第四十七話
(´・ω・`)本日二話目の更新です
『今日は久しぶりの生配信となります。引き続きBBは不在ではありますが、精いっぱい務めさせていただきますね』
『今日は夏野菜がテーマだよ! そして見ておくれマザー、実はさっき凄く美味しそうなトマトを貰っちゃったんだ! これ、そのまま食べても甘いから、あまり火を通さない料理にしようよ!』
『まぁ! とても大きくて真っ赤! なかなかお店では見られませんね。では、今日のメニューはガスパチョにしましょうか。素麺のつけダレとしてアレンジする事も出来ますし、今の季節にはピッタリだと思いますよ』
『じゃあ改めまして……BBクッキング始まるよー』
「トマト料理ですか! 丁度良いですね……ふむ……キュウリと玉ねぎ……ナスにバジル……玉ねぎ以外は家にありますね……」
そうだ、町の皆さんにお土産を渡すついでに少しお野菜をお裾分けしましょう。帰りに買い物をすれば……。
生放送を見逃すのは少しもったいないですが、私は早速皆さんが集まっているカフェへと向かうのでした。
『ジェン先生、そしてミカミ先生。では先程伝えたように、今からある人間と戦って貰います。私の個人的な護衛を務める人間ですが、全力で迎え撃ってください。倒した場合、何か一つ、職務上の願いを叶えましょう』
「リョウカさん、それって給料アップのお願いとかでも良いんですか!?」
『……ええ』
「ふむ……理事長、ならば来年度から私の研究室が優先的に各フィールドを使えるようにも出来るだろうか」
『そうですね、ダブルブッキングした際は優先しましょう。ただ……勝てたら、の話です』
なんか煽っていらっしゃる。いやぁ……あの二人ってたぶん、俺がこれまで戦って来た人間の中でも上位に入ると思うんですよね。というかロウヒ選手抜かしたら最強なのでは。
控室の姿見で、改めて自分の姿を確認する。
簡易的な、学園指定の物と同じコンバットスーツを着た女生徒にしか見えない。
思わず触ってみても、普通にこう……胸だ。すげぇ、技術の進歩ってすげぇ。
ただクール美人風な今の顔がだらしなく緩んだのはちょっと頂けない。無表情を心掛けないと。
「あ、あー……本日は晴天なり……あいうえお」
声も、出来るだけ平坦に。髪はまぁこのままでいいか。
そして使用武器は……あの大剣じゃダーインスレイヴのまんま過ぎるから却下。一応正体不明って形なのだし、今回は備え付けの片手剣でいいか。
おお久しぶりの秋宮ブレードモデル! ちょっと型は新しいな、前使ってたのより。
『制限時間は三〇分。戦闘不能に陥るか、フィールド上から出されたら負けです。今回は特殊なフィールドが展開されていますので――何があっても死にはしません。全力で事にあたってください』
控室を出てフィールドへ向かう。既に臨戦態勢に入っている二人の視線がこちらを射抜く。
「――と、言う訳です。こちらも殺す気に向かいます。全力で向かってきてください」
「ふむ……うちの生徒ではないが、同世代か。分かった、全力で殺しにかかろう」
「女生徒じゃないのか? ふむ……分かった、リョウカさんの秘蔵っ子ならこっちも本気で――」
全力強化の踏み込み、障害物も何もない、まるでドッジボールコートのようなフィールドを駆け抜け、一瞬で距離をゼロにする。
袈裟斬り、間髪入れず無手の方で身体を掴まえにかかるも、二人は一瞬で距離を離し、すかさずミカちゃんが棒型デバイスを突き出してくる。
「いらないと?」
「な!」
掴み取り、奪い取る。純粋な腕力で今の俺に勝てるはずがない。
身体ごと引き寄せるつもりが、途中でミカちゃんがデバイスを手放し、難を逃れる。
