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第二十九話

「ふっ!」


 疾走からの居合。現在俺が再現出来る数少ないゲームの技。

 圧倒的な強度と切断力を誇る自前のウェポンデバイスから放たれるそれは、標的の魔物、どこかセイウチに似た巨大なソレを、まさしく一瞬で切り伏せる。


『計測終了。ササハラユウキ、今の技では対象の心臓までは届かない。切り抜けるのではなく、急所を一突きにしろ。多少剣速は下がるが、その方が確実に殺せる』

「了解っす。あ、でも抜刀と同時に魔力刃を放出したらいけるかもしれません」

『ほう、そうか。ササハラはウェポンデバイス使いだったな。普段あまり魔力刃を使っていないから忘れていた。もう一度計測を開始する』


 土曜日に注文した鞘が届いた火曜日。学園に届けられたそれを、早速自分のデバイスと合わせた俺は、昨日から俺と一之瀬さんに与えられている新しい実戦戦闘理論研究室の訓練で使っていた。

 色合い、風合い、完成度。どれをとっても一級品の鞘の出来栄えに、俺だけでなく、刀に詳しいという一之瀬さんもまた溜め息を漏らす程だった。

 なお、本日の研究室には特例として香月さんが見学に来ている。

 メカニック志望としては、自社の技術をふんだんに盛り込んだ製品の消耗具合を見たいのだそうな。


「魔力刃……飛び道具としては威力が低すぎるけれど……抜刀ならどうかな」


 魔力刃。早い話が、ライフルやハンドガンタイプのデバイスと同じように、魔力を射出する攻撃。

 が、撃ちだす為の機構が備わっていないウェポンデバイスから放たれる魔力なんて威力もたかが知れている。実際、俺だって『空〇斬』やら『魔〇剣』みたいなノリで使った事があるのだが、カイや一之瀬さんが使う『向こうの技』剣圧を放つ技と打ち合ってみたら、見事にかき消されてしまったんです。いやぁ……この学園入ってから一番嬉しかった瞬間が一瞬で終わりましたよ……やっぱりこっちの技はグランディアのロストアーツには勝てないのだ。


「相手の体内で刀身を伸ばすイメージでやればいけるか……?」


 早速現れたVRの魔物。より少ない攻撃回数で素早く魔物を倒す訓練として用意された標的のコイツを、一撃で倒せるようになるというのが今日の俺の目標なのだ。

 抜刀の構えを取る。腰を落とし、集中する。思い描くのは、俺の記憶に焼き付いた様々なゲームの英雄、主人公、ボスが放つ技の数々。

 イメージしろ。俺は……俺の力は、偉大なクリエイターの皆さんが築き上げてきた虚像の英雄達に迫る事が出来る物のはずだ。


「――ハァ!」


 一瞬の交差。抜刀と同時に駆け抜け、そして反転した俺の目に映るのは、見事に身体を両断された魔物の姿。


「成功した……! ミカちゃん先生、今の見た!?」

『ああ、見させてもらったぞササハラユウキ。瞬間的な魔力刃の展開。瞬発性の高い身体強化、正確無比な剣筋。文句のつけようがない』

「……ダメ出しなしとか逆に恐いんだけど」

『クク、しかし見事だったのだから仕方ないだろう。訓練終了だササハラユウキ。明日は君達のクラスは実務研修だろう。この辺りで切り上げなさい』

「了解。ふぅ……これで中型の魔物相手の訓練は終わりですね。一之瀬さんの方はどうなっています?」

『彼女は既に大型の魔物に対する訓練に入っている。君のように一撃に拘っていないからな』

「ぬぅ……そりゃ一撃縛りじゃ追い越されるか」


 が、これは浪漫なんです。この技は一撃で相手を沈めてこそなんです。

 まぁこれ以外、再現出来る技が現状存在しないので拘っているんですが。


「……局地的な斬撃の発生とか出来ないかな……次元を切り裂くとかは無理でも……せめて風の魔法でも使えたら再現出来そうなんだけどなぁ」


 これも俺の心の師匠、青い鬼いちゃんの代表的な技でございます。

 いや、でも頬に傷のある童顔兄貴の技も再現してみたいな……ミチュルギスターイル!

