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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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第二百八十七話

「ここまでするのですか。世界の為に罪のない人間を手にかけるのですか!」

「……流石に貴女の相手は厄介だ」


 イクシアが全身に雷を纏い、背に光の翼を背負い、高速で接近戦を挑み始めていた。

 BBも苦戦し、距離を取る程の猛攻。

 ユウキですら迂闊に援護に回れない程の激闘。

 空が幾度となく光り、衝撃波がユウキ達にまで届いてくる程に。


「コウネさん、戦闘用意。アラリエル、最大規模で闇魔導展開。黒い粒子みたいなの、戦場にばら撒いておいて」

「……やるんだな?」

「うん。俺の魔導は風の牢獄。一緒にアラリエルの魔導も閉じ込める。削り切るよ、BBを」

「私はどうします? イクシアさん、まだ押し込めていますが……魔力はそこまで持たないと思います」

「厳しいかもしれないけど、イクシアさんの援護をお願い。このメンツで一番魔法に秀でているのはコウネさんだから」

「了解。正直もう心が折れそうですけれど、やるしか……ないんですね」

「だな。確かに今ここに来ている俺らSSクラスが全員死ねば世界は救われるんだろうけどよ……納得なんて出来ねぇんだわ」

「もう、四人だ。四人も命を落とした……それでも、俺達は立ち止まれないのだな。ユウキ、俺はどうする。お前の指示が欲しい」

「ショウスケの戦法はたぶん、あの次元の戦いにはもう通用しないと思う。いいかショウスケ、とにかく援護に回るんだ。魔法の弾幕でも目隠しでも良い、何か危機が訪れたら一瞬でもいいから時間を作るんだ。それで、助かる命もある」

「了解だ。俺の分の薬はお前が持っていてくれ。いいか、今生き残るべきはお前なんだ、ユウキ」


 決死の覚悟で挑む決意。

 確かに死んでしまったクラスメイト。

 自分の我儘が引き起こした惨劇。

 それらの現実がユウキを蝕み、精神が摩耗する。

 だがそれでも立ち向かう。




「貴方は、貴方こそが存在してはいけない! 貴方は容易く世界を壊してしまう!」

「正解だ。だがその意思は僕にはない。だが、彼は意思がなくても世界を破壊する」

「私がさせません! ユウキは……世界の異端などではありません!」

「異端だよ。それだけは事実であり、誰にも代えられない真実だ」


 全力のイクシアの攻撃に身体を焦がし、少なくない怪我を負わされるBB。

 だがそれでも仕留めきれない。

 ユウキの『再現』により、確かにイクシアの強さはBBにすら匹敵するまでになっている。

 だが……BBは着実に、次の手を、最終的な目的の為に動いていた。


「だとしても! 短絡的にあの子を――」


「『“流転”逆月(さかつき)の呪い』会話が長いぞ、だからこうして隙が出来る」


 地面に倒れる伏すイクシア。離れていたユウキ達もまた、地面に倒れ動けないでいた。

 起き上がろうともがく度に、地面に強く押し付けられる。

 這ってでもイクシアの元に向かおうとしても、身体はでたらめに動き、前に進まない。

 アラリエルもコウネもショウスケも、呼吸すらままならない状態で身体を痙攣させていた。

 イクシアもまた強く地面に縫い留められ、動こうとしても意思通りに動かない身体に、この呪いの意味、効果を考えていた。

 だが、考えようとしても考えがまとまらない、思考が流れて消えていく。

 呼吸すら、息の吸い方すら分からない程、身体の自由が効かなくなっているのだから。

 BB以外の全員が、まるで意思を奪われたかのように、肉体の支配権を失ったかのように、地面でモゾモゾと死にかけの虫のように蠢くことしか出来ないでいたのだった。




「……これで時間が稼げるな」


 誰も止める者がいなくなった事で、ゆっくりとユウキの元へ向かうBB。


「あー、聞こえているかな。悪いがこれでゲームセットだ」


 ユウキの元へ向かったBBは手を空に掲げる。


「“破天”――」

「ダア!」


 BBが手を上空に掲げ、今まさに新たな術、止めを刺そうとした瞬間、倒れ蠢いていたユウキが唐突に飛び起き、完全に隙を見せていたBBに、ようやくクリーンヒット、傷を負わせた。


