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第四十六話

(´・ω・`)本日一話目の更新です

「はい、お待たせしました。かき氷ですよー」

「おかえりなさい、ユウキ。ふむふむ、これは何味なんです?」

「ピーチとパッションフルーツです。あんまり美味しそうなので先に自分の分食べてしまいました」

「ふふ、そうだったんですね。では、頂きます」


 イクシアさんが嬉しそうにかき氷を食べる。表情で分かる、美味しいんだって。

 微笑みながら、小さな一口で食べ進める姿に、目を奪われる。


「サトミさんもどうぞ。イチゴミルクでしたよね」

「ありがとうショウスケ君。へぇー! 思ってたよりも大盛りだね」


 三人がサクサクと食べ進める姿を見ていると、自分で譲っておきながら、少しだけ後悔しそうになる。ああ、美味しそう。この暑い中食べるなんて絶対に美味しいヤツだ。


「あ! ほのかにしょっぱくて……ミルクの部分と一緒だと塩ミルクって感じで美味しい!」

「む……確かにこれは……黒蜜が仄かな塩味に引き立てられているな」

「本当ですね、氷がかすかに塩の味です。なるほど……」


 あー! みんなしてー! あー! 羨ましい! しかも事情知ってるショウスケがこれみよがしに見せびらかしてきてもうね! あー!


「くく、仕方ないな。ほら、俺が一――」

「ユウキ、口を開けてください。まったく、そんな顔をするくらいなら一緒に食べたらよかったでしょう? はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 美味しい。優しさが美味しい。ショウスケはもうあれです『お前じゃねぇ座ってろ』案件です。何が悲しくて男からアーンされなきゃならんのだ。


「美味しい……酸味と甘さのバランスが丁度良いですね……ほのかに塩の味もしますし、飽きないかも」

「ふふ、そうですね。はい、もう一口どうぞ」


 かき氷、人にあげてよかった。お陰でたぶん、倍以上幸せな気分になりました。

 イクシアママーモットモットー……キメェ死ね俺。


 かき氷を食べ終え、周囲にある施設を見て回り時間を潰していると、さっきのかき氷を上げたエルフさんを見かけた。どうやら丁度かき氷を食べ終えるところだったらしく、器を傾けて中身を一気に口の中に注ぎ込んでいるところだ。

