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第四十二話

(´・ω・`)本日の更新一話目

 まぁ、少なくとも今日の出来事は理事長に報告するのだし、この事は勿論イクシアさんにも伝えるつもりではあるんだけどさ。


「ただいま、イクシアさん」

「おかえりなさい。皆、良い子でしたね。キョウコさんはもしかしてどこか良い所の出なのでしょうか? 動きがどこか洗練されていましたが」

「やっぱりわかる物なんですか? たぶん、日本でもトップクラスの家柄だと思います」


 調べたらUSH社って元々家具や自動車、船、飛行機の船体からなにまで製造している老舗の工業系財閥みたいなんですよ。たぶん、元いた世界でも有名だったんじゃなかろうか。


「なるほど。それで……今日は楽しかったですか?」

「楽しかったんですけど、最悪な時間があったので、プラスマイナスで微妙なところです」


 はっきりと言う。正直に全てを。


「今日、俺を生んだ人間と突然面会する事になりました。ちょっと一人になる時間があったので、その時に会って、それでもう終わりにしようと思ったんですけど、想像以上に最悪な相手だったので、今後関わる事はないと思います」

「まぁ……そうでしたか。何かあったのだとは思いましたが……そうですか、憩いの時間に水を差すような真似を……ユウキ、忘れなさい。貴方はこれからも私の子供です」

「……そうですね。これからもずっと家族です」

「しかし……結局ユウキは知りたい事を知れたのですか?」

「はっきりと聞いてはいませんが、察する事が出来てしまう程に欲に忠実な人間でしたね。どうやら今の俺の立場に利用価値があると見出した人間の意向みたいでした」


 イクシアさん恐いです、急に表情消して目に力入れないで下さい。

 その気持ちだけで十分ですから、どうか落ち着いて!


「……少々口汚い言葉を言ってしまいそうになりました」

「今イクシアさんに話せてすっきりしましたよ。なんだか黙って面会したみたいで嫌な気持ちだったんです。明日、理事長に報告しますんで、その後一緒に実家に戻りましょう? そろそろお墓参りのシーズンですから」

「……そうですか? では、準備をしましょうか。切符の注文はお願いしても?」

「はい。いやぁ……インターネットで注文出来るなんて知らなかったなぁ」

「私ももっと使いこなしたいのですけどね……」


 とりあえず着替えだけ持って行けば良いだろうか?

 そうして荷造りをしているうちに夜も更け、少しベッドに横になると、そのまま意識を――


「ユウキ、眠ってしまいましたか?」


 が、その寸前でイクシアさんがやってきた。


「少しうとうとしているとこでした……」

「そうですか。……ユウキ、大切な話があるので一緒に眠ってもいいですか?」


 あれ? なんだ、何かがおかしい。寝ぼけた頭が言葉を正確に理解する前に、イクシアさんが静かに隣へと潜り込んできた。

 あれ、大切な話? なんで一緒に寝るなんてことに?


「え、どうしたんです」

「いえ、思いのほか私が不安だったようです。どうしても、ユウキが離れていく想像をしてしまいました。今日だけ、一緒に眠らせてください」


 坦々と、けれどもか細く、少し震えた声で言うイクシアさんを、拒絶する事なんて出来なかった。

 背中から、手を回され、こちらの手を取る彼女。


「……元々、召喚された私の魂とユウキとの間には微かな繋がりがありました。ですが肉体を得た今、その拠り所となる繋がりは消え、私は独立した人間となっています。だから……書面上の繋がりしかない私は、不安でした。心だけの繋がりに、少しだけ不安を抱いていたようです」

「……俺は、絶対にイクシアさんとは離れないですよ」

「……はい。ねぇ、ユウキ。私の我儘を一つだけ、聞いてくれませんか」


 きっと、それが大切な話なのだろうと、喉を鳴らしながら答える。


「はい。なんでも言ってください」

「……私と繋がりを作りませんか」

「は!?」


 いや待って! このシチュエーションでそれはつまり!?

