第五十話
(´・ω・`)大変お待たせしました
本日より三日間に分けて5章を投下します
「ユウ――ユキ、では私はバームクーヘン屋さんに並んでいますね」
「分かりました。では私は先に隣のドラッグストアに行っています」
相変わらずお互いに慣れない言葉遣いや名前に若干の違和感を覚えつつも、俺は今日イクシアさんと共に学園の裏手にあるシンビョウ町へ買い物に来ていた。
……まぁ本来なら今日から夏季休暇が明けて講義も始まるのだが、残念ながら俺は絶賛停学中な訳でして。別段これは仕方のない事だと納得し、停学が明けるまでの二週間、大人しく自宅待機をするつもりだったのだが……。
「うーむ……そんなに落ち込んで見えたのかね」
イクシアさんが『気分転換にお出かけしましょう』と提案してくれたのだが、さすがにこんな学園の傍で停学中の身で出歩く訳にもいかないだろうと反論するも『この機会にユキとしての姿にも慣れると良いのではないでしょうか』と、若干ウキウキした様子で提案されてしまったのである。
さらに、そこに後押しでもするかのように、突然まったく知らない番号から俺のスマ端に着信が来たのだ。
その内容というのが――
『もしもし、かき氷の少年かい? R博士だよ』
「え!? なんで番号知ってるんですか!?」
『理事長に聞いた。たぶん今回が最初で最後だか許しておくれ。ちょっとあの変装の魔導具……じゃなくてデバイス? あれの注意事項を教えておきたくて』
「は、はぁ……それで注意事項っていうのは?」
『あれの欠点と解決策。あれはね、視覚的には絶対にバレないし、接触しても問題ないよ。身長とかおっぱいも変わるし、声だって髪型だって完璧さ。勿論、裸の付き合いとかは出来ないけども。ただね、匂いだけは誤魔化せないんだ。男の子と女の子じゃ匂いが違うからね、何かしらの香水、出来ればホルモンの分泌を抑えるようなタイプの香水を使った方が安全なんだ』
「なるほど……分かりました」
『連絡は以上。ごめんよ突然。もう連絡はしないから安心しておくれ。これ、一回限りの通信回線なんだ。じゃあね少年、いつか縁があればね。あとトマト美味しかったよ』
――と、いうやり取りがあったのだ。
そう言う訳で、出かける理由の後押しもあり、こうしてイクシアさんと共に、この姿で買い物へ出かけているわけだ。
そして俺はバームクーヘン販売の車の前に並ぶイクシアさんを尻目に、一足先にドラッグストアに向かうのだった。
……実はかなりバームクーヘンが気に入ったんですね、イクシアさん。
「ドラッグストア……ついでにシャンプーとか色々買い足すか……」
ストア特有の、洗剤やら香水やらが入り混じった独特な香りに包まれながら、まずはお目当ての香水を見つけるべく、予めネットで調べておいた製品を物色していく。
そうか匂いか……確かに男女じゃ絶対に違うしな。そういう予防みたいな事も出来るならしておいた方がいいか。
「……これか、それともこっちか……何種類もあっても使うかどうか……」
「おや……もしや貴女はユキさんでは」
と、その時だった。腰をかがめて商品棚を眺めていると、頭上から声がかかった。
驚きの声を抑え込み、平静を取り繕い見上げてみれば、そこにいたのは――
「……一之瀬ミコトさんですね。どうも、ご無沙汰しております」
「ああ、やはりユキさんでしたか。あの、この度はユキさんにまでご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした……」
「ああ、その件ですか。いえいえ、ただ生徒と一戦交えるだけですし、丁度良い息抜きになります。どうかお気になさらずに」
案の定、申し訳なさそうに、そして礼儀正しく先日の件を口にするミコトさんだが……たぶん微妙に複雑な乙女の琴線に触れてしまったのか、ちょっとだけムッとしたように見えた。
「……相手の人物はかなりの手練れです。くれぐれも油断なさらないようにしてください」
「そうですか。分かりました、では本気で挑みたいと思います」
いや、別にカイの事を軽んじるつもりで言った訳じゃあないんだけどさ。
「ユウ――ユキ、お待たせしました」
