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第三十七話

 暴風。互いが猛烈な勢いで槍斧をぶつけ合い、周囲の生徒を怯ませる程の衝撃波を放っていた。

 技かどうかなんて見ても分からない。文字通り暴風と暴風のぶつかりあい。

 だが、ロウヒ選手からの『次』という言葉が告げられる事なく、その打ち合いは苛烈さを増していった。


「これは……凄まじいな。さすがに戻ってきてしまったよ」

「おかえり一之瀬さん。技のぶつかり合いって感じだったよね、さっきのは。でもこれは……力のぶつかりあい。あの選手が両方を兼ね備えているって事だよね」

「……そのようだ。やはり、全力ではなかったのだな」


 悔しそうに歯噛みする一之瀬さん。だが……それよりも戦場を見るべきだ。

 カナメが、斧槍の一本を手放し、自ら片腕を差し出し、相手の武器を掴み、ロウヒ選手を持ち上げたのだ。


「おお!? いけ、カナメ!」

「はあああああああ!」


 振り回され、投げ飛ばされる。だが――空中で姿勢を整え、まるで見えない壁でも蹴るようにして一瞬でカナメの背後に回り込んだのだった。


「ここまでだ。凄い攻撃だった。ただ……どうやら君は細やかな体の使い方を疎かにしているね。まずはそこを重点的に鍛えるのと、そっちの武器。召喚した斧槍を使いこなせていないね。見たところ魔力に呼応するタイプのようだ。魔力量を増やす訓練もするべきだ」

「はい、指導、有り難う御座います!」


 ジェン先生も空中でトリッキーな動きを見せていたが……この人はそれ以上だ。

 本当にゲームよろしく、二段ジャンプやら空中ダッシュやら、ありえない軌道で動いていた。

 俺も……あんな動きが出来るようになるのだろうか。


「ただいま、ユウキ君。どうやら君で最後みたいだね、みんないなくなっちゃった」

「さすがにあんなにバッサバッサ切り捨てられちゃね。よかったなカナメ、指導してもらえて」

「うん。カイ君もこっちの合宿に来たらよかったのに」


 確かにバトラー志望だしなぁアイツ。


「おや? 残りは君だけのようだ。では――ん?」


 そして最後の俺がフィールドに入ると、ロウヒ選手が首を傾げた。


「……ククク、いや驚いた。思わず素が出てしまった。久しぶりだな青年」

「すみません、俺もどこかで会った記憶があるんですが……」

「秋宮のリゾートホテルで手合わせしただろう? そうか、君は秋宮の生徒になったか。あの時、君の力を測りかねていたが……私は幸運だ」

「あー! あの時はすみませんでした。デバイス、壊しちゃって」

「構わないさ、あれは私の物じゃない。それで君は……刀タイプか。では……始めよう」


 一之瀬さんとの戦いでも見せた刀捌き。あんなに綺麗に刀を扱う事はまだできないが……俺には俺の戦い方がある。

 疾走からの一撃。けれども驚いた事に、こちらの攻撃が触れる瞬間、同じ速度でバックステップをして、完全にこちらの攻撃を見切られてしまった。


「並んで移動せんでくださいよ」

「クク……良い技だ、真似させてもらう」


 瞬間、ロウヒ選手が消える。そして気が付くと、こちらに刃が迫りつつあった。


「鞘で防ぐか。器用だな、青年!」

「パクられた技じゃやられませんよ!」


 疾走、五連。さすがに対応が出来ないのか、途中で大きく薙ぎ払われた一撃でこちらの攻撃を中断させられる。

 大人しく足を止めての打ち合い。反射神経と剣速だけで、後出しのように相手の攻撃をいなし続ける。

 まだだ、まだいける。もう少し早く、もっと……もっと!


「はああああああああああああ!!!」

「だあああああああ!」


 手の先の感覚がなくなる程高速で振るう。

 防がれ、反らされ、そして――互いの限界を迎え、距離を取る。

 呼吸を整え、構え直す。向こうもまた、刀を鞘に収め、息を整える。


「粗削りだが、強い。基礎だけ続けたらそれで問題ない」

「もう指導に入るんですか? まだ見せてない技、ありますよ?」

「……そうか。なら、私も最後の一撃を見せよう。それで終わりだ」


 抜刀の構えを取るのは、俺だけではなかった。ロウヒ選手が腰を低くし、抜刀の構えを取る。

 そして俺も、渾身の魔力を右手に集中させ、今までで一番の破壊力を込めた『風絶』の用意をする。


「……散れ!」

「負けるか!」


 瞬間、互いの間の空間に、真紅の炎が巻き上がり、それが俺の技に切り裂かれ、風を受け、一気に燃え上がる。

 技を……座標指定を潰された? 相手の身体で発生するはずが、互いの中間で発動してしまっていた。


「……かき消されたか。その技、どうやら風の魔導のようだな青年。まさか、相殺されるとは思わなかった」

「マジか……一発で見抜いちゃいますか」

「手合わせはここまでだ。指導は……そうだな、基本だ。ただ基本だけを鍛えると良い。トリッキーな技や必殺の一撃はもう備えている。あとは基本だけを伸ばせば、自ずとほかの技の完成度もあがる。……出来れば、全力の君と戦ってみたかったが」

