第三十話
「……ふぅ。なるほど、力を抜くと足が浮かぶのですか。泳いだこと、ありませんでしたからね私」
ユウキが来月まで帰ってこない。出来るだけ意識しないようにしていても、その事実が重くのしかかる。
今日も、明日も、明後日も帰ってこないなんて、そんなのあまりにも寂しすぎます。
気を紛らわそうと湯船に浸かっても、いつものように気分が晴れてくれない。
湯に浮かびながら、もしもユウキが海に落ちてしまったらどうしようと、そんな事ばかり考えてしまう。
「どうしましょう……買い物に行く気力もご飯を作る気力も湧いてきません……夕方まで眠ってしまいましょうか……」
そして私は、お風呂から上がった後、まるで不貞寝のように布団に入るのでした。
――ユウキの布団に。
「あー……ユウキ……ユウキ……どうか無事に帰って来て下さいユウキ」
枕を抱き、微かな彼の香りを掴まえる様にした私は、ユウキに夢で会えることに期待する事にしたのだった。
理事長と石崎の爺ちゃんは、たぶん利権争いか何かで敵対しているんだと思う。
その上でお互いに協力するなんて、この様子じゃ考えられないんだ。
たぶん、お互いが今回の任務で互いの急所を狙っているのだ。
石崎の爺ちゃんはたぶん、俺達が任務を良い形で達成出来ずに、ある意味秋宮の手勢の不手際、失敗という形に持って行きたいのではないだろうか?
一瞬、俺達を事故か何かで死なせてしまうのではないか? とも思った。
でもそれはあまりにもリスクが大きすぎる。秋宮の失敗だけで片付けられなくなる。
恐らくなんらかのイレギュラーが予測されており、なおかつそれに対処する準備だけは用意してあるはずだ。
なら、今度は逆に理事長は何故、俺ですら予測出来てしまう、石崎の爺さんの狙いを知りつつ、協力を要請、相手の手中とも言える場所に俺達を派遣したのか。
まぁ十中八九、俺達で爺さんの狙いを狂わせるような活躍をしろって事なんでしょうね。
あの人なら俺達の成長の為に危ない橋くらい渡らせるだろうし。
俺はひとまず、ここまでの考えを二人に語り聞かせる。
「まぁこんな感じ。話半分に聞いてね?」
「……そうか。確かに下見に向かう人間の数を絞ったり、依頼を出しておいて機密を優先したりと、少々不自然ではあったからな。ササハラ君の考えもあながち外れてもいないだろう」
「むぅ、そういうものなのか。イレギュラーねぇ……その為に私がいるんだと思えばまぁ……」
「ま、どうせやる事は変わらないんだし、精々少しでも良い案出せるようにしっかり観察しようって事だよ」
表向きは。理事長はたぶん、俺にこそ本当の狙いを託したのだろう。
生徒達の護衛ともう一つ……この場所に隠されているであろう、石崎の爺ちゃんの急所、知られたくはない弱点、何かしらの思惑を調べ上げる事を。
なら、なんでこの下見に俺を指名したんだ、爺ちゃんは。
ただの好奇心じゃない……まさか俺が理事長の手駒、直近の人間だと疑って?