 え、何を作るって? 何を? ナニを!?


「はい。一種の契約です。魂に繋がりを作りたいのです。書類だけじゃない。気持ちだけじゃない。存在の根底で、ユウキとの繋がりが欲しいのです」

「そ、それはどういう……」

「魂の底で、契約するのです。『互いを支えあい、裏切らず、大切に思い続ける』私は古い価値観の人間ですから、今も『親は子に無償の愛を捧げるもの』だなんて思っていますが、この世界はそうじゃない、そうとは限らないと知っています。だから――せめてこの契約を捧げたいと思っています」


 ……それは、捉えようによっては『男女の愛の誓い』に近いのではないだろうか。

 それを、俺に求めると言うのは……いや、それでもいい。それで、イクシアさんの不安が消えるのなら……俺はいくらでも彼女と契約しよう。


「契約、しましょう。それがどういう効果があるかは分かりません。でも、確かな繋がりが出来るのなら」

「効果なんてありません、ただ私の加護を与えるだけです。ずっと、大切に思っていますと。親が子を思い続けるような、そんな曖昧で、特別な効果もない。ただそれでも……私は安心したいのです」


 そう言った彼女は、ベッド脇のランプの近くから、小さな綺麗な石を一つ取り出した。


「契約の術式が刻まれた石です。これを枕の下に置き、一晩一緒に眠るんです。それで、契約が完了します。ただの自己満足、おまじないのようなものですが……」

「……分かりました、しましょう」

「本当に良いのですか? 眠る時、人は一番無防備になります。そして心を開き許諾するという事は……心を明け渡し、自由にさせるという事です。悪用されたらどうなるか……わかりますよね?」

「でもイクシアさんは俺に悪い事なんて絶対にしない」


 前に、イクシアさんは理事長に対して一方的な契約を迫った事があった。

 気になって調べたんだ。それがどういう魔術であるのか。

 ……結果から言うと、既に失われた、伝説にも等しい術だった。

 解呪不可能。解読不可能。防御不可能。伝説によれば、その術の存在で一つの時代が終わりかけた事もあるという、禁術中の禁術。

 それを、イクシアさんは行使出来てしまう。

 けれども、俺はそれを使えるイクシアさんを信じる。


「お願いします。それでイクシアさんの不安が晴れるなら。俺とイクシアさんの間に繋がりが出来るのなら。俺は喜んで受け入れます」

「……はい。では……おやすみなさい、ユウキ。きっと今日は素敵な夢が見られますから

……」


 そして俺は、彼女の気配を全身で感じながら、そっと意識を手放した。




 夢を完全に覚えている事って案外少ない気がするが、今回に限っては、内容がとんでもないので忘れようがありませんでした。

 真夏の夜にこんな夢を……きっと寝る前に話した内容を勘違いしたからだろう。

 ……とんでもない、どえらい夢を見てしまいました。真夏の夜の淫夢とはまさにこの事か!

 そして現在進行中でイクシアさんが幸せそうに隣で眠っているうえに、しっかりとこちらのパジャマを握っているので、起きるに起きられません。


「イクシアさん、そろそろ起きてください。もうすぐ八時ですよ」


 ゆさゆさ。眠っている時はなかなか起きてくれない彼女。アラーム音には敏感なようなので、試しにスマート端末の電子音を聞かせてみると――


「おはおうございまう……ユウキ。よく眠れましたか?」

「おはようイクシアさん。沢山眠れたと思います」

「それはよかったです。術式の影響で夢見が悪いと大変でしたから」


 一瞬、夢を思い出して顔が赤くなりそうになる。が、とりあえず洗面所に避難。

 そうだな、ご飯食べ終わったら理事長のところにいかないと。




『はい、ええ。ではお待ちしています。今回は向こうの出方を予測できなかった私の落ち度です。イクシアさんにも正式に謝罪をさせてください。隠そうとしていたのは事実ですから』