すると再び声がかかると、そこには微妙に甘い香りをさせているイクシアさんの姿が。
バームクーヘン屋の紙袋を手に、少しだけ一之瀬さんの姿に焦りを見せているようだが、大丈夫です。バレた様子はありません。
「大丈夫です。紹介します、彼女はユウキ君のクラスメイトの一之瀬ミコトさんです」
「ええ、存じています。こんにちは、一之瀬さん」
「これはイクシアさん……あの、ササハラ君はどうしているのでしょうか……」
ここにいます。
「ユウキでしたら、停学が明けるまでの間、実家で過ごす事にしたようです。夏の日差しに家の庭の草が伸びてしまっていたから、もう少し整備をしておきたい、と」
「なるほど……あの、ユキさんともお知り合いだったのですよね? 一体どういう……」
おっと、相変わらずの作り話構築スキルが素晴らしい。今日は俺も頑張るぞ。
「ユウキ君は私と同じ流派の弟弟子にあたります。実家に戻った理由ですが、きっと雑草抜きだけでなく、自分が育った環境で鍛え直したいと考えているのでしょう」
「なんと同じ流派!?」
「ええ、既に継承者は私とユウキ君しかいませんが」
これであれです、万が一戦い方に似通った部分が出てきたとしても、良い感じに誤魔化せるんじゃないでしょうか。
っていうか一之瀬さんマジで背高いな。目線同じ高さで話すの初めてだわ。
こっちは結構底上げして身長伸ばしてるというのに……。
「ササハラ君は……貴女が戦う予定の人物の攻撃を避ける事も出来ず、重症を負いました。くれぐれも……お気をつけください」
む。いや別に見えてたし。本当に身体の調子悪かっただけだし。
「大丈夫です。ユウキ君が私に勝てたことはただの一度もありませんから」
「そう……ですか。今のユウキ君はとても成長した強さを持っています。どうか、油断なさらないようにお願いします」
うーむ……思いのほか俺がカイに負けた(と思われている)のは衝撃が大きいようだ。
一之瀬さんの反応を見る限りでは、きっと俺こと『ユキ』でも危ういと思っているのだろう。
「ところで、何を見ていたのです?」
「ええ、香水を。この手の物は持っていないのです。必要になる場面もあるからと、この機会に揃えておこうかと」
「ユキは久々の休暇で日本に戻ってきているので、今は私と一緒に暮らしています。後日、秋宮の方で部屋が手配されますが、それまで数日の間は」
ナイスフォロー。これで停学明けまで仮にまた一之瀬さんに見つかっても大丈夫そうだ。
「なるほど。香水……私もそういう品は手に取った事はありませんね……」
「ではこの機会に買ってみてはどうでしょう? 私は一先ず目当ての物を見つけましたので、これで失礼したいと思います」
「はい。突然すみませんでした。では、また機会がありましたら」
そうして、会計を済ませ家へと戻る。いやー心臓に悪かった!
そうか、普通にこっちの町にも寮暮らしの生徒は来るんだもんな。講義がない日は遭遇する事もありえる、と。
「ユウ――ユキ、大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。そろそろ名前、慣れてください」
「ユキ冷たいです」
「ユキだけに」
「なるほど」
「……家に戻るまで我慢してください……」
「ふふ、分かりました。帰ったら紅茶にしましょう。バームクーヘン、今日も美味しそうでしたよ」
なんとなく、今日が夏期休暇明けという事もあり、さっき一之瀬さんと会った関係か薄々予感はしていた。
まもなく自宅が見えてくるというところで、一人の人物が家のインターホンを押している姿が見えてきたのだ。
「……イクシアさん、穏便にお願いしますね」
「当たり前です。大丈夫です」
足音にこちらに振り返ったのは、なんとカイ本人だったのだ。
「あの……すみません、ユウキ君に用事があったのですが……」
「ユウキでしたら今実家に戻っています。何か伝言があるならお伝えしますよ」
「……あの、ユウキのお母さんですよね。ユウキに怪我を負わせて、停学する羽目になったのは俺の責任です。一目直接謝りたかったのですが……」
「……そう、貴方ですか。残念ですがユウキの実家は遠方となりますので、私から伝えておきます。連絡はつかないのでしょう?」