まぁ深く考えなくてもいいか。それこそやる事は変わらないんだ。
俺は気になった事を覚えて帰る。結局はそれが全てなのだから。
到着したダムの建設地は、海の上に出来た巨大なコンクリートの箱、のような場所だった。
扉を開けそのダムの内部に入ると、先程まで海水で満ちていた足元から水が消え、かなり下の方まで水深が下がっていた。
長い階段やゴンドラを使い、元は海底だったはずの場所のすぐ上、そこに設けられた作業用の足場へと移る。
「おー……マジですぐそこが海底だ。凄いな、まだ生き物とか普通に残ってるじゃん」
「お、本当だ。ササハラ、あれ知ってるか? あれはカブトボラって貝だ。ゲート周辺の開発で採れるようになった深海に住む貝で、グラディアでは高く取引されているんだ」
「へぇ、じゃあ美味しいんだ?」
「……違うぞ? あれは綺麗だから人気なんだ。私の家にも綺麗に磨かれて飾ってある」
なんだ、食えないのか。ってコウネさんみたいなこと考えてしまった。
「ササハラ君、ジェン教官。あちらを見てください。海底の形状のせいでしょうか、向こうはまだだいぶ海水が残っているようです」
「……ああ。二人とも近づくなよ、どうやらあそこが魔物のねぐらみたいだ」
「え、こっから見えるの先生」
「ああ。……大型魚類……やはり鮫に寄生していたか。ただでさえ厄介な生き物なのに」
すると次の瞬間、海水だまりから大きな水しぶきがあがり、ホオジロザメをさらに大きくしたような、まるで映画に出てくるような鮫の化け物が飛び出し、なんと身体から生えた足のように変形したヒレで着地して見せた。
「うわ……凄く恐いんだけどあれ」
「……確かに不気味な姿だ。それに大きい……あれが数体ここいにいるのか?」
「ササハラ、恐いなら先生に抱き着いていいぞ」
「ふざけんな後ろに隠れるだけでいいわ。……冗談はさておき、あれはちょい厄介ですね」
「ん、そうか?」
「はい。あれでは斬撃が通りにくいでしょうし」
あ、俺が不味いって言ったのはそういうことじゃないです。
あのクラスがこのダムの外にもいて、それも倒さないといけないのが不味いって話です。
「――てこと。倒すこと自体はどうとでもなるんじゃない?」
「む、そうか……ササハラ君にはもう攻略法が分かったのか」
「うん。だって普通に遠距離で仕留められるっしょ? 俺と一之瀬さんがわざわざ降りてリスクを負う事もないでしょ」
「あ、そうだな。そうだった……つい今この場で倒すのだと思ってしまった」
「ふむ。だが確かに、この周囲は深い海。私達が今いる場所だって、外から海水を流し込めばあっという間に海の底だぞ?」
「そういうこと。だから外の海にいるやつをピンポイントでここに流し込む方法とか考え中」
流し込んだところで、今度は水深も増えるし倒す手段がなくなるっていう。
うーむ……どうしよう? なんかでっかい網でも仕込んで捕獲するとか?
いやそんな設備も道具もないわ。うーん……流れ込んできた瞬間に狙い撃つか?
念のため、そういう事が可能な技を使えるか、二人に聞く。
「一体だけなら可能だ。だが再発動に時間がかかる」
「私も同じく一体なら潰せるな。外に何匹いるかは知らないが」
「マジかよそんな技あるのか。俺は……遠距離攻撃はないからなぁ」
海水を流し込む為のゲートの位置は、足場からだいぶ離れている。たぶん俺じゃ仕留められない。
けど、魔術師組なら攻撃も可能だろう。通じるかは分からないけど。
「うーん……とりあえずここにいるヤツをみんなで倒して、残りは本番中みんなで考えるしかないかねー」
「だな。悪いが私に作戦参謀みたいな閃きは期待しないでくれ。大人しく出たとこ勝負になるだろうさ。最悪、魔物を引き入れた後、もう一度時間をかけて排水したらいい」
「なるほど、確かにそれなら確実に倒せますが……時間がかかってしまいますね」
「いいさ、命にはかえられない」
後でこっそり俺が海に飛び込んで皆殺しにするって手もあるし。
石崎の爺さんに見られるのは不味いだろうけど。
「んじゃ俺はちょっとこの辺り詳しく見て回りたいんで、三人別行動でもしましょう。見る視点が変われば良い案も浮かぶかもしれないし」
「そうだな。では私はもう一度上の層を見てくる。何か使える物があるかもしれない」
「じゃあ私はそうだな、ちょっと海底に降りてみる。魔物の方には近づかないから安心しろ」
「食われないでよ先生」
「大丈夫だ。私の肌は鮫程度じゃ貫けない」
すげえ、さすが竜の人。やっぱ人とは違うんだなぁ……触ってみたい。
