第四十三話
(´・ω・`)本日二話目の更新
イクシアさんは我が家のお墓に行くのは初めてなので、とりあえず風習というか、お約束というか、花や線香、蝋燭の説明をして墓地へと向かう。
いつもは自転車で向かうのだが、今回は二人で歩いて向かう。車の免許とか俺も取ったらいいかもしれないなぁ……金銭的には余裕があるのだし。
「見えてきましたよ。ほら、あそこです」
「あれが日本のお墓ですか……なるほど、変わった形の墓石ですね」
「言われてみれば妙に凝ってますよねこれ。最近はもっと簡略的な物もありますけど」
そういえば……以前ここを訪れた際、ニシダ主任と同じ苗字のお墓に、両手に花な感じのお兄さんが来ていたっけ。確か同じ列のお墓だった――
「って、ニシダ主任! こんにちは、まさか同じ墓地にお墓があったなんて!」
驚いた事に、まさしくそのお墓の前に、珍しく白衣を羽織っていない、私服姿の主任が来ていたのだった。
「あら、ユウキ君にイクシアさん。奇遇ですね本当に。同じ市内に住んでいる事は知っていましたが、お墓も一緒の墓地だったなんて」
「こんにちはニシダさん。こちらのお墓は……」
「私の母のものになります。お盆のこの時期くらいしか来られませんからね、せめて綺麗にしてあげないと」
そっか。ニシダ主任のお母さんが亡くなっていたんだ。
……じゃあやっぱり、前に俺が見かけたのは……お兄さん?
「去年、ここでたぶん俺、ニシダ主任のお兄さん見ましたよ」
「嘘、本当に? まぁ一応時期をずらして行ってるとは言ってたけど……」
「なんか両手に花でしたよお兄さん。うらやまけしからんです」
「あ、それたぶん兄で間違いないわ。グランディアって重婚が可能なのよね。それで、一緒にいた二人はどっちも兄のお嫁さんよ。つまり私の義理の姉にあたるの」
唇を強く噛ませてください。羨まじい! なんだよぞれ! チクショウまじで!
「けど墓の様子を見た限り、今年は来ていないみたいねまだ。兄も少し出張でグランディアに渡っているのよ」
「へー! お兄さんってどんなお仕事してるんですか?」
「うーん……一種のコンサルタントになるのかしら。まぁ色々飛び回る人ね」
そうか、世界が変われば商売の仕方も変わるよな。そういう職種って案外重宝されるのかも。俺も、そういう方面で異世界で仕事をするのもありかもしれないなぁ……頭悪いけど。
「さて、じゃあ私も一緒に手を合わさせてもらおうかしら。仮にも、貴方の進路に口を出した身だしね」
「ありがとうございます。祖父母や父も喜びます」
そうして、俺は久々に誰か他の人と共に、墓前で手を合わせる。
「私は暫く休暇でこっちに残ります。イクシアさんもユウキ君も、何かあれば連絡して頂戴ね。車出し程度でも付き合うわよ」
「さすがに悪いですよそれは。それにほら、フジワラさんもいますし」
「……疲れない? 彼といると。完璧過ぎる人間と一緒だと疲れるのよね」
あ、そういう事はっきり言っちゃうとなると、有名な人なんだろうか……。
「まぁ、なんでも言って頂戴。では私はこれで」
そうして主任と別れた俺は、この蝉の大合唱の中、イクシアさんと家へと戻るのであった。
「少し回り道して行きましょうか。ちょっと暑いですけど」
「構いませんよ。どこかに寄りたいのですか?」
「なんだか懐かしくなってきちゃって。この辺りは俺が小学生、中学生の頃の通学路、九年間通っていた道なんです」
「幼いころの学び舎ですか。ふふ、興味があります私も」
誰かと歩くのが懐かしい。正直、小学校の頃の思い出なんて散々だったのだが、それでも家族と歩いた時の事だけは、今でもはっきり覚えている。
学校の行事になると、いつもは子供達だけで歩くのに、そこに親が一緒になる。
それが新鮮で、ただの通学路なのにわくわくしたものだ。
……ああ、懐かしいよ本当に。
「ここが俺の通っていた小学校。今の時期は夏休み中もプールが解放されているんで、ああやって子供達が集まってるんです」
