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第三十八話

(´・ω・`)お待たせしました

本日より三日間で四章全てを投下します

「さぁ、横になってください。少し休みましょう、ユウキ」

「あの、別にそんなに疲れていませんよ? まぁ確かに自室だとジェン先生とか来て煩かったと思いますけど」


 救助、もとい島の事後処理をする為の部隊を乗せた船は、明日到着する事になった。

 まだ外部と連絡を取る手段が限られているという事で、施設内の生徒達の混乱は収まってはいないものの、ひとまず救助が明日来るという報告で、不満や不安をある程度抑える事は出来ていた。

 そして俺はユウキとして施設に戻った段階で、案の定ジェン先生に捕獲されそうになったのだが、そこを上手い具合にイクシアさんが防ぎ、こうして彼女部屋に連れて来てこられたのだった。

『息子の事は親である私に任せて頂きます』という言葉には、さすがのジェン先生も逆らえなかった模様。


「……貴方は、心を取り繕い、それを胸の奥まで浸透させる。つまり、精神のバランスを保つ事に著しく長けています。この一年間、一緒に暮らしていて、私はそう感じました」

「……ですね。実際、殺戮の限りを尽くしておいて、こんな風に少し疲れた程度ですし」

「それを異常と思わない事です。何故なら、私もまたそういう人間であり、そういう経験をしてきたのですから」

「そっか。イクシアさんと同じなら、それはそれでいいかな」


 たぶん、俺が今回の任務で精神的にまいってしまっているのではないかと、心配してくれたのだろう。

 横になった俺の頭をそっと撫でながら、まるで寝物語でも聞かせるように、優しくイクシアさんが話してくれる。

 ……案外、大丈夫だ。殺した人数すら覚えていないくらい……どうでもいい事だ。

 けれども、彼女は何度も頭を撫で、手を握り、身体に触れる。


「……心がなんともなくても、身体がそれについていかない事もあります。たぶん、心の底から貴方は大丈夫だと思っているのでしょう。でも……やはり身体が強張っていますよ」

