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第四十一話

(´・ω・`)本日四本目の投稿

「あら、本当にいらっしゃったのね、ササハラ君」

「キョウコさん。やっぱりキョウコさんだったんだ」

「ええ。先程理事長から『ユウキ君が少し困った事になっているので、少し相談に乗っては頂けないでしょうか』と直々に。私のスケジュールを把握されているのはまぁ驚きませんでしたけれど……直接私に指示となると、恐らく私が召喚したあの子の力が必要になるかもしれない、と。それで、貴方は今何に困っているのかしら?」


 あ、こっちの事情は秘密にしてくれたのか理事長。

 けれどこういう要請を受けたのは……どうやら初めてじゃなさそうだなキョウコさん。

 秋宮との取り決めがあった、とは聞いていたけど……協力要請もこれまであったのだろうか。


「理事長に目をかけられているようですわね。随分と」

「まぁ、うん。色々巻き込まれたりもしたし、そもそも秋宮のコネで入学した身だし」

「……まぁ、深くは聞かないでおきますわ。それで、私はどんな協力をすればいいのかしら?」


 恐らく理事長としては、俺があの女の事を調べたいだろうと、キョウコさんを寄越してくれたのだと思う。

 けれど……アレが何かの差し金でこっちに近づいた事は確定、これ以上何も知りたいとは思えないのだ。だから――


「ううん、もう良いんだ。ごめん、キョウコさん。休暇中なのに」

「……事情だけでも聞かせ……いえ、何があったのか、少しだけ話してみたらどうかしら。少し、らしくありませんわよ貴方。凄く、悲しそうな顔をしていますわ」

「え、嘘」

「本当。悩みを抱えている事は事実。その相談を受ける。それが今回の協力要請という事にします。それでどうかしら?」


 なーんで急にそんな優しい事言うんですかね。もしも本当に俺が弱っているのだとしたら、ちょっとこのタイミングでそれは卑怯じゃありませんか。


「ちょっとさ、生き別れの生みの親と面会してたんだよここで。それで色々あったんだ。察して」

「……察しましたわ。貴方を取り巻く状況や、私に声がかかった理由で全て。そう、じゃあ私の力は必要ないのですわね?」

「うん。想像以上のバカだったてだけ」

「……慰めではないのですけど、実際問題そういう人間は少なからず、一定の権力、財力を持つ者の世界にはいるものですわ。けれども貴方はそういう人間と関わらずに済んだ。そしてその異常な世界の人間に触れて、少しだけ驚いてしまった。それだけですわ」

「うん、そうだと思う」

「だから驚きはすぐに薄れる。貴方の日常は何も変わらない。忘れることですわ。ふふ、甘い物でも食べて、ね?」


 ええい、本当に卑怯な。そんな風に笑顔を向けられると、ちょっとグラっときちゃうじゃないですか。


「まったく……本来なら生徒を守る立場の理事長が、こんな事態を想定していないとは思えませんわ。きっと苦手なんですわ、人の心の機微を察すると言う事が。だから私に頼ったんですわね……ササハラ君、もしかしたら貴方は秋宮に将来を保証してもらっているのかもしれませんけれど、私の家でも貴方の生きる道くらい幾らでも提示出来ますわ。これは打算的なスカウトではなく、純粋な好意です。ちょっと考えておいてください」

