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第三十九話

(´・ω・`)本日二話目の更新

「あ、じゃあ少し身体慣らしてからって事ね。やっぱり世界を行き来するのって大変なんだね」

『うん。私ってまだまだ全然慣れてないからさ。じゃあ明後日くらいにはお邪魔しに行くね』

「了解。場所がわからないようなら、シュバ学正門前に着いたら電話してよ」

『おっけー。誘ってくれてありがとうねユウキ君。私の友達って全員グランディアの人だから』

「ですよねー……。もういっそあっちの寮の方よくない?」

『うーん……それもそれで不安なんだよね』


 夏休みに入ってから二週間が経過した。

 この日、サトミさんがグランディアからこちらに戻り、現在は自分の住まいであるアパートで休憩中だとか。

 地球出身の人間は、やはり向こうの世界で過ごす時間が長いと徐々に身体が変質していき、その影響でこちらとの行き来で体調を崩すのだとか。

 個人差はあれど、向こうの世界の住人は生まれた時から日常的に魔力を取り込み、そして肉体がそれに応じて強化されていくという。

 まぁ日本がゲートに近い影響で、他の国の人より強くなりやすい、っていうのと同じだ。

 ただ中には、グランディアで過ごした時間が一瞬でも、まるでそこで覚醒したかのように強くなることもあるのだとか。

 サトミさんは割と強く覚醒したクチらしく、今では間違いなく、地球人としては破格の魔力量を扱え、さらに自ら取り込むことが可能なんだとか。

 羨ましい。俺もグランディアにいってみたいなぁ。


「ユウキー、そろそろ映画が始まりますよー」

「っと、じゃあこの辺で。サトミさんも少し寝た方がいいんじゃない? 向こう出たのって深夜だったんでしょ?」

『うん、そうなんだよね。じゃあまた今度ね、東京観光楽しみにしておくね』

「こちらこそ。じゃあおやすみ。ってこんな朝に言うのも変な感じだけど」


 通話を終え、いざリビングへ。今の時期は『夏休み洋画特集』とかいうのがやっているらしく、早い時間から割と面白い洋画を放送している。

 まぁ主に子供向け作品が多いのだが、イクシアさんがドハマりしているのだ。

 今日の作品はあれです、ランプをこすったら凄い魔人が出てくるアニメです。

 瞳をキラキラさせて夢中で見ている姿が本当になんとも……これが萌えなのか。


「それにしても、たった数日で凄い上達しましたね、アクセサリー作り」

「そうでしょうか? 元々、こういった物に興味あったおかげでしょうか。色々と研究していた時期に、こういったアクセサリーのような物も取り扱っていましたからね。今、このアクセサリー作りを応用して、タリスマンや魔法効果のあるアクセサリーを作れないか模索中です」

「あー……そういえば前にそういう商品売ってる店にも行きましたよね」

「ええ。あれらよりは多少は効果のある物が出来そうですよ。ユウキのお守り代わりになるような物、作りますね」


 おおう、また効果が物凄くありそうな物を……。

 そんな平和な時間を過ごす夏の午前。そろそろ日が高くなるからと、イクシアさんと一緒に洗濯物を干していた時だった、スマ端から聞き覚えのある着信音がなる。

 ……理事長からの直通のアレだ。しかも今回は発信者が『産地偽装豚』とある。


「もしもし? なんだか段々発信者の名前酷くなってるんですけど」

『えっ!? ……あの、どうなっていましたか?』

「産地偽装豚になっていましたよ。女性に豚だなんて……」

『産地偽装は酷いですね……後で文句を言っておきます』


 あ、豚はいいのか……なんでなんですかね。


「それで、もしかして……変装の仕組みが出来ちゃったとかでしょうか……?」

『いえ、今回はその件ではありません。あれは中々難しい術式ですので。その、依頼ではないのですが……大切なお話があります。貴方一人で理事長室に来て頂けないでしょうか』

「はぁ……分かりました。では少し待ってください、家事を終わらせちゃいますから」

『はい。では、また後程』


 一人で……まさか早速面倒な事件の相談だろうか?


