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第二百八十話

(´・ω・`)あいるびーばーっく……

「ハァ……ハァ……ゥ……ガハァ! ハァハァ……」


 森深く、人目を避けるようにしてキリザキは呼吸を整え、酸素をめいいっぱい取り込み回復にいそしんでいた。


「まさか……屋外で窒息しかけるとは……いや、一酸化炭素中毒の類、か」


 見えないなにかの作用で呼吸を奪われかけたという体験。

 通常なら絶対に屋外でする事のない異常事態に、緊急信号を出す脳に従い、本能的に逃走したキリザキは、相手がただの学生だけではない、本気で人を殺す戦士、しかも超一流の暗殺術を用いる自分達と同等の人間が紛れ込んでいると、ようやく認識した。


 そして……今まさにその暗殺術を越える程の残虐性と戦闘センスを持ち、己の力の秘密に迫りつつある人間が迫っていたのだった――








 亀裂の奔る深い森。動物の声なんてまるで聞こえない。魔物の気配も感じない。

 ただ不思議な音が亀裂から時折聞こえ、不気味な闇が亀裂の向こうで蠢くだけ。

 落ち葉の降り積もる森の中、音を立てずに駆ける為、木々を蹴って進み続ける。


「……あそこか」


 少し開けた場所に移動し、装備の点検でもしているのか、ごそごそと自分の服の中をまさぐっているキリザキを見つける。

 ……考えるな、突っ込め。


「死ね」

「っ!? ササハラユウキか!」


 抜刀、回避されるのも織り込み済みで回し蹴り。

 止められても良い。右手の刀をでたらめに振り回し、それを防ごうとするキリザキの腕に左手で掴みかかる。

 だがそれでも間に合わない。指先でキリザキの腕を掠めるだけ。

 あまりにも早過ぎる動きだ。残像すら見えないレベルだ。でも――


「ぐぅ……」

「指先だけで十分だ」


 身体強化を、指先に最大限に効かせる。

 掠った中指に、ピンクの肉片が血をしたらせてこびりついていた。


「休ませねぇよ」


 乱れひっかく。刀を狂わせるように振り回す。

 攻撃を忘れて身体ごとぶつかる。

 相手の防御の腕に抱き着く。

 絞める、ただひたすら締める。

 手あたり次第にみっともなく食い下がる。

 触れさえすれば良いんだ。お行儀の良い、見栄えの良い攻防なんてもう期待するな。

 画面映えしない、泥臭さすらない、素人臭さしかないようなみっともない戦い方だ。


「グ……ガァ! ガアア!?」

「とっととやれカナメ!!!」

「っ! 了解!」


 瞬間、いつの間にか背後に迫っていたカナメが、俺の身体の陰から斧槍を突き出し、俺の脇腹を貫きながら抱え絞めつけていたキリザキの左腕を大きく穿つ。

 痛みはある。でも忘れる。血なんていくらでも流してやる。


「シネ! そのまま殺す!」

「化け物が……!」


 抱き絞めていた腕はカナメに大きく穿たれ、ダラリと力が抜けた手のひらに噛みつき――親指と小指以外を噛み千切った。

 ゴリゴリとした骨の感触、咀嚼し吐き出し、苦痛に歪むキリザキを地面に叩きつける。


「次! とっととやれ!!!!」

「わかった!!」


 地面にぶつかり跳ねるキリザキに、カナメの斧槍が振り下ろされ、右足の脛が叩き切られる。

 吹き出す血と絶叫。

 そこに、俺もすぐさま刀を突きさし、首を落とす。


「カナメ、次!」

「え……」

「いいから早く!」


 戸惑うカナメが、右足と首を失った身体に斧槍を突きさす。


「そのままそっち切り刻んで」


 俺は頭を切り刻む。風絶を放ちミンチになるまで潰す。

 すぐさま、カナメの切り刻んだ身体もろとも、残骸を風の魔導で一カ所に集める。


「……油断するなカナメ。こいつは……この状態でも復活する可能性がある」


