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第三十二話

(´・ω・`)本日で三章を全て投稿するつもりです

 海上都市に戻った翌日。今日もジェン先生に言われた通り休日を満喫している訳だが、やはりイクシアさんのスキンシップが激しい。いや、魔法が使えるようになる為の治療なのは分かっているのだが『今日は長めに行います。二日間出来ませんでしたからね』という言葉と共に、午前中からずっとソファで羽交い絞めのようにされて、ずっとホラー映画を見させられているのだった。

 ……落ち着かない。映像的な意味でも状況的な意味でも。


「これは……中々怖いですね。アメリカのホラーは衝撃を与える方面に特化している様子でしたが……この国のものはこう、感情に訴えかけて来るようです」

「あー、個人的にはこっちの方がまだ大丈夫ですね。というかゾンビものじゃなければ平気です」

「おや、そうだったのですが? では今度はそういう物を借りてきますね」

「なんでですか、嫌がらせですか」

「ふふ、冗談ですよ。それにしても……僅かではありますが、全身の筋肉がダメージを負っていますね。普段使っていない強度の身体強化の影響でしょう。ユウキは少し、自分の力に対して身体の成長が追い付いていない傾向にあります。そうですね……水泳などをして、全身を緩やかに鍛えていってはどうでしょうか。まだまだ成長途中の身体です。少しだけ、戦闘訓練以外の基礎的な部分を鍛えてはどうでしょうか?」

「なるほど……確かに俺、余り体格が良い方でもなければ……筋肉もそこまでではありませんね」


 けれども、イクシアさんはこうして俺の身体のコンディションを正確に調べ上げ、適切なアドバイスをくれるのだ。そんなに邪見にする事も出来ないのもまた事実。

 ……耳元で囁くのだけはやめてもらいたいけれど。


「……ユウキ、少し右掌に魔力を集中させてみてください」

「あ、わかりました」

「……だいぶ広がりましたね。そうですね……この辺りが限界でしょう。これ以上は身体が壊れかねません。ユウキ、この治療は今日で終わりです」

「あ、そうなんですか? ちょっと残念だな……」


 ……つまり、俺が魔法を使えるようには結局なれない、という事なのだろう。

 残念……というか、結構ショックだ。


「残念ですか? それでは抱っこだけでも毎日しましょうか? ふふ」

「そうじゃなくてですね? 魔法が結局使えない事がショックなだけです」

「いえ、使えないとは言っていませんよ。ここまで広がれば、恐らく魔力を細かく噴出する風の魔法ならば使用可能となるでしょう。幸い、私の得意属性は風と雷と炎です。少しは教える事も出来るでしょう」


 ふぁ!? 嘘、そんなあっさり!? 俺もう魔法使える様になるの!?


「本当ですか!? じゃ、じゃあ今すぐ教えて欲しいです! 風の魔法は個人的にも使いたいってずっと思っていたんです!」

「そうだったのですか? では、映画が終わったら教えてあげますね」


 く……早く終わってくれ! そして治療が終わったのになんでもっと強く抱きしめるんですか! ……絶対他の人には見せられねぇ……いい歳してこんな……。


 少しすると、ようやく映画が終わってくれた。

 ……日本のホラー映画は相変わらず怖いが、ゾンビものじゃなければ平気だ。

 内容は、生まれて間もない子供が、親の不注意で亡くなり、その怨霊が怪異を引き起こすと言う内容だった。……そう、小さい子供だ。つまり――


「……親が、もっとしっかりと子供を見ていたら……こんな悲劇は起こらなかった……! 親です……全てはあの母親が悪なのです……! 助かった後、あの女はどうなるのです……!」

「イクシアさん、落ち着いて。作り話だから、特典のインタビューで子役も親も一緒にいますから」

「そ、そうでした……」


 イクシアさんの感情の起伏が、去年に比べて大分大きくなってきたと思うのです。


「さぁ、早速魔法の訓練しましょう! 家の裏、まだ種を植えていない畑でしましょう」

「ふふ、分かりました。凄く嬉しそうですね? 私も教え甲斐があります」

「だって、ずっと憧れていたんですよ俺。いやぁ楽しみだなぁ……」


 風の刃射出とか? 離れた場所を切り裂く魔法とか? 剣術と組み合わせたりも出来そうだ。まさに夢が広がるってもんです。

 そんな未だ再現出来ない様々なゲームの技に思いを馳せていると、スマート端末から着信音が鳴り響き、妄想を中断させられてしまう。ええいどこの誰じゃい!