「それはお互い様ですよね? 手首のそれ、分かってますから」

「クク……君の首のソイツもな。いや、実に良い刺激になったよ。名前、教えてくれ」

「ササハラユウキです」


 健闘を称え別れる。まだだ、まだ上がある。そう感じさせるほどの底知れなさが、あの人にはあるように思えた。

 すごいな……こっちの技を見極めて対応してくる早さが常人離れしている。

 イクシアさんが以前言っていたように、上の人間には俺の技ですら通じない、牽制にしかならないのだろう。


「お疲れ様、ユウキ君。羨ましいな……僕、名前聞かれなかったよ」

「どうやら君も彼と顔見知りだったようだが……良い戦いだった。以前言っていた新しい君の技だが……まさか彼のロストアーツを相殺するなんて……」

「あれも向こうの技なんだ? 凄いね、刀から炎の斬撃が飛んできた」

「あれは魔法ではなく、剣速により自然発生した熱で空気中の魔力が燃え上がった物だ。あれを散らせるのは、同じく魔力を切り裂き攪乱する風か水の魔法のみ。君は最適解で対応したんだ。偶然とはいえ」


 マジか。炎を出したわけじゃなくて勝手に燃えるってどういうことだよ。

 じゃあ普通に炎を切り裂いて対応、とか出来ないって事なんだろうか。


「なんにしてもすげえ疲れた……カナメも一之瀬さんも、一回ここから出よう。熱気が凄い」

「そうだね、外に出ようか。なんかさっきより生徒も増えてるみたいだし」

「恐らく外で訓練していた人間だろう。私達はもう終わったし、先にシャワーでも浴びてこようか」


 その意見に賛成し、俺達はこの熱気渦巻く訓練場を後にするのだった。




 シャワー浴びながら、この後の予定を考える。

 何か冷たい物を食べても良いし、VRで軽く運動するのもいいな。

 そうだ、そういえばカナメって筋肉バッキバキらしいしちょっと観察――


「うわ!」

「っ! なんだ!?」


 突然の大きな揺れに、シャワーを浴びながら転んでしまうカナメ。

 あ、確かにムキムキだこいつ。ってそうじゃない。


「明りが消えた……停電? なんださっきの揺れ」

「なにか変だよ。水も出ない。ちょっと出ようよ。服を着て!}

「ああ、分かった」


 暗闇の中、手探りで脱衣所に戻り、服を着て事態の確認を急ぐ。

 ……スマート端末がどこにも繋がらない。何かに阻害されている……?


「ここ、島だからさ、もしかして中継基地みたいのがないと圏外になるのかも」

「そうだね。……さっきの揺れ、そして停電……電気関係の施設で問題があったのかも」


 まさか……理事長が言っていた襲撃の可能性か?

 ならば、まずは一之瀬さんやジェン先生と合流するのが先決だ。


「一之瀬さんと一緒にさっきの室内訓練場に戻ろう。とりあえず皆で固まるのが先だ」

「ん、了解」


 どうやら一之瀬さんは先にシャワーから出ていたらしく、すぐに合流する事が出来た。

 こちらの考えを伝え、ひとまず担当教官であるジェン先生の指示を仰ぐべきだからということで意見が一致した。


「……一応懐中電灯としては使えるな、スマ端」

「すまない、私は部屋に置いてきてしまった」

「二人で照らせれば十分だよ。あ、ユウキ君次左」


 次第にざわめきが大きくなる。訓練所に集まった皆も狼狽えているのだろうか。

 そして施設の扉を開こうとすると、それがピクリとも動かない事に気が付いた。


「見て。ガラス扉の向こう。シャッターが下ろされてる」

「中に入るのは無理、か? カナメ、全力でぶった切るってのはどうだ?」

「そこまでする必要ある? ここで復旧を待った方がよくない?」

「その方が――」


 だが、そこで会話が中断された。シャッターの向こうから、沢山の悲鳴と爆発音が鳴り響いた事によって。


「なんだ!?」

「シ……施設内放送のスピーカーから何か聞こえる」

「なんだ……この被害の状況説明か……?」


 いいや違う。恐らくは――


『初めに、現在生徒の八割と指導教官、及び各学園の教官を訓練施設内に拘留中だ。環境再現のお陰で、今室内には通常では耐えられない重力と魔力制限を課している。運悪くひ弱な子供が数名、重傷を負ってしまっている状況だ。我々はすぐにでもこの環境を変化させ、残りの人間の命も奪える状況だという事を宣言しておく』


 ……まじかよ。ちょっと予想以上にハードモードなんだが。


「……嘘じゃない、よな」

「……ああ。様々な環境を作り出せる施設なんだ、あそこは」

「放送に集中しよう。相手の狙いがわかるかも」


 再びスピーカーから流れる機械的な音声。


『我々の要求は、この島の全ての施設の破壊、そして研究者の確保。外部との連絡は絶たせてもらったが、まだ外にいるであろう人間に忠告する。大人しく、事が済むまで静かにしていろ。今施設内の電力が非常用の物に切り替わる。切り替わり次第我々の部下が施設内を確認する。大人しく指示に従うのならば危害は加えない』


