フィールドの影響で外傷こそないが、確かに鋭く冷たい無数の刃は、飛鳥の戦意を失わせ、レフェリーが敗北を判断するのには十分過ぎる効果を見せていた。
『……普通はこうなんですけどねぇ……切り裂くって信じられないんですけどねぇ……』
『試合終了! お兄さんびっくり、こりゃシュヴァ学出禁ですわ。勝者、コウネ・シェザード選手! まさかの剣技でなく魔法、いや魔導による勝利! いやはや、剣術でなく剣の魔法、こうも美しい技で決められるとは! 飛鳥君、今回は無策で突っ込んだのが敗因だ! きっとここまで敵なしだったんだろう! 実はお兄さん、君の試合全部見ておいたんだ! 来年、期待しているぞ!』
BBの慰めにもとれる言葉と共に、試合が終わる。
終わってしまえば三分にも満たない戦い。だが、その衝撃と美しさに、観客は不満を言う事も出来ず、ただ歓声を送るだけだった。
もっとも、負けた生徒やその関係者は、頭を抱える事態に陥ってしまったのだが。
えー……コウネさん何そんなカッコいい勝ち方してるの……?
あまりにも圧倒的すぎるその勝利に、貴賓席にいた相手校の関係者ですら、言葉を失っていた。
そして理事長とコウネパッパとマッマがもんの凄いドヤ顔してます。
「クク……クハハハ! 見たかね、あれが我が娘の力だ! 剣技を披露出来なかったのは残念だが、なんという美しい戦いだったことか!」
「ほんとう、凄いわコウネちゃん。一段と魔導にキレが増えてきたし、以前よりも氷の質が増しているみたいね」
「ふふ、SSクラスは一騎当千の人間を育て上げる事を信条としている面もありますが……コウネさん、その片鱗を既に見せ始めているようですね。ある意味、最初の覚醒者でしょうか……彼等を除けば」
……カイと、恐らく俺の事、だろうか。それとも……。
「っと、あちらの校長たちがお帰りのようですね、少し見送りをしてきます」
「了解しました。総帥、どうか大人げない事はしないようにお願いします」
「……勿論ですとも」
うわぁ……あっちの校長たちが凄い顔でこっち見てるよ。
「コウネさん、確かに以前よりも魔法や魔導の発動にかかる時間が短くなっていますね。恐らく、彼女は『魔剣士』と呼ばれるスタイルなのでしょうが……真骨頂である剣技と魔法の組み合わせは見ることが叶いませんでした」
「そうなのですか。……相手の一撃そのものは強力無比だとは思いましたが、やはり心構え、戦略の組み立てがずさんですね。あちらのコウネさんは、最初から戦いの流れをある程度想定して待ち構えていたように見えます」
「そうですね、試合前からかなり集中して魔力を体内で練り上げていたみたいです」
なるほど、俺にはなんだかぼうっとしているように見えたが……それも含めて作戦だったのか。
するとその時、貴賓席の扉がやや大きめの音をさせ開き、あちらの学園の関係者が去っていき、それと入れ違いになるようにコウネさんが戻って来た。
「お疲れさまでした、コウネさん。見事な試合運びでしたよ」
「理事長! 有り難うございます、恐縮です。私の場合、直接打ち合うよりも確実に勝てる戦法を相手に押し付ける方が得策だと思いましたので」
「ふふ、良い作戦です。貴女は、周囲の人間の動きや戦法をよく観察していると聞かされていましたが……その努力が見事に実ったのですね」
「ええ、私もそう思います。……あの、では私は両親の元へ行きますね」
「ええ」
なるほど。表立って立ち回るような戦い方は普段していないが、彼女はいつだって前線に近い場所で補助に徹しているように見えた。……参謀向き、戦える参謀なのか。
心強いな、前衛を預かる身としてはこれ以上ない人間だ。
中距離で戦況に合わせて動くコウネさんに、全体を後方から確認、指示を出すキョウコさん。凄いな、うちのクラスは鉄壁じゃないか。
後方支援も出来るコウネさんだが、アラリエルも同じく遠距離に特化しているし、セリアさんも戦士である前に魔導師でもある……か。
一之瀬さんにカナメ、それに……カイだって前衛としては飛びぬけた強さを持っているし、仮に俺がクラスメイト全員に全力で挑んだら、この布陣じゃあ明らかに勝てそうにない、か……?