「はい、ササハラです」

『こんにちは、ユウキ君。理事長の秋宮です』

「……あの、前に連絡くれた時と番号が違うのですが。というかどうやって俺の番号調べてるんです?」

『ふふ、そこはチョチョイっと。私の番号は機密性が高いので、一週間ごとに変わっているんです。後程、専用のアプリをそちらの端末に組み込んで直通になるようにしておきますね』


 正直嫌です。とは口が裂けても言えません。コワイヨーコノヒトコワイヨー。


「それで、どうしました?」

『いえね、先程こちらに魔物が届き、無事に頭を切り離し回収出来ましたので、身体の方はどのように処理すればいいか、と思いまして。正直二人で食べられる量でもありませんし、素人が解体するのも難しいでしょう?』

「確かに……あの、解体の代行とか出来るのでしたら、食べやすいブロック状に切り分けて届けてもらえたら、残りはそちらで処理して頂いても構いません」


 考えてみればそれもそうか。冷蔵庫、入り切らないだろうし。


『分かりました。BB、聞こえていますか? 主要部位を切り分けたら、真空パックにつめてクラ―ボックスに入れておいてください』

『分かった。じゃあ残りは俺の方で買い取る。そうだな、あとで三〇〇万程その生徒に振り込んでおいてくれ』

「三〇〇万!? そんな値段するんですか!?」


 恐らく解体を担当している人物から、破格の金額が提示される。

 マジか……そんな物あの爺さんはくれたのか。


『青年、聞こえているか? 解凍の際は薄めの塩水をぬるめの温度にして表面に掛けて溶かすんだ。その後は冷蔵庫に入れてゆっくり解凍するといい。生で食べるならな』

「あ、了解です。火を通す場合はどうすれば?」

『火を通すならそのまま切り分けて使え。腹側の筋の多い血合い部分を焼肉のタレにでも漬け込んでから焼くと良い。肉みたいになるぞ』

「了解しました。お手数をおかけしてすみませんでした」

『構わんよ。珍しい食材が手に入った。こちらこそ礼を言う』


 そして、理事長に変わることなく勝手に切れてしまう通話。ううむ……もしかして料理長かなにかだろうか? なんにせよ、美味しく食べる方法を教えてくれたのだ、感謝しないと。

 それに結構な大金をぽんと出してくれたし。


「イクシアさん、もう少ししたら素敵なお土産が届きますから、魔法の訓練はその後にしましょうか。今のうちに冷蔵庫の中、整理しておきましょう」

「お土産ですか? ふふ、なんでしょう、楽しみですね」

「イクシアさんが喜ぶといいなーと思って手に入れてきたんです。ふふ、びっくりしますよ」

「まぁ……ユウキは本当に親思いの良い子ですね! んー!」


 ゆうきは みをかわした!

 しかし いくしあに まわりこまれた!


「ぐぇ」

「ふふ、本当に私は幸せ者ですね」


 俺も幸せですが苦しいです。




 室内にチャイムの音が鳴り、急ぎ玄関へと向かうと、秋宮の人間と思しき男性が、キビキビとした動きで大きなクーラーボックスを配達してくれた。

 で……でかい。デスクトップPCが六台くらい入りそうなんですが……。

 中を開けて見ると、真空パックにされ冷凍された大きなマグロの塊が、ゴロゴロと沢山入っていた。

 すげぇ……これで一部でしかないって。いやまぁあの魔物めちゃめちゃ大きかったけど。


「ユウキ、お届け物はお土産でしたか?」

「あ、はい。今持って行きま――」


 その時だった。再びチャイムの音が響き、ドアをノックされる。

 なにか忘れ物だろうかと扉をあけると――


「こんにちは、ユウキ君。うふふ、お邪魔しても良いですか?」

「うわ出た」


 なんとそこに立っていたのは、学園で見るような私服ではなく、どこかよそ行きのワンピース姿の……コウネさんだった。

 この人まさか……。


「……一応聞くけれど、どうしてここが分かったのかな?」

「ふふふ……今朝、学園の食堂に大きな荷物が運びこまれるのを目撃しました。少しして何やら大きなケースが運び出され、裏山へと向かう学園の人間を見て、私はピンときたのです。『これは、ユウキ君が貰ったマグロに違いない』と! ふふふ……」

