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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
四章

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第四十八話

(´・ω・`)本日三話目の更新です

「調整完了。やっぱり貴方、実戦経験を積んだ時の能力の上がり方が他の人間とは比べ物にならないわ。今のテストの結果からいったら……今日からリミットのレベルは五〇〇。前回と同じく一一〇レベルの引き上げになるわね。……ユウキ君、こんな事言いたくはないのだけど……最近の成長速度、学園に入学する前よりも遥かに早くなっているわ。これは少し異常よ」

「でも、自分ではどうにも出来ないんですよね……今回のリミット引き上げで、とりあえず今までと同じように戦えるんですよね?」

「……そうね。ただ身体への負荷が上がっているから、慣れるまで二、三日は本調子で動けないわ。それに、肉体そのものは人間。日常生活で強化を使っていない状態だと、慣れるまでふらつくこともあると思うわ。……といっても、貴方はすぐに適応しちゃうのだけど」


 ニシダ主任の定期的な実験兼、こちらの身体検査を無事に終える。

 この研究所に通うのもすっかり慣れたもので、今では案内板やら廊下のラインを辿ることなく、主任の研究室まで向かう事が出来るようになった。

 そうして、再び学園へと戻る道すがら、俺は昨日一之瀬さんからかかってきた電話の内容を思い出していた。




『ササハラ君、突然連絡をしてすまないが、今こちらに戻ってきているだろうか?』

『うん、学園の裏山の家に戻ってきているけど』

『すまない、電話で言うような事ではないので、明日、お邪魔しても良いだろうか。私も寮に戻ってきているので、もしよければ迎えに来てもらえないだろうか』

『了解。明日はちょっと用事があるから、午後の二時頃からでいいかな』

『分かった。では……学園の食堂で待っている』




 たぶん、俺がユキとして聞いた話の事だろう。……現状、カイに勝てるクラスメイトは前期までなら俺と一之瀬さん、そしてカナメだけだ。そして勝率で言えば……俺。

 もしもカイを負かし、話を聞かせるとなれば、選ばれるのは俺だろうと思っていた。

 だが、今になってもまだ信じられないのだ。あのカイだぞ? お人よしで空気の読めない、真面目くんとしか言えないあのカイが……一之瀬さんを負かし、学園を辞める?

 さすがにちょっと信じられないのだ。

 そうして学園に戻った俺は、夏季休暇終盤、生徒達が戻って来ているからと営業を再開している食堂へと向かうのだった。




「……ふわふわ卵とあまーいトマトの夏野菜カレー……今日の日替わりメニュー、随分と字面が可愛くておいしそうだな……」


 久しぶりに食堂の日替わりメニューを確認し、一之瀬さんを探す。

 新学期前だというのに、やはりそれなりに人の数も多く、食堂内にカレーの匂いが漂っていることから、皆ここで今日のメニューを食べていたのだろう。

 そうして周囲を探してみると、隅っこの方に一之瀬さんが一人で座っているのを見つけた。


「お待たせ一之瀬さん。ごめん、少し遅れたかな」

「ササハラ君。すまない、こちらこそ突然。その……あまり人に聞かれたくない話なんだ。少し、場所を移動したいのだが……」

「了解。じゃあ俺の家に行こうか。ここからそんなに遠くないから」

「分かった。ふふ、級友の家に行くのは初めてだ。なんだか少し緊張するな」


 そう言いながら少しはにかむ彼女からは、どことなくいつもの覇気を感じ取れなかった。

 やっぱり、気落ちしているんだろうな。……そりゃあ、カイがここに入学するから、彼女もここに入学する事を決めた……という訳でもないだろうが、理由の一つではあったのだろうし。