 だが実際、抜刀での攻撃にはもっと慣れておきたい。この一撃にだけ拘る訳にもいかないだろう。そうだな、今度からは全ての方向に対応できるように攻撃の種類を増やしていくべきか。


「お疲れ様。これが実戦戦闘理論の研究室なのね。先程一之瀬さんの戦闘風景や外での対人訓練の様子を見てきましたが、なるほど、バトラーサークルや剣術学の研究室に比べて、実戦に近い運用をしているんですのね。とても参考になりますわ」

「そうかもね。基本的に長時間の断続戦闘、休憩なしの連戦ばかりだから、メンテナンスを間に挟めないんだ。だから研究室が終わった後のメンテナンスは欠かせないよ」

「ええ。ただ、この研究室のメンバーは吉田さんとササハラ君の二人しかデバイスを使っていないので、サンプルが圧倒的に少ないですわね……」


 VR訓練室を出ると香月さんが労ってくれた。そして言われるがままウェポンデバイスを手渡すと、鞘の具合や刀身を調べ、満足したように返してくれる。


「刀身はもとより、鞘の方にも先程の酷使の痕が見受けられません。無事、満足いく製品を提供出来たようでなによりです」

「うん、本当に感謝するよ。これで、また俺は少し強くなれる」

「明日からの実務研修、頼りにさせてもらいますわね。では私は一足お先に失礼させて頂きます」

「ありがとう、香月さん」

「感謝する、カヅキキョウコ。君の進言通り、そのうちデバイスの応急修理、運用についても訓練に取り入れてみよう。戦場で武器を失う可能性、それもまた憂慮すべき項目だ」


 なるほど、もしかしたら香月さんはミカちゃん先生への営業? 目的もあったのかもしれないな。

 身体をほぐすようにストレッチを始める。俺も今日はこれで上がるつもりだ。

 するとその時、丁度対人訓練組の三人が戻って来た。


「ねぇねぇ、さっき香月さんとすれ違ったんだけど、ここに来てたの?」

「あ、お疲れセリアさん。うん、香月さんが俺の鞘の様子を確認したいってね。結果は問題なし。これから運用していくつもりだよ」

「へぇ、それは楽しみだね。僕達も実務研修が終わったらこっちの訓練に合流みたいだから、そのうち見せて欲しいかな」

「つーわけだから、今回はヘマすんじゃねぇぞユウキ。研修終わったらVRでも良いから俺とやれ、分かったな」

「それはミカちゃん先生次第かね?」


 そうか、じゃあまた同じ場所で訓練が出来るのか。つまりこの三人もミカちゃんのお眼鏡にかなった、と。こりゃ確かに手合わせが楽しみだ。


「お疲れ様、ササハラ君。モニター室でミカミ教官と共に君の戦いを見させて貰っていたよ。……そうだな、今度ばかりは私もアラリエルと同じ意見だ。今の君と、戦ってみたい」

「マジでか。一之瀬さんにそう言われるとちょっと自信がつくよ」

「ふふ、謙遜するな。……君の師に会ってみたかったものだ。素晴らしい一撃だったよ」

「はは……きっと俺の師匠も喜んでくれるよ」


 ごめん、嘘です。もし仮に実在しても絶対無反応だと思います。

 だが、ここまで評価されるとなると、ゲームの動きというのは案外理にかなっているのだろうか……俺も、もっと色々再現出来るように鍛えないとな。






「ユウキ、食べ終わったら一緒に映画を見ませんか?」


 夜。最近オーブンの使い方をマスターしたイクシアさんの作る、ミートパイなる料理を食べていると、彼女がどこかワクワクした様子でブルーレイディスクを取り出してみせた。

 そういえば日曜日にシンビョウ町に一人で出かけた際、会員登録をしたって言っていたっけ、TATSUYAの。


「ええと……『このくらい、水の底から』完全にホラー映画、しかもゾンビ物じゃないですか」


 新手のいじめか! ピンポイントで俺の苦手なジャンルじゃないですか!


