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第三十四話

『はい、では今日の料理ですが……今回は珍しい食材とその活用法の紹介がメインとなります』

『おお!? なんだいなんだい? どんな物を使うんだい?』

『ではマザーさん、この布を捲ってみてください』

『では……は! なんと! これは巨大なマグロではないですか!?』

『正確にはマグロと魔物のハーフのような物だね。通常のマグロよりも身の質が硬い反面、旨味が濃く、加熱した時には硬くなり過ぎないっていう優れものなんだ』

『なんと……これはどこで釣れるのでしょうか? 私のチャンネルでも是非狙ってみたいです』

『残念、これはちょっとした事故で生まれた魔物だから狙う事は出来ないんだ。あ、マザーのチャンネルは下の概要欄にURLを載せて――』




「ほほう……なんという偶然でしょう。まだ冷凍庫にあのマグロモンスターのお肉が残っていましたね……どんな料理になるのでしょうか」


 日課のBBチャンネルを視聴していると、玄関からチャイムが鳴りました。

 ユウキは今日早く戻ると言っていましたが、チャイムなんて鳴らす訳が……。

 そして玄関に出た私が見たのは、なんとまさかの――








「海外……ですか? ユウキを十日間もそんな遠い場所に……」

「はい。今回の任務は新たに私が依頼した物となります。是非ユウキ君にこの合宿に参加してもらいたいのですよ」

「……ユウキがそれを望むのでしたら……しかし、ただ参加するのではなく、依頼として有事の際は事に当たる。それでいいのですか? ユウキ」


 わがやに りじちょうが やってきた!

 はい。説得の為に理事長が直々に我が家にやってきました。

 おかしいな、自分の家なのに落ち着かない。


「はい。俺の今の力が理事長の、ひいてはこの国やグランディアの未来に役立てるなら。だって、グランディアとの関係のお陰で、俺は今こんな風に家族と出会えたんですから、その恩返しみたいな意味合いもあるんです」

「まぁ……そう言われてしまっては……納得するしかありません、か。しかし十日もユウキが海の外に……」

「そう言うと思い、私の方でも少々融通を利かせる事にしました。イクシアさん、貴女には臨時の保険医、という形で同行できるように取り計らいましたよ。今回はユウキ君と一緒です」

「本当ですか!? それでしたら是非もありません、ユウキともども、宜しくお願いします」


 ということなんです。今回はイクシアさんも一緒ということになったのだ。

 ちなみにパスポートだが、そういうこの世界で生きていくのに必要になりそうな物は、戸籍共々秋宮の力で……作られております。無論、護衛としてあちこちに派遣される可能性のある俺のものも。


「ただ……一つ約束してください。ご存知の通り、ユウキ君以上に貴女は秘匿されるべき存在でもあります。有事の際、貴女は可能な限りその火種から離れ、ただユウキ君が解決するのを信じて待ってあげてください。……もしもイクシアさんの素性がばれた場合、ユウキ君と一緒に過ごすのに障害が現れてしまうかもしれませんから」

「……ええ、それは承知しています。今回、ユウキは全ての力を発揮する事が前提の任務なのでしょう。私は、ユウキの力を信じていますから大丈夫です」

「それは、私もです。では、今日のところはこれでお話は終わりとなります。ご協力、感謝しますイクシアさん」

「はい、こちらこそご足労頂きありがとう御座いました」


 蓋を開けて見れば、割とあっさりと合宿参加を認めてくれたイクシアさん。

 移動に飛行機だけじゃなくて船も含まれているって、教えた方が良いですよね……?


「あの……実は目的地に行く方法なんですが――」




 その後、全力で『行くのを止めましょう』と言い出したイクシアさんをなだめるのに、一晩中かかりました。とりあえず船にいる間はずっと一緒にいるという条件でなんとか納得してくれたけれど……なんだか悪い事してしまった……。

『やっぱり留守番しておきますか?』と聞いたら『ユウキが行ってしまうのはダメです、それなら我慢して乗ります』と答えてくれたので、こういう提案になったわけなのだが。


 そうして翌日、ジェン先生にも参加する旨を伝え、今回はコウネさんのお誘いはなかった事に、と伝えたところ、心なしかコウネさんが嬉しそうだったので、やっぱり本当は家の指示に従うのが嫌だったのではないか? と勘繰ってしまう。

 なお、SSクラスからは一之瀬さんとカナメも参加するのだとか。

 というよりもこの二人は主催者側から『是非参加して欲しい』と請われていたそうだ。

 曰く『門下生が沢山参加しているのに、父上は今回指導者として参加せずにカイに付きっ切りだ。ならば娘の私が参加するのは当然だろう』とのこと。

 一方カナメは『一応去年のアマチュアバトラーの優勝者だから、参加するのは義務』とかなんとか。いやぁ……改めて見ると、二人とも相当な実力者なんだよなぁ……カナメは普段あまり本気を出していないみたいだけど。




 まぁ、そんなこんなでやってきた週末。俺は理事長に連れられ、本土、東京にあるプロのバトラー用スタジアムに連れてこられたのだった。

 ダメージを体力に変換する術式。今まで散々利用してきた術式ではあるが、プロリーグの、それも上位になってくると、それでは追い付かなくなるくらいの破壊力の技の応酬で、一発当たるだけで過剰に体力を奪われ、一気に気を失ってしまう事もあるのだとか。

 それ故に、体力の消費だけでなく、魔力の消失、五感の鈍化、痛覚への刺激と、こちらの代償を大きくする事で、試合可能な時間を延ばす、という仕組みが使われている。

 ……プロリーグのトップ層って恐すぎでは?


「……ユウキ君。先にスーツに着替えておいてください。万が一にも他の人間に見られないように」

「了解」


 控室で、ニシダ主任と理事長に見守られながら、俺はスーツに着替え、ヘルムを被り、そして普段は使わない大剣を取り出す。


「ヘルメットにボイスチェンジャーも仕込んだほうが良いでしょうね。ニシダ主任、お願いします」

「了解しました。ユウキ君、ヘルムを脱いで頂戴。……そうね、変装用にギミックも取り付けましょうか」

「ええ、その方が良いでしょう。……そうですね、ユウキ君、そのコンバットスーツの胸部プロテクターを一度外してもらえますか?」

「了解っす。そっか……この姿で顔を隠しても声でばれるかも、ですね」

「ええ。ですので少々改良を加えます。ニシダ主任、“ソレ”をヘルムに付けるなら、こちらのプロテクターも少し改良した方が自然でしょう?」

「なるほど。こういう時、貴方が小柄なのが幸いするわね」


 なんだなんだ、俺はどう改良されてしまうんだ?


「もう一つ。今回出動するにあたり、正式なコードネームを与えます。ユウキ君、貴方に与えられるコードネームは“ダーインスレイヴ”生き血を求め、敵を殲滅する狂える魔剣の名です。私が……貴方に求める役割を体現しているとも言えます。まだ成人もしていない貴方に背負わせる役目としてはあまりにも酷い物でしょう。本当にこの道を後悔しませんか?」

「……しませんよ。理事長……秋宮さんは、グランディアと地球の関係を本当に大切にしているって事は、俺にも分かります。それを維持する為に必要な力を求めているのだって分かっています。俺の力が世界の均衡を取るのに必要なら……強力は惜しみませんよ」


 ただし……それは今俺が理事長を信じられているからこそ。もし……イクシアさんの故郷でもある異世界を自由にしたい、支配したい、そんな欲望が見えたその日には……。

 あ、あとコードネームめっちゃくちゃカッコいいので普通に気に入りました。

 たしか北欧神話だっけ? なんで神話があるのにそういう題材のゲームがないし。

『ホニャララープロファイル』とかあったじゃないですか。


「総帥、取り付け完了しました。今回は応急的な物ですが、後日より一層改良した機構を取り付けます。そうですね……ヘルムを外された時の場合を考え、スーツ側に仕込みましょうか」

「良いですね、開発の際は私に声をかけてください。そういう造形には慣れていますから」

「な、なんなんですか……? そのヘルメットに何を付けたんですか?」

「被った状態で鏡を見ればわかりますよ」


 早速受け取り装着。そして姿見の前に移動してみる。別段、何か形が変わったようには見えないが。


「ん? なんか後ろに……髪? え、ヘルメットから長い髪出てません? あれ? 声も変だ!」

「ええ。ヘルメットからフェイクの長髪が出る様にしました。被っている時にだけ現れます。これで長髪の人間がかぶっていると思われるでしょうし、それと同時に声も女性の、女の子の物になるようにしました」

「ええ……小柄で良かったってそういう意味ですか……」

「そういうことよ。はい、このプロテクターつけて」

「うわ、露骨に胸が膨らんだ形になってる。俺に女の振りしろってんですか?」

「人格はお任せするわ。可愛い女の子でもいいし、無口でもいいし」

「それなら私から提案があります。まず、相手と戦う時は『やんやん?』と――」

「それはなしで」


 うーわ、確かに女がスーツ着て戦ってるようにしか見えないわ。

 絶対女っぽい喋り方は嫌なので……ここはあれです、それこそ総帥が求めている、殺戮者のような、恐ろしい狂戦士のように振舞って……。


「まぁそういうのは追々決めていきます。今日はとりあえず、このスタイルでどう戦うか、どこまで戦えるか、それのテストに専念しますね」

「ええ、そうしてください。今回の相手は異界調査団ではありません。秋宮に所属する私兵、グランディアにおける制圧軍を呼び出しました」

「制圧軍!? どういうことですか、異世界に侵攻するつもりですか!?」


 早速こちらの意識を揺さぶる答えに、つい声をあらげてしまう。


「いいえ。ですが……向こうでの活動で、妨害、破壊工作をしてくる人間がいるのも事実。そして異界に続くゲートから溢れる魔物を討伐し、危険に晒されているグランディアの村々を保護する事を目的とした、荒事専門の人間です。純粋に戦闘に特化しているので、かなりの苦戦を強いられるでしょう」

「そういうことでしたか。すみません」

「前回、貴方と戦った人間はあくまで軍隊としての動きに重きを置いていたけど、今回は違うわ。元々一騎当千な連中を無理やりまとめあげた部隊。今回、貴方に止めをさした人間には特別報酬を払う、と言ってあるからね、たぶん殺す気でくるわよ」

「うひ!? さすがにそれは恐すぎなんですが!」


 マジかよ。じゃあある意味グランディアで戦い続けている本物の戦士集団じゃん。

 ……けれども、だったらこっちだって殺す気で挑めるって事なんだよな。


「時間まで残り五分。ユウキ君……いえ、ダーインスレイヴ。貴方の初陣です。見せてください、私の持つ未来の切り札にして魔剣、その力を」


 意識を変えろ。大剣使いで、俺が最も強いと、カッコいいと見惚れたゲームのキャラクターを思い出せ。なりきるんだ……最強の剣士に、狂戦士に。

 イメージはそう……『かつて一人で闇に挑み、正気を失ってしまった最高の騎士』。

『深淵を歩く者』……彼に、なりきるのだ――








 今回、集められたのは地球の人間だけではなかった。

 異世界グランディアでスカウトした人間も含む、完全に実戦経験重視の人間達。

 魔物や人との争いをくぐり抜けた、荒事、所謂暗部に関わる戦いを続けてきた、ある意味では傭兵、殺し屋、戦争屋とも呼べる、秋宮の秘密兵器の一つでもある集団だった。


「止めを刺した人間には三〇〇〇万。刺せなくても俺達が勝てば全員に三〇〇万だとよ」

「それはいい。うちのボスは気前が良いからな。裏はあるんだろうが……気合いが入るってもんだ」

「作戦はなしでいいんだよな? 個人行動で、同士討ちだけはなしって事でいいな?」


 一人一人が、地球にいる軍隊、バトラー、戦士とは比較にならない力を持つ集団。

 そんな人間七人を相手取る存在が、フィールドに現れた。


「……女か? 小さいな」

「おーやだやだ……決まってああいうヤツは狂ったように強いんだわ」

「経験則か?」

「まぁな。んじゃあまずは俺から――」


 その瞬間だった。今の今まで相手が立っていた場所には、既に誰もいなかった。

 一瞬の戸惑い。だがさすがに実戦慣れしているのか、男達はすぐさまそれが死角、上空へと移動したのだと見破り、今まさに上空から凶刃を振り下ろそうとする相手に対応してみせたのだった。


 ――そう、対応しようとしたのだ。だが、その振り下ろされた大剣は、待ち構えていた二人を一瞬で切りつぶし、その余波と同時に放たれた風の刃によって、周囲の全てを薙ぎ払い、フィールドを切り裂き、離れていた他の人間すら傷つけ、一瞬で四名を戦闘不能に追い込んだのだった。


「なんだってんだよ! ふざけんな、三〇〇〇万じゃわりにあわねぇよ!」

「ガアアアアアアアアアア!! ツブレロオオオオオ!」


 瞬間移動にも等しい速度で迫る、小さな魔人とも呼べる存在が、出鱈目に剣を振るい、周囲全てを灰塵と化すように暴虐の限りを尽くす。

 背後に回り込もうが、振り回された剣がかすめ、その一撃だけでぼろ雑巾のように相手を吹き飛ばし、一度飛び跳ねるだけでスタジアムにクレーターが生まれる。

 削岩機が縦横無尽に飛び回るような光景。

 そんな暴力の化身が暴れた後には、誰もそこには残っていなかった。

 戦闘に、ならなかったのだ。対応出来るうんぬんではない、ただ障害物を薙ぎ払うだけの結果を残し、時間にしてわずか三分で、秋宮の誇る荒事専門部隊が壊滅したのであった。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


 狂える剣士が、壊れたスタジアムで咆哮を上げる。意識をかろうじてとどめていた戦士達はただ、その姿を恐怖の感情を抱きながらみつめていたのであった。








 いやぁ……ここまで強くなったのかよ俺。スタジアムが滅茶苦茶になってるんだが。

 試合終了の合図と共に控室に戻ると、理事長とニシダ主任がドン引きして待っていてくれました。


「……想像以上でしたね。まるで別人、ダーインスレイヴの名に相応しい戦いぶりでした。どうやら既に貴方の力は……私の想像を遥かに超えるところまで到達していたようですね」

「ユウキ君、貴方大丈夫? 荒れていたりしない? 落ち着いてる?」

「普通に落ち着いていますよ。ただの演技ですよあれ。絶対に俺だって分からないですよね? あれなら」

「そ、そうね。絶対に分からないわ。ここにいても恐ろしかったもの……」


 威嚇、もとい演技の為に、色々と狂戦士っぽい言動をしてみましたが、効果は抜群だったみたいです。

 ヘルメットを脱ぎ、剣と着ているスーツと共にチョーカーに収納する。


「ふぅ……自分でも驚いています。もう……この力は強すぎる、そういう領域に入ってしまっているんじゃないかって思っているんですけど」

「そうですね……『ジョーカー』相手に一分は持ちこたえられるかと思います。正直、一年にも満たない時間でここまでの強さを持つとは思ってもみませんでした」

「い、一分ですか……?」


 一体どんな化け物なんですかそれって……。


「あれはまぁ戦ってくれる相手ではありませんから。本当に世界の均衡を保つだけの存在ですので、あまり考えなくていいです。一種の自然現象ですから」

「そういうもの……なんですか」

「しかし、これで安心して任務を任せられます。恐らく事件発生から一時間もしないうちに、どこかの国が不自然に事情を察知、介入を求めてくるでしょう。そして軍が派遣されてくる前に――ユウキ君、貴方にはダーインスレイヴとして事態の解決にあたってもらいます」

「はい。全力で相手を鎮圧します」

「……ええ。必要なら殺しでも構いません。ただ、これも覚えておいてください。合宿に集められるのは、二〇〇人を超える、未来の一流の戦士です。そこを襲撃する集団となると……先程貴方が倒した人間達よりも更に大規模な部隊となりますし、同時に人質もとられている状況です。くれぐれも油断はしないように」

「はい。あの……集められた生徒が勝手に行動を起こす事は考えられませんか?」

「考えられますね。ただしその場合は自己責任です。ユウキ君。貴方の今回の任務は護衛ではありません。殲滅です。救うなとは言いませんが……分かっていますね?」


 分かっている。俺は、そういう世界に足を踏み入れたのだ。秋宮の猟犬にして、均衡を保つための武力。そういう道を歩むと決意したのだから。


「総帥。あまりユウキ君にそういうプレッシャーをかけないでください。ユウキ君、貴方はいつでもこの道から抜け出す事が出来る。それも忘れないで。私も、総帥が無理な依頼を出さないように見ておくから、ね?」

「……ニシダ主任、それでは私が彼を利用しようとしている悪い人間みたいじゃないですか」

「悪い人間一歩手前ですよね? あまり彼に無理を言わないで下さい。あまりにも目に余るようでしたら、私からも『ジョーカー』にお願いする事になりますから」

「ひっ! ひ、卑怯ですよニシダ主任……わかりました。ユウキ君、一つ朗報です。合宿には、現在世界最強のプロバトラーも指導に向かいますし、今回、その彼と有事の際は協力するように契約しています。生徒の護衛を中心に契約していますので、ある程度は安心してください。実力も、表の世界では最強、裏でもその実力は先程のユウキ君と同程度ですから」

「マジっすか……やっぱり底知れないですね……上には上がいるって事かぁ……」

「ただ、具体的にどのタイミングで襲撃があるかは不明です。常に気を張れとは言いませんが、覚悟はしておいてくださいね」

「了解です」


 なんだ、やっぱり集められた生徒の事もしっかり考えているんじゃないか。

 少しだけこちらの胸のつかえがとれ、一息つく。そして、今回の実戦訓練は終わりを迎えたのだった。






 ユウキが去ったスタジアム控室に残された、理事長、秋宮リョウカと、研究主任の仁志田チセが、先程までの穏やかな表情を消し、どこか張りつめた表情で言葉を交わす。


「聞いていた通り、ユウキ君は魔法をも高次元のレベルで運用しています。恐らく、そう遠くない未来で、彼は文字通り大国の暴走を抑える抑止力となるでしょう」

「……ですが、それは……重責を彼に背負わせる事になります。私は、彼が平穏に暮らす道に進める様にしたかったんです、元々は」

「……ですが、彼の力がそれを許さない。誰かが、彼の力を適切に振るえるように見ておかないといけません、そしてそれが出来るのは……」

「“彼”に一番近い場所にいる私達しかいない、ですか……」


 大人達は、まだ大人ではない一人の青年の未来の為に、そして世界をとりまく利権争いの為に、彼の歩む道を案じ、議論する。

 強い力は、争いを生む。それは大量破壊兵器しかり、グランディアでの利権しかり、強い人間しかり。


「……某国で、私を排する動きが出てきています。もしも私が今の地位を追われたその時は、後の事は任せましたよ……チセさん」

「……はい、リョウカさん。きっと……学園も……」

「ええ。もしもそうなったら、彼は、ユウキ君はどう動くのでしょうか、ね」






 本土での訓練、もとい現段階での自分の力の把握が済んだ俺は、その足で東京観光へ向かいたいという気持ちを抑え、海上都市へと戻る。

 やっぱり本土の方は電車の乗り換えとか大変だなぁ……いつもはニシダさんに送迎をしてもらっていたのだが、今日は仕事の都合で無理なのだとか。

 そうして電車を乗り継ぎ、本来なら海上都市への橋が架かっている江東区から出るフェリーに乗り、海上都市へ向かうのだった。


「橋とモノレールの復旧は来月か……夏季休暇が終わる頃には元通りなんだな」


 夏季休暇は九月の上旬に終わる。凄いな、八月中はまるまる休暇とか。

 今月の二六日から休暇ということは、四〇日以上も休みが続く、という訳だ。


「任務か。そればっかり考えるのはもったいないよな。どこか遊びにいきたいなぁ」


 ついさっきまで考えていた難しい話、俺では測り切れない話を放り出し、俺が考えるのは初めての都会での夏休み。イクシアさんや地球に残る友人達とどうやって過ごそうか、そんな楽観的な事ばかりだった。






 終業式。厳密には式とは呼ばないのだが、七月二五日、俺達学園生徒は、それぞれのクラスに呼び出され、そこで前期の終了を宣言され、中期の開始日程を聞かされ、そこで解散となった。


「そっか、ユウキも合宿っていうのに参加するんだね」

「うん。セリアさんは中期が始まるまでずっと向こうにいるの?」

「ううん、やっぱり二週間くらいでこっちに戻って来ると思う」

「そっか。じゃあ一緒に東京観光でもしようか? 俺も後半は地元に戻るけど、その前に東京見て回りたいし」


 そういえば、サトミさんもこっちに戻ってきているはずなんだよな。

 後であっちの予定も聞いておこう。たぶん実家にも戻るだろうし。


「え、え? 私でいいの?」

「うん。他のみんなは予定あいそうにないしさ。セリアさんだけになりそう」

「そ、そっか、残念だねー。じゃあうん、戻って来たら連絡するね」

「うん。俺の方でもしかしたら誰か掴まえられるかもしれないけど」

「無理に誘わなくてもいいよ?」


 そうなると二人きりですな。なんだかデートっぽいので緊張してしまうんですが。


「うん? ユウキ君、セリアさんと東京デート?」

「東京観光、な。出来れば詳しそうなカナメにも来て欲しいんだけど、合宿終わったらすぐに実家に戻るんだろ?」

「そうだね。僕、高校時代は全然地元に戻らなかったから、そろそろ家族が煩くって」

「なるほど。おーいアラリエル、そっちの夏休みの予定ってどうなってんのー?」

「ちょ……ユウキ、だから無理に誘わなくっても……」


 しかしどうせなら詳しそうな人間がいたほうがいいではないか。

 なお、一之瀬さんにはもう振られております。合宿が終わり次第、実家の道場で門下生の指導だとか。

 そして香月さんに至っては、さっきもう既に教室を出てしまっている。なんでも、地元福岡にある本社でプレゼンがあるのだとか。


「あ? 俺はこの後すぐ飛行機でグランディア行きだ。移動だけで一週間はかかるんだよ。めんどくせぇから休暇中はずっとあっちにいるわ」

「マジでか。そういえばグラディアじゃ自由に飛行機が飛べないんだっけ?」

「ああ。だから汽車と船で移動するんだよ。ああメンドクセェ」

「へぇ、という事はアラリエル君、かなり遠くの大陸出身なんだ?」

「あん? お前俺の出身忘れたのかよ。ノースレシア大陸だよ」


 ノースレシア大陸。神話学で習った地名だ。

 元々五つの主要大陸がならぶ世界だったが、ある時最北の大陸『エンドレシア』が、神話に登場する『魔王』と呼ばれる存在により、太古の昔に南北に引き割かれた、という話だ。

『魔王までいるのかよ異世界』とも思ったのだが、どうやらそれは俺の想像する『悪の親玉』みたいな物ではなく、魔族という人種の王、というだけだそうな。

 ちなみに、現代にも六七代目魔王さんがいるのだとか。


「ああ、そういえば。……ねぇ、もしよかったら『魔王と女神と聖母』のオリジナル写本をお土産に買ってきてもらえるかい? 僕の姉があの物語のファンなんだ」

「ああ? あんな古臭い本のオリジナルが欲しいのかよ? あれ結構高ぇんだぞ」

「お金なら払うからさ。地球じゃまず手に入らないんだ」


 ふぅむ、そういえばそんな話もあったな。神話学で少し取り上げたが、グランディアにあるポピュラーな神話で、今は宗教になっているのだとか。

『魔王信仰』『女神信仰』『聖母信仰』と、三つの宗教が一般的なんだとか。

 なおイクシアさんに聞いたところ『そんな宗教は知りませんね』とのこと。

 割と歴史の浅い宗教なのだろうか?


「じゃあ忘れてなかったら買っておいてやるから姉ちゃん紹介しろよ」

「うん、いいよ」

「いいのかカナメ……」

「なにが?」


 まあ家族がいいならいいか。ああ、アラリエルの毒牙にかかりませんように。

 そうして、それぞれの夏季休暇が始まり、それぞれが思い思いの目的の為、ここ海上都市を離れていくのだった。……まぁ合宿組はここに残るんだけどさ。




「ただいま、イクシアさん」

「おかえりなさい、ユウキ。さぁ、暑かったでしょう? リビングに避難しましょう」

「あはは……ここの夏、凄く暑いですもんね。ところでイクシアさん、今日の夜は外食しませんか?」

「おや? 何か特別な事でもありましたか?」

「はい、実はそうなんです。お店、実はもう予約してあるんですけど、大丈夫ですか?」


 そして今日、前期の終わりでもある七月二五日は特別な日でもあるのだ。

 残念ながら今回はお寿司屋さんではありません。個室つきのすき焼き屋さんであります。

 最近、マグロ三昧が続いたので……そろそろ肉に飢えているのです。


「大丈夫ですよ、日持ちしない物は買っていませんから。ふふ、何か良い事があったんですね? 顔が嬉しそうですよユウキ」

「分かります? 実は今日って凄く嬉しい事があった日なので、ついつい」

「ユウキが嬉しそうだと、私まで幸せになりますね。さ、今日はデザートにアイスを買ってきてありますからね、一緒に食べながら映画を見ましょう」

「ホラー以外なら」

「……あまり恐くないと思いますよ?」


 何 故 借 り た し。




 夕方。都市部にある、少しお高い、個室のすき焼き専門店を訪問する。

 そういえば、イクシアさんってまだすき焼き食べた事なかったよな、確か。

 今日は、本当に俺にとっては大事な日である。記念日なのだ。

 未だ『なにかいい事があったのだろう』とニコニコ笑っているイクシアさんと共に、個室で料理が運ばれてくるのを待っていると、イクシアさんが『うずうず』とした様子で話しかけてきた。


「ユウキ、そろそろ教えてください。何があったんですか? 先日は試験の結果がよかったので色々と美味しい物を作りましたが、今回は一体?」

「実は……」


 そう言いかけた時、部屋のふすまが開かれ、すき焼き鍋が運ばれて来た。

 さすが高級店らしく、調理を代行してくれるサービスもあるのだが、今回はそれを控えてもらい、自分達で調理して食べる事に。


「その話は食べてからにしましょう、イクシアさん」

「ふふ、そうですね。ふむ……焼肉とお鍋の融合のような料理ですね」

「日本を代表する料理の一つですよ。ささ、じゃあこの手順通り……」


 そうして食べ進め、ある程度肉も野菜も減ってきたところで、再び店員がやってくる。


「そろそろお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「あ、お願いします」

「ふむ? なんですユウキ、何か追加のご注文でしょうか?」


 訝しむ彼女に笑いかけ、そして少しすると、店員さんがテーブルの中央に、一つのデザートを運んできたのだった。


「ユウキ、これは……? 何やら文字が書かれて……『誕生日おめでとう』ですか? ユウキの誕生日だったのですか!?」

「違いますよ。イクシアさん、今日なんです。俺が……イクシアさんの魂をこの世界に召喚したのは。もしかしたら厳密には身体が出来た日なのかもしれませんけど、俺にとって……イクシアさんと出会えたのは今日なんです。だから、俺が勝手に今日が誕生日だって決めてしまいました。……許してくれますか?」


 一方的に俺が決めてしまうのはどうかと思った。

 けれどあの日、間違いなく俺は彼女を、魂だけの存在となった彼女をこの地球に呼び出した日なのだ。

 だから……。


「……そう、だったのですか。もう一年も経っていたのですね……一瞬、本当に一瞬でした。私は生前、息を引き取り、そして魂となり、抜け殻になった我が身を見つめながら、天へと昇りました。……そして、私はまるで誰かに願われるように、この世界にやってきた。ええそうです。私がイクシアとして生を受けたのは、きっとこの日なんだと思います」


 そうすると、彼女はケーキを見つめていた目を此方に向け、とびっきりの笑顔を向けてくれた。


「ユウキ、有り難う御座います。本当に、嬉しいです。……ユウキ、大好きですよ」

「う……は、はい……俺も大好きです」


 きっと、俺と同じ意味での言葉ではないのだと思う。

 けど、それと同じ意味の気持ちは、俺だって持っている。

 だから、今日はこれでいい。この『大好き』で、満足なのだ。


「ふふ……食べるのがもったいないです。これがケーキというものなんですね」

「ですです。じゃあ切り分けちゃいますね」


 そうして俺はまた一つ、イクシアさんとのかけがえのない思い出を一つ作ったのだった。


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