第四十五話
(´・ω・`)本日四話目の更新です
あまり都会とは呼べない土地でも、繁華街という場所は勿論存在し、そして居酒屋が多く集まる地域というのも往々に存在している。
そんな薄暗い中、色とりどりのネオン、電球、LED、様々な明りが徐々に灯っていく夜の街という物は、イクシアにとって初めての経験であり、そしてこの世界に生まれてから初めての飲酒という事もあいまって、年甲斐もなくワクワクとした様子で周囲をキョロキョロと見回していた。
「す、凄い活気ですね。こんなに人の多い様子、この辺りでは初めて見ます」
「あらーイクシアさんってこういうところ初めてなの?」
「ええ、そうなのよ。彼女はグランディアからこっちに渡って来てから、ずっと研究室で私の助手をしていたの。だからこういう場所に来る事もなかったの。ね、イクシアさん」
「なーんでチセが答えるのよ」
「いいのよ、ね、イクシアさん」
「ええ。はい、ニシダさんの言う通りです。私はこういう場は初めてですので、お二人にお任せします」
そうして夕暮れ時を過ぎ、次第に店の明りが増えていく繁華街、いや歓楽街を三人が進む。
だが、やはり妙齢の女性、とくに地方では人目を惹くエルフであるイクシアが含まれた女だけの三人組というのは目立ってしまい、当然のように話しかけてくる男もいる。
だが……この中でも特に男に厳しく、そして免疫が『強すぎる』人物に対し、そういった誘いは逆鱗に触れるのと同義だった。
ついつい彼女達に話しかけた、恐らく二十歳になりたてか、もう一、二年歳を重ねたであろう青年達は、あまりにも容赦のない、眉をひそめてしまうような切り返しに立ち去ってしまうのだった。
「ごめんなさい、子供と飲むつもりはないの。そうね……ご両親よりも稼げるようになったらまた誘ってくれる? まさか、そこのお店に私達を連れて行くつもりじゃないわよね?」
「な……!」
「チセ、やめなさいよ。ごめんね君達。私達もう行くお店決めてあるの。ついて来ても良いけど……お財布の保証は出来ないわよ」
あまりにも容赦のない発言。だがそれは事実であり、そもそもの話、しつこすぎるナンパという行為そのものが、犯罪すれすれなのである。
そうして強かすぎる二人に連れられ、イクシアは歓楽街の深部にある、居酒屋と呼ぶにはいささか立派過ぎる門構えの、料亭風の建物につれられていくのだった。
「本当治安が悪くなったわね、この辺りも。前はあんな感じの若い子達がいたら、すぐに周りのお店の人間に止められていたでしょう?」
「あんなものよ。大学も増えたし、何よりも今世間は夏休みでしょ。上京したりして気の大きくなった子達とか戻って来てるんでしょ」
「そう。ごめんなさいね、イクシアさん。折角のお酒の席なのに、その前にあんなのにからまれちゃって」
「なにがでしょう? 盛り場ならばあの程度は日常茶飯事なのではないでしょうか」
そもそもの話。治安の悪さというよりも『人間の恐さ』という点においては、イクシアの生前、つまり古代のグランディアの方が遥かに上だったという点を、チセも失念していた。
そう、夜の街で人が死ぬのは珍しい話でなく、男女のいざこざがそういった事件に繋がるのも必然。イクシアの常識では、今日の出来事などは、本当に取るに足らない出来事なのであった。
「イクシアさん、分かってるわね! そうそう、あんなの忘れて飲みましょう! 今日はチセのおごりだからジャンジャン頼むわよ!」
「なんでよ! ここは私とアンタで割り勘よ」
「いえ、私もしっかりと支払いを……」
「いえ、本当にイクシアさんにはいつもお世話になっていますから……」
「私が、ですか……?」
「ええ、勿論。あ、注文の仕方はわかりますか? このお店はこのタブレットで……」
「ふむふむ……便利ですね。注文の手間を省けるのですね」
「あーそっか、グランディアにはこういうの無いんでしたっけ」
「ある場所にはあるんじゃないかしら」
そうして、彼女達の宴が始まりを告げるのだった。
「これとこれと……これをもう一度注文します」
「イクシアさん、お酒はどうしますか? お刺身ならこれがおすすめですけど」
