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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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313/315

第二百九十三話

 世界崩壊の危機を救ったあの事件から一年が経過しようとしていた。

 当然のように……ササハラユウキの死は伏せられ、ただ『消息不明』と報道されていた。

 異界暴走の元凶と相打ちとなったとも、消失した異界と共に消えたとも人々は噂する。

 だが、真実を知るのはSSクラスの生徒と教師。そして事件の中枢に関係していた人間のみ。


「一周忌なのにおおっぴらに悼む事も出来ねぇってのはなんだかやるせねよな。本来であれば国を挙げて追悼式でもするべきなのによ」

「ノースレシアだけの話じゃないでしょ。本来なら地球規模で追悼すべきだよ? イクシアさんが『ただお友達の皆さんが祈ってくれるだけ十分です』って言うからこうして弔問にも行かないでいるんだから、我慢しなきゃ」


 シュヴァインリッターにおいて、さらに高等な学問や技術、任務を負う事となる新たに設立された組織『シュヴァインリッター高等学習院』。

 そこの栄えある第一期生である元SSクラスの生徒達が、ユウキの一周忌である今日この日、教室に集まり、自らの胸の内を語りあっていた。


「元来、ユウキは裏に徹する為にこの学園に通っていたと聞く。ならば今の状況の方がユウキらしい……という事なのだろうな。まったく……高校時代から既に裏に属して動いていたとはな。俺はまったく分からなかった」

「そういやショウスケって、ユキさんとは会った事なかったんだよな?」

「ああ、ユウキが天涯孤独だとしか聞いていないが、まさか血縁ではないにしても、親しい姉のような人がいるのは初耳だった。まぁ、その女性も裏に属する人ならば当然かもしれないが」

「ねぇ……ユキさんってユウキの事、知ってるのかな……? 私達、ユキさんが結婚して表舞台から消えた後の事は知らないけど」

「どうだろうな……彼女は一線を退いた後も独自に情報くらいは探っていそうだし、秋宮との太いパイプも持っていたはずだ。恐らく……知らされてはいると思う」

「……そっか」


 懐かしい名前を出しながら、関係者が今どうしているかを各々で語り合う。

 だが、その中で複雑な表情を浮かべる人間が一人。


「私は……あれ以来純粋な気持ちでBBチャンネルを見れなくなりました。以前よりも精力的に動いているみたいですけど……どうしても、ユウキ君の仇だって……」

「コウネ……気持ちは私も分かる。私も兄をかの御仁に討たれてはいる。英雄であるユウキ君と、罪人である兄では比べるのもおこがましいかもしれないが、な」

「ミコトちゃん……ごめんね、そんな事言わせちゃって。ううん、分かってるんですよ私も。あれがBBにとっても苦渋の決断だったんだって。今にして思えば……私達を一瞬で殺せたはず。それをしなかったのは、最後の最後まで迷っていた、止められるのならば止めて欲しかったからなんだと……思うから」

「BBチャンネルって……僕の知識が合っていたら最近活動休止してなかったかな?」

「してたね。あれから私もあのチャンネル見てたよ。警戒の意味もかねてさ。なんか、動画以外でお仕事するからそっちにしばらく集中するって」


 ユウキの仇にして、世界崩壊を食い止める為にその手を汚した人物。

 ジョーカーことBBについての話が持ち上がる。

 セリアやカナメの言う通り、BBは活動の場を動画から他に移し、今は何をしているのか不明な点も多くなっていた。


「……これは言うべきか迷っていたのですが、BBでしたら上流階級限定の派遣料理人サービスに登録されていますわ。確か今年の頭くらいから」

「そうなんですか? 地球限定なら我が家の耳に入らないのも仕方ありませんけれど……」

「一度、話をしてみたく派遣をしようと思ったのですが、七年後まで予約で埋まっていましたわね。それに費用も、平気で我がグループの年度予算の三分の一にあたる額が要求されるようでしたし」