「だ、そうだ。ここは大人しく指示に従っておこうか」

「それでいいのか……何かできる事はないのか?」

「そうだね、訓練施設の環境操作を無効化出来たら、人質の安全は確保出来るかも」


 いんや。それは無理だ。


「たぶんそれ無理。明らかに俺達の日程知った上での犯行っぽい。内通者が紛れているだろうし、対策くらいしてるでしょ絶対」

「それは……ありえる話だ。そうだな……襲撃者にとって、一番警戒すべきは教官達だ。完全にそれを封じたとなると……いわば環境設定を変える装置は連中の生命線だろう」

「それに、相手の規模も分からないんだ。俺達だけで何かしようとするのは……絶対にダメだ」

「……分かった。じゃあどうする? せめて見回り中の敵だけでも始末しようか」

「それもやめた方が良いだろう。相手は間違いなく訓練を積んだプロだ。連絡が途絶えればすぐに次の行動に出るだろう。悔しいが……ここはササハラ君の言う通り、連中に従うべきだ」


 その方が良い。俺も……こんな状況になるとは思ってもみなかった。

 訓練施設の中には、先程のロウヒ選手もいる。あの人なら、きっともしもの時、生徒に危険が迫った時は動いてくれるかもしれない。恐らくあの人が理事長の言っていた協力者なのだろう。

 けれど……人数が人数だ。一人で攻勢に出るなんて無謀な真似は絶対にしないはず……。


「そうだ……イクシアさんはどこに……」

「ユウキ君、落ち着いて聞いて。たぶんイクシアさんも扉の中だと思う。僕達が出る時、中で何か薬を配っている姿を見かけたんだ」

「……そっか。最低でも一人、治療行為が可能な人がいるんだ。さっきの悲鳴も……なんとかなると思う」


 それを聞いて逆に安心する。イクシアさんなら、きっと誰にも負けない。誰かに何かされそうになったとしても、絶対に切り抜けてくれるはずだ。

 とその時、施設内の明りが復旧した。


「いい? まず相手に見つかったら大人しく投降しよう。それで……二人は中に入れられるだろうから、そこで機会をうかがって欲しい。幸い、カナメはデバイスと召喚武器の二つを持っている。デバイスさえ引き渡せば警戒されないと思う」

「ん、了解。そうだね……戦える人間を中に配置した方がいいね」

「一之瀬さんは……はい。ちょっと重いけど俺のウェポンデバイスを持ってて。これを引き渡せば同じく警戒されないだろうから」

「了解した。それで、ササハラ君はどうするんだ?」


 これで、一先ず中の安全度は増したはずだ。後は俺が……事態を把握される前に犯人グループを無力化出来れば……。


「俺は念のため、施設の中で孤立してる人を集めておくよ。一人でいるところで見つかったら何されるかわかったもんじゃないし。出来るだけ大人数で固まってから発見されるよ」

