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第二百八十四話

 皆が言うには、この部屋には三カ所程、猛烈に紋章が増殖、蠢く場所があると言う。

 でも俺には、この殺風景な倉庫みたいな部屋に、ポツンと三つの台座が置かれ、そこに『懐かしい物』が安置されているだけのように見えた。


「……そっか。人間だけじゃ……なかったんだな」


 俺は、その台座に乗せられている『ゲーム機』に手を触れる。


「嘘、ユウキそれに触れるの!?」

「危険ですユウキ! 紋章の塊が蠢いています!」

「ううん、なんともない」


 それは、当時手に入れることが出来なかった最新のゲーム機だった。


「はは……まさか……この世界に来て初めて実物を見られるなんて」


 きっと、これも起点の一つなのだろう。

 俺は台座からゲーム機を下す。


「え……紋章の塊が一つ……消えた」

「ユウキ、ソレはなんなのですか?」

「何かのデバイス、PCのようにも見えますわね」


 なるほど、下ろせばいいのか。でも……きっとこれも、残しちゃいけない物なんだろうな。

 凄くもったいないけれど、持って帰りたいけれど、きっとそうしても意味がないんだろうな。

 ソフトも存在していないんだし。


「ゲーム会社の皆さん、ごめんなさい!」


 一息に、それを破壊し、粉みじんにする。


「残り二つ、か」


 俺は淡々と、その作業を繰り返す。

 もう一つはフィギュアだった。しかも知っているキャラクターだ。

 ……なぜか海外の人にすごい人気だったな。

 この世界の技術があれば本物のアンドロイドとか作れそうだよな。

 俺は有名なアンドロイドの剣士のフィギュアを……破壊する。


「造型師さん、ごめんなさい」


 なんだか、俺のしていることが、元の世界との繋がりを、思い出を破壊していくようで。

 胸が苦しくなってきた。

『この品の持ち主はどうしているのだろうか』『元の世界ではどんなものが発売しているのだろうか』とか、そんな事をつい考えてしまうのだ。

 そして、最後の一つを手に取る。


「あー……なんていうか因果を感じるなぁ……スーパーヒーローというか超人バトルの原点みたいな物じゃないか……」


 それは、とても世界的な有名なバトル漫画だった。

 俺がこの身体強化、再現に目覚めたきっかけの一つでもある、あまりにも有名な漫画だ。

 世代じゃないけど、アニメも漫画も見た事あるんだよな……。


「……作者さん、確かまだご存命だったよな。まだ続き、描いてるのかなぁ……」


 思いを馳せながら、俺はその漫画を……粉砕する。

 これで、全て消えたはずだ。


「紋章が消えました! 消えましたよユウキ君!」

「ユウキ、念のためこちらに戻ってきてください。……ユウキ?」


 振り返ると、皆が怪訝な表情を浮かべていた。


「ユウキ……どうして泣いているのですか」

「え? あれ、本当だ」


 望郷の念? ホームシック? いやいや……そんなまさか。


「やっぱり君も心の底では願っていたんじゃないのかい? 僕達と同じように」

「黙れ、狂信者」

「君はこれから先も後悔し続ける。この選択は間違いだったんだと」

「負け惜しみは見苦しいな」

「そうだね、今回は僕の負けだ」

「次があると思ってるのか?」


 抜刀。こいつはここで殺さないといけない。

 が――響いたのは、氷を切り裂く澄んだ高音だった。

 セイメイが、氷に囚われたままのセイメイの身体が、うっすらと透き通り始めていた。


「総長! 撤退します!」

「ありがとう、助かったよ」


 いつの間にか現れていた、もう一人の半透明の人物。

 恐らく、こいつが転送能力を持つ幹部なのだろう……くそ、油断した。

 もう一度消えかかるセイメイに魔法を放つ。だが、それでも攻撃は通らない。

 くそ……ここまで追い込んでこんな結末かよ!?


「ユウキ、下がれ!」

「え?」


 訳も分からずカイの叫びに応える形で飛び退ると、部屋の中心、元の世界の品々が置かれていた場所が、突然異臭をさせながら燃え上がり、一瞬で溶けて消えてしまっていた。


「この炎は……皆さん、アジトの外へ! この炎は危険です」

「コウネ、消そうとしないで! すぐに逃げるよ!」

「あ、はい!」


 イクシアさんとセリアさんの忠告の通りにアジトから逃げだすと、ほどなくしてアジトが地面にゆっくりと陥没していった。

 猛烈な異臭、焦げ臭さを漂わせながら沈んでいくそれは、どうやら徐々に溶けていっているようだった。


「……あれは本来存在しない魔法です。歴史に埋もれて消えたはずの……」

「本で見た事があるんだ私も。……異界って、本当に消えた知識とかが流れ着く場所なんだね……」


 流れ着く場所……もしかしたら、俺が破壊した品々も、ここに流れ着いた物だったのかもしれないな……。


「む……みんな、周囲を見るんだ! 亀裂が少し減っている!」

「あ! 本当だ! 亀裂、小さいヒビとか消えていってる!」


 ショウスケの言葉に周囲を見渡せば、空間や地面、木々や空に広がるヒビ割れが、ゆっくりと修復されていく様が見て取れた。

 けど……。


「大きな亀裂はまだ……か」

「で、でもそのうち修復されるんじゃないかな? とりあえずこれ以上は増えないみたいだし」

「だが……兄には逃げられてしまった。また、兄が動けばどうなるか……先ほど一瞬、半透明だが少女が現れたのを見ただろう? 彼女が転送能力を持つ人間だ。恐らく……なんらかのトリガーで兄の窮地を助け出すてはずになっていたのだろう……彼女の事を意識から外していた私の落ち度だ……」

