第二百八十八話
(´・ω・`)青春物語かな?
「ササハラ、お前は放課後生徒指導室に来るように」
「えー、なんでですか」
高校最後の夏休みを目前に控え、どことなく浮ついていた心に注ぎ込まれる冷水のような先生の言葉に、上がったテンションが一気に地下深くまで落ち込んでしまう。
せっかく今日の積みゲー消化について考えていたというのに。
放課後、俺を待ち受けていたのは、なにかやらかした事への説教ではなく、極めて真面目な進路についての話だった。
「ササハラ、市の職員さんとも相談したんだが……県内で進学する分には今からなら十分間に合うし、もしも就職を希望するなら、同じく県内なら役場の方からいろいろ紹介してくれるって話だ。お前、進路相談では就職って言っていたが、具体的にはまだ決まっていないのか?」
「あー……確かにそろそろ決めないとっすよねぇ……正直、奨学金の申請は通る可能性が高いとは言われてるんですが……」
「担任としては進学を勧めたい気持ちもある。だが……事情を知っている身からすると、就職も応援したいんだ。ササハラ、そろそろ本気で考えてみてくれ。どちらを選んでも全力でサポートする。お前、要領は良いからな、正直なんとかなるって理由もなく思ってしまう」
たぶん、俺は教師に恵まれているのだと思う。
いや、周囲の大人に恵まれてるって言った方が良いか。
死んだ爺ちゃんと婆ちゃんの知り合いだってみんなよくしてくれる。
『高校を出たら自分のところで働かないか』なんて誘いだって、何件かある。
でもなぜだろう。どれも、しっくりと来ないんだ。
夢なんてないし、なりたい職もない。
ただ、好きなことをして生きていけたらそれでいい。そんな自堕落な考え、自暴自棄になりつつある思考で日々を過ごしているのだと自覚している。
でも……。
俺は、結局就職を選ぶことにした。
役場の職員さんに、実家からは結構離れてしまうが、養護施設で住み込みの職員を募集しているという話を聞いたんだ。
そこでは様々な資格の勉強も働きながら出来るし、自分のように身寄りの無い子供の助けにもなれる、というのが、少しだけ心を動かした。
もともと田舎暮らしだから、辺境のド田舎だろうとやっていける自信はあったし、実際大抵の事はこなせる。
ほかの職員の皆さんとの関係も良好だ。
「なにより嬉しいのが……田舎なのにゲーセンがあるって事だよなぁ」
厳密には少し離れた場所にある百貨店のアミューズメントコーナーだけど。
ただ、最新の筐体も入るし、店員が積極的に店内の大会を企画したり、割と賑わっている。
県の中央から猛者が遠征に来る程度には格ゲー大会も盛り上がっているし。
就職してもう一年が経過したけれど、なんだかんだ充実した日々を過ごせている。
でも、時折胸に去来するこの寂しさはなんなのだろう。
この焦燥感は、この違和感は、いったいなんなのだろう。
この施設を卒業という形で、就職や進学の為に出ていき、それぞれの生活を歩みだした子供達もいるとそうだ。
ある日、俺がここで働き始める直前に卒業し、成人して今は一人で暮らしているという女性が、里帰りという形で施設を訪れていた。
「へぇ、じゃあ私が出ていったすぐ後にここで働き始めたんですね」
「そういうことになりますね。――――さんは今は県外なんですよね?」
「はい、東京の小さなIT関係の会社で働いてます」
「へぇ、東京まで出るのって大変じゃなかったですか?」
「そうですねぇ……」
施設の園長が来るまで、この卒業生の相手をしていた俺は、年が近い事もあり思いのほか楽しく時間を過ごしていた。
どうやらそれは相手も同じだったらしく、帰り際に連絡先を交換する事になった。
「ササハラ君、あの子の相手ありがとうね。ちょっと手が離せなくて悪い事しちゃったわねぇ、せっかく来てくれたのに」
「来月もまた来るって話ですし、その時に埋め合わせでもしてあげたら大丈夫ですよ」
「そうね、しっかりおもてなししないと。ササハラ君もあの子との時間が取れるようにしてあげるわね」
「え? まぁ別にいいですけど」
出た、ご年配のおばさま特融の謎の気配りとお節介。