「……はい。学園関係者の連絡先は全て自分で消しました。もう関わらないつもりでしたから。でも、ユウキにだけは一目会いたいと……」
カイ。お前そんなこの世の終わりみたいな顔するくらいなら変にイキって暴れなきゃよかっただろうに。お前向いてないよ、そういうの。今にも死にそうな顔してんじゃん。
イクシアさんも、随分といつもより声が硬いしぎこちない。これ以上無理をさせる訳にもいかないし、ここは何があってもノーダメージで済む架空の存在、ユキの出番でしょう。
「カイ君でしたか。ユウキ君から伝言を預かっています」
「あの、貴女は……?」
「『身体の調子が悪い時に引き分けただけなのに勝手に勝った気になってるのが気に食わないから、コテンパンにやられるといいよ』と。私も弟分の依頼ですので、本気でお相手します」
「っ! じゃあ……俺が学園を辞める条件に出されたエキシビションの相手って……」
「はい。世界の広さを知らない子供に、現実を教えるようにと」
挑発を。余計な事考えないで、今は盛大に打ちのめされる準備をするようにと。
「交流会……いえ、文化祭二日目と聞きました。バトラーサークルの関東大会の優勝校と、シュバインリッターのバトラーサークルとでエキシビションマッチが行われるそうですが、その舞台で私と貴方も戦う事になります。私に勝てたのなら、学園という鎖から離れても単独で自由に生きていけると認めるそうですよ。まぁ不可能だとは思いますが」
「……そうですか。結果は当日には分かります。ユウキへの伝言の必要はありません。きっと貴女が戦うならユウキも来るでしょうし。貴女に勝ったらそのままユウキに別れを言いに行きますよ」
「分かりました。ユウキ君に貴方を慰めるようにだけ先にお願いしておきます」
挑発成功。死にかけたような目の色が、好戦的な色を宿し、こちらを強く見つめだす。
そうだよ、そんくらいが良い。メンタル的にも最高潮の状態のお前を倒さないと――俺の気もおさまらないんです。あれだ、ユキで勝ったら今度はユウキの状態でも勝たないとな。
クケケ、二連敗させてやるからな、覚悟しろ。
「……今日はこれで失礼します。対戦、楽しみにしておきます。すみません、名前を聞いても?」
「ユキです。恐らく一生忘れられない名前になると思いますので、今覚えていただかなくても結構です」
「っ! 失礼します」
いや久々に盛大に煽れて楽しかったです。中々ゲームでもないとこうやって煽ったり出来ないからね、今日は久々に楽しかった。それに……これでユキという別人としての人格をカイにすり込めたし、いいことづくめだ。さて、後は文化祭を待つだけ――
「ユキ、どうして挑発したのです。少し行儀が悪いですよ」
「いやぁ……とりあえず家に入りましょう。この喋り方疲れるんです」
「まったく……して、あれがカイ君ですか。確かに根は悪い子ではなさそうに感じましたが……ふむ、確かに少し気になります。誰かの影響を受けたのでしょうか」
「どうですかね。まぁとにかく俺はやる事をやるだけです。もし負けて何も変わらなかったら、それこそ俺だってカイが学園を去るのだって別にいいかなって思ってますし」
「そうですか。……人の人生ですから、そうなのかもしれませんね。ただ……子供の未来を歪めようとする意志が介入しているのなら、きっと理事長を含め、私達大人が正すべきなのでしょう。……ユキ、その時はどうするつもりです」
子供と大人の中間である俺達生徒がどうするか。
……そんなの、俺にだって分からないけど……まぁクラスメイトを良いように利用するってのは気に入らないっすわ。
「良い感じになんやかんやしたいと思います。難しい事はそれこそ、大人に任せたいと思いますよ」
「まったく……そうですね、今回は理事長達に任せましょう。さぁ、ではお茶にしましょうか」
そうして、今日も美味しすぎるイクシアさんの淹れる紅茶を頂く。
どんな意図が隠れていようが、結局今の俺に出来る事なんてないのだから――
ところで、結局クラスの主力である俺とカイの不在のより、実務研修が中止になったと聞いたんですけど……単位の補填とかどうなるんでしょうか……?