「なるほど……すみません、私だけあまり飲まずに」
「いえいえ、無理に飲む必要なんてありませんよ。ただお刺身にはこの日本酒というものが定番ですので、一応教えておこうかと」
「ふむ……この国の名前がついているのですか。では少し試してみます」
「チセはさー……昔っから日本酒好きよね。学生時代の飲み会でも可愛げのないものばっかり注文するから、結構陰で笑われていたのよ」
「参加しただけありがたく思ってもらいたいわ。私は美味しいお酒と肴を食べに来ているの。そんなどんな料理にもサワー頼んで馬鹿みたいに盛り上がる連中とは合わないのよ、私は」
「ふーん、そんなだから彼氏が出来ないのよ」
「いらないわよそんなの。そういうアンタこそ、かいがいしく奉仕していたのにまだ独り身じゃないの」
「それは! それは……アンタに対抗して秋宮に就職したからよ……」
「私のせいにしないでくれる?」
酒が入り、次第に口論のようなやり取りが増えていく中、それを意にも介さず一人居酒屋、高級に類する店で提供される、刺身の数々に舌鼓を打つイクシアであった。
「美味しい……この国は色んなお魚のお刺身が食べられて素敵ですね……この日本酒というのも……すっきりとした飲み口で、なかなか癖になります」
「ふふ、そうでしょう? この地域は日本酒作りでも有名なの。ふふ、ユウキ君が二十歳になったら、一緒に飲めますね」
「ユウキが……ふふ、後二年ですね。待ち遠しいです」
「そう、それ! それが聞きたかったの! イクシアさんってヒューマン換算だとまだ二二かそこらですよね? それが急に母親になって、後悔とかはないんですか?」
「ちょ……やめなさいアケミ」
「ありませんよ。私はユウキに自分の人生を捧げるつもりです」
「本当に? いつかユウキ君だって誰かと結婚して去っていきますよ? そしたら……それこそ第二の人生スタート! とかなりません? 誰か良い人とかはいないんですか?」
事情を知らないアケミは、ただ思った事を口にする。
そこに『失礼かもしれない』という考えなどなく、言ってしまえば『酔っぱらいの戯言』だ。
だがそれでも、チセは気が気ではなく、そしてイクシアもまた……。
「……嫌です。ユウキはずっと……ずっと私の子なんです! ずっと一緒なんです! そうですよねニシダさん! ユウキはいつまでも私の可愛い子供なんです!」
イクシアもまた……アケミ同様、かなり酔いが回っていたのだった。
神話時代を生きたエルフが、アルコールに強い。そんな決まりはどこにもない。
実は酒に弱く、飲めない訳でもないが、酔いが回るのが早すぎるイクシアは、日本酒を一口飲み、その感想を言い終えた段階で、既に泥酔とも言える状態に陥っていたのだ。
「ユウキはですね……凄く良い子なんです……小さくてかわいくて……恥ずかしがり屋で頑張り屋さんで……もうずっと私の子供なんです……誰かになんて本当は渡したくないんですからね! 私は!」
「ふふー……そうねぇ、ユウキ君は良い子ですよねぇ……礼儀も弁えていますし……真面目過ぎない、不真面目過ぎない、良いバランスなんですよねぇ……私がもう五歳若ければなぁ……」
「ちょっと……イクシアさんも……もう酔っちゃったんですか?」
「酔っていません……ただちょっと言いたい事を言っているだけです。ユウキはですね……とても女の子にもてるんです……私は心配です……心配なんですよー……お母さんは」
もはやべろんべろんに酔っている。しかし、その表情はいつもとなんら変わりなく、はた目には素面に見えるから質が悪い。
彼女はその後も、普段口にしないような事を話し続け、そして食べ続ける。
そしてなまじ酒に強いチセは、その重症患者二人の面倒を見るという役目を押し付けられたのだった。
うむ、暇だ。久しぶりに一人で夜を過ごす事になったわけだが、こんなに暇だっただろうか? もう時間の潰し方を忘れてしまっている。
スマ端で動画を見ても、満たされない。テレビを見ても、すぐに飽きる。
これはあれか、人とのふれあいに慣れてしまったせいで、無機物相手では満足出来ないというあれか。