「……なんでこういう時だけ凄い推理力発揮するんだろうこの人……」

「さぁ、私も魔物の討伐に貢献しましたし、是非、是非ご相伴にあずかりたいと思います!}

「……確かに。食べる権利は当然あるよね。うん、分かった。入って、コウネさん」


 いや、さすがに追い返す気なんて最初からなかったんだけどね?

 まさか我が家に最初に招待する事になる相手がコウネさんになるとは……。


「ユウキの学園のお友達ですか? ようこそ、いらっしゃい。ふふ、初めて遊びに来たお友達が女の子だなんて、ユウキも中々隅に置けませんね?」

「……違うよイクシアさん。この人は俺のお土産に釣られて来たんです」

「そういえば、お土産とは一体なんなのでしょう?」


 一先ず大きなケースをキッチンへと運び込み、そしてイクシアさんを呼び寄せ蓋を開ける。……そして当然のように目を輝かせたコウネさんが隣に。


「ジャーン! なんと俺が倒した魔物は、マグロの変異種だったんです! 依頼人に頼んで、マグロの身を頂いたんですよ! イクシアさんと食べようと思って!」


 その瞬間、突然抱き着かれ、ほおずりされてしまいました。待って、今コウネさんいるから! って普通にマグロに釘付けになってますね、仕方ないね。


「嬉しいです、ユウキ。こんな素敵なお土産……し、しかしどうやって捌けばいいのでしょうか……実はまだ魚を捌いた事は一度もないのです……」

「あ、そういえばそうでしたね。うーん……とりあえず適当に切り分けて――」

「ちょっと待った! ここは私にお任せくださいユウキ君! 実はですね、なんと私は料理が得意なのです! 意外でしょう!?」


 唐突に声を上げるコウネさんのその宣言は、正直別段意外でもなんでもありませんでした。なんか自分で食べる為にいろいろ作りそうだし。


「実はですね、私の故郷であるセカンダリア大陸では、マグロ漁が盛んな港町があるんです。その関係で目にする機会も多く、家で料理人たちが捌くのをよく見ていたんです。これはもう部位ごとに綺麗に分けられていますから、私が食べやすいように切り分けますよ」

「ふふ、それは頼もしいですね。では私も勉強させて貰います。隣で見ても?」

「はい、どうぞ見てください“ユウキ君のお母さん”」


 コウネさんのその呼び方を聞いた瞬間、イクシアさんの背筋がピンと伸び、それとは対照的に、顔が珍しく、だらしなく緩んだのを見逃さなかった。

 イクシアさん……そんなにお母さんって呼ばれたいんですか……。


「ふふ、ふふふ……ユウキ、とても良いお友達ですね。ふふ、では“お母さん”はええと……」

「あ、申し遅れました。コウネ・シェザードと言います。よろしくお願いします」

「ええ、宜しくお願いします。ユウキ、私はコウネさんとお料理をしておきますから、ゆっくり休んでいてくださいね」

「あ、その前に一つ」


 一応、先程電話越しに聞いた解凍方法や、美味しい食べ方を伝えておく。

 ……まぁ料理経験者がいるなら一安心かな。

 俺はその言葉に甘え、リビングで大人しく待つ事にしたのだった。




「へぇ、解凍にはもっと時間がかかると思ったけど……」

「私は氷の魔法が得意ですから。こういった生ものの解凍だってお手の物です」

「ええ、中々の腕前でしたよ。今、色の濃い部分を冷蔵庫で漬け込んでありますから、夜になったら食べられると思いますよ。コウネさん、もしも予定があにのでしたら、暫く家でゆっくりしていって下さいね。夕ご飯も一緒に食べましょう」