「了解です。じゃあ今から行きます。でもイクシアさん、別に怒っていないと思いますよ」

『それでも、です。勘違いをさせてしまったのも事実です。……それに、今回の件はもっと慎重に裏を探るべきでした。貴方にも不快な思いをさせてしまいました』


 朝食を終え、これから面会に向かう旨を告げてから、いざ学園へ。

 いや本当ただ報告に寄るだけで、そのまま東京駅に向かうつもりだったんですが、想像以上に理事長が申し訳なさそうにしているので……こっちこそ『ちょっと寄ってく?』みたいなノリですみません。

 ……世界有数の財閥の当主の元へ『ちょっと挨拶したろ!』なノリですみません、マジで。


「ふぅ……最近だいぶ気温が上がりましたね。ネッチュウ症という症状が出ることもあるらしいので、しっかりこまめに水分をとってくださいね。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます。……水筒下げて歩くのなんて、小学校の遠足以来ですよ俺」

「ほほう! ユウキの小学生時代の写真、もしかして実家には残っているのでしょうか? 是非見てみたいのですけれど」

「あー……どうだったかな? 一応探してみます」


 恥ずかしいので適当に濁しながら理事長室へと向かう。

 相変わらず厳重なセキュリティだが、イクシアさんも以前突入した件もあってか、自由に入れるようになっているそうだ。

 夏期講座を受講している生徒の姿もちらほら見えるが、この本校舎では行われていないらしく、校舎に入るともう誰の姿もなかった。警備員すらいないんですよね。ガッチガチのセキュリティカメラやら識別魔法だらけらしくて。

 ノック四回。確か回数で意味合いが変わるって聞いた事があるけれど、これってどういう意味なんだっけ?


「入ってください」

「失礼します」

「失礼します」


 室内に入ると、珍しく理事長がマスクを外した姿でこちらを待ち構えていた。

 相変わらずの美貌。眼福眼福。

 すると、恐らく初めて素顔を見たであろうイクシアさんが、少し驚いたような表情をしていた。


「おはようございます理事長。今日は仮面、つけていないんですね」

「おはようございます。ええ、正式に謝罪をするというのに、こちらから出向くこともせず、呼びつけてしまいました。せめてもの誠意です」

「おはようございます理事長さん。謝罪は必要ありません。貴女は私を気遣い、そしてユウキを気遣おうと努力してくれた事、しっかりと分かっています。それにしても……やはり、想像通り凛々しいお顔をしていたのですね」