端末を充電器に繋ぎ、もう寝てしまおうかと思ったその時だった。
着信音が鳴り響き、その発信者の名前を見て通話を開始した。
「もしもし、サトミさん?」
『あ、ユウキ君起きてた? 実はついさっき実家に着いたんだー』
「お、そうなんだ。明日だと思っていたよ。少し電波悪いけど大丈夫?」
『うん、聞こえてるよ。明日地元で小さいお祭りあるから、余裕を持たせたくて早めに来たんだ』
「おー……ってサトミさんの実家ってどこだっけ?」
『館皇町だよ。そこでお祭りあるんだけど、ユウキ君もイクシアさんと一緒に来ない?』
「あ、行きたい。ってそこなら隣町だよ。たぶんその祭り俺も行った事あるよ。毎年花火も上がるよね? イクシアさんに見せてあげたい」
『言うと思ったー。じゃあ明日の午後……三時くらいに館皇駅集合でどう?』
「OK。んじゃイクシアさんと、一応ショウスケも呼んでみるよ」
『分かった。じゃあね、ユウキ君』
通話を終える。そうか、そんなイベントもあったな。ここ数年はバイトで行けなかったけど。
そうだな、きっとイクシアさんも花火、見た事ないだろうし、良い記念になりそうだ。
……浴衣まだあったかな? ばあちゃんのじゃダメかな? 数着あった気がするけど。
「もう一〇時か……イクシアさん、大丈夫かな」
そう呟いたと同時に、家のチャイムが鳴らされる。
こんな時間となると……ニシダさんだよな、きっと。
「こんばんはユウキ君。イクシアさんをお届けに上がりました」
「お届けって……」
「ちょっと待ってね。フジワラ、お願い」
「かしこまりました。夜分遅くに申し訳ありませんユウキ様。イクシア様の寝室までお運び致します」
案の定のニシダ主任と、フジワラさんの登場に一瞬硬直する。
え、イクシアさん寝てる?
「お店で眠っちゃったからフジワラに迎えに来させたのよ」
「そうだったんですか……あまり沢山飲ませないで下さいね、イクシアさんに」
「え、ええ……気を付けるわ。ユウキ君も、もしも家でイクシアさんがお酒を飲もうとしたら……なるべく飲ませないようにしてあげて。ちょっと……あまり飲ませちゃダメみたい」
まさか、酒乱の類だったりするのだろうか……それはそれで見てみたい気もするけど。
「ユウキ様。イクシア様を布団にお運びしておきました。それでは、私達はこれで失礼します」
「あ、有り難うございます。じゃあ、俺も寝ますね。二人ともおやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。遅くまでイクシアさんを連れ出してしまってごめんなさいね」
「おやすみなさいませユウキ様」
……そうか、イクシアさん寝ちゃったんだ。そしてフジワラさん……災難だなぁ。
便利に使われてるじゃないか。まったく……一体どれくらい飲ませたんだろうか。
翌朝。エアコンの効きの悪い自室で目を覚ます。いやぁ……暑いっす。
昨日は深夜前に眠ったからか、時計を確認してもまだ六時を少し過ぎた程度。今日はラジオ体操の手伝いは頼まれていないが、耳を澄ますと遠くから微かにラジオの音が聞こえてきた。
……起きているんだし、ちょっと様子だけでも見に行こうかな。
「まだ始まったばかりか……どうしよう、俺もやろうか――な!?」
空き地に向かうと、子供達に混ざってイクシアさんが元気よく腕を大きく回す体操をしていました。いや、なぜ起きているし。というかしっかり参加している事に驚きなのですが。
あれー……昨日あんなに爆睡して戻って来たのに、身体は大丈夫なのだろうか。
とにかくこっそり参加し、そのまま無事に朝の眠気を吹き飛ばし、健康的な目覚めを迎える。
終わりと同時に子供達が係のお姉さんのところへハンコを貰いに行き、そして当然のようにイクシアさんもハンコを片手に子供達に対応していた。
……俺も並ぼう。
「はい次の子どうぞ。……ふふ、貴方も可愛いですね。はい、カードが無い子は手のひらを出してくださいね」
「はは……おはようございますイクシアさん」