「それで、グランディアに滞在中だったカイ君と接触した人物の洗い出しはどうなっています?」
「それが、滞在中は常に一之瀬蒼治郎氏と行動を共にしていたようで、彼が単独で特定の人物と長時間接触したという記録は今のところ確認されていません」
理事長室にて、理事長である秋宮リョウカが、部下からの報告を受けていた。
カイの変化、そして行動を起こすきっかけとなった事件や人物を洗い出す為の捜査だが、いかんせん、未だその痕跡を掴めないでいた。
「そうですか。では、今度はカイ君と戦った人間達を調べてみてください。その経歴、素性、なにか怪しい点があれば徹底的に。……これは、見かたによってはグランディア側から地球側への侵略にもとれます。標的が我が学園、私だけならば良いのですが……なにかしらの尖兵としての意味合いがあれば、悠長に事を構えてはいられません。……何か、何か嫌な予感がします」
「了解致しました。ただちにグランディアの警察機構と連携を取り捜査を断続します」
小さな事件。だがその影響がどこまで大きくなるかは、すでにリョウカも気が付いていた。
そして、その小さな事件が起こす波紋が、自分の領域を越えて波紋を広げていくかもしれないとも。
確かに彼女は感じていたのだ。何かの予感を、しっかりと――
「いやー……俺だけ夏休み二週間延長したからかねー、毎日これから通うと思うと急にテンション下がるわ」
「ケケ、お前地元に戻ってたって? 考えたな、そっちなら何しててもバレねぇだろ」
「失礼な事言うなよ。俺は自分の家と庭と畑の手入れしかしてねーよ」
「どうだかな。で、お前今日も研究室こねぇのか?」
二週間後。ついに俺の停学が解けたわけだが、当然その間の単位はここから自分で取り返すしかない訳であり、俺は連日過密過ぎるスケジュールをこなしていたのだった。
「ミカちゃんとこには参加出来るけど、体力的にパス。俺毎日四つ以上講義受けてるんだぜ?」
「ご愁傷様だな。なんか今月は結局実務研修ないらしいし、単位の補填もアテに出来ねぇって話らしいぜ」
「知ってる。だから俺は明日も朝一で講義出て夕方までずっと学園にいるって訳。ミカちゃんに謝っておいてよ」
「仕方ねぇな。んで、ジェンの方はどうすんだ?」
「そもそも研究室出禁喰らってる。だいぶ怒ってたからなージェン先生」
「あれだな、何かしらでご機嫌とっといた方いいんじゃねぇか?」
「そうする」
「しかし文化祭ねぇ……最初はただの一部生徒同士の交流会って話だったろ」
「俺は休んでたから分かんないけど、なんかあったんじゃないの、運営上の問題でさ」
「どうだかな。まぁ今月はのんびり出来ると思って遊び惚けるとするわ」
本日最後の講義が終わり、時刻は既に夕方五時をまわっていた。
アラリエルの言うように、研究室に出る余裕なんてものはなく、そしてジェン先生にはカイとの一件の所為でまだ研究室に出入りする事を禁じられており、もしかしたらこのまま研究室を追い出されるなんて事も……あるかもしれない。
それは困るのだが。
「そういや、文化祭の実行委員に立候補したらどうだ? 少しは点数稼ぎになるんじゃね?」
「あー、それもアリかもな。明日あたりジェン先生に提案してくるわ」
とりあえず、停学明けの挨拶の一つでもしないとだよな。普通に忘れてたわ。
そして翌日、俺は早速教員室に実行委員の件を立候補しに向かったのだった。
「ん、そうか。実行委員は最低二人、絶対に出さないといけなかったんだ。お前はサークルにも入っていないからな、丁度良い。だが単位の為に毎日講義があるだろ。余裕あるのか?」
「割とキツイっすけど、先生に迷惑かけたんでこんくらい頑張りますよ。察するにまだ実行委員、決まってないんですよね」
「……ああ。カイはあれから顔を出さないし、一之瀬には断られた。コウネはサークルの活動で忙しいしな。そもそも研究室に所属している生徒は誘いにくい。ササハラが出てくれるのは正直助かるが……それでゴマをするつもりだな?」
「イエス。文化祭終わったらまたジェン先生の研究室に顔出させて欲しいなーって」
はい、露骨にしかめっ面なジェン先生とご対面。向こうも落としどころに悩んでいそうな雰囲気なので、これでなんとか……。
「……分かった、良いだろう。これでうちのクラスの実行委員は二人決まったな。これで学年主任に文句を言われずに済む」
「あれ、もう一人ってもう決まってたんですか?」
「ああ。今日から実行委員の会議が始まるからそこで顔合わせをするといい。お前、ミカミの研究室だと二年、三年と関わる事もないだろうし、アタシんとこでも関わってなかっただろ? この機会に実行委員として交流するといい。ちなみにもう一人の実行委員はキョウコだ」
「了解っす。んじゃ、今日から実行委員としてしっかり働きたいと思いまっす」
まぁ、現状クラスメイトとは全員それなりに友好な関係を築けていると自負しているので、もう一人が誰であれ問題は全くないのだけど……キョウコさんか。
恩義もあるし、割とあの人面倒見良いから、ちょっと嬉しかったり。雰囲気お婆ちゃんっぽいし。
会議が行われるのは第二校舎の三階らしく、移動で経由する以外で本校舎以外の二階を訪れるのが初めてだった俺だが、問題なく会議が行われるという小講堂に辿り着く。
確か、第二校舎はAクラスとBクラスの為の校舎だったか。
改めて考えると、校舎一つ一つが通常の高校校舎レベルの大きさってのは凄いよな。
まぁ、そんな事いったら本校舎なんてSSクラス一学年とSクラス三学年分だけだから60人にも満たない癖に一番建物が大きいんだけどさ。
「あったあった。失礼しまーす。SSクラス実行委員のササハラユウキでーす」
お目当ての小講堂に入ると、既に20人前後の生徒が集まっており、その中にはキョウコさんの姿もあった。というか相変わらずSクラスやAクラスの女子と一緒にいるんだな。
他にも、二年、三年と思われる生徒もおり、普段は制服を着ていないせいか、イマイチ上級生という感覚が薄い。たぶん上級生だよな?