「まぁ……なんと眩しい光景なのでしょう……可愛らしいです」
「ちなみに、部外者は入れない感じです」
「……そうですか」
何故残念そうなのか。そうだ、だったら――
「レジャー施設のプールなら誰でも有料で入れますよ。今の時期なら人も多いと思いますけど」
「レジャーのプールですか。素晴らしいです。海とは違い安心です」
「いやまぁ、プールでも事故は起きると思いますけど……確かに海よりは安全かもですね」
「そうです! 海に遊びにいかせるくらいなら、私はプールで遊んでもらいたいですね」
「じゃあ今度一緒に行きましょうか。俺、泳ぐの得意なんですよ? 家の近くに川がありましたよね? 子供の頃からよく泳いでたんです」
「泳ぐ……私、お風呂以外で水の中に入った事、ほとんどないのですよね」
「そうなんですか? じゃあ今度水着も買わなきゃですね」
想像したら興奮してきた。これはあれです、前かがみ案件です。近づいて来る野郎を合法的に始末する手段を手に入れる必要がありますな。
白のビキニなんてどうだろうか。あーだめですえっちすぎます! あーだめです!
「じゃあ一度戻りましょう。帰りにスーパーで買い物でもしましょうか」
「ええ。ふふ、ユウキが九年間通った道……感慨深いです。ここを、小さなユウキが歩いたと思うと……んー!」
とつぜん いくしあ が だきついてきた!
しかし ゆうき は ひらりとみをかわした!
「何故逃げるのです」
「何故抱きつくのです」
「……なんだか悔しくてつい、今のユウキだけでも堪能しておこうかと」
「人に見られると恥ずかしいので……」
「では家に帰ってから」
実は新幹線に乗っていた時から……いや、フェリーに乗っていた時から、妙にイクシアさんのスキンシップが激しくなってきている気がするのだ。
あれか、契約をしたからもう完全に自分の子供だという認識が高まったせいなのか。
久しぶりに訪れた地元のスーパーは、微妙に店のレイアウトが変わり、以前よりも学生に嬉しい、惣菜パンに力を入れて販売しているようだった。
そういえば駅からも近いしな、ここ。
「ふぅ、落ち着きます。こういう縁側と言うのですか? ここに座って静かに外の景色を見るのが、私はたまらなく好きなのですよ」
「それは俺もですね。この時期になるとよく、明るいうちはずっとそこに座って過ごしていました」
「そうでしたか。では隣へどうぞ、ユウキ」
徐々に日が沈みゆく空。夕日未満の、光が弱い空の色。
いつの間にかイクシアさんがつるした風鈴の音だけが聞こえる、そんな夏の一時。
ふいに、隣の彼女が、身体をこちらに倒してきた。
「……これからは、私がいますよ。お墓まいりも、里帰りも」
「……はい」
どうして分かったのだろう。寂しかったなんて一言も言っていないのに。
この季節のこの時間だけは、一番嫌いだって、言った事なかったのに。
「さて、晩御飯どうしましょう? お惣菜だけで済ませるのも味気ないですし……」
「あ、なら素麺でも茹でましょう。夏の風物詩ですし」
「ソウメン? ラーメンの仲間ですか?」
「ですね、仲間です。確かまだあったはずなので俺が茹でますよ」
たぶん、もう俺に嫌いな季節なんて、無い。
翌日。地元に戻ったはいいものの、同級生が地元に戻って来るとは限らず、しかもタイミングもバラバラだ。
ショウスケにも昨夜のうちに連絡を入れたのだが、生憎と返事はまだない。
サトミさんが戻るのも明日だし、こんな田舎で時間を潰す手段なんて、せいぜいカブトムシでも掴まえてラジオ体操の為に集まっているキッズに自慢するだけ。
はい、そうです。もう何年ぶりになるでしょうか、ラジオ体操に来ております。
「おらー、お前らハンコ貰い忘れるなよー」
「ユウキー! 押したらカブト捕まえるとこつれてけー!」
「あいよー。場所だけ教えるから自分で掴まえろー」
ラジオ体操の為に集まるのは、今はもう使っていない畑の跡地。
空き地になっているのと、絶妙にこの地区の中央近くにあるからという理由で、昔からこの場所がラジオ体操の集合場所だった。