そして奪ったデバイスをすぐさまジェン先生に投てきし、防がせる。
「ぐ……」
一瞬で回り込み、ガードに気を取られている隙を突き、剣を突き出す。
けれど、驚異的な反射神経なのか、剣が触れた瞬間、まるで玉突きのように遠くへと逃れてしまう。
……すげえ。ジェン先生早い。ミカちゃん先生は……たぶんこうして向かい合っての試合には向いていないのだろう。正直、そこまで驚異じゃない。
「なんだこいつ……ミカミ、後方支援に徹しろ。私がやる」
「……ジェン先生、その子の腕力は君以上だ。掴まれたら終わりだ」
「マジでか……アタシドラゴニアだぞ……?」
フォーメーションを組み始めたか。こりゃ一筋縄じゃいかない――なんてことはない。
既に、相手の行動にある種の強制力を働かせている。もしもその通りに動こうとしたら……そこで試合終了だ。
「……お強いですね、二人とも」
「君もな。攻撃によどみがない。恐らく相当数……人間を殺して来た者の強さだ」
「は!? まだこんな子供だぞ!?」
「年齢は関係ないさ。彼女からは私と同じ匂いを感じる。殺しを仕事と割り切る人間の匂いだ」
ミカちゃん正解。というか、やっぱミカちゃんも……裏稼業みたいな事してるんですか。
いやなんか、薄々普通じゃないとは思っていたけれどさ。サイコパス入ってるし。
再び、ジェン先生に向かい、全力の踏み込みで接近する。
そして剣を腰だめに構え、そのまま――先程ジェン先生が防いだ棒型デバイスが落ちている場所へと向けて投げつける。
それは当然、回収に向かおうとしていたミカちゃん先生へと向かい、防ごうとしてそのまま腕を使えなくしてしまう。
「な!」
「素直過ぎです。武装の回収を優先すると思っていました」
「……本来ならば両腕と共に身体も切り裂かれていただろう。あの腕力だ、防ごうとしたのは間違いだったか」
ミカちゃんはそのまま戦闘不能扱いとなり、フィールドに座り込んでしまう。
そうか、ダメージが体力の消失に繋がるのか、ここでも。
けど……なるほど、これってトップのバトラー達が使うあれだ。
ダメージが五感の消失へと至るフィールドか。なるほど……。
「ぼうっとしてんな!」
「……っと」
ジェン先生が一瞬だけミカちゃんの方向を向いたから気を抜いていた。
いつの間にか真横に迫っていたジェン先生の拳を躱すと、その風圧で顔がもっていかれそうになる。
うわ、あっちも一撃でこっち倒せそうなんだけど。
バックステップで避けたこちらに合わせるように、着地の隙を狙った震脚、地面を強く踏みつける衝撃が、こちらの足元を大きく揺らす。
本当に出来るのか、そんな事が。小規模な地震のような衝撃に、着地したこちらの足がふらつく。
そしてその隙を先生が見逃すはずもなく――
「こうですか」
強引に、同じことをする。
その瞬間フィールドに巨大なクレーターが生まれ、近づいてきたジェン先生が巻き込まれる。
そして俺だって……そんな隙を見逃しはしなかった。
腹部にこちらの拳が強くめり込み、ジェン先生の意識を奪い取る。
『試合終了。医療班は二人の回収、治療を。かなり体力も魔力も消耗しています。高濃度のエリキシルポーションを与えてください』
たぶん、ある程度は手心を加えてしまったのだと思うけれど、かなり粘られた。
やっぱり知り合い相手に全力を出すのは、まだ少し苦手なんだと思うけれど……こういうのも克服しないといけないんだろうな。
控室に戻り、コンバットスーツを脱ぐ。なんでこんなにリアルに作る必要があるんですか! 昨今エロ動画なんて珍しくない時代ですよ? でも生で見るのは青少年にはちょっと辛いんです。ちゃんと胸がある! そして先端にもしっかりある!