「あ……本当、ですね」


 気が付けば、強く握り拳を握り、そして足がピンと伸び、今すぐにでも暴れ出したいような、全身が強張っている事に気が付いた。


「一緒に寝ましょう? 明日にはきっと元通りです。今日くらい、一緒に寝ましょう?」

「う……はい」


 別な理由で身体が硬くなりそうなんですがそれは。緊張でガッチガチになってしまう。

 だが、それでもその気遣いが、温かな体温が、優しい語りが、こちらの脳を、緊張を全て、溶かして流れ出させてしまうようで。俺はまた一瞬で意識を手放したのだった。






「……やはり、ユウキは話してくれませんね。いいんです、それでも」


 瞳を閉じた我が子の額に軽く口づけをし、私も目を閉じる。

 この子は、強い。私の生きていた時代でも、十分に生きていける程度には強い。

 けれども、何故? 何故、心が守られているのだろう。私への信頼、だけではないのでしょう。きっと……彼は慣れているのだ。死というものに、戦というものに。

 慣れ親しむ事なんてないはずなのに、彼は割り切り、冷静に任務を遂行する。

 客観的に自分を見る。いや……自分の意思を身体から切り離して事にあたることが出来るのでしょう。まるで……自分を第三者のように、離れた場所から見つめるように。

 きっと……まだ心の奥に、何か秘密があるのでしょう。けれど……。

 そんなこと、どうだっていい。この子の心を守ってくれるのなら、なんだっていいのだ。

 ただ、今はもう少し、私を頼って欲しいのだ。強張った身体を、私に預けて欲しいのだ。


「おやすみなさい、私の可愛い子」






 ハワイから俺達生徒、および帰還を望む研究員を引き取る為にやって来た客船には、当然のようにすべての生徒が乗り込む事になった。

 一応、合宿中断の埋め合わせの為、しばらく施設に滞在、自由に訓練所を使っても良いという提案もあったが、さすがに残りたいという生徒は一人もいなかった。

 そして俺はこの日、再びダーインスレイヴとしてこの場所に立ち、やって来た秋宮の戦闘部隊や諜報員達に報告を行っていたのだった。


「ここだ。このボート小屋に隠してある。……どうやら無事だったようだ」

「これは……ありがとう御座います、ダーインスレイヴ殿」


 そして、隠していた謎の機械を引き渡し全ての報告を終えた俺は、そこで別れて再びユウキとして施設に戻り、そこで皆と合流し船へと乗り込むのだった。






「じゃあ、俺は理事長のところにいってきますね。たぶん報告だけなので俺だけで――」

「いえ、今回は当事者ですし、私も向かいます」


 船旅、そして飛行機での旅を終え学園に着いた訳だが、理事長への報告にはイクシアさんも同席する事になった。

 早速理事長室に向かうと、どうやら今回も来客中の模様。

 ただ、聞こえてきた声が知っている人物の物だったので、ノックを四回。


『入ってください』

「失礼します」

「失礼します理事長」


 そこにいたのはニシダ主任。俺達と一緒の船や飛行機に乗っていたようだが、彼女もそのままこちらへ来ていたようだ。


「おかえりなさい、ユウキ君。そしてイクシアさん」

「あら、報告? 一日くらい休んでからでも……」

「……わ、私が急かした訳ではありませんよ?」


 ふぅむ、前よりも少し主任と理事長が仲良さげに見える。


「それで任務の報告についてですが――」


 今回は装備の一部、そして生き残りもいるので、俺から報告する事はほとんどなかったのだが、とりあえず相手の練度、見つけた謎の機械、『本国』というワード、最後に敵の中に、こちらの一撃を一度だけ止めた人物がいた、とだけ説明する。


「なるほど。一応こちらにも向こうの国からの報告書は届いていますが、大筋では貴方の報告と一致していますね。今回の襲撃者は、さる国に雇われたグランディア出身の傭兵です。構成員全てがグランディア出身ではありますが、装備の一部は某国で作られた物になっていますね。また、研究中の魔力抵抗に特化したアーマーや、特殊な武器も配備されていたようです」

「……じゃあ、やっぱり異世界がらみというよりは……他国が日本との関係を迫る為の?」

「ええ。ですが、今回は我々の力だけで解決、そして貴方の……ダーインスレイヴという秘密兵器のお披露目により、今後、そういった過激な活動はしにくくなるでしょう」


 正直、なるほどなーってくらいの感想しか出てこないっす。

 俺にはよくわからんのです。まぁ戦勝国として、そして地球で最大規模の国としてのプライドがあるのだろうなぁっていうのは理解しているけれど。


「さて……今回は一介の学生ではなく、一人の戦士、それもとびきり上等な人間を雇い、武力を振るわせるという任務を依頼させて頂きましたが……今後はどうします。この在り方を是とするのなら、私は今後も、長期休暇の際には依頼を……いいえ、学園を休んでもらってでも、緊急の任務を与える事もあります。どうしますか、ユウキ君」

「……じゃあ――」


 その質問に答えようとした瞬間、静かに控えていたイクシアさんが声を上げる。


「断るべきです。これっきりにしてもらいましょう、ユウキ。学園での生活を犠牲にするなんて、そんなのダメです」

「……まぁ、俺も学園を休んでまでっていうのはちょっと……休暇中なら内容次第で、って事で……」

「……やはりそうなりますよね。分かりました、在学中は貴方の学園生活を脅かすような任務は決して出しません。ですが、本当に緊急事態の場合のみ、相談だけはさせてください」

「それくらいならいいですよ」


 これが落としどころ。イクシアさんは俺に危険な任務をさせたくないようだが、どの道将来的には、秋宮で働く……という道を提示され、それを飲んでいる身ではあるからね。

 まぁ俺がこの力を全然使わない、もっとありふれた生活を送るのなら、今後荒事には一切関わらずに生きる事も出来そうだけど。

 ……でも卒業したらグランディアを旅とかしてみたいなぁ……。


「……ユウキの命に危険があるような任務は、本当にさせませんから。今回だって、もしかすれば命を落としていたかもしれません」

「どんな任務も慢心と油断は死を招きます。ですが、彼が十全ならば、そう易々とは命を落としません。ユウキ君だって、引き際は弁えている筈ですよ」

「はい。イクシアさん、俺を信じてください。自分でやばいなって思ったら、全力で逃げる事にしますから。俺はもう、家族に心配はかけたくないですから」

「……そうですか」


 大丈夫、ガン逃げする時は本気で逃げますから。


「さてと……報告はこのあたりでいいでしょう。今度はこちらから報告を。無事、当初の目的である、秋宮の、日本における切り札としての戦闘工作員、ダーインスレイヴの存在を内外に広める事が出来ました。今回の合宿には多くの財界の子息や、海外からの生徒もいましたからね、あっという間に広がってくれました」

