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第五十二話

「はい、そこの方。校舎内での撮影行為は禁止です。よければ入場証をご提示して頂けないでしょうか」


 違う、そうじゃない。


「そこ、勝手に実行委員に提出された金額以上の値段設定にしないでください」

「あの……キョウコさん、確かに見回り業務は必要ですけど……もうちょっと一緒に楽しく見て回れたらいいなーって……」

「そうですか……ごめんなさい、つい放っておけなくて。秋宮主催のイベントのようなものですし、ここで私が情けない姿を見せるとつけいれられる隙を見せかねないので……」

「うーん、まぁ凄い身なり良い人ばっかりだしね。でももっと偉い人とか来るのって明日のエキシビションマッチが開かれる日じゃない? もう少し肩の力抜いてさ」


 はい、絶賛キョウコさんと文化祭デート……と言いたいところですが、普通に実行委員としての仕事を行っております、ユウキです。

 いやぁ……なんか薄々そうなりそうな予感はしてたんですけどね?


「そうね、もう少し遊びましょうか。そういえばこの文化祭、出店の内容を決める際、近隣のお祭りなどを参考にしたらしいのですが、どうやらデバイス工学の研究室では、人体に無害な魔力弾を使った射的があるそうです。なんでも、自作のデバイスを使わせてくれるらしく、少し興味があるのですが」

「お、それ面白そう! いやぁ……そうだよなぁ、デバイスだってもっと遊戯的な使い方を研究するべきだよ、うん」


 そうそう、こうVRゲームみたいなものをですね? 前にやらせてもらった室内用VRの射撃訓練とか良い感じに体感ゲームっぽかったし。


「にしても人の数凄いな……俺達って基本人の少ない本校舎か講義の開かれる講堂にしかいかないじゃん? 学園内でこんなに人が集まるところってあまり見ないじゃん普段」

「そうですわね、せいぜい購買か食堂でみかけるだけですわね。ああ、あと何かしらの式典とか」

「はい、入学式も始業式も出られなかった生徒がここに一人います」

「……そうでしたわね。今回の停学騒動だって、ゴシップ好きな子達から割と噂が広がっているのだけど……貴方、校則も調べずにヤナセ君に戦いを挑んだのはなくて?」

「イエス。実際ここまで大ごとになるとは思ってないけど……キョウコさん的にはどうなの?」

「……まぁ、シュヴァ学生徒には通常、企業が手を出す事は出来ません。まぁ以前貴方に迫ろうとした陣営もいましたけど、あくまで娘や息子を介した接触に留まっていましたし。ただ、ある企業がヤナセさんをスカウトしたという情報は割と上の界隈では有名な話ですわよ。この学園、基本的に入学した段階で進路が決まり切っている生徒が多いから、優秀な生徒を早いうちに自分から手をつけられるのは大きいわね」

「で、未来の社長さんであるキョウコさんも最近俺と結構仲良くしてくれてると」

「ふふ、そういうことにしておきますわ。けど……案外、奥手の子が多いのね。定番でしょうに、こういうイベントで男子を誘うのは」

「へー、つまりそういう描写のある作品を結構見てるって訳なんだ?」

「な……ええ、そうよ! 私はそういう作品が割と好きなのよ」


 キョウコさんもやはりいつもよりハメを外しているのか、いつもは見せないような隙を見せているように感じる。

 ははは……今のはちょっと意地悪な話の振り方だったかも。

 そんな話をしながら、俺は途中数度風紀を取り締まろうとするキョウコさんをなだめつつ、デバイス工学の研究室が行っている射的屋に辿り着いたのであった。


「おー、結構人入ってるね、教室もなんかいい具合に射撃場風に改造されてるし」

「そうですわね。元々工作機等がある関係で他の教室とは違い広く障害物も少ないですから、改装も容易だったのでしょう。さて……どうやらこのリストに名前を書いて順番を待つみたいですわね」

「結構繁盛してるね。これって売り上げは学園に収めなきゃいけないんじゃないの?」

「一部はそうですけど、過剰な分は顧問の人間と相談して決めるらしいですわよ。……なかなか良い設備が揃っていますし、来年はここの研究室に入れないか相談してみようかしら」