「はは……本当に秋宮が嫌いなんだねキョウコさんって」

「対抗意識ですわ。嫌いではありません」


 きっぱりとそう言えるなんて、ある意味すがすがしくもある。

 けれども、確かにこのタイミングでそんな事を言うのは、逆にありがたかった。

 やっぱり俺は友人に恵まれているんだろうな。


「……さぁ、注文しましょう。何も頼んでいないのではなくて?」

「あ、そうだった。じゃあとりあえず俺は……アイスティーで」

「私はこのトロピカルシャーベットカクテルにします。雑誌で見ました、これは私達の年代の女子に流行っている喫茶店だと。これが一番人気のメニューらしいですわ」

「なんだかキョウコさんがそういう雑誌を見るのって意外かも。大人の女性ってイメージだったから」

「誉め言葉として受け取っておきますわ」


 ありがとう、キョウコさん。話せて少しスッキリした。

 いるもんなんだね、ああいう馬鹿な選択をする女って。








「ねぇこれどうかな? おかしくない?」

「うわぁ、セリアさん似合う! やっぱり背も高いからかな、普段の長いスカートも似合うけど、短めにしてブーツとパンツ合わせるのもカッコいいよねー」

「本当? 私こんな複雑な格好? スカート? とズボン合わせるってやったことなかったんだけど……地球ってファッションも進んでるよねー……これ一式買っちゃおうかな」


 渋谷に存在する、多数のアパレル会社の店舗を内包する大型のビル型施設。

 大勢の若者がまるで吸い込まれるように殺到するその場所で、セリアとサトミは若者らしく、盛大に、そして楽し気に二人だけのファッションショーを繰り広げていた。

 地球の服装とグランディアの服装にそこまでの差はない。けれども、色やデザイン、組み合わせという点では、やはり地球の方に軍配があがり、それ故にセリアは今の状況を盛大に楽しみ、欲望の赴くままの購入衝動を必死に自制しようとしていた。

 そしてサトミもまた、自分とは違い、高身長でかつスタイルの良い、平然と腹部を露出し、美しいマッスルラインを披露しているセリアに、どこか憧れのような眼差しをむけていた。

 彼女もグランディアに渡り、そして常に制服とローブという二種類の服装しか選ぶ機会がなかった故に、久々の私服、それもある種ファッションの聖地である渋谷でのショッピングに興奮していたのであった。

 そして――その興奮からか、実は黙っていた言葉をつい、漏らしてしまう。


「その恰好で戻ったら、きっとユウキ君惚れ直しちゃうと思うよ!」

「惚れ直すって……別に惚れられた事なんてないと思うけど……」

「え? ……あれ、セリアさんってユウキ君の彼女じゃないの……?」

「ち、違うよ!? 同じクラスだし、講義も一緒の受けていたりして仲は良いけど……付き合ってはいないよ? 私はむしろサトミさんがもしかしたらって――」


 必然とも言えるだろう。若い女子が共通の男子と仲が良ければ、自然とそういう話題に繋がるのは世の常……とまではいかなくとも、流れとしては無きにしも非ず。

 そして逆に話を振られたサトミはというと――


「私は友達だよ? 憧れはあるけど、そういう恋愛とかじゃないんだ。なんていうか、同年代として、強くあろうとする姿に憧れてる、みたいな」

「へ、へぇ……ユウキって高校の時から彼女とかいないの?」

「うーんどうだろう? 私三年生になってから初めて話したし……でも、本当私セリアさんとユウキ君、付き合ってるんだとばかり思ってたよ?」

「そ、そう見えるのかな?」

「うん。だってセリアさん……ユウキ君の事気にしてるよね?」


 唐突に核心に迫られ口ごもるセリアにさらに追い打ちをかける。


「なんとなくだけど、そう感じる場面が何度かあってさ。勘違いだったらごめんだけど」

「……まぁ、うん。ユウキが頼り甲斐があるのは認めるかな。たぶん、無意識に近くにいようとはしてるかも。恋愛かどうかはわからないけど」

「そっか。ユウキ君、シュバ学に入ってからどんどん凄くなってるもんね」

「そうなんだよねー、それに一時モテモテで学園の中自由に歩けなくなってたし」

「え!? なにそれ詳しく聞きたいんだけど教えて」

「ふふふ、いいよ。ほら、前に一緒に任務……実習あったよね?」


 ほんの数か月前の、けれども強い衝撃を受けた一件。

 それに付随する、ユウキを取り巻く環境が激変した一件。

 それを面白おかしく語るセリアは、そう話しているうちに、自分の中にある思いがなんなのか、少し考え始めるようになっていた。

『自分は、果たして本当にユウキに恋愛感情を抱いているのか』と。

 だが、その答えはまだ、出せないようであった。


「それにさ、一時期ユウキが婚約したなんて噂もあったんだよね、同じクラスの子と」

「うわぁ、付き合うとか飛ばして婚約って……シュバ学はさすがだねー」

「ね。私グランディアでも貴族でもなんでもない平民だけどさ、日本って貴族制度はなくても、それに近い家柄とかあるじゃない? その噂された子もそういう家柄だったんだー」