「ヒェ! 具体的な値段は聞かないでおくね」


『わずか一年』。

 短いようで、多忙で濃密な時間を過ごす若者にとっては、痛みを癒すには程々に長い時間。

 一周忌であるこの日、クラスメイト達はそれぞれの視点で、あの事件を振り返っていた。


「そうだ、忘れていた。アラリエル、以前から何度か言われていた件、そちらの国に所属するという話だが……すまない、やはり正式に断らせてもらう。秋宮に所属した後は、グランディアとの交流の一線に立つ事が出来るように励んでいく所存だ。お前の言う『戦える文官』という立場でな。まだ、地球とグランディアの軋轢が無くなったとは言い難い。だからこそ、俺のような人間が地球に、秋宮には必要だと思っているんだ」

「あー……流石にそこまではっきり言われりゃ仕方ねぇか。ユウキがいない今、お前が秋宮の最高戦力みたいなもんだしな。しゃあねぇか」

「すまないな、せっかく誘ってくれたというのに」

「僕はどうしようかな? 正直今就職が決まってるというか、半分籍を置いてる会社があるけどさ、今の僕ならもう少し上を目指せそうではあるんだよ。ユウキ君を利用するみたいで悪いけれど、彼と同じクラスで戦ってきたのなら、彼に負けないくらい貢献したい、上を目指したいっていう欲も出てきたんだよね」

「ま、そりゃそうだ。日本じゃそういう考えって珍しいみたいだが、地球全体で見たらキャリアアップを目指して転職なんて一般的らしいじゃねぇか」


 未来を。自分達のさらなる躍進を語る。

 まるで、ユウキの分まで自分達が世界に羽ばたこうとしているかのように。


「おーい、教室に明かりがついてると思ったら……何してたんだお前達」

「ふむ……そうか、君達も集まっていたんだね」


 そこに、教室の扉を開き現れるジェンとカズキ。

 担任と副担任という立場で、今はこのクラスの指導にあたっていた。


「なるほど。今日は一周忌だからな。一応、関りのあった教師陣も今日は集まりがあるんだ」

「そちらもここに集まっていたんだね。やはり彼は……このクラスの柱だった」

「ああ。思えば最初は『厄介そうな生徒かもしれない』なんて考えていたんだけどな、私は」

「ふふ、ある意味では正解と言えるでしょう」


 そう思い返すカズキとジェン。


「ショウスケ君。教室の鍵は君に預けるよ。いいかな、ジェン先生」

「コトウなら安心だな。もう少しここにいてもいいが、正門の施錠前には解散するように」

「了解しました」


 そう言い残し、生徒達だけにしようと立ち去る二人。

 廊下での道すがら、カズキが小さく、ジェンに語りかける。


「……時々、後悔する事があるんですよ」

「カズキ先生、どうしたんだ?」

「あの日、生徒達が異界に行くか否かを、僕はユウキ君の判断に委ねた。あの時、生徒達ではなく僕が向かっていれば……違った結果が待っていたかもしれない、と」

「……その場合は、カズキ先生が犠牲者の一人として増えただけだったかもしれない。アンタは良い指導者だよ、私も認めてる。そんな人間が一人危険な場所に向かったところで、絶対にアイツらは後から追いかけて行ったさ」