「おー……なんだか他人事みたいに思えますけど、俺の事なんですよね」

「ふふ、そうですね。ただし『女の子』としてですけれど」


 そこはちょっと複雑。きっと身長さえあればそんな変装じゃなくて、もっと別な方向の変装も出来ただろうに。たとえば……老人とか中年とか?


「そのうち、他の組織のトップにも挨拶をすることもあるでしょう。今、変装用の装備を作らせていますので、安心してくださいね」

「……はい。なんで女の子にしたんですか」

「性別を変えるのが一番有効だと思いましたので。後で完全に顔を変える変装術式をそのチョーカーに仕込みますので、その前に顔について意見を下さいね」

「うぇ……マジっすか」


 そこまでやるって事は、そのうち顔晒す事もあるんですか。


「総帥さん。それは、ユウキの姿を女の子に変えてしまうのですか」

「見た目だけ、ですよ。彼の素性がバレない為です」

「……あの時、ユウキの髪が伸びていたり、胸が膨らんでいたり声が変わっていたのもその一環という訳ですか」

「ええ」


 イクシアさんこっちをじっと見てどうしたんですか。


「……私にも見せてください、完成したら」

「ふふ、わかりました」

「なんで見せる必要があるんですか」


 なにか想像してたんですかイクシアさん! 間違っても可愛い服着せようとか考えんでくださいよ。






 報告を終え家に戻ると、イクシアさんはすぐにお風呂に入る準備を始めた。

 どうやら潮風で肌や髪がゴワついているのが気持ち悪いとのことで、当然のように一緒に入りませんかと誘われたのだが、そこは断固としてお断りします。

 そういえばイクシアさん、凄くお風呂好きだよなぁ……日に二回は入るらしい。

 向こうの施設はシャワーしかなかったので、湯船にじっくり浸かりたいのだとか。


「じゃあ俺はショウスケにでも電話するかな」


 ショウスケなのだが、今回の事件の所為で、実家の方に早く戻るように言われたらしい。

 カナメ同様、ハワイからそのまま地元に戻る為の便に乗ったんだとか。


『ユウキか、どうした?』

「ああ、そっちは無事に戻れたのかって思ってさ。実家の方、なんか大変そうな感じだったし」

『なに、心配性な両親なだけさ。そちらもその様子だと無事に戻れたようだな』

「ああ。今家でくつろいでるとこ。結局、お前とは合宿中戦えなかったからな、残念だ」

『噂じゃお前、謹慎処分だったらしいな。何をしたんだ』

「事故だよ事故。けど被害者が出たから、一応ってことでさ」

『ふむ……そうか。ああ、俺は休暇中こちらにいるから、ユウキもお盆には戻るのだろう? その時にでも訓練施設で手合わせしないか?』

「いいねぇ、んじゃお盆にな」


 日常に戻ったのだと実感する。ああそうだ。俺はいつだってここに戻ってこられるのだ。

 そうして他愛ない話をして時間を潰していると、イクシアさんがお風呂から上がる音がしたので、この辺りでお開きとする事に、


「じゃあ俺風呂入って来くる」

『ああ、ではまた今度だ』


 ソファーで伸びをしていると、イクシアさんがバスタオルを巻いただけの姿で現れたので、ちょっと注意をば。

 うーん……まだお婆ちゃん意識が抜けていないのだろうか……?

