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第四十九話

(´・ω・`)本日四話目の更新です

 イテェ。くっそイテェ。一撃でアドバンテージ奪われちまった。

 避けられると思ったのに、首動かすのが一瞬遅れた。いつもなら避けられたはずなのに。


「やうじゃん!」


 うまく言葉を発音できない。血の味が口内を満たし、そして閉じているはずなのに口内に空気が入る。

 完全に頬が裂けてるな。出血も酷い。けど――それは向こうも同じ。

 深い傷でこそないが、全身に満遍なく傷を負わせた。太もも、足首、二の腕、首筋。

 浅く、けれども確実に死に繋がる部位への『意図的なかすり傷』。


「ユウキ!? お前、なんで避けなかった!」

「うるへー。ほんほうひじゃないんはよ」


 何立ち止まってんだ。すぐさま駆け出し、棒立ちしたままのカイへと向かい、剣を振り下ろしながら、同時に風の刃を射出する。

 殺傷能力がそこまで高くないその魔法は、剣を避けたカイの胸を浅く引き裂きながら、大きく弾き飛ばす。

 そして追い打ちをかけようと駆け出したその時――全身を拘束されるような感覚に襲われ、膝を着いてしまう。

 どうやらそれは俺だけではなく、カイも同じように膝をついていた。


「何をやっている! おい、そこの二年三年、ソイツらを医務室へ連れて行け!」


 ああ……そうか。緊急停止用の仕掛け、そういや全部のフィールドにあるんだよな。

 事故防止、そして――トラブル、私闘を止める為の。

 どうやら、サークルの誰かが先生を呼び出したらしい。しかも――よりによってジェン先生を。


「……プロテクターも武器のセーフティーもなしで……明らかな校則違反だろうが……なにやってんだよ……二人ともアタシの生徒じゃないか……アタシの責任だよな……」

「あー、ほんなんじゃありあへんよ」

「煩い喋るな! 傷が広がる!」


 そうして、俺もカイも学園の医務室へと運ばれるのだった。

 ……勝敗、出血量で決めるとしたら引き分けってところかね。

 個人的には勝ったつもりだけど、どう見ても俺の方が重症だよな。

 それにしてもカイのヤツ、自分で攻撃しといて何狼狽えてんだよ。バカかよ。


「……くそ……ばはやろうが」




 医務室に連れられたが、どうやら俺だけすぐに別な部屋へと移送されるらしい。

 この学園にはちょっとした病院並の施設もあるらしいが、恐らくそこへ連れられるのだろう。

 そうして、俺はつい二日前に初めて入った例の施設内にあるという医療用の施設へと搬入されたのであった。


「これは……一歩間違えれば即死でしたよ……頬が裂けただけなのは幸いです」

「ほうなんでふか。やっぱり治療ってむふかひいですか?」

「……そうですね、これは治癒を高める魔法では追いつけません。再生医療の分野になりますね。君、少し点滴をしながらの治療になるから、時間、かかるよ?」


 どうやら想像以上の重症だったらしく、俺はそのまま二時間程、ベッドの上で拘束され、様々な人間の手により魔法やら薬やら、挙句の果てに麻酔までされて頬を縫う羽目になったのだった。

 そうして一通り治療が済むと、なんとまさかの理事長が面会にやってきた。


「……ユウキ君、具合はどうです」

「あ、ちょっと頬が動かしにくいですが、大分よくなったと思います」

「……外科的な治療と魔法、薬品による治癒速度の増進。今回はかなり本気で、それこそ跡が残らないようにする為の治療を行いました。何故だか分かりますか?」


 思い出した。そうだ、理事長はイクシアさんと契約して……。


「どういった経緯があったのかは察しがついています。こちらも事態は把握していますので。しかし……軽率すぎます。そして拘束を破った以上、貴方とカイ君には罰則を与えます」

