第二百八十六話
どうすればいい。俺は、死ぬしかないのか。
これが我儘だって事は分かってるんだ。俺が、世界に残された異物だって事は。
仮にここでBBを退けても、残るのは壊れかけの、残り時間がわずかな世界のみ。
この戦いに、本当に意味なんてあるのだろうか。
……自己満足。
死ぬなら、戦って死にたい。
そんな後ろ向きな理由で戦っているんじゃないのか? 俺は。
「みんな……逃げた方がいいのかもしれない」
「ユウキ!!!! だったら貴方も逃げるんです! ノースレシアに向かえば……リョウカさんも先生達もいます!」
「そ、そうだ……一時退却を――」
瞬間、次元の狭間が変化した。
裂け目が広がり、穴となる。
穴が無数に生まれ、向こうの光景が切り替わる。
知らない町、知らない都市、見知らぬ人々。
その見えている先で、この異常事態に逃げ惑う姿が、魔物から逃げ惑う姿がこちらに映る。
「もう時間がないと何度言えばわかる。もう境界が壊れた。さっきのように逃げる事なんてもう出来ないと思え。もう一度言う。諦めてくれないか。世界の為に、愛する家族の為に、大切な友人の為に」
「俺は……」
なんでなんだよ。俺、訳も分からず迷い込んで、それでも必死に生きてきただけなのに。
俺は幸せになっちゃいけないってのかよ!
「……ユウキ、私は貴方が殺されるのなら、一緒に死にますからね。ユウキのいない世界で生きていくなんて」
「イクシアさん、それは言っちゃダメです。生きるために戦っているんです、俺は。だから絶対に言わないで」
「……でも、私は……ユウキがいないと……」
いつの間にか、俺とイクシアさんの関係は、変わってきていたのかもしれない。
俺はイクシアさんにだけは生きていて欲しいから。
「くそ……どうすりゃいいんだよ……最後に待ってる敵が……こんな化け物なのかよ!」
カイの嘆きに、BBが反応した。
「心外だな。今、世界を脅かしているのは君達の方だ。このままでは君達の家族も、知り合いも、近所に住む人間も、話した事のある子供も、誰もかれもが世界と一緒に滅ぶ。いいか、君達がしている事はそういう事なんだ」
「く……くそ……くそぉ……!」
その通り……なのかな。
でも、俺は……まだ諦めたくない。
「もう一度、仕切り直しだBB」
「……まだ誰も折れないか。俺は、可能な限り犠牲を減らしたいのに」
俺じゃ勝てないのか。俺は、この相手を越える想像を、再現を出来ないのか。
もう、心が、俺の心が折れかかっているのか?
いや、そんな事はない! そうだ、これは『そういうこと』じゃないか!
「まだだ……まだなんだよ……そうだよ……この状況なんて……再現ですらない、そのものじゃないか」
俺……今、沢山の仲間達と共に……最大の敵に挑んでいる最中じゃないか。
……そうだよ、この最強の敵に……『原初の魔王』に挑んでいるんじゃないか。
「……みんな、もう一度挑むぞ。これは最後の戦い、俺達が勝つべき戦いなんだ。どんな結果が残るだとかは今は考えるな。俺達はこの最後の敵に……みんなで挑むんだ」
そうだ、これはもはや再現じゃない『そのもの』の光景だ。
『最も使い古された』『最も王道で』『最もありふれた光景』だ。
そっちが原初の魔王なら……俺は、俺達は、このシチュエーションは……『原初の再現』なんだ。
「行くぞBB!」
一ノ瀬セイメイとその部下により、かつて『原初の魔王』の力は殺された。
故に、今のBBことヨシキに扱える力には限りがある。
それでも、一般人と比べて隔絶した力を持つ事に変わりはなかった。
それは、今SSクラスの生徒とイクシア、ユウキの猛攻を耐え凌ぎ、あしらい、圧倒して見せている事からも明らかだった。
再び、全員でBBに挑むユウキ達。
既に言葉による意思疎通も、指示もない。