「イクシアさん、ちょっと理事長のところに行ってきます」

「あら、またですか? 家が近いからとそう何度も呼び出すなんて……折角このあと一緒に映画を見た後、借りてきたブルーレイを見ようと思っていたのですが……」


 そう言いながら、彼女は『スッ』と、恐ろし気なゾンビが印刷されたパッケージを取り出した。


「なんでそんな恐ろしいものを……」

「大丈夫です、恐かったら抱き着いても構いませんよ。くっついてみれば恐くありません」

「……いや、それでも恐いですね」


 くっついて見るのはそれはそれで魅力的ですけども!

 そして案外イクシアさんも恐がって握ってる手の力が強くなる事もありますけど!


「じゃあ、ちょっと行ってきます。なんだか声の感じが少し深刻そうだったんで」

「ふむ……分かりました。いってらっしゃい、ユウキ」






「……少し気になりますね。こっそり私もついていってしまいましょうか」






 もうかれこれ何度目になるか分からない理事長室への呼び出し。

 実は結構セキュリティがしっかりしており、本校舎だろうが分校舎だろうが、入る為には学生証に仕込まれたチップと、生徒本人の生体データが必要だったりする。

 中でも理事長室のある階には、限られた教員、生徒しか入ることが出来ないようになっているのだ。というか許可なしで入れる生徒は俺だけらしい。

 つまり、ここに侵入出来る人間なんてそうそう存在しないって事だ。


「しかし……ついこの間任務が終わったばかりだよなぁ……どうしたんだろ」


 なんだか面倒な事件でも起きたのかと、少し警戒しながらノックを四回。


『入ってください』

「失礼します」


 どうやら今回は来客中ではないようだ。そして……少し、表情が暗い。

 今まではここまで不安そうな表情を見せた事はないのに、一体どうしたというのだろうか。


「表情が優れませんね、理事長。……そこまで厄介な事件ですか?」

「……厄介な事件、というわけではありません……あの……ユウキ君、貴方についてのお話です」

「俺の話……?」


 え、ちょっとなんでそんな暗い顔なんですか……まさか余命宣告とかされちゃう系っすかね!? いや、確かにこっちの成長具合とか異常なのは分かっていましたけど!?


「……数日前、貴方の実家に派遣している我がグループのエージェントから連絡が入りました」

「ああ、藤原さんでしたっけ? 家の管理とかしてくれてる人ですよね」


 一度顔合わせをした事がある。なんでも、元農家で実家の畑もしっかり管理維持してくれている上に町内会にも入ってくれているのだとか。

 いやぁ頭が上がりません、感謝してます藤原さん。偽名らしいけど。

 しかし連絡……まさか家に何かが起きたのか!?


「……数日前、貴方の実家に……貴方の母親を名乗る人物が訪ねてきたんです」

「……は?」


 一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。

 俺の母親? 誰が? もしかして生みの?

 一瞬、思考が混乱しかけた瞬間、突然部屋の中に小さな電子音が流れた。


「ああ、センサーの誤作動です。恐らくカラスか何かがセキュリティにひっかかったのでしょう」

「そうですか。それで、こちらは相手方になんと答えたんですか?」

「今は貴方が、つまりユウキ君が住んでいない事、そして連絡先を教える事は出来ないから、とお引き取り頂きましたが、先日我が校にも貴方の母親を名乗る人物が連絡を入れてきました」

「……そうですか。それだけですか? 何か家に悪戯されたり、実害が出たりは?」

「それはありませんし、今後もありえません。私の部下が二四時間体制で監視していますので」

「そうですか、じゃあ話はこれで終わりなのでしょうか」

「え、あの……貴方の生みの親の可能性があるのですよ? どうします、向こうがコンタクトを求めて来ています。何かしらの反応をしないとずっと続きます。思うところはあるでしょうが――」


