第三十六話
島に到着したのは、現地時間で言うところの早朝だった。
おかしいな……海上都市を出たのが正午で……日付変更線を越えて……ダメだ、頭が混乱してきた。
「私も初めての経験です。短時間で長距離を移動した場合、ここまで日の高さの違いを感じるのですね……混乱してきました」
「ですね……とりあえず時計の設定、変えておかないと」
上陸した島は、石垣島と同程度の広さを持っていた。
主に研究施設が連なる、国際的な研究島であるのだが、そういった研究成果を試す目的も兼ねて多くの人が呼ばれ、時には今回のような合宿も行われると言う。
「さて、では私は職員としての説明がありますので、一度ここでお別れです。後程、宿泊棟で合流しましょうね」
「はい。ではまた後で」
イクシアさんを見送り、俺達は一足先にホテルへと向かう。
時差ぼけってやつなのか、みんなどことなく疲れた様子だが……たぶん夜まで頑張って起きた方がいいんだよな……これからの合宿の為にも時間の感覚を正さないと。
一先ず所属する学園毎に宿泊棟のフロアが貸し切られており、俺達は中央棟のラウンジに集められ、そこでジェン先生の説明を聞く事になった。
「長旅お疲れ様。今は現地時刻で朝の六時というわけだが、交流会は夕方五時から行われる。そして本格的な合宿は、身体を慣れさせる事を踏まえて明後日からとなっている」
正直助かる。明日からじゃあさすがに辛いっす。こちとら日付変更線越えたの初めてなので。
「基本的にこの合宿では、最先端の環境再現フィールドでの戦闘訓練と、野外練習場で行われるトーナメント形式での試合、そして外部から参加してくれているプロのトップリーグ所属のバトラーとの模擬戦が主となる。くれぐれも試合外での私闘はしないように」
環境再現? ちょっと気になる。それにトップクラスのバトラーか……どういうものなのだろうか。
当然質問してみたのだが、返って来た答えは『なんか身体が重くなったり色々出来るヤツ』というもの。先生、そういうのもっと詳しく調べておいてください。
あれか? 某七つの玉を集める物語に出てくる……重力を変えられる訓練室みたいな。
などと考えていると、カナメがおもむろに手を上げ……。
「ジェン先生。今回プロバトラーの『ロウヒ・キリュウ』が合宿に参加しているというのは本当ですか?」
その誰かの名前を口にした瞬間、一之瀬さんを含む全員がどよめき立つ。
誰ぞ。もう俺の知らない事が世間に溢れているって事には驚きませんぞ。
「耳が早いな。ああ、本当だ。だが当然個別指導なんてしてもらえるとは考えない方がいいぞ。精々数回打ち合って貰えたらラッキー程度に考えておくと良い」
「うん、見られるだけで満足だよ」
何やら興奮気味のカナメ。そしてその話題が終わると、一先ず自己紹介が始まった。
そして、俺達SSクラスの紹介となると、やはり露骨にSクラスの一〇人がつまらなそうな表情を浮かべるのであった。
「なんでまた俺がトリなんですかね」
「偶然だ偶然。これで自己紹介は終わりとする。では夕方まで各自自由行動とする。あんまり今寝すぎると明日に響くぞ、気を付けるように」
早速カナメを捕獲。
「ねぇ、ロウヒとか言う人って有名なのか?」
「あれ、ユウキ君知らないんだ。現在最強と言われているバトラーだよ。中国系アメリカ人で、どのチームにも所属していない、個人戦専門のバトラー。使用武器は毎回変わり、どんなカテゴリの武器でも使いこなす、まさに最強の選手だよ」
「へぇー! じゃあその人の戦いも見られるって訳だ」
「ああ、楽しみだ。昔一度だけ私の実家の道場にも訪れたことがあってな、当時の師範代だった兄ですら、一歩及ばず負けてしまったのだ。ふむ……今の私はどこまで通用するのだろうか」