「……はい」

「停学処分です。貴方達二人の夏休みは二週間延期。その間、十分に反省してもらいます。もっとも、カイ君は反省どころか、元々出席するつもりがなかったようですが」

「……アイツはどうなりましたか」

「彼は怪我の数こそ多い物の、全て貴方が加減したおかげか傷も浅いので、通常の治療をしたのち、帰しました。既に停学の知らせはしておきましたが」

「そうでしたか。……すみません、確かに軽率でしたね。せめてもう二、三日間をおくべきでした」

「ええ、本当に。……すみません、今回は少し私も怒っているのですが、同時に貴方を責めきれない部分もあります。どうしましょうか」

「……あの、なんでもとまでは言いませんが、俺に出来る事なら可能な限りやります。無報酬でいいので、何か埋め合わせを……」


 理事長の表情が、いつもよりも険しく、そして同時に……声も悲しそうで。

 恐い。だが同時に申し訳ない。こんな顔をさせたのは俺だ。


「……優秀過ぎたんです、今年度の新入生、とりわけ貴方達SSクラスは。こうした問題がこれまで起きなかった事の方がおかしいのです。……貴方はそのしわ寄せ、影響を一手に引き受けた形となってしまいましたが……ああ、違う。ああ――なるほど」


 何かを思い悩んでいたのか、理事長がかぶりを振る。そして意を決したかのようにこちらへと近づき――


「私が言えた義理ではないですし、これまで散々任務を言い渡してきましたが……あまり心配させないでください。契約うんぬんではなく、純粋に身近な人間を心配しているんですよ私は。よりによってこんな事故のような形で命を危険に晒した事に対し、私は腹を立てているんです。それを理解なさい」


 頭を軽く、本当に軽く小突かれる。

 俺にはその一撃が、停学処分なんかよりもずっと応えた。


「そろそろ家に戻りなさい。そして自分の口から言うんです。校則を破り処罰を受けたと。傷の方も、友達と喧嘩して少し擦りむいたとでも言ってください。実際にそれくらいまで傷は癒えているはずです。もし本当の事を話したら……下手をしたらカイ君がイクシアさんに報復されるかもしれませんよ」

「いやぁ……それはさすがに……ない……?」

「……わかりませんよ」


 ……ないとは言い切れないのがなんとも……けど、昨日イクシアさんもカイについての話、聞いちゃってるもんな。たぶん傷についてはすぐばれそうだ。


「停学の件、了解しました。ただ……俺、たぶんまたアイツと戦いますよ」

「それについては……こちらも少し考えておきます。中期は交流会やその他催しもありますが、しっかりと実務訓練もあります。あまり遠出はさせないつもりですが、しっかりと参加はしてもらいますからね、油断だけはしないでください。では、私は今日はこれで失礼します」