 いや、ないが。何を思えと? 遺伝子上は親子関係なのだろうが、そんなの関係ないからなぁ。


「んじゃ次連絡が来たら『これ以上周囲をうろついて嗅ぎまわるような事をするなら、全力で潰す』と俺が言っていたって伝えてください。俺の家族は死んだ父と祖父母、そして今の母親は……イクシアさんです。他の家族はいませんから」

「っ、そうですか。分かりました、ではそのように取り計らっておきます」

「それじゃあ、お話はこれだけなのでしょうか? 俺、あんまり深刻そうなので、余命宣告されたり、実家が放火されたとかそういう事考えちゃったんですけど。それかイクシアさんの身体に何かあったとか」


 いや本当、実は召喚した存在は身体がうまく機能しなくなるーとかそういう話でもされるのかと思っていたんですが。


「安心してください。三カ月に一度の検診では、イクシアさんは健康そのもの。それどころか……魂の影響でしょうか、我々が生み出した肉体としてはありえない程の強度、潜在能力の高さを発揮しています。さすが、古代エルフです」

「それを聞いて安心しました。じゃあ、今月の……そうですね、来週の頭にでも実家に戻りますので、藤原さんにもお伝えください」

「分かりました。ではその日のうちにフジワラには連絡を入れておきます。家族水入らずを邪魔させはしませんので、安心してください」

「なんだか申し訳ない気もしますが……」

「いえいえ、これも仕事ですから。では……先程の件は言われた通りに対応しておきます」

「はい。すみません、お手間を取らせてしまって」


 理事長、案外こういう話は苦手なんですかね。気を使ってくれているのは分かるけれど。

 こういう問題には慣れていないのだろうか。

 なんにしても、少し人間らしい一面を垣間見たような気がして、少し親しみを感じる。






「ただいま戻りましたー」


 家に戻る頃には正午間近だった。こういう時、学校から家の間にお店がないのが悔やまれる。

 買い食いではないが、なにかお土産を買って、家族と一緒に食べるというのが好きなのだ。

 小中学生の頃、帰りにこっそり和菓子を買って、爺ちゃん婆ちゃんと食べるのが好きだったな。

 ……やっぱり意識してるのかな、さっきの話。こんな事思い出すなんて。


「あ……おかえりなさいユウキ」

「ただいま、イクシアさん」

「……ええとですね、お昼ご飯はパンケーキで良いですか?」

「おー、いいですよ。パンケーキってホットケーキのことですよね」

「そうだと思います。す、すぐに焼きますからね、生地は作ってありますので」


 む、なんだかイクシアさんの言動が少しぎこちない気がする。

 もしかして一人でさっきの映画を見たのだろうか? 思いのほか恐かったのだろうか?

 なにはともあれ、手洗いうがいをしてからいざホットケーキを頂く事に。

 今回はホットプレートで一緒に焼きながら食べるパターンだ。


「おー……結構綺麗に焼けたと思いませんか?」

「ふふ、そうですね。私の方は……あら、少し焼き目が変な形になりました」

「なんで変わるんですかね。……あ、そうだイクシアさん、ちょっといいですか?」


 来週、一度実家に戻る件を話そうと切り出した時だった。

 何故か、彼女はビクッと震えるような動きをした。


「あっ! 焦げてしまいますよユウキ。食べてしまいましょう」

「おっと、ですね。先に食べちゃいましょうか」


 うむうむ……美味い。少し焼き目が濃いくらいの方が美味しい気がする。

 ホットケーキを食べ終え、今度こそ話を切り出そうとする。しかし――


「ああ! 私としたことがお風呂を沸かしたままでした。ユウキ、先に入りますか?」

「え? いや、まだ俺はいいですよ。イクシアさん、お先にどうぞ」

「そうですか? では」


 そそくさとお風呂場へ向かってしまう。うーん、やっぱりおかしい。

 俺が話し出すと遮られてしまう。もしかして機嫌が悪いのだろうか?