「だが、途中で見つかったら君も危ない。やはりウェポンデバイスを持っていくべきだ」

「いや、抵抗の意志ありってみなされちゃ嫌だからね、お願い、一之瀬さん」


 どの道、あの姿になった場合はどこかに置いておかなければならないのだから、ここは一之瀬さんに預ける形にした方がいいだろう。

 そのうちデバイスをチョーカーの中に収納できるようにしてもらえないか相談してみよう。


「……話は終わり。じゃあ俺は一先ず中央棟の方に行ってみるよ。二人とも、くれぐれも無茶はしないでね。俺もみんなと合流してから捕まるから」

「……分かった。今回は無茶をしないでくれよ、ササハラ君……」

「内部に入ったら、とりあえず戦えそうな人で固まっておくよ。何かするなら……合図をお願いね」

「はは、今回は何も出来ないよ。じゃあ……行ってくる」


 カナメの微妙に何かを期待している発言を聞き流しながら、一先ず人気の無い場所を探すのだった。







「すみません。負傷者の治療だけさせて貰えませんか。幸い、私は薬による治療を主としています。不審な真似はしませんので許可出来ませんでしょうか」


 全身を圧迫する謎の魔力により、思うように動かない身体。

 なんとか立ち上がり、全身鎧のような物を身に纏う侵入者達にそう進言する。

 ……重力、という物は私も知っている。けれどもこれはそうじゃない。重力が増したように思わせる、魔力的な力場を発生させているだけ。

 恐らくこの侵入者達はそれを防ぐ為に、鎧のような物を装備しているのでしょう。

 幸い、身体強化を高いレベルで行えば、ある程度はこの苦しみを緩和出来る。

 けれど……先程、数名の女の子が崩れるように倒れ、息も出来ないような状況に陥っていた。このままでは……助かりません。


「……よし、許可する」

「感謝します」


 中腰になり、この訓練所の隅の方に追いやられていた負傷者の元へ行き、少しだけ強い魔力回復薬を飲ませる。

 身体の小さい女の子だ。これは……いくらユウキが事件を解決するのを待つように言われていても、中々に精神的にくるものがある。


「大丈夫ですか……? 貴女は身体強化が苦手なのですね?」

「……はい……ごめんなさい」

「いいえ、いいんです。他の子も少しは楽になりましたか?」


 倒れていた生徒さん方が小さく返事をしたのを確認し、出来るだけ近くに、それこそ日本で言う『すし詰め』のように角へ集まるよう言う。


「今から、少しだけ楽になれるように……私の魔力で抵抗します。出来るだけ静かに、大人しく待機してくださいね」


 魔力を一番近くの子に流し、それが更に隣の子へと伝わり、この子達だけでも無事に済むように簡易的な結界を作る。

 どうやら効果はあったみたいですね、少しだけ顔色が良くなりました。


「……大丈夫ですからね。きっとみんな助かります。だから今は、我慢してくださいね」

「はい……ありがとうございます」

「助かります……なんとお礼を言ったら良いか」


 子供達のか細い声が胸に突き刺さる。大丈夫です、きっとユウキが助けてくれます。

 そう心の中で祈るように俯いていると、何やら出入口の方か騒がしくなり、数名の人間が新たにこの中に入って来ました。

 あれは……ユウキの友達のカナメ君と一之瀬さん……ということは、ユウキは……?

 二人がこちらに気が付き、近くへやって来る。


「ユウキ君のお母さん。すみません、少しお話してもいいですか?」

「はい、ではどうぞこちらへ。今、ここの負傷した生徒さん方を治療しているところです。貴方達二人もこちらに寄ってください。少しは楽になりますから」

「……感謝します。想像以上に……この中は身動きがとれませんね……」

「うん。僕も、ちょっとこれだと戦えそうにない……かな」

「……くれぐれも大人しくしていてくださいね。それで、お話とは一体?」

「実は、ユウキ君とは外で別れたんです。取り残されている生徒と合流して、集団で捕まるから、と」

「一人でいては何をされるかわからないからと……この緊急時でも彼は他の人間の事を考えて……」


 そう、ですか。ではつまり、今は単独で任務にあたっていると。

 なら……もう安心してもいいのでしょうか。


「私は息子を信じています。だから、今は静かに待ちましょう」

「「はい」」


 ユウキ、信じていますよ。








「あ、あー……よし」


 コンバットスーツを身に纏い、無駄にリアルな質感の胸部アーマーと変質した声、そしてどういう仕組みなのかヘルメットから生えている髪を確認し、大剣を担ぐ。

 現在、中央棟の屋上。ここから確認した限り、外で訓練中の生徒は皆、東屋のような休憩スペースに押し込まれている。

 施設全体の出入り口である門に三人。そして建物の裏手に五人。東屋で生徒を見張っているのが四人。恐らくこの場所にも間も無く監視用に数名人がやってくる筈だ。


「……まずは建物上部にやってきた人間を全員潰すか。定時連絡があるとして……異常に気が付いた場合に見回りに向かう人間は……ダメだ、相手の規模が分からない以上全部殺すって案しか浮かばない」


 せめて総勢何人か分かれば、どれくらいの人員を各配置にどれくらい割くか予測出来るのに。……クソ、本当に皆殺しにするしか道がなさそうだ。

 待てよ……今外部との通信手段がない以上、連中はトランシーバーのような物で直接やりとりしているはず。そして……二か月前の研修では、近距離ので通信が妨害されていた。

 だったら、何かしらの方法で通信を妨害出来るかもしれない。


「なんにせよ……全員始末するのには変わらないか」


 意識を塗り替える。訓練じゃない、VRでもない、これから俺は、同じ人間を自分の意思で殺すのだ。

 狂戦士となれ。一切の躊躇なく、一切の慈悲もなく、人ではない価値観の元に、敵をただ葬る魔剣となるのだ。


 研ぎ澄まされた五感が、この屋上に近づく何者かの足音を聞き取る。

 跳躍。空中で標的に狙いを定める。見慣れない装備の軍人のような人間が四名。


「……記念すべき最初の犠牲者だ」


 剣を叩きつける様にして二人を空中からの強襲で潰し、そのまま剣を振るい残りを両断。

 すぐさま死体を漁り、この四人が施設関係者ではない事を確認する。

 順番が逆、それがどうした。どうせ敵だ。関係者だろうがこの場に現れるような怪しいヤツならどうせ敵だ。


「こいつら……インカムもトランシーバーも持っていないな。訓練所内じゃ通信は元々出来ないのか……?」


 ならば丁度良い。これで安心して殺せるという物。

 そのまま数分屋上で待機し、他の北棟や南棟、西棟東棟の屋上の様子を確認し、そこに人員が配置されないのを確認してから、一先ず施設の裏手から、順番に人間を排除していくことにした。




「グ……フ……ク」

「早く死ね」


 建物の周囲、そして出入口の見張りを始末し、最後に外で訓練していた生徒を監視していた人間を不意打ち気味に殺す。


「ヒッ! や、やめて、誰か!」

「黙れ。静かにしろ。現在作戦行動中だ」


 だよな。普通の生徒は人が死ぬ場面なんて見た事ないよね。

 捕まっていた女生徒の一人が声を上げるのを辞めさせ、ただ自分がこの襲撃者を殺す事を目的とした、ある意味生徒達の味方だという事を説明する。


「所属をお聞かせ願いたい」

「それを話す許可は得ていない。大人しくここで待機していろ」


 マジかよ。こちらの様子に怯えもせずに発言した男子生徒の姿に、一瞬驚きの声を出しそうになった。

 ショウスケ、お前今日中で訓練していたんじゃないのかよ。外にいたのかお前。


「……分かりました。訓練所内にいる他の生徒の事をお願いします」


 待てよ? 外に居たのなら、侵入してきた連中について何か知っていないだろうか?