 どうやら、思いのほか彼女のお眼鏡にかなったようだ。

 心なしか先程までよりも目が輝いて見えるし、どうやら射撃うんぬんよりも、この使わせてもらえる自作デバイスの方に興味があるようだった。

 そうして順番を待っている間も、他の客たちの歓声や銃撃の音が聞こえてきて、こちらも段々とワクワクが大きくなり、先にキョウコさんの出番がやって来た。


「なるほど……簡易フレームをさらに小さく整形しているんですのね。あら、嬉しいわね、リアクターがUSH製じゃありませんの」

「これはキョウコ様! USH社はカスタム性が高く扱いが我々でも簡単ですので、こういった遊戯用のデバイスまで幅広く改造が出来るんですよ!」

「ふふ、そうね。なるほど……遊具としてのデバイスにもっと拘ってもいいかもしれないわ……」


 うん。途中から話についていけないけど、キョウコさんが嬉しそうで何よりです。

 そして、俺が並んでいる方の列も順調にさばかれていき、もうすぐ俺の番になるというところで、俺はその言葉を聞いた。


「へー! 地球の玩具も中々面白いね! 私はソード派だけどさ。ふーん、じゃあ次見に行こうっと」


 子供の客なんていくらでもこの場にいるが、そのどこか大人びと発言と、それにそぐわない声色についつい振り向いた瞬間、俺は確かに見た。

 水色がかった銀髪の、女の子。中学になるかならないかという幼さの残る横顔。

 ……そう。リオちゃんだった。


「キョウコさんごめん、ちょっと急用! 少し席外すからここで待ってて!」

「え? 構いませんけれど。たぶんしばらくここにいますわ」

「ごめん本当! また後で!」


 つい、教室を出ていく彼女の後を追う為、キョウコさんと別れたのだった。

 人混みを縫うように駆け抜けていく彼女。何故か、一向に追いつくことが出来ない。

 何者なのか。夏休み中に彼女が只者ではない事は分かっている。その正体が知りたい。

 ……違う。今の俺を見せたいのだ。全ては……彼女に負けたあの時から始まったのだから。


「なんで追いつけないんだよ……ああくそ人多すぎ!」


 追いかけていると、気が付けば校舎外の裏手、普段あまり俺は利用しない、なんだか便利そうな原チャ風の乗り物を駐車するためのスペースに移動していた。

 おかしい、確かに後ろ姿を追いかけていたはずなのに見当たらない……。


「……本当に幻か何かなのかよ……」

「そう、幻の少女リオちゃん登場!」

「うわ!?」


 だが突然、背後から何者……じゃなくてリオちゃんが抱き着き、驚いてつんのめってしまう。が、すかさず振り向き、この正体不明の少女を――


「よっしゃ掴まえた!」

「捕まったー」


 無事、ついに捕まえる事が出来たのだった。

 あれ? そういえば模擬線の時も打ち合いはしたけど掴まえられなかったよな? つまり雪辱を果たせた?


「おろせーおろせー」

「うわ俺に持ち上げられるとかよっぽど小さいよマジで。で、こっちも君が異常な存在だっていうの分かってきたとこなんだけど、下ろしたらまた逃げない?」

「逃げない逃げない! 誰かに見られたら恥ずかしいからおろせー」


 チタパタと可愛く足をばたつかせるリオちゃんをおろすと、言葉通り逃げずに近くの電灯によりかかる。ああ、もうそろそろ点きそうだな。


「君何者なの? 少なくとも数人の記憶いじったりデータの改ざんしたり、さらに不法侵入もしてるぽっいんだけど?」

「んー……思ったよりも私の事調べるの早かったねユウちゃん。こっちはまだ君の事本腰入れて調べてないのに」


 そう言いながら、彼女が不敵な、歳に似合わない笑みを浮かべる。


「煙に巻かない。君が何かしらの組織の人間っぽいなぁとは思ってるけど、俺は個人的に君と敵対はしたくないんだよね。まぁ深く調べようとはもうしないから、あまり違法な事はしないでよ」