一之瀬さんも思わずこちらの会話に入るくらい興奮気味だ。これは楽しみだな。
知りたい事も知れたからと、ひとまずイクシアさんと合流すべく、教職員用の部屋や施設があるという西棟へ向かう事にした。そして何故か付いて来る一之瀬さんとカナメ。
「一人でいると眠ってしまいそうなのでな。構わないか?」
「右に同じく。たぶん今座ったら僕寝るよ」
「ははは……確かにめちゃめちゃ眠いしね。確か西棟は……こっちか」
俺氏、早速文明の利器に頼る。いやだって渡されたパンフに今回も地図アプリDL用のバーコードがついていたので。いやぁ広い施設だわ。
西棟にある大広間に着くと、既に片付けが始まっていた。職員の方に聞いてみると、説明会は既に終わり、それぞれ自分の個室、研究室に向かったのだとか。
「ああ、この印が俺達の保険室だね。ここにイクシアさんがいるのかな」
「なるほど、訓練所が近いな。保健室が集中するのも当然か」
周囲を見れば、俺達以外にも他校の生徒とおぼしき人間が出歩いていた。
やはりじっと待っていては、睡魔に負けてしまうと考えているのだろうか。
そうして保健室を目指し歩いていると、曲がり角の向こうからイクシアさんの声が聞こえてきた。
「言った事がわからないのですか。訓練での負傷の治療ならばわかりますが、そんな理由で調薬は行えません。大人しく担当の保険医の元へ向かい相談なさい」
「えー、いいじゃん? うちらの保険医ババアなんだよ。お姉さんどこの保険医なの? 怪しいお薬とか作ってたりしないの? なぁ頼むよお姉さん、つよーい睡眠薬くれよ、なぁ?」
「お断りします。子供だからといって我儘を言わないで下さい。離れなさい」
「んー……ヤーダ。もっと一緒にいようよー。なぁ、俺の部屋で子守歌でも歌ってくれよ」
おっと、テメェどこのヤリサーのボスだよチャラ男。
典型的としか言えない浅黒い肌と金髪の男が、イクシアさんの保健室の前に陣取りとおせんぼうをしていた。
私闘禁止とはいいますが、この場合はどうなるんだろう。殺したら御用だろうか。
「……まったく、君も少し落ち着け。私が行ってくる」
「うん、お願い。ユウキ君、君は少し落ち着いておくれよ」
「OKOKカナメ。ちょっと脇をくすぐるのはやめようか」
一之瀬さんがチャラ男の前に歩み出る。
「失礼、私達の保健室に入る邪魔をしないでもらえないだろうか。保険医も困っている。これはシュバインの生徒への妨害と見なしても良いのだろうか? 見たところ……グラ学のアジア分校の生徒だな。担当教官に連絡をさせてもらう」
「お、君可愛いねぇ! なになに、君シュバ学なの? じゃあ一緒に保健室でお話しよ?」
「断る。いいからそこをどいてもらいたい」
「……はいはい、どきますよ。んじゃ俺も失礼しまー……」
そこに割り込むようにカナメが入室し、俺も続く。そして扉を閉め施錠、ついでに向こうの学園に連絡を入れる。
扉の外から喚き声が聞こえるが、少しすると他の人間が現れたらしく、どうやら連れていかれたようだった。
「助かりました。中々いう事をきかない生徒さんもいるようで、どう対応したらいいか困っていました」
「イクシアさん、ああいうヤツは気絶させて放り出しておいても大丈夫だと思います」
「ササハラ君、さすがにそれは不味い。そうですね、ああいう手合いは人が見ていないと何をするか分かりません。なるべく早く人の多い場所に行き、誰かに相談すると良いでしょう」
個人的には〇〇こぶっ潰して強制性転換の刑でも良いと思うんですけど。
あーあ、都合よくアイツと模擬戦になって、タイミングよく術式の故障でも起きて不慮の事故でアイツのこと殺せないかなぁ」
「……心の声が駄々洩れだよユウキ君」