「ふふ、おはようございます。昨日はすみませんでした。お店でお酒を飲んでいたところまでは覚えていたのですが……気が付いたら布団で眠っていました」
「身体に異常がないなら何よりです。眠ったまま家まで送られて来たんですよ」
「そうでしたか……やはりこの身体でのアルコール摂取はまだ早かったのかもしれませんね。飲んだところから記憶がありません」
なるほど、やっぱり肉体年齢が成人していても、免疫機能はそこまで成長していないのか。
それとも……ただ単に生前からお酒に弱かったのか。
集まっていた子供達がそれぞれの帰路に就くのを見届けて、俺もイクシアさんも家に戻る。
どうやら、沢山の子供達に囲まれるのが楽しいらしく、自ら進んでラジオ体操の手伝いを昨日のうちに買って出ていたのだとか。ううむ……やはり相当な子供好きなんだなぁ。
そこに俺も含まれているのが不満といえば不満なのだが。
「おいしい……ユウキ、凄く美味しいです。優しい味がします。こんな料理も作れたのですね」
「料理ってほどじゃないですよ。大昔、たぶん小学校くらいの頃かな。お酒を飲んだ次の日、必ず二日酔いする父親だったんで、その度に婆ちゃんが作っていたのを教えて貰ったんです」
我が家にて、今日の朝食は俺が作るからと、二日酔いや深酒した翌日に効くらしい『おろしがゆ』を作らせて頂きました。
いやぁ……大根おろしと白米一緒に煮込んで、仕上げにもう一度火を通してない大根おろしを加えて、めんつゆで味付けしてネギをちらすだけっていうお手軽なヤツなんですけど。
「そうなのですね。ふふ、安心する味です。ユウキも食べましょう」
「はい。……あ、結構おいしい……」
「本当に。なるほど、二日酔いに効くのですね」
「でもイクシアさんは平気そうですね」
「そうですね、生前から、お酒の類はすぐに効いてすぐに抜ける質でした」
「へぇ……俺も早くお酒が飲めるようになりたいですよ」
「ふふ、そうですね。後二年、それまで楽しみに待っていますよ」
そう言いながら、イクシアさんが笑う。
……やっぱり見惚れるのだ。母親というよりは……憧れの人。いつか……俺が大人になったと彼女に認められたその時には……。
「あ、そうだ。昨日サトミさんから連絡があったんですけど、今日隣町で花火大会があるみたいなので、一緒に行きませんか?」
「ハナビ大会? それはどんな競技なのでしょうか?」
「あ、大会って言ってもお祭りみたいなものですよ。ただ、花火っていう物がお披露目されて、みんなでそれを見物する催しです」
「なるほど……ハナビ……是非行ってみたいです」
よかった、興味を持ってくれた。じゃあ、早速浴衣がないか探してみないと。
結果、祖母の寝室に、まだ新品同様の浴衣が幾つか眠っていたので、その中から出来るだけ明るい柄の物を選び取り出してみる。
……うむ、絶対婆ちゃん、サイズ間違えて買って死蔵していたパターンだなこれは。
「ユウキ、困りました。どうやって着たら良いか分かりません」
「ええと……」
そして困った。さすがに着付けの仕方なんて俺にも分かりません。それに手伝う事も出来ません。……色々と見えてしまう。本人は気にしていない様子ですが。
こんな事で連絡してしまって良いのか迷ってしまうが……ニシダ主任、お願いします。
『はいはい、昨日のお詫びも兼ねて伺わせてもらうわ』
「すみません……こんな事で連絡してしまって」
『ふふ、良いのよ。浴衣着せてあげたいのよね。そして花火を見せてあげたい、と。素敵な考えだと思うわ。本当にお母さん思いなのね、貴方』
違います。母親代わりだからではなく、イクシアさんだから尽くしたいんです。
「イクシアさん、今ニシダ主任が着かた教えに来てくれるみたいです。ちょっと待っていましょう」
「わかりました。なんだか申し訳ないですね……それっぽく着る事は出来るのですが、この腰の布をどう巻いたらいいのか……」
俺もそれが分からない。男の甚兵衛とかは簡単なんだけどなぁ。
「はい、これで完成です。きつくないですか?」
「はい、大丈夫です。なるほど……やはりこのオビという物の扱いが難しいのですね」