 あーあ、知らないぞ頭痛くなっても……ほらやっぱり。頭抑えてじたばた暴れている。

 可愛いなぁ……イクシアさんは絶対あんながっかりな行動はしないだろうな、うん。


「あ、あっちの人工滝で花火見ましょうよ。あそこ涼しくて穴場なんですよ」

「ほほう、さすが地元民。んじゃあそこで休憩しつつ花火まで時間を潰しましょうか」

「人工の滝か……面白いな。足を滑らせないようにな」

「なるほど滝ですか。水の音は好きですよ私」


 花火が始まるまで残り三〇分。夏は日が高い時間が長いくせに、暗くなる時はあっという間だ。それが、なんだか寂しいというか、恐いというか。

 一人で暮していた時の俺は、夏は好きだがその反面、夜が嫌いだった。

 けれども暗くなっても、隣に家族がいる今の状況は……悪くない。


「もう少しで始まりますね、アナウンスも入りましたし」

「ふふ、幾つになってもわくわくするよねー。動画にとって向こうの友達にも見せてあげよ」

「それは良い考えだ。俺は……ふむ、花火を珍しがる友人はいないな、日本国内だから」

「俺はまぁ……いつか見た事ないって言う友人達でも誘って見に行くさ」

「それぞれの楽しみ方があるのですね。ところで……暗くなってきましたが、そのハナビというものはここから見えるのでしょうか? もう少し明るい場所へ――」


 まだ花火がどういう物か理解していないイクシアさんがそう提案した時だった。

 すぐ近くの林の向こうの空から、一筋の光が上空へと向かう。


「イクシアさんあれ!」

「え!?」


 光が空で消え、数瞬の沈黙の後、一気に色とりどりの光を周囲に広げながら、まさしく大輪の花を夜空へと描く。

 光に遅れ、音が届く。『ドン!』という、近い場所で見るが故の、大きすぎる音。


「これは! なんと! あんなに大きな光の花が……!」

「これが花火ですよ、イクシアさん。どんどん上がりますからね」


 大きな花火が、次々と上がる。その度に周囲が一瞬照らされ、空を見つめながら、子供のような笑顔を浮かべたイクシアさんの顔が浮かび上がる。

 花火を見たらいいのやら、彼女の横顔を見ていたらいいのやら。

 すると、一際高く打ち上げられた花火が、極大の花を描き、その光の粒が、まるで柳の枝葉のように地面へと伸びて落ちてくる。

 この種類の花火が俺は好きだ。だが、どうやら隣のイクシアさんはそうではないらく――


「ユウキ! 落ちてきます! 私が防ぎます!」

「うわ! 大丈夫、大丈夫ですから!」


 急にこちらを抱き寄せ、まるで火の粉から守るように覆いかぶさって来た。

 ……嬉しいけど、可愛い。そんな反応をするイクシアさんが、たまらなく愛おしい。


「よかった……途中で消えました。物凄い迫力ですね……」

「ですね。はは、ちゃんと火が消える事も計算されていますから、大丈夫ですよ」

「そうなんですか……お恥ずかしい」


 連発される、小さなカラフルな光たち。スターマイン? だっけ?

 魔法よりも魔法らしい、極彩色の光。その輝きに、魅せられる。


「凄く綺麗。きっと向こうの友達驚くよ」

「ふふ、そうか。俺もこんな至近距離で見るのは初めてだ。迫力が凄い」

「……魔法ではないのですよね。でも……もっと綺麗です。連れて来てくれて感謝します、ユウキ」

「はい。俺もみんなと見られて……良かった」


 これまで生きてきた中で、最高の夏の思い出が、この日、俺に出来た。

 来年も一緒に見ましょうね、イクシアさん。


「……ええ、来年も一緒に」

「あ、口に出ていましたか」

「目を見れば分かりますよ。来年も、一緒に見ましょう、ユウキ」


 その時、もう一度、一際高く花火が打ちあがる。

 これは大きいだろうなと。その大きな音に備え耳を塞ぐ。

 そして、極大の花火に周囲が照らされる中、イクシアさんの口が動くのが見えた。


「――ています。この先もずっと」

「え? すみません、今なんて言いました?」

「ふふ、気にしないで下さい」


 気になる。なんだ、なんて言ったんだ?


「ふむ、どうやら今のが最後の一発だったようだな」

「すごかったねー! 本当に降って来るかと思ったもん」

「ええ、本当に。素晴らしい催しですね、ハナビ大会というのは」

「ですね。今の時期は全国で行われていますが、秋にやる場所もあるでしょう。ユウキ、都心ならそういうイベントも多いはずだし、チェックしてみたらどうだ?」

「だな。向こうの友達とも行ってみるよ。けどこんなに近距離で見られる事はないだろうな……ありがとうサトミさん、穴場を教えてくれて。それに、誘ってくれてありがとう」

「どういたしまして。ふふ、喜んでもらえて嬉しいよ私も」


 花火終了のアナウンスが流れると、この穴場の存在を知っていた人間も、チラホラと動き始め、また大勢が鑑賞していた広場でも人が動き始めていた。

 こりゃ帰るのも一苦労だな……なんて考えているうちに、サトミさんが滝の裏にある暗い松林へと向かい歩き出した。


「こっち。ここ抜けたら砂浜に出るんだ。そこから帰ろう。お父さんが車で海水浴場の駐車場に迎えに来る事になってるから、駅まで乗せていくよ」

「おお、なんと準備の良い! じゃあ、お言葉に甘えようかな」






 無事に自宅に戻り、一息つく。

 砂浜とはいえ、夜の海の近くというのはイクシアさんにとっては中々恐い物らしく、到着と同時に速攻で駐車場へと向かって行ったのが印象的だった。

 曰く『海が迫って来たら大変です!』とのこと。津波のことだろうか。


「ふぅ……なんだか、妙に寂しいというか、不思議な気持ちになりますね。色とりどりの光の花が夜空を照らし……一瞬で消えていく。その催しが終わってしまうと、まるでハナビのようにさっきまで見ていたはずの光景まで、記憶から儚く消えていくようで」