「ん。まぁ違法だけど悪い事はしてないよ、私の物差しだと。……それに、今回は本当に傍観者だしさ」

「……今回は、ね。じゃあ何かしら起きるって確信してるわけだ?」

「まぁ、そうだよとしか言えないかな。……ユウちゃんはさ、この学校って結構楽しんでる方?」

「突然なんだよ? まぁ楽しい反面、堅苦しいなとも思ってるけど」

「ですよねー……。けどまぁ、良い緩衝材だと思うんだよね、地球とグランディアの。だから、私としてもここがどうにかなるのは避けたいわけ。でも、実際に行動を起こす人間の考えだって分かる。だから私は静観してるって訳」


 なんとなく、この子の話す事がただ煙に巻く行為には思えなくて、話を聞き続ける。


「……秋宮はある程度は信用出来る。でも力を持ちすぎたとも言える。私は自分で見た物しか信じないけど……ユウちゃんがこの学園を楽しいと思える程度には『まとも』なんだね」

「まぁ、秋宮ってグループそのものは異常だとは思うけどねぇ俺も。でも学園はいいかなって思ってるよ。それに理事長本人もさ」

「そっか。じゃあやっぱり傍観だけでいいかなー。ユウちゃん、もし何かが起きても私達は動かない。そっちでなんとか出来そう?」

「さーどうだろ? 俺明日ここから離れるからなー」

「えー! しーんーぱーいー!」

「おーれーもー! だからまーもーってー!」

「だーめ! ……まぁ、こんな話をしても離れるって言えるくらいにはここを信じてるんだね。私は、何よりも私の目を信じる。私が見定めた君がこう言うんだ、安心していられるよ」

「またそうやっていきなり年齢詐称トークする。君何歳なわけ?」

「ふふ、さてね? 一〇才だと私は思っているけど、実際には何歳なのか」


 その時、周囲の空の色が薄青からオレンジに変わり始め、電灯から明るい光が漏れ始める。

 その一瞬、意識がそちらに向いた瞬間、気が付いたらリオちゃんの姿が消えていたのだった。


「……これは、さすがに報告しとくか、な」


 ……そういえば、直接理事長に会ってなかったな、復学してから。






 若干久しぶりになるが、相変わらずどこか厳かな雰囲気のある理事長室の扉をノックすると、以前と変わらない、凛とした声で『入ってください』と声をかけられる。


「失礼します」

「どうぞ、ユウキ君。久しぶりですね、嫌われたかと思ってしまいました」


 理事長は、相変わらず顔の上半分を隠す豚型の仮面をつけ、どこで手に入れたのか、独特な顔をした豚の像を磨いていた。……あの豚ってこの世界に存在するのか……?


「呼ばれなきゃ基本、生徒が理事長室になんて来ませんよ。今日は特別ですけど」

「……復学の挨拶や明日の予定について……ではありませんよね」

「……はい。今日は、理事長に話しておかない事を報告にきました」


 俺は、全てを話す。以前ニシダ主任に話したのと同じ、俺の敗北から再会までの、リオちゃんについての情報を。そして――今日伝えられた、何かが起きるという情報を。


「所属不明……最新の警備から人の記憶にまで関与する実力者ですか……まったく心当たりがないわけではありませんが、その子が明日、何かが起きると言っていたと」

「……はい。でも、その子はこの学園を悪くは思ってはないみたいですし、何かする訳じゃないんだと思います。ただ……あまり、信頼もしていないような印象を受けました」


 そう伝えると、理事長はどこか諦めたような笑いを見せながら――


「私もそう思いますよ?」

「認めちゃうんですか」

「だって、未だに私の事、恐いなって思っているでしょう? 貴方も」

「否定はしませんが、それよりも親しみの方が大きいです」


 認めるが、反論もする。俺はこの人が悪に加担するような事はないと、なぜか信頼出来る。

 まぁ世話になっている恩義っていう要素もあるからそう思うのかもしれないが。

 あと仮面外したらめちゃくちゃ美人だし。


「……率直に言葉を言うのは貴方の美点ではありますが、女性にそういう事を言うのはダメですよ。私が特殊な趣味だったら何かしらの力で貴方をモノにしたくなりますから」

「すんません、ちょっとテンパってました」

「しかし……何かが起こる、ですか。カイ君がスカウトされた件は直接彼の力が引き出された事とは関係ないと思いましたが……意図的に誰かに見つかるようにされていたのは間違いないでしょうね。そして、私がこういう方法で事態を治めようと動きだしたのも織り込み済み、と。ユウキ君、明日は手筈通りお願いしますが、何らかのトラブルが起きたら……そうですね、再び私の魔剣、ダーインスレイヴとして事にあたってもらいます。その存在は地球だけでなく、グランディアにまで広める良い機会を得たということにします」