俺はともかく――――さんは迷惑だろうに。俺も調子に乗ってあんまり連絡とかしないようにしないとな。
――――さんは、連休の度に施設に足を運ぶようになった。
最近の時勢もありリモートワークが多いらしく、もともとデスクワーク主体の職種だという事もあり、ついには施設の近所にアパートを借りるまでになっていた。
ちょくちょく施設に来ては、子供達の遊び相手になり、また年頃の女の子の入居者には、先輩として助言、男の俺には相談しにくい事も相談されているようだった。
俺? 俺は基本的に力仕事オンリーです。嫌だなぁ……背は伸びないのに筋肉だけ増えて。
「ユウキさん、車の免許取ったんですか?」
ある日、また遊びに来ていた――――さんに声を掛けられた。
「うん。軽トラの運転とかも代われるようになるしね。子供農園の手伝いに便利だろうなって」
「なるほど……ユウキさんってこの施設に縁のある人……っていう訳ではないんですよね?」
「うん、そういう訳じゃないね」
「でも、凄く園の為に積極的に働いてくれてるし、今だって免許も取って、資格だって他にいろいろ園に役立つ物を取ろうとしてるって園長先生に聞きましたよ」
自分でも、なぜか分からないけど、この園の為に働きたいと強く願うようになっていた。
何故かは分からない。俺の境遇がそうさせている……訳でもないと思う。
「ユウキさん、今度どこかにドライブに連れて行ってくださいね」
「運転に慣れてからね。免許取り立てではしゃいで事故……なんてごめんだからさ」
「そうですねぇ……」
俺は、ケタケタと笑う――――さんを見送り、施設にある自分の部屋へと戻る。
充実、している日々だ。それなのに、どうして、俺は今日も部屋で泣いているのだろう。
幸せの絶頂、なのかもしれない。
これが、俺の求めていた一つの到達点なのかもしれない。
俺にはもう家族はいなかった。だから、孤独に死んでいくのだと心の中で覚悟していた。
でも――
「おめでとう、ユウキ君、――――ちゃん」
「ありがとう、園長先生」
「ありがとうございます……俺達の為にこんな素敵な式まで用意してもらって……」
俺は――――さん――コウネさんと結婚した。
卒業生である彼女と度々顔を合わせ、年も近い事から一緒に遊んだりもしていた。
いつしか、俺達二人はこういう関係になり、そして――
「ユウキさん……末永く宜しくお願いします」
「コウネさん……」
涙が、頬を伝う。これは嬉し涙なのだろうか?
いや違う……これはいつもと……何故か毎晩一人で流す涙と同じだ。
理由なく、謎の罪悪感と焦燥に駆られる涙と同じ物だ。
「ユウキさんまで泣いて……もう、めでたい日、ですよ?」
「違うんだ。うん、違う。なんでだろうね、こんなにめでたい日なのに、なんで……だろうね」
なぜ。最愛の人と結ばれたのに、なぜ俺は涙を流している。
この感情の湧きどころはどこだ。
「ユウキさん?」
「コウネさん……あの、俺……」
違和感が、大きくなる。
何かがおかしい。
結婚を祝うたくさんの縁者の皆さん。
それなのに、俺はこの人達を見たことがない。
なんで、俺は知らない人達に囲まれて……なんで、こんなに虚しいんだ。
「コウネさん……あの人たちは……誰?」
「え? ユウキさんも挨拶に来てくれたじゃないですか。私の両親ですよ?」
「そっか、そうだったよね」
ああ……そうか。ほころびがようやく見えた。
そうか……これは……そういう事だったんだ。
「……俺の深層心理がそうさせてるのかなぁ……でも俺……心に決めた人、いるんだけどなぁ」
「ユウキさん……? あの、何を言ってるんですか?」
「コウネさん、ここの園出身なのに、祝ってくれる両親もいて、凄い恵まれてますね」
「はい、そうです。私は両親に恵まれているんだと思います」
「ご両親は海外の方なんですね。そういえばコウネさん……髪の色、変わったんですね」
「はい、そうナンです。水色に戻りマした」
少しずつ、世界が壊れてくる。
違和感が、矛盾を壊し始めていく。
「……BB。これは随分と質の悪い攻撃ですね」
俺は、いつの間にか握られていた刀を振るい、会場を破壊する。
悲鳴と共に消える参列者、結婚相手。
そして世界が割れる音がした――