「……ありがとうございます」


 何故か、少しぎこちない空気が漂った気がした。

 すると、またしても電子音が室内に響いた。またカラスですか? それとも……。


「招かれざる客ですね、今回は」


 理事長のその発言に、俺もイクシアさんも臨戦態勢に入る。けれど――


「知人です。招いた覚えはありませんが」

「あ、そうなんですか。じゃあ俺達はこれで――」

「いえ、ここにいてください。先にそちらのソファーに移りましょう。この相手に勧める席はありませんので」

「……ユウキ、座りましょう」

「あ、はい」


 え、ガチで嫌ってない理事長。ちょっと恐くなってきたんだけど。


「失礼するぞ、秋宮の」

「失礼ですのでお引き取り下さい、石崎老」


 そして現れたのは、なんと以前、実務研修で顔を合わせた石崎のお爺さんだった。

 あー……そういえば仲が悪いんだっけ、この石崎っていう家と理事長の家って。


「無礼ですね、秋宮の総帥ともあろうお方が」

「おや、小間使いも一緒ですか。さすがに寄る年波には勝てませんか?」

「くく、すまんな。今回は万に一つも危険はないと言ったのじゃが、どうしてもと言うんでの」


 そしてもう一人。護衛の人間だろうか、酷く冷たい目をした、髪の長い男性が控えていた。


「石崎のじいちゃんだ。久しぶり」

「おお、丁度来ておったか。久しいのう、ユウキ」

「ユウキ、お知り合いですか?」

「マグロモンスターを譲ってくれたお爺さんだよ」


 すると、イクシアさんは思わず立ち上がり、石崎の爺ちゃんの手を取った。


「まぁ! 初めまして、石崎さん、でしたか? 先日は大変貴重な物をお譲りいただいて……いずれ、なにかお礼を――」


 その時、控えの男がずずいと前に現れ、イクシアさんを押しのける。


「口の利き方を知らない人間をこの場に置くか、秋宮の総帥様は」

「……ふむ。“カワムラ”、退室しろ。お前は今この瞬間、敵に回してはいけない者の不興を買ったぞ」


 正解だ石崎の爺ちゃん。イクシアさんがちょっと悲しそうな顔したじゃないか。


「とても立場のある方だったのですね。申し訳ありませんでした」

「ふん、分かれば良――」


 だがその瞬間、石崎の爺ちゃんが懐から小さな石を取り出したかと思うと、それを握りしめ、カワムラと呼ばれた男の顔を殴り飛ばした。


「出ていけと言うておる」

「は。失礼しました」


 なんだ、ちょっとおかしいぞ空気が。それに理事長も……今まで見た事のない、まるで汚物を見せられているような顔をしている。


「本当に気色の悪い。それで、今日は何の御用でしょうか石崎老」

「まぁ待て、その前に謝罪くらいさせい。ユウキ、すまなんだ。儂の護衛が主の……家族に無礼を働いた。本当にすまなかったな」

「一発で理解してくれて何より。それで、本当にどうしたのさ。理事長とは予想通り物凄くが仲が悪そうだけど」

「いやなに。少々儂の傘下の家が先走ってのう。その謝罪じゃ」


 ほほう、何か水面下でやりとりがあったと。


「はて、私の記憶にはありませんが」

「いや、あるはずじゃ。儂の傘下にある家で、少々落ち目の『岸崎』という家がある。そこの当主が――」


 なるほど、完全に理解したわ。


「爺ちゃんの事嫌いになりそうだし帰っていいかな」

「……そういうことじゃ。ユウキ、すまん。儂が少々ヌシの話を人前でしたせいじゃ。ヌシを手中に収めようと馬鹿な真似をした家があったようでな、その謝罪だ」

「……なるほど。岸崎家がユウキ君の生みの親を抱えていたのですか。そしてそれを利用し、ユウキ君を貴方に献上しようとした、と」


 なるほど。爺ちゃんの指示じゃあないと。まぁこんな下手を打つような人じゃなさそうだし、たぶん本当なんだろうなぁ。


「……ヌシがここにきているのなら、彼奴らの首でも持ってくるんじゃった」

「さすがに物騒。で、あの連中ってどうなったの?」

「家は解体。当主と妾の女には……」

「殺した?」

「うむ。とはいえ社会的にじゃがな」

「了解。少しスッキリした」


 たぶん、本当なのだろう。この人の性格はそこまで悪いモノじゃあない。けど倫理観が明らかに人と違う事は、俺にも分かる。

 そしてそれが理事長と相反するからこそ、ここまで仲が悪いのだ、という事も。


「……そうですか。要件が済んだのならお帰り下さい」

「うむ。本人に直接伝えられたのは行幸じゃった。ではまたのう、ユウキ」

「ん。またね爺ちゃん。今度は他の人間を刺激しない形で。どうせ俺がここに来てるの分かってたんでしょ」

「くく、どうかのう?」


 嵐のように現れ、嵐のように去っていく。

 爪痕が残されたのか、俺には分からないけれど、少なくとも理事長の機嫌が最悪になったのは分かる。