「そう、ですかね」


 後悔の文字が、少しだけ薄れる。

 ジェンの言葉は、自然と『そうかもしれない』と、カズキの心にしみ込んでいくのであった。

 全ては過去の出来事。当事者達も、その喪失感を徐々に、本当に少しづつ薄れさせていく。

 時が癒してくれる。それがたとえどんな事であろうとも、微かに薄れさせてはくれる。

 薄れさせても、決して消えない事もある。だがそれでも薄れさせはしてくれるのだ。






「おか……レイスさん、今晩は外食なのですか?」

「ええ。貴女の気持ちも分かるのだけど……悼む気持ちは皆同じ。関係者が集まる事になっているの。貴女も出席して頂戴」

「分かりました。そうですね、一人籠っていたら、きっと私は押しつぶされそう、ですから」


 マンションの一室で、レイスとイクシアが外出の準備を進める。


「そういえば……今日はリュエ様はいらっしゃらないのですか? かれこれ半年以上はお姿を見ていないのですが」

「今日は来ますよ。ずっと続けていた研究に目途がついたから、と」

「なるほど……流石リュエ様です。あの方はいつでも世界を先に進ませる為に動いています」

「ふふ、本人にその気は微塵もないのですけどね、今も昔も」


 この一年で少しだけ生気の戻ったイクシアが、レイスと共に……最近ではめっきり近づく事のなくなった、海上都市の裏手、シンビョウ町へと向かう。

 息子と過ごした思い出の家があるあの土地には、イクシアは一度も足を運んでいなかった。

 あまりにも、思い出が、息子との日々が色濃く残っているから。

 だが今日、一周忌のこの日、イクシアはしばらくぶりにこの町に足を踏み入れたのだった。


「今日はどなたが出席するのでしょうか?」

「リュエとリョウカ、それにチセさんと……ユウキ君の後輩の生徒さんが一人、ですね」

「生徒さんが? クラスメイトではなく後輩さんとなると……ナシアさんでしょうか?」

「いえ、ナシアさん、聖女様は出席されません。ホソハアメノという生徒さんですね。イクシアは会った事がなかったですか?」

「ええと……おそらくは」


 関係者、ユウキの死の真相を知っていてもおかしくない人物の集まりに、なぜ後輩の生徒が、と疑問に思うイクシアであった。

 そしてもう一つの疑問――


「……BB。お父様は出席なさらないのですか?」

「『会わせる顔は未来永劫ない』だそうです。ケジメ、だそうですよ」

「……許しも納得も一生できません。ですが、私はお父様が一生贖罪の為に、苦しんで生きて欲しいとは微塵も思っていません。お父様にそうお伝えください」

「……ありがとう。わかったわ」


 店に到着すると、リョウカとチセ、そしてホソハがカウンター席に着いていた。

 そして何故か、カウンターの向こうには店主であるヨシキの姿はなく、リュエの姿が。


「こんばんは。皆さん、お久しぶりです」

「遅くなりました。こんばんは皆さん。リュエ、何かお手伝いしましょうか?」

「あ、こんばんはイクシアちゃん、久しぶりだね。じゃあレイスはお酒選ぶの手伝ってくれる? 私甘いカクテルしか作れないんだよね」


 そう言いながら、シャカシャカと若干ぎこちない動きでカクテルを作るリュエと、微笑みながらカウンターの向こう側へと向かうレイス。


「あの、ヨシキさんはどうしたのでしょう?」

「兄さんなら裏方に徹するそうです。女だけの集まりですし、気を利かせたんだと思います」


 そう、妹であるチセは語る。

 だが、知っているのだ。自分の兄がユウキを殺したのだと、知らされているのだ。

 当然のように責められたヨシキ。そして、提示された『可能性』。

 それ故に『第一人者』であるチセもまた、今日この場に集められていた。


「イクシアさん、どうぞこちらに。レイス、何か弱めの物をイクシアさんにお願いします。バックヤードにいるヨシキさんにも軽食を頼んでください」

「うん、わかった」

「了解しました」

「あの……二人はこのお店に詳しいのでしょうか?」

「あ……ええと……一時期ここでアルバイトをしてたような……ええと」

「ここはリョウカの息がかかったお店ですし、店主は秋宮の裏の事情にも関わりのある人間ですからね。私もリュエも、この世界に来てすぐの頃は社会に慣れる為にここで就労をしていました。何よりも、お世話になっているチセさんのお兄さんのお店でもありますからね」


 と、流れるようにバックストーリーを聞かせるレイス。

 こういう部分は、娘のイクシアと似ているのだろう。


「なるほど。私の時はすぐにユウキとの生活が始まったのでそういう事はしませんでしたね。あの……前々から疑問に思っていたのですが、レイスさんとリュエ様を召喚した方は……?」