 早速訊ねてみるも、どうやら皆恐怖で周囲を見る余裕はなかったとのこと。

 が、案の定ショウスケだけが、こちらの質問に答えてくれた。


「裏手に五人。あちらに見えるゲートに三人。入り口には先程貴女が倒した三人がいました。中に入っていった人間の数は不明です」

「ゲート……あの先には何がある」

「不明ですが、関係者以外立ち入り禁止と言われていました。恐らく施設のライフラインを管理する場所ではないかと。三〇分ほど前に一度、爆発音も聞こえてきました」


 ナイスショウスケ。もしかしたらあそこが、俺達のシャワー中に破壊された場所かもしれないな。

 もしもまだ人が残っているのなら、こっちも先に潰しておくべきか。


「情報提供感謝する。あちらを制圧し次第、中へと突入する。念のため、お前達はこの場所で待機しているように。死体は隠しておけ」

「……はい」


 出来るだけ会話は避けるべきだったんだろうけど……まぁいいだろう。

 早速そのゲートの向こうへと進み、その先にある、破壊された小さな建物を発見する。

 目的がこの島の施設の全てを破壊する事……なのにまだ見張りがここで待機しているのは何故だ?

 よく見ると、破壊されているのは建物だけで、その近くにある電波塔のような物は無事。そしてそこから、明らかに後付けしたであろうコードのような物が伸びているのが見える。

 なんだ? 見たところあの電波塔は施設に向かって電線が伸びているように見えるが。


「二人始末して、残り一人に吐かせるか? うまくいくかな」


 近くにある木に飛び乗り、そこから急襲を仕掛ける。

 一瞬で並んでいた二人の首を刎ね、残る一人の首に手を伸ばし、剣を突き付ける。


「動くな」

「っ!」


 近くに行って分かったのだが、あのコードの先には、機械が繋げられていた。

 この機械で……施設に何か仕掛けているのか?


「このマシンの詳細を。言えば情報源として生かすと約束する。運が良かったな」

「……知らない」


 爪先を切り潰す。


「知らない!」

「ではもう片方」


 本当に知らず、ただ配置されていただけだろうか?


「では死ね」


 生憎、生かすって選択肢は未熟な俺にはないのだ。

 活用方法なんて思いつかないし、殺すくらいしか出来ない。


「待て! 分からないが、何かを吸い出している……はずだ」

「吸い出す? そうか」


 なるほど、本当に詳しい事は知らないと。ということはこれ……何かデータを吸い出している?

 なんでこんな遠隔で? 研究棟には近づけないのだろうか?