「ふふ、とても怖いと評判でしたのでつい。どうです、一緒に見ませんか?」

「いやぁ明日の準備とかあるので、今日はあまり夜更かし出来ないんですよね。朝六時には学園に集合してバスで移動なんですよ」

「……そうですか。では、戻ったら一緒に見ましょうね」

「それ、レンタル期間二泊三日ですよ。ちゃんと見て返しておいてくださいね」


 イクシアさんが無表情で変なポーズしてる。これは相当ショックだった模様。

 ……何故に?


「しかしユウキ、本当に気を付けてくださいね。船に乗っている最中は船内にいること。景色を見ようとして甲板に出て、落ちてしまったら大変ですからね」

「はは、分かりました。ちゃんと帰って来るので安心して待っていて下さい」

「……はい。あ、お弁当はもう作ってあるので安心してくださいね。今回は冷めても美味しいパスタ料理を作ってみましたよ。『ナポリたん』という物です」

「おーナポリタンですか」


 イントネーションがおかしい所為で、ナポリというキャラに『たん』と敬称をつけているみたいになっている。けどナポリタンかぁ、あれってピーマンも入ってるし嬉しいな。


「じゃあ、食べ終わったので部屋で荷造りしてきますね」

「はい。着替えは畳んで部屋に運んでおいたので、それを使ってくださいね」

「ありがとうございます。じゃあ、少し早いですがおやすみなさい」


 断じて怖い映画が見たくないとかではないです。準備があるだけです。

 そして俺は、いつもより一時間早く起きることが出来るようにアラームを設定――し忘れて眠りについてしまったのだった。




「ごめんなさい朝食は今日抜きで!」

「はい! ごめんなさい、私がしっかり起こすべきでしたね、いってらっしゃい!」

「悪いのは俺ですー! じゃあ行ってきます!」


 現在、時刻五時五〇分。マジで遅れる一〇分前でごぜぇます!

 大丈夫、間に合う! 教室に集合できなくてもバスにさえ乗れたら間に合う!

 学園の敷地内で使える最大の身体強化を使い、山を駆け下り、学園へとひた進む。

 俺は今、シュバ学の風となる! やべぇバスにみんな乗り込むところじゃん!


「ジェンせんせーーーい! 遅れましたーーーー!!!」

「うお! お前どっから跳んできた!? 遅いぞササハラ!」

「すみません! 家が近いからって調子ぶっこきすぎました!」


 途中の坂道から全力で跳躍、そして空中で再び跳躍し、先月の実務研修以上の距離を跳びバスの前に着地する。

 み、見ないでくれみんな! いい歳こいて寝坊した俺を見るんじゃない!


「まぁ良い……ほら、荷物とデバイスをトランクルームに詰めるぞ」

「うっす」

「珍しいな、ユウキが寝坊なんて。緊張して眠れなかったのか?」


 カイが少し眠そうな顔で話しかけてくる。くそう、寮生活はきっと遅刻とは無縁なんだろうな。うちのクラスってアラリエルと香月さん以外みんな寮暮らしだからなぁ……。


「アラームセットし忘れたんだよ。ああもう、アラリエルですら遅刻してないってのに」

「ああ? 俺ですらってどういう意味だよ」

「だってアラリエル寮じゃないじゃん。早起きして間に合わせるとか想像出来ないっていう」

「は、俺は適当に寮暮らしのヤツんとこ転がり込んでたんだよ」


 何それずるい。寮に友達でもいるのか……それとも……無理やり?