「召喚はしたけど一緒に生活はしていないよ。私達には旦那さんがいるから……ね?」

「そういう事です。必ずしも召喚者と一緒にいるという訳ではないんですよ」


 ヨシキの正体に近づくような情報は極力隠す、という方針の元、真実は隠される。


「そういえば……初めまして、ですよね? ユウキの後輩だとか……」


 そこで納得し、次にイクシアは、今日この場に同席している、初めての人間に話題を移す。


「初めまして、イクシアさん。ユウちゃん先輩にはたくさんお話を聞いています」

「ユウちゃん先輩、ですか? ふふ、仲が良かったんですね」

「ええ、とても。……本題を先に話すべきでしょう。私は今日、ある意味では魔王カイヴォンの代理としてここにいるような物ですから」


 すると唐突に、この年若い娘から強烈なプレッシャーを感じるイクシア。

 本来ならば出るはずのない名前が口から出た事で、警戒心を露わにする。


「貴女は何者です。ユウキの後輩ではないのですか」

「後輩です。そして今回の結末を予期していた……いえ、事前に魔王カイヴォンに聞かされていた人間です」

「な……貴女は本当に何者なのですか。ユウキの……敵なのですか?」


 一触即発の空気が立ち込めつつある中、その空気をリセットするような声が上がる。


「軽食だよー! チーズバーガーだよー! 出来立て熱々だよー!」


 トレイにたくさんのバーガーを乗せたリュエの登場により、空気が霧散する。


「ほらほら、お腹すいてるから気が立っているんだよみんな。ほら、ホソハちゃんももう少しリラックスして。気が逸る気持ちも分かるけど」

「申し訳ありません。イクシアさんも申し訳ありません。ですが今言ったことは事実です」

「……食事が終わってから、その本題をお願いします」


 そうして奇妙な空気の中、食事会が進む。


「うっま! ヨシキさんって何作っても美味しいんですね!?」


 唐突なキャラ崩壊。ホソハは食べなれない料理を口に、ついつい口調を崩してしまう。


「ねー? ホソハちゃんあんまりヨシキが作る料理食べた事ないもんね?」

「む……確かにこれは美味しいですね。佐世保バーガーをリスペクトしたボリュームでありながら重くない……食べやすさを追求した一品ですね」


 ホソハとリョウカがそう評価していた。

 イクシアも、今だけはこの料理に舌鼓を打つ。

 お腹も落ち着いたところで、リュエからここ半年近く日本を離れていた理由が語られた。


「一年前の事件で、地球はこれまでよりもグランディアと深く交わったんだ。今までは日本、ハワイ諸島、オーストラリアで顕著に観測されていた魔素、魔力の元になる粒子だけど、今では世界中でかなりの濃度で検出されるようになってるんだ」


 そこにホソハの補足も入る。


「故に、元々植樹地候補であったオーストラリアの霊地では、グランディアの聖地と同等の魔力濃度が観測されています。その場所で私とリュエさんは共同研究を行っていたのです」

「なるほど……ホソハさん、貴女の正体は追及しません。リュエ様と研究をされていたという事は、良からぬ企みを持っている訳ではないのでしょう。きっと私以上の研究者なのですね」

「違うよイクシアちゃん。ホソハちゃんは私以上だよ」

「な……リュエ様以上の人間が存在するのですか」


 脱線した話を戻す。


「私とホソハちゃんの研究テーマは“時空の超越”。かつて、私とレイス、そしてリョウカが研究の果てに、グランディアと地球を繋いだ研究を、さらに発展させた物なんだ」

「……異なる世界同士を繋ぐ事で、本来とは異なる世界が誕生したのが今回の事件の原因です。だから、私とリュエさんは異なる世界……というよりも、別な歴史を歩んでいる世界。便宜上“世界線”と言いましょうか。異なる世界線の人間だけを、世界に影響がないようにこちらに召喚する術式を研究していたんです」

「ただ、これも原理回帰教の時みたいな問題を引き起こす可能性もある。だから、呼び出すのはあくまで霊体。召喚実験と同じように、もうこの世に存在していない物を呼び出す術式にしようと研究していたんだよ」