「はい。すみませんでした、理事長」


 そうして、少しだけ不機嫌そうな様子を和らげて理事長が立ち去り、俺もまた保険医の方に許可を得て、家へと戻るのであった。




「ただいまでーす」

「ああ、おかえりなさ――ユウキ、そのほっぺはどうしたんですか」

「喧嘩して傷が出来たので応急処置してきました」

「そうですか。……もう痛くないのですね?」

「はい。全然痛くないです」

「……そうですか。昨日の件についてですが、私からは詮索しませんよ。子供同士で決着をつけるべき事に私は口を出しません。ただ――言うべき事を隠すことは許しません」


 帰宅と同時にイクシアさんに釘を刺される。はい、言うべきことは言います。

 俺は、学園の規則を破り、そして停学を受けた事を正直に話す。


「……分かりました。理事長がそう判断したのなら、私からは何も言いません。ただ、単位については大丈夫なのですか?」

「実務研修である程度補填されるのと、復学後に単位を集中的に取るのでなんとか大丈夫だと思います。すみません、今回は俺が軽率でした」

「はい。ところで……やはり気になるのでそのほっぺ、よく見せてください」


 そう言うと、イクシアさんがガーゼを剥がし、治療中の傷を観察しだす。

 近い。顔がめっちゃ近い。照れる、恥ずかしい。


「ふむ……あのドリンク、治癒効果付きの物がまだストックされていますから、飲んでおいてください。この程度ならば一晩で治してくれます」

「なるほど! そういえば前に飲んでた時、凄い効果でしたもんね」

「はい。ただ……ユウキ、今日から少なくとも二日はじっくりと身体を慣らしてください。リミッターを上げられてからまだ日も浅いんですから」

「ええ、そうですね……本当、今回は俺が馬鹿でした」


 ……もしかして、調子に乗っていたのはカイじゃなくて……俺の方、だったのかもしれない。

 いや、間違いなく俺も調子に乗っていた。そうだよ、俺も馬鹿だったんだよ。

 甘んじて……この処分を受け入れよう。


「……けどこのままって訳にもいかないよなぁ……」




 翌朝。まだ夏期休暇も明けていないのだから、停学中という訳でもない。

 が、なんだか昨日の手前、どうにも敷地内に入るのが憚られる。いやまぁ別に用事があるわけでもないのだけど。


「ユウキ、一緒に買い物に行きませんか? 今日は裏のスーパーにまたバームクーヘン屋さんが来るんですよ」

「あ、いいですね。行きましょう」


 そして案外、停学という処分を約束されている状態というのは、中々に俺をへこませてくれていたのだろう。イクシアさんの誘いが、いつも以上に嬉しかった。

 九月の終わり頃だよな、そうなると俺が学園に通えるようになるのは。

 確か九月は実務研修の他にも、他校との交流会もある筈だが……考えようによっては面倒な準備をせずに済む、という事なのではないだろうか。

 そうして、イクシアさんと買い物を済ませながら、焼き立てのバームクーヘン買って帰るのだった。


「ユウキ、どうしてバームクーヘンの表面を剥がしながら食べるんですか?」

「な、なんとなく……」

「せっかく層になっているんですから、層を楽しみませんと」


 ついつい、表側からペりぺり一層ずつ食べていたらイクシアさんに笑われてしまった。

 そんな和やかなティータイムを過ごしていると、スマ端から独特の着信音が鳴る。

 ……これ、理事長からの直通アプリの時の音だよな。


「今度は『我らが豚ちゃん』になってる……豚に拘りでもあるのかな……」

「早く出た方が良いのではないですか? 理事長からですよね?」


 そうだった。昨日の今日だ、少し出るのが恐いのだが――


「もしもし、ササハラです」

『……良かった、出てくれましたか』

「そりゃ出ますよ。それで……直通で態々連絡というと……」

『はい、お願いがあります。出来ればイクシアさんと一緒に理事長室まで来て頂けないでしょうか。その……今回は私の用事ではなく、一之瀬さんのお父様が、今回の件で謝罪させて欲しいと今こちらに来ていまして……このままでは直接そちらの家に出向く事になりそうですので、ユウキ君の気持ち的にも、家にまで来られるのは……ね?』

「ええ……いや、なんで一之瀬さんが……」

『処分を下した私が言うのもなんですが、やはり相当、ミコトさんも責任を感じているらしく、御父上にも相談した上で謝罪をしたいと……』

「大袈裟すぎじゃないですかね……こういうものなのかな……」

『誠意ある対応だと私も思います。どうかこちらに来て頂けないでしょうか』

「そりゃもう行きますとも。じゃあ今から向かいますね」


 やっべー……なんか大ごとになってる。とりあえずイクシアさんにも事の顛末を伝え、急ぎ着替えて外出の用意をする。

 こういう時って制服の方がいいのかな? それとも私服で良いのだろうか……。


「私服で良いかと。ヘタに形式ばっては、相手方を委縮させてしまうかもしれません」

「とかいいながらなんでイクシアさん燕尾服来てるんですか」

「は! つい!」


 どうやらテンパってるのは俺だけじゃなかったみたいです。




 もはや自分のクラスの教室よりも通いなれたと言っても過言ではない理事長室前。


「失礼します、ササハラです」

『入ってください』


 ノックと共に声をかけ中に入ると、既にソファーに一之瀬さんと……その父親と思しき男性が座っており、すぐさまそこから立ち上がり、こちらを迎えてくれた。


「ササハラ君、本当に申し訳ない! 私が君にあんな相談をしたばかりに!」

「一之瀬さん落ち着いて。とりあえず……イクシアさんも入って?」

「は、はい……緊張しますね……他の生徒さんのご両親と顔を合わせると言うのは……」


 イクシアさんコソコソムーブで入室。そしてすぐにこちらの背後に隠れてしまう。


「よく来てくれました。では、私からご紹介させて頂きます。こちら、一之瀬ミコトさんのお父様の『一之瀬蒼治郎』さんです。そしてこちら、ユウキ君の保護者の『ササハライクシア』さんです」