「本当ですかお母さん! 是非、是非お願いします! ふふ……マグロのカルビと巷では言われている部位です……どのような仕上がりになるのか楽しみですね」


 うーん、いつの間にかコウネさんとイクシアさんがめっちゃ仲良くなってる。それにすっかり『お母さん』呼びが定着しているし……ちょっと居心地が悪いようなそうじゃないような。なんか俺だけ名前で呼んでるし。


「さぁ、ご飯も炊けましたし食べましょうか。ユウキ、大トロですよ大トロ、それもこんなに沢山」

「夢のようですねー! ワサビ醤油にワサビ塩、生一味唐辛子までありますよ。ふふ、どれにつけて食べましょうか……」


 うん。確かに牛肉と見紛うさしの入った大トロさんだ。お店で食べた場合の値段を考えたくない量が並んでいる。はは……贅沢すぎる。


「ん、ねぇこっちは?」

「あ、それは筋の多い部分で作ったマグロのメンチカツですよ。コウネさんが言うには、加熱すると筋がとろけて美味しいのだとか」

「ふふふ……美味しく食べる方法は私がしっかりとマスターしています。ちなみに、上にかかっているタルタルソースは私作です。何故か私の家って、代々当主が秘伝のタルタルソースのレシピを継承しているんですよね。こればっかりは我が家ながら謎な部分です」

「……な、なぜ? 本当に謎だなぁシェザード家って」


 なお、言うまでもないが、料理の味は当然のように絶品でした。

 メンチカツうまぁ……マグロのエキスがこれでもかってくらい溢れて来るし、レモンの効いたタルタルソースとすっごい良い相性でした……こればっかりは石崎の爺ちゃんに感謝だ。

 当然、他のヅケやらネギトロやらも大量にあったのに、あっという間にコウネさんと……イクシアさんの胃に消えてしまいました。マグロに限ってはイクシアさんもかなり食べるなぁ。


「お、美味しかったです……ふふ……夜も頂けるなんて、なんだか申し訳ないですね」

「いえいえ、お気になさらず。お陰で私も、少しだけ魚の捌き方を理解出来ました」

「いやぁ……想像以上に料理出来たんだねコウネさん。寮だと自炊も出来ないしストレス溜まりそう」

「そうなんですよね。私、来年からどこか裏の町の空き家でも借りようと思います。今日は久しぶりに料理が出来てスッキリしましたよ」

「それはよかった。さてと……ご飯も食べたし、そろそろ腹ごなしも兼ねて練習しようかな。イクシアさん、お願い出来ますか?」


 さて、なんだかんだで後回しにしてしまっていたが、いよいよ俺の魔法デビューだ。

 コウネさんもいるが、考えてみればこの人、剣士でありながら魔法適正も高いみたいだし、ついでにアドバイスでももらえるかもしれない。


「うん? なんの練習ですか?」

「ああ、実はユウキはまだ(魔法が)未経験なので、これから初めて(魔法を)出す練習をするんですよ。私も手伝うのですが、よろしければコウネさんも見てくれますか?」


 なんで大事な部分省いて言うの。別な意味に取られかねないのですがそれは。


「あ、そういえばユウキ君が魔法を使うところ、見た事がありませんね。何かの後遺症だったんですか?」

「ええ、そんなところです。最近まで少しずつ治療をしていたんですよ」

「そ、そうなんだ! うん、魔法ね、魔法」


 よかった……本当によかった……一発で魔法の事だって気が付いてくれて本当に良かった。いつもただの食いしん坊だと思っていた事を謝罪します。素晴らしい洞察力と推理力です。




 家の裏一帯の土地は自由にして良いと言われており、そこを切り開き耕し、そこそこ大きな畑としている。

 本来なら重機やらトラクターやらが必要なのだが、イクシアさんの手にかかれば一日で綺麗に開拓出来てしまうのだ。勿論、土を耕したのは俺です。身体強化様様である。

 まだ作物を植えていない一帯で魔法の訓練をすることになったのだが、相変わらずイクシアさんは……クソダサ作業着でやって来たのであった。


「さて、現状ユウキが使えるのは風の魔法のみとなりますが、ユウキはまだ練度も低く、扱える魔力の量、頭の中で組み上げる術式も未熟なはず。ここは『魔術』と呼んだ方がいいでしょうね」