「へぇ……私、それこそなんの変哲もない農家の娘だからさ、ちょっとそういう世界のお話って面白く感じちゃうかも……戻ったらユウキ君に聞いてみようかな」

「聞いちゃえ。何気にユウキってうちのクラスの女子全員と仲良いんだよね。聞いた話によると、ユウキの家に最初に行ったのって、コウネっていうクラスの女子なんだよね」

「コウネさん……それってもしかして前に言っていた、その……フェニックスを食べてみたいっていう……?」

「あ、そうそう! その子だよ。あの子もねー、実は大貴族の中の大貴族なんだよね。今の前の前の当主なんて、セカンダリアの公国で君主だったんだから」

「え、じゃあ公女様なの……?」

「ううん、あの国って君主になる貴族が、四大貴族の当主の中から話し合いで決まるんだ。だから次の君主が血縁になるとは限らないんだよね。だからコウネはただの大貴族の跡取り娘ってだけ」

「『だけ』って言うような身分じゃないと思うけど……」

「あ、それもそっか。あの子いっつも何か食べてるポワンとした子なんだもん」

「うう、私の召喚した子、食べられないようにしないと……」


 二人はその後も、他愛のない話で盛り上がりながら、どんな服を買うか、どんなアクセサリーがあるのか、そんな若者らしい話題で盛り上がり、先程一瞬話題に上った『恋愛』についての話題から離れて行った。

 それは果たして、ただの流れによるものなのか――それとも意図的に離れようとしたからなのか。

 それは誰にも分からない。








「キョウコさん大丈夫? おでこの真ん中を冷やすと良いって聞いたけど」

「うぅ……美味しくてつい……生まれて初めての痛みですわ……」


 キョウコさん、かき氷食べて頭キーンとなる問題。どうやら初めてかき氷を食べたらしい。

 というかこういう場所で食事をするのが、実は以前一緒に博多のグルメフェアを行っていた店に続いて二度目なのだとか。

 凄い、本物のお嬢様だ! どこぞの食いしん坊お嬢様とはえらい違いだ。


「はぁ……はぁ……ふふ、恥ずかしい所を見られてしまいましたわね」

「凄まないでください。別に言いふらしたりしません」

「ふふ、信じています。しかし……シャーベットと違い味の濃さを調節出来て良いですわね……白い部分を多めに食べると薄味になり私好みでした」

「なんだか見てたら俺も食べたくなってきたなぁ、今日暑かったし」

「ふふ、では一口食べます? どういう訳かスプーンが二つ、これも大きなサイズで届きましたし」


 あ、それはメニューに『カップル向け』って書いていたからだと思います。気が付かなかったのかキョウコさん。気恥ずかしいが、まぁ他に人もいないので……。


「はいどうぞ」

「あ、はい」


 普通に器とスプーンよこしてくれました。別に『アーン』なんて期待してなんかいないんだからね!


「貴方、案外表情に出やすいのね。食べさせてもらえるとでも思ったの?」

「うぇ!? 嘘そんな事ないから!」

「ふふ、冗談ですわ。しかし……美味しいでしょう、これ」

「うん。確か九州の方にもご当地のかき氷あったよね?」

「私は食べたことはありませんけれども、鹿児島県の『しろくま』ですわね」

「そうそれ! 俺あれ好きなんだよね」

「ふふ、そう。今度食べられる機会があれば試してみますわ」


 なんだか、落ち着く。キョウコさんって、本当に俺が想像する『日本のお嬢様』像を体現したような容姿で緊張するんだけれど、よくよく考えると、逆に親しみやすくもあるんだ。

 黒い長い髪。派手過ぎない化粧。少し厳しい言葉遣い。たぶんこう言ったらぶんなぐられるだろうけど……少しだけ婆ちゃんを思い出すんだ。絶対に口が裂けても言わないけど。


「……ふふ、元気が出たようでなによりですわ」

「あ……はは、そうかも。ありがとう、キョウコさん」

「どういたしまして。……もし、私に弟がいたら、こんな感じなのかしらね?」

「同い年掴まえてそれはないでしょ。もう一年二年で身長だって越すから」

「貴方はそのままの方が良いと思いますわ。つり合いが取れます」

「どういう意味さ」

「内面と外見が一致すると……少し近づきがたいんですのよ、貴方。近づきやすく親しみやすい反面、貴方は時折、私達では近づけない場所に意識を飛ばす。私はそう感じましたわ」