「おお、戻ったかコウネ! 見事な勝利だったぞ!」
「ええ、本当に! 凄いわ、魔法だけで勝っちゃうなんて」
「これも学園で色んな戦い方を見て成長出来たからですわ、お父様、お母様。それに座学の方も、グランディアとは違う切り口で解説、実演をしてくださいますのよ」
「そうかそうか! 初めは地球の学園に進むというお前に反対したが……良い選択をしたな、コウネ」
「ふふ、ちょっと寂しいけど、娘が立派に成長して私も鼻が高いわ」
両親の元へ向かい、嬉しそうに笑う姿を見て、少しだけ羨ましいと感じている自分がいた。
いや、イクシアさんに不満がある訳じゃないんだけど。ただ純粋にシチュエーションが羨ましい。
俺とか、ユウキとして活躍とか望めそうにないしなぁ。
「あ、イクシアさん! こんにちは、来てくれていたんですね!」
「ふふ、ご無沙汰しています、コウネさん。見事な腕前、そして戦い運びでしたよ」
「ありがとうございます! ……やはり、ユウキ君は来ていないのですね」
「え、ええ。ですがこの戦いぶりはユウキにも知らせておきましたので」
はい、ばっちり見てました。いや本当カッコいい戦いでした。こう、クール系ライバルポジの戦いって言うか。本人のイメージとは全然違いますが。
「……さて、では私はそろそろ移動しますね」
「そうですね、ユキ、頑張ってください」
「……ふっ、誰に言っているのですかイクシアさん。頑張らずとも……結果がついてきます」
「ふふ……そういう物良いは好きではありませんが、わざと……ですね?」
コウネさんが戻った事で、そろそろ俺の出番だろうと貴賓席を発とうとする。
不遜に、ユウキとは別人として振る舞う。
席に戻って来た理事長にも、まるで演じるようにしっかりと言葉をかける。
「総帥、では行ってきます。……本気で、構わないのですね?」
「ええ。行ってきなさい、ユキ」
そして、控室へと向かう。
競技場の通路は、今日のエキシビションがもう一試合あると事前に報告がされていた関係で、帰ろうとする人間で溢れていることはなかった。
さっきの試合が度肝を抜く展開だったこともあり、恐らく観客の期待はこれ以上ない程に上がっているのだろう。
そうして、控室に向かっている最中、入り口ではない、控室にほど近い通路の一角で、先程コウネさんに負けていた男、確か……飛鳥君か。その彼が、少々怪しい一団と口論していたのを見かける。
『おかしいだろうが、なんだよあれ……グランディア出身とか卑怯だろ!』
『おかしくはないさ。地球の人間でも十分に勝機はある。単純に君の未熟さ』
『……クソ、役に立たねぇ。金なら払うからとっとと――』
なーんか怪しい雰囲気。ドーピングでもしてたのね?
君子危う気になんとやら、とりあえず近づかないでおきましょ。
控室に向かうと、既に選手用ロッカーに俺のコンバットスーツが収納されており、急ぎそれに着替える。
試合開始時間までまだ時間はあるのだが……このスーツサイズがジャストフィットし過ぎでちょっと着替えにくいな。
「うーわ……やっぱこの身体の造形した人やばいな……何カップあるんだよ」
青少年にはちょっと刺激が強すぎるんじゃありませんかね?