本能と信頼、経験の蓄積で連携を組む。
カイとユウキを筆頭に切り込む。
速度で勝るカイは剣に秘められた『かつての所有者』の力を引き出し、自らの剣に青い炎を纏わせる。
雷の速度と、炎の剣。それはまるで、イクシアの戦い方と見紛うような、圧倒的な攻め。
ユウキの風の力が、カイの炎を強め、BBに直接の攻撃を与えられなくても、着実に熱と、酸素の奪取で妨害をしていた。
ユウキの攻撃も、風の分身により完全に止められることはない。
密集しての攻防故、皆を巻き込みかねないタイレントブレスを発動させられないが、風絶による行動の阻害も、着実にBBの足を止めさせていた。
「……やはり気が付いたか、ユウキ君」
攻められても、それを弾き吹き飛ばし、戦いをリセット可能な程の実力差があるBB。
だがそれでも、BBは苦々しげにユウキに語りかけていた。
「……俺達は貴方を倒す。たとえその先に未来がなくても、可能性を求め続けて」
「ああ……そうだろうさ。君はまさに『主人公』だ」
カナメの上空からの一撃は、常にBBに意識される。
不思議と、止められるはずの攻撃をBBは常に警戒していた。
後方からの狙撃、アラリエルの放つ黒い礫が、ついにBBを捉える。
コウネの凍結魔法により、BBの動きがついに鈍り始める。
地面から突出する石の針が、BBの足を貫き始める。
煩わしそうに、小さなダメージを無視できなくなったBBは、ついに大きく距離を取る。
そう、ユウキ達の攻撃が、ついにBBに通り始めたのであった。
「……そうだ、これは再現だ。『王道であり原初』の再現だ。たとえ、本当はこちらが正義で、君達こそが世界に危機を招く存在だとしても……今この瞬間『君達は最後のボスに挑む主人公一行』だ」
「……そうです。だから俺達が負ける道理はない。貴方は一ノ瀬セイメイを倒すのに、俺達の力を利用した。それは貴方が再現に勝てなかったからだ。だから……同質の力を持つ俺には、俺達には絶対に勝てないんだ!」
そう、その通りなのだ。ユウキ達は、今まさしく『最強の魔王に挑む勇者一行』の再現を繰り広げているのだ。
まさしく原初、RPGの醍醐味であり、最も有名なシチュエーションを、今自分達で再現している。
故に、魔王として、最後の敵として立ちはだかるBBに、しっかりとダメージが通るように……公平に勝利の機会が訪れるようになっていたのだった。
「……流石に今の状況で勝てる程甘くはなかったか。よく、その答えに行きついたねユウキ君。なら俺も……そろそろ勝つためのロジックを考えて動くとしよう」
「させるか!」
何かが始まると察知し、カイは高速でBBに肉薄する。
だが、BBはただ『一言呟いた』だけだった。
故に、止められない。
「“久遠”暁の呪い」
次の瞬間、ユウキ達は見知らぬ草原に立たされていた。
風が草原を吹き抜け、まるで海のように草原がそよぎ波打つ。
綺麗な、清浄な、どこか心現れるような景色に一瞬意識が戦闘から離れる。
「ここは……?」
「空の亀裂も地面の亀裂もなにもない……ここ、どこ?」
「皆さん、気を付けてください。これは幻覚の一種だと思われます」
「イクシアさんの言う通りだと思う。魔力の濃度は低いけど……さっきまでとは別な空間だと思う」
その時、草原の先にある小高い丘の頂上が、暁に染まり、朝日がユウキ達に差し込んで来る。
すがすがしい気持ちにさせるような、新しい朝の訪れを予感させるその光景に、またしても時間を忘れ、この太陽が昇ればどうなるのだろうとその先を知ろうと立ちつくす。
次の瞬間、ユウキ達は見知らぬ草原に立たされていた。
風が草原を吹き抜け、まるで海のように草原がそよぎ波打つ。
綺麗な、清浄な、どこか心現れるような景色に一瞬意識が戦闘から離れる。
「ここは……?」