無駄にリアルに作られた自身の体を見ないようにしながら着替え、まるで一般の女性のような、普通の私服に袖を通し、理事長の元へと向かう。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。名前、どうします?」
「思いつかないんでもう『ユキ』でお願いします。ウを抜いただけです」
「そんな安直な……良いでしょう。ではユキさん、お疲れ様です」
「はい」
「使用武器は今回あえて指定しませんでしたが、フリースタイルでもだいぶやれますね……全力の本気ではなくても、あそこまで戦えるのなら安心ですね。身体に違和感はありませんか? やはり多少は勝手が違うでしょう」
「そうですね。ブーツの材質をもう少し衝撃に強い物にしてください。踏み込みにロスが生まれている気がします」
「なるほど。了解しました」
それ以外は本当に違和感がないのだ。どうなってんだってくらい一体感がある。
「さて、ではこれより最終テストを行います」
「まだあるんですか……そろそろこれ、解除しても――」
「ダメです。これから先、貴方はユキとして人と会う事もあるでしょう。その際によどみなく受け答えが出来るようにしてもらいませんと。という訳で、テスト開始です。さぁ、無事に切り抜けてくださいね」
そう理事長が言った瞬間、部屋の扉がノックされ、理事長が迎え入れる。
現れたのは治療を終えたジェン先生とミカちゃん先生。おいおい! まさかこの二人の対応をしろと申すか!
「お二人とも、お疲れさまでした。どうです、報酬が破格だっただけに、中々に強敵だったでしょう? どうぞ何か言いたいことがあれば、彼女に言ってください。私は切りの良い所で彼女が負けてくれると思っていたんですけどね? 残念です、夏のボーナスのつもりだったんですけれど」
「な! だったら……少しだけ報酬を貰えたりは……」
「諦めようジェン先生。私達は完敗した。蓋を開ければ、我々は彼女に一撃すら与えられていない」
「く……お前、名前は?」
「……お答えしても良いですか、総帥」
別人を演じましょう。忠実な理事長の下僕スタイルで。なんかやりやすいし。
普段から感じるこの人の得体のしれない迫力に屈するように動けばそれでいける!
「答えてくれて良いですよ」
「ユキです。総帥の警護を務めています」
「ふん……そうか。お前、この学園の生徒か?」
「いや、私の記憶にはないな。来学期からの転入生か?」
「いいえ」
学園でまで二重生活送るのは勘弁してください。
「彼女は長い間この地を離れていましたので、今回復帰のテストとして貴方達を呼びました。ご協力感謝します」
「そうでしたか。なるほど……興味深いですが、生徒でないのなら何も言う事はありません」
「……ありません」
うーん、無報酬はさすがに不憫ですな。理事長、ちょっとくらいいいでしょう。
「私の復帰テストに協力頂いたのなら、その分の報酬を支払うのが妥当でしょう。総帥が支払わないのであれば、私から個人的に支払わせて頂きますが」
「……分かりました。お二人の口座に二月分のお給料を振り込んでおきます」
「本当ですか! よし、よし! ありがとうなユキ! お陰で色々はかどるってもんだ!」
「感謝します。これで研究室にデバイス調整用の機材を配備出来ます」
この反応の差よ。ジェン先生は一体何に使うつもりなんですかね?