「確かにそうですね……花火大会の後って、何故だかそういう気持ちになるんですよ。でも、花火は忘れても、一緒に見たって思い出は消えませんからね」

「ふふ、その通りです。ですが……なんだか季節の終わり、みたいに感じてしまいますね。確か日本の季節的には、まだ夏なんでしょうけれど」


 そう、確かに夏の終わりを感じずにはいられないのだ、儚い花火の散りざまを見ると。

 が、まだまだ八月の中盤、ようやく夏のピークを迎える頃でもある。

 けど……夏休みが九月の頭まで続くとはいえ、そろそろ海上都市に戻る頃合いだろうか。

 一応、向こうの家の畑の水やりも、学園の方で対応してくれているらしいけれど。


「墓参りも済んだし、花火も見れたし……そろそろ海上都市に戻る事、考えましょうか」

「……そうですね。なんだかここにいると、どんどんあちらに戻りたくなくなってしまいそうです。ここは……自然が多くて、どこか望郷心を刺激されてしまいます」

「確かに。あ、そうだ! 来年はグランディアに旅行、行ってみましょうよ! イクシアさんの本当の故郷ってどこなんですか?」


 そうだ、俺の事ばかり優先して来たけれど、彼女だって故郷があるはずなのだ。

 だが――


「私は、イクシアですから。この世界で生まれたイクシアです」

「でも――俺、イクシアさんの事もっと知りたいんです。どんな場所で生きたのか、それを知りたいんです」

「……そうですか。途方もない時間が過ぎた世界が、どんな風に変わってしまったのか。それをこの目で見るのが少し恐かったのですが……そうですね、一度、見てみたいですね」

「あ……すみません、少し無神経でした」

「いいえ。これは私が臆病なだけです。……知識で得た限りでは、とても発展しているそうですし、ね。ええ、私も見てみたいです。私の故郷がどうなっているのか」


 そう言って彼女は笑った。どこか強がっているような色が見えたけれど、それに対して何か言う事は、今の俺には出来そうにないな、って思った。

 ……こればっかりは、生きた経験が少ない俺には、どうしようもないのだから。




「うん、今日の新幹線で帰るよ俺は。じゃあ、また向こうで会う機会もあるだろうし、その時はよろしくね」

『うん、また観光とか行こう。私はもう少し家族と過ごしてから海上都市に戻るから』

「了解。ショウスケにも連絡しようとしたけど、またスマ端取り上げられてるっぽいから、もし行き会う事があったら伝えておいて」

『あはは……ショウスケ君の家、凄く厳しいみたいだもんね。私高校の方にも挨拶に行く予定だから、もしショウスケ君に会ったら伝えておくね』


 翌日、海上都市に戻る事を関係者に伝えて回ると、ニシダ主任は明日戻る予定だそうな。

 なんでも義姉のエルフさんが、今日開かれる夏のB級グルメフェアに行きたいから、だとか。

 ちょっと俺も心惹かれる案件なのだが、事前予約必須だったらしい。うむ、来年参加しよう。

 で、家の管理をしてくれるフジワラさんも、問題なく俺達と入れ替わるようにここに住んでくれる。

 まぁ住むと言っても、客間でたまに寝泊まりするだけで、極力家の設備は使わない、手付かずの状態を維持してくれているのだが。


「イクシアさーん、準備出来ましたー?」

「はーい、ガス水道の元栓はしっかり締めましたよ。ブレーカーは上げたままで良いんですよね?」

「です。じゃあ、また海上都市に出発しましょう」


 再び、二人で家に『いってきます』を言うのが、嬉しい。

『いってらっしゃい』が無いのが少しだけ寂しく感じてしまうけれど。

 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、イクシアさんはわざわざ俺より長く玄関に留まり『いってらっしゃい』と言ってくれた。

 いやまぁ、その後に速足で出てきて、慌てて『いってきます』を言うのが少しおかしいけれど。でも、その行動が、凄く嬉しかった。


「さぁ、行きましょうユウキ。乗り換えが一回だけですからね、私でも覚えられます」

「ですねぇ……じゃあ向こうに着いてからも、乗り換え案内お願いします」

「……モ、モノレールなら乗り換えなくてもいけますよね……? 確か」


 残念。予定より東京に戻るのが早いので、まだ交通網は復旧していません。

 恐らくフェリーにも乗る事になるでしょう。






「……そろそろ本気で日本は短距離の転送術式の研究に乗り出すべきではないでしょうか。海上都市と本土までの距離は精々……三〇キロ程度ですし」

「うーん、それだと東京じゃなくて途中の千葉県までの距離ですね。というか転送術式なんてあるんですか」

「一応私の生きていた時代に、一キロ程度の距離なら転送可能な物が……恐らくもう失われているでしょうけれど」

「あーやっぱりそうなんですね」


 相変わらず復旧工事中の海上都市へと伸びる橋。なんで千葉から伸ばさないのかといつも思うのだが、まぁこれも国への忖度……なのだろうか? 確か秋宮の本社って千葉にあるらしいし。