「そろそろ出発するぞー、全員乗り込めー」

「っと、そろそろ乗るぞユウキ」

「最後尾は独占させてもらうぜ、寝たりねぇんだ」


 時刻は六時ジャスト。集合時間=出発時間とは随分とタイトなスケジュールだ。

 最後に乗り込もうと並んでいると、どこか遠くから人の声のような物が聞こえてきた。


「――キ――――です――」

「あれ、今何か言った? セリアさん」

「うん? 何も言ってないよ? あ、私窓側に座るけど隣座る?」

「俺も窓側に座りたいです」

「えー」

「――ユウキ――――忘れ――」


 む、やっぱり聞こえる。

 遠くから聞こえてくる声を探ろうと辺りを見回してみると、丁度俺の家に続く山道から、まるで空を滑るように滑空してくる――


「ユウキ、お弁当忘れています! はい、しっかり食べてくださいね。皆さん、お騒がせしました」

「え? ええ!? イクシアさん!? あれ!?」


イクシアさんが突然山道からここまで滑空してきた!? しかもお弁当渡してあっという間にいなくなってしまった……どうなっているんだ? 俺も人の事言えないけど……イクシアさんあんなに跳べるの……?


「……あ、そっかお弁当忘れたんだった……」

「ええと……今のお姉さん、誰?」

「あ、うん。一緒に住んでる人で、親代わりと言うか……」

「へ、へぇ……そうなんだ」


 そして突然の事に周囲が呆気に取られている中、バスの中にいた皆がこちらを見つめていた。……特にアラリエルが。




「おい今の超絶美人は誰だよユウキ! 俺に紹介しろ、なあ!」

「それ以上何か言ったら本気でぶちのめす。黙ってくれアラリエル」

「ユウキ、落ち着けって。……で、誰だったんだ? エルフは美形揃いだが……その、凄かったな。ノルン様に匹敵するんじゃないか?」


 エルフスキーでエルフのアレな店に通っているというアラリエルの追及が激しすぎるので、割と本気で釘を刺すも、今度はカイが聞いて来る。

 が、そこに助け舟をだしてくれたのが――


「ああ、前に見かけた人だよね。ユウキ君の保護者。すごい美人さんだったよね」

「そう、俺の保護者。なぁアラリエル、お前の母親って美人か? 俺に紹介してくれないか?」

「ああ!? テメェふざけてんのか!」

「……な? そんな反応するだろ普通。だからこれ以上の追及は無しだ、いいな?」

「……チッ、ああ分かったよ」


 ……今後学園の行事でイクシアさんが来る事があっても、絶対にコイツには会わせられないな、と思いました。


「ねぇ、ユウキってエルフと暮らしているんだ?」

「ん、そうだよ」

「……そっか。凄いね、あの女の人……親代わりなんだよね?」

「うん。たぶん今現在俺の唯一の家族だね」

「なるほどね。それにしても……ユウキあんな綺麗な人と暮らしているんだ?」

「やっぱり同族から見てもそう感じるものなの?」


 曰く、エルフ的価値観だと、帯びている自然な魔力の性質や、体内を巡る魔力の純度、そして耳の形や髪の色が評価の基準だそうな。

 鮮やかな金髪は評価が高く、そしてイクシアさんの魔力は物凄く澄んでいるのだそうな。

 ……じゃあセリアさんもかなり鮮やかな金髪だし、同族にモテるのかね?


「さぁさぁ、座席に座れ。今から空港横の港に向かうぞ。……しかしササハラ、お前の保護者の方だが……噂じゃ学園に乗り込んでくるモンスターペアレントだなんだって言われていたが……私、少し納得してしまったぞ? 凄い練度の身体能力強化と魔法だ」

「いやぁ……俺が死んだってテレビで見て、それで暴走しちゃったみたいです。モンスターペアレントなんてそんな……」

「まぁ、私もササハラみたいな子供がいたら、同じくらいブチギレそうではあるがな。あの人何者だ? 元軍人か何かか? 一度戦ってみたいくらいだ」

「人の保護者になんで勝負挑もうとしてんですか。ていうかなんで俺の隣に座ってるんです」

「気にするなよ。ほら、その弁当貸せ。冷蔵庫にしまっておいてやるから」

「あ、ありがとうございます」


 ふぅむ。現役の戦闘員視点から見ても相当強いのかイクシアさんは。

 やっぱり神話時代っていうのは、今よりずっと強い人が多かったのかね?