軽くストレッチをしてみると、フィットしたスーツが全身の筋肉の動きをサポートしてくれているような、程よい締め付けを感じさせてくれる。
うむ、授業やら研究室で着るヤツよりもかなり性能がいいな。コウネさんとかカイはこういうの着てサークルに参加してるのか……。
着替え終わり、大きな鏡の前で全身をチェックしながら、最後に軽く香水をして、さらにいつもは黒く塗りつぶされている『あの大剣』をチョーカーから取り出す。
便利すぎ。もっと一般的な技術になってくれ。なんかいろいろ治安面で恐いけど。
「あ、あー……言葉は今のアイツには通じないかね。……言葉は不要か」
ん、なんかちょっと見方を変えたら熱いシチュエーションな気がしてきた。
こう……序盤のボスみたいな、最初の壁みたいな、負け確定イベントのボス側みたいな。
あ、やばい悪乗りしそう。どうせ架空の人物なんだし……観客の前で盛大に……。
「あの、理事長? 先程のお姉さんはどちら様でしょう?」
「ああ、彼女ですか。お察しの通りこの後開かれるもう一試合なのですが、カイ君と戦う事になっている人物ですよ」
「やはりそうか。コウネよ、よく見ておくと良い。理事長が言うには、彼女は金勲章持ちに匹敵する力を持つという。……貴重な一戦だ。地球に住まう者にも、良い刺激となる」
ユウキ、いえユキが去った後、代わりにコウネさんが私の隣に座り、そしてコウネさんのお父様がそう答える。
金勲章……グランディアにある何かしらの組織でしょうか? 私の時代にはなかった話題なので、口を出さないようにしている。
「ユキは、間違いなく勝ちます。そして……恐らくこの一戦が今の時世を大きく動かすと私は考えています。地球は……そろそろ知るべきなのです。グランディアに介入を求める国は多いですが、本来、彼等は彼等だけで困難を解決できます。それを受け入れられない勢力が地球に多くいるのもまた事実。ほどよい距離感を保つ事の必要性を知るべきなのかもしれませんね……」
「……そうだな。昨今、グランディアでも不可思議な事件が頻発しているが、そこにはどうしても世界同士の衝突が根底にある。やはり……我々は親しくなり過ぎたのやもしれんな。ユキという娘、地球出身とはいえグランディアに住まう強者に匹敵するのなら、良い刺激になるだろう。我が国への介入を求めるどこかの国への牽制にもなりえる、か」
……そう、なのでしょうか。いえ、そういう側面もあるのかもしれません。
距離感……ですか。良き隣人であり続けるのは、やはり難しいのですかね……。
「イクシアさんは、先程のお姉さんとは知り合いなのですよね?」
「ええ、一時的に我が家に滞在しています。ユウキの姉のような人なのですが、今回の試合の為に総帥が僻地より呼び戻した、と聞いています。そうですよね、総帥さん」
「え、ええ。そうです。この試合が終わり次第、彼女にはまた任務に就いてもらいますのでここを離れて貰いますが、きっと良い結果を残してくれるでしょう」
少しお話を捏造してしまいましたが、総帥さんが合わせてくれます。そうですね……本来、これは苦肉の策。私が彼女にあまりべたべたしてはいけませんよね。
すると、会場に再びB.Bが登場し、前口上が始まりました。
いよいよ……ですね。
「ふふふ、実は後程食堂でB.Bがこっそりご飯を作ってくれると約束してくれました! お父様、お母様。今夜のディナーは私、遠慮しておきますわね」
「な、なんと!? 本土のレストランを用意するつもりだったんだぞ」
「あらあら……コウネちゃん、あの覆面男の料理が良いの?」
「勿論そうです! ふふ、夢のようです……いつも動画越しでしか見られない料理を頂けるなんて……」
うらやまじい! コウネざんうらやまじい!
つい、全力でコウネさんを見つめてしまう。なんと……なんという……。
『お待たせしました、本日二試合目のエキシビションマッチに移りたいと思います! 今度の戦いはこの学園の中でもトップクラスの実力を持つという、今年新設されたSSクラスから一名、なんとあの一之瀬一門から入学した生徒が試合を行います!』
会場に再びBBが現れ、詳細が不明とされていた二試合目の解説がされ、観客性の皆が静かにそれを見守っていた。
だが『一之瀬一門』という名が出た瞬間、大勢の人間の『おお』という驚きの声が、一つの波となり会場を埋め尽くさんとしていたのだった。
『一之瀬一門』それは、この世界においてはとても大きな意味を持っている。
日本のみならず、グランディアに派兵した国々の『異界調査団』には、必ずと言っても良い程『一之瀬流』の名前が付いて回る。