「了解しました。ユキがダーインスレイヴって事でいいですよね。まぁそれでも出来るだけ隠しておきますけど」

「ええ。元々二重の策です。万一バレてもユキという私の懐刀のコードネームだったとなるだけですし」

「で、何も起こらなければそれでいい、と」

「ですが、確実に何かが起きるでしょう。当日は私服の警備を増やし、私の方でも何枚か切り札を切る用意をしておきます。貴方はその中でもジョーカーだということを、忘れないで下さいね」

「……了解です」


 きっと、まだまだ俺に知らせていない事も沢山あるのだろう。

 でもさ、たぶんどうせ俺が聞いても分からない事が多いだろうし、目下、何かが起きるかもしれないという俺の話を信じ、対策をとってくれるならそれで充分だよ。

 だからそんな申し訳なさそうな顔、しないでくださいよ。仮面つけていたって分かりますよ。


「……きっと、顔に出やすいからマスクをしているんですね」

「……フルフェイスにでもしようと思っていますよ、最近は」

「それは嫌だなぁ……」


 そうして、ちょっとだけ今日も理事長への好感度を上げながら、外部からの客も減った校舎内をいくのだった。


「やべ、キョウコさんまだいるかな……」


 うわぁ、もう七時じゃん……こりゃ絶対しかられるなぁ。




「――だめですね、これでは集弾性の代わりに反動が大きくなりすぎます。遊戯として提供するなら過度の性能は必要ありませんわね」

「そうですね……良い案だと思ったのですが、今日思いのほかお客さんから『難易度が高い』と言われてしまったので……」

「……業腹ですが、バレル部分の素体だけ秋宮のものにしてはどうでしょう。あちらの製品は制御性を上げる為に魔力を拡散させる効果がありますでしょう?」

「い、いいのですか!? では……」


 なーんで夜になってお客さん誰もいなくなったのに絶賛談義中でさらに一緒に開発してるんですかね? キョウコさん。


「キョウコさんごめん! だいぶ遅れちゃった!」

「あら、ユウキ君。…………そうね、待っていたのだったわね」

「もしかして普通に忘れてた……?」

「……ええ。そういう貴方の方は忘れていなかったみたいね。だいぶ急ぎの用事みたいだったのだけど……明日出かけるという話ですし、それに関わるものではなくて?」

「うん、そんなとこ。けど途中で放っておいたのは事実だし、ね」

「ふふ、律儀ね。ええ、私は夢中になって忘れていたけれど……確かにそろそろ下校しないとまずいわね。お父様もそろそろこっちに向かっているはず――」


 その時、彼女のポケットからスマ端の着信音が鳴る。


「噂をすれば。ふふ、貴方が明日いないと知ったら残念がるでしょうね、お父様。では皆さん、それにユウキ君。私はこれで失礼しますわ。またね」

「はい、じゃあ明後日にでも俺も戻るんで、おやすみなさーい」


 そうして彼女を見送った俺は、明日の為にも足早に自宅へと戻るのであった。






 ……別段、カイとの戦いに緊張もなければ、リオちゃんの言う何かに対してもそこまでの危機感は覚えていなかった。

 リオちゃんは俺が秋宮を信じているからだと言っていたが、本当は、実際には俺がいるから。けど、こうして信じて動いてくれている理事長の事も俺は信じていた。

 けど、ちょっと気が重くて胃がキリキリするのは、間違いなく――


「ユキ、これも着てみてください。明日のコンバットスーツ以外の服装は是非、こちらを着るのです。ささ、香水のつけ方もいまの内に私が教えておきますから……」

「だ、大丈夫ですってば! いい加減普通の服着させてくださいよ」

「だめです! もしもの為に今の内に変身しておくと約束したでしょう? それに実際にはスーツ? その肉襦袢みたいなものをつけているでしょう?」

「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんですってば! しかもそれ女物の下着じゃないですか!」

「全部買っておきました! ささ、これを着て髪型も整えて……」

「俺はただのロングでいいです! 凝った髪型とかしません!」

「明日は数万人単位で貴方の姿を見るのですよ!?」

「いやー! 思い出させないで!」


 そう、純粋にそれが恥ずかしくて緊張しているのであった。

 いやー……だって不特定多数に女装してるとこ見られるんだよ? 恥ずかしいわ!