 さっさとこの男を始末し、とりあえずこの機械は壊すのはまずいだろうと、コードだけ外し、運び出す。

 なーんか裏がありそうですな。これはこっそり理事長の方に引き渡した方がよさそうだ。

 一先ず機械を運び出し、近くにあった木材置き場? の中に隠しておく。


「訓練所の環境操作は……たぶん研究棟だよな。急ぐか」




 研究棟は、俺達が宿泊している中央棟やそこから東西南北に延びる建物ではなく、さらに離れた場所にある平屋建ての大きな施設だ。

 そこでは、先日俺が借りていたVR装置のような、最新の設備や、魔術を科学的に運用、新しい技術を生み出す為に日夜研究がされているという話だった。

 それこそ、この環境再現? とかいうのも、昨年完成したばかりの技術なんだとか。

 ……早速利用されてこんな事態になっているんですがそれは。


 研究棟に続く渡り廊下にも、案の定見張りが付いているのが確認できる。

 俺は施設を囲むように広がる森林部から、どうにか侵入出来ないか調べてみたのだが、どうにも出入口も一つしかなく、侵入できそうなダクトや窓もありはしない。

 たぶん、ここで訓練所内の環境を操作しているのだろう。つまりここさえ押さえ環境を戻せば、訓練所内にいる教官、それにロウヒ選手が内部を取り押さえてくれるはずだ。

 つまり、俺にとっての最終ミッションがここの解放って訳か。


「暗殺用の魔法とか、そのうち開発した方良いだろうな。風属性でよかった。不可視だし」


 一息に、駆け抜ける。全力の身体強化は、もはや自分自身が本当の風になるようなもの。

 渡り廊下の両端にいる見張りを、今回も容赦なく剣で胸を貫き、また一瞬で扉の前に戻り身を潜める。

 ……何も、考えるな。ただ任務の事だけを考えろ。これは敵だ。敵でしかないのだ。

 研究棟内部の様子を確認するも、廊下には誰もいない。静かに移動し、人の気配のする研究室前までやってくると、そこで初めて人の話し声が聞こえてきた。


『もう一度試せ』

『……ダメです、反応ありません。物理的にどこかで接続が外れたのかと』

『高濃度のジャミングが仇になったか……この時代に有線に頼ったツケか』

『如何いたしましょう? 一度作業を中断し、確認をさせますか?』

『予定では、もう二時間ほどで本国から制圧隊が送り込まれてくる。それまでに撤収する必要がある。復旧作業とアップロードの時間はどうだ?』

『スムーズにいって一時間半……ギリギリですね』


 ふむ。どっかの国の関係者かね? 内部の様子を探ってみると、いかにもリーダー的な帽子を被った男と、白衣の研究者が二人、それに付き従っている。

 あれが内通者だろうか? あっちは殺さないで制圧するだけでいいか。


「出来ればボスっぽいのも確保したいけど、まぁ無理そうだな。他の研究者さん達も人質っぽいし……結局殺すしか出来ないのかよ俺」


 大剣を構え、最短ルートで一撃をぶち込むコースを想定する。

 人質を守れるルートで……うん、いける。

 扉を静かに開け、内部に入り込んだ瞬間、一息に駆け寄り一気に大剣を振り下ろす。

 が、それが真横にいた白衣の男の、文字通り横やりにより防がれてしまった。

 は? 今の全力防ぐとかおかしくないか。


「いやだからどうしたって話なんだけど」

「な――」

「貴様なに――」


 槍のような武器を掴み引き寄せ、そのままこちらに倒れ込んできた頭を握りつぶし、その腕をそのまま振るい、リーダーの頭を殴り飛ばすと、頭部だけが吹き飛び壁のシミとなる。

 そしてもう一人の白衣の男は、目の前で突然人が二人死んだ光景に、完全に腰を抜かしへたりこんでしまっていた。


「この研究者は内通者だろう。拘束しておいてくれ。安心しろ、私はこの施設を解放する任を受けた者だ。この場所から訓練所の環境を設定しているのか?」


 隅の方で拘束されていた研究者達に問うと、担当者なのか、一人の男性が声をあげる。


「はい、現在魔物拘束用の設定になっています、急いで解除しなければいけません!」

「分かった。任せよう。他の者はこの男の拘束を頼む」


 さて……これで残りは訓練所の中に残った人間だけ。ならば――


「放送設備は? ここから訓練所にだけ音声を届けられるか?」

「はい! あ……待ってください……環境の解除、出来ません……内部から干渉を拒絶する信号が出されているようです、こちらの操作を受け付けません」

「……内部の人間を殺すというのはハッタリだったか」


 なんだよ、なら最初にあっち解放した方早かったじゃないか。


「分かった。ではお前達はここで待機。拘束は忘れないように。念のため、この研究棟を障壁で隔離、残党が侵入してくる可能性を潰しておくといい」

「はい。では、訓練所の皆さんは……」

「直接叩いて来る」




 戻って来たガラス扉の前。カナメや一之瀬さんはもうここに連れ込まれたのだとしたら、内部に開けるように知らせる合図を出す方法があるはずだが……知らん。

 全力の突きで、一気にシャッターも扉も突き破り中へと飛び込む。

 その瞬間、まるで見えない粘液が身体にまとわりついたような、動きを阻害される感覚に襲われた。


「グ……ガアアアアアアアア!」


 強引に身体を動かし、明らかに周囲の人間とは違う、黒い段ボールで作ったような鎧を纏う人間達を片っ端から引き裂く。

 するとそれを皮切りに、離れた場所からも叫び声が響いてきた。

 ロウヒ選手に……あれはジェン先生か! それに……カナメも一人拘束している。

 一之瀬さんは……カナメが抑えている相手を倒したか。

 この空間の中を駆けまわり、人質を手に掛けようと動く相手へと剣を突き刺し、すぐに別な相手へと向かう。

 あの鎧が、この環境下でも動けるようになるための装備なのだろう。

 見れば、カナメと一之瀬さんは力尽きたように床に倒れてしまっている。

 凄いな、他の大人でも動けないのに……。


「ガア!」

「やめ、投降す――」


 最後の一人を蹴り上げ、天井のシミに変える。

 出来るだけ凄惨に、恐怖の象徴として、振舞おう。

 これが、猟犬なのだと。外敵に差し向けられる、狂気と殺戮の化身なのだと。


「……全員、自力でここから出ろ。動けない者は私が運ぶ」


 周囲に聞こえるようにそう告げると、ゆっくりと、這うように皆が移動を始める。

 俺ですら全力の強化で、身体の動きを阻害されているのだ、一般の生徒は辛いだろうに。

 するとその時、一か所だけスクっと立ち上がり、まるで固まるように歩いている集団がいた。

 見れば、それを引率しているのはイクシアさんではないか。

 もしかして……何か対抗する魔法を使っているのだろうか?