国籍、人種問わず、その門下生は必ずと言っていいほどに頭角を現し、名を上げると言われている。
それは国の代表しかり、バトラーしかり、著名人のSPしかり……希代の大罪人しかり。
『では、まずはヤナセ・カイ選手の意気込みを聞いてみたいと思います。こんにちは、ヤナセ選手。春にSSクラスが少し話題になり、一部生徒が有名になりましたが、そこに所属しているという事で、お兄さんとしても大変期待していますが』
『はい。僕もある理由でこの一戦には決して負けたくないと思っています。それに……春に有名になった生徒は、僕のライバルであり……先日、ようやく彼に勝てましたから』
『ほほう! では、この一戦はその彼の分まで戦うという事ですね?』
『勿論です。僕、俺は負けられません』
カイのその言葉に、会場の人間がなんともいえない、それぞれの感想を抱く。
『青春だな』『真っ直ぐな青年だ』『青臭いな』そして、彼の事情を知っている者は、その言葉が真実なのか、本当に自分が負かした相手の事も思って臨んでいるのか思案する。
だが一人。対戦相手である『ユキ』だけは、違う事を考えていたのだった。
『観衆の面前で人に勝ったとか言ってんじゃねぇぞコラ許さねぇぞ!』という、酷く短絡的で、少々子供っぽい事なのだが。
『さて、実は先程の勝者であるコウネ・シェザード選手も彼と同じくSSクラスに所属しているのですが……その実力を疑う者はいないでしょう。では、誰がそんな彼と戦うのか! 他校の生徒? いいえ、違います! なんと学園理事長にして秋宮グループ会長であるアキミヤ・リョウカ氏が、自らの秘蔵っ子として隠してきた護衛、その実力をお披露目もとい、カイ選手の良き成長の糧になるようにと、今回この場に連れてきたそうです!』
その口上は、カイの時のようなどよめきこそ生まなかったが、カイが今どういう状況にいるのかという事を知る、一部企業の上層部、関係者は大いに驚いていた。
『あの秋宮の秘蔵っ子とは』そして……『噂の青年、ユウキではないのか』という落胆。
しかし、会場に現れた人物を見た瞬間、一般の観客たちはコウネの登場時と同じような盛り上がりを見せていたのだった。……本当は男だという事は、知らぬが花なのであろうが。
『おーっと、個人的にお兄さんの好みドストライクな美少女、いや美女でしょうか! ご紹介します、秋宮グループ総帥付き特務護衛、年齢はなんとカイ選手や先程のコウネ選手と同じ一八歳です! さぁ、同い年でありながら互いに別な道で生きている二人、どのような戦いを見せてくれるのでしょうか! 意気込みを聞いてみたいと思います!』
『初めまして、恐らく総帥から私の素性については隠すように言われているのだと思いますが、便宜上ユキと名乗っています。本日は――学生が何故学生なのか。社会や戦場を知らない者に先達として伝えられる事があればと思い参加しました』
『おおっと中々にクールな発言が飛び出した! 先程の試合、既にこの学園の生徒の実力は明らかになっておりますが……勝算の程はどうでしょう?』
『……これ以上の言葉は不要でしょう。すぐに現実を皆さんにお見せします』
どこまでも、不遜な物言いをやめようとしないユキ。それは演技なのか、それともカイの発言への意趣返しなのか、それともある種の自己暗示なのか。
そして……二人の戦いが幕を開けたのだった。
『宜しくお願いします』
『……宜しくね』
握手を交わし、互いの持ち場に移動すると、BBから『試合開始』の宣言がなされる。
が、両者共に武器を構えたまま動かずにいた。
元々、相手の動きを見てから行動する、そしてそれが余裕で間に合ってしまうユキは、最初は出方を窺うつもりでいた。
だが、同時にカイもまた、繰り返される強気な態度と、秋宮が用意したというユキのプロフィールに、迂闊に突っ込む事は得策ではないと考えていた。
同じ結論に至った故の一瞬の硬直。だが――その硬直を破るのは、より自信のある者だと相場は決まっていた。
ユキは、もはや全てを出し切るつもりで――全ての観客の視界から消えていた。
『っ! 速さなら俺も――』
数瞬して、カイもまた縦横無尽にスタジアムを駆けまわる。
まるで雷でも宿したかのような速度は、同じく観客の目から彼を消していた。
が――観客以外。戦いに関わる者だけは、その違いに気が付いていた。
明らかに……ユキと名乗る人物の速度が勝り、そしてその軌道が『ありえないレベル』だということに。
貴賓席ではなく、一般の観客席に固まっていたコウネを除く他のSSクラスのメンバーが、その初動の速さに息をのむ。
そして……クラスの生徒を引率すべく、共に座っていたジェンもまた、身体能力強化、そして特殊な軌道を描く移動方を生徒に教えていたからこそ、それに気が付いた。