 なんで今までそれを考えなかったんだろう。

 とにかく、既にユキとして変装し、無駄に良い身体でリアルな裸体にしか見えないスーツを着た状態で、俺は下着片手にじりじりとにじり寄って来るイクシアさんから逃げていたのだった。


「まったく、仕方のない子ですね……これが反抗期というものでしょうか……明日はその姿で学園にいくのですから、キチンと明日は服を着てくださいね? 教えてあげようと思っていたのですが……」

「大丈夫です、これくらいならたぶんいけるんで……」

「香水も忘れずに、髪もちゃんととかすんですからね」

「わ、わかってます……大丈夫ですから」

「むぅ……では明日、一緒に学園に向かいますからね。明日は私も関係者ですから」

「了解です」


 いやはや、まさかここまでお母さんっぷりを発揮するなんて……娘みたいに思われているのだろうか、この姿になると。

 もしかして元々娘さんみたいな人がいたとか……?




「あ、あー……あー……本日は晴天なり」


 翌朝。変化した自分の声を確認し、まだ文化祭ののろしが上がる前に家を出る準備をする。


「イクシアさん、行きましょうか」

「おや? ちゃんと香水も髪もセット出来ていますね? 私が少し編んでもいいんですよ?」

「いえ、遠慮しておきます」

「むぅ……すっかりユキモードですね。ですが、今日は時間まで少しは一緒にいられますよね? まだ営業はしていませんが、一緒に校舎を見られるだけでも楽しいものです」

「そう……ですか。私も嬉しいです」

「……えい」

「うわ」


 突然のハグ。さすがに逃げられなかった。


「……ふふ、なんだか新鮮ですね。別人のようですが、やはりユウキです。私が親だから分かるんでしょうね」

「……きっと、そうだと思います」

「ふふ、そうです。さ、行きましょう。今日は絶対に怪我がないようにお願いしますからね? なんでも、今日は本気の戦いになることが想定されています。もしも怪我をするようなことがあれば……さすがに私も黙っていませんから」

「関係者席ですよね、観戦する場所って。くれぐれも『俺』の名前はよばないでくださいね」

「ええ、勿論です」


 そうして、文化祭二日間、運命の一日がやって来たのだった。

 まぁ大した運命でもないしそんな気負ってもいないけどさ。


「しかし、やはり少し理事長に似ていますが……どこか別人にも似てるような」

「そうですね、理事長がモデルですが、アレンジを加えたとも言っていましたが……」

「なるほど……ふむ、ちょっと上を向いて……なるほど、私に少し似ていますね」

「そ、そうなんですか?」

「はい。鼻筋と輪郭の線が一致します。なるほど、妙に親近感が湧くのはそのせいでしたか」

「なるほど……じゃあ、とりあえず理事長室、行きましょうか」




 ノック三回。やはり結構慣れてしまった理事長室に、ユキとして赴く。

 気配から察するに、他にも人がいるようだが……。


「失礼します。ユキです」

『どうぞ、入ってください』


 その言葉と共に入室すると、意外な人達がそこで待ち構えていた。


「……おはようございます。随分とお客様が多いようですね、総帥」

「おはようございます」

「おはようございます。ご紹介の必要は――」

「……では、そちらの方はお初にお目にかかりますので、お願いします」


 全員、知っている。だが、ユキは知らない筈のその人物について問う。


「……ほほう、儂だけで良いか。どうやら他の者達は既に知っておるようじゃな?」

「ええ。察するにそちらの御仁は、一之瀬ミコトさんの御父上ですね」


 そう。この場には一之瀬親子と……カイ。そして石崎の爺ちゃんが揃っていたのだった。


「晴眼、恐れ入ります。一之瀬蒼治郎といいます。貴女がユキさんですかな?」

「はい。そちらのカイ君と今日戦う事になる者です。そして……総帥、お願いします」

「はい。性懲りもなく私に攻撃をしてくるつもりなのか、いち早くカイ君の覚醒を知り、スカウトをしてきたグランディアで展開を始めている会社の元締めとなります。石崎グループの元会長です」