「つまり現存の召喚実験の術式を、異なる世界線まで対象にするように改良していたのです」


 その説明が終わると、イクシアはただ自分が想像も出来ない次元の話に驚くばかりでいた。

 知的好奇心を刺激され、その術式でどういった事が可能となるのか質問しようとする。

 純粋に学者としての知識欲から興奮していた。

 だが――


「……後は、確実に目当ての存在を呼び出す為の道しるべが必要だった。本来、次元を超えて目印を残すなんて無理だけれど、どういう訳か……イクシアちゃんの思いは彼に繋がっていたんだ。それはもしかしたら“愛の奇跡”なんて俗っぽい理由かもしれないし、単純に“ものすごい幸運”を手にしていたからかもしれない」

「そして、術式により霊体だけをこの世界に呼び出すというのは『正しい手順でこの世界に順応した存在に変換されて呼ばれる』という事なんです。だから世界への負担もありませんし、その存在が世界に揺らぎを、悪影響を与える事はもうないんです」

「あの、私の思いとは……?」


 ここまでの説明で、何が可能なのか。何が出来るのか。

 そして自分の名前が出た事に疑問を持つイクシア。


「思いだよ。ただの思い。『大好き』だとか『一緒にいたい』とか『愛している』とか、純粋で、誰もが抱く自然な感情。それが、目印になってくれているんだよ」

「幸い、イクシアさんはまだ召喚実験を行った事がありません。貴女が行えば、より可能性は高まるでしょう。既に旅券は手配済みですよね、理事長先生」


 リョウカにそう訊ねると、イクシアに明日すぐにオーストラリアに発つようにと指示を出す。


「あの、お話が読めないのですが……実験に私の力が必要……という事ですか?」

「イクシア……相変わらず貴女は察しが悪いですね……」

「おか……レイスさん?」

「……貴女に、ユウキ君の魂をこの世界に召喚しろと言っているんです。この術式は次元の壁も時間の壁も超えるんです。ユウキ君が元の世界で天寿を全うしたその後の魂を呼び出すんです。かつて……ユウキ君が貴女にしたように、今度は貴方がユウキ君に同じことをするんです。過去ではなく、未来に向かって」


 それは多くの人間が協力し、細い糸を手繰るような可能性を紡ぎ続けて、ようやく完成した一本の綱。

 文字通り綱渡りの賭けだが、その賭けを支えるのは最高の天才魔導師と、原初の魔王の加護。

 賭けはもはや成立しない。確定した結果を、イクシアにもたらすだろう。


「……皆さんは、ずっと……この為に動いていたのですか?」

「……うん、そうだよ。ヨシ……魔王カイヴォンが出した結論。ユウキ君の殺害に対するカウンターとして、随分前から準備していたんだ」

「私も、魔王様から事前にリュエさんに協力するようにお願いされていました。ユウキ君との戦いに赴く前から既に」

「あの男は本当に秘密主義で不器用ですが、彼曰く『打算込みで戦っても世界は納得しない』からと、ユウキ君本人にも決して明かさなかったようです」


 世界の崩壊を止めるには、ササハラユウキの殺害は絶対条件だった。

 だが、その後に救いを与える事は文字通りの賭けであったという。

 そして『どうせ自分も助かる』という気持ちで戦うユウキが、世界の意思に認められ、この世界に再び現れる事はないだろうと考えた結果、何も教えずにただ全力で戦う事にした、と。


「……明日、朝一番で空港に向かいます」

「ええ、準備は既に始めています。待っていますからね、イクシアさん」





 そうして全ての準備が整ったところで、静かにバーのバックヤードに潜んでいたヨシキは、魔王の力を人知れず行使する。

 イクシアの身に、最上の『幸運』を付与するという、最後のダメ押しを。


「……これが最初で最後の父親らしいプレゼントだ、イクシア」


 キッチンで一人、冷めたチーズバーガーを齧りながら、ヨシキはそう独り言ちるのだった。

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