「初めまして……ユウキの母親のイクシアと申します」


 何故か緊張気味のイクシアさんが先んじて挨拶をすると、すぐに一之瀬さんのお父さんも、綺麗に腰を折りながら、よく通る、けれども大きすぎない声で――


「不肖、一之瀬ミコトの父にして、此度の原因である柳瀬カイの指導者でもあります、一之瀬蒼治郎と申します。この度は大切な息子さんの負傷の原因、そして処罰を受ける原因を作ってしまった事、改めて謝罪させて頂きたく、こうしてご足労をおかけした次第です。本来であれば私どもが足を運ぶべきところですが――」


 怒涛の謝罪ラッシュ。いやなんだかこっちまで緊張してきた。

 そして一之瀬さん、なんだか段々目が赤くなってきたのでそろそろ……。


「もう謝罪は十分に受け取りましたから、どうかその辺りで。そもそもの話ですが、俺は一之瀬さん……ミコトさんから相談を受けなくても、あの様子を見ていたら同じ行動に出ていたはずです。それに俺とカイが校則を破り、危険な状態で決闘をしたんですから、処罰を受けるのが俺とカイなのは当然です。まぁ見ていて止めなかった、っていう点で注意はされるかもしれませんが、その注意はもうミコトさんも受けているはずですから」

「しかし……原因はカイの精神を育む事が出来ていなかった指導者の私の責任でしょう。ユウキ君、君はそんなカイを正そうと、そして……不肖の娘の願いを聞き届けんが為に立ち上がった。そんな君が処罰されるなんて……私には我慢が……」

「なら、自分の力を過信して決闘なんてしかけた俺にだって責任があります。今回の処罰は自分への良い戒めになりました。ですから、この件は、少なくとも俺の処罰の件はこれで終わりにしましょう? ミコトさんも、そんなに申し訳なさそうな顔しないでよ。俺、恨んじゃいないし後悔もしていないよ? むしろ……謝るのは俺の方だ。結果的に俺はカイに勝てなかった、ミコトさんの期待を裏切ってしまったんだ。ごめん、ミコトさん」


 それに何よりも……あの戦い、形はどうあれ、カイは俺と『引き分けた』事になっている。

 そう、引き分けだ。アイツはきっと『全力のユウキと引き分ける程の力を短期間で手に入れた』という、認識をしているかもしれないのだ。それは……アイツをさらに増長させる。


「何故君は私を責めない。私の所為ではないか……君が傷を負う原因を作り、さらに停学処分だ。君の輝かしい功績に私は泥を塗ったんだぞ……」

「んな功績よりクラスメイトの願いの方が万倍大事だっていう。まぁ期待に応えられなかった事の方がそんな泥より遥かにショックだったね。いやぁ……本調子なら絶対俺が勝ってたから。それだけは勘違いしないでおいてね? 本当それだけだから」


 とは言った物の、この先どうするべきか。カイはこのまま停学を受け入れるとは思えない。そもそも……これを機にそのまま自主退学する可能性すらある。

 ……なら、もうそれでいいんじゃないのか。アイツの人生だ、俺がとやかく言うのは……。


「SSクラス創設にあたり、様々な人間に無理を言いました。そしてこれまでSSクラスはそれなりの実績を見せていますし、ユウキ君の活躍も世間の知るところになっています。あまり公にはできませんが、来年跡取りを入学させるつもりの財閥や有力者からも既に、是非自分の子供をSSクラスにして欲しい、という願いも出て来ています。まぁそういう人間は悉く排除するつもりではありますが」

「……でしょうな。ある意味、私がカイに入学試験を受けさせたのも、そういった手合いと大差のない愚かな行いでした。なんとも、耳の痛い話です」

「それでも彼はしっかりと実力を示しました。しかしその彼が退学となるのは……少々不味いです。やはり彼には一度……どこかでキチンと自分の実力を分かってもらう必要があります。ですが、その彼が自主退学したとなると、この制度そのものが揺らぎかねない」