「ええと……『魔術』『魔法』『魔導』の順で強力なんですよね?」

「ええ。また身体を起点として発生させる通常の物は、引き起こす事象をしっかりと理解し、それがどんな光景で、どんな状態を引き起こすのか。可能な限り詳しく頭の中で組み立てないと発動させる事が出来ません。まずは簡単な物から始めるのが良いでしょう」


 イクシア先生の魔法講座! イクシアさんってやっぱり物を教える時が一番様になっているというか、しっくりくるのだ。うーん…髪を結上げて眼鏡をかけさせ、スーツを着せたい。


「ユウキ君は風なんですね。でしたらそうですね……えい」


 とその時、横で見ていたコウネさんが、地面から薄い氷の板を生やしてみせた。


「ユウキ君、まずは風を起こして、この板を倒すイメージで魔法を使うんです。これなら想像しやすいですよね?」

「なるほど、良いですね。ユウキ、右手を前に突き出し、そこに魔力を注ぎ込むイメージをしてください。慣れないうちは何かトリガーになる言葉を口にするといいでしょう」


 緊張してきた。いよいよ本当に俺の初めての魔法が発動しようとしているのだ。

 右腕を突き出し、身体強化の時のように意識を集中する。

 イメージしろ……右手から風が吹き出し、あの板を倒すのだ。

 なんだか気恥ずかしくて言葉を口にする事は出来ないが、俺は勢いよく腕に力を入れ対象を強く睨みつける。


「はぁ!」


 その瞬間、板がふわりと動き倒れる。薄氷が砕ける音がする。

 ……あの、これ本当に魔法で倒れたのでしょうか?


「……ごめんユウキ君。普通に自然の風で倒れちゃいました。うーん、魔法は出ていなかったみたいですね」

「そうですね……初めてなら仕方ないと思います。もう少し繰り返してみましょう。コウネさん、氷をお願いします」


 ……恥ずかしい。

 その後も、幾度となく魔法を使おうと試みるも、一向に氷が倒れる事はありませんでした。

 イクシアさん曰く『一応手のひらからそよ風は出ているはずです。氷の目の前でなら倒れるはずです』との事だが……それが出来ても何の意味もないっす!


「うう……魔法、使えるようにはなったけどさぁ……これじゃあ風鈴すら鳴らせないじゃん」

「うーん……何が悪いのでしょう……イメージ……? 元々風は目に見えない事象ですから、初心者には扱い辛いという側面もありますが……」


 コウネさんごめんね、さっきから氷何度も作り直させて。後でかき氷でも作ってあげるからね。


「ユウキ君のお母さん、そろそろ教え方を切り替えてはどうでしょう? ユウキ君はたぶん生粋の剣士ですから、魔術師に教える様に指導しても限界があるんだと思います」

「ふむ……なるほど。実は私、人に魔術を教えるのは初めてなのです。確かにユウキは剣士としてずっと戦ってきていますからね……後天的に魔術を使えるようにするのは難しいでしょう」

「そうですね。ただ、私は先に剣を覚えてから魔法を習得しましたので、少しはお役に立てると思います。ユウキ君、次は私が指導してもいいですか?」


 今はまさに藁にも縋る思いです、宜しくお願いしますコウネ先生。


「お願いするよ。そっか……先に身体能力強化ばっかり練習してたのがネックになったのかな」

「そうかもしれないです。ユウキ君、今度は動きに魔法を連動させるイメージです。私が試しに使いますから、参考にしてみてくださいね」


 するとコウネさんは、身体の中から光を溢れさせ、それが剣の形に具現化する。

 そういえば彼女も武器を召喚出来るんだったな……少し羨ましい。


「“蒼針クォーツピアサー”一応、そこそこ有名な魔剣だったりします。この剣自体にはそこまで魔法の力は含まれておらず、ただ冷気を帯びていて、頑丈で、折れても魔力消費で復活するってくらいの効果しかないんです」