「ははは、なんだよそれ。俺はいつだって身の丈に合った好青年でございますです」

「ふふ、だといいのだけど」


 似たような事を、イクシアさんに言われたっけ。意識が少し異常、みたいなニュアンスの事。……やっぱりまだこの世界になじみ切っていないから、なのかな。

 とその時、個室がノックされ、三度店員さんが現れた。


「失礼します。お連れの方々がお見えです」

「あ、分かりました」

「あら? 誰かと待ち合わせだったんですの?」

「うん。さっきの件は秘密で。話合わせて」

「ええ」


 すると、現れたのは先程までとは服装の違うセリアさんと、あまり似合っていないサングラスと帽子をかぶったサトミさんだった。


「あ、カヅキさん! どうして……?」

「おかえり二人とも。さっきこの店に来たのを偶然見かけてさ、折角だから誘ったんだ」

「ええと、こんにちは。初めましてじゃあ……ないですよね」

「そうね、以前ノルン様の御付きをしていた方でしたわよね。ササハラ君のお知り合いなのかしら」

「あ、高校おなじだったんだ」

「なるほど。それにしても……両手に花とは隅に置けませんわねササハラ君も」

「いやぁ、さらにもう一束花が手元に来て驚いています」

「ふふ、言いますわね。ごめんなさい、三人で観光中だったのかしら? 邪魔者はここで退散しておきましょう」


 そう言いながら、残っていたかき氷を食べ終え席を立つキョウコさん。

 頭を抑えながらフラフラと歩いていく姿に、思わずセリアさんもサトミさんも待ったをかける。


「一緒に回ろうよカヅキさん。用事がなければ、だけど」

「そ、そうですよ。折角一緒になれたんですし」

「うん、一緒に見て回ろうよキョウコさん」

「……そうね、折角だからご一緒させてもらおうかしら」


 もしかして忙しい身の上だったのかもしれないが、一緒にきてくれるそうだ。

 その後、彼女が『車で来ているから、駐車場に移動したい』と言うので、以降の移動は車となったのだが……車って東京だと不便なんだなぁと思いました。

 キョウコさんごめんね、マジで本気で申し訳ない。




「あれ? そういえばこの車、前に乗せてもらったのと違うよね?」


 一通り有名な公園や美術館、ドーム球場近くのお土産屋など、定番らしいスポットを回り終えた俺達は、キョウコさんの車に乗り込み、海上都市に戻る道を走っていた。

 ふと、この車が以前とは違う事に気が付き、ついつい聞いてしまったのだが――


「え、なになに!? ユウキ君初めてじゃないの!?」

「え、前にも乗った事あるのユウキ! カヅキさん、ユウキと婚約っていうの噂じゃなかったの!?」

「……静かになさい。彼とはデバイスの注文の時に一緒に行動しただけです」


 セリアさんとサトミさんがなんかもう年頃の娘さんモードに入ってて若干テンション高めです。


「あ、そういえばなんか図鑑? みたいなの受け取っていたっけ」

「なーんだ……」

「で、俺の質問について何か」

「簡単な事ですわ。私の車はまだ海上都市のマンションの駐車場にあるんですけれど、橋の復旧まで自由に行き来出来ないでしょう? だからそれまでの間、本土で使う車を用意しておいただけですわ」


 なるほど。常人では理解出来ない事情って事だな! さすが社長令嬢。


「へぇ……なんだかちょっとびっくり。私の感覚が田舎過ぎるのかな……?」

「私もよくわかんないけど……大陸ごとに馬車とか魔車を常備してる貴族みたいな感じなのかな」

「車をその度に船で輸送するよりは案外アリなのかもなぁ」

「ええ。この車は元々、会社のものですから。なので少々加速が悪いみたいで、車体も無駄に重いですわね……」


 その辺は良く分からないけど、メカニック志望としては自分の車にもこだわっているのだろう。

 そんなこんなで、橋の復旧の真っ最中である区画の港に到着する。


「へぇ、骨組みだけならもう繋がってるっぽいのかな? よく見えないけど」

「こちらからは爆破地点は見えないでしょうね。さぁ、フェリーに乗りましょうか」

「……もし、ユウキ君が爆弾を排除しなかったら、今頃どうなっていたのかな……」

「そうですわね、海上都市との橋が開通するのに一一年の歳月がかかったと言いますし、恐らく数年、早くでも三年は掛かっていたでしょうね。本当、本来ならば国民栄誉賞クラスの功績ですのに、秋宮の生徒だから、という理由で選ばれることはないんですの。秋宮は少々、国への忖度にうといんですのよ」