「んー、俺がリベンジしたところでどうにかなりますかね?」

「彼は貴方をある意味では信頼しています。今の貴方に負けても……説得は難しいでしょう。やはり徹底的に、越えられない壁を味あわせる必要があります」

「……秋宮殿。しかし、カイはそれで納得するでしょうか」

「無理でしょう。彼はグランディアで同年代の人間と戦い、そして開花した力で圧勝したとありますが、その後、熟練の『冒険者』や『異界調査団』との戦いに敗れています。つまり自分に足りないのは時間と経験。それさえ学べれば、学園にいる意味はないと考えているのでしょう」


 なんとも面倒な。だがここで切り捨てるって考えは、少なくとも理事長にはないのだろうし……原因の一端は俺にもあるんだろうし。

 けれども、なんとなくカイに徹底的な敗北を味あわせつつ、学園で学ぶことの意義を教え込む方法が、おぼろげだが見えてきた気がした。


「同年代に徹底的に負けて、更に今アイツに声をかけているプロのスカウトの目を逸らさせてやれば良いんですよね」

「ええ。そもそも、スカウトの件も本来であれば我が学園の生徒へ行う事は禁じています。少々きな臭いとも感じていましたが……今は捨て置きます。して、どうしようかと考えているのですよ」


 そう言いながら、理事長は少し意味ありげに目を細め、こちらを見る。

 カイの動向は、恐らく学園の成り立ち、即ち財界や政界、有力者の今後の動きにも関わる事だから、可能ならばどんな手段を使ってでも学園に留めておきたい、そう言うのだろう。

 だからその裏の注目をカイから引き離したいと。俺でもカイでもない、注目されたところで問題のない、同年代の人間に集めてしまいたい、そう言っているのだろう。


「きっと、俺じゃあ本調子でもカイの心を折るような勝利は出来ないでしょうね。けど理事長はそういう敗北を大勢の前で見せつけ、注目を反らせたい、そう考えてるんですよね」

「ええ。ふふ、中々私の考えが分かって来たではありませんか」

「……短期間で、カイを完敗させる程の成長をするつもりなのかね、君は」

「いくらササハラ君でもそれは……難しいだろう」

「ですねぇ。それに俺、これ以上目立ちたくないんで勘弁ですわ」


 ここまで言って、イクシアさんはようやく気が付いたようだ。

 ハッとした顔をし、そして――


「理事長さん、それはもしかして『あの子』に……あの子に出てもらうと?」

「ふふ、そうなりますね。同年代で、恐らく最強。そしてどんな注目を浴びようとも誰も手出し出来ない、秋宮に連なる最高クラスの戦力。『彼女』にカイと戦ってもらいましょう」


 やっぱりな! どうせそんな事考えているんだろうと思っていましたよ!

 どこかでお披露目したいと考えていたのは知っている。そしてカイという、ある意味この学園の弱みを生み出しかねない生徒に各方面が注目している中で、そのお披露目の機会をうかがっていた……『ユキ』をぶつけようと思っているのだろう。

 ある意味、学園に弱みを見せてしまうかもしれないピンチ。しかしそれすら自分の理になるように動きを詰めていくこの理事長。もう俺この人恐いわ。


「『彼女』というのは一体……」

「あー……今の俺の五倍以上は確実に強い、同い年の女の子がいるんですよ」

「ええ。今月の中頃に他校との交流会があります。そこで都内の学園のバトラーサークルの大会、その優勝校とのエキシビションが行われます。そこで彼には私の個人的な護衛『ユキ』と戦って貰い、彼にはそこで頭を冷やしてもらいます。そして同時に……周囲の目をユキに向けさせましょう。恐らく秋宮への不信は強まりますが、学園の弱みは晒さずにすみます」