「空の亀裂も地面の亀裂もなにもない……ここ、どこ?」
「皆さん、気を付けてください。これは幻覚の一種だと思われます」
「イクシアさんの言う通りだと思う。魔力の濃度は低いけど……さっきまでとは別な空間だと思う」
その時、草原の先にある小高い丘の頂上が、暁に染まり、朝日がユウキ達に差し込んで来る。
すがすがしい気持ちにさせるような、新しい朝の訪れを予感させるその光景に、またしても時間を忘れ、この太陽が昇ればどうなるのだろうとその先を知ろうと立ちつくす。
次の瞬間、ユウキ達は見知らぬ草原に立たされていた。
風が草原を吹き抜け、まるで海のように草原がそよぎ波打つ。
綺麗な、清浄な、どこか心現れるような景色に一瞬意識が戦闘から離れる。
「ここは……?」
「空の亀裂も地面の亀裂もなにもない……ここ、どこ?」
「皆さん、気を付けてください。これは幻覚の一種だと思われます」
「イクシアさんの言う通りだと思う。魔力の濃度は低いけど……さっきまでとは別な空間だと思う」
その時、草原の先にある小高い丘の頂上が、暁に染まり、朝日がユウキ達に差し込んで来る。
すがすがしい気持ちにさせるような、新しい朝の訪れを予感させるその光景に、またしても時間を忘れ、この太陽が昇ればどうなるのだろうとその先を知ろうと立ちつくす。
次の瞬間、ユウキ達は見知らぬ草原に立たされていた。
風が草原を吹き抜け、まるで海のように草原がそよぎ波打つ。
綺麗な、清浄な、どこか心現れるような景色に一瞬意識が戦闘から離れる。
「ここは……?」
「空の亀裂も地面の亀裂もなにもない……ここ、どこ?」
「皆さん、気を付けてください。これは幻覚の一種だと思われます」
「イクシアさんの言う通りだと思う。魔力の濃度は低いけど……さっきまでとは別な空間だと思う」
その時、草原の先にある小高い丘の頂上が、暁に染まり、朝日がユウキ達に差し込んで来る。
すがすがしい気持ちにさせるような、新しい朝の訪れを予感させるその光景に、またしても時間を忘れ、この太陽が昇ればどうなるのだろうとその先を知ろうと立ちつくす。
………………
…………
……
その光景が、幾度となく繰り返される。
繰り返されている事に誰も気が付かず、幾度も幾度も、何十も何百も何千も何万も。
途方もない時間を、一つの世界が終わりまた生まれるような途方もない時間を。
しかし、やがて転機が訪れる。
この清浄で神聖な空気、世界に反応した人間がついに現れたのだ。
「……何かがおかしい! みんな、私達はいつからここにいる!? 急いであの丘を越えるんだ!」
清浄な空気という物に人一倍触れてきたミコトが、ついにこの異様な空間が神聖な場所などではないと気が付き、丘を駆け抜け踏み越えて見せた。
次の瞬間……この美しい世界が砕けて消え、ユウキ達は元の世界に舞い戻って来たのであった。
「な、なんだ……今の!?」
「何をしたのです、BB!」
異常な攻撃、何をするでもなく、ただ不可思議な空間に意識でも飛ばされたかのような。
ユウキ達は皆、術の発動前とまったく同じ場所に立ち、説明を求めていた。
……ただ一人を除いて。
「ミコト? ミコトをどこにやった!!!」
ミコトが立っていた場所には、何かの粉だろうか、砂のような何かが積もるだけだった。
風が、その粒子を巻き上げ、空へと消えていく。
「彼女ならもういないよ。今、空に昇って行っただろう?」
「……は?」
「彼女は唯一気が付いたんだ。自分達が繰り返される時の中に閉じ込められているのだと。通常は僕が自分で解除して終わる術なんだがね。でも彼女は自分一人で打ち破り、術を終わらせたんだ。だから――『彼女は約四〇世紀分の時間をその身に受けて風化した』」
人が、粒子になってしまうほどの時間。
途方もない時間。それが、ミコトの身に降り注いだのだ。