「……お、遅い……こんなにお風呂長かったっけイクシアさん」


 一時間経過。さすがに長すぎる。もしかしてのぼせてしまっているのではと思い、少し急かすようで申し訳ないが、脱衣所の外から声を掛けてみる。


「イクシアさん、聞こえていますか? 大丈夫ですか?」

「……はい、ちょっとお湯が熱かったので手間取ってしまいました」

「ならよかったです。あの、さっき言いかけたんですけど――」

「待って! ……待ってください、ちゃんと聞きます。上がってから、聞きますから……」


 突然大きな声を出され、口を噤む。や、やっぱり機嫌が悪い……のだろうか。

 なにかしてしまったのかな……。

 原因は不明だが、ちょっと恐いな、と。久しぶりに、それこそ数年ぶりに、ハラハラという気持ちと、恐ろしいという気持ちが混在する、懐かしい感情でイクシアさんを待つ。

 ……不謹慎な。家族に怒られる事を楽しみにするなんて。

 それにしても、俺は一体何をしてしまったのだろうか……?


 お風呂から上がったイクシアさんは、珍しくバスタオル姿ではなく、きっちりと髪も乾かしセットし、更に服をしっかりと着た状態で、けれども、どこか硬い表情をしていた。

 随分と目が赤いようだが、シャンプーでも入ってしまったのだろうか。

 なんにしても……ああ、間違いない、これは怒られる奴だ。覚悟を決めないと。


「……ごめんなさい、ユウキ。先程から何度も貴方の話を遮ってしまいました。……覚悟は出来ています。どうぞ、話してください」

「ええと……別に大した話じゃないんですけど、来週頭に――」

「来週!? 来週ですか……随分、早いのですね……」

「あ、何か予定でもありました? でしたら少しずらしても大丈夫ですよ」

「いえ……私がわがままを言う訳にもいきません。ただ、もっと沢山、沢山――」


 すると、唐突にイクシアさんは声をうわずらせながら――


「予定なんて……ありませんでした……ただ、もっと、ずっと、こんな時間が続くものだとばかり……思っていました、思ってしまいました!」


 ぽろぽろと、そしてとめどなく涙を流しながら、そう告げたのだった。


「ええ!? そ、そんなに実家に戻るのが嫌なんですか!? あの、何かあったんですか、向こうで」

「……はい? あの、なんの事です……?」

「え、いやだから、来週になったらお墓参りの時期なので、一度実家に戻りませんかって話なんですけど……」


 まさか田舎特有の……よそ者に厳しいアレか!? そんな話聞いた事がなかったけれども! それとも、実は俺が知らない間に御近所さんと何かが!?


「……良いんですよユウキ。私、聞いてしまいましたから。あの……もう会えなくなる訳ではないのですよね?」

「え、だから何の話をしてるんです?」

「……ですから、ユウキの……ユウキのお母さんが見つかったという話です。その、良かったですねユウキ。さすがに一緒には住めないと分かってはいますが、時々でいいので、一緒に遊びに出かけたり――」

「ああ、さっき理事長室の前まで来ていたんですね? 何言ってるんですかイクシアさん、別に会うつもりも関わるつもりもありませんよ、そんな女」


 そういえばイクシアさん、前にニュースで俺が犠牲になったという報道を見て、学校に突撃したとか聞いたような……普通にセキュリティ突破出来ちゃうんですかこの人……。

 しかし少しだけ心外だ。俺がそんなぽっと出の人間を選ぶと本気で思っているのでしょうかね? だってそもそも、名前すら知らないんですがその女の。


「え? お母さんが見つかったんですよ!?」

「イクシアさん……子供を産んだら無条件でその人間が親になるとは俺は思いません。イクシアさんだってそう思いますよね?」

「……それは、大いに理解しています」

「俺は名前も知らない、今まで会おうともしなかった、さらに家族の葬式にも一度たりとも出席しなかった人間が唐突に現れても、それを親とは思いませんよ。だからこれからもイクシアさんはずっと一緒で、ずっと俺の家族なんです。変な勘違いしないでくださいね?」