 それにしても肌白いなぁ……足も長いし……スマート美人さんだ。


「ユウキ、お風呂空きましたよ。少し温めにしていますので、もっと熱い方が良いのでしたら、オイダキというものをしますよ」

「大丈夫ですよ、じゃあ入って来ます」


 うーんハイテク……元の地球でもあったんだろうけど、俺の実家のお風呂とか古かったのでそういう機能知らないっす。たぶん、お風呂関連の使い方はイクシアさんの方が分かっている筈……。








『今日はですね、最近段々気温も上がって来た、という事で、夏バテ対策のお料理を紹介したいと思います』

『わーわーぱちぱちぱち! でも私夏バテってした事ないよ?』

『それは君が夏に出歩かない、もしくは常に冷気の魔法を使っているからじゃないかな』

『うん、便利だよ。やっぱり氷属性は最強の属性だよ!』

『はい、全世界のそれぞれの属性派閥の皆さんにごめんなさいして』


「ふふ……Rお姉さんは可愛らしいですね。夏バテですか……どういう病気なのでしょう」


 久しぶりのBBチャンネルは、相変わらずコミカルに、そして分かりやすくレシピを紹介してくれます。

 合宿中はなかなか忙しく、動画を見る時間もつくれませんでしたから。

 美味しい物を作り、一緒に食べる。たぶん、それくらいしかユウキの為に出来る事はないでしょう。

 中々に頑固者ですからねユウキは。人の事は言えませんが。


『夏バテにはタウリンが効くからね、タウリン豊富な食材を使おうか』

『ふーん、それがコレなのかい?』

『そう、イカだね。今回はお手軽に、冷凍のイカの切り身、シーフードミックスでもOK』

『これたまに安い時、ついつい買っちゃうよねBB。私シーフードミックスで作るパスタ好き』

『それも今度紹介しようか。じゃあ、今回はこのイカと豚肉、そして――』


「ほほう……豚にニンニク……キムチ……? キムチってなんなんでしょう」


 そうして私は、今日も知らない物をメモしながら、新しいレシピを覚えようと熱中する。

 ……この世界は色々な食べ物が簡単に手に入りますからね、なんだか楽しくなってきます。ユウキは喜んでくれるでしょうか、このレシピ。


「ユウキ……変装ですか……」


 先程の件を思い出す。ユウキが女の子になるとしたら、どうしましょうか。可愛い恰好をさせたりするのでしょうか? 困りましたね……きっと可愛くなりすぎてしまいます。今でも可愛いのに。けれども当の本人は嫌そうでしたし、可愛いと言われるのは苦手のようです。

 やはり身長……? 背が伸びるような薬でも調合しましょうかね、効き目はほぼありませんけれど。

 なお、風呂上りのユウキにこの件を話したところ『是非お願いします』という返事が。

 本当に効き目、期待出来ないんですけどね……。






 海上都市に戻ってから一日、ある意味本当の夏休みが始まった。

 が、今海上都市に残っている友人が〇人な訳でして。

 クラスのみんなはそれぞれ里帰りしているし、カナメも一之瀬さんもあの事件の後、ハワイから直接飛行機で帰省している。

 ショウスケも、だ。更に言うと、サトミさんも夏季休暇に入ってから、すぐに地元に戻るでなく、グランディアに残って研修を受ける予定だ、という連絡も入っている。

 セリアさんが戻って来たら一緒に東京観光に行くと約束した手前、俺も地元に戻るわけにもいかない。


「と、言う訳で、海上都市で色々観光したいと思います。イクシアさんも行きましょうよ」

「ふふ、いいですよ。ではどこに行きましょうか?」


 俺は、何度か行っている港区で、日本の様々な場所のアンテナショップを見に行こうと提案する。


「ふむ、何に使うのですか? あれは電波を受信する物のはずですが」

「あーそうじゃなくてですね」


 アンテナショップとは何か説明中。そういえばなんでアンテナショップって言うんだろう。


「ほほう……特産の物が買えるのですか。楽しそうですね」

「ええ。あと、近くにはいろんな地方の料理のお店が出ているので、そこでご飯食べましょう」




 アンテナショップでは、陶芸が盛んな県の食器や花瓶にイクシアさんが目を奪われていた。その他にも焼き物を利用したアクセサリーにも夢中になっていたようだが、やはり装飾品が好きなのだろうか、世の女性に漏れず。