「そうですね。浴衣なら私でも着付け可能ですが、本格的な和服、着物となるとさすがに……イクシアさん、よくお似合いですよ。花火、楽しんできてくださいね」
「ありがとうございます。よろしければニシダ女史も一緒に行きませんか?」
「お誘いは嬉しいのですが、私は義姉を案内しなくてはいけないので、今回は遠慮しておきます」
そうして、ニシダ主任は着付けの手伝いにきてくれたのだが、その後あっという間に戻っていってしまった。
そうか、お兄さんのお嫁さんか。……重婚したとかいう。
「イクシアさん、俺達も先に会場に電車で移動しましょうか。たぶん出店とか出てると思いますので、そこで色々食べてお昼ご飯にしましょう。食べ終わる頃には待ち合わせの時間になるでしょうし、駅に移動するって形で」
「なるほど。ふふ、出店とは懐かしいです。地球の出店はどういうものがあるのでしょうね」
「俺のおすすめはなんと言ってもタコ焼きですね。じゃあ電車の時間もありますし、行きましょうか」
そういえばタコ焼きって冷凍食品で売っていても、買う事はあまりないなぁ。
お祭りで食べるもの、っていう意識が強すぎるんだよな、あれ。
関西出身の人とか日常的に食べるのだろうか? たこ焼き専用の機械も持っていたりするのだろうか。
浴衣姿のイクシアさんは、普段とは全くかけ離れた服装の所為か、隣にいるだけで酷く緊張してしまう程綺麗だった。
駅で電車を持っている間も、乗っている間も、常に周囲の視線がチラチラと彼女へと集まっていた。本人は気にする素振りも見せていないが、こちらとしては気にしてしまう。
こ、ここはもっと近くに寄って、『連れです』アピールでもするべきだろうか。
そして祭り会場最寄り駅にて降りると、いよいよもって人の数も増えてきたので、意を決して――
「人が多いですし、手を繋いで行きましょうか、ユウキ」
「あ、はい」
先に言われた! くっ、こっちも覚悟を決めたというのに。
が、手を繋いだ段階で、露骨に視線を切る人間が結構な数いたので、しっかり効果はあるみたいです。
「あちらこちらに装飾が施されていますね。これを辿っていけば会場に着くのですね?」
「ですね。ただ、近くの広場にも出店が集まっているはずなので、そこで何か食べつつ時間を潰しましょう」
「ええ、分かりました」
……浴衣、よく似合うな。婆ちゃんが選んだものだから、少し地味すぎるかもと思ったけれど、本人が凄く目立つ容姿で、髪も金色だからか、落ち着いた色合いの浴衣に凄く映えていた。
髪も今日は結わいでいるし、凄く新鮮だ。ううむ、ニシダ主任、着付けも出来るし案外女子力高いのではないだろうか。
「あった。じゃあ買いに行きましょう」
「おや、この香りは……前に作ったお好み焼きに似ていますね」
「仲間だと思いますよ」
そして、イクシアさんも俺も、このコロコロと丸くて可愛い、そして美味しいたこ焼きに舌鼓を打ちつつ、少し前まで流行っていた例のツブツブ入りミルクティーを頂くのだった。
「丸いとなんだか刺すのが可哀そうになりますね。えい」
「『キャア、イタイ』とか言ってみたり」
「ふふ、まったくユウキは。はい、口を開けてください」
「……照れますね。はい」
周囲の視線が心地ようございないます。どうだ、羨ましいか! 緊張でどうにかなりそう。
広場に併設されていた、簡易オープンテラスのような席で昼食をとっているうちに、時刻は約束の三時近くになっていた。一応、ショウスケにも連絡を入れていたのだが、返事がないことを鑑みると、また実家の方で拘束されているのかもしれないな。
ううむ、どういう家庭環境かは分からないが、相当に厳しいご家庭な模様。
駅の近くへと向かうと、上り、下り共に電車の到着時間のすぐ後だった影響か、田舎とは思えない程の人の波が出来ていた。これ、駅前で待ち合わせは失敗だったかも。
「ユウキ、サトミさんを見つけましたよ。それに――」
「お、ショウスケも一緒だ! おーい二人とも! ここだここー!」
駅から少し離れたバス停に二人が立っていたのを見つけ近づく。
「お待たせユウキ君。ショウスケ君もさっき到着したんだって」