「それじゃあ港まで大体三〇分、その後は高速船で八時間。各自、船上での行動は自由だが、節度を持って過ごすように。分かったな?」


 ジェン先生の言葉に一同が返答する。シチュエーションは遠足のようではあるが、これはれっきとした任務である。当然、皆の返答もまた、空気を張りつめさせる物であった。




 船に乗るのは、初めての経験だった。

 船酔いやら揺れやらを想定していたのだが、今回俺達が乗っているのは巨大なタンカーであり、その巨大さゆえにあまり船の上、という感覚がなかった。

 というか速度速すぎでは? 船の最高時速って八〇かそこらじゃなかったっけ?


「新幹線同様、乗り物の技術進歩だけ飛びぬけてんなぁ……」


 まるで水上を滑るように、滑らかすぎる調子で高速移動しているのだった、

 どうやら、魔力プラットフォームの建設用資材を積み込んでいるらしく、このタンカーの大きさは世界から見てもかなり大きなものなのだという。

 当然、専用の客室なんて物もある訳がなく、風景を楽しむためのデッキも備わっていない。なので俺は一人、今回の研修の為に用意された資材置き場を休憩用に改修した場所で、少し遅めの朝食としてイクシアさんが届けてくれたお弁当を食べることにした。


「……それ、さっきの人が作ったのかよ」

「アラリエル……お前まだ言うのか」

「そう目くじら立てんなよ。ケッ、幸せ野郎め。美味そうだなこの野郎」

「ケケケ、だろう? 分けてやらねぇからな、朝飯食ってないんだよ」


 そして何故かいるアラリエル。てっきり他の皆みたいに周囲を見て回ってるもんだと思ったのに。


「へ、人の保護者がガキに持たせた飯を奪ったりはしねぇよ」

「お、良い心がけだな。……さっきは悪かったな、例えでも嫌な事言った」

「あん? ただの例えだろうが。それともお前、俺のお袋の事知ってたのかよ」


 その瞬間、アラリエルから剣呑な空気が漂う。……いや見た事すらないけど。


「いんや知らん。けどその反応、なんか訳アリっぽいな。詳しくは聞かんよ」

「……俺もそっちの事は聞かねぇよ」

「天涯孤独の俺を去年引き取ってくれた超絶美人で優しくて強い、俺の戸籍上の母親でございます」

「なんで全部言うんだよ!」

「別にやましい話じゃないし?」


 なーんか空気が重くなりつつあったので、晴らさせて頂きました。


「しっかし天涯孤独ってマジかよ」

「うんマジ。親父はガキの頃飛行機事故で死んだ。育ててくれた爺ちゃんと婆ちゃんも高校入ってすぐ死んだ。母親はいない。俺を生んで速攻捨ててどっかの金持ちんとこ行ったって婆ちゃんから聞いた」

「うっへ、結構ヘヴィだな。グランディアじゃそういうヤツ、大陸によっちゃあ結構いるんだがよ、日本でもそういうヤツっているんだな?」

「こっちでも結構いるんじゃないか? ただグランディアに比べて人の絶対数が違うってだけ。そっちの人口って地球の倍以上だって聞くし」


 聞いた話だと、グランディアって六つの大陸からなる世界らしいけど、大陸によってはオーストラリア大陸の二倍くらいある場所もあるらしい。しかもしっかり全土で人が暮らしていると。ちょっと想像出来ないな。


「ああ、そうだな。けどこっちの東京みてぇにせまっ苦しい場所にアホみてぇに人が密集してる場所なんてないぜ? 結構面白いもんだよな」

「あー……確かにそうかも。って俺行ったことないんだけどな」

「は? マジで? 行けよ新宿歌舞伎町に。いいか、二丁目にある『エロフの森ハニーシロップ』って店がおすすめだ」

「おい馬鹿やめろ。俺エルフのお姉さんに引き取られたんだぞ」


 この野郎絶対忘れないからなその店名。なんだよすげえ期待しちゃうじゃん!