「……ごめんなさい。私はてっきり……」

「こっそり後をついてきたのなら、最後まで聞いてくださいね、俺あの場でしっかり『会うつもりはない』って理事長にも言いましたから」


 嘘です。本当はもっとキツイ事を言いました。正直に話したら怒られそうなので内緒にしておきます。


「そ、そうだったのですか……私、もう頭が真っ白になって……逃げてしまいました」

「大方、少し前にニュースで報道されたから思い出したんじゃないんですか? だっておかしくないですか? もし今まで一度でも俺の事を思い出していたら、顔くらい見に来ますよね? 今回だってわざわざ実家にまで来たんですから」

「言われてみれば……少なくとも実家の場所を知っていたということになりますよね……」

「まぁ何かしらの事情があるにしろ、信用は出来ませんね。何よりも戸籍上は……俺の母親はイクシアさんですから。勝手に知らない人間に母親を名乗られるのは迷惑です」


 そう告げた瞬間、きっとイクシアさんの中ではこういうロジックが組み上がったのだろう。

『勝手に母親を名乗られるのは困る』『しかし自分は戸籍上で母親』『自分は名乗っても問題ない』『つまりユウキは自分を母親と名乗ることを認めている』と。

 恐ろしく速い抱擁、俺じゃなきゃ見逃しちゃうようなソレを回避する。


「なぜ逃げるのですかユウキ」

「恥ずかしいです」

「私がお母さんですよ」

「お母さんのハグを求めるのは小学生低学年くらいまでです」

「もう……しかし、本当に良いのですか。その……私といる事を選んでくれたのは、素直に嬉しいです。けれど……話だけでも、聞いてみたいとは思わないのですか?」

「思いません」


 たぶんきっと、俺の悪い部分が出てきているのだと思う。

『譲れない部分に少しでも踏み入ったら、完全にその相手を拒絶する』。

 祖母に生前『頑固だ』などと言われていたが、きっとそうなのだと思う。

 会う必要性を感じないのだ。今俺にはイクシアさんがいて、そして平穏とは少し違うけれど、幸せな生活が続いている。そこに態々ノイズを入れたくない。


「……ユウキ、貴方は今言ったようには私との生活を選ぶのでしょう。それはとても嬉しいですし、是非そうなって欲しいです。ですが、知るだけならタダです。ノーリスクですよ?」

「知る? 何をですか?」

「何故、自分を手放したのか。人づてではなく、本人から聞くチャンスでもあります。貴方は、きっと何を聞いても揺るがないのでしょう。それは一年間過ごしてきて十分に分かっています。ただ、知りたいとは思わないのですか? 本人の口から聞きたいとは?」

「……正直必要はないと思っています。イクシアさんは知った方が良いと思っているんですか?」


 分かっている。知るべきだと考える人だっているって事くらい。

 直接聞いた方が良い。聞けずに後悔するより、聞いて後悔した方が得るものもある、と。

 たぶん、理事長も同じ気持ちだったのだと思う。


「たとえ、止むに止まれない理由があったんだとしても、俺の気持ちは絶対に変わりません。なら、聞いても聞かなくても良いじゃないですか」

「……ユウキ、少しだけ私の話をしてもいいですか?」

「……はい」


 説得を試みるのだろう。いや、俺だって……そこまでイクシアさんに言われるなら、聞くくらいならいいかな、とは思うけれど。


「私も実の両親に育てられた訳ではありませんでした。それこそ、ほぼ捨てられたような物でした。ですが、私は大人になった後、自分のルーツを探ろうと、旅に出た事があるんです」

「自分のルーツ、ですか」

「はい。私を育ててくれた方、お母様とお呼びしている方は勿論敬愛しています。ですが、ただ純粋に私は自分のルーツを知りたい、ただ自分の為だけに知ろうと考えたのです」

「ただ自分の為……確かに、相手の事情なんて関係ない、自分の事を知る為だけっていう理由なら……聞いてみるのもありかもしれません」


 驚いた。俺はもしかしたら、感情に訴えかけるような説得をされるものだと思っていたのに、イクシアさんは……純粋に理と利だけで動いた方が良いと俺に言うのだ。

 そう言われてしまうと、確かに俺も、そういう情報を集めたいとは思う、思ってしまう。

 相手なんて関係ない。ただ己の為だけに動け……そういう事なら話は違う、か。


「……まぁ、確かに知るのはありかもですね、そう言われると。分かりました、本当に一度だけ会って話だけ聞いて見ます。得られる情報がないようでしたら、それまでって事で」