「そういうもんなのかねー。どのみち辞退してたろうけど」

「えーもったいないよー」

「騎士の叙勲式みたいなヤツかな? 貰っておいて損はないかも。うちの里にもそういう人いるんだけど、毎月お金が支払われるんだってさ」


 セリアさんの妙に生活感あふれる話に一同気が抜ける。

 へぇ……そういう制度とかあるのかグランディアには。面白いなぁ。


「ところでキョウコさん。今晩うちにご飯食べに来ない? セリアさんとサトミさんは来るって言っているんだけど、どうかな? 今日は色々迷惑かけちゃったからさ、そのお詫びも兼ねて」

「迷惑……かけられた覚えはありませんけれど……ふふ、それではお招きに預かります」

「おー! これでユウキの家に来た事があるクラスメイトは、何人?」

「ん、えーと……キョウコさんで三人目。で、サトミさんと後はもう一人。全部で五人だねぇ……山の中だからお客さん来ないんだよね」


 割と来客が少ない我が家の事を考えながら、イクシアさんに晩御飯、一人増えますと連絡を入れると、快く『どんどん招待してください』という返事がきた。

 そのうち、イクシアさんのママ友とかもくるのだろうか。

 年甲斐もなくワクワクしてしまうのは、家に人を呼ぶ、という行為をほとんどしてこなかったせいなのだろうか。

 一人で暮らすようになってから『ユウキの家なら他の人間もいないし騒いでも怒られない』みたいな認識で、色々と面倒な人間が遊びに来たりして大変だったっけ。

 そいつらとはもう縁は切ったけどさ。

 遊びに招待するのと溜まり場にされるのは違うんだって事を理解させられた一件だ。








『はい、本日は私マザーと、Rお姉さんの二人でお料理をしていきたいと思います』

『今日はBB、お仕事でグランディアに行ってるんだ。私達も最近行ってないよねー、たまには里帰りしようかなぁ』

『ふふ、そうですね。さて……では今日のお料理ですが、最近巷で流行している、若い女性の皆さんが好きな料理、というアンケート結果に基づいた――』


 ユウキのお友達が最近遊びに来るようになり、なんだか母親として張り合いが出てきたような気がする。

 お友達をしっかりもてなす。これは、生前も経験した事がありません。

 基本、施設内に外部から人は来ませんし、子供が引き取られた後の事には関知しない、というルールでしたから。

 美味しいご飯を作らねば。聞けば、さらにもう一人お友達が一緒に戻って来るという話ではないですか。


『残念だねマザー。今日はお肉が少ないメニューみたいだよ』

『残念などではありませんよ? では、今日はバーニャカウダとナスとトマトのボロネーゼ、ノンアルコールフローズンカクテルを数品作りたいと思います』

『甘味! デザートは!?』

『どうしましょう、メモ書きにはこれしか書いてありませんでしたけど』

『アイス、アイスを作っておくれ!』

『仕方ありませんね……ではトマトと蜂蜜、ミントのシャーベットを作りましょう』


 今日もRお姉さんは可愛いですね。しかし若い女性に人気のレシピとなると……セリアさんもサトミさんも喜んでくれるでしょうかね?

