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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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第二百八十三話

(´・ω・`)しかたないね

『鬼神の如く何処にでも現れ消える』。

 それだけなら、ただの瞬間移動となんら変わりはない。

 だがセイメイは消えも現れもしているはずなのに、その瞬間を認識できない。

 ごくごく自然に『そこにはいない』のに『そこにいる』。

 再現は『なんらかの媒体のフィクションの再現』であると仮定すれば『ことわざの再現』かもしれないと思った。

 でもそれにしては扱う力が出現と消失だけなのが違和感がある。

 なら、もっと広義的に『どこにでもいて』『どこにもいない』を表現する存在を考える。


「……『聖書とは人類史上最高のベストセラー作品である』か」


 信仰している人間を否定するつもりはない。でも、聖書をフィクションと捉える人間もいる。

 いや、どの宗教かだなんて関係ないんだ。『概念的な神』という存在はどの宗教にも名前を変えて存在するじゃないか。


「ミコトさん。セイメイって武芸以外にどんな趣味を持ってた? 勉強とか読書とか、どういう本を読んでたか分かる?」

「兄が……? ……一時、他国の神話や宗教について学んでいた。異界調査団では多国籍の人間と一緒に行動するから、相手の信仰について理解を深めておかないといけないから……と」

「……そっか」


 これは当たりか?

 俺の過程が正しければ……セイメイの再現は恐らく『概念的な神』の再現ではないか。

 神の力の行使とか、そういうのじゃない。

 宗教や人の願い、信仰すべき『ナニカ』だ。

 人が何かを信仰する時、神はどこにでもいる。

 祈る人の心に、どこかにある聖地に、寺院に、物に、人に。

 神は……どこにでも存在する。が、同時にその存在を知覚できない。

 文字通り『どこにでもいて、どこにもいない』と言えるのではないか?


「……神はどこにでもいるが、どこにもいない、か」

「おいなんだ? 今更神頼みかよ」

「違う違う。ちょっと思いつきだ。ほら、アジトに着くぞ、警戒するんだ」


 もし、お前が神の再現だとしたら……概念的な神の存在、どこにでもいて、どこにもいない、そんなあやふやな者として戦うのなら……。


「……ミコトさん。たぶん、俺セイメイを殺せると思う。だから覚悟して」

「ササハラ君……まさか、突破口が見えたのか……?」

「マジか! 倒せるんだな!?」

「ようやくか。信じて良いんだな?」

「うん。これは……そういう物だって理解したらいけると思う。俺だけなんだ、それを倒せるのは」


 使い古されているんだ。

 ゲームでも漫画でもアニメでも『その言葉』はありふれていて、題材にしている作品、展開なんてごまんとあるんだから。

『神殺し』なんて、フィクションの世界でもはやお約束なんだよ、セイメイ。

 神話にすら登場するじゃないか、そう呼ばれる物、者なんて。

 だからもう……。








 キョウコとセリア、カナメの三人に続き、イクシアがアジトへと突入する。

『世界の崩壊を助長するなんらかの儀式』が執り行われていると目されるその場所さえ破壊すれば、攻略法のない相手であるセイメイとの戦いを回避して事件を解決出来るのではないかと。


「セリアさん、イクシアさん、何か魔力の痕跡はみつかりまして?」

「……あっち! たぶん地下だと思う!」

「ええ、恐らくは。ただ……恐らく私達の行動はセイメイに筒抜けでしょう。油断はしないでください。一瞬でこちらに現れるはずです」


 ユウキと共にセイメイを観察していたイクシアにも、セイメイの異常さは認識出来ていた。

 神話の時代に生き、神話の人物の戦いを直に見てきた彼女をして、異常と言わざるを得ないのだ。

 一ノ瀬セイメイの瞬間移動は、恐らく観測している人間全員の意識に干渉する力ではないかと、イクシアは推理していた。

 が実際に長距離を移動する瞬間を見ていないだけで、罠での攻撃は可能なのかもしれないと、イクシアは通路全てにトラップになりそうな魔法をしかけて回る。


「皆さん、引き返す際はご注意を。雷の魔術を随所に仕掛けました」

「これは……瞬間移動が高速で実際に移動する力ならば、確実に作動しますわね」

「ですが、自由な座標に転送する力ならば効果はありません。これは力の正体を探る為の策です。無線で聞こえていますね? サトミさん、ショウスケ君、BB。アジトに突入の際は気を付けてください」