 そうして、我が家へと彼女を案内する。あれ? そういえばこれでうちに来たクラスメイト、女子はこれでコンプリートなのではないだろうか。

 ……次回、男子生徒編(アラリエル除く)スタートです。とか言ってみたり。


「そういえば、私はこちら側には来た事がなかったな。裏にある町にも足を運んだことがない」

「大きなスーパーとかもあるし、生活に必要な物もなんでも売ってるから、寮暮らしでも便利だと思うよ。今度行ってみると良いよ」

「なるほど……たしかに学園内のコンビニは売り切れも起きやすいし割高だからな。今度からそうしよう」


 一応、今日友達が来る、ということはイクシアさんに伝えてある。

 家の扉を開けると、案の定良い香りが漂っていた。きっと何かを作っているのだろう。


「上がって、一之瀬さん」

「あ、ああ。良い匂いがするな、イクシアさんも御在宅であったか」

「話しにくいみたいなら……二階の空き部屋に行こうか?」


 本当に空き部屋しかないです。一階しか使ってないんですよね。二階は主にイクシアさんの研究用機材を置く、物置として使われているのだ。


「いや、構わない。リビングで問題ないよ」

「ん、了解。……イクシアさんただいまー」

「あらおかえりなさい。なるほど、一之瀬さんでしたか? 今日来る友人というのは貴女だったのですね。お久しぶりです」

「こんにちは、お邪魔しています。その節はお世話になりました」


 あの合同合宿で顔を合わせて以来となる二人。あの占拠事件の際にも一緒だったからか、少しだけ親しくなっているようだった。


「それで……早速なのだが、話を聞いてもらいたい。概要は昨日電話で少し話したと思うが……カイの事についてなんだ」


 一之瀬さんは、昨日俺がユキとして聞いた話を語ってくれた。

 カイは、グランディアで修行の為、ある国を訪れていたという。一之瀬さんのお父さんのコネで、闘技場のような場所で戦いにあけくれていたというが、そこでカイは――


「初めてグランディアを訪れた際、身体が変質する事があるのは知っているだろうか? カイはそこで、肉体……いや、存在の強度と言えばいいだろうか、その上限が大幅に上がった、つまり普通の人間の限界を超える事が可能になったらしい」

「んー、上限が上がったからっていきなりその上限まで上がるかな?」

「……それは、カイが召喚実験で呼び出した剣に起因する」


 カイの剣? いたって普通の、性能の良い剣って印象しかないのだが。

 けど、考えてみれば……アイツ、受験の時に一度、あの剣を手にした瞬間、急に動きが良くなったような気もする。


「あれは、持ち主の技量を覚えている剣だと当時カイは言っていた。だが、カイはその力を自由に引き出す事は出来なかった。仮に引き出せても、カイの身体ではそれを十分に発揮できなかったはずだ。私達地球の人間は、グランディアの、その神話時代の英雄達とはそもそも身体の作りが違う」

「……なるほど。つまり今のカイの身体は、剣が記憶している技量を十二分に発揮出来るポテンシャルを秘めている、と」

「そうだ。つまり……神話時代の剣士の力をカイは自由に引き出せるようになった。元来、アイツは私以上の天才だ。それがグランディアで命のやり取りを繰り返して鍛えてきたんだ……神話の力を抜きにしても、相当実力を上げている。だが……」

「まぁ自由に使えるなら乱用もするし、リスクなしなら使わない手はないか。んー……そりゃもう全能感が凄いだろうな。もう地球じゃ最強クラスになったようなものだし」

「だがそれは、これまでの努力も信頼も義理も全て切り捨ててまで頼る程の物なのか。強ければそれでいいと、何もかも捨てて、好き勝手に生きて良い事になるのか!?」


 個人的には『そうだよ』と言っても良いかも、と思う。

 もしも、もしもだ。俺の力が誰にも、たとえどんな権力にも国にも兵器にも負けない程の、理不尽なまでの『最強』の物だったとしたら……好き勝手生きていたかもしれないんだ。

 でも人はそんな絶対的な存在になんてなれない。誰かに守られ、支え合い、時には利用し、利用され生きているんだって知っている。

 だから……カイはきっとそこまでの強さなんて手に入れていないはずなんだ。

 じゃなきゃ、一之瀬さんに『俺に勝ったら話を聞く』なんてチャンスを与えるはずがない。


「……きっと、止めて欲しいんだよ。誰かに今の自分を打ち倒して欲しいんじゃないかな。このままもし、誰もアイツを止められなかったら、それこそ『今までの全てが無駄になる』」