「君が、秋宮の当主が言っていたエージェントかい?」


 その時、もう一人この環境の中、平然と立ち上がり歩いてきた人物に話しかけられた。

 ロウヒ選手だ。……やっぱりこの人、只者じゃないな。なんで余裕そうなんだよ。


「万一に備え待機していた。協力、感謝する」

「……この事件、どう見る」

「さてな」


 出来るだけ話さんとこ……この人鋭そうだし。


「……大国としてのメンツ、か。くだらない。この世界は本当に……愚かだとは思わないかい? クク……悲しすぎて笑いが出てくる」

「余裕があるなら生徒を運び出せ。私は行く」

「ああ、そうしよう。クク……まだ少女だろうに。今日は興味深い若者とよく出会う」


 ……少女だってさ。バレていなさそうでほっとした反面、ちょっと複雑だ。

 そうして動けないでいる生徒や研究者を担いで歩いていると、何度か往復したところで、一人のたうち回るように、ゴロゴロと移動している人物を見つけた。


「ひ……ひ……ああ! 助かったわ! ……感謝するわ、ダーインスレイヴ」

「……話しかけるな。素が出るところだった」


 ニシダ主任でした。白衣がゴミだらけです。


「ん、ごめんなさい」

「負傷者は」

「何人かいたけど、イクシアさんが治療していたわ」

「そうか。身動きが取れなさそうなのは貴女が最後か」

「ごめんなさいね、本当戦闘に関係する術はからっきしなのよ」


 ほ、本当に根っからの研究者なんだなぁ……。

 そうして無事に全ての人間を外に救出したところで、念のため建物の周囲を見回り、残党が残っていたり逃げ出したりしていないか見て回ろうとすると、突然一人の人物が目の前に躍り出てきた。


「申し訳ない! この建物内で任務にあたっていたんですよね貴女!!!」


 ジェン先生でした。顔中を濡らしながら取り乱しているが、どうしたのだろうか?


「生徒が! 生徒の一人が見つからないんだ! 外にいた生徒に聞いても知らないって! どこかで見ませんでしたか!? 保護していたりしませんか!? 小さくて、髪が短くて可愛い男の子だ! 頼む……頼む……保護したって言ってくれ……!」


 まだ一人行方不明……まさか、どこかで既に……?


「見ていない。個室全てを見たわけではない。どこかに隠れているかもしれない」

「そんな……! 部屋は全部オートロックだ! アイツの部屋にもいない……ああ……」


 まさか、連れ去られたとでもいうのだろうか。


「ジェン先生、落ち着いてください。ササハラ君ならきっとどこかに隠れているはずです。彼がどうにかなるはずがない」

「だが! アイツの剣はお前が持っている……! 丸腰だったんだぞ……」

「大丈夫だよ。彼は徒手でも僕より強い」


 ……あ! 俺か!


「一人、心当たりがある。施設内を出歩いていた青年を一人、施設の外でなら外部と連絡が取れるかもしれないと外に誘導しておいた……少し、背も低かった」


 クソ……クソ……自分で言っちまった! 背が低いって――!


「そ、それだ! 間違いない、その子です……! 良かった……外に退避していたんだな……」

「そうか……港ならば外部との連絡が取れるかもしれない……」

「向かうのは後にしてもらおう。今は皆、一か所に固まっていて欲しい。私も港で連絡が出来ないか確認する。教官、教員の人間は点呼を取り、広間で待機しているように」


 そう指示を残し、今度はニシダ主任の元へ向かう。


「研究棟に内通者と思われる研究者を拘束してあるので、そちらの方を任せたい。外部との連絡が取れなくなっているが、なんとか出来ないか?」

「衛星電話があるはずだけど、恐らく破壊されているのでしょうね。港から連絡を入れてみてくれる? 海上の中継基地には届くかもしれないから」

「了解した。それと――」


 木材置き場に隠した、連中が使っていた怪しげな機械についても報告してみたところ『恐らく、回収に来る人間がいるはずだから、回収されないようにどこか安全な場所に移動させておいて』とのこと。

 そういや、どこかの国がタイミングよく介入してくるはずとか言ってたしな、理事長も。

 連中が『本国』とか言っていたし、間違いなさそうだ。


 そして俺は、木材の中から機械を回収、そのまま港に向かい、ボートの管理小屋に隠した後、理事長直通の通話アプリが内蔵された通信機を起動したのであった。


「こちらダーインスレイヴ。任務完了。内通者の研究者一人を残し、残りはほぼ殺害。善意の協力者が倒した人間はまだ息があったので、拘束中」

『丁度良かった。今まさにとある国から善意の申し出があったところです。偶然、近くの島で演習中の部隊が不審な通信を察知。そちらの島に上陸する事を許可して欲しい、と』

「それで、私はこれからどうすれば良い」

『犯行グループのうち、殺害した人間を港に集め、生きている者は拘束してどこかへ閉じ込めておいてください。相手側に“無事に犯人グループの制圧を完了した”と伝えておきます。盛大に、ノコノコとやって来たおバカさんに挨拶をしてあげてください。……本当にただの挨拶でお願いしますね』


 ……なんでさらりと重労働指示してくるんですかねあの人は。

 その後、ホテル内、屋上、施設の外や研究棟で殺害した人間を、非人道的ではあるが資材用のコンテナに詰め、本気の身体強化で港まで運び終えた俺は、そこで本当に精根尽き果て、まるで眠るように地面に寝そべるのであった……。