そして俺も、一人で周囲を調べ、密かに使われている資材や製品、その他調べられる事を全て調べたのであった。
下見が終わり、待機していた他の六人と合流する頃には、既に太陽が沈みつつあった。
そっか、ここは太平洋沖だもんな。本土や海上都市より沈むのが早いのか。
うー……夜の海の上を渡るとか、もう二度としたくないんですが。
「――以上がダムの様子だ。機密上の関係で写真はとれなかったが、この図の通り、それなりの広さの場所で、そのうち1/3が水場になっている」
「質問、宜しいでしょうか」
そしてブリーフィング中、香月さんが手を上げる。
「私の適正は雷の魔術です。まず手始めに私が雷で魔物を感電させるというのはどうでしょう」
「残念ながら却下だ。ただのダムなら良いんだが、電子制御の機材が多くてな、それに下手をすればダムのゲートが開き海水が流れ込んできてしまう。今回は香月の魔法は封印してもらいたい」
「……了解しました」
その後、魔物を倒す事自体は問題ないが、外洋に潜む魔物をどうするか、という部分で話が難航する。
が、やっぱり実際に見てみないことにはどうにもできない、という事で決着がついた。
まぁ、一応カイも一体なら倒せる、一之瀬さんと同じ技が使えるという事は判明したが。
後何気にコウネさんの氷の魔法が活躍しそうだって事と、氷以上の強度を持つアラリエルの魔法、黒曜石のような物を生み出す魔法が役立ちそうだという事で決着がついた。
「ふぅ……個室とか結構豪勢だなぁ……ご飯も美味しかったし」
そして夕食を取り終えた俺達は、今日のところは休むようにと、一人一人に与えられた、ビジネスホテルよりはだいぶ快適な部屋に通された。
なお、晩御飯は作業中に摂れたという大型魚の料理だった。
なんだろう? マグロ? カツオ? とにかく美味かった。
「……さてと、じゃあ実験もかねて行って来るかな」
そして休憩もつかの間、俺は調べたい事の為、ある場所へと向かうのだった。
ノックを三回。果たして開けてくれるだろう?
俺はその扉の前で、部屋の主が開いてくれるのをじっと待つ。
「……あら、誰かと思いましたらササハラ君ですか」
「こんばんは、香月さん」
「夜に女性の部屋を尋ねるとは……常識がないのか、それとも積極的なのでしょうか?」
「うーん……後者になるのかな? ……あの、少し部屋に入っても良いですか」
「……まぁおかしな事を考えていない事くらい、私にも分かります。どうぞ」
はい、やってまいりました香月さんのお部屋。
既に寝ようと思っていたのか、パジャマのようなワンピース? を着ていた。
「単刀直入に言います。香月さんの召還した精霊は、電気に関わる物ならなんでも調べられたり……ネットワーク回線に忍び込ませたりも可能ならば、協力してもらいたいんです」
「……理由を聞いても?」
「リスクを減らしたい。この任務の裏に隠れている何かを調べたいんだ。石崎の爺ちゃんは何かを狙ってる。秋宮を失脚させる為なら何をするか分からないんだ。最悪、俺達だって危ないかもしれない」
「秋宮と我が家の仲があまり宜しくない事を知っての上で、私に協力をして欲しいというのですか?」
「香月さんはそんな裏工作、人命を軽んじる事を良しとしないよ。あの爺ちゃんとは違う。きっと正面から……いや、一企業としての範疇に収まる程度の裏工作しかしないよ」
この人はきっとそうだ。少なくとも香月家ではなく、キョウコさんはそういう人だと俺は思っている。
「俺は香月家じゃなくてキョウコさんに協力してもらいたいんだ」
「……ありふれた文句ですわね。……まぁそれを本気で向けてくれる人は初めてですが」
そう言いながら、彼女は自分の掌に、あの可愛い光るハムスターを呼び出してくれた。
「この子を召喚した時、秋宮の人間に『平時にこの精霊を使用する事を禁止する』と制約を結ばされました。ですが今は任務中、ある程度の事なら目を瞑ってもらえます。それで、ササハラ君は何をして欲しいのです」
「香月さん! ありがとう、協力してくれて」
「私達にも危険があるのでしょう? それと……貴方が協力を求めたのは香月ではなくキョウコ、私なのでしょう? 香月と呼ぶのはおかしいのではなくて?」
「そっか、ありがとうキョウコさん。じゃあ……まずはこの施設のネットワークを介して、あの海上ダムの電子制御されている機材について調べて欲しいんだ」
「ふふ、了解。さぁ、行ってきなさいエレクレアハム子」
そう命令を出すと、電気ハムスターが小さく『チーチー』と鳴き、部屋に備え付けられていたテレビの画面に飛び込み消えて行った。すげぇ! 電気ネズミすげぇ!