 一応千葉に分岐する道もあるのだが、そちらは今も閉鎖中で、海上都市側の橋が直ったら開通するのだとか。一瞬『東京と千葉間の移動だけなら使えるじゃん』とか思ったのだが、まぁ一部が壊れている橋だ。なにかあってからでは遅いのだろう。

 とまぁ、そんな事を考えている訳だが、今回はさすがにもう慣れたのか、今はフェリーに乗っている最中だというのに、割とイクシアさんは平気そうだ。

 ただ、もしかしたらそれは、今彼女が救命胴衣を着ているからなのかもしれないけれど。

 いつの間に買ったんですかそれ……。


「それにしても……こちらは暑いですね……」

「そりゃあ……救命胴衣なんて着ていたら暑いですよ」

「むぅ……これは譲れないので」


 そうして高速フェリーが無事に海上都市に到着する。相変わらずもの凄い速いっすね……グランディアにある船はさらに速いらしいけれど。


「ああ……やはり地面は素晴らしいですね」

「安心感はありますね。じゃあバスに乗りましょうか。帰省ラッシュに巻き込まれなかったお陰で結構空いてますし」


 案外、今の時期に戻ったのは英断だったのではないだろうか。

 いくら交通の便が元の世界より上だとしても、当然帰省ラッシュは存在するのだ。

 下手したら新学期に間に合わない事もあるらしいし。


「き、寄生ラッシュですか……なにか恐ろしい生物の活動時期が重なるのですね。五月病やネッチュー症、ナツバテといい、想像以上に恐ろしい風土病が存在するのですね、日本は」

「違います」


 なんですか、どこのバイオハザードですか。その恐ろし気な勘違い、正しておきましょう。

 ……想像したらちょっと恐くなってきた。


 久しぶりにという程でもないが、ほんの数日離れただけだというのに、懐かしく感じてしまう今の我が家。

 知らされていた通り、我が家の畑もしっかりと水やりやら雑草とりもされており、実った野菜たちもしっかりと収獲され、冷蔵庫に保管されていた。

 ちなみに、バジル同様大量にとれたトマトやナスの一部は学園に買い取ってもらっている。

 イクシアさんの魔法で耕した畑で育ち、なおかつイクシアさん特製の肥料を使われた野菜たちは、大層良い品質でした。これは楽しみだ。


「ユウキ、晩御飯はトマトのポタージュとトマトとナスのラザニアにしましょう。ふふ、中々良い野菜がとれましたね」

「本当にそうですね。そうだ、明日理事長に報告しに行きましょう。こっちに戻ったって」

「そうですね。ついでにトマトでも持って行きましょうか?」

「……一応持って行ってみますか」


 たぶん、理事長なら受け取ってくれると思うけれど……なんだか申し訳ないな。

 家の中の掃除をし、足りない材料を買い出しに行った後、イクシアさんと二人で晩御飯を作る。

 もうすっかり慣れたのか。今では俺が手伝いを買って出ると、喜んで仕事を割り振ってくれる。もう、包丁の扱いだって俺よりも遥かに上手なくらいだ。

 ……こういう瞬間は、やはり女性というよりは、母と形容した方がしっくりくるんだよな。




「あ、美味しい! へぇ……冷たいスープなんて食べた事なかったですよ」


 ザ・地味な食生活でしたから。しかし美味しいなぁ……今日なんかはBBチャンネルの動画見てなかった風なのに。


「よかった、ユウキが喜んでくれて。明日は理事長さんに報告に行くんですよね、私は少し裏の町のお母さん友達にお土産を配って来ますので、私の事も宜しく伝えておいてください」

「了解です。そういえばお土産、買っていましたよね。何買ったんですか?」

「変わったお塩と調味料、それとお菓子ですね」


 なるほど、分からん。地元のお土産なんて言われても、キリ〇ンポセットくらいしか思いつかない人間なので。

 けれども、イクシアさんならおかしな物は選ばないだろうな、某キャラメルみたいな。


 翌日、理事長にスマ端で連絡を入れると『丁度よかった』とのこと。何やら用事があったらしいのだが……今回は理事長室ではなく、複数ある訓練施設のうち、日頃生徒の立ち入りが禁止されている『高等多重変換術式フィールド』とかいう、まぁとにかく、核爆弾の層撃にも耐えられる、なんかヤベーヤツって認識をしているフィールドがある施設にいる模様。