 お前、映画の再現が出来るんだろ。俺と違って、その規模や現象の不可解さを無視した再現が。

 だから『地球に衝突する隕石』の再現も『銃弾の雨を回避する動き』も『思うままに攻撃を受け止める救世主』のような動きも出来たんだ。

 だったら『肉体がどんなに損傷しても液体になってまとまり復活する』事だったありえる。

 だから油断は絶対にしない。

 風の牢獄に囚われたままの肉片を眺めながら、何が起きても対応できるように集中する。


「ユウキ! カナメ君!」


 すると、イクシアさんを先頭にみんなが追い付いてきた。

 すぐさま俺はコウネさんに指示を飛ばす。


「コウネさん、俺の風の牢獄。あれをそのまま氷漬けにして」

「え、あ、はい」

「セリアさん、俺に回復魔法お願い」

「う、うん」


 風の牢獄が霜で覆われ、圧縮されていく。

 すると残されたのは空中に出来上がる氷の塊だけだった。

 ゴトリと音を立てて落下するそれを、俺は注意深く観察する。


「カナメ……ユウキは何をしているんだ?」

「カイ……ちょっとユウキ君、かなりやばい状態かも」


 失敬な。ハイになって残酷になってる訳じゃないです。


「……ショウスケ、地面を操作して深い穴を掘れるか?」

「ああ、もちろん可能だが……その氷はなんなんだ?」

「キリザキの身体」


 簡潔に答えると、息を飲む音がみんなから上がる。


「な……どういうことだ」

「いいから、早く頼む。予断を許さない状況なんだよまだ」


 分からないんだ。キリザキがどこまで出来るのか、どこまで再現出来るのか……。

 もしかしたら氷の中で、既に意識を取り戻しているかもしれない。

 今も凍り付いた身体を動かし、再生しようとしているのかもしれない。

 俺と同じ……いや、俺以上に『空想を再現する力』を強く発現させている相手だから……油断は万が一にも出来ないんだ。


「ユウキ、かなり深く掘れたぞ。これくらいでどうだ?」

「どれ……うん、これくらいなら『余波も防げそうだ』」


 俺は慎重に氷塊に近づき、一気に蹴り込んで穴に落とす。


「セリアさん、イクシアさん。二人とも全身全霊、最大火力で穴の底に炎の魔法を放って欲しい。そうしたら次にキョウコさんは雷を落としてほしい。カイ、お前も雷の魔法は覚えてるよな? 一緒に頼む」

「え……ユウキ、本気で言ってるの……?」

「……本当にまだ油断出来ないのですね?」

「……了解しました」

「お、おう」


 完全に、無害な無機物になるまで破壊する。

 焦がし灰になるまで。電気で分解されるまで。

 氷が解けて、灰が、炭がまた溶けだすまで。

 穴から赤い炎が、青い炎が吹き上がり、そこに雷が幾度も降り注ぐ。

 一通り魔法が放ち終わったタイミングで、俺の風魔法で底に溜まっている塊を上空に吹き飛ばす。

 すると、砕けながらも、ゴトンっと音をさせて黒曜石のような、ガラスのようになった塊が落下してきた。


「……これでどうだ」


 なにも、動かない。人の死体が地面と一緒にガラスになるまで燃やし尽くしたんだ。これならもう、大丈夫だよな。

 今度はガラスの破片を一カ所に集め、それを――


「……ここがいいな」


 たくさんある亀裂の中から、どこにも繋がっていないであろう、闇がうごめく次元の狭間に、ガラスの欠片を全て遺棄してやる。


「……これで、俺達の勝ちだ」

「ええと……本当に今のがキリザキなの……?」

「そうだよセリアさん。みんなが来た時、俺の風の牢獄にキリザキのミンチを閉じ込めていたんだ」

「ヒッ! そこまでする必要がほんとにあったの……?」

「少々、やり過ぎではないのか? さすがに」

「違うんだ。憎いからとかそういう感情的な理由であそこまでやったんじゃないんだ。キリザキは……もしかしたら肉