「あ、うっかり」
「ササハラ君……気持ちはわかるが、くれぐれも問題は起こさないでくれよ?」
「ふむ。ユウキは眠いと機嫌が悪くなるのですね? いいでしょう、少し気分の落ち着ける紅茶でもいれましょう。二人も飲んでいきますよね?」
「あ、頂きます」
「はい、そうします。ササハラ君も少しは落ち着くと良い」
極めて冷静であります。後で見つけ次第半殺しにしたいと思います。
アフタヌーンではないティータイムを過ごし、気持ちを落ち着けていると、保健室がノックされた。
扉を開くと、そこにはSクラスの男子生徒が顔を腫らした状態で待機していた。
「これは……打撲痕ですね。人的被害とみて間違いありません。そうですね?」
「……そうだ」
「おいおい、私闘は禁止のはずだろ……どうしたんだよ一体」
「お前達はSSクラスの……お前達、何かしたのか? 他校の生徒に急に絡まれたんだ。シュバ学ってだけでな。クソ……どこの生徒だあいつ」
「参考までに聞くけど、金髪で日焼けした感じの頭の悪そうな男じゃないよね?」
「正解だ。心当たりがあるのか」
俺は、さっき見た光景を話し、そして一応原因は俺達にあるのかも、と謝罪をする。
「……お前達が悪い訳じゃない。クラスの女子がちょっかいをかけられていたんだ。それを止めたらこの有り様だ。……こんなに短絡的に暴力行為を行う人間がいるなんて信じられない」
「まぁ、そうだよね。ちょっとジェン先生にも報告しておくよ」
どうやら、今回は同じ学校の生徒同士での問題ではなく、もっと面倒な事になりそうだった。
ジェン先生に相談してみたのだが、そこで少し胸糞の悪い話を聞いた。絡まれていたという女子生徒だが、何があったのか、今日の夜の便で日本に戻る事になったという。……何かを、されたというのだ。
「で、相手はお咎めなしなんですか?」
そして俺は、何故かジェン先生からその報告を一人聞かされていた。
「……ああ。女生徒がかたくなに口を開こうとしないのでな。……なぁササハラ、お前アイツと模擬戦をする、なんて機会があったら……術式を超えるようなダメージを与えて再起不能にしたりするんじゃないぞ?」
「ん、分かった。それフリだよね」
「いいや、忠告だ。いくら合宿中の事故でも、きっと私やお前が咎められる。ちょっと怒られる事になるだろうな。やるんじゃないぞ」
「だから、分かったってば。いやぁ……色んな生徒がいるねぇ」
「向こうは実力主義だからな。筆記や面接ではなく実技が全てなんだ。そういう人間も混じるさ」
何故、そんな話をわざわざ俺の個室でするのかはさておき、その忠告はしっかりと覚えておこうと思います。ジェン先生……物凄く機嫌が悪そうじゃないですか。
「ササハラ。お前……理事長と何か繋がりがあるのか?」
「いいえ?」
「だから、よく呼び出されていたりするんだよな」
「先生しつこい。先生の気持ちも考えも分かってるから、この話は終わりです」
「ああ、すまなかったな。……クソが、あのガキマジで殺してやりたい。私が引率中の生徒だぞ……私がずっと一緒にいたらこんなことには……」
まぁ、俺も同じ気持ちだったので、交流会には出られそうにありませんでした。
イクシアさんと二人、ホテルにあるレストランで食事をとるのであった。
二日目。今日も一日自由行動という話だが、昨日は色々と興奮してしまったせいで眠気も消え、無事に夜になってから睡眠、二日目にはこの島の時間に合う生活サイクルへと身体が適応してくれていた。
なので、そういった生徒の為、今日からは一応野外訓練場が解禁されており、早速外で身体を動かす事にした。
さすが一応ハワイなだけはあり、青い空と眩しい太陽、そして訓練場周辺の緑が爽やかな気持ちにさせてくれる。