「では、今日はこれにて解散とします。三人とも、有り難うございました」
「あの、自分はどうすれば」
「ユキさんもこれにて解散となります。『そのまま』お帰りくださって結構ですよ」
「……分かりました」
家に戻ってから解除しろと。まぁここに入る時はユウキとして入ったけど、今ユウキとして出て行ったら先生達と鉢合わせしそうだしな。まぁいいや。
そのまま外へと向かうと、やはり見慣れた学園の敷地内の光景でも、目線が高いお陰で少し新鮮に目に映る。
ううむ……案外捨てがたい。このブーツだけやっぱり普段使い出来ないかな……知り合いがいない時限定になりそうだけど。
「しっかし夏期休暇中は本当人いねぇなぁ……サークル参加者とかも見かけないし」
そもそもどんなサークルがあるのかすらよく分かっていないので。
いや、球技があるのは知ってる。この世界にだってスポーツはあるし、しっかりナイターでTV番組潰れたりするし。洋画の時間がずれ込んでイクシアさんが少し悲しそうにしてるの見た事あるし。
「……普段人が大勢いる場所が静かだと、なんか変な感じするな」
本校舎の前を通り過ぎ、そのまま校舎裏から山へ向かおうとしたその時だった。
先程通り過ぎたはずの、それこそテニスサークルが使うテニスコートの辺りから、もう誰にも憚る事なく全力で泣いている子供の声が響いてきた。
『う、うぉぉぉぉおぉぉぉおお! なんでぇぇぇぇ!! だれもいないの゛ぉぉぉぉぉ!』
どんだけ全力で泣いてるんだよ! 流石に気になったので引き返すと、テニスコートやら駐車場が立ち並ぶ一角で、小さな女の子がまさに『全力で』泣いていた。
わー……俺この学園の敷地内で俺より背が低い人間初めて見たよ。
じゃなくて。とにかくあんまりにもあんまりなその様子に、思わず話しかける。
「どうしたんですか」
話しかけると、しゃがんだまま泣いていた子がピタリと泣き止み、こちらを見上げる。
亜麻色の長い髪。柔らかそうな毛をさらさらとなびかせながら振り返った顔は、泣きはらしたせいで目の周りが赤くはれているが、それでも――『うっわ可愛い! 子供好きな人の気持ち一発で理解出来るわ!』てくらいの天使のようなお顔でした。
「は! なんでもありません! 恐いお姉さんに見つかったので泣き止みました!」
「……そうですか。何か困った事があるなら、その恐いお姉さんに相談してみてくれませんか?」
「やっぱり恐いお姉さんなんですか!?」
「本当は恐くないんですよ。どうしたんです、こんな場所で泣いていると心配です」
とりあえずキャラ作りは続行。いやぁ……この子可愛いな。イクシアさんが見たら発狂するんじゃないだろうか。『この子は私が育てる事にします!』とか言いそう。
「恐いって言ってごめんなさい。すみません、人を見かけで判断しました」
「……そう。それで、どうしたのかな?」
「そうです! 私は約束をしたのでここに今日来たのですが、誰もいないんです! こんなに広い場所なのに、誰もいなくて寂しくて恐くて泣いていましたが、お姉さんがいたので泣き止んだところなのです」
「……そう。それで、誰と待ち合わせしていたの?」
「わからないです! ただここに来たら、係の人間が迎えに来るとしか……は! お姉さんが係の人ですね! どうしてここにいてくれなかったんですか!」
すげーな子供のテンション。可愛いけど疲れてきた。
しかし……待ち合わせていたというと、学園への来客なのだろうか? とりあえず連れていってみようか。部外者は一人で校舎には入れないのだし。
誰に連れて行こう? とりあえず理事長に連絡してみようか。
「……もしもし、総帥ですか」
『おや……この声はまだユキのままですか。どうしたんですか?』
「いえ、帰る途中で子供の迷子を見つけました。どうやら学園へのお客様のようでしたので、どうしようかと」
『小さな子供……まさか……すみません、その子を理事長室までお連れしてください。はぁ……ジェンに迎えを頼んでいたのですが……恐らく銀行へ向かったのでしょう』
「あ、なるほど」
察し。早速報酬引き落としに行ったな、あの人。何に使うつもりなのやら。
「今からこの学園の偉い人のところに案内します」
「本当ですかお姉さん! 私やっぱり間違っていました、お姉さんは優しいお姉さんです!」
そう言いながら、彼女はこちらの手をしっかりと握る。
うわぁやわらかい、手小さい、可愛い。そうか……なるほど、きっと妹っていうのはこういう感じなのか。
「総帥、失礼します。お客様をお連れしました」
「ご足労をおかけしました。ようこそいらっしゃいました、一八代目聖女『ナーシサス』様」
「まだ聖女じゃないです、まだ候補でしかないです! でもきっと私が選ばれます!」
「……ええ、きっとそうなります。ユキ、お連れ頂き感謝します。下がっても良いですよ」
「了解しました。それでは、失礼します総帥、それにナーシサス様」
「ああ、行ってしまうのですか! お姉さん、また会えますか! 私はお礼がしたいのです! 今度美味しいケーキなる物を御馳走します!」
ああ、可愛い。なんだろうか、聖女というのは。なんだか少し偉い人のような?