「そう……だろうか。しかし私はアイツを……」

「俺がいるさ。アイツは元々俺に負け越してるんだ、きっと俺とも戦ってくれる。そして――お前程度が学園やめて自由に生きるなんて一〇〇年早いって言ってやるさ」


 まぁ、正直今のリミッター状態で勝てるか不安ではあるんだけど。

 一之瀬さんの心をここまで折るくらい強いってヤバくね? もし負けたらマジでごめん。


「すみません、少しお話が聞こえてしまいました。そのカイさんという方が呼び出した剣というのは、どういった物なんでしょう?」

「あ、すみません。こんなお話を聞かせてしまい……」

「いいえ、良いのです。子供というのは悩み、そして友達に相談して自らの足で困難に立ち向かう事も時には必要です。ユウキ、お友達の事、ちゃんと見ているんですよ」

「そ、そりゃもう……イクシアさんいるのすっかり忘れてた……」


 いやまぁ、イクシアさんが変な茶々を入れるとは思っていないけれど。


「して、剣の話でしたか。実は少々曰く付きの剣なんです。グランディア所縁の品が召喚された場合、それはあちらの政府に報告をする義務があるのですが、どうやらカイの呼び出した剣は少々、あちらの国にとって由緒正しい品で、引き渡しを要請されていたのです。ですが、カイはそれを拒み、自分の死後返還すると約束し、所持を許されているのです」


 まぁ、そりゃそうか。地球で言うなら『国宝勝手に持ち出しちゃったけど俺の呼んだ物だから俺の物』って言い張るようなものだからな。しっかり報告する義務はあるか。

 ……もしかして召喚実験って、結構危ない橋を渡る行為なのだろうか? 政治的に。


「神話に登場する魔剣『かもしれない』と言われている剣で、銘を『紫蒼剣“極彩”』と言います。一般的な片手半剣ですが、刀身が深い青色で、時折紫の光を放つという、美術的価値も高い一振りですね。効果は先程聞かれていたかもしれませんが、歴代の所持者の技量を受け継ぐ効果を持ちます。もしも十全に力を引き出せたのなら……最強格の一振りでしょう」


 うーわ、なんかそう言われるとますます羨ましくなってくるな。そんな主人公チックな剣を呼び出すなんてお前もう、ほんとアレだよ、もうアレ。選ばれし者感バリバリ。


「……そうですか。ちなみに文字であらわすとどうなります?」

「ええと……ササハラ君、スマ端のメモ機能はどこだ……」

「はは、ここだよここ」


 機械に弱い。エルフのイクシアさんよりも弱い。そして思いのほかイクシアさんが剣に食いついた。

 仮に神話時代の剣なら、もしかしたらイクシアさんも知っているかもしれないな。


「紫蒼剣“極彩”ですか。……ありがとうございます、参考になりました」

「は、はぁ……ササハラ君、では……近いうち、彼と戦ってみて欲しい。君なら今のカイに勝てるかもしれない。……もう、今のカイには私の声は届かない、どうか、彼の事を頼む」

「ん、分かった。なるべく早い方がいいね。そんなに増長してるなら、私生活でも何をするか分からないし。……まぁ、一度変わったカイをこの目で確認したくもあるけど。アイツが寮に戻る日が分かったら教えてよ」