「一之瀬さんももう大丈夫そうだね」
「ああ、割と早く身体が慣れてくれた。カナメ君のほうは……」
「カナメならまだ部屋で寝てるよ。どうやら寝付けなかったみたいで」
「ん、そうか。しかし……今日のササハラ君は、随分と気合いが入っているな」
「ん、まぁね。あのクソ野郎もここに来ているし、手合わせでも出来たらいいなって思って」
そう。あのクソ野郎もまた、訓練場で再び女子生徒にちょっかいをかけていたのだ。
そして止めに入った生徒と試合をし、まるでなぶるようにして倒す、と。
「普通に強いね。あれって向こうの技?」
「そうだな。才能も実力もあるのにあの有り様だ。嘆かわしい」
「なーんかどこぞのお偉いさんの子供なのかね? お咎めなしはさすがに不自然じゃない?」
「ん、そうだな。どれ、じゃあ私が撒き餌になろう。ササハラ君、任せたぞ」
「了解」
昨夜のジェン先生の言葉の裏を読めば、つまり俺にあの男を排除して欲しい、と。
ダメージを体力の消費に変換、か。だったらギブアップされる前に一息に気絶させればいいだろう。それで、気付かずに攻撃をさらに加えてしまった、と。
一之瀬さんの方を見ると、うまい具合にあのクソ野郎が餌にかかっていた。
なにやら話し込み、途中で一之瀬さんとクソ野郎がこちらを向く。
そして二人でこちらへとやってきて――
「へぇ、このチビ同級生なんだ? じゃあこいつに勝てたら次に勝負してくれるの?」
「ああ。一応私の事は知っているのだろう? ならそう易々と挑ませはさせられない。試験のようなものだ」
「嬉しいなー、一之瀬道場に何故か入れなかったんだよね俺。そこの娘とやって勝ったら、見返せるってもんだ。俺が勝ったら今晩ちょっとホテルのバーでお話するって約束、絶対ねー」
「え、なに? 俺そういう理由で戦うの?」
「ああ。てっとり早いだろう?」
俺、てっきり嫌がる一之瀬さんを救うべく乱入し、いざ決闘で決着! みたいな流れを想像していたんですが。でも冷静に考えたら嫌がる一之瀬さんが救いを求めるっていうのは想像出来ませんでした。男前過ぎるんだもんこの人。
「じゃあ早く来いよチビ」
「急かすなよ猿。二度と調子こけないようにタマ潰してやるよ雑魚が。手足の二三本でどうにかなると思ってんじゃねぇぞ。テメェの泣きっ面ネットに晒して二度と表で歩けねぇようにしてやるから今のうちにSNSでお別れでも言っとけや。自慢の親にも見捨てられるようにしてやんよ」
「な!?」
「ササハラ君!?」
煽り害悪プレイヤー再来。久しぶりに口汚い暴言を吐けてすっきりしてます。
キレられる前にフィールドに移動し、ウェポンデバイスを構える。
試合開始の合図なんてするまでもなく、この金髪猿はこちらに飛び込んできてくれました。
武器はハンマータイプのデバイス。さっき見た限りじゃ、振り回す速度は片手剣と同じほどの速さで、恐らく俺と同じく身体強化に優れているタイプのようだった。
何かをわめきながら突っ込んできたのだが、今回は試合ではなく――
「処刑なんだよなぁ」
開幕の『風絶』、一瞬で体力を奪い、身体が地面に崩れかける。
切り刻まれながら身体が崩れるのを近寄って防ぎ、そのまま切り上げ、空中で再び『風絶』。
これ以上は魔力が無駄になるからと、風の刃を空中に浮かぶ身体に無数に放ち、落下してきたところで抜刀術を七発程食らわせ、そのタイミングで何かが壊れるような音が周囲に響く。
「疾走!」
気が付いていないと言わんばかりに、駆け抜け一閃。いつもとは違う感触を味わいながら、ウェポンデバイスを納刀する。
「そこまでだ! なんだ、何があった! フィールドの術式が壊れている!?」
「生徒を運び出せ! 傷は……ないが、魔力損傷を受けているかもしれない」