『了解です。ユウキ君達が来るまで私はここで待ちますから、伝えておきます』

『僕もショウスケ君と一先ずサトミさんを護衛していよう。ただ、ユウキ君が来たら一度ここを離れるよ。少々調べたい事が出来たんだ』

『本当に我々はついて行かなくてよかったのですか?』


 アジトの外に三人を残すと言い出したのはコウネだった。


「はい。あまり考えたくはありませんが、リスクを分散させるためです。アジト内部はまさに敵の手中ですから、丸ごと爆破、密室にしてからのトラップも考えられます。もしもの時……外に誰か残っていないと全滅ですから」

『……了解した。だがユウキ達が来たら自分達も必ずそちらに向かう』


 最悪を想定しての行動。

 そして、それは功を為す。


「着きました。この先です」

「なに……これ」


 アジトの地下深く、一行は一つの大きな扉の前で立ち尽くしていた。

 扉から地面まで広がる紋章が怪しく光り、今も一人でに紋章が増え、床に、天井に広がり続けている。

 まるで術式が世界を侵食していくような光景に、魔術に精通するセリアとイクシアが眉をしかめる。


「……これは一種の魔物です。術式の暴走が何かを取り込んでいる……思念か、怨念か……ですがこの紋章は生きています」

「なら!」


 次の瞬間、セリアが斧を紋章に叩きつける。が、それになんの反応も示さず、ただ紋章は世界を侵食していくだけだった。


「この扉の向こうに起点があるのでしょう。行きますよ、皆さん」


 重い扉を開くイクシア。

 その部屋は薄暗い訳でもなく、近代的な照明が、まるで何かの格納庫のような室内を照らしていた。


「あれが術の起点のようです。ですが……」

「紋章が集中してる……たぶん近づくと危険だと思う……」

「……ハム子、調べてきてくれるかしら」


 キョウコは召喚した小ぶりな電気ハムスターを、起点と思われる紋章の集合体へと向かわせた。

 すると、瞬く間にハムスターが紋章に囚われ、赤黒く変色し、術式内部に飲み込まれてしまった。


「……電子精霊の分体ですので問題はないはずですけれど、少し心が痛みますわね……」

「ふむ……どうやら魔術的な干渉が出来ないようですね。人間が触れるぶんには何もありません」

「ちょ、イクシアさん!?」


 ハムスターが飲まれた紋章に平気で触れるイクシア。

 だが彼女の言う通り、人体に悪影響を及ぼす類の仕掛けではないようだった。


「そうだね、実在する生物に影響は与えない。ただしこちらからも干渉出来ない」


 その時、見晴らしの良いこの空間に、またしても誰の目に留まらず、いつのまにか自然にセイメイが現れていた。

 刀をコウネに突きつけながら。


「これは逆恨みかもしれないけれど、シェザードがもしも僕の家と交わらなければ、また違った結果になっていたかもしれないね」

「そうですね。ですが私は交わってよかったと思っています。なにせこの世界の人間ですから」


 セイメイの語りかけに、コウネは平然と答える。


「この術式に私達が干渉する事は出来ないそうですが、それならなぜこの場に貴方は現れたんですか?」


 コウネがそう言った瞬間、すぐにイクシアは魔法を床一面に発動、床の破壊を試みる。

 術に触れられないのなら、この空間ごと破壊してしまおうとしたのだ。


「な! 魔法が……吸われた」

「一応対策はしているよ。ただ、もしここにBBがいたら面倒な事になっていたよ。彼はどうしてここにいないのだろうね」

「く……」

「彼も、本当は悩んでいるんじゃないかな? この世界を壊すべきか否か。なにせもうこの世界はここまで歪み、壊れかけている。それを修繕するよりも、いっそのこと全て終わらせるのも良いかもしれないと思っているのかもしれないね。なにせ彼は、それが出来てしまう力の持ち主だから」


 セイメイは、ただ淡々と語る。

 自分に都合の良い解釈、希望的観測を。


「今、この世界は平和だ。でもそれはユウキ君という『外から来た人間』が尽力した結果だ。なら、本来ならこの世界はここまで平和にはならなかった。地球とグランディアの戦争が起きていてもおかしくなかったんだ。滅びの定めを背負っていたかもしれないんだよ」

「だとしても、それを救ったのはユウキ君を始めとした『抗った人間達』です。この世界を仮に否定出来るとしたら、それは実際に動いた彼らだけです。貴方に何かを言う資格は――ありません!」