「これで少しすればこの施設から、海上ダムまで全ての電気に繋がれた物の詳細がこちらに送られてきますわ。それで、ササハラ君はそこで何を調べたいんですの?」
「とりあえず、遠隔でダムの門、入水、排水が可能なのか調べて欲しい。そして任務中、遠隔操作されないようにして欲しいんだ。たぶん石崎の爺ちゃんはそれを仕掛けてくると思うんだ。不測の事態を作り出して、俺達の任務を失敗させるかもしれない」
「……まさかそこまですると? ダムの図を見る限り、ほぼ閉鎖空間でしたわ。そこに海水を流し込むとなると……下手をすれば死者も出てしまいますわ」
「うん。そしてそれを助ける準備もしてあるんだと思う。秋宮に借りを作らせるのかも」
「そこまで……企業ではなく、財閥として敵対するというのは、そこまで……」
少しすると、今度はテレビではなく、照明から零れ落ちる様にハムちゃんが戻って来た。
何あれ可愛い。俺もああいうペット欲しい。
「……なるほど、確かに全ての機材を遠隔で、それも石崎の元当主の部屋から操作出来るようになっているみたいですわね。それに緊急用排水ゲートや、救命用の設備もダムに隠されているみたいです。こちらも遠隔操作可能とあります」
「じゃあこれでほぼクロって事かな。当日は遠隔操作を全て無効に出来る?」
「可能ですわね。これで残る問題は外洋に潜む魔物だけですわ」
こっちなぁ……どうするかね。あまり夜の海には近づきたくないけれど……。
「ねぇ、じゃあダム周辺の海の魔物の反応とか、そのハム子で調べられない? ほら、レーダーみたいな事とか、生体電気みたいなヤツ調べるとか」
「やったことはありませんわね。ねぇ、アナタそういう事出来るのかしら?」
掌で毛づくろい中のハムスターに語りかける姿が、なんだか可愛いなキョウコさん。
するとハム子は顔を上げ、どこか自身があるように『チィ!』と鳴くと、今度は電化製品にではなく、窓に向かって飛び出していった。しかもすり抜けて外に飛んでったし。
「おお……凄いなぁあの子。それに可愛いし」
「ふふ、そうですわね。ササハラ君は小さい動物が好きなのかしら?」
「うーん小さい動物というか、あの子が可愛い。ちっちゃくて元気いっぱいで」
「小さくて元気いっぱい……ふふ、ふふふ。そうですわね」
「なんでこっち見て言うのキョウコさん」
俺も小さくて元気いっぱいだって? なんでだよ、君より少し背が低いだけだろうが!
その後、戻って来たハム子ちゃんが知らせてくれたのは、ダムの周辺に大きな生き物の反応が七つあったという情報。ただの魚じゃなくて魔物だとしたら、なんでダム近くに留まっているのだろうか。やっぱり中に閉じ込められた仲間を気にしているのか?
「よし、じゃあ気になることもあらかた分かったし、俺は戻るとするよ」
「ふふ、本当にその用事だけだったんですわね?」
「……俺も一応一八才の男なんですけどね? 変にからかわないでよ」
「ふふ、ごめんなさい。ありがとう、ササハラ君。私を役立たずにしないでくれて」
「……ん。別に、だから頼ったわけじゃないよ。元々俺にとって必要だったんだ」
「ええ、そうなのでしょうね。それでもありがとうございます」
別に、魔法を使用禁止と言われて、少しだけ悔しそうにしていたのが気になった訳じゃない。本当に必要だったんだ。ただ、もしもそれで気持ちが軽くなってくれたのなら、それは一石二鳥だった。それだけの話だよ、キョウコさん。
「アラリエル、下がれ!」
「あいよ。おーあぶねぇあぶねぇ」
海底を見下ろす足場に立つアラリエルめがけて、飛び上がる巨大なサメの魔物。
護衛についているカイの声を受け、間一髪のところで大きく飛び退る。
いやぁ……よくあんな余裕たっぷりでいられるなアイツ。今の一瞬遅れたら足場ごと食われてただろ。
「コウネ、魔力の残りはどれくらいだ?」
「うーん、氷槍を三本くらい出せる程度かな? 魔物も大分弱らせたし、後は温存してアラリエル君とカイ君にまかせた方良いかも」