 モーターの音と共に聞こえてくる波音に、まどろみかけていた意識を覚醒させ、こちらに高速で近づいて来る中型のボートを待ち構える。

 船体には、某国の国旗が記されており、恐らく本当に解決『されて』しまったのか、確認に来たであろう一団を出迎える。


「上陸の許可はこの場所までのはず。そこで立ち止まれ」

「失礼。そちらの所属を――」


 すると、そのタイミングでこちらの通信用端末が着信メロディを鳴らしたので、通話をスピーカーモードにして周囲に聞かせる。


『そちらの島で行われている合同合宿の出資者の一人、秋宮の代表です。随分お早いお着きですね』

「……ミス・リョウカですか」

『先程申しましたように、既に事件は解決。まずは遺体の引き取りと身元の確認をお願いします』

「しかし、まだ犯行グループ――」


 そのタイミングで置いてあるコンテナの扉を開く。

 猛烈な血臭と血が流れ出し、少しコンテナをかたむけてやると、ゴロゴロと死体が外へ転がり出してくる。


『言いましたよね。全て、解決したと。生き残った人間はこちらで尋問した後にそちらの国に引き渡します。事後処理は今回の合宿出資者達の私兵で行いますので、その死体を引き受け、そのままご帰還下さい。演習中にも関わらずご足労頂き、誠に感謝します』

「……いえ、当然の事をしたまでです。では、犯行グループの生き残りは後日また」


 理事長が通話を切ると同時に、苦々し気に訪れた部隊のリーダーと思しき男が額を抑え、こちらに向き直る。


「……これはそちらの部隊が行ったのか。このような……残虐な」

「部隊? それは誤りだ。これは私一人で行った事。君達が大人しく引き下がってくれて助かった。この港を越えようものなら、死体をまた増やさねばならなかったのでな」


 挨拶を。盛大に、こちらの存在を知らしめるように。


「お察しの通り、私は秋宮の猟犬。コードネーム、ダーインスレイヴ」


 殺気が出るかは分からない。けれども、とびっきりの攻撃の意思を乗せ、そう名乗りを上げる。


「次があれば、また戦場で。臭くてかなわない、死体を積んで立ち去ってくれ」

「……了解……した……」


 そうして、連中が立ち去るのを見届けた俺は、誰もいない事を確認してから元の姿へと戻り、施設に戻るのであった。

 これ、合宿は中断だよな……どうなるのだろうか。








「と、言う事になりました。お気遣いはありがたかったのですが、この通り自分達の力だけであらゆる問題には対応可能です。今のところ、そちらの国と更に深い関係を結ぶというのは、あまりメリットはないと考えています。将来的には勿論、歩みを共にしたいと考えているのですが……申し訳ありません、“クレッセント”外交官」


 秋宮カンパニー本社ビルの会長室で、秋宮の当主であるリョウカと、クレッセントと呼ばれた白銀の髪を持つ女性が、静かに対面し、互いの状況を確認、報告しあっていた。

 通信機を耳にあてながら、苛立たし気に舌を鳴らすクレッセントは、その顔を悔し気に歪め、リョウカの言葉をただ飲み込む事しか出来ないでいる様子だ


「……随分と、良い趣味をしていらっしゃるのですねミス・リョウカ。分かりました、どうやら今の段階では我々の軍事的な支援は必要ないのでしょう。しかし……年端も行かない少女に付ける名にしては、いささか物騒ではなくて?」

「ふふ、そうでしょうか? “彼女”の働きは伝承のソレとなんら遜色ありません。これからも、彼女は私の魔剣として、降りかかる火の粉を払い、そして立ち塞がる者を切り伏せてくれるでしょう」

「……そうですか。では精々、足をすくわれないようにお気を付けください。我々は、いつでも貴女の要請に応じ、手を差しだす用意が出来ていますから」


 静かな闘争に決着がつく。クレッセントは立ち上がり、すぐさま踵を返し部屋を去り、そして残されたリョウカもまた、ある種綱渡りであった自身の作戦が成功した事に胸を撫でおろすのであった。








「いやはや、実のある合宿だった。今回は秋宮に手を貸す形になったが、なかなかどうして良い手駒を揃えている」

「ふーん。それで、収獲はあったの?」

「ああ。以前報道された“ササハラユウキ”彼と改めて手合わせが出来た。なかなか掴みどころのない青年で、実力は未知数。少なく見積もっても我々の配下では手も足も出そうにない」

「へぇ……本当にすっごく強くなったんだね“ユウちゃん”」

「……それともう一つ。秋宮の現段階での切り札であろう少女を確認出来た。不思議な気配であったが、あの実力は……いずれ私を越えるだろうな。ククク……実に愉快だ」

「愉快って事は、そのうち仲間に引き入れるの? いくら秋宮の人間だからって信用しすぎじゃない? どこまでいっても……アイツらは地球人なんだから」


 人のいない中央棟の屋上で、男、ロウヒは楽し気に語る。

 傍らに佇む、一人の少女に向かって。

 起きた事件などどうでもいいとばかりに、ただ彼らの興味は人間にだけ向けられるのであった。


「私はもう少しここに残り、後程合流する。そちらは先に帰還しろ。くれぐれも見つからないように」

「りょーかい。そういえばアレ、どうする? なんか研究データとか機密とか盗むつもりだったみたいだよ、連中。あれ回収しておこっか?」

「そうだな、間違っても大国には渡せない。見つけられたら回収しておいてくれ」

「はいはい。もしかしたら破壊されてるかもだけど、期待しないでおいてねー」


 未だ、蠢く者達の真意は知れない。


(´・ω・`)三章はこれにて終わりです。

次章はまた一月程あとになります


また今月末に前作『暇人、魔王の姿で異世界へ』の書籍版第十巻が発売されます。

興味がありましたら是非手に取ってみてくださいませ。

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