「驚いた……マジでか。この呪いの中で自由に動けるのか」

「ジリュウなかジァなです」

「……辛うじて聞き取れる程度には言葉も使えるか。とんでもない適応能力だな」


 ぎこちない言葉で話すユウキは、この呪いの攻略法だけはすぐに発見していた。

 地面に倒れる時に感じた『自分の意思とは裏腹に膝から崩れ落ちていく感覚』。

 そして起き上がろうとしても思うように身体が動かない状況。

 そこから、この呪いが身体の操作が全てがバラバラになる呪いだと仮定したのだ。

 それはまるで『ゲームのコンフィグ設定をデタラメにされた』ようだとユウキは考えた。

 なら、後は再現とイメージで打ち破る事が出来たのだ『自分を再設定しなおすイメージ』で。

 イメージの具現化が出来るからこそ、打ち破れたのだ。

 そうして、ついにユウキはBBに大きな一撃を入れたのだった。


「痛いな。その刀はやっぱり危険だ。龍特効……俺には意味がないはずなんだがな」

「やっぱり、かいふクはできナイみたいですね」

「しかしまぁ、そんな鈍った身体で立ち上がったところで、結果は変わらんよ」


 BBと切り結ぶ。だがそれも一時のこと。

 身体の自由を取り戻せたとしても、それは完全ではない。今もユウキは呪いに苛まれている以上、その動きは徐々に鈍っていくのだった。

 そして、大きく弾き飛ばされ、再びユウキが地に伏すのは必然だった。


「……『“破天”赤月の呪い』」


 誰も止める人間がいない中、BBは戦いを終わらせる為に最大の呪いを発動させる。

 それは、ユウキ達が数刻前に体験した『隕石の襲来』によく似た光景だった。

 空を覆いつくす、深紅の満月。

 血の如く紅い月が、世界を赤く照らし出し、ゆっくりと近づいてくる。

 ユウキは未だ呪いから解放されない身体をノロノロと動かし、空を仰ぐ。


「な……なんだよあれ……」


 確実な死。さもすれば異界その物が全て破壊されつくすような巨大なソレの襲来は、間違いなくここにいる全員が消えてなくなるような術。

 蓄積されたダメージで全身が軋む中、ユウキは死力を振り絞り、同じく倒れている他の人間をなんとか回収する。

 だが、大人の男二人に女二人、合計四人を同時に抱えて移動するのは酷く困難だと分かっていた。


「ユウキ……下ろしてくれ。お前は生き残るんだ」

「だな。俺とコトウは置いていけ。なんとか耐えられねぇか試してみるわ。コイツなら地中深くまで穴も掘れんだろ。俺の魔法で補強すりゃシェルターになる」

「そういう事だ、ユウキ。満足にまだ走る事も出来ないが魔法は使える。コウネさんとイクシアさんを連れて、出来るだけ遠くへ走るんだ」


 四人の内、ショウスケとアラリエルが、自らを置いて行けと提案する。

 それを……否定出来る程の力が自分にはない事を、代案を出せる程の時間が残されていない事を、ユウキはよく理解していた。


「クソ!! 絶対生き残れよ二人とも!」


 コウネとイクシアを両脇に抱え、全速力で離脱する。

 関節が、骨が軋むほどの速力で、この襲来する赤い月から逃れる為に。

 風が、赤い光が、轟音が大きく強くなっていく中、振り返らずに、空も見ずにひたすらに逃げ続ける。

 だが気が付いていたのだ。もう間に合わないと。


「う……ユウキ……状況を……」

「イクシアさん!? 今逃げてます、空から月が落ちてくるから!」


 その時、両脇で気を失っていた二人が目を覚ます。

 どうやら呪いの効果範囲から逃れたのか、身体の自由を取り戻しているようだった。


「っ! ハァ……やっと呼吸が自由に出来る……ユウキ君、聞こえていましたよ。すみません、このまま抱えられて移動するよりも試したい事があります」

「私も自分で移動出来ます、このまま私を前方に投げてください」


 全力の逃亡の最中、ユウキはイクシアを投げ飛ばすと、そのままイクシアは光の翼を背中に纏い、高速で飛行移動を始める。

 対してコウネは――


「たぶん、時間稼ぎくらいにはなると思いますので、出来るだけ遠くに逃げてくださいね」


 地面に下ろされたのと同時に、空へと飛翔する。

 氷の台座を幾つも地面から生やしながら、まるで月を受け止めるかのように、次々と氷柱を飛び移り、空へと向かっていく。


「コウネさん!?」

「いいから走って二人とも!」


 空を覆っていく氷の天井。

 持てる全ての魔力を、分厚い氷の板へと変化させ、巨大すぎる月の襲来を受け止めようと試みる。

 しかしそれが無駄な抵抗だと、時間稼ぎになるかも分からない細やかな抵抗だという事は、コウネにも、傍目にも明らかだった。


「私がいない分、もっと速く移動出来ますよね、ユウキ君」


 百も承知でユウキから離れたコウネ。

 自分の氷で月を受け止めるなんて、不可能だと分かっているのだ。

 だが――


「私にも……出来るんですかね……」


 迫りくる月を凍らせる事が出来るだろうかと。

 この土壇場で、コウネは『ただ出来るか試したい』という気持ちだけで、それを試みる。

 かつて、ユウキが参考にした一つの魔導書。

『天才! 今日から君も大魔導師! 凄いぞ、こんな大きな氷も一瞬で作れちゃうんだ』。

 ふざけたタイトルではあるが、最も高度で難解な魔導が幾つも記されている一冊。

 風の檻や風の分身、高度過ぎる魔導の数々が記されていた、神話時代の遺産の一つ。

 その一節にある『光を凍らせる事は内部の時を止めるに等しい。時を凍らせる事は通常の魔導師には不可能でも、ほぼ同一の効果、時を半永久的に遅延させる紋章も私は生み出した』という一文。コウネは……それを試したのだ。