そして俺が戻ってきているからという事で、近所に住むおばさんに手伝いを頼まれたのだった。
「ユウキちゃん驚いたわよー! もう毎日いろんな記者さんとか来て色々聞かれて、もうなにがなんだかわからなかったわー」
「いやぁお騒がせしました。何かトラブルとかありませんでした?」
「大丈夫よ、それは。ただテレビでユウキちゃんのことやってたじゃない? もうしばらく噂の種だったから、どこに出かけてもユウキちゃんのこと聞かれたわ」
「ええ……ゴシップに飢え過ぎでしょみんな」
いやまぁ平凡で長閑で娯楽の少ないこんな片田舎じゃあ、一種のエンターテイメント扱いだったんだと思うけれども。
「お姉ちゃん僕もハンコ! ここ、昨日休んだから一個飛ばして押して!」
「ふふ、わかりました。……はい、押せましたよ」
「ありがとう!」
「はい、次の子どうぞ」
ハンコ係のお姉さんことイクシアさん。もう信じられないくらい顔が緩んでおります。
いやぁ……小学生や小さい子に囲まれて本当に嬉しそうですね。
そしてたぶん、今並んでいる少年たちの初恋を全てかっさらっていくのではないでしょうか。
「イクシアさんも本当良い人ねぇ……うちの子とお見合いしてくれないかしら」
「あ、そういう事冗談でも言うと本気で俺怒るのでやめてください」
「ご、ごめんねユウキちゃん、冗談よ?」
「将来俺が結婚しますんで」
「あらま! そうなると私も嬉しいわ。そうなったらユウキちゃんこっちに戻って来るんんでしょう?」
「出来ればそうしたいですねー」
井戸端会議を抜け出し、ハンコを押し終えたイクシアさんを迎えに行く。
なんというほくほく笑顔。
「素晴らしい風習ですねコレは……ユウキもこのラジオ体操をしていたんですか?」
「していましたねー。昔と内容が変わらないのでなんだか安心しますよ」
「腕を大きく外して関節のたいそう! でしたか?」
「子供達の腕を外さないで下さい」
「ユウキ、味の方はどうですか?」
「美味しいですよ……まさか素麺が料理の材料になるなんて……」
「なんでも、これはオキナワという場所の料理だそうですよ。最近、BBチャンネルで『日本の郷土料理』という特集をしているらしくて、以前動画で見たのです」
今朝のご飯はソーミンチャンプルーという炒め物だった。
よくわからないが……焼きビーフンの素麺バージョンみたいな料理だった。
朝食を取り終え、そろそろ今日の予定を決めようとしていたところ、久しぶりにスマート端末ではない、家の電話が鳴り出した。
「あ、俺が出ます。……はいササハラです」
『もしもし、ユウキ君? 私、ニシダだけれど』
「主任ですか? こっちにかけるなんて珍しいですね」
『ええ。ほら、その辺りって電波弱いというか、魔力波も含めて乱れやすいでしょう?』
「そうなんですか? まぁアンテナ本数が不安定ではありますけど。それで、どうしたんです?」
『ちょっとお誘いよ。私今日、旧友に会うついでに訓練施設に向かうのだけど、ユウキ君やイクシアさんもいかないかな、って思って。そこからだと電車で四駅でしょう? だったら車で一緒に行こうと思うのだけど』
あ、そうかアケミさんか。そういえば夏には一度戻るって言ってたっけ俺も。
そうだな、こうしていても退屈だし、お世話にもなっているし会いにいこうかな。
「イクシアさん、片付けが終わったら一緒に訓練施設に行きませんか? ニシダ主任が一緒に行かないかって」
「ええ、大丈夫ですよ。私も一緒に行きます」
「聞こえました? イクシアさんも俺も一緒に行きます」
『ん、了解したわ。じゃあ家の前まで迎えに行くから、準備しておいてね』
丁度良い機会だ。イクシアさんをアケミさんに紹介しよう。
前回は紹介出来なかったしな。それに……俺が強くなるきっかけを作ったのもあの場所だ。
そういえば……リオちゃんってたぶん、親の仕事の都合でこっちに来てたんだよな。
もしかしたら彼女の事、アケミさんに聞けば何か分かるだろうか?