 もう一人のお友達はどういった子か聞いていませんが……。


「ふむ……まぁもしもの時は冷凍庫にあるマグロモンスターを出しましょうか。あれならばきっと誰だって喜ぶに違いありません」


 そして私は、動画を何度も見返しながら、レシピを頭の中に叩きこみ、そして映像の通り調理を進めていくのでした。




「ほう! これは美味しいですね! お野菜を美味しく頂ける料理でしたか……なかなか複雑な味ですね。アンチョビにチーズにガーリック、白ワイン……応用が利きそうです」


 一通り料理の下ごしらえを終え、後は仕上げだけの状況になったところで時計を確認してみると、時刻は五時半に差し掛かるところ。

『今から家に戻る事にする』と言う連絡が入ってから一時間程。我ながら、随分と料理にも慣れたものだな、と思う。

 今では汎用性の高い物を大量に作り冷凍保存するという事を覚えたので、短い時間で色々な物を作る事が出来るようになりました。

 BBチャンネル……あの存在のお陰です。来学期もお弁当作り、頑張りませんと。


『ただいまー』


 ユウキの声が聞こえた瞬間、ドキリと胸が鳴る。

『美味しいと言ってくれるだろうか』『喜んでくれるだろうか』『無事な姿で戻ってきてくれるだろうか』そんな気持ちを一瞬で晴らすこの瞬間が、私はなによりも大好きだ。

 そして玄関へと向かうと――


「おかえりなさいユウキ。セリアさんもサトミさんもいらっしゃい。それに――」

「こんばんは、ササハラ君のお母様。本日はお招きいただきありがとうございます。私、ササハラ君のクラスメイトの『カヅキ キョウコ』と申します」

「まぁ、よく来てくれましたキョウコさん。さぁ、どうぞ皆さんも上がってください」


 とても可愛らしい女の子でした。もしかしたら失礼な例えかもしれないけれど、ユウキの実家にあるニホン人形という物に似た、黒く艶やかな髪が印象的な子です。

 言葉遣いや身体の使い方が、よく訓練された人間の物だと分かる。これは……戦いではなく、作法を身に着ける為の訓練でしょう。察するに、どこか貴族のような家の出でしょうか。


「あの、何か……?」

「すみません、ユウキがまた綺麗な女の子を連れて来たので、少し見惚れてしまいました。ふふ、ユウキは女の子ばかり連れてくるんですよ?」

「まぁ……ふふ、アラリエル君よりも貴方の方が危険なのかしら?」

「ちょ! これは偶然なんですよ! イクシアさんもひどいじゃないですか……コウネさんは明らかに食べ物目当てだったじゃないですか」


 楽しい。家の中が賑やかなのは良い物ですね。

 それにしても本当に女の子と仲が良いのですねユウキは。

 ……もしかして、将来この中の誰かと結ばれるのでしょうか。

 そうなると私の義理の娘になるのですよね。娘……良い響きです。


「お邪魔します」

「おかえりなさいセリアさん。ふふ、なんだか可愛い服装に着替えていますね」

「あ、実はさっき買ったんです。ふふ、可愛いなんて照れますね」

「私も帽子買ったんですよ!」

「ふふ、サトミさんも……可愛いですね。変わったデザインです」

「はい! 炎のイメージみたいで、気に入ってしまいました」


 ……可愛いですよ、サトミさん。まるで玩具を貰った子供みたいです。

 セリアさんは……なるほど、これは肌を見せる事により異性を……ふむ。


「さ、リビングへどうぞ。今冷たい飲み物をお出ししますからね」

「ありがとうございます。何かお手伝いする事はありませんか?」

「ふふ、ありがとうキョウコさん。じゃあこれ、このトレイをテーブルまでお願い」


 良い物……ですね。本当に良い物です。子供達に囲まれるのは。




「美味しかったー……私の家、野菜農家なのにこういうお洒落な料理お母さん作ってくれなかったよー……野菜スティックにつけるのなんて、お味噌くらいだったもん」

「はははは! 言われてみればそうかも! 俺の婆ちゃんもそんな感じだったね。イクシアさん、今日も美味しいご飯、有り難うございます」

「お口に合ったようでなによりです。お粗末様でした」


 食後、皆美味しい美味しいと私の料理を口にしてくれました。

 嬉しい物ですね。どうやらお友達の皆さんも本当に美味しいと思ってくれたのか、全て残さずに食べてくれましたし。


「この野菜につけるソース美味しいですね……私も作り方覚えようかなこれ……今度里に戻ったらみんなに作ってあげたい」

「ふふ、BBチャンネルに作り方が載っていますので、今日の更新を見ると良いですよ」

「びーびーちゃんねる? なんですか、それ」


 これは教えなければ。一人でも多くこの素敵な経典を知るべきです。


「……な、なるほど」

「噂のグランディアの料理チャンネルですね。私も本を拝見した事がありますが、地球の料理にも造詣が深い方です。一説では向こうの宮廷料理人だった、という説もありますが、今もってその正体は不明。動画サイトを運営している秋宮のネットワーク部門の人間だけが彼や他の二人の出自を知っている、という噂ですわ」

「おや、そうなのですか? キョウコさんもBBチャンネルに詳しいのですね?」


 同士でしたか。ふふ、良いものですね。お母さん友達の皆さんも見ていますし、やはり人気なのでしょう。


「以前、我が社の台所用品のレビューを依頼したのですが、企業案件は決して受けないからと断られてしまいましたが……嫌いにはなれませんね。純粋に料理番組として面白いですから」