「いや、転送の能力者がいたのは俺達も知っていたんだ。この場に姿を現さないからって完全に油断していたよ……」


 これは、本当に解決と言って良いのだろうか……?








 異界とは、かつてグランディアの一部であった大陸や島々が、虚空に飲み込まれ、狭間に留まって生まれた世界だった。

 故にその広さは広大、人の足で全てを踏破する事は、生息する凶悪な魔物の関係で難しく、未だ人が足を踏み入れていない領域も無数に存在していた。

 そんな異界の一角、山深い場所に用意されていた『緊急避難用拠点』に、今回の異常事態を生み出した元凶である一ノ瀬セイメイと、部下の一人……最後の一人であるセリカがいた。


「総長……ご無事でしたか」

「正直、打ちひしがれているよ。僕の力も無効化され、術式の起点も破壊された」

「私が……もう少し早く離脱させられていれば……力だけは無事だったかもしれないのに」

「いや、構わない。僕さえ生きていれば……いや、同じ世界出身の君さえいてくれれば、まだやり直せる。また……二人だけになってしまったな」


『原理回帰教シャンディ』とは、元々グランディアに存在する小さな過激派思想団体でしかなかった。

 その組織を奪い、自らの物にした初代総長である男は、かつてオーストラリアにてマザーにより亡き者にされていた。

 セイメイとセリカの二人は、初代総長により見出された、最初のメンバーであった。


「今度は僕が、一から集めて見せる。生きてさえいれば……希望は潰えない」

「はい……! 必ず帰りましょう、わた――」


 その瞬間、最後の拠点である山小屋が黒炎に包まれ、消滅した。

 一切合切何も残さず、事件の首謀者もその部下も、燃えて消え去ったのだった。

 無感動に、無感情に、感慨も葛藤もなく、ただ無慈悲に。


「いやはや……手間が省けた。そうか、緊急避難用に転送要員を隠していたのか。一緒にいてくれて助かった」


 焦げ跡の残る山に、一人の男が着陸する。

 BBだ。


「悪いな、お前がここで生き残るのは『正しくない』。力を失っているのならそこを狙うまで。成功するとは思わなかったが」


 追跡など出来ないはずなのに、なぜこの場にBBが現れたのか。

 それは、BBが扱う『繰り返しの秘宝』と呼ばれる魔導具の力だった。

『キカンキカン』とは、その名の通り帰還する為の力である。

 BBは、それにより『己が拠点だと認識している場所に帰還する事が出来る』のだ。

 が、当然制約もある『自らの拠点、居場所だと強く認識出来る場所』である事と『実際に目にした事のある場所』だという事。

 BBはそれを強引に『一ノ瀬セイメイ自身を、自分がもっとも安心していられる拠点である』と認識し、彼のいる場所になら、どこにだって移動出来る能力を手に入れていたのだった。