 なんでも、普段は使う事が出来ないらしく、特定の高位魔導師が管理している間限定で使用可能なのだとか。


「じゃあ行ってきますイクシアさん」

「はい、いってらっしゃい。このトマトを持って行ってください」

「ははは……了解です」


 カゴに盛られた真っ赤な大玉トマト。いや、間違いなく美味しい事は俺も保証しますけど。

 変な生徒だよなぁ、理事長にトマトの差し入れって。


 目的の場所は、学園の敷地の中でも奥まった場所にある建物で、生徒どころか職員も普段は近づかない場所。

 だが、今日は施設の前に車が一台止まっていた。

 中へ入ると、すぐに白衣の男性が俺を奥へと案内し、そして案内された部屋では、理事長と共に――


「あれ? あ! 少年だ! かき氷くれた少年だ!」

「おや、博士は彼を知っているのですか?」

「うん。昨日あっちの花火大会で売り切れになったかき氷くれたんだよ」

「ふふ、凄い偶然ですね」


 なんと、あのかき氷が買えずに落ち込んでいたお姉さんがいたのだ。

 ……秋宮の関係者だったのか。


「あれ? じゃあこのデバイス拡張コードってこの子に使うのかい?」

「ええ、そのつもりです」

「へー! 一八歳なんだね君! じゃあ、確かに注文の品は渡したからね。私この後収録があるから、これで失礼するけど……ん?」


 お姉さんはどうやら研究者か技術者のようだが、理事長と随分仲が良いみたいだった。

 なんだか人懐っこい様子でこちらに近づいた彼女が、クリクリとした目を輝かせ、俺が持っていたトマトに手を伸ばした。


「このトマトはなんだい? 物凄く美味しそうだけど!」

「え、ええと……理事長におすそ分けしようって家の人間が……」

「ふふ、そうでしたか。ユウキ君、よければ彼女にもトマトを分けてもらえませんか?」

「ええ、それは勿論良いですけれど」

「本当かい!? じゃあ三つ貰っていいかな? 一つは今私が食べる!」

「ど、どうぞ」


 すると彼女は、トマトを一つそのままかぶりつき、嬉しそうに目を細める。

 ……なんだ、この可愛い人は。イクシアさんとはまた別な意味で危険だ、人たらしだ。


「んー! 甘い! 美味しい! じゃあ残り二つ貰うね! じゃあねリョウカ! また今度ね! 一応フィールドの術式にも魔力充填しておいたから、二回くらいは使用可能だよ」

「ええ、ありがとうございます。ではまた今度、マザーも交えて食事でも」

「うん、楽しみにしているよー!」


 そうして、まるで子供が友達の家から出ていくような気軽さでこの場から去っていく女性。

 な、なんだったんだ……。


「改めまして、おかえりなさいユウキ君。驚きました、あちらで彼女と会っていたのですね」

「会ったって言うか、ただ屋台でかき氷を譲っただけの関係ですけどね。まさか秋宮の関係者だったなんて……」

「ふふ、偶然会っただけでしたか。彼女はニシダ主任の義姉ですよ。ふふ、可愛い人ですが、人妻です」

「……そりゃなんとも旦那さんが憎たら羨ましいですね」

「彼女は一応、今この世界における最高峰の魔術研究者ですよ。言うなれば……魔法技術におけるジョーカーとも言えます。その彼女が、私の依頼である物を開発してくれたんです」

「へー! なんだか見かけによらないですね! それで、どんな物を作ったんです?」


 研究者……かき氷屋の前で落ち込んでいたあの人が研究者……俄かには信じられないけれど、人は見かけによらないものだからなぁ。


「貴方の変装用のデバイス拡張機能……この場合はチョーカーに追加する物ですね。今日ここに呼び出したのは、その取りつけと確認の為なんですよ」

「げ! 完成しちゃったんですか……女装道具っすよね早い話」

「超高級で絶対にバレない、輪郭も含めて完全に別人に偽装出来る魔法科学の粋を極めた一品ですけどね」

「……輪郭まで変わるなら男でいいじゃないですか」

「ダメです。もう少女としてダーインスレイヴの噂は各国の上層に伝わっていますので」


 チクショウ、そんな凄い変装方法があるならもっと色々出来たでしょうに!