「ああ、それなら明日だ。明日、寮の荷物を回収して引き払うつもりだそうだ。恐らく近くに部屋でも借りるのだろう。寮にいては出席を強制されるかもしれないからな」

「マジでか。もう完全にサボる気まんまんじゃんアイツ。一之瀬さんの親父さんは何か言ってないの?」

「父上は自責の念からか、直接カイに口出しはしないと決めたようだ。単に自分の指導が至らなかったからだ、と」


 ううむ……想像だけど、きっと一之瀬さんの親父さんは、絵に描いたような侍っぽい人なんじゃないだろうか。本当勝手なイメージだけど。


「今日は突然お邪魔してすみませんでした、イクシアさん、ササハラ君。私は寮の掃除や荷物の整理があるので今日はこれで失礼します」

「あ、分かった。俺も明日、学園でそれとなくカイの様子を見てみるよ。もし戦えそうなら……その日のうちに決める」

「……分かった。すまない、こう言ってしまっては君のプレッシャーになってしまうかもしれないが……頼りにしている。そして、不甲斐ない私を許して欲しい」

「ううん、気にしないで。そして任せてよ。一之瀬さんは俺の憧れだったんだ。そんな一之瀬さんから頼まれたんだ、悪い気はしないよ」


 実際、同じ刀を使う者同士、尊敬もしているし、初めて受験で戦う姿を見たその時から、一種の憧れも抱いていた。

 今思えば、俺が『嫌われたくない』『悪く思われたくない』『友人と認めて欲しい』と彼女に対して思っていたのは……その憧れが起因していたのだろう。


「ふ、そうか。私が憧れか。光栄だ。私こそ――君を好ましく思っているよ」

「はは、そっか。じゃあ気を付けて帰って、そろそろ暗くなるころだから」

「分かった。では、また今度だ、ササハラ君」


 ……もしも俺が、この世界に迷い込んだわけじゃなく、普通に暮らしていてある日突然今の力を手に入れていたら……どうなっていたのだろうか。

 カイと同じように、傲慢に、好き勝手に振舞うようになっていたのだろうか。

 あり得るな、十分ありえる。それでそのうち、秋宮財閥に目を付けられて悲惨な末路に……おおこわい、俺は絶対にそうならないからな。


「ところでイクシアさん、さっきカイの呼び出した剣を気にしていましたね」

「ええ。私の生きていた時代から今に至るまで、グランディアで使われている言語は日本語が八割、残りは英語、ドイツ語、フランス語がちらほら……となっているのは知っていたのですが、その当時、漢字こそ違いますが、似たような名前の剣を……知っていましたので、もしかしたら、と思い聞いてみました。全く違う漢字でしたけどね」

「へー。考えてみたら、地球と共通の言語っていうのも不思議ですよね。やっぱり関係があるのかな……」

「こればかりは私にも見当がつきませんね……それにしても残念です、晩御飯も一緒に頂こうと思っていたのですが」

「はは、一之瀬さん真面目だから、もしかしたら遠慮する為に理由を作ったのかもですね」


 凄く生真面目な人だからな。まぁだからこそ、今のカイに憤りを感じているのだろうけれど。

 そうして、夕食を取り終えた俺は、もしかしたら明日見かけるかもしれない友人の変貌した姿に、不安と一抹の期待を抱きながら眠りについたのであった。






 やってまいりました、バトラーサークルの練習場として使われているフィールド。

 もしかしたらカイを目撃出来るのでは、と思い観客席から見ていると、一之瀬さんがやってきた。しかも、セリアさんも一緒ではないか。


「や、二人も来たんだ。まだカイは来ていないみたいだけど」

「うーん、話は聞いたんだけど、私もイマイチ信じられないんだよね」

「うむ……とりあえず私はこっそり様子を窺うつもりだから、少し身を低くする」

「はは……俺も少し目立たないようにするかな」


 そうしてフィールドを眺めていると、俺達が日頃使っているのとは違うコンバットスーツに着替えているサークルメンバーが、それぞれ組手を始めていた。

 一応、ユニフォーム? みたいな物らしい。


「あ、カイだ。二人とも、カイ来たよカイ」


 訓練場に、私服姿のカイがやって来た。ああ、なるほど。少なくとも外見は変わっている。ショウスケと同様、髪の色が変化している。いやまぁ、それだけ聞くと『夏休み中にチャラ男デビューしちゃいました。ブリーチめっちゃ使いました』とも取られかねないけど。


「金髪なのがまたそれっぽいというか……よかった、これで日焼けしてたらマジで俺、夏の海でナンパする為にイメチェンしました、とかと勘違いするとこだったよ」

「……ササハラ君、私は真面目に言っていたんだぞ? あれは、グランディアの魔力の影響で変化したものだ。これまでカイは、魔法はあまり得意ではなかったのだが……」

「へー……あれってたぶん光と雷の影響だよね? 離れていてもなんとなく分かるくらい影響受けてるみたい」


 マジでか。分かる物なのか。そういえばセリアさんって結構高位の魔術師? 魔導師? とか言っていたな。

 ともかく、どう変わったのか、観客席で身を低くしつつ、耳を澄ませてみる。




『……分かった。俺達にとやかく言う権利はない。君が脱退すると言うのなら止めないよ』

『ありがとうございます。では、これで――』

『ちょっと待てよ! お前が中期のエキシビション選抜に出たいって言うから、先輩が譲ったんだよなぁ!? なのにそれも途中で辞めるってどういうことだよ!』

『……シュヴァ学が強すぎるって理由で、都内の大会に出られない。けれどエキシビションで優勝校と戦う。おかしいと思いませんか。忖度? いいやただの茶番です。俺、気が付いたんです。そんな事の為に安全なルールに守られたまま訓練するなんて馬鹿らしいって』