「ユウキ君、あの人間とはあまり近づかないで下さい。あれは、人を呪い、殺す事を生業とする人間です。出来れば貴方には関わらせたくありません」

「心に留めておきます。たぶん、実際に俺の周囲に害が出たら容赦なく切り捨てますんで」

「そうしてください。とまぁ……どうやら今回の件はこれで終わり、のようですね。なるほど……簡単に相手方を調べられないと思ったら、石崎の息のかかった人間でしたか」

「なるほど。まぁ――クソが消えたなら俺はそれで満足ですよ。あれが本物であれ偽物であれ、今後似たような事を言う人間が現れたら教えてください。直接処断します」

「……段々と、凄みが出てきましたねユウキ君。くれぐれも道を――余計な心配でしたね」


 一人気持ちを昂らせていると、イクシアさんに頭をポンと軽く撫でるように叩かれてしまった。


「落ち着きなさい、ユウキ。すみません、少し興奮していたようです」

「う……はい、申し訳ありません理事長」

「……世界はうまく出来ているものですね。強い力を持つ者の傍らには、いつだって……共に歩む者がいる。イクシアさん、どうかユウキ君の事をお願いします」

「はい……総帥」

「ふふ、貴女は私のグループの人間ではないのですから、理事長、もしくはリョウカで良いんですよ?」

「……そうでした。では、リョウカさん、と」


 ? 何故急にそんな仲良しさんに? 今のやり取りに何があったのか。


「あ、そうだ。この後そのまま東京駅から実家に戻るんですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。港にフェリーが到着するのは九〇分後なので、今からバスに乗れば間に合いますね」

「了解です。では今日はここで失礼しますね」


 少々意外な結末を迎えた今回の一件。けれども、俺の心にはもう、その事件の事は残りそうになかった。

 イクシアさんとの契約。意味のあるものではないと言うが、それでも魂の奥底で繋がったという事実が、俺を取り巻く不安や気持ちの悪さ、そういった物を全て弾き飛ばしてくれたような、そんな清々しさだけを残してくれたのだ。


「さ、イクシアさんバス停に急ぎましょう」

「……そんな……バスで東京駅に行くのではなかったのですか……どうしましょう、救命胴衣は持ってきていません……」

「あ……」


 そうだった……橋、まだ開通していないんでした。イクシアさん……頑張って! たった三〇分だけだから! 海の上にいるのたったのそれだけだから! この世界の船めっちゃ速いから!






「実家の方には救命胴衣は売っているでしょうか。帰りは絶対に着用しませんと」

「あ、新学期が始まる頃には復旧するそうですよ橋」


 新幹線なう。相変わらずの超スピードで景色が過ぎ、懐かしの一面クソミドリが景色を独占する。いやぁ……こうして見ると本当なにもないな!


「ふぅ……やはり緑は良いです。学園の裏山も緑ではありますが、やはりこちらの自然とは全然違いますね」

「ですねぇ。じゃあとりあえず実家に戻って、管理してくれているフジワラさんから鍵を受け取ったら少し休憩しましょうか」

「そうですね。お昼を食べてから準備をしてお墓に行きましょう」


 こんなに短時間で長距離移動が出来るなら、今度の長期休暇にはどこかに旅行、行ってみたいな。うーん、とりあえず九州とか北海道とか、京都なんかもイクシアさん喜んでくれそうだなぁ。

 駅に到着してすぐ、今度はローカル線に乗り実家へと向かう。

 ああ……どんどん建物が減っていく。そして到着したのは我らが最寄り駅、無人駅となって久しい、冷房なんて存在しない、自動販売機すらない寂れた駅へと到着した。


「あぢぃ……水筒持ってて正解でしたね……」

「本当にそうですね。ンク……ンク……自分で作っておいて言うのもなんですが、美味しいですね……炎天下で飲むと格別です」

「プハー! 本当ですね。じゃあもう少し、頑張りましょう」


 久々に戻ってきた地元は、特に新しい建物が増えているでもなく、海上都市と比べて時代が数世代前のような光景が、まるで当たり前のように広がっていた。

 正直この辺りは元いた世界となんら変わらないんだよなぁ。

 微妙にデザインの違う車が走っている程度で。

 そうして実家へと続く通いなれた道を行くと、道の先で薄着の男性が、手をこちらに振りながら待っていてくれた。


「お久しぶりですフジワラさん。留守中、家の管理をして頂きありがとうございました」

「いえいえ、これが仕事ですので。既に聞いているとは思いますが、先日ここを訪れた人間の関係者と思しき人間は、全て排除しておきました。あれから変わった事もありませんし、恐らく今後ああいった手合いは現れないでしょうね」