「一応、これでヘルメットがなんらかのはずみで外れた場合でも素顔はバレませんし、完全に別人として過ごす事も可能となります。一応、秘密裏の会合に同席する場合も考え、スーツなしでの展開も可能となります。また身長や体形を誤魔化す為の衣類も一緒に複数仕込まれていますので、その状態での戦闘テストも行いたいと思います」

「うへぇ……じゃあチョーカー渡しますので、解除をお願いします」


 リミッターもかけられているが、敷地内でこのチョーカーを外す場合にも当然理事長の許可がいる。そういえば、前回の任務でだいぶ本気で戦った影響か、また少しこちらの力が増している気がする。近々さらにリミッターを強める事になるだろうな。


「ええと……よし、出来ました。まったく……大国が何年もかけて研究するような術式を、彼女は三日で完成させてしまいますからね。ある意味では、ジョーカー以上に危険な人物でもあるのですよ。一夜で世界の技術バランスを崩壊、それはそのまま国のパワーバランスをも崩壊させかねませんから。ユウキ君、この件も他言無用ですからね」

「だったら言わないで下さいよ……恐くなってきたじゃないですか」

「恐れは人の感情を律する理性のような働きもしますからね。ふふ」


 やっぱ理事長も恐いっす。ともあれ、その調整が終わったチョーカーを装着する。

 ふむ、付けた感じは変化なしか。


「これまではリミッターを全て解除し、さらに下げる事でコンバットスーツ着用状態のあの姿になれましたが、今回からはあの状態でもう一段下げる事でスーツが解除『ダーインスレイヴの中の人』モードになります。名前もおいおい決めないといけませんね」

「あーそうですね。で、一体どんな姿になるんですかね」


 チョーカーの設定を変え、まずはダーインスレイヴモード。そしてさらにいじると、頭を覆っていたヘルメットが消える。……あれ? そういえさっきもなにか違和感があったような。


「……理事長。コンバットスーツのブーツ変えました?」

「ええ。身体の重心バランスや運動性能を損なわない、ギリギリの高さのシークレットブーツのような物です。今の中の人モードでも適用されていますよ。これで身長も変わりますし、よりバレにくくなるでしょう?」

「あんまりだ! くそう……なんでよりによって自分以外の姿でコンプレックス解消するハメになるんですか……なんですかこれ……一〇センチは高いじゃないですか……動きやすいし!」


 これが……一六〇センチ台の世界なのか! くそ……目線が高い……!

 普段から履きたい……けど、それはバレた時の恥ずかしさが……!

 この姿だからこそ許されるとでもいうのか……!


「それよりも鏡を確認してください。一応、元の輪郭も、顔つきも変化させていますが、どうでしょうか? 私がデザインしたのですが、中々美人でしょう?」

「どれどれ……」


 手渡された鏡で確認してみると、そこには……どこかで見覚えのある顔が。

 ……輪郭が少し長いというか……卵型というか。大人っぽい。

 なんでだよ! なんで変装した状態の方が大人っぽいんだよ……。


「理事長。これって……理事長の顔に似てません?」

「はい。大学時代のアルバムを見ながら微調整しました。目つきは変えていますがどうでしょう?」

「それを自分で美人って言うあたり、そうとう自信家ですよね」

「ふふ、事実ですから。多少、海外の血を引いたような印象にする為、鼻の高さや目の色も変えています。問題があれば調整しますが、どうでしょう?」


 納得いかないが、とにかく冷静に観察してみる。

 ……美人さんだ。赤い目。鋭い目つき。恐いと思えるパーツなのに、それでも全体的に綺麗だと言えるくらい整っている。理事長って相当美人なんだよなぁ、こうして見ると。

 ううむ……雰囲気的には一之瀬さんと似た系統と言えるな。キョウコさんにも少し似てる。考えてみると、うちのクラスの女生徒ってレベル高すぎでは?


「……問題、ありません」

「よかった。一応、皮膚と一体化している有機スーツも服の下に装着されていますので、服を脱がされても問題ありませんよ。ただ、やはり下半身は完全に覆ってツルツルの何もない状態になっていますので、トイレ以外では脱がないように――」

「なぜそこまでやったし。あーとりあえずこの状態で戦闘テストしますんで、ささっと終わらせましょう」

「そうですね。ふむ……惚れ惚れしますね、私の理想を詰め込んだ美少女が目の前にいると思うと」

「誰が美少女ですか誰が。じゃあここの戦闘場、使わせて貰いますね」

「ええ、全力でどうぞ。今回は相手としてミカミ先生とジェン先生に来てもらっています。ボロを出さず、別人として戦う訓練の一環です。くれぐれも注意して戦ってください」

「何いきなりとんでもない事言ってんですか!」


 うわぁ……こりゃ口調も戦い方も、完全に変化させないとだなぁ……。


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