「……やはりな。セイメイの死は世界にここまで影響を与えるのか」


 そう呟くBBの視線は、山からの風景に注がれていた。

 遥か彼方まで続く草原、森、不自然に青く、無数の断裂とヒビ割れを内包する空。

 その風景から、急激に亀裂が消え去り、大きな断裂もその大きさを縮小させていた。

 だが……未だ無数のヒビが、大きくはないが無数の断裂が世界を埋め尽くさんばかりに広がり続け……ゆっくりと、それを広げ始めていた。

 緩やかに、確実に崩壊へと向かっていく世界を目に、BBは――深く、深くため息をつく。


「これで……終わってくれればどれ程良かったか。予想はしていた、覚悟も決めていた……それでも……これが……」


 言いかけて、BBことヨシキは軽く笑う。


「クク……俺としたことが、あんまりにも『それっぽい』セリフを言うところだった! いやはや、幾つになっても俺は中二病から脱却出来ないのかね」


 何かを言おうとした自分がおかしかったのか、ヘルメットの内側でBBは笑い続ける。


「そうだ『これが世界の選択』だ。これ以外言いようがないんだ」


 そうして、BBは再び帰還の言葉を呟いた。

 誰よりも、何処よりも、自分が帰るべき場所だと強く念じられるその場所へ。

『この異界に飲み込まれた、自分がかつて暮らし、自分が死んだ場所』へと――








「なんだ!? 急に空が……亀裂が……収まった……?」

「先ほどまでとは明らかに様子が違いますわね。大きな亀裂が小さく、ヒビもほぼすべて消えて……」

「いや、まだだ。空の小せぇ亀裂が残ってる。それに……」

「地面に残された亀裂が……広がっています」


 突然の変調に、解決を予感したのだが、それはどうやらぬか喜びだったようだ。

 数の減った亀裂だが、今度は先ほどまでただのヒビだった物が、無数のヒビ達が、一斉に口を開き始めたのだ。

 これは……どういう事なんだ。

 まだ何か術式が残されているのか、それとも――


「ま、まさか兄は……まだどこかで企てを……」


 ミコトさんが最悪の事態を口にしたその時だった。


「いや、それはない」


 どこかに姿を消していたBBが、森の中から現れたのだった。


「何か知っているんですか、BB」

「一ノ瀬セイメイとその部下の転送能力持ちの少女、その二人を完全に殺してきた」

「な!?」


 全員が驚愕に目を剥く。


「ユウキ君、君のおかげだ。よく……セイメイの力を壊してくれたね。僕では、あの状態のセイメイを倒すことは出来なかった。この異界ごと破壊するくらいしか手段がなかったんだよ、今の僕には」

「……本当に、殺したんですか?」

「ああ、確実に。その証拠に……世界崩壊のタイミングが大きくズレてくれた。この亀裂はね、この世界、地球とグランディアが混じり生まれた今の世界が『許容量を超えた存在による情報の肥大化』により、限界を超えて破裂しそうになった結果生まれた物なんだ。一ノ瀬セイメイの死は、これから先未来に起こる同じような事件の可能性を完全に消した、という意味なんだ。だから世界を圧迫していた容量を大幅に減らす事になったんだ」

「そう……だったんですね」

「……そうですか。兄は……死にましたか」


 ミコトさんは、涙こそ流していないけれど、深く悲しんでいるように見えた。

 ……たとえ偽りの仮面をかぶっていた人間だとしても、兄として過ごした時間は、彼女にとっては本物だったんだ。


「兄は、何か言っていませんでしたか?」

「……まだ諦めていなかったよ」


 それは、たぶん何も言ってなかったという意味、なんだろうな。


「あの! 申し訳ありませんがBB、未だ状況が好転したようには見えないのですけれど、どういう事なのか説明してくださりませんか?」

「ん、そうだね。……そうだね」


 キョウコさんは、未だ広がり続ける亀裂がどういう事なのか、説明をBBに求める。

 それに、BBはこれまで聞いたことのないような、悲痛な声で応える。


「……セイメイの影響は大きかった。強大な力で暗躍し、そして今回のような危険な術式で世界を破壊する一歩手前まで持って行った。そもそも、彼は異界調査団の英雄とも呼ぶべき偉大な剣士だった。元々……外の存在という異常な情報を持つ人間が、名を広めるのは危険な事だったんだ」


 ああ、そうか。


「だから、彼の死で世界の寿命は延びたんだ。けれども、既に亀裂は広がり、ヒビが世界中に広がってしまっているから、少しでも世界が許容量を超えてしまっている状態は……危険なんだよ。世界が元の大きさに戻れないんだ。だから、亀裂はどんどん広がり、崩壊へと進む。ましてや……この世界に残った最後の異物は、セイメイよりも遥かに大きく、この世界の容量を圧迫しているんだ」


 うん、そうだと思う。

 俺は、ゆっくりと手を挙げる。


「BB、質問をして良いですか?」

「……ああ」


 なんで、そんな声で返事をするんですか。

 らしくない、らしくないですよBB。ヘルメット越しでもバレバレじゃないですか。


「今、世界に残された異物は本当に一つなんですか?」

「そうだ」


 うん、きっとそうなんだろう。

 この人が世界の事で嘘をつくなんて思えないんだ。


「それは、物ではなく、セイメイと同じように人間ですね?」

「……そう、だ」


 そうか。

 でも、俺は――


「BB、俺は――」


 その時だった。

 突然、極大の炎がBBに向かい飛来する。

 青く青く、どこまでも青く輝く灼熱の炎が。

 全てを燃やし焦がす蒼炎が、地面を、森を、焼き尽くす。


「イクシアさん!?」

「ユウキ、何も言わずにこちらに来なさい!」


 それは、イクシアさんが全力で炎を放った物だった。

 だが――


「……そうだ、抗うのは正当な権利だ。だが……貴女が決める事じゃないぞ、イクシア!」

「く……!」


 BBは、そこに立っていた。

 一振りの剣、闇の魔法で生み出した剣を片手に。

 あれは……炎を斬ったのか……?


「ユウキ君。君は、ここで死ななければいけない」

「……絶対にですか?」

「そうだ、絶対だ。さっき、世界の崩壊が先送りになったと言っただろう?」

「……はい」


 BBは、宣告した。


「七時間だ。七時間で世界は崩壊する」

「な!?」

「もう、間に合わないんだ。いや、対処の方法なんて最初からなかったんだ」


 じゃあ、俺は……この世界に降り立ったその瞬間から……死ぬ運命だったってのか……?


「ササハラユウキ君。この世界を守る為に……幾千億の人々の命を、紡いできた歴史を、この世界の未来を守る為に……今ここで――」







           「死んでくれ」







(´・ω・`)前作主人公がラスボスなのはある意味王道よね

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