監視員だろうか。大人達が数名駆け寄り容態を確認、すぐに担架が運ばれてくる。
が、監視員が離れた一瞬の隙を突き、周囲にいた生徒たちがスマート端末で倒れた男を撮影し始めていた。余程、恨みを買っていたのだろうねお前。
「君、事情を聞きたいから一緒に来なさい」
「はい、分かりました」
「ササハラ君……流石にやり過ぎだった、と思う。限度があるだろう」
「いやぁ……術式が壊れる事ってあるんだね」
そうして俺は施設の責任者の元に連れていかれ、そこで弁明をすることになったのだった。
「まさか一撃で終わってしまうとは夢にも思っていませんでした。選抜された優秀な生徒さんしかいないと聞いていましたが……手を抜くべきでしたね」
「それで、気絶していた事に気が付かずに攻撃していた、と?」
「はい。しっかりとデバイスを握っている様子でしたので、反撃の機会を狙っているのだと思い、念入りに攻撃しました。どうやら僕と戦う前に何人もの生徒さん方が倒されていたので、恐らく一筋縄ではいかないと思っていましたが……僕の認識が間違っていたみたいです」
施設の責任者は、想像よりも若い、けれども白髪の混じった金髪のおじさんだった。
こちらを疑うような眼差しではなく、ただ淡々と事実確認をするような質問に、こちらも平然と嘘の文言を並べ連ねる。
「君の供述に矛盾点がないのは確認した。確かにあの生徒は多くの生徒を倒していたようだ。しかし……君が彼と戦ったのは偶然かね? 昨日、なにやらあの生徒とそちらの学園の間で揉め事があったようだが」
「ああ、なんかSクラスとあったみたいですね。でも俺はあの連中とは関わった事がないんでちょっと分かりませんね……それより、術式が途中で壊れたって聞いたんですが、それだと僕達のクラスの生徒は全力を出せないって事なんですよね? それじゃあ訓練にならないので、僕は帰ろうと思うのですが」
「いや……それは我々のミスだ。本格的な訓練ではないからと、甘めの設定にしていた。今回、君が相手にダメージを与えた件については咎めるような事はしない。そのことを先に言うべきだったね」
「そうですか、それなら安心です。びっくりしましたよ、まさか自分が人殺しにされるんじゃないかと思いました」
「ああ、すまなかった。幸い彼も命に別状はない。ただ合宿を続ける事は難しいだろう」
「そうですか……それは、悪い事をしてしまいました……」
心にもない事を言う。詳しい容態は教えて貰えなかったが、言い淀む様子から察するに、生徒に教えてはショックを与えてしまう、と思ったのだろう。
つまり、重症だと。
心の底から思う。『ああ、死ねばよかったのに』と。
「っ! なんだ、少し冷房が効き過ぎているようだ。話は分かった、君はもう戻っても良い。ただ……一応、形だけでも罰を与えなければいかないだろう。恐らく担当の教官から自室待機を言い渡されるはずだ。君も、その方が罪の意識も薄れるだろう? 安心したまえ、待機中も無為に過ごさせはしないさ。代わりに開発中の個室用VRを届けさせる。それで訓練を行い、その使用感をレポートにまとめてくれたまえ。これが罰則という訳だ」
「そんな……それでは恵まれすぎです俺が。いいのですか……謹慎中だというのに」
「ははは……代わりと言ってはなんだが、今回の術式の決壊についてはあまり広めないでもらえないかい? とくに学園関係者には」
「……分かりました」
なるほど。そうだよな、生徒一人の体調なんかよりも、組織としての体面の方が大事に決まっている。それに、謹慎処分のような物らしいけれど、そのVRというのが凄く気になります。
個室用? つまり……持ち運び可能なVRとな? それはもう実質ゲーム機なのでは?