「うん、そうした方がいいかもね。不測の事態の為にコウネさんの魔法は残そう」
研修二日目。俺達は早速、魔物を狩るためにダム内部へと入り込んでいた。
昨夜のうちに外洋に潜む魔物の数は判明していた事もあり、本当は今日一日もう少しだけ作戦を練る予定だったのだがそれを前倒しにする事になったのだ。
それに、懸念していた妨害もキョウコさんのお蔭で問題がなくなった。
そして今日、俺は司令塔になる事を立候補し、まずはダム内の掃討戦を始めるべく、先頭に立っていたのだった。
「キョウコさん、残っている魔物の数を調べて」
「……三匹が瀕死、二匹がまだ余力あり。四匹が活動停止ですわ」
「了解。カイ、一之瀬さんは海底に移動。余力のあるヤツがそっちに向かうから、一人一体ずつ相手して! カナメはカイと交代でアラリエルの護衛! アラリエルは瀕死の連中に止めを頼む。魔力の残り、大丈夫か?」
「余裕だ、魔族舐めんな!」
「ユウキ、私は!?」
「セリアさんはカイと一之瀬さんの動きを見て隙を見つけて魔物の死骸から血液の回収お願い! 念のためもう一度止めを刺すつもりで」
「了解!」
「コウネさんは後方に下がって、回復に努めて! ジェン先生の近くに移動して!」
「はい、少しお腹を満たしておきます……」
作戦は簡単だ。後衛が狙い撃ちをし、そこに護衛の前衛を付けて魔物を削るだけ。
そして相手が弱ったら剣士二人組で後処理をするという、誰でも思いつくような物。
ただ、それを一番効率よく行える人選を出来たとは思っている。
なによりキョウコさんがレーダーの役割をしてくれるのが大きい。
「……これは俺が出る幕じゃないね。このまま終わらせるつもりだけど、ゲートや機材への干渉はあった?」
「ええ、ありましたわ。海底の一部に監視カメラが仕込まれていましたが、一之瀬さんとヤナセさんが海底に降り立った瞬間、ゲートが開こうとしたのを感じました」
「うへぇ、結構えげつない爺さんだな」
「ですが、同時に何かしらの兵器が起動しようとしていましたわね」
最初から自分だけで対処出来そうな案件を回した、と。うーん意地悪な爺さんだ。
「おいユウキ、瀕死の連中は仕留めたぞ」
「お、お疲れ。じゃあ休憩入ってくれ。コウネさんのところでジェン先生に護衛してもらって」
「護られるまでもねぇんだけどな。まぁ了解だ。先月もやったが、狙撃ってのは面白れぇな」
「案外向いてるのかもな。狙撃用の術式リンカーとか作ってみたらどうだ?」
「考えとくわ。じゃあな」
これで、残りはカイと一之瀬さんが戦っている二匹だけ。
「ミコト、魔物を一カ所に集めてくれ!」
「分かった、任せたぞ」
む、どうやらカイが決めにかかるようだ。
一之瀬さんが自分の担当している魔物を引き連れ、カイが戦っている魔物の前に躍り出る。
そしてその瞬間、剣を上段に振りかぶったカイが、それを大きく振り下ろした。
光をまとっていた剣。恐らく『向こうの技』と思われるその極大の一撃が、二匹の魔物を飲み込んだ。
「“天断”……はは、決まった……」
「ああ、見事だカイ。ササハラ君、これでダム内の魔物は全て倒せたぞ!」
「ああ、二人ともお見事! じゃあ二人はそのままセリアさんを手伝って、魔物の血液を配った容器につめておいて!」
「ああ、分かった! けど本当にうまくいくのか? 俺、血って苦手なんだよ……」
「なにを軟弱な事を言っているんだカイ。さぁ行くぞ、十分な量の血液を集めるんだ」
残りはダムの外にいる魔物七匹。こいつらをどう倒すかという事で悩んでいたのだが、サメの魔物だというのなら、もしかして習性もサメと同じなのでは、と考えたのだ。
実は昨晩、キョウコさんに魔物の数を教えて貰った後、再び夜の海の上を渡り、静かに実験をしてみたのだ。
少し痛かったが、自分の血をダム周辺に少したらしてみた結果、見事にその匂いを嗅ぎつけたのか、暗い夜の海、月光が照らす不気味な水面に巨大な影が現れたのだ。