 本来、不可能な紋章魔導。技量も魔力量も『この本の著者』には遠く及ばないコウネには到底扱えない魔導。

 だが、今のコウネは『魔王に挑む勇者一行』の一人なのだ。

 そう、再現がコウネにも適用されているのだ。

 故に、一瞬の奇跡が生まれる。

 赤い月が、一瞬にして『青い月』に生まれ変わり、時が止まる。

 それもほんの一時の出来事。すぐにコウネの魔力は尽き、その身は空の氷上に倒れ伏す。

 自分の魔導が一瞬だけでも成功し、最愛の人間が逃げる時間を稼げた事に満足しながら。


「なんだ……結構私もやるじゃないですか……お腹、すきましたねぇ……」






 森を抜け、荒野を駆け、草原を渡る。

 迫る赤き月と、照らし出す赤い光から逃れようと逃げ続けるイクシアとユウキは、ほんの一瞬……一瞬だけ赤い光が消え、赤い月の動きが止まった事に驚愕しながら――覚悟を決めた。


「イクシアさん、これ逃げきれません。なんとか威力の相殺、生き残る為に準備をしましょう」

「そうですね。では……月がまた動き出す前に全てを終わらせます」


 イクシアは、持てる全ての魔力を得意な魔法である青い炎と雷に変化させる。

 コウネやセリアとは比べ物にならない保有魔力が、全て魔導となり空に滞空する。


「ユウキ、これを取り込みなさい。風の檻、その中に」

「はい!」


 風の檻の中に、特大の魔導が二属性分取り込まれ、風に圧縮される。

 無限とも呼べる風の斬撃と二つの属性。二人が協力して作り上げた魔導は、まさしく天災と呼べる程の破壊力を有しているようだった。


「……月が、動き出した」

「……ユウキ、タイミングは任せました。……もし失敗しても、私は最後まで貴方と共にいます。だから安心して……やりなさい」


 死に瀕してなお、息子の為に自身の恐怖を殺し、信頼と共に安心をユウキに捧げる。

 やがて、赤き月が眼前へと迫る。

 不気味な、不吉な、終わりをもたらす為だけに紡がれた呪いの赤月が。


「……ぶっこわれろ!」


 瞬間、異界の全てが光に飲み込まれる。

 絶対の死、逃れられない死を打ち砕かんと放たれた魔導。

 それは確かに……月に大穴を穿つ。

 そう、穴を穿つに留まったのだ。

 ユウキとイクシアだけが直撃を免れる、そんな大穴を。


「――ガハッ」

「ふぐ……う……」


 余波が、衝撃が二人を飲み込む。

 一種の幻であるはずの呪いが、現象として大地を、異界を破壊しつくす。

 直撃は避けられても、そのダメージは深刻だった。

 虫の息の二人は、懐からイクシアの薬瓶を取り出し口に含む。

 副作用や後遺症の恐れはあっても、命を繋ぎとめるにはそれしかないからと。


「耐え……た……生きてる……」

「やりました……生き残りました……」

「でも――」


 もう、何もなかった。

 自分達の立っている場所すら、ただの瓦礫の山。

 目に映るのは、何処までも続く荒野。

 亀裂も裂け目もすべて、消し飛び砂塵と消え、新たな裂け目と亀裂が、砂漠と化した異界に新たに生まれていくだけという光景。

 一切合切が消し飛んだのだ。


「コウネさん……ショウスケ……アラリエル……」

「みんな……私達以外、みんな――」


 選択の責任。『生きたいという願い』が生んだ代償が、仲間達の死。

 その事実がユウキに重くのしかかる。

『自分が死んでいれば、こんな事にはならなかった』という思いは確かにあった。

 だがそれを、口にはしないユウキ。

 自分がそれを言ってしまっては、皆が報われないからと。

 ……そして、きっと『この相手も許してくれないだろう』と。


「……よく、生き残った。最終手段で全てを壊すつもりだったのに」

「もう……俺を殺すことを諦めてください、BB。時間がもうないんですよね。一緒に、世界の崩壊を止める方法を考えませんか……」

「そうです、BB。貴方の力は……人知を超えています。その力を利用すれば、何かできるかもしれないではないで――」



          「“偽典”ありし日の呪い」


(´・ω・`)こいつマジで容赦しねぇな嫌いだわ

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