ともあれ、実質お咎めなしということで、解放されたのであった。
「……ササハラ、おかえり」
「ただいまジェン先生。自室で待機って言われました」
「ああ、三日間の謹慎だ。……本当に、お前は良く出来た生徒だよ。私が炊きつけたようなものだ。貴重な合宿期間を無駄にさせてしまった」
「いや、そうでもないよ。なんか最新の機材を貸してくれるってさ。それで個室でも簡易的な訓練が出来て、そのレポートを纏めて欲しいって頼まれたよ。それが罰則」
自分達の個室の集まるフロアに戻ると、ジェン先生が暗い顔をして待ち構えていた。
「私は、教師には向いていないんだ。激情家だし、だらしないし、贔屓もしがちだし、こんなんだし。ササハラ、ごめんな。私が自分でやればよかったんだ」
「でも俺は先生みたいな人好きだよ? 俺だってあのクソ野郎闇討ちして殺してやりたかったくらいだし。人の保護者に言い寄っていたし。それに罰則だって実質ご褒美じゃん。最新のVRだよ? 実用化前の技術に触れられて、それを独り占めなんて凄いじゃん」
「……ササハラ、謹慎中に食べたい物があったら連絡してくれ。私が持って行ってやるからな。寂しくなったら電話していいからな?」
「またそうやって子ども扱いしおってからに。大丈夫だって。明日からは先生だって忙しいんでしょ? そっちこそ頑張ってよ」
本当に、この人は確かに教師に向いていないのかもしれない。
どちらかというとガキ大将というか、生徒達の姉貴分というか、そんな感じだ。
それに結局、俺は先生の言葉を勝手に裏読みして動いただけだ。
まぁそれを狙って話したのだとしても……動いたのは俺の意思だし。
というかもしもその案を教えてくれなかったら、本気で闇討ちしてたし。
「俺はね、先生。みんなが思ってるほど良い子じゃないんですよ。たぶん、先生の話を聞いていなければ……本当に殺しに行ってましたから」
俺はね、例えば家の事や家の関係者について言われるのが我慢ならんのですよ。
片親、両親がいない、ジジババに育てられて可哀そう、家でも一人ぼっち。
親に捨てられたとか、父親は自殺したんじゃないのか? とか、色々言われたさ、子供って残酷だから。
でもね、全部黙らせてきたんだよ。全部全部、問題にならないようにさ。
「先生、恨んじゃいないよ? だから安心してよ」
「……分かった。では、今回の件は一応一之瀬とカナメにも伝えておく。じゃあ、また三日後にな」
いやぁ……本当久しぶりに荒れた。甘い物でも食べて落ち着こう。
そうして俺は本格的な合宿開始からさらに三日間、ずっと部屋に籠りVR訓練を行っていた。
部屋の天井と床の四隅、合計八カ所にポインターを設置し、光源になりそうな窓に暗幕を設置、灯りを消して真っ暗にした後に、渡された装置を起動すると、部屋の内装の形にワイヤーフレームが構築され、そこで訓練が出来ると言う優れものだ。
それを使いシューティングのような事をしたり、魔法を使ってみたりもしたが、実際には放っている訳ではなく錯覚なのだそうだ。
VRを終えると部屋は元通り。多少反動でめまいがするも、特に異常は見当たらない。
なので正直、こんな機材を渡されては、謹慎うんぬんではなく、普通に籠って遊び続けてしまうというものだった。
「はい、これお返しします。使用感や改善して欲しいポイントはこちらのメモリーカードに入れてありますので、見てみてください」
「はい、では確かに。研究班に回しておきます。ご協力ありがとうございました」
白衣のお姉さんに機材の入ったボックスを返却していると、今度はカナメがやってきた。
「お勤めご苦労様ってところかな? やぁユウキ君、久しぶりのシャバの空気はどうかな?」
「んーそろそろルームサービス以外の食事が欲しいかな。ピザとハンバーガーばかりは飽き飽きだよ」