「おはようございますニシダ主任」
「おはようございます。ここまで迎えに来て下さりありがとうございます」
「いえいえ。では向かいましょうか」
今考えると、高校の通学路にほど近い場所にああいう訓練施設があるのはかなり恵まれているのではないだろうか? お陰ですぐに向かう事が出来たのだし。
……そうだ。あの日、初めてこの世界に迷い込んだと思われた日、ショウスケに完敗して、その悔しさが残るうちに通えたのは幸運だ。
もし微妙に遠い場所にあったら、それこそ不貞腐れて、そのまま堕落していた可能性だってあったのだから。
そうしみじみと思い返していると、スマート端末から着信音が鳴った。
「すみません、ちょっと電話です」
「構わないわよ」
「では……もしもし、ショウスケか?」
それは、メールにもメッセージアプリにも反応していなかったショウスケからだった。
『すまない、連絡が遅れた。実家の方が厳しくてな、先日のテロの影響で過敏になっているのか、端末を没収、暫く家の手伝いに奔走していた』
「なるほど、そういやショウスケんとこって厳しいんだっけ。いや別に大した用事じゃないんだけどさ。俺も地元に戻って来てるから、それだけ教えておこうと思って」
『お、そうなのか! 前回は結局手合わせも出来なかったからな、機会があれば軽く手合わせしたいと思ってるんだが、どうだ?』
「おーいいね。今丁度高校から一番近い訓練施設に行くところだから、良かったら来いよ」
『ん、そうか。分かった、今から出る』
よし、これで一先ず訓練相手で困る事はなくなった。
それに向こうもなんだか精神的に疲れていそうだし、いい気分転換になるだろう。
久しぶりに訪れた訓練施設は、やはり周囲の建物に比べて明らかに大きく、その存在感を誇示するかのようにそこにあった。
まぁ多少人の往来の多い地域、繁華街とはいえ……田舎にこの大きさの建築物は目立つ。
「ユウキ君とイクシアさんは先に正面からどうぞ。私はスタッフ用入り口から入るわ」
「了解っす」
「分かりました」
施設内に入ると、相変わらず多いんだか少ないんだか分からない、人がまばらに居る状態が広がっていた。
ううむ、元の世界でたとえるなら、ここは大きな図書館って感じなのだろうか? 学習意欲の高い人間が集まるような。
海上都市は元々そういう人間が集まる場所だから、いつだって訓練場や施設は混雑しているが……よく分からんな、この世界の感覚は。
「アケミさんアケミさん、お久しぶりっす。夏休みなんで遊びに来ましたよ」
相変わらず、施設の責任者なのに受付嬢のような事をしている彼女の元へ向かうと、まるでつまらない講義を聞いているような、酷く退屈そうな表情を浮かべていた顔が一変、嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
「ユウキ君じゃない! 久しぶりねー! ちょっと背伸びたんじゃない!?」
「それマジで言ってます!? そうなんですよー! たぶん三ミリは伸びてるんですよ!」
「……そ、そうなのね。それにしても久しぶりじゃないの! ニュース見たわよ? もう大活躍じゃないの! ここの常連さん達も凄い盛り上がりでね?」
「おー、じゃあ訓練相手に困らなさそうですね」
「んー、まぁそうね。……ただ、君がここで負けなしだったって話をしてから、ちょっと困った子が来ているのよね」
「ほほう、察するに俺と同じくここで負けなしな人が新たに誕生、それでイキりちらしてるという訳ですな」
「……あなた、たまに察しが良すぎる事があるわよね」