「なにそれめっちゃ綺麗。初めて近くで見たけど……カッコいい」

「確かに、これは見事なレイピアです。さぞや名のある錬金術師が作成したのでしょう」


 褒められて気を良くしたのか、少し表情を緩めたコウネさんが、まるで意識を切り替える様に、キッと表情を引き締め、剣を片手で上段に構える。


「“氷刃”」


 そして勢いよく振り下ろされると、刀身から氷の刃が伸び、それが一直線に土を抉り、さらに振り下ろし終わると同時に氷の刃が砕け散り、その破片が前方へ向かい散弾銃でも撃ったかのように砕け散り、地面をさらに穿つ結果を残した。


「とまぁ、こんな感じに言葉と動きで、魔法を強引に放出するんです。ユウキ君ならこっちの方が向いているかもです」

「おお……コウネさん凄くカッコイイ……本当にカッコいい」

「そ、そうですか? 照れますね……じゃ、じゃあもうちょっと技を見せましょうか?」

「是非! もっと見たい!」


 そうして、ひとしきりコウネさんの技を観察した俺は、とりあえずこの魔法発動の仕方は、とても俺の中の中二心を刺激する、という事を学びました。

 いいぞ……これはいいぞ! これならいけそうなきがする!


「さぁ、ではユウキ君の番ですよ。また氷の……今度は柱を出しますから、ここめがけて魔法を使ってください」

「さぁユウキ、デバイスも持ってきましたよ。頑張ってください」

「あ、ありがとうございます。では……」


 たしかに、武器を持った方がイメージしやすい。

 ゲームでもアニメでも、いまいち魔法がどんな風に自分から出てくるのか見ていても想像しにくいが、武器から風がまき起こると言うのは想像がしやすい。

 それこそ『空〇斬』だったり『次〇斬』だったり。

 思い描くのは、遠隔で発生する局地的な斬撃。まるで無数のカマイタチが離れた場所に発生し、相手を切り刻むような。

 我が心の師、ゲームのキャラクターが使う技を強くイメージして……抜刀の構えを取る。


「……ハッ!」


 その光景を脳裏に描き、ウェポンデバイスを抜き放つ。

 一瞬の静寂。だがその刹那、氷柱から無数の高音が響き渡り、綺麗な円柱型だったはずのそれが、一瞬で歪な形に削りとられてしまっていた。


「出来た! 今、二人とも何もしていないよね!? いま魔法使えたよね!?」

「は、はい! 使えていましたよ! ユウキ君、凄いです! 座標魔法ですよ今の!」

「……ええ、そうですね。ユウキから魔法が放たれたのではなく、標的の元に直接無数の風の刃が発生していました……。ユウキ、今の魔法をもう一度使ってみてくれますか?」

「え、ええ……たぶん出来ます」

「コウネさん。今度はばらばらの距離に、複数の氷の柱をランダムに配置してください」

「了解ですお母さん。ユウキ君、ちょっと待ってね」


 放たれた魔法を前にうかれていると、イクシアさんがどこか神妙な顔で周囲を観察している様子。

 地面を確認している?


「はい、出来ましたよユウキ君。じゃあ、本当に座標を指定出来ているのか、順番に魔法で壊していってください」

「……フッ」


 可能な限りの速度で抜刀と納刀を繰り返す。

 視界に入った順番に、氷柱が砕かれ崩れていく。

 一息に七回までなら今の状態でもいけるな。これは俺にとって非常に大きな一歩だ。


「っ! ……ユウキ、そこまでです! 武器を収めてください」

「は、はい! あの、どうしたんですかイクシアさん」


 七度目の納刀を終え、氷柱が崩れるのを確認した瞬間、イクシアさんの鋭い声が辺りに響く。


「ユウキ、そこを一歩も動かないで下さい。コウネさん、回復魔法は使えますか?」

「あ、はい。あの、どうしたんですかお母さん」

「……座標指定により、高密度の風斬撃を瞬間的に発生させる。それをこんな短時間に八回も。貴女なら……この意味が分かりますよね」

「っ! そう……ですね……つい、私も受かれてしまいました。まさか……そこまで?」


 え、なに、恐い。この魔法は使っちゃいけなかったのだろうか?