「信じられない……お前達、時々ユキが目で追えなくなるだろ。スタジアムの日差し避けの屋根を見てみろ」
「っ!? 空中跳躍に……飛んで屋根を蹴っている……」
「すげぇなあのお姉さん。こりゃカイ、勝てないだろ。立体的に動き回る上にあの速度じゃ手も足も出ねぇよ」
「うひゃー……さっきのウォームアップは本当軽く流す程度だったんだねぇ……」
「……秋宮は、どうしてこうも手札を見せるような事を……こんな人間がついているなんて……」
「これは……たぶん地球出身者じゃ勝てそうにないかもだね。あそこまで動ける身体強化なんて、ユウキ君でも出来るかどうか……」
「……彼女は、ササハラ君の姉弟子だそうだ。ササハラ君もいずれはあそこに至るかもしれない。だが……今のカイでは……学ぶことを捨てたアイツには……」
思い思いの感想を抱く。そして、ジェンの言うように、ユキは平面的な動きではなく、三次元的な動きでカイを完全に翻弄し、次の瞬間、スタジアムの中央にカイが空中から叩きつけられ、土煙を上げていたのだった。
「……分かったでしょう」
「……なにがだ」
「通じないんです、実力うんぬんではなく、アナタは純粋に戦略性が甘い」
「黙れ」
「力だけならある。格下を殺す事も、地球でバトラーとして活躍する良い広告塔にはなれます。ただ、そこで止まる。技術や知識を軽んじて、実戦と言う名の格下狩りを繰り返しても成長はない。ここで学んだ生徒に追い抜かれていく様が見えるようです」
途中、ユキが空中にも移動している事に気が付いたカイは、当然追いすがる為に、一応は習っていた空中跳躍を交えていた。
だが――練度がユキには遠く及ばないそれは、余計な隙を生んだに過ぎなかったのだった。
まるで、そう来る事を読んでいたかのように、ユキは宙に跳んだカイを叩き落とすように待ち構え、そして地面に強烈に叩きつけた。
そして……言葉をも叩きつける。
「これまでなら、きっと最強と呼ばれる道へと踏み出せたでしょう。ただ、今年は違う。貴方の所属するクラスの生徒達は皆、明らかにその内に桁外れの可能性を秘めている。そんな原石を育てた事のない企業が、何故貴方を高みへと至らせる事が出来るんですか」
「……それでも、俺はこれを間違ってるなんて思わない! 同じ場所で学んで、アイツに勝てるかよ! アンタだってそうだ、学園生徒じゃないアンタがそんな知ったふうな事を――」
「学びたくても、学べない事もある! もしも本当にここで学ぶことに意義を感じないのなら……貴方は何故周囲を顧みる! 黙って去ればよかった。人の迷惑も考えず、恩人の事も考えず、ただひたすらに修羅の道へ向かえば良かったでしょう! 貴方は負けたいんじゃなかったんですか、本当は!」
それは、ユキの考えた演技の言葉だったのか、それともユウキの言葉だったのか。
だが、その言葉は確かにカイの身体を微かに振るわせ、そして――
「……これが最後だ。貴女は俺より強い、遥か彼方にいる。だが……それでも勝機がないわけじゃない。……一撃。この一撃で全てを終わらせます」
そのカイの宣言が、貴賓席にのみ拾われる。一般席には聞こえないそのやり取りも、貴賓席にだけは届いていた。
クラスメイトには、幸か不幸かコウネ以外伝わらない。そして、貴賓席にいた関係者、一之瀬蒼治郎の耳には、そして理事長にもしっかりと届いていた。
……そう、誰かにその言葉が伝わると、カイは狙ってそう宣言したのだ。
逃げられない。一撃勝負を蹴り、ただ普通に圧倒的な実力差で押しつぶすという決着が許されない状況を作り出したのだ。
ユキことユウキもまた『そこまで言われて無視する訳にもいかないだろうが』という思考に至る。
この土壇場で、カイはようやく勝てる芽を芽吹かせる事に成功したのだった。
「……良いでしょう。最後の賭けですか」
「……俺は……負けたい訳なんかじゃない……決して……」
互いに、剣を上段に構える。
濃紺にも似た刃を持つ剣を構えるカイ。
白銀の大剣を静かに上段に構えるユキ。
その動きが、空気が、確かに『これが最後の攻防だ』と如実に語っていた。
『おおっと! 両者共に大技の構えを取った! これで決着か!?』
「……共に学び、追い越そうと、追い抜かれまいと、競い合いながら成長する。それは……孤独に戦い続けているだけでは決して届かない頂きにいつか至らせてくれる」
「……貴女は、その道を選べなかったんですね。……行きます、これが今の俺の全力です」
そして、極大の光の刃を発生させた剣を、数瞬先にカイが放ったのだった。
(´・ω・`)この後20 21 22時に投稿されます