 叫びと同時に、コウネの体表が氷に覆われ、突きつけられていた刀まで霜を帯び始める。

 その霜の浸食はセイメイにまで及び、ついに――


「っ!? 何故……」


 凍傷を、与えていた。

 絶対的な無敵、回避、触れられぬ力が、ただの一瞬とはいえダメージを受けていた。

 その事実に、セイメイは初めて驚愕に表情を歪め、纏っていた空気を一変させた。


「なるほど、魔法は無効化されても現象は残るのですね、この紋章の力では」


 否、セイメイが驚いているのは、この部屋で魔法のダメージを受けたからではなかった。

『絶対的な神という概念で守られているはずの自分がダメージを負った』という事実に驚いていたのだ。

 そして――この抵抗により、間に合った。


「間に合ったか!」


 カイが一足先に部屋に飛び込み、そこにユウキとミコト、サトミとショウスケ、アラリエルが合流する。

 驚愕の表情を浮かべ自分の手のひらを見つめるセイメイを目に、ユウキはすぐに状況確認をする。


「私の魔法が凍傷を引き起こしました。この部屋は本来魔法が無効化されるようですが、引き起こされた現象は無効化出来ないみたいです」

「……いや、たぶんそれで驚いてるんじゃないと思う」


 ユウキは、セイメイに向けて語りだす。


「セイメイ。お前……あまりにも強い再現をしたな? だから条件も厳しかったんだな? 『疑問が生まれた信仰』程脆い物はないからな!」


 瞬間、ユウキは駆け出しセイメイに抜刀を放つ。

 が、すぐにセイメイはそれを同じく抜刀で受け止め、技の冴えの差でユウキを押し戻す。

 だが――セイメイの刀が、途中で切断される。

 それは単純に武器の差によるものだった。


「チッ!」

「逃がすかよ!」


 刀を破壊され、すぐに体勢を立て直し、セイメイは足で攪乱、そしていつの間にか本人が途中で消え去るが――


「な!?」


 虚空を切り裂いたかのように見えた、唐突なユウキの何もない空間への抜刀。

 だがその刀身は確かに、いつの間にか現れていたセイメイの腹部に、深く深く沈みこんでいた。

 まるで、何もない空間から血があふれ出したようにしか見えない光景。

 事実、周囲の人間にはそう目に映っていた。

 だがしかし――


「もう、俺には全部見えてるんだよ。俺はお前という神を知り、疑い、殺すと決めた。神殺しをすると決めた。この『神を騙るただの人間』を倒すと心に決めた」


 周りに聞こえるように、強く力を込めて語るユウキ。


「なにを……した……」

「お前はあまりにも抽象的で強力すぎる物を再現した。だから、発動にも同じ条件が必要だった。お前自身が謎であり、絶対的でなければいけなかったんだ。神の正体がバレて、信用されなくなった時……神は神じゃなくなる。それは再現をしているお前も同じなんだよ」


 技量ではユウキは劣る。だが、相性が悪かったのだ。

『信仰される神という概念』という強力な一つの武器を極めたセイメイに対し、ユウキは『ゲームや漫画、アニメの再現』という、信仰や神の概念すら取り込んだジャンルを再現しているのだから。

 神を打ち倒すイメージも、神を圧倒する存在も、信仰を否定する題材も、なんでも存在しているゲームや漫画を再現出来るが故に――


「……俺の勝ちだ。俺の剣は神だって斬れる」

「クソ……なんで……分かった……」

「勘、ってのは嘘かな。ミコトさんがヒントをくれたんだよ」

「ミコト……お前が……」


 疎み、否定してきた人間の助言により敗北する。

 その事実がセイメイを打ちのめす。


「クソ……クソォ!!!! お前が、お前がぁ!」

「コウネさん、凍結封印お願い。もうコイツは逃げられない」

「は、はい」


 既にユウキに負けたという事実が、神というあやふやな物に人は負けたりはしないという事実が、皆の攻撃もまたセイメイに通じるようになるという効果を生み出していた。

 氷に包まれ、身動きも取れず、刀も破壊されたセイメイにユウキが語る。


「……ここで殺すべきだろうな、お前は」

「……何が聞きたいんだい?」

「察しがいいね。お前、この術式の解除方法を教えろ」

「教えるわけがないだろ。このままいけば世界は無事に破壊されるんだから」

「だよな。ただ……俺にはそのみんなの言う術式、紋章って言うのが見えないんだ」


 未だ蠢く紋章が全てを侵食していく有様。それを、ユウキだけは認識出来ないでいた。


「……そうか……君も僕達と同じだったからか……」

「俺には『凄く懐かしい物』に見えるんだ。そっか……これが起点なんだな」

「……君なら壊せてしまうか……今度こそ……僕の負けか」


 最後に、セイメイは悲し気に、悔し気に、絞り出すように呟くのだった――




(´・ω・`)一度タネがバレた手品なんてトリックが見えていなくても楽しめないって事よ

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