いやぁ、そういうのお約束というかテンプレなんですよ元の世界だと。
いやでもそういう人間が出るのは世の常です。別に俺がどうにかする必要なんてないんじゃないでしょうか。
「たぶんそろそろ来ると思うけど……まぁ実際に見たら分かるから、ちょっとどこかに隠れて様子を見ると良いと思うわ」
「ん、了解。イクシアさんは……ああ、またモニタ前に陣取ってる」
今回はイクシアさんの紹介もかねているからと、ちょっとこっちに来てもらう。
「アケミさん、この人が俺の保護者のイクシアさんです」
「あら……噂には聞いていたけど、本当に……初めまして、この訓練施設の責任者をしています、シミズアケミと言います」
「初めまして、ササハライクシアと申します。ユウキがこの場所にとてもお世話になっていたと聞いています。どうぞよろしくお願いします、アケミさん」
「はい、こちらこそ。……ユウキ君、凄く綺麗な方ね? ふふ、ユウキ君毎日照れているんじゃないですか?」
「ふふ、そうかもしれませんね。未だに一緒におふ――」
「はいストップ! イクシアさん、ちょっと俺隠れなきゃいけないので、一緒に隠れましょう、ね?」
「はい? ええ、構いませんけど……」
アケミさん説明中。すると正義感が強いのか、イクシアさんも割とノリノリで受付の裏に隠れだす。
「……何をしているのよアケミ。それにイクシさんにユウキ君も」
するとそのタイミングで、バックヤードからニシダ主任が現れた。
見ないで! 別に隠れて遊んでる訳じゃないんです!
「チセ! なによ、貴女も来ていたなら正面から来たらよかったじゃない!」
「イヤよ、一応本社からの視察って形にしてるんだから。そうじゃないと貴女、今みたいに煩いじゃないの。静かになさい、業務中よ」
「相変わらず融通効かないわねぇ……まぁあれよ、ちょっとこれは訳アリなの」
またまた説明中。いやぁその困ったさんはそんなに周りに迷惑かけてるんでしょうか。
「面白そうじゃない。アケミ、私もここに立つわ。一緒に対応してあげる」
「本当? じゃあお願いね、私ああいう子苦手なのよ」
受付の下の隙間。ストッキングを纏う脚線美を眺めながら待っていると、隣のイクシアさんがごそごそと受付の下を漁り始めた。
「見てくださいユウキ、こんなところにお菓子が沢山隠されていました」
「……たぶんアケミさんのおやつだからそっとしておきましょう」
「ふふ、分かりました。では私はこの隠されていた雑誌を読んで時間を潰します」
「おおう、そんな暇潰しの道具まで――ってゼク〇ィ!」
そんな……アケミさん、暇潰しに結婚情報誌を読んでいるというのですか!
暇潰し程度にしか考えていないのか、それとも僅かな時間でも情報収集に勤しんでいるのか! どっちなんだ!
「イクシアさん……その、それも元あった場所に……」
「『年下の旦那様特集。リードの取り方と甘え方』ふむふむ……これはなんでしょう?」
「やめてあげて!」
小声でそんな攻防を繰り広げていると、アケミさんがサッと一瞬だけこちらを覗き込んできた。
「来たわよ」
よかった、イクシアさんが雑誌を戻した後で。
しかし来たのか、件の人物が。さて、ではちょいと盗み聞きをば。
「今日も来たよーアケミちゃーん」
「いらっしゃい」
「あれ? 新しい人? こんにちは、俺キョウヘイって言います。一応この施設最強? みたいなヤツっす」
「こんにちは。私は今日、この施設の視察に来た人間よ。そう、ここで一番強いのね」
姿は見えないが、声の感じ、たぶん高校生くらいではないだろうか?