「僕も同じ物ばかり食べていたけど、飽きるかな? 僕ああいうの大好きなんだけど」
「買い食いばっかだもんな、カナメ」
何も変わらず、ここ数日の訓練内容を聞きながら食堂へ向かう。
様々な国、地方から来ている生徒が多い関係か、ここでの食事は多岐に渡る。
なので俺は、ここぞとばかりに本格的な中華を頼み、カナメの話を聞くのだった。
「へぇ……! じゃあ今日からバトラーの人達との合同訓練が始まるのか」
「そう。正直昨日までの訓練が役に立つのはシュバ学の生徒以外だけだよ。僕達にとってはアラリエル、コウネさんと戦った方がよっぽど身になるよ。シュバ学の生徒はほぼ、胸を貸す側なんじゃないかな」
「まぁ……それもそうか。でも、ショウスケとかはいい勝負になるんじゃないか?」
「まぁ彼はね。彼以外にも何人か強い人はいたね。もっと集める生徒を厳選した方がよくないかい?」
「言えてるな。あの男みたいなやつだって一人や二人じゃないだろうし」
「確かにね。ただ、あれをきっかけに各学校の方でも厳しく取り締まっているみたいだね」
それは朗報。やっぱりある程度の面接とかは必要だと思います。
人の事言えないけどさ。
「さぁ、食べ終わったら室内訓練所に行くよ。今日はそこでプロのバトラーに指導してもらえるんだ。たくさん来ているけど、僕はロウヒ選手と戦ってみたくてさ。きっと混むだろうから早めに移動しておきたいんだ」
「あいあい。めっちゃそわそわしてるじゃんカナメ。珍しい」
「ふふ、まぁね。さぁ、早くそのエビチリ食べちゃってよ」
「まぁ待てって……」
だって滅茶苦茶美味いんだもんこれ。海老でけぇ……プリップリ。
室内訓練所と呼ばれてはいるが、ほぼドーム球場と同じだけの規模の施設に、合宿に参加した生徒の半数近くが集まっているようだった。
どうやら外の訓練所で戦っている生徒もいるらしいが……バトラーに興味がないのか?
俺はトップリーグのバトラーがどの程度なのか見ておきたいので、当然こっちに参加するけど。カナメも絶対こっちにすべきだって言うし。
そういえばニシダ主任の助手、サカタさんだっけ? あの人も元バトラーとか言ってたような。
「凄いね、現役のバトラーの他にも、異界調査団に入隊した元バトラーもいる。こんなに沢山集めてくるなんて、流石だよこの合宿は」
「生徒はともかく、こういう人を呼び出す人脈と予算はさすがって事かい?」
「うん。生徒はどうでもいいよ」
「それを言っちゃあおしめぇよ」
集まった大人達から、代表するように一人の男性が前に出て説明をする。
「これから、指導試合を始める。我々はそれぞれ希望した生徒達の相手をするが、指導に値しないと判断した場合、その段階で次の生徒と交代する。厳しいと思われるかもしれないが、一人一人に優しく指導する、なんて幻想は捨ててもらいたい。それぞれ教官が試合スペースに移動するので、目当ての教官の場所へと別れてくれ」
「へぇ、さすがにスパルタだな。で、カナメの贔屓であるロウヒ選手ってのは誰なんだ?」
「ほら、あそこ。一番右の男の人だよ。早く向かうよ」
カナメの指さす先には、確かにアジア人と思われる、日本人とあまり大差のないお兄さんがいた。
ん? あれ? なんかどっかで見た事あるような気がするんだが。
ロウヒ選手が向かった試合場には、既にここにいる生徒の半数近くが集まっていた。
さすがみんな考える事は一緒だ。俺達は残念ながら、列の中盤くらいになってしまった。
って……俺達よりだいぶ前に一之瀬さんが並んでいるんですがそれは。
「ははは、だいぶ集まってしまったな。では、まず一人ずつ打ち合うよ。ただし僕は厳しい。基準に満たない生徒に指導はしない。では初めは……君からどうぞ」
間違いない、俺はこのお兄さんを見た事がある。どこでだったかな……。
考え込んだ瞬間『次』という言葉が飛ぶ。え? 一瞬で終わり?