『な!?』

『俺、もうプロからスカウトが来ているんですよ。本格的にそっちで訓練します。だからもう――貴方達とはステージが違うんですよ。申し訳ありません』




 う、うーん……おかしいとも言えるし、まっとうな対応とも取れる。

 ほら、あれだよ、まっとうな『イキり』というかなんというか。

 おかしくなったと言われても、どこまでもまっすぐにおかしくなりますね君。

 ただ……まぁ腹立たしいというべきか、あんまりな物言いだなとは思う。




『そもそも……強くなるのに実戦以外の経験なんて必要ないって気が付かないんですか皆さん。将来戦いの道に進むのなら、伸び盛りである今のうちに戦う方が良い。学園で学ぶなんて愚か過ぎですよ。本当、俺は無駄な時間を費やしましたよ』




「なるほどな。確かにこりゃおかしいわ。さすがにそれ言っちゃうと全力で学園生活送ろうとしてる人間全員を敵に回すな。丁度良い、折角訓練所なんだ。デバイスも持ってきているし、ちょっと分からせてくる」


 否定部分に俺も含まれているのなら、それは俺を馬鹿にしたのと同義だよ。

 冗談ならまだ良い。でもマジな話でそう言うなら、こっちもマジになって対応する事になる。


「……ササハラ君、まかせた。だが……無理はしないでくれ。少なくとも今のカイは……君より強いかもしれないんだ」

「……ユウキ、カイの目を覚まさせて。私達と過ごした時間も無駄なんだって言ってるんだもん。ちょっとカチンときた」

「……もし負けたらごめん。予防線張るみたいだけど、ちょっと昨日から本調子じゃないから。ただ、もし負けても次で取り返す。敗北はないとは言えないけど、俺に連敗はないから」


 これは俺のポリシー。今だって昔だって、現実だってゲームだって、負けたら絶対に勝つ。それだけは絶対に曲げずに生きてきたんだ。ショウスケにだってそうだ。連敗だけは許さなかった。

 身体強化を発動する。新しいリミットを設けてからここの敷地内で強化をするのは初めてだが、やはりいつもより身体が重いし、思考と動きに若干のラグを感じる。

 古い液晶テレビで格ゲーやる時みたいな、そんなフレームの遅れを肉体に感じるのだ。

 だがそれでも――俺は観客席から飛び出し、フィールドに着地する。


「よーし話は聞かせて貰った! とりあえずお前イキり過ぎ。ちょっと強くなった程度で変わり過ぎでしょ。学園生活エンジョイ勢の俺とまず戦ってみろよ」

「……ユウキ。そうか、ミコトから話を聞いて来たんだな? 悪いがたとえユウキ相手でも、もう俺は負けない。もし負けたとしたらそれは、ユウキもまた、ここでもう学ぶ事がないって事だよ。お前も、俺も、強くなり過ぎたんだ」

「あーはいはい。今までまともに勝ててないから拗らせちゃったんですね? 上には上がいくらでもいる。自分が少し大きな力を手に入れたからって、そこに至るまでの道程を否定すんじゃねぇよ」


 煽る煽る。お前は今この瞬間だけは俺の敵。なので盛大に煽らせてもらう。


「本当に考え抜いて学園を辞めてプロに行くなら、止めはしないさ。むしろ勇気ある決断だ、応援だってする。だが……聞いた話と今の言動を見ていたら、そうは思えないんだよ。悪いが一度、本気で叩き潰させてもらう」

「……やってみろよ。ユウキ、お前は強いよ、きっとまだまだ強くなる。だが――それは実戦にもまれた場合の話だ。学園でその力を燻らせるのは間違いだ}


 イライラが募る。お前は俺の何を知ってるってんだよ。俺もお前の気持ちなんて知らないが、少なくともこっちは、既に――


「もういいや。カイ、武器を出してフィールドへ。ここ、普通のプロテクターありきの変換術式がないフィールドでしょ。今日はプロテクターなんていらない。ヘタすりゃ死ぬ状況でもいいよな。お前は実戦が大好きなんだもんな。すんません先輩方、ちょっとフィールドから出てください」