「ふぅ、食った食った。んじゃ俺も少し周囲を見てくるけど、アラリエルはどうする?」

「俺はパス。ねみぃ」

「あいよ」


 まぁ、なんだかんだで結構仲も悪くないのかね、俺とコイツも。

 それこそ、一之瀬さんだって結構アラリエルと組手したり、毎回注意したり、それなりに気にかけているようだし。案外、こいつも学園になじんでいるんだな。

 その後、本当に何もない船ではあったが、外の風を感じられる場所を見つけたので、そこで少しウェポンデバイスの素振りをしつつ時間を潰したり、俺がお弁当を受け取った場面をばっちり見ていたコウネさんにお弁当を分けて欲しいと迫られたりと色々あったが、無事に何事もなく、魔力プラットフォームの施設に到着したのであった。




「すげえ……海の上にこんなでっかい工場みたいな……」

「だ、だな……ユウキ、あっちを見てみろよ。あの海の遠くで微かに光っているの。あれがゲートなんだ」


 その施設の中にある居住スペースに向かう途中、大きな窓から海を見ると、遥か遠くにあるというのに、その巨大さが確認出来るゲートの存在を確認出来た。

 これがゲート……想像していたのは、飛行機が一機飛び込めるような程度の大きさだったのだが、全然違う……まさかここまで巨大な物だったなんて。


「私も、こうして外から見るのは初めてだ。いつもは飛行機の窓から光が見える程度だったからな……」

「だねぇミコトちゃん。私もグランディア側から見た事ないし……おっきいね」

「あれ? ねぇ、あの大きなパイプって、ゲートに向かっているみたいだけど、あれ絶対中に入ってるよね? グランディアにまでああいうパイプって入れてもいいのかな?」

「大丈夫なんじゃねぇか? あんなガバガバに開いた穴だ、あんな粗末な棒ぶち込まれてもどうにもならねぇだろ? クク」


 アラリエル、アウト―。コウネチョップとセリアパンチと一之瀬キックー。


「ア、アラリエル……女の子の前でそんないかがわしい事を言うんじゃない」

「カイもそれ態々指摘するとこじゃないからな。はい同罪」


 カイ、アウト―。


「けど……漏れ出る魔力を収集じゃないじゃん、あれ。絶対直接吸ってるでしょ。あれっていいのかな」

「……ああ。確かにあれでは、グランディアから資源を採取しているような物だ」

「まぁ恐らく私達の世界と取り決めをしているんだと思いますよ。少なくとも地球の関係者以外には絶対にバレませんし。秘密裏に何か取り決めがあったんじゃないんですか?」

「……案外鋭い事言うね、コウネさん」

「ふふ、ただの食いしん坊じゃないんですよ? 私の家は一応、グランディアの中でも最古の家の一つですから、そういった情報も入ってくるんですよね」


 なるほど。じゃあもしかしたら『シェザード家』ってイクシアさんも知ってるのかな。


「あー……今更言わなくても分かっているとは思うが、ここで見た事は他所では決して口にしないように。まぁ入学の際に契約書にサインしているとは思うが」

「はい。私達はあくまで秋宮の生徒としてここに来ています。他言はしません」


 ゴメンそれ初耳。契約ってなんぞ? たぶん俺の場合護衛任務に関する契約でまとめて契約した事になっているんだろうけど。

 ……今更だけどあの契約書に俺に不利に働く事なんて書いてないよね?