「いやすまなかったなユウキ。スマ端をまたまた没収されていたんだ。実はあの訓練施設に向かった日は、ちょっと家の手伝いを抜け出してきていてな。今回もついさっき端末を取り返したところだ。返事をするよりも先に電車に飛び乗ったんだが……端末を持つ人間が集まっていると、満足に通信が出来ないようだ。これが田舎の弊害か」
「あー……確かにそうなるわ。こんだけ集まって電車に乗っちゃ、ここらじゃ回線パンクするな」
「うむ。それで、さっき一応カナメも誘ってみたのだが、アイツは姉君と一緒に見て回るそうだ」
「了解。二人はもうお昼は食べてきたのかな?」
「ううん、屋台で食べるつもりで抜いてきたよ」
「俺もそうだ。会場に移動がてら、途中で買っていきたいのだが、構わないだろうか」
なんか、楽しい。こうしてそれぞれの進路に向かった友人達と、地元でこうして一緒に過ごせるのが。
前の世界にいた頃の俺に言っても信じないだろうな。『俺がショウスケと、さらに別なクラスの女子と一緒に祭りに出かける』なんて言ったって。その上さらに、俺に家族が出来たなんて……な。
「イクシアさん浴衣凄く似合っていますね! なんだか大人っぽくて素敵です」
「本当にそうですね。ユウキ、こういう場ではよからぬ輩も多い。しっかりイクシアさんを守るんだぞ」
「分かってるって。じゃあイクシアさん、引き続き手を」
そうして手を繋ぎ、友人二人を連れ、花火大会が行われる町の中央へと向かうのだった。
会場になっている場所は、元々町のシンボルとして建設された展望台つきのタワーと、その周辺にある道の駅一帯を合わせた市民公園だ。
ここにも当然沢山の出店が出ており、近所の小学校に通う子供達も集まり、他の場所とは一線を画す賑わいを見せていた。
まだまだ日が高いのだが、自然公園や展望台、様々な場所を見て回っていれば、すぐに花火開始の時刻になるだろう。
「む……このオムそばというのは中々に美味いな。モダン焼きの仲間か」
「あ、焼きそば入ったお好み焼きだよね。いいなー私炭水化物あんまり食べないようにしてるけど、今日くらい食べようかなぁ」
「サトミさん。クレープって炭水化物だよね?」
「ふふーん、これはそば粉で出来たガレットっていう食べ物だよ? 糖質制限の強い味方なの!」
「へー。あ、イクシアさん、デザートにかき氷なんてどうです? 俺並んで来ますよ」
「む、俺も食べたいな。俺も行こう、イクシアさんとサトミさんは……そうだな、あのベンチの辺りで待っていてください」
「ふふ、ありがとうございます二人とも。では、私達は待っていますね」
「あ、じゃあ私イチゴミルクで」
「私はなんでも。ユウキと同じで良いですよ」
よし、じゃあイクシアさんが好きそうなのを選ぼう。昨今のかき氷は屋台でも豊富な種類があるからな、さて何味にしようか……。
「大分並んでいるな。今日は暑いからな、仕方ないかもしれないが……」
「ん、なんかここ特別な氷を使っているらしいな。なるほど、限定品だからみんな集まるのか」
なんか、海洋深層水にミネラル豊富な塩を溶かし込み、仄かにしょっぱい氷とシロップが絶妙な味らしいです。俺は信じないぞ、きっと水道水にただの塩ぶっこんだだけだろ。
とかいいつつ、普通に食べてみたいので大人しく列が捌かれていくのを待つ。
イクシアさん達大丈夫かな? おかしいヤツにからまれていないかな。
「キョロキョロしなくても大丈夫だ。俺が指したベンチ、あれは丁度実行委員会の本部の裏にあったんだよ。常駐している警察もいる。おかしな連中は近寄ってこないさ」
「……お前本当抜かりないのな。ありがとうよ」
「ああ。ほら、次お前の番だぞ」
おっと、じゃあ注文をしなければ。味の種類は……凄いな、シロップを二種類選べるのか。
「ショウスケ、俺イクシアさんと自分の分頼むから、そっちはサトミさんと自分の分を頼んでくれ」
「了解した」
「すみませーん。パッションフルーツとピーチのシロップかけたの二つ下さい」
きっとおいしいであろう組み合わせを注文する。まぁパッションフルーツなんて食べたことないけど。いや、聞いた事はあるんですけどね?