突然の死。突然突きつけられる仲間の死。
ようやく自らの感情に、互いの思いに気が付いたカイに突きつけられる死。
「嘘だ! そんな術あるものか! ミコトを、ミコトをどこにやった!」
「限定的なら似たような術を知っているんじゃないかい?」
BBの問いに、真っ先に思い当たったのは、意外な事にキョウコだった。
ミコトと共に、古術学を学んでいたからこそ。
「……ありえません。呪術の類の話をしているのでしょうが、それは対象を正しく認識出来る場合のみのお話です。現象を願い現実の物とする……人ひとりで出来る呪いの範囲なんてたかが知れています」
「そうだよ、呪いっていう物の根源は『願い』だ。願いを叶えさせるには対象を納得、もしくは屈服させないといけない。僕は『世界を納得させるだけの実績と世界を屈服させるだけの力』を持っていた。だからこんな現実を限定的に上書きするような呪いも行使出来てしまうんだ」
あまりにもスケールの違う、そして考え方の違う語りに恐怖する。
今、自分達の前にいるのは、敵対しているのは『なんなのか』と。
「今、一ノ瀬ミコトはこの世を去った。そして気が付けなかったが故に生き残った君達は――」
「死ね!」
「っと。悪いなカイ青年。今の僕はまともな一撃を受けたら本当に死んでしまう。だからお断りだ」
切りかかるカイの一撃を余裕をもってかわし、流れるようにカイの腕を掴みひねり上げ、強烈に地面に叩きつけ、それをユウキ達に蹴り飛ばす。
あまりにも早すぎる一連の動作。回避一回で、瀕死のダメージを負わされる。
改めて、真正面からは決して挑んではいけない相手なのだと、実感する。
「そうだ、単独で挑むべき相手じゃ――『“呪怨”禍津姫の呪い』」
カイを瀕死に追いやり、改めて自分の異常さを言い聞かせるように振舞いながら……まるで会話を途中でキャンセルしたかのように、唐突に次の呪いを放つ。
完全な不意打ち、次の術が飛んでくると思っていなかったタイミングでの宣言だった。
だが何も起こらない。不可思議な現象は何も起きなかった。
少なくともユウキには。
「カイ!? カナメ君!? キョウコちゃん!? どうしたんですか!?」
「な、おいどうしたお前ら!」
「っ! 術が発動していた……?」
その時、ユウキの背後で崩れるように地面に倒れるカイとカナメとキョウコ。
やはり見えない術か何かが発動しているのだと警戒する。
だが、今度の術はそんな『優しいもの』ではなかった。
「効果があったのは三人か。クールに見えたが、かなり激情家だったようだなキョウコ君も」
「おい……なんだよこれ……ふざけんな……!」
「嘘……嘘です! こんなの嘘に決まってます!」
三人を介抱していたアラリエル達から上がる、怒声と悲鳴。
ユウキはBBを警戒したまま、倒れた三人の元に向かう。
「ユウキ……カナメ君もカイ君もキョウコさんも……死んでいます」
「は? イクシアさん、何言って……」
「どうしようユウキ君……回復魔法……反応しない……心臓も……動いていない……」
「マジで死んでやがる……ふざけんな、ふざけんな! なんだよこりゃ!!!」
本当に三人が、何の前触れもなく死んでいた。
逃げる事も出来ずに、何の葛藤も激闘もなく、ただ唐突に命を失っていた。
「三人は強い憎しみと呪いを抱き、僕と対峙した。その思いをそのまま具現化してお返ししただけだ。戦場では冷静さを失った者から命を落とすものだろう? これはその通りの結果を与えたにすぎない」
それはもはや、対処のしようがない脅威。
憎しみすら抱けない相手に、もう誰もBBに挑みかかろうという気が起きないでいた。
心が、折れかけていたのだ。
――ただ一人を除いて。
(´・ω・`)こいつチートすぎんだろどっから来やがった