「ああ、分かった。ユウキ……後悔するなよ」


 カイが、自身の召喚した剣を取り出し、構える。

 いつもと違う。剣から何か威圧感が出ているように錯覚する。

 髪の色も、まるでそれに呼応するかのように淡く光る。

 フィールドの互いのスペースに移動するも、その威圧感はここまで届き、そして――


「ユウキ、俺が勝ったら、この先も俺の訓練相手になってもらう」

「じゃあ俺が勝ったら……そうだな、もう一度考えろ。俺に負けた程度で、本当に学園での生活に意味がないって決めつけられるのかを」

「わかった」


 デバイスを腰に装着し、抜刀の構えを取る。どれくらい強いんだ、カイ。

 本当に神話時代の技術を、お前の考え方を歪める程の力を手に入れたのなら……。


「開始の合図を頼みます、部長さん」


 そして、酷く観客の少ない、けれども恐らく――死闘となるであろう戦いが幕を開けた。


「――左ィ!!」


 試合開始の瞬間、消えたカイを追うように向かって左のフィールドを埋め尽くすように、風の刃を放ち、上空に跳ぶ。

 消えやがった。消える前の予備動作を見逃していたら、移動方向を読む事すら出来なかった。

 速度はたぶん俺と同等。いや、俺以上かもしれない。……今の俺の。


「“風絶”」

「な!?」


 上空から対地技として、ランダムに地面をえぐり取るような真空の斬撃空間を無数に生み出し、カイの進路をある程度絞らせる。

 そして着地を狙われるのを防ぎつつ、カイの出方を探る。


「ほらどうした。まだ始まったばかりだ」

「……やるな、ユウキ」


 足を止め、再び対峙する。これは見せ技。アイツは俺の手札を知らない。

 この技の特性をもしも正確に理解したなら、不用意に距離を離す事はしなくなる。

 思考への介入。選択肢を減らす。対人の基本だ、基本。

 密かにほくそ笑むと、今度はカイが真っ直ぐこちらに、猛烈な速度で駆けてくる。

 防ごうとこちらも剣を振り下ろす、すると信じられない事に――


「っ!? クソ!」

「……純粋な剣の扱いで俺に勝てるかよ」


 ぶつかり合う瞬間、カイの刀身が捻られるように回転し、こちらの刃を完全に弾き、そのまま俺の身体へとカイの剣がせまる。

 嘘だろ、なんつー動体視力と技量だよ。……それがお前の手に入れた力の一端かよ。

 かろうじて避けるも、微かに右二の腕を掠め、服が切り裂かれ、肌へと至る。


「すげえな、地道に努力した技が報われたな?」

「っ! ああ、だがそれもこの力あっての事だ!」


 そして再び激突。そして何度も剣をぶつけあっているうちに、ある事に気が付いた。


「お前、なんで俺と剣ぶつけ合うような攻め方してんの? ……お前はまだまだ甘ちゃんなんだよ」


 そして俺は……殺す為の戦い方に、シフトチェンジするのだった。


 剣を避ける。ひたすらに身体を傷つける為に突きを主体とした攻めに切り替える。

 喉を、足を、今の俺に出来る最高の攻撃で、ひたすらその身を傷つける。

 なぁ、実戦ってなんだよ。術式に守られてなきゃ実戦なのかよ。

 違うだろ? なぁ。お前、ミカちゃんとこの研究室通ってなかったよな。

 たったそれだけの差で、ここまでお前は押し込まれているんだぞ。

 きっと一之瀬さんは、カイに向かってこういう攻撃は出来なかったんだろう。

 そりゃそうだ。間違いなくカイに惚れてるんだもんな、無理に決まってるよな。

 でも――


「俺は出来る、お前が学ぶことはまだまだあるんだよ!」

「黙れ! もう俺も――学んだ!」


 その瞬間、カイの剣が正確にこちらの顔へと伸びる。

 人体への、急所への容赦のない攻撃。だが、やはりまだ迷いがあるのか、カイのその攻撃はどこか精彩を欠いているように思えた。

 切っ先が見える。俺の意識はその攻撃を避けられると判断した。

 だが――あー……やっぱもう二、三日は戦うの、遅らせた方よかったかね。

 深く頬を切り裂く攻撃に、猛烈な痛みと熱を感じながら、俺の身体が大きく後ろに弾き飛ばされたのだった。


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