……チャラいというよりも、まさしく調子に乗ってる高校生って感じのテンションだ。
そんなに目くじら立てなくても良いのでは? 俺だってたぶん……似たようなものだったんじゃないでしょうか。
「ねーアケミちゃん、今日誰か面白い人来てないの? 大学生とかも夏季休暇で来てるけどレベル低すぎてさぁ。サトミネ高校の連中も相手になんないし、つまらないんだよね」
「だったら県中央の施設にいったら良いんじゃないかしら? 君の学校からここまで、かなり距離があるでしょうに」
「んー、だってここニュースに出てたユウキってヤツ通ってたんでしょ? だからどんだけレベル高いのかって思ってたんだけど、ちょっとがっかりっすね」
おーおー、イキるイキる。聞いていて恥ずかしくなってくるレベルじゃ。
「ここに通えばユウキって人も来るかもって思ってたんですけど、ここあまり強い人いないし、ここで全勝した程度の実力じゃ大したことなさそうだし、そのユウキって人も」
イクシアさんほっぺ膨らませないで。子供の言う事だから!
はい、パンクさせましょうね。プニっと。
「残ってる映像見た限りじゃまぁ、ジャンプ力ぅ……ですかね? 脚力の強化はヤバイっすね。でもそれ以外の手合わせの映像とか、正直……まぁ脚力生かして例の事件解決したのは凄いっすけど、強いって訳じゃなさそうですよね。あれですよ、来年俺もシュヴァ学入ってバリバリ活躍するんで、そしたら俺、ここで練習してたって宣伝していいっすよ」
うおおおおおお恥ずかしい! 聞いてるこっちが恥ずかしい! いや実際君がそんくらい強いならそれでもいいと思います。来年後輩になるならもうそれでいいと思います!
「ねぇ、一応私シュヴァ学の試験監督もした事があるし、ユウキ君の戦うところも見た事あるんだけど、貴方凄い自信よね? ちょっと戦って見せてくれない? 結果次第じゃ推薦状程度なら書いてもいいのだけれど」
「え、マジっすか! お姉さんそういう権限あるんすか! じゃあ誰か適当に掴まえて戦うんで、ちょっと推薦状の件お願いしていいっすか?」
「ええ、構わないわ。ただ……ユウキ君の推薦状を書いたのも私なの。少なくとも彼と同程度の実力がないと厳しいと思うわ」
「余裕っすよ。見た感じ身長も低いし身体に恵まれてる風でもないみたいですし、たぶん今戦っても俺勝てると思いますよ。んじゃちょっとフィールド今全部埋まってるんで、雑魚片付けて場所空けてきますわ」
おいやめろ。もしかしなくてもこの後俺と戦う展開になるんだぞ!
マジで取り返しがつかなくなるからそれ以上墓穴掘るのはやめろ!
すると、受付代の下に伸びてきたアケミさんの手が、俺に『そろそろ出てきて』を示す合図を送って来たので、いざ飛び出そうかと思ったのだが――
「面白い話をしているみたいですね。ユウキのお知り合いですか?」
「あら、ショウスケ君も久しぶりじゃないの! こっちに戻っていたの?」
「ええ。ユウキもこっちに戻っているので、ここで手合わせをする約束を」
「え、なに!? ユウキって人ここ来んの!? なになに、アンタ強いならちょっと相手してくんね?」
出るタイミングを失った。ショウスケ来ちゃったか。
「見たところ高校生か。なら丁度良い、高校時代のユウキとは同じクラスでな、よく手合わせもしていた。君がユウキより強いと言うのなら俺が判断しよう。アケミさん、一一時からVRフィールドの予約、入れていましたよね。この彼と少し手合わせに使います」
「お、よっしゃ。んじゃええとお姉さん? 推薦状よろしくっす」
「ええ。アケミ、こっちの今来た彼の経歴も教えて頂戴」
「あ、そうだった。ショウスケ君、この人は秋宮本社の人間で、ユウキ君の受験関係のバックアップもしていた人よ」
「おお、そうでしたか。……どこかでお見掛けしたような……」
そうか、ショウスケもニシダ主任も例の夏期合同合宿に参加していたもんな。
たぶんその時見かけたのだろう。
「……なるほど、ユウキ君の同級生で……進学先は仙杖門大学の異世界科……凄いじゃない、将来、何かしらの任務でユウキ君と一緒になるんじゃない?」