……正直言って死ぬほど恐かったです。夜の海ってだけでも恐いのに、巨大生物ですよ。
見た瞬間全力で引き返したからね俺。
とまぁ、血を大量に撒けば魔物も集まって来るだろうし、ゲート付近に集まったところで解放、海水ごと魔物を引き込み、魔物が入り次第ゲートを閉じれば、最低限の海水の引き込みで魔物を確保出来るだろうと考えたのだ。
「ササハラ君、セリアと合せてかなりの量の血液が確保出来たぞ!」
「ねーこれどうやって外にばらまくのー?」
「あ、じゃあそれ持ってこっちに上がって来てくれない? みんなも一度集合」
さて、じゃあ後は俺が動くだけだ。
「よし、じゃあもう一度説明するよ。俺がこの集めた血液を、外洋のゲート付近の海にばら撒くから、キョウコさんは電子精霊で魔物が七匹集まってくるのを監視」
「了解ですわ」
「で、集まったらキョウコさんがゲートを開くから、なだれ込んでくる魔物が七匹になった瞬間、アラリエルとコウネさんがゲートの海水の勢いを抑える。キョウコさんが言うにはゲートの開閉には時間がかかるらしいから、少しでも海水の流入を抑えたいんだ」
「はい、了解しました。しっかりポーションも飲みましたし、いけますよ」
「こっちも問題なしだ」
「で、ゲートが閉じたら、またさっきみたいに魔物を狩る……と言いたいところだけど、結構みんな消耗してるよね。後半は俺がメインで、消耗の少ないセリアさん、カナメの二人が援護。アラリエルとコウネさんは余力があれば魔法をお願い。カイと一之瀬さんは二人の護衛で」
「そして、今度は私が司令塔として指示を出しますわ」
たぶん、これがベストの選択だ。後半戦の為に、わざと楽な役割を作ったのだから。
たっぷりと血液の入った容器を携え、一気に跳びダムの上へと向かう。
ゲート近くの海を見下ろしながら、その容器の蓋を開け中身をぶちまける。
「生臭……でもこれなら寄って来るだろ」
そのままゲート付近を観察していると、海中に大きな影が集まって来たのが分かった。
急ぎダムの中に戻り、今見た光景を説明する。
「ええ、こちらでも確認出来ました。七体……事前に確認した数と同じだけ集まって来ています」
「よし。じゃあ俺とセリアさん、カナメは下に降りる準備。アラリエルとコウネさんはゲート付近の足場で待機。残りは護衛。ジェン先生は全体を見通せる場所で待機お願いします」
「ああ、分かった。ササハラ、大丈夫なのか? 直接活きの良いヤツが七匹もくるんだぞ?」
「大丈夫ですよ。もう先月の後遺症もありませんし――そろそろちゃんと戦うとこ、みんなにも見せておかないとだしな」
「ふふ……香月さんと私は既に見ているが、他の皆はまだ見ていないだろう。カイ、お前もよく見ておくんだ。私達の流派とは異なる、剣術の一端だ」
ん、ちょっとテンションあがって来たな。最初っから飛ばさせて頂きましょうか。
カナメとセリアさんには少し悪いかもだけど、独り占めするつもりでいかせてもらおう。
「ゲート付近に接近。ゲートを開けますわ!」
「了解! ジェン先生、そっちでも魔物の数、確認してください!」
ゆっくりと、上方に見えるゲートが開き、その隙間から海水が漏れだしてくる。
その勢いが増していき――まるで決壊でもしたように、大量の水が雪崩れ込んできた。
海水に紛れ、大きな何かが水柱を上げなだれ込んでくる。それが数度続き、いよいよ海底全てが水に覆われ、これ以上水が入ってはこちらの足取りも悪くなってしまう程の水深になり始める。
「七体入った! コウネ、アラリエル! キョウコ!」
先生の声と同時に、氷と黒い塊がゲート付近に展開され、水の勢いが治まる。そしてゆっくりと軋む音をさせながら、ゲートが閉じられていく。
まだ大丈夫だ。この水深なら、精々浅瀬と同じくらい。魔物の機動力を上げるような水深でもない。
「俺からいかせて貰うよ。仕留めそこなったら、任せて良い?」
「うん、見せて貰おうかな」
「わかった。無茶はしないでね。やばそうならすぐに飛び込むから」
水の中でも、大丈夫。このくらいなら俺の速度は落ちっこない。