「待ってください! まだ一度剣を合わせただけですよ!?」
「うん。それで充分。悪いけど君はまだ僕の指導を受けられるレベルじゃない」
「そんな!」
「さぁ、コートから出るんだ。次は君だね?」
残酷なまでに、ばっさりと切り捨てるような言葉。
だが……それもまた事実なのだろう。
「次」
「確かに厳しいなこりゃ……大丈夫かな」
「ほら、今打ち合っている生徒は結構持ってる方だよ。……七回打ち合ったね」
確かに、今打ち合いをした生徒は、ロウヒ選手になにやらアドバイスを貰っている風だった。
ん? あれシュバ学のSクラスの生徒じゃん。
「次」
「いいなぁ……僕も指導してもらいたいよ。何回打ち合って貰えるかな」
「カナメ君ならしばらく付き合って貰えるんじゃない?」
「だといいんだけど」
そんな会話をしている最中も、次々と生徒達が脱落し、列が進んで行く。
そしていよいよ一之瀬さんの番がやって来た。
「ミコト君か、久しぶりだ。お兄さんは元気かい?」
「お久しぶりですロウヒさん。兄は一年前から戻ってきていませんね。異界深部を目指すと言っていましたが」
「そうか……では構えなさい、ミコト君。今回は私も刀タイプで行こうか」
ロウヒ選手は、先程から生徒と同じ種類の武器を使っていた。
どんな武器でも使いこなすと言うのは本当だったようだ。
そして……一之瀬さんとの打ち合いが始まった。
「すげぇ……もう五分も打ち合っているぞあの娘」
「一之瀬の娘さんだってさ。やっぱり凄いな、全然俺達と同じ年とは思えねぇよ」
周囲の生徒がそう漏らす中、俺もカナメも二人の戦いから目が離せないでいた。
一之瀬さんが本気で刀を振るい、それを受け流し、切り返すロウヒ選手。
その応酬があまりにも美しいのだ。刀を持つ者同士が危なげな舞踊を披露しているかのようだ。
「……ここまでにしよう。ミコト君、強くなったね。最後に剣を交えたのは四年前か。剣筋の鋭さ、狙い、足さばきともに既に僕と同じレベルだと思うよ」
「ありがとうございます」
「動体視力も素晴らしい。余程稽古相手に恵まれたのかな。ただ……まだ咄嗟のアドリブが効かないように感じる。反応が遅れるせいで、こちらの次の手に間に合わなくなっている。だから必要以上に体力を使う。君は暫く……そうだね、道場の教えを忘れて戦った方が良い。セオリーが身体に染みつき過ぎていると感じたよ」
「……分かりました。指導、感謝します」
……強い。同じレベル? 嘘だ。手首につけられたバングル。あれは俺が前にニシダ主任から貰った、抑制レべルを変えられるバングルだ。
間違いなく本気を出していない。そうじゃなきゃ額に汗をかき、息も絶え絶えな一之瀬さんに対して、顔色一つ変えずにニコニコと指導なんて出来るものか。
「……悔しいものだな。見ていただろう二人とも。あれがロウヒ殿だ。頂きはまだ遠い……これからの励みにもなるというものだ」
「ううん、それでも五分も打ち合うなんて凄いよ」
「はは、そうか。では私は少しベンチで休んで来る……手がしびれてしまった」
……一之瀬さんですらここまで弱気になってしまうなんて。
世界最強……学園で生活する時と同じだけのリミッターをかけた状態で、どこまでいけるだろうか。
気が付けば、先程の一之瀬さんの戦いぶりに自信を無くしたのか、殆どの生徒が列から消えていた。
そして――カナメ君の番がやってきた。
「ロウヒ選手! 大ファンです! よろしくお願いします!」
「おや? 君は確か……昨年度のアマチュアチャンプじゃないか! 君の試合、見させてもらったよ! 嬉しいな、君と手合わせできるなんて」
「光栄です! では宜しくお願いします!」
いつもとキャラの違うカナメが、ウェポンデバイスと斧槍の二本を構える。
最初からそのスタイルで行くのか。
「双斧槍か、珍しいね」
「はい!」
そうして、打ち合いが始まった。