「はい、それで良いと思います」

「……それで、イクシアさんは自分のルーツを知る事が出来たのですか?」


 つい、訊ねてしまう。あまり生前の事を話さない彼女に、デリケートであろう生まれの話、その結末を。


「ふふ、生憎既に亡くなっていましたが、関係した方からはお話を聞けましたよ。それで何かが変わったとは言えませんが、疑問が減るのは、気持ちが晴れるでしょう?」

「はは、確かにそうですね。そっか……疑問が一つ減るだけでスッキリする……そういう考えもいいですね。俺も実は気になっている事、結構あるんですよ」

「そうなんですか? たとえばどんなことでしょう」

「イクシアさんって、家族構成はどうだったのかな、とか、イクシアさんの事、俺はもっと知りたいです。家族の事を知りたいと思うのは当然ですよね?」


 どさくさに紛れて聞いてしまえ。

 実は気になっていることがあるのだ。結婚はしていなかったのか、とか。恋人はいたのか? とか、家族構成はどうだったのか、とか。得意な武器はあるのか? とか。


「……ふふ、いいですよ。教えてあげます。家族構成ですか。先程言ったように、私は孤児院のような場所……ある女性に拾われました。その時は、実の妹も一緒でした。ですがその後、新しい子が次々に拾われてきて、私は最初に拾われた子の中では最年長でしたので、ある意味では沢山の妹や弟の姉、でしたね」

「へぇー! じゃあ血の繋がった妹一人と、そうじゃない妹、弟が沢山いたんですね。俺は一人っ子だから、少し憧れますね」

「ふふ、確かに賑やかではありましたね。それで、私を育てたお母様と……そのお母様が後に結婚して、義理の父親も出来たんですよ」


 む、それは微妙に複雑な。メロドラマだと一波乱ありそうな展開ですね。


「仲は良かったんですか?」

「ええ、とても。母は勿論ですが、父も博識な方でしたので、色々な知識を私に与えてくださったんですよ。私が研究者としてそれなりの結果を残せたのも、父の知識によるところが多かったんです」

「へぇー! イクシアさん、俗に言う才女ってヤツですね! 研究で結果を残す……それって難しいですよね、絶対」

「わかりません……この地球のように、あらゆる分野の研究が盛んに行われ、恐ろしい程の速度で発展している世界を見ると、ユウキの価値観とずれている可能性もありますし」

「またまたー。正直俺はイクシアさんの作るあのドリンクだけで凄いって思ってるくらいなんですから」

「ふふ、そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです。……ユウキ、ちょっとこちらへ来て下さい」


 対面する椅子に座る彼女から、近くへ来るように呼び寄せられる。

 そして少し予想していた通り、彼女の手がこちらの頭に伸ばされ――ると思われたが、その腕が首の後ろに回され、強く抱き寄せられる。


「ユウキ、貴方が私との生活を選んでくれた事、心の底から嬉しく思います。けれど……本当に私で良いのですか? 私は、貴方の選択を尊重しますよ」

「……じゃあ、ずっと一緒にいてください。俺が大人になっても、ずっとずっと、一緒にいてください」


 最大限の我儘を言おう。今の俺に言える、最大限の。


「俺が大人になっても、大人になったと思われた後も、一緒にいてください」

「……はい。ずっと一緒にいます。私が、ずっと近くにいます」


 これで、満足だ。たとえ俺が『見知らぬ女』と会い、どんな事を言われたとしても。

 俺は、ずっとこの人と一緒にいる。だから――覚悟を決めよう。

 そしてはっきりと自らの口言おう。俺にはもう大切な『家族』がいると。



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