「ほほ、そういうことじゃ。お前さん、ここの生徒じゃあないようじゃな? どうじゃ、儂の方に来るつもりはないかな?」

「お断りします。ただ……そうですね、貴方が引き取りたいという少年の力を誤認させる程度の力はありますし、この少年の思い上がりを正す事も可能でしょう。私を欲しいと思うなら、全てにおいて秋宮より優れていると証明した時になります。人柄も含め」

「ほっほう人柄ときたか……主、中々鋭いのう。確かにこのカイでは勝てないかもしれんのう」

「んな!? 俺を信じてください石崎さん!」


 初手挑発は基本。出来る事はなんでもやりましょう。


「ええ、間違いなく。その子も周囲も知るべきでしょう。上には上がいる。たかが地球で子供がちょっと強くて色めき立つのが、どんなに愚かしい事なのかを」


 ほら、俺知ってるんですよ。ドラ〇ンな玉とかラーメンのトッピングなナ〇トとか。

 きっとああいう連中はもっとすごいと思うんですよ。この世界にそういう空想の産物はないけど。だが……空想であれ、それを知り参考にして近づこうとしている俺が、今の段階で他人に負けるかよ。勝手だけど、俺はそういう空想の代弁者なんだよ、現状。


「今は顔合わせなのでしょう、総帥。私は少々校舎の様子を見てきます。同年代がこうして集まる姿は初めて見ますので、少し興味が湧きました。イクシアさん、お付き合いください」

「了解しました。くれぐれも集合の時間には遅れないようにお願いしますユキ」

「ふふ、お付き合いますよ。では、一緒に見て回りましょうかユキ」


 これ以上語る事はないからと、部屋を後にしようとする。

 だが、それを止めるようにカイが立ちはだかる。


「まだなにか?」

「この間から……アンタ相当な自信家だな。その余裕、どこからくるんだ」

「……そのままお返ししますよ、その言葉。学ぶことがないのだそうですね、この場所で。私は、もっと沢山学びたいといつでも思っているのに。本当に……貴方はおバカさんです」

「くっ……いいだろう、この後嫌でも分かる。俺が、どこまでの力を手に入れてしまったのかを!」

「もうやめろ、カイ! ……みっともないぞ、今のお前は……」


 すると、ただ成り行きを見守っていた一之瀬さんが苦言を呈する。

 だが、やはりカイには届いていない風に見えた。


「……理事長、約束です。ここで俺が勝ったら、全ての特待生特権の放棄への罰則の帳消し、俺の退学の許可、忘れないで下さいね。俺は……本物の戦場に行きたいんです」

「……分かりました。元々、保証人である蒼治郎氏に迷惑をかける事はしたくなかったのでしょう。もしもユキに勝つことが出来たら、無条件に貴方の要件も飲みますし、石崎傘下の会社、たしか民間警備会社でしたね、そちらのグランディア派兵の妨害はしないと約束しましょう」

「ほっほっほ。確かに約束したぞ秋宮の。カイ、主には期待しておるぞ」


 やっぱり、カイのスカウトはある種のきっかけ作りだったのだろうか。

 だとしたら……リオちゃんの言っていた件はこれとは別なのだろう。


「……ユキさん、私もご一緒していいでしょうか。……その、ここにはもういたくありません」

「ええ、分かりました。……強さ云々以前に、仲のいい女の子にこんな顔をさせる人間が、大人の世界に来ると思うとゾッとしますね。いきましょう、二人とも」


 たぶん、俺が今回の件でカイに許せない部分があるとしたら、たぶんそれだろうな。

 一之瀬さん、絶対カイのこと好きだもんな。……なんとかこの一戦で目を覚ましてくれると良いけど。


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