「あら? もう一人の実行委員ってササハラ君だったの?」
「うん。停学明けで点数稼ぎしておこうかなって」
「なるほど。まぁ何があったのかは聞かないでおきますけど……失礼、私はクラスメイトと座る事にしますので、これで失礼します」
そう言いながら、キョウコさんが隣に座る。相変わらずこう……取り巻きの女子の皆さんはゴシップ記事でも見たようなキャイキャイした反応を見せていますな。
『やっぱり前期の噂は……』『婚約っていうのは……』とか聞こえてくる。
「さて、じゃあもうそろそろ会議が始まりますわ。はい、資料を貴方の分もまとめておきましたので、目を通しておいてくださいまし」
「了解。文化祭っていっても、別に出し物とかするわけじゃ……あれ?」
資料を見て初めて分かったのだが……なんだよ! 出店とか普通にクラスやサークル単位で出すんじゃん! なんでSクラスとSSクラスはそういうのないんですか!
ああいう出店とかちょっと憧れてたのに!
結局、会議というのは各出し物に必要な設備、備品、予算、その他諸々の確認が主だったものであり、SクラスとSSクラスの生徒は至極退屈な時間を過ごすだけでしたとさ。
くそう……結局俺達の仕事って当日の見回りくらいしかないんじゃないか。
まぁ、生徒の保護者って殆どが財界やら企業のお偉いさんだから、警備面が厳重なのは分かっているけどさ。
さらに言うとSとSSの生徒が並の警備員よりも腕が立つのも重々理解してるんだけど。
「あー終わった……いいなぁ出店とか。俺もどこかサークルにでも入ればよかったかなぁ」
「そう? 見る側に徹する方が楽じゃない。……そういえば、見回りは初日がササハラ君で二日目が私なのよね?」
「うん。二日目はちょっと学園を離れなきゃいけないからさ」
嘘です。本当は二日目にエキシビションマッチが行われるので、その日はユキとして過ごす予定だったりします。
「なるほど……クラスメイトアピールをしたのですし、折角なので初日、一緒に文化祭を見て回るつもりはあるかしら?」
「ん、いいよ。んじゃ初日、一緒に見て回ろうか」
「……案外あっさり決めますのね。貴重な一日を私に割いてしまって良いのかしら?」
「いやぁ、別に誰かに誘われてる訳でもないから、早い者勝ちって事で。たぶん放っておいたら俺、アラリエルあたりとぶらつく事になりそうだし」
いや、本当は見学に来るであろうイクシアさんと一緒に見て回るつもりだったんですけどね。それは二日目にユキとして行えば良いかなーと。
「ふふ、そう。では当日は宜しくね、ササハラ君」
「こちらこそ。いやぁ……地元の高校いた頃って大規模な文化祭とかなかったんだよねぇ、ちょっと楽しみだな」
「それは私もですわね。ただ、当日は私の父を含め、政財界に関わりの深い人間も多く訪れるでしょうし、想像しているような華やかで派手な感じにはならないかもしれないわ」
「粛々とお行儀よくって感じかねー。いいんじゃない?」
ほら、そうなると変な人間紛れ込んで問題とか起こしそうにないし。
だってお約束じゃん? 関係者の美人さんが紛れ込んだ不良もどきやらチャラい男にからまれるイベントって。そういうのがないってだけで一安心ってなものなんですよ。
そうして、実行委員のあまり実のない会議を終えた俺は、微妙に自分の思考がフラグになっているのにも気が付かず、帰路につくのだった。