「総帥さん、このユキというお姉さんはここの生徒さんなんですか? 私の先輩になるのですか?」
「いえ、残念ながら生徒ではありません。ですがそのうち顔を合わせる事もあるでしょう」
「本当ですか! じゃあ来年まで楽しみにしておきますね! ユキお姉さんまた来年!」
「……はい。私も楽しみにしています。ナーシサス様」
退室。そして考える。来年? 今年受験するのだろうか?
ううむ……まぁ偉い人でも学校には通うだろうしな。ノルン様だって通っているし。
……でもあの子小さすぎない? 本当に学園に入学できる年齢なのだろうか――
あ、なんか自分の事言ってるみたいで悲しくなってきた……そうだよ、今の俺って一〇センチ背が伸びてるんだよな……本来だったら今の子と……一〇センチも変わらない可能性が。
「はぁ……」
そうして足早に校舎の中を進み、一階ロビーで珍しく静かに泣いている一之瀬さんを尻目に外へと向かう――ってさすがにそりゃ無理だ! なんだ、今日はなんだか予想外の人とやたら会う日だな!? 一之瀬さんがここにいるのはさすがに驚きだ。
どうしよう、今の状態で話しかけて良い物なのか。……同性って思われている方がいいか?
「……どうかしましたか?」
「っ! いえ、すみません、お構いなく」
「そうですか。……行きずりの人間にだからこそ、何も考えずに話す事は出来ませんか?」
まぁ人に弱みなんて見せなさそうな人だとは思うのだが、そんな一之瀬さんだからこそ、こんな場所で泣いているのが不思議でならないのだ。
もし、これで断られたら大人しく帰ろう。そう、思っていた。
が――
「……そうかもしれない。見たところ君は……ここの生徒、だろうか。歳も同じくらいだろうか……一つ上か」
「生徒ではありませんが、ここの関係者です。お名前、聞いてもよろしいですか?」
話してくれる気になったのか、一之瀬さんはハンカチで目をぬぐってから、静かに話し始めてくれた。
「一之瀬ミコトです。ここの一期生です」
「なるほど。私はユキと言います。秋宮に個人的に雇われている人間です。それでミコトさん、どうしたのです」
「……友人が、少々よからぬ……とは言いませんが、不義理な道へと進もうとしているのを、私は止められませんでした。それがあまりに悔しく……つい」
「不義理、ですか?」
ふむ。一之瀬さんは実家の道場に戻っていたはずだが、そこで何かあったのだろうか。
「私には、幼馴染がいます。ですが私は長い間グランディアで過ごしていたので、その幼馴染と再会したのは二年前になります。その友人が……変わってしまったのです」
あー……これはもしかしなくてもカイの話ではないのでしょうか。
アイツ、グランディアに修行に出ているらしいけれど、こっちに戻って来たのか。
それで一之瀬さんを泣かせるような事をしたと? なんだか想像がつかないな。
「今年いっぱいで学園を辞める、そう言いました。『この強さがあればどこででもやっていける。もう学ぶことなどない』と。だから私はその幼馴染を引き留めようとしましたが……『自分を倒せたら、きっとまだここで学べる事もあると認める』と言われ挑みましたが……」
「……敗北しましたか。なるほど、その幼馴染は急激に力を付け、それで気が大きくなってしまったと」
「あまり認めたくはありませんが、確かに幼馴染は……とてつもなく強くなりました。確かにここで学ぶより、戦いに身を置くのが正しいのかもしれません。ですが――彼を支え導いてきた人間全てを裏切るその行為を、私は認められないのです……私は、どうすればいいのか、もうなにも分からない……」
本当にカイの事、なのだろうか。いや……この入れ込みようはきっとカイの事だ。
急激に力を付けたというが……グランディアに渡っただけでそうなることがあるのだろうか? いや、そういう事例もあるらしいけれど……。