「まぁカイの強さを周囲に誤認させる程度にはユキは強いですからね。たぶん最善手だとは思いますよ。それに……今回は無報酬で動くと思いますよ、彼女」


 これが、きっと俺が責任を取る唯一の方法なのだろう。

 衆目に晒されるのは本当に勘弁なのだが、別人だからと割り切れば……。


「ユキ……あの人か!」

「知っているのかミコト」

「話をしただけですが……そこまで、強いのか……ササハラ君は彼女を知っているのか」

「ええ、まぁ。……直接戦った事はないですが、少なくとも俺じゃ手も足も出ませんよ」


 だってリミッター無しだし。今の俺って市販の抑制バングル一六五個装着してるのと変わらないし。そりゃあ勝てませんよ。

 ……確かにバングルで換算すると、最近の俺の成長の伸び、少しおかしいかもだな。

 高校時代は三つバングルつけてショウスケと同じくらいだったのに。


「彼がこのまま退学する事は出来ないように手筈は整えておきます。それに、今の彼ならば強い人間、自分と同年代の強い人間には興味もあるでしょう。対決の手筈はこちらで整えておきますので、蒼治郎さんは対決後のカイ君のケアを任せます。彼は、良くも悪くも素直な子です。きっと……頭を冷やせば分かってくれるでしょう」

「……そうだと良いのですが。分かりました。ではそのユキさんと理事長、秋宮殿にお任せします。この度は我が門下生がご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」


 一先ず方向性は決まった、という事だろうか。

 一之瀬親子が退室したところで、再び話が始まる。


「処罰を与えた上で更にこのような依頼をする。厚顔無恥ではありますが、お願いします」

「……カイが退学になれば、他のSクラスの生徒の親、面倒な人間が付け入るスキを与えかねないって事なんですよね?」

「そうなります。……ええ、私はそのカイという生徒の事だけを思って動いている訳ではありません。この学園を守る為に動いています。不満ですか、ユウキ君」

「いいえ。俺だって個人的にはカイがどう生きようが勝手だと思ってますから。まぁちょっと腹立たしいのでお灸据えたいな、とは思ってたので、利害は一致してますよね」

「ええ。しかし……グランディアでの覚醒に急なスカウトですか……少々向こうもきな臭くなってきましたね。来年度からはあちらでの実務研修もありますし、少し調べてみる必要もあるでしょう。そういう意味では、カイ君程の戦力をここで失いたくもありません。ユウキ君、なんとかカイ君を学園に留まるよう、それとなく戦いの中で諭してみてください」

「結構無理難題言いますね? 俺だって一八のガキですよ?」

「ふふ、そうでしたね。……それでも、お願いします」


 その信頼に、応えようと思う。今度こそ、応えようと思う。

 なんだかんだで、俺は今のSSクラスの人間みんなと、揃って学園生活を送りたいのだから。


「ユウキ、またあの姿になるのですね? ふふ……あの姿も中々新鮮で好ましいです。今度一緒にあの姿でお買い物もしましょう」

「そうですね、ユキとしての動きに慣れる為にも定期的にあの姿で動いた方が良いでしょう」

「お断りします」


 やだよ、誰が好き好んで女装なんてするか。

 そうして俺は、夏休み延長からの羞恥プレイを約束させられたのだった。








「彼がユウキ君か。一見すると線の細い、少年のような人物だったが」

「父様。彼を外見で判断しないで頂きたい。彼は……本物の武人です。それは先程のやり取りからも分かってもらえたでしょう」

「……うむ。心根の奥に義を感じた。だが――私には、彼の保護者だというイクシア殿の方から、底知れない物を感じた。なるほど、実に面白い学園だな。それに件のユキという人物も、是非その戦いを見てみたいものだ。まったく……カイめ、つくづく愚かな男だ」

「……彼は焦っていたんだと思います。きっと……」

「で、あろうな。ユウキ君といい、昨年度のアマチュアバトラーの優勝者であるカナメ君といい、優秀過ぎる生徒が集まり過ぎているのだ。私の方針で表舞台に立つ事がなかったカイには、少々眩しすぎたのだろうな……これも私の指導不足よ」

「……大丈夫です。きっと、うまくまとまると思います。カイだってきっと……」


(´・ω・`)これにて四章は終わりです

次回更新は、前作の方の書籍化作業の影響で、四月中には出来ないかもしれません。

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