「はは、どうでしょうね」
どうやら有名らしい。俺? 元の世界ですらそういう進学先についての情報は全然集めていませんでした。
「インテリ系っすね。大丈夫っすか? 俺バリバリの実戦系っすよ? デバイスもありでやるつもりですけど」
「構わないよ。じゃあ移動しようか」
二人が遠のく気配を感じ受付から出ると、少し異様な空気がロビーを満たしていた。
いつの間にか、俺が通っていた時からの常連が集まっていたのだ。
「うお、なにこの殺伐とした空気!」
「おお! ユウキ君、いたのかい!?」
「うん、なんか困ったちゃんがいるから様子見しようと思って」
常連さん一号。確かUSH社贔屓のお兄さんが駆け寄って来る。
「あれはダメだ、マナーがなっていない。なまじ強いから強引にスペースを奪われて迷惑していたんだ」
「あー、明らかなルール違反じゃないと中々追い出せないっすもんねぇ」
「それにナチュラルに訓練中の人間を馬鹿にするからか、最近新規のお客もすぐに寄り付かなくなるんだ。この間だってサトミネ高校の一年生を散々なぶっていたし」
「ふぅむ……」
まぁゲームセンターで例えるなら初心者狩りして居づらくしたり、人が並んでいても連コインを平然とするようだったり、プレイ中の人間にヤジ飛ばしたりする人間ってヤツですかね。……なんか懐かしい。
「……で、どうしてアケミさんとニシダ主任はそんな良い笑顔なんですか」
「基本的に年下嫌い。特にああいうタイプは」
「俺も年下なんですがそれは」
「ユウキ君はまぁ、ここに通い始めた頃からずっと礼儀正しかったし、ハメ外しても他の人には敬意を持っていたでしょう?」
そうだっけ? 割と生意気な口きいてたと思うんですけど。
「ユウキ君はほら、なんだかんだでいつも一緒に検証したり実験したりしていただろ? あれのお陰で伸び悩んでいた人間が救われたことも多かったんだ」
「いやぁ……当時は俺も手さぐりで大変だっただけですよ。それこそ、全勝出来るようになったのは通い始めて一か月くらいしてからだった気がしますし」
割と大学生の皆さんには負けていたんですよね。競り合いにはなっていたけれど。
たぶん、魔法を諦めて身体強化一本に絞った事や、ゲームを参考にし始めてから強くなったんだったかな。
まぁ、その自信もリオちゃんにペシャンコにされたんだけど。
「へぇ、ユウキ君も伸び悩んでいた期間があったんだ。想像出来ないよ」
「うお!?」
突然、背後から声をかけられ振り向くと、そこにはなんとカナメがいた。
「カナメ!? どうしてここに」
「ショウスケ君に誘われたんだ。ユウキ君がいるからって。ちょっと遅れたけど、彼はどこだい?」
「ほら、あのモニター見て。あそこでちょっと高校生と遊んでる」
「ふぅん、どうしてまた」
おお、なんだか新鮮だ。カナメがここにいるなんて。
「あら、貴方もユウキ君の友達かしら?」
「昨年度のアマチュアバトラーチャンピオンのヨシダカナメ君です」
「嘘!? なんだか今日は凄い子ばかりくるわね!」
「あ、ユウキ君のお母さん。こんにちは、ごぶさたしています」
マイペースなカナメが、アケミさんの隣にいたイクシアさんに挨拶へ向かうと、イクシアさんはにこやかな笑みと共に、どこからかお菓子を取り出した。
あ、ルマ〇ドだ。ルマアアアアアアン。
「ふふ、こんにちはカナメ君。はい、お菓子どうぞ」
「ありがとうございますユウキ君のお母さん」
「うふふ、お母さん……良い響きです」
「あれ……イクシアさん、それどこから……」
アケミさんのおやつだよそれ。俺達に用意されたものじゃないですよたぶん!
「むぐ……美味しい。まぁ観戦しようかユウキ君。ショウスケ君の戦いは興味深いからね、VRならはっきり映像に映るし」
「ああ、そっか。普通の空間だと視認性悪いもんな、あいつの戦い方」
「そうゆうこと。ほら、始まるよ」
そうして俺は、手合わせという名の処刑執行の瞬間をモニター越しに眺めるのだった。