「キョウコさんのとこ……そんな製品も作ってるんだ……」

「この家の冷蔵庫と玄関にあった空気清浄機は我が社のものですわよ」

「マジでか!」


 ふむ? ものづくりの家の出なのですねキョウコさんは。


「ごちそうさまでした。申し訳ありません、私だけ食べるのが遅くて」

「いえいえ、味わって食べてくれて嬉しいですよ。お口に会いましたか?」

「はい。バーニャカウダもさることながら、このシャーベットがとても美味しかったです。初めて食べる味でしたが、すっきりとした味でとても好みでした」


 良かった。蜂蜜がなかったので、代わりに私が精製した花の蜜を使いましたが、好評のようですね。


「おや、もうこんな時間でしたか。私は少し家が離れていますので、この辺りでお暇したいと思います。ササハラ君、それにお母様。本日はお招きいただきありがとうございました」

「あ、私も帰らないと。私の家、裏のシンビョウチョウなんだ」

「あ、そうだったんだ。送っていこうか?」

「ううん、本当に近いし人通りもある場所だから平気」

「二人が帰るなら私もそろそろ行こうかな? といっても学園の寮だけどさ……門限過ぎてた」


 いつの間にか時刻は七時過ぎ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものです。

 さて、では……。


「ササハラ君、バス停まで送ってもらえるかしら。私、いつもは自家用車なので、バス停の場所が暗くて分からなくて」

「え? うん、OK。じゃあイクシアさん、ちょっと俺も行ってきます」

「ええ、送ってらっしゃい。三人とも、気を付けて帰ってくださいね」


 綺麗に重なる三人の言葉を聞きながら、私は食器の片付けに入るのでした。








「じゃあ私はここで。カヅキさんまたね! ユウキもー!」

「うん、おやすみー」


 寮の前でセリアさんと別れ、キョウコさんと二人、バス停へと向かう。

 ……ここまで暗い学園の敷地内を歩くのは初めてだ。


「で、どうしたのキョウコさん。何か話があるんでしょ?」

「察しがいいですわね。一つ忠告をしておこうと思いまして」


 まぁ気が付くさ。キョウコさんがバス停の場所が分からないなんて言うはずがない。

 なんというか……この人が抜けている事なんてある訳がないと思えるのだ。


「私は、立場上人の機微に敏感ですの。相手の顔色や考えを読むのに長けている、とも言えますわね。その上で言わせて頂きたいのですが……ササハラ君、貴方、昼に面会したという生みの親について引きづっているのか、今日はいつもより言葉尻の力が弱く感じましたわ。それに笑っている顔も少しだけ、眉の位置や目じりが下がっています」

「ええ!? いや、むしろ普段そんなに観察されてる事に驚きなんだけど……」


 そんな、ちょっと照れるんですけど。


「な……と、とにかくです。付き合いの浅い私でも気がつけたのです。あのお母様が気付かないはずがありません。もしも内密にしているのなら……正直に話し、その胸のつかえを取り外してもらった方が良いと思いますわ。初めてお会いしましたが……とても良いお母様だと感じました。それに……恐ろしいほどに完璧な方だな、とも」


 そう、キョウコさんは真顔で俺に告げる。

 ……そっか。やっぱり影響、受けていたのか俺。

 そしてイクシアさんが完璧なのは俺も知っています。さすがイクシアさん。いくしあいずぱーふぇくと!


「変な事を考えて心を騙さないで。しっかりと話せる信頼出来る人がいるのなら、話しなさいな。ふふ、私はてっきり、家の人間と不仲だと思ったのですが、そんな事、なかったんですわね」

「そりゃそうだよ。でも……ありがとうキョウコさん。今日一日、俺はキョウコさんに助けてもらいっぱなしだったんじゃないかな、本当は」

「ふふ、そんな事はありませんわ。私こそ、歳相応に楽しい時間を過ごせて頂き、とても貴重な一日でした。では、そろそろバスが来るので私はこれで」

「うん、じゃあまた来学期、よろしくねキョウコさん」

「ええ。では、ごきげんようササハラ君」


 そう言いながら、彼女は一人バス停へと向かい去って行った。

 はは、やっぱりバス停の場所、知ってたんじゃないか。


(´・ω・`)今章は割と平和な内容になっとります

夏休みだからね、しょうがないね

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