「毎度! ふむ、氷間に合うかね……今の列捌いたら終わりだな」
「お、セーフセーフ。……はい、ありがとうございます」
無事にゲット。美味しそうだ、シロップたっぷりだし山盛りだし。
そうして、列の最後だったショウスケも、無事にイチゴミルク味と、本人が頼んだ抹茶黒蜜味を受け取り、イクシアさん達の元へ戻ろうとする。
「随分渋いチョイスだな、ショウスケ」
「はは、確かにな。ん……なんだ、かき氷屋の方が騒がしいな」
ベンチへ戻ろうとした時、先程まで俺達が並んでいたかき氷屋の前で、一人の女性が……なんだか遠目からでも分かるくらい、悲しそうに項垂れていた。
「あれは……エルフの女性だな。そうか、かき氷が買えなかったのか」
「ははは……ちょっと可哀そうかもな」
「そうだな。だが……なんだかんだで、グランディアの人間も増えたよな、日本の地方でも」
「だなぁ。ここに来るまででも、チラホラ見かけたな。まぁ祭りで人が集まってるからってのもあるだろうけど」
元の世界にいた頃は、海外の人間を見る頻度が大体そのくらいだった。
きっと都心だと普通にいたのだろうけど。
「そして普通に生活に馴染み、普通に皆に受け入れられて暮らしている」
「ああ、まぁそうだよな。珍しくはあるが排除する、なんてことはないだろ」
「……この先もそうだといいんだけど、な」
「なんだよ、不穏な物言いだな」
「俺、少し前まで文化の研究も兼ねた実地研修でグランディアに渡っていただろ? 向こうじゃ、地球人について少し問題も出て来ていたんだよ」
「問題?」
「ほら、エルフや魔族は身体的特徴からすぐに分かるが、地球人はヒューマンだろ? だからグランディアに元々住んでいるヒューマンと見分けがつかないんだ。それが、逆に問題を生んでいる、なんて事もあるらしい」
ふむ、さては難しい話だな? やめろやめろ、俺はそういう話は分からんのだ!
どこぞの豚よろしく、難しい事は分からないよ! らんらん♪
「まだ小さな活動しか見られないし、大きな問題になっている様子もないんだが……街頭で地球人を排他するべきと主張する人間を見かけたことがある。だがその一方でグランディアの人間はこちらで平和に暮らしている。こういうギャップを『少し危ういな』なんて俺は思っているんだよ。だからこそ文化の共有、物理的な物ではない、精神的な共有をしたいと考えているんだ。まぁ、何をしたらいいのか、具体的な事は何一つ分からないんだけどな」
移民問題みたいな物……だよな。そうか……グランディアではそういう動きも少なからず出てきているのか。……なんか嫌だな、そういうの。無くしたいと思うショウスケの気持ちは、俺にもよくわかる。
「何をしたらいいかって? とりあえずまぁ見てろよ」
そんなの、これくらいしか出来ないだろうさ。
俺は、かき氷屋の前で項垂れている白髪のエルフの女性の側へと向かう。
「どうしてもっと氷を用意していなかったんだい……私はそんな特別な氷なんて魔法でも生み出せないよ……ああ……海洋深層水の塩かき氷……食べてみたかったよ私も……うう……」
「お姉さん、良かったら俺のをあげますよ。ほら、実は二つ買ってるんです。だからおひとつどうぞ」
なんだか随分と子供っぽい様子で愚痴を言っているお姉さんに、かき氷を一つ差し出す。
「ほ、本当かい!? じゃ、じゃあお金あげるよ! はい!」
「はい、毎度あり。ごめんなさい、俺が二つ買ったせいですね」
「ううん、仕方ないよ! 売っていたらきっと私も二つ買っていたからね! じゃあね少年! この恩は忘れないよ!」
そう言いながら、エルフのお姉さんが嬉しそうにかき氷片手に走り去っていく。
ははは、凄く嬉しそうだ。途中で転ばなきゃいいけど。
「……俺達に出来る事なんて、せいぜい誰かに手を差し伸ばす事くらいだろ。グランディアでも、同じように地道にやるしかないさ。違うか?」
「……そうだな、そうだよな。小さな一歩でも……同じ気持ちを持つ地球人が増えたら、きっとそれで良い、か。簡単な事、だったんだな……ああ、近道なんて存在しないんだよな」
まぁこれしか思い浮かばなかったってだけなんですけどね。
あと、あのエルフさんがあんまりにも可哀そうなのでついつい。
ともあれ、かき氷が解けてしまう前に、皆の元へ戻るのであった。
(´・ω・`)かき氷エルフ……一体何者なんだ。
(´・ω・`)追伸、現在『キミラノ』という企画サイトで小説の第一巻だけ丸々公開中だそうです。
僕の前作の書籍版も一巻まるまる公開中です
https://kimirano.jp/kakuyomu_contents/work/588
(´・ω・`)購入サイト以外の外部URLは張っても問題ないらしいのでぺたり