だがもしも事実だとしたら――ちょっと気に入らないな。
「……クラスの友人に相談してみてはどうでしょう。貴女が負けても、他に挑める人だっているでしょう」
「しかし、これは私と、その幼馴染の問題です。そこに友人を巻き込むなど……」
「……その幼馴染は、クラスの人間にとっても友人なのでしょう。ならば十分に関係あるはずです。相談してみなさい。貴女の周りには共に悩み、戦う人達がいるのでしょう」
自分で言っていて歯が浮くセリフではあるが、紛れもない俺の本心でもある。
本当にカイがそう言うのなら……一度徹底的に倒して分からせる必要がある、か。
イマイチ信じられないんだけどな、今も。アイツがそんな傲慢な人間になるかね。
「ユキさん……そうですね、彼も私にも……友人がいる。相談してみます。ありがとうございました、話を聞いてくれて。秋宮の関係者と言いましたが……また、機会があれば是非」
「はい。貴女の悩みが晴れる事を祈っています。それでは、私はこれにて失礼致します」
そのまま立ち去る。ふぅむ……グランディアに渡って急激に力を増すって話は一応聞いた事があるけれど……どの程度変わるものなのだろうか?
あのカイがねぇ……好青年に少し我らが青少年の持つ性的好奇心をプラスしたような男なのに。
そんなに、性格が変わる程の力を手に入れたというのだろうか?
家に戻ると、まだ鍵がかかっていた。そういえばイクシアさん、裏の町に行くって言っていたっけ。
さっき戦闘訓練をしたり、色々と気を張ったりしていたせいか、妙に疲れた。
ああ、甘い物食べたい……それに眠い……少し寝てしまおうか……。
ソファーに座り伸びをしたところで、いつのまにかこちらの意識が――
気配を感じた。誰かがこちらを覗き込んでいるような、顔の目の前まで誰かが迫っているような。
そんな気配を感じた瞬間、自分が今目を閉じ眠っていた事に気が付き、目を覚ます。
すると目の前には、まじまじとこちらの顔を覗き込む――
「うわ!」
「わ……起きましたか、ユウキ……ですよね?」
「あ、はいユウキです……すみません、少しウトウトしていました」
「魔力の質からユウキだとは思っていましたが……ふふ、随分と変わる物ですね。それに……凄いです。顔の形が変わっているので、手で触れて確かめてみましたが、実体はないはずなのに触っている感触がします。知覚、触覚を誤認させる程の術です……私でなければ触れても分からないでしょう。一体誰がこんな……この時代にこんな物が残っているなんて……」
「あー、なんか理事長の秘密兵器、みたいなヤツらしいですよ」
「なるほど、理事長の……」
イクシアさんが、とても良い笑顔でこちらを覗き込んでいました。
「ユウキ、可愛いですね。本当に女の子みたいでびっくりしちゃいました」
「正直機会がなきゃこの格好したくないんですけどね。はい解除」
「ああ、もったいない。ふふ、改めておかりなさい、ユウキ」
「はい、ただいまです。イクシアさんもおかえりなさい」
元の姿に戻ると、視線が低くなった。あれ? ブーツで底上げしてたんじゃないのか?
今履いてなかったのになぜ縮んだし。もしかしてあれか、素足に見えていたけど、あれがシークレットブーツみたいな? すげえ、自分でも気が付かない質感ってどういうことだよ。
だったらこの状態でも履いていられるじゃないんですかね。
「ユウキ、お腹空いていますよね? お昼は素麺でいいですか?」
「いいですよー。何か手伝う事はありますかー?」
「大丈夫ですよ。ちょっと待っていてくださいね」
ま、いつもの自分が一番か。それより目下気になる事は……やっぱり一之瀬さんの事だよなぁ。カイの事だよな、さっきの話。
彼女とその友人、俺の友人でもあるカイの事を考えていたその時だった。
スマ端の着信音が鳴り、そこには『発信者:一之瀬ミコト』とあった。