 一見するとどこにでもいそうな、人の良さそうな男性。だが、それはあくまで表の顔であり、彼はれっきとした秋宮グループの人間、それも俺と同様、裏の仕事に携わる人物だ。


「では、私はユウキ様が滞在している間は、セーフハウスで待機しておりますので、何かあればご連絡下さい。また、総帥に報告するまでもない些事については報告書をまとめてあります」

「なにからなにまで……ありがとうございます」

「ああ、それと最後に。先日町内会の子供会で、七夕まつりをする為、ササハラ家所有の竹林から竹を数本頂けないかという打診がありました。私の独断で七本の笹竹を提供してしまいましたが、もしも不都合があれば今後――」

「あ、大丈夫大丈夫。そのあたりは好きにやっていいですから」

「作用ですか。ああ、最後と言いましたが、もう一つ。最近、畑のトマトの生育が芳しくありません。ユウキ様が滞在している間も、畑の面倒を見させて頂けませんか?」

「も、もちろん……本当になにからなにまでありがとうございます」

「いえいえ、これも仕事ですので。では、私はこれにて失礼致します。では、家の鍵をお受け取り下さい」


 良い人なんだけど、緊張する。ド丁寧なのだ、この人は。

 御近所付き合いとかどうなってるのか少し気になるなぁ……。


「相変わらず一分の隙も無い方ですね。ふふ、では行きましょう」




 気を利かせてくれたのか、実家の居間の室温が、過ごしやすい二五度に保たれていた。

 本当にあの日、俺が家を出て行った時のままの状態で、なおかつ綺麗に掃除、維持され続けていた家の様子につい『あれ? 昨日まで普通にここにいたんだっけ?』と勘違いしてしまいそうになるくらいだ。


「ユウキ、水やガスの元栓も開けましたよ。お風呂を沸かしましょうか」

「あ、そうですね。じゃあ俺ちょっと掃除してきます」


 ……やっぱり、こっちの方が『家に帰って来た』って感じがしていいな。

 おっと、その前に。


「イクシアさん、こっちこっち」

「ああ、私としたことが……」


 二人で仏間へ向かい、仏壇の前に正座する。

 ただいま、爺ちゃん、婆ちゃん、父さん。


「……ふふ、三人はしっかりと新しい生を迎えたのでしょうね」

「え? わかるものなのイクシアさん」

「はい。以前はヨシネさん、お婆様だけが残られていました。ですが、彼女も次の生へと旅立ちましたから。……ですが、思いのような物はここを訪れたのでしょう。微かにそんな残滓を感じます」

「へぇー……イクシアさんはそういうのまで分かるんですね……」

「ふふ、ちょっとした特技です。ユウキは、本当にご家族に愛されていたのですね。勿論、私も愛していますよ」


 あ、まって照れる。意味合いが違うんだろうけどそういう不意打ちはやばい。


「じゃ、じゃあ風呂掃除してきますね」




「ふぃー……この狭い湯船を愛おしく感じる日が来るとはなぁ」


 温めの湯につかり、汗を流し一息つく。

 そういえば、サトミさんは明後日こっちに戻るって言ってたっけ。

 キョウスケはもうこっちにいるって話だし……カナメ君も来ているはずだよな。

 うーん、こんな田舎でも夏休み中だし、何かしらのイベントはあるだろうし、明日以降誘ってみるのもいいかもしれないなぁ。

 まぁ、今はとりあえず準備をして墓参りに行かないと、だな。

 ……懐かしいな。去年の今頃は、自分がこんな風になるなんて夢にも思わなかったのに。


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