「実は、昔……ふふ、本当に大昔の話ですが、アクセサリー職人に憧れていた時期もあったんですよ」

「そうなんですね。確かに女の子とかそういうの好きですもんね」

「女の子……ええ、私にもそんな時代がありました」


 少し照れたようにはにかむ姿に見惚れる。そっか、アクセサリー職人か。

 手芸とか今度勧めてみようかな、この世界にもレジンクラフトとかあるし。








 東北のとある田舎町、ササハラ家。現在秋宮財閥の管理下に置かれ、住人の居ない家の周囲を監視、更に雑草の手入れから家庭菜園の水やりまで一手に引き受けてもらっている地。

 そんな空き家の管理のような仕事にも全力で取り組む、ある一人の秋宮の職員が、今日も日課である畑の水やりをしながら、ご近所さんと挨拶、他愛ない会話をしていた。


「あらフジワラさん、今日も早いうちからお疲れ様ねぇ!」

「いえいえ、こうして家を貸して貰っているんですから当然ですよ。今度うちで採れたトマト、お裾分けしますね」

「ふふ、ありがとうねぇ。今晩またおかず持っていくから楽しみにしててね!」


 表向きは、ユウキの遠縁にあたる青年が、静かに絵を描くために、家を出たユウキに代わり住んでいる、という事になっている。

 実際にはユウキについて調べようとする勢力による干渉を防ぎ、家を維持しているだけなのだが、このようにご近所付き合いもしっかりこなし、それなりに充実した生活をしていたのだった。


 そんなフジワラを名乗る秋宮の職員の元に、一人の女性が訪れる。

 この家の人間に用事があるという女性だが、現在は自分しか住んでいない、と答える。

 またどこかの工作員か、それともどこかのメディアの人間か。

 実際問題、ユウキがテレビで放映されてから一か月程、この辺りでそういうマスメディアが訪れるようになっていたが、それも今では影を潜め、付近の住人にはまた平穏な生活に戻っていた。

 だが、この訪れた女性はただ一言こう言ったのだ。

『ここに、私の子供が住んでいたはずだ』と。







 海上都市に戻ってから、暫くはここの都市部の観光についやしていたのだが、さすがに連日となると俺も疲れてくる、

 なので、今日はイクシアさんと共に、映画鑑賞……ではなく、一緒に手芸に勤しんでいた。


「うーん……やっぱり不器用だな俺。イクシアさん、そっちはどうですか?」

「ふふ、順調です。後はこのライトを当てて固めるんですよね」


 レジンクラフト入門用セット。猫のシルエット型のキーホルダーを作っております。

 俺には無理だな、猫の体内でえげつない色が渦巻いているカオスな作品になってしまった。

 そんな完成品を放置し、俺は大人しく自室の片付けをする事に。

 いいんです、イクシアさんが楽しそうならそれで満足なんです。


「中期が始まるまでだいぶあるしなぁ……セリアさんが戻って来るのも来週だし」


 たまには学園にでも行って、誰かと対人訓練でもしようかね。

 たぶん何人かはいるだろうし、SSクラスじゃなくても訓練にはなるし。

 幸いまだ時刻は午前九時。一先ず俺は学園に施設使用の申請を送るのだった。




「イクシアさん、俺ちょっと学園で訓練してきます。お昼には戻って来ますから」

「あ、分かりました。ちょっと待っていてください、冷蔵庫にドリンクを冷やしてありますので、水筒に移し替えますから」

「あ、なら自分でやるので大丈夫ですよ。アクセサリー作り、頑張ってくださいね」

「ごめんなさい、ではお言葉に甘えて……これは凄いですね……良い研究対象にもなります」


 見れば、さっきまでは俺と同じように型に液を流し込んだり飾りを埋めたりとしていたはずが、気が付いたらテーブルの上には、実験室もかくやという機材が並んでいた。

 レジンクラフトとは一体……うごご。

 なんだかとんでもない物が生まれそうな予感がしてまいりました。




 訓練用施設と言っても、学園には『VR訓練室』『術式保護フィールド』『簡易セーフティフィールド』の三種類がある。安全度で言うならば今上げた順なのだが、やはり人気なのは、ダメージが体力の減少に変換される『術式保護フィールド』だ。