抜刀の構えを取り、そしてここから見える岩場に飛び降り、それに反応して集まって来た魔物に向けて――
「……行くぞ」
一匹目。岩を蹴り海面すれすれを跳び抜刀と共に頭を切り落とし、そのまま切り抜け壁へと迫る。
二匹目。壁を蹴りそのまま再び抜刀。二匹目を上下に切り分ける。
三匹目。海水の中に着地、それでも関係なしに全力で地面を切り、猛烈な水の抵抗をねじ伏せ、迫りくる魔物の口から尾にかけて切り裂く。
四、五匹目。迫る二匹を同時に切り裂き、今度はアラリエルのいる足場の真下、足場の土台に着地。
六匹目。元々海水が溜まっていた水深の深い場所めがけて、海面を切り裂くように疾走。
海面が割れ、それと共に魔物も両断される。
そして最後の一匹は――
「……疾!」
疾走、走りはしない。大口を開き迫る最後の一匹を、可能な限り連続の抜刀を繰り返し細切れにしてしまう。
出来た……連続抜刀。シャキシャキシャキとありえない音を響かせながら、一瞬で肉片隣崩れ落ちる魔物。
「ふぅ……二つ目の技も再現完了……キョウコさん! 魔物全部倒せてる?」
「え、ええ! お見事ですササハラ君。生体反応なし、全て活動停止ですわ」
出来た。学園外だからと、いつも以上にリミッターの緩い状態での強化を使っていたとはいえ、文句無しの結果だ。頭の中で描いた理想とする動きに、限りなく近い事が出来た。
もし、俺に次元を切り裂く技、強力な飛び道具があればもっとスマートに片付けられただろうが、それでも十分だ。十分すぎる結果だ。
「魔物の死体は一カ所に集めた方良いですよね? コウネさん、氷で一カ所、水の無いスペースとか作れない?」
「あ……はい。では階段近くの浅い場所に作ります。……はー……本当に一人で倒してしまったんですねぇ……」
「うっへ、マジかよ。おいユウキてめぇ、帰ったら絶対戦えよ!」
「おうけいおうけい! んじゃみんな、魔物の死体回収手伝って!」
これで、とりあえず任務は文句なしに達成出来ただろう。お望み通り、ダムの内も外も、魔物は全て討伐した。多少海水を引き入れてしまったが、これくらいなら許容範囲だろ?
さてさて、あのお爺さんはどんな顔をするのだろうか。
「……これが、ユウキの剣術……ミコト、俺まだまだ未熟だった。同世代で、こんなヤツがいたなんて」
「ああ。そうだな、私達は地球では最高の剣術を修めているとどこか自惚れていた。……この学園に入って良かったよ」
「そう、だな……」
そんな神妙な顔されても困ります。こっちはたぶん、もうそろそろ強さの頭打ちがきそうで焦っているというのに。……やっぱり飛び道具、欲しいよなぁ。
「ん、あれ? この魔物だけ他のと種類が違う?」
魔物の死体を集めていた時だった。サメの変種とも言える魔物達だったのだが、その中に一匹だけ、サメではない、他の魚をベースにしたと思われる魔物が混じっていた。
これは……もしかしてマグロか何かだろうか? これって食べられるのかな?
あ、でも寄生型の魔物だっけ。……食べられないのかなぁ……。
「どうしたササハラ」
「ジェン先生、この寄生した魔物って、宿主が死んだらどうなるん?」
「ん、寄生したら一緒に変異するから、魔物になった段階でもう一つの生命だぞ。倒した後に寄生体だけが逃げる、生き残るなんて事はないぞ」
「お、じゃあさ、これって食えたりしない?」
「はぁ? お前サメを食いたいのか? やめとけやめとけ、美味しいもんじゃないぞきっと。だってこれ、人食いザメだろ?」
「いや、これ見てよ。一匹だけマグロベース! これなら食べられるんじゃない?」
「……食べても死にはしないだろうが、私は知らないぞ。一応クライアントの施設内で倒した魔物はクライアントの物だ。だが……これはお前が倒したヤツだからな。欲しいなら一応、石崎様に報告の際に頼んでみろ」
「了解。さぁ、じゃあとりあえず戻って報告しますか」
いやぁ、あの爺ちゃんがどんな反応をするのか、今から楽しみですな?