「……意外と早かったね。このまま全て吸い取るつもりだったのに。せめて、幸せな夢の中で逝ってもらおうと思っていたんだけどな」
長い長い夢から覚める。いや、たぶん実際には一瞬の出来事だったのだろう。
俺に手をかざし、何かを吸収しているBBから、飛び退り逃げ出す。
無論、同じく隣で気を失っているイクシアさんを抱えながら。
「もうじき、彼女も目覚めるよ」
きっと、俺と同じように『ありえたかもしれない夢』に囚われているであろう彼女を揺すり呼びかける。
「……本当に、俺が死ぬしか道はないんですか?」
「ああ、もう間に合わない。君が死に、崩壊しつつある世界に余裕が生まれた後に修復を始める。それくらいもう追い詰められているんだ」
「……でも、俺はこの世界で生きることを諦めたくない。死んでいった仲間の為にも、少なくともここで貴方に屈する訳にはいかない。それに、貴方は危険すぎる」
「そうだね、俺は危険だ。だからこそ計画に先んじて俺の力を封じたんだろうね、セイメイは」
その時、腕の中でイクシアさんが目を覚ました。
どんな夢を見ていたのかは分からない、でも彼女は目覚めた時……涙を流していた。
「……残酷な事をしますね、BB。己の精神に自ら攻撃させる術……ですか」
「正解。相手の心に相手を封じ、無抵抗にさせる術。余程、酷い世界にいたみたいだね」
「…………途中で世界が壊れました。ユウキが私を連れて逃げたおかげでしょう」
「良かった。俺も……酷く悲しくて、でも少しだけ幸せな……残酷な世界でしたよ」
あれは、俺が望んでいた世界なのか?
それとも『もしもこの世界に来なかったらありえたかもしれない世界』なのか?
分からない……俺には判断が出来ない。でも、少なくとも俺の意識はコウネさんをお嫁さんにしていた。イクシアさんでは都合が悪かった?
途中で目覚める可能性が高かったのだろうか、イクシアさんでは。
「……ユウキ、これを。回復薬です」
「助かります……これならまだやれます」
「どうやら、随分と彼に上等な薬をこれまで飲ませてきたようだね。回復力がそもそも人間離れしている。厄介だよ、本当に君は」
BBが次の術を発動させるのを止める事は出来ないと思う。
この人に……躊躇なんてない。ただ呟くだけで発動してしまう、恐ろしすぎる術。
けれども、直接戦わないのはなぜなのだろう? もし、そこに何か勝機があれば――
「しかし、そのおかげで君からたっぷり魔力を吸わせてもらった。そろそろ決着をつけようか」
もはや止められない。ならば待ち構え、正面から打ち破るしかない。
そう開き直ってというのに……なぜか、BBは再び闇魔導で剣を作り上げ構える。
「……ユウキ、嫌な予感がします」
「プレッシャーがぐっと増しましたね」
ここに来てまた直接ぶつかる事になるのか!?
だが、その方がまだ勝機が残されている。ここまで弱体化している今のBBなら――
「『“緋天”加具土命の呪い』『“火煉”不知火の呪い』」
けれども、BBは呪いを二つ発動させた。
今度も何も起きない、見えない何かが襲ってくるであろう術を。
が、目に見えて変化が現れた。
……BBの身体に。
「今度は少し、趣向を変える。この術は相手を害する物じゃないよ。単純に――自己強化だ」
その瞬間、空気が震えた。
全身の毛穴が開いたような感覚がした。
圧倒的なプレッシャーが、一人でに足を後退させる。
それは『あの夜、玉座の間で対面した原初の魔王』を彷彿させる程。
「ユウキ!! 防いで!」
「な!」
その刹那、目の前に現れたBBが剣を振るい、それを受けとめ損ねる。
一瞬遅れた反応は、BBの攻撃を刀身ではなく、剣の柄頭で受ける事になった。
剣がすっぽ抜けそうになり、大きな隙が生まれてしまった。
すぐさま距離を取ろうとしても、追撃がもう目の前まで迫っていた。
が、青い炎がそれを退ける。
「助かりました……イクシアさん」
「……手ごたえが少し異常でした。ユウキ、注意して下さい」
ここに来て、最盛期に近い力を取り戻したBBと、直接対決となる。
……参ったな。これ、勝てるのか……?
(´・ω・`)おめぇ反則ばっかりじゃねぇかよおめぇ!