 夏季休暇の最中だというのに、やはりそこには多くの生徒が残っており、ここに俺が入っていくのは、なんだか試験期間中の一件を思い出すので憚られる。

 そこで俺は、普段あまり使わない『簡易セーフティフィールド』を使う事にした。

 ここでは、基本的にコンバットスーツとプロテクターの着用が義務付けられ、使用する武器はデバイスに限定され、さらにはデバイス側の設定をセーフティモードに変更される。

 これは、物理ダメージではあるが、殺傷能力が下げられ、代わりに相手を一時的に麻痺させるモードだ。本当に微々たるものだけど。

 何気に高校の時の授業で使っていたのもこの仕組みのフィールドだったはずだ。

 ちなみに無理やり殺傷モードにすることも出来るが、当然校則違反です。

 まぁ刀傷沙汰なんて起きようものなら、速攻で強制スタンという機能で、内部の人間の動きを止める事も出来たりする。まぁ緊急停止装置みたいな。


「お、こっちは人が少ないな。……二年生と三年生かな、あれは」


 コンバットスーツの色は学年で異なっており、見たところ二、三年生がメインのように見える。

 戦う事に慣れているのか、何かに保護されたフィールドでなくても問題なく戦えるのだろう。

 するとそんな中、教員用の白と黒の配色のスーツを着込む二人が戦っていた。

 どうやら周囲の生徒も熱心に見ているようだし、俺も近くで観戦してみることに。


「おお……ミカちゃん先生とジェン先生だ……すげぇ」


 教員同士の貴重な組手シーン。やっぱり強いわ。シュバ学の教員ってだけはあるし、ジェン先生も強いって話だったしなぁ。


「動体視力……俺ももっと鍛えないとな。ジェン先生の動きやべえ」


 速いというだけではないのだ。先生方の動きは、読めないのだ。

 ノーモーションでの加速、減速なしでの鋭角な方向転換、空中に跳んでからの軌道が完全に予測不能。まさに格闘ゲーム差さながらの空中ダッシュやらバックステップやらキャンセルやら。やっぱり俺達と戦う時は手加減してくれていたんだなぁ……。


「……全力でやれば勝てるだろうけど、そいつは強引に潰すだけ。動きに対応して倒せるようにならないとな」


 そうして夢中になって二人の戦いを見ていたら、ミカちゃん先生がジェン先生に思いっきり殴られてリングアウト、フィールドから弾き飛ばされてしまった。

 ジェン先生はガントレットのデバイス、ミカちゃんは棒だったのだが……強いな本当。

 その決着に周囲の生徒が湧く中、俺はミカちゃん先生の元へと向かう。


「ミカちゃん大丈夫? 結構勢いよくぶっ飛んでなかった?」

「ん、ササハラユウキか。見ていたのか」

「うん。本気のミカちゃん見たの初めてだったけど、めっちゃ強いじゃん。動きがめっちゃ変則的だった」

「そうか、得る物があったのなら何よりだ。しかし……さすがジェン先生は強いな」

「お、ササハラじゃないか! どうだ見てたか? アタシがミカミを倒したところ!」

「見てた見てた。ミカちゃんが怪我したらどうすんだろうなって思ったわ。あーこわいこわい」

「ククク……どうやらササハラユウキは私の肩を持ってくれるようだ。ジェン先生、こういうのを試合に負けて勝負に勝つというのだよ」

「グヌ……なんでだササハラ、アタシかっこよかったろ!?」


 いじりがいがある。いつもいじってくるからたまには仕返しじゃい。


「まぁここじゃあ大きな魔法も使えないし、ミカミも本領発揮は出来ないだろうし、ただのスパーリングだ」

「うむ。私は殺しこそが専門であり、ジェン先生は倒し、捕縛するのが専門だ。強さの質が違うのだよ。まぁそれを差し引いても、彼女は強いがね」

「ふふ、まぁそうだな。ミカミ、じゃあ今晩飲みに行ったら一品驕れよ」

「ああ。ふふ、そういうことだ。教師が賭け試合をしていたなどと、理事長に報告してくれるなよ」


 いーなー! 居酒屋いーなー! 俺もそういう夜の楽しみ早く味わいたいなー!

 そうして俺は、今度は二年生三年生相手に戦う事にし、そこで久々に思う存分身体を動かしたのであった。

 結果? 全勝ですわ。


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