「ユウキ、貴方は今極限まで魔力を失っている状態です。恐らく今少しでも魔力を使えば昏倒します。そのまま、ゆっくりこちらへと歩いてきてください」


 そう言われても、身体に異常を感じることはない。だが言われた通り静かに歩こうと身体を動かした瞬間、今まで感じた事のないくらいの気だるさが全身を襲う。


「ユウキ君、私の魔力を少し分けてあげます。手を」

「あ、ありがとうコウネさん……魔法って……こんなに魔力を使う物なんだ」

「いえ。ユウキが今使ったのは魔導です。それも、かなり高度な物。私が使う物と比べても遜色がないくらいの……」

「……座標指定っていうだけで、とても魔力を消費するものなんです。撃ちだすのではなくて、そこに遠隔で発生させていますからね。さらに正確な狙いを一瞬で決める。これも無意識で頭の中で演算を行っている証。さらに言うと……」

「私が確認した限りですが、一度の発動で一九回の斬撃が正確に放たれています。出力で換算するなら、恐らくこの見えている範囲全てを大きく吹き飛ばすような威力です。それをここまでの密度で放つとなると……消耗する魔力量はかなりの物となります」


 マジでか。その割には氷が砕ける程度の破壊力しかないのだけど。

 だがそれを指摘すると――


「風で切り裂くのは通常柔らかい物です。研ぎ澄まされた一撃が地面を砕いたり削る事はありますが、浅く入った刃が、正確に硬い氷を切り裂いたのですよ。無駄に砕くことなく、ただ指定された方向に正確に対象を切り裂いたのです。……恐らく氷でない物でも切断出来たかもしれませんし――」

「ユウキ君。生き物が……大体深さ三センチかな。その深さの斬撃を全身に一九回も受けたらどうなると思います?」


 ……助からない。場合によっては即死だ。

 対象が氷とは限らない……その通りだ。


「ユウキ。これは文字通りの『必殺』の魔法です。特別なフィールド以外では、決して人に向けてはいけません。これは貴方にとって……恐らく最大の武器になるでしょう」

「私もそう思います。目視した場所に正確にこの殺傷能力の攻撃を打ち込めるなんて、まさしく最強の魔導です。……参りましたね。今日初めて魔法を使う人間にこんなものを見せられるなんて……本当、私の周りは天才だらけで嫌になってしまいますよ」

「……でも、これはここぞというときにしか使えそうにないね。常用出来るコスパの良い魔法を考えておくよ……」


 本当の必殺技か……確かにこれはそうそう使えるもんじゃあなさそうだ。

 思えば、身体強化の時も頭で思い描いたアニメやゲームのキャラの動きを再現しただけだったが、あれは別に魔力を大量に消費していたわけじゃない。あくまで身体に作用させていた。

 けど魔法はそうじゃない。使ったら使った分、全て消費されてしまうのだ。

 ……なんでも再現出来てしまうのが、逆にアダとなってしまった訳だ。


「それにしてもユウキ。よくこんな魔導が思い浮かびましたね。それもこんなに正確に」

「そう、それです! 想像は出来るかもしれませんが、一回でここまで成功させるなんて、まるで最初から知っていたみたいですよ。もしかして……噂の師匠の技の再現ですか?」

「噂って……どこでそんな噂が」

「ミコトちゃんが言っていました。『ササハラ君の師匠は凄い技を使う人物らしい』と」

「おや? ユウキには師匠がいたのですか? これは一度是非ご挨拶をしなければ」


 あ、しまった。イクシアさんにまで知られてしまった。

 脳内師匠の〇ージ〇先生の事は言えないので……。


「えーと……もう亡くなってしまったので、挨拶は無理です」

「やっぱりそうなんですね……」

「お亡くなりに……もしやお爺様の事でしょうか?」

「あー……はい、そんな感じです」


 ごめん、爺ちゃん。とりあえず今は刀の達人って事になってください。

 少なくとも包丁使うの上手だったし。なめろう作ってたじゃん?


「あ、ユウキ君のお爺さんの事だったんですね!」

「なるほど、そうでしたか……」


 ……とりあえず、そういう事で納得してもらいましたとさ。


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