「よし、全員ここで止まれ。これから今回のクライアントと依頼の内容について話すことになる。質問がある場合は依頼内容を聞き終えてからするように」


 居住区画の深部。大きな扉の前でジェン先生が立ち止まり、俺達にそう言い聞かせる。

 皆、分かっている。ただ静かに頷き、先生のノックを待つ。


「シュバインリッター、SSクラス教官。ジェン・ファリルです」


 ノックと共にかけた先生の声は、いつもの調子とはまるで違う、どこか凛々しい物で、俺は密かに『あれ……なんだか凄くカッコイイ』なんて考えてしまう。


『入りなさい』


 柔和なお年寄りの声がする。そして先生に続き部屋に入った俺達を出迎えたのは、顔に皺が沢山刻まれた、けれどもどこか相手を委縮させるような、覇気を感じさせるお爺さんだった。


「よく来てくれたね、シュバインリッターの皆さん」

「っ!」


 そのお爺さんが俺達を見回した時、俺は何故か反射的に唾を飲み、表情に力が入ってしまうのを自覚した。

 ……長い間祖父母と暮らして来たからだろうか。微かにこの相手から、俺の知るお年寄りとは少し違う……何か畏怖を、そして同時に悪い感情を抱いているように感じた。

 なんだ……今の感覚は。ただの緊張……?


「ははは……さすが秋宮の娘が選んだ秘蔵っ子達だ。そこいらの兵隊とはモノが違う」

「“石崎”様。理事長を娘などと呼ぶのはお控え頂きたい。たとえ今回のクライアントだとしても」

「おっと、気を悪くしてしまったか。ふふ、なるほど。しっかりと自分の手駒を配置していると見える」

「……生徒達の前です。これ以上はお止め下さい」


 微かに、ジェン先生から冷たい気配が発せられているのが分かる。

 この人は……秋宮と何かしらの因縁がある相手、なのだろうか。


「ははは、そうだの。ドラゴニアを怒らせるなど、文字通り竜の逆鱗に触れるような事。では早速今回の依頼について話そうかの? ささ、座りなさい。席は足りているね」


 どこか、小馬鹿にしているような、飄々としているような、そんな『石崎』と呼ばれた老人の言葉に従い、椅子に座る。

 ……って、俺以外誰も座っていない件について。え、座ったらダメなの?


「おいササハラ!」

「あ、すみません! 俺、ずっと爺ちゃんと婆ちゃんと暮らしてたんで、この年代の人の言う事はきくようにって身体に染みついてるんです」

「く、くはは! いや、よい。皆も本当に座ってくれ。くくく……そうか、祖父母と暮らしていたか。ふふ、儂にも君のような孫が……そう、優秀過ぎるくらいの孫がいればよかったのじゃが」


 その瞬間、再びゾクリとする視線を向けられる。

 この言い方……先月の事件を知っている様子。そりゃあ、そうだよな。


「まったく……申し訳ありません石崎様」

「構わんよ。では改めて概要を説明させてもらおうか」


 ……まぁ、本当はこの言い訳でどんな反応をするのか知りたかった、っていうのもあるんだけどさ。気になるんだ。この人物がどういう人間なのかが。

 そして石崎さんは、ここ数年の不審な事故と、目撃されるようになった魔物について語ってくれた。

 どうやら寄生型の魔物らしく、大型の魚類に取りつき、徐々にその姿を変貌させ、周囲の生態系を乱し、そして近くで活動している人間の船まで襲うようになっているそうだ。

 現在建設中のダムの内部にそのうちの数頭が紛れ込み、作業が出来ない状況にあるという。つまり俺達が討伐すべきはその数頭だけで良いって事か。

 だが――


「可能ならそれ以外の外洋に潜む魔物も討伐してもらいたい。水深の浅い限られた場所に追い込まれた魔物の討伐など、大規模な軍など動かさずとも儂の手の者だけで対処可能じゃ。秋宮の娘もそれくらい承知でこの件を引き受けたのじゃろうて。諸君らには周囲の魔物をもおびき出す策を考え、それを実行してもらおうと思う」

