第三十三話
「それでは、長々とお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。では、また明後日学園で」
「ふふ、またいつでもいらして下さいねコウネさん」
「はい! またご飯食べに来ます! ふふ、やっぱり家庭の味こそが志向です!」
「はは……じゃあねコウネさん。また学園で」
夜。漬け込んでいたマグロのカルビ焼きを三人で食べ、ありえない量の白米を食べていったコウネさんを見送る。
一応コウネさんの魔力を分けて貰ったり食事をとったりして、ある程度こちらの魔力も回復してくれたが、やっぱりあの魔導はそう易々と使って良い物ではないようだ。
一応名前を付けるとしたら『風絶』でしょうか。勿論、ネーミングはゲームから文字りました。
「……さて。先程も言いましたが、あの魔導は必要に迫られた時か、安全が保障された状況でのみ使ってくださいね。まさかユウキに魔導の才能まであるとは思いませんでした。親として嬉しく思う反面、少し心配ですよ」
「そう、ですね。俺もまさかそんな凄い物とは思わなくて……」
「そうですねぇ……きっとユウキのお爺様、“クラゾウ”さんはとても強い魔法剣術家だったのでしょう。ユウキが強いのも納得です」
爺ちゃんこと“佐々原蔵三”。いつの間にかとんでもない達人になった模様。
……悪い気はしないよね? 時代劇好きだったし。
そうして、俺はついに念願の遠距離攻撃の手段を手に入れたのだった。
けれども明後日からは暫く戦いに関係する行動は控えないとな……試験期間だし。
俺が受講している科目は『実戦戦闘理論』『グランディア神話史』『剣術学』『デバイス工学』の四つ。つまり四つの学科試験と『剣術学』『実戦戦闘理論』の実技試験がある。
合計六つ。幸い、研究室に参加しているだけの『魔力応用学』の試験はなしだ。
今月はもう試験期間という事で、サークルも研究室も停止中だ。気合入れて勉強しないとな……。
七月に入りサークル活動が停止した関係か、久々に登校した学園内は、その空気を試験一色に変えてしまっていた。
広大な図書館には学園生徒の大半が収容可能であり、講義の終わった生徒はそこに籠り試験対策に追われるというのが日常の風景となり、さらには校舎内を見て回っても、気分転換に勉強場所を変えている生徒の姿を見かけない日はない、という有り様だ。
実務研修の関係でそんな学園の状況を把握するのに二日ばかり遅れている俺達SSクラスの生徒も、次第にその熱に動かされるよう、連日、自主勉強をする場所を探し求めていたのだった。
「ふぅ……筆記対策はこの辺でいいかな、今日は。俺、ちょっと剣術学の実技試験対策に練習場行ってくる」
「あん? なんだユウキ、お前随分余裕じゃねぇかよ」
「だって筆記で苦労しそうなのデバイス工学だけだし」
残りの筆記は正直ゲームの攻略法を暗記するみたいな感じで楽しいので、モチベが普段から高いんです。モンスターごとに有効な戦術とか? そういうの覚えるの好きです。
神話学はまぁ、小説の内容記憶するような感じだし。
デバイス工学だけは難しいです。科学みたいなものなので。
「チッ……じゃあな。俺はもう少しここにいるわ。後で俺もそっち行くから相手しろ」
「あいよー。んじゃ第三訓練所にいるから俺」
そして何故か俺はアラリエルと勉強する事が多かった。カイはどうやら筆記が絶望的らしく、ここ最近は毎日一之瀬さんがつきっきりでスパルタ教育を施している模様。
俺も誘われたのだが、丁重にお断りさせてもらった。
そしてセリアさんだが、どうやら彼女は人が周囲にいると集中できないタチらしく、寮の自室にこもりきりだ。
香月さんとカナメ君の二人は、筆記なんてそもそもわざわざ勉強する程の事でもないらしく、完全に実技訓練にしか目を向けていない。
最後にコウネさん。コウネさんはまぁ……実技も筆記も対策する必要がないとのこと。
意外だが、どうやら彼女は天才肌らしい。今までの人生でそういう対策をしたことがないのだとか。
「うお……第三訓練所ですらこんなに人がいるのか」
実技試験での課題は、剣術学の場合は試験官との一騎打ちで、使用武器は学園側で用意された刀剣型のデバイスで行う、という内容だった。
ただ倒せば良いのではなく、有効打として身体の特定の部位を攻撃し、場所に応じたポイントを得ていくという物だ。
なので当然、九面もある対戦場で、誰かしらと対人戦を行うのが一番効率の良い対策なのだが、その九面全てが使用中という混雑ぶりをみせていたのだった。
「一番待ち時間が少ないのは……六面か」
順番待ちの画面に自分の名前を登録。対戦相手は……なるほど、Bクラスの女生徒か。
いやぁ……ハイテクですなぁこの学園は。
「……なんでSSクラスが実技対策なんかに来てるんだよ」
「ん、なんじゃらほい?」
順番を待つ間、観客席に座り対戦場を眺めていると、近くからそんな言葉が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはどこか見覚えのある五人組の姿が。
……たしかUSHの店の訓練場で戦った生徒達だ。
「まぁ今の状況にあぐらかいてる訳にもいかんでしょ。それに試験では刀型のデバイスも使えないし。君らだって来てるじゃん。Sクラスは学園最高峰の実力者なんでしょ?」
「チッ、お前に言われると嫌味にしか聞こえないんだよ」
「そりゃすまん」
これ以上言い合うつもりがないのか、立ち去る一団。Sクラスで実技対策をする生徒は稀だ。さっきの順番待ちの名簿でも見かけなかったくらいだが……そういう点で見ればさっきの連中は勤勉な方なのだろうか?
するとその時、俺のスマート端末がメッセージを受信する。
『まもなく順番です。第六コートで待機してください』と。
とことんハイテクです。
「あ、君が対戦相手だね。宜しくね」
「ヒッ! ササハラ様! あ、あの……私では相手にならないので辞退を……」
「え、そんな事言わないでよ。これは試験対策なんだし、お互い色々検証しながらやろう? こっちもいきなり全力出すなんて事するつもりないんだし」
「そ、そういうことでしたら……宜しくお願いします」
フィールドで対面した女子生徒さんは、こちらを見るなり萎縮してしまっていた。
やはり少し前まで学園で色々噂された身だからか、こういう態度をとられるのは仕方ないのだろうけど……様付けはちょっとなぁ。
「あ、あと様とかなしで。別に俺いいとこの出でもなんでもないし」
「わ、わかりました。……あの、では挑ませて頂きます!」
「ほいさ。宜しくお願いします」
そうして、こちらは手始めに身体強化無しの状態で、まずは剣を打ち合う事に。
やはりこの学園に入っただけで既に相当な実力があるのだろう。Bクラスとはいえ、彼女の剣筋はとても美しく、正確にこちらの急所を狙って来る。
たぶん剣筋だけ見たら俺と遜色がないレベルだとは思うが、やはり剣速の方に難があるように思えた。
「あ、あたらない……」
「もうちょっと動きをコンパクトにしてみて。あと狙える時は突きに切り替えて。剣を振る距離を短くするように意識して立ち回って見るといいよ」
「は、はい!」
言われたことをすぐに実践するのって難しいと思うんですが、普通にやれちゃうのが凄いです。やっぱりみんな優秀すぎるでしょ。
とか言ってる間に、急所の一つである肩に攻撃を受けそうになる。
「うおっと! 凄いね、もう上達してる! じゃあ俺もちょっと気合いれていくよ」
「は、はい!」
こうして誰かに教えながら戦うのって、凄く自分の糧になるんだなぁ。
短い時間の対戦ではあったが、それでも充実した時間を過ごせたのであった。
「た、対戦有り難う御座いました!」
「うん、こちらこそ。じゃあまた今度ね」
基本的に一試合交代ということなので、フィールドを後にした俺は、再び空いている場所に登録する。何故かこの第六フィールドの順番待ちが一人もいないのだが……。
しかし名前を登録した瞬間、爆速で他の生徒が登録され、すぐさま再びフィールドで戦う事に。
「ああ出遅れた! 次、次にササハラ様が登録するまで誰も登録しないように! いい? 抜け駆けは厳禁ですからね!」
「了解! 次こそは私が相手をしてもらいますからね!}
「いいや俺だ。SSクラスが指導してくれるなんて滅多にない機会だからな」
……なんでや。さっきアドバイスしていたのを見られたせいなのか。
その後も、何故か空いている第六試合場に登録せざるを得ない状況で、すぐさま対戦相手が入って来て連戦、というのを繰り返す羽目となり、それが二〇回も続く頃には、さすがに俺もへばってしまったのだった。
「ケケケ、お疲れだな?」
「アラリエル……見ていたならお前もどっか別なコートで受け持ってくれりゃよかっただろ」
「誰がそんなめんどくせぇことするかよ。俺はなんかSクラスが固まっていたから、全員ぼこって遊んでたわ」
「ああ……あの連中か。そういやアラリエルって魔力応用学の実技試験しかうけないんだよな? 剣術学の連中と戦って身になるのか?」
「試験内容はほぼかわらねぇからな。剣を持つか、素手、魔法で戦うかの違いだ」
「なるほど」
ちなみに、俺は一切受講していないのだが、この学園の学科や学部には普通に『経済学部』やら『法学部』『医学部』という、戦闘とは関係のない物もあります。
香月さんとかはそういうのも受講しているようだが……俺は絶対に無理ですわ。
とはいえ『神話学』は『人文学部』の一種だし、『デバイス工学』も『工学部』の一種ではあるんだけれども。
とまぁそんなこんなで、俺の試験対策は日々こんな具合で進んでいたのだった。
七月中旬。試験実地期間に突入した。個人個人で受講している学科の数で試験日数も変わって来るのだが、俺は三日間で全ての試験が終わり、未だピリピリしている一部のクラスメイトを尻目に、一足先に食堂で打ち上げも兼ねた宴を一人で開いていた。
いやぁ……一年間無料ですからね。ここぞとばかりに活用させていただいております。
『マルゲリータピザ』『骨なしフライドチキン』『コーラフロート』『ビーフトルティーヤ』。
いやぁ美味しそうだ! こういうジャンキーな食べ物も普通に取り扱ってくれているので、たまには現代の若者らしく、こういった物で腹を満たしたいのであります。
「クァー……! 何も考えないで食べるフライドチキンがうめぇ!」
ザクザクの衣と共に肉を引き裂き咀嚼、そしてあまったるいバニラアイスと共にコーラを流し込む! 至福の一時である!
「……随分と羽目を外した食事のとり方をしているようだな、ササハラ君」
「んぐ!? い、一之瀬さん……ははは……解放感からついつい……」
「ふふ……まぁ気持ちは分からなくもないが。しかし、さすがに秋宮の試験はレベルが高い。実技はともかく、筆記はかなりの手応えだったな」
「たしか一之瀬さんは俺と同じくらいの量の試験を受けていたよね。そんなに難しかったの?」
「ああ。無論私も対策はしていたが……ササハラ君はどうだったんだ? 実技は私同様危なげなく終わらせていた様子だが」
「んー、俺はデバイス工学以外は手応えありって感じかな」
「ふむ、そうか……君はどこかの誰かとは違い、戦闘以外も優秀なようだ」
「ああ……カイって大丈夫なのか? かなり苦戦していたよね、試験期間中」
「うむ……アイツはどうにも座学となると集中力が欠けるからな……だが、追試や補修、夏期講習に塗れるのは嫌だと努力はしていたよ」
カイもああ見えて、微妙に不真面目と言うか、俺やアラリエル同様、歳相応の欲望を内に秘めていますからね。夏季休暇中に……海にでも行ってナンパとか考えていたり?
シュバ学の生徒ってだけで一定数の女の子は捕まえられるし。
俺? 俺はもうしばらく女の子はいいです。なんか恐い。
「さてと……私もなにか頼んで来ようかな。甘い物が欲しい」
「コーラフロートおすすめ。最近暑くなってきたし」
「ふふ、そうだな。では私もそれにしてこよう」
その後、心なしか顔を赤らめた一之瀬さんが、大きなパフェを持って戻って来た。
甘い物は苦手だったらしいのだが、疲れ果てた脳の欲求には勝てなかったそうです。
試験が終わった生徒は、学園が定めている試験実地期間が終わるまでは自由登校となっていたのだが、どうせ行っても何も出来ないからと、自宅にてイクシアさん監督の元、新しい魔法の開発に勤しんでいた。
結果、とりあえず魔力の消費が少ない『魔〇剣』もどき、命名『風刃』を生み出したのだった。
イクシアさん曰く『切断力も速度も十分。しかし動きが読まれやすいので、対人では格上相手には使いにくいでしょう』とのこと。いや……これ見てから避けるってどんな化け物ですか。
とまぁ、割と充実した日々を過ごし、ついに試験実地期間終了、久しぶりにクラスメイト全員が教室に呼び出されたのだった。
「試験おつかれー。セリアさんって結構講義受けていたんだね。だいぶ試験多かったみたいだけど」
「あ、なんだか久しぶり。まぁね、前衛職だけど、一応魔法理論とか紋章学とか色々受けていたからね。あとスポーツ科学っていうの? 地球特有の学問もね」
「なるほど……なんにしてもお疲れ様。今日はなんで集められたのかな」
「たぶん成績表渡されるんじゃないの? 追試とか色々あるかもだし」
セリアさんとそんな話をしていると、露骨に近くからうめき声があがった。
「やめてくれ……その話題はやめてくれ……もし試験の成績が悪ければ、場合によっちゃ単位を落とされるんだぞ……夏季休暇中に補習なんて事になったら……」
「なんだよカイ、夏になにか予定でもあるのかよ」
「ああ……ミコトの親父さんに頼んで、集中的な修行としてグランディアに連れて行ってもらうんだよ」
「なにそれ羨ましすぎる。んじゃあ一之瀬さんも行くのか?」
「いや、俺だけ。集中的に鍛えるからって」
なるほど……そういえば結局カイとは戻ってから模擬戦、出来なかったな。
「ああ、私は同行しないんだ。それに私は他に参加したい事があるからな。恐らく今日先生から募集があるはずだ」
「あ、ミコトちゃん。なになに、なにかあるの?」
「そうか、セリアは去年までグランディアにいたのだったな。全国の高校や大学、訓練校から推薦のあった一六才から二〇才までの人間限定の合同合宿があるんだ。私は去年も参加していたのだが、恐らく今年もあるだろう。異なる学校で異なる分野を学んでいる人間と手合わせする機会だからな。だがカイは最近、ササハラ君の実力を見て焦り始めているからか、私に頼んで父上に鍛えてもらう事になったんだ」
なるほど。確かにこの間の実務研修でかなり本気で戦ったからな。
「なんだよカイ、そんなに俺を意識しているのかよ」
「そりゃそうだろ? ユウキ、今の戦闘スタイルになってからかなり強くなってるじゃないか」
「ふふふ……そんなカイに一つ情報を与えようではないか。……実は俺、少し前に更に実力を伸ばしたんだぜ? 文字通り必殺技を編み出してしまったのだ」
「な……って、さすがにそれは嘘だろ? そんな短期間でそんな……」
半信半疑なカイ。そしてそこに現れたのは毎度おなじみの――
「本当ですよカイ。ユウキ君はもっともっと強くなりました。正直……これはもうミコトちゃんでも勝てないかも? ふふふふ……まだ私しか知りませんね、アレは」
「ほう。ササハラ君、何かを掴んだのか? これは楽しみだ……」
「マジか……見てろよユウキ。夏季休暇が終わったら今度こそ模擬戦だからな」
望むところだと答えるも、内心こっちも課題が多い状態だったりします。
魔力消費が激しすぎるのだ。もう少し無駄なく使えたらいいのだが。
試験から解放された反動か、いつも以上に饒舌なクラスメイト達と話していた時、教室の扉が開き、やたらと薄着なジェン先生がやってきた。
「全員席につけー。今からそれぞれの端末に試験結果を送信するから確認するように。学年順位も学科ごとに送るから、今の自分のポジションをしっかりと自覚し、それぞれ勉学に励むように」
「ジェン先生、なんでそんな薄着なんですか。青少年には刺激が強すぎまーす」
もはや水着である。下は短パンだけど。相変わらずスタイルが良いなこの人。それに筋肉質だし。腹筋割れてるし。
「ん、そうか? 触ってみるか?」
「セクハラやめて。早く成績データください」
「ああ。じゃあ一斉に送信するぞ。ちなみにどの学科でも試験の点数が五〇点以下だった場合、強制で夏季休暇中にも学園に出てもらうからな」
そうして送られてきた試験結果を確認していく。
……うん、実技の方の結果は剣術学、実戦戦闘理論共に満点だ。まぁ試験官を戦闘開始とほぼ同時に撃破、それも急所を全て突いて倒したんだ。当然と言えば当然だ。
「ぐおお……剣術学の実技試験……順位確認したかユウキ……」
「ん? あ、おれ学年一位じゃん! 同点で一之瀬さんも一位だけど」
「……そして俺は三位という名の二位……悔しいな……」
「どんまいどんまい。学年末の試験でまた勝負しようぜ」
「ああ! その時はミコトもユウキも二位転落だ」
「ふふ、それは無理だろう。良くて三人揃って一位だな」
よくよく見れば、実戦戦闘理論の実技試験も、俺と一之瀬さんとセリアさん、そしてアラリエルとカナメという研究室に通っている全員が一位になっている。
そして続くのはSクラスの……リッくんか。
「もう確認したと思うが、やはり実技試験はお前達が上位を独占している。当然と言えば当然だが油断はするなよ? Sクラスの生徒も前期だけでかなり実力を伸ばしてきている。来年度にはこのクラスに合流してくる事も十分にありえるんだからな」
「へぇ……それはそれで楽しみだね。逆にこのクラスから転落するって事はあるのかな?」
「あるぞ。……あまり言いたくはないが、戦闘に支障の出る大けがを負った場合はSクラスに移動する事もある。お前達には実務研修があるからな」
なるほど。そこらへんはやっぱりシビアな世界だな。
先生の言葉を肝に命じながら、今度は筆記試験の結果を確認する。
点数次第じゃ補習だ。さて、俺の結果は……。
「すげえ、香月さんデバイス工学一位だ。さすがだな……」
「貴方も。学園に入るまで専門に学んでこなかった割には良いのではなくて? ほら、ここ。九位ですわよ」
「あ、本当だ。って香月さんいつのまに」
「ふふ、健闘を讃えに。やりますわね、ササハラ君」
「素直に照れる。でも結構嬉しいかも。真面目に受講していた甲斐があったよ」
そして順番に確認していくと、他の筆記試験も全て一〇位以内に入っていた。
やばい、マジで嬉しい。この世界に来るまではこういう成績で上位に食い込む事なんてなかったし。
「はい、注目! こちらでもお前達の成績を今確認した。誰も補習を受ける事にならなくて私としても助かった。それにしても……アラリエル、カイ、二人ともかなりギリギリだったが、よく頑張ったな。素直に労わせてくれ」
「へ、ならなんかご褒美くれよ。案外良い身体してるしな?」
「ふん、私に勝てたらな。ガキと寝る程飢えちゃいないっての」
「アラリエル……お前流石にそれは……」
「カイ。お前は本当にギリギリだ。出来れば夏期講習に出た方が良いと思うが」
「すみません、それは無理です」
おー……二人とも無事にのりきったのか。
「基本的にこのクラスに配属される生徒の心配はしていなかったんだけどな。で、ユウキ。お前は……なんというか良い意味で期待を裏切ってくれたな」
「正直自分でも驚いてるっていう。これったやっぱり良い方なんですよね?」
「いいもなにも、お前と同じ数の試験を受けている生徒の中だと上から四番目の成績だぞ」
「はぁ!? テメェマジかよユウキ! だったらお前と一緒に勉強してた俺はなんなんだよ!」
「いやアラリエルは殆どノート開いたままスマ端いじってただけじゃん」
こ、これはあれか!? 噂に聞く『帰って親に報告したら褒めて貰える』っていうヤツなのだろうか!? どんな感じなのだろうか……成績よかった事なんて、高校受験の時くらいだったからな……。
「なにはともあれ、お前達は全員晴れて補習なしだ。これで私も次の話に移れるって訳だ。来週から夏季休暇に入るわけだが、その間の学園で行われる行事について連絡がある。まずは夏期講習だ。単位が心配な人間やより深く学びたい生徒は受けておいて損はないぞ。ちなみに私は今回別件で学園から離れるから、魔力応用学の夏期講習は私担当じゃあない。で、次は補習だが、このクラスには関係なかったな」
ほっと胸をなでおろすカイ。いやぁよかったね本当。
そういえば、寮に住んでいる人間は、夏期休暇中は実家に戻るのだろうか?
「ああ、それと夏季休暇の最中に学園の施設を利用したい者は、午後までに端末で申請しておく事で利用可能となる。寮生は既にプリントが配布されていると思うが、寮に残りたい者は今週中に申請する事」
あ、なるほど。じゃあ学園に残る人もいると。
「セリアさんって夏季休暇中どうするの?」
「私は実家から一度戻って来るように言われているから、休暇になったらすぐ向こうに行くよ。ユウキは?」
「俺、俺はまだ未定かな」
「あ、そうなの? だったら――」
「おーいそこ私語すんなー。話はまだ終わってないぞー」
しまった。てっきり終わりかと思った。
「最後に、夏季休暇中の合同合宿だ。高校の段階で経験した生徒もいるかもしれないが、全国の学園や実業団、プロのバトラーチーム合同の合宿が行われる。異なる分野のプロフェッショナルや学校の生徒、未来の先輩や後輩が集まるであろう大規模な合宿が行われる。今年度は試験的に海外からも参加する人間もいるそうだ。興味のある人間は後で職員室まで来るように。ただし、行先は前回の実務研修の場所よりかなり遠いぞ。飛行機と船での移動となる。一応海外って扱いになるからパスポートがない者は参加出来ないぞ」
「なにそれすげえ! え、それってどれくらいの規模になるんですか?」
「お? 興味あるかササハラ。一応一つの学校からは最大三〇人まで参加可能だが、規定に満たない生徒は参加出来ない事になっている。このクラス……いやこの学園なら恐らく無条件で参加可能だとは思うが、どうする? 十日間の合宿だが」
「あ……そうか十日もかかるのか……」
これはさすがに無理ですわ。イクシアさんが十日間も俺が海外に行くのを許可するはずがない。任務ならまだしも、休暇中の任意参加の催しだし。
「とまぁ、興味ある人間は今週中に私まで案内を貰いに来るように。じゃあ今日はこれで解散とする。研究室も今日はないし、あまり遅くまで学園に残らないように」
それを告げ、ジェン先生が教室を去る。……なんであんな恰好だったのだろうか。暑がり? なんにせよとびっきりエロかったので、前の席に座ればよかったです。
「なぁカイ、あの合宿には参加しないのか?」
「ああ。興味深いけど……俺は夏期休暇中、びっちりグランディアで修行してくるよ。ミコトの親父さんが、あっちの世界の闘技場に連れて行ってくれるらしいんだ。本気で……本気で俺は強くなるつもりだ。楽しみにしていてくれユウキ」
「おー……確かに期待出来そうだ。凄いな、闘技場って」
「ああ。セリュミエルアーチの辺境に、そういう都市があるらしいんだよ」
いいなぁ……すっごいファンタジーじゃないかそれって。そんな場所で実戦経験を積んで来るとなると、これは俺もうかうかしていられないな。
「俺はどうするかなぁ……保護者と相談しても難しそうだし」
「ね、ねぇユウキ? さっき言おうとしたんだけど、もしよかったら――」
と、先程から何か言いたげだったセリアさんが遠慮がちに声をかけてくる。
が、しかし。空気を読まずにある人物が――
「おや! ユウキ君、夏はフリーですか? でしたら我が家に来ませんか? 実は、先月から私も家の者に『日本で起きた一件で活躍した生徒を是非招きたい』と言われていたんですよ。実はもっと早く誘おうと思っていたのですが、なんだか色々迷惑そうでしたので遠慮していたのですが……どうですか?」
「うぇ……コウネさんまでそういうお誘いして来るのかよー……いやまぁコウネさんの立場的には仕方ないのかもしれねいけど」
「そうなんですよ。まぁ私としても、仮に婚約相手にユウキ君が選ばれたとしてもやぶさかではありませんよ? 可愛いですし、私よりも強いですし。何よりお爺様もお認めになるでしょうし?」
「それは話が飛躍しすぎ。なんにしても未定だよ。保護者さんと相談して色々決めたいんだ俺も」
「そうですか。ユウキ君のお母さまでしたら我が家でも歓迎致しますよ? 仲良くなれそうですし」
「……まぁこの間は仲良く料理してたみたいだね」
コウネさんの家かぁ……婚約うんぬんは冗談として、グランディアに遊びにいけるのは魅力的だなぁ。イクシアさんも込みで行けるならなおさら。
「っと、それでセリアさんはなんだって?」
「ええと……なんでもない……かな? 気にしないでユウキ」
「む? ならいいけど……とにかく俺は今の段階だと何も決められないね。出来れば合宿とかにも参加してみたいけどさ」
ダメ元で聞いてみるかなぁ。
と、その時だった。スマート端末から聞きなれない着信メロディが流れ出した。
なんだ……?
「……はい、ササハラです」
『お、成功したようですね。遠隔でそちらのスマート端末に私直通の通話アプリを入れてみました。もしもまだ学園内にいるのでしたら、理事長室までご足労頂けますか?』
「……この際それについてはツッコミませんけど、着信画面に表示される『みんなの豚ちゃん』ってなんですか?」
『!? 誰がそんな名前を登録したのですか……』
「たぶんそれ仕込んだ人じゃないんですか? ニシダ主任とか」
『その家族かもしれませんね……少々あくの強い御兄弟がいらっしゃるので』
「うへぇ……私生活でも苦労人なんですねあの人」
『ええ。とにかく、まだ学園にいるようなら理事長室までお願いしますね。少々お話がありますので』
「了解しました。今向かいます」
ふむ、理事長からとなると、何かの依頼だろうか? 夏季休暇なのに?
「ごめん、ちょっと用事が出来たからお先に失礼しますん。夏季休暇の件はまぁあまり期待しないでくだせぇ。ほったらかしにしている実家の様子とかも見たいからさ」
「はい、大丈夫ですよ。家の指示でしたから、一応提案しただけです。ただ、もしもその気になったらいつでも言ってくださいね」
コウネさんなぁ……可愛いし性格も良いし、よく食べるのだって可愛らしい一面だとは思うのだけど……底知れないのだ。個人的に少しだけ恐いというか、裏がありそうに見えちゃうんだよなぁ……。まぁそんな事言ったらこのクラスの人間の大半が色々抱えていそうだけどさ。
「ササハラです。失礼します」
「どうぞ」
理事長室に入ると、丁度理事長が何か書類とにらめっこしているところだった。
随分沢山の書類が積み上げられているが、あれ一枚一枚チェックしているのだろうか?
「よく来てくれましたユウキ君。期末試験、お疲れさまでした」
「ありがとう御座います。正直正規の方法で入学した訳ではなかったので、ついていけるか不安でした」
「ふふ、そうでしたね。しかし実際には学年全体で見ても上位の成績、実技に至ってはリミッター状態でもトップです。貴方を推薦した身としても鼻が高いですよ」
「恐縮です。それで……今回の呼び出しは一体どんな理由でしょうか?」
マスク越しでも機嫌の良さそうな理事長が、やや申し訳なさそうに切り出した。
「……今回は、私個人からの新たな依頼です。受けるかどうかは貴方にお任せします。恐らく今日知らされたと思いますが、近々合同合宿なる催しが開かれます。今回は日本国内だけではなく、海外の養成学校からも若干名ではありますが参加するのですが、当然我が校からも多くの生徒が参加します。今、希望者達の資料を吟味し、参加者を選抜しているところなのですが」
「……つまり、その催しに俺も参加して欲しい、という事ですか?」
「単刀直入に言います。この合同合宿で何か仕掛けてくる組織がいます。どの国とは言えませんが、その事件の解決を理由に介入を目論む国もいるでしょう。ある種の狂言、日本の未来を担う若者達を救い出す事で、この国に恩を着せようと考えているのだと思われます」
「じゃあ……もしかして今回は“俺”としてではなく……理事長の新しい切り札として……?」
「はい。有事の際はあの姿となり、秋宮の猟犬としての存在をアピールする形で解決してもらいたいと考えています。貴方はこの学園に来て大幅にその力を伸ばしました。今の状態での全力を内外に見せつけ……諸外国への牽制としたいと考えています。つまり……裏の任務、その手を血に汚す任務となります。勿論、断ってくれても構いません」
ついに、来たか。クラスメイトの護衛ではなく、秋宮の人間、次代のジョーカーとしての働きを求められる時が。
だが、二つほど心配事があるのだ。
「理事長。心情的にはその依頼を受けたいと思うのですが、二つほど問題があります」
「なんでしょう?」
「俺はササハラユウキとしてのスタイルでしか腕を磨いていません。身体能力強化の練度が上がったとはいえ、普段と異なるスタイルで全力を出すとなると不安が残ります。どこか全力を出しても問題のない場所で、少し訓練をさせてもらいたいのです」
「なるほど、了解しました。今週末にでも本土にあるスタジアムを貸し切ります。そこで私が用意した――最高クラスの戦力と模擬戦を行ってください」
「最高クラス……つまり、今の切り札ですか……?」
「切り札の二歩手前、といったところでしょうか。数人いるんですよ、貴方のような人間が。今の貴方なら勝つ見込みもあるでしょう。期待しています」
つまり、以前戦った異界調査団よりもさらに上の人間との手合わせとなる、か。
少し楽しみだ。前回は正直、ほぼ瞬殺と言ってもいい結果だったのだから。
「それで、二つ目の問題はなんでしょう?」
「……最低十日は国外に出るんですよね? イクシアさんを説得できる気がしません」
「……あ」
その瞬間、理事長は頭を抱えてしまいました。いやぁ……説得頑張ってください。