「……了解致しました、石崎様。つきましては、現場の下見をさせて頂きたいのですが、許可を頂けますか?」


 ジェン先生の声色が、どこか険悪な色に変わり始める。この人……大分素直な人なんだな。こういう腹芸と言うか、老獪めいた人を相手にするのには向いていないのではないだろうか。


「おお、構わんよ。ただし機密に関わる部分だからの。実際の任務遂行前にはあまり出入りはして欲しくないのじゃ。人数制限をしてもいいかね?」

「……了解しました」

「おお、では儂から指定させてもらってもいいかな?」


 最初から決めていたのだろう。ジェン先生もこの老人に逆らう気はもうなさそうだ。


「ジェン教官と、あとはそうじゃの……ササハラユウキ君、英雄の目を確かめさせてもらおう。そして一之瀬の娘さん、主に頼もうかのう。以上の三名で視察をしてきなさい」

「は、了解しました」

「了解っす」

「了解。一之瀬、ササハラ以外の六名は、用意して頂いた個室で別命があるまで待機」

「「了解しました」」






 海上ダムへは、建設用の通路を使い、徒歩で向かうことになる。

 下は恐らく水深七〇〇メートルはあるという海、その上を鉄骨と鉄網だけで組まれた簡易的な通路を伝って移動するという、中々にスリリングな経験をしている訳だが、俺もジェン先生も、そして一之瀬さんも、恐怖よりも不信感を抱いている様だった。


「あのジジイ……露骨にアタシらを挑発しやがった。なぜこんな相手に頼み込んでまで実務研修の依頼を出させたんだリョウカさんは……」

「ジェン教官、どこに耳があるか分からないんです、気を付けてください」

「大丈夫だよ。盗聴なんてされちゃいない」

「ふーむ……一之瀬さんってあの石崎って爺ちゃんと知り合いだったりするの?」


 俺を選んだのは分かる。けど一之瀬さんの事も知っている風だった。


「名前は知っている。『石崎財閥』の先代当主であり、今はこの魔力の流れを監視、監督する立場にある。ことエネルギー配給に関しては、その影響力は秋宮をも凌ぐと言われている」

「へー、じゃあたぶんあの爺ちゃんが俺達のクラスの事を調べ上げた、と。一之瀬さんの家って影響力とかそれなりにありそうだし、それで選ばれたって事なのかな」

「その可能性はある。ササハラ君、ここまでの流れで何か気が付いた事はあるか?」


 そんな俺に意見を求められても困ります。〇ロム脳みたいに勝手に妄想する程度しか俺には出来ません。……けどまぁ、その妄想で良いなら話せるけど。


「ササハラにそんな難しい事を聞くな一之瀬」

「ジェン先生、マジで俺のこと子ども扱いしてますよね? みんなと同い年なんですけど」

「分かっちゃいるんだけどな? なんかこう、無理をさせたくないというかだな……」

「……卒業式になったら俺の胸の中で泣かせてやるぜ、覚悟しろ。なんつって」

「ばーか、そんなこと起こりっこないっつーの。私の背が越されるかよ」

「泣くのは否定しないんすね?」

「二人とも……その辺りにしてください。ジェン教官、ササハラ君の洞察力は侮れません。現に、先月の研修ではいち早くテロリストの狙いに気が付きましたし、ノルン様誘拐を事前に察知出来たのも彼の功績です」


 や、やめてくれよ……照れるじゃないですか! 褒められて伸びるタイプだけどそこまでいくと鼻の方が伸びそう。


「だから、だ。気が付き過ぎる人間は……時にクライアントや上の人間に煙たがれる。私はユウキが心配だ。一之瀬だって、それは理解出来るだろう」

「……はい。ですが、今はそれこそ他者の耳も目もない、そうでしょう?」

「……そうだったな。ならササハラ、お前の想像している筋書きを話してみてくれ」


 そして俺は、何故理事長がこの任務をあてがったのか。

 そしてあの爺ちゃんは何を狙っているのか。

 ゲームやらアニメやら漫画やらで無駄に鍛えられた妄想力で、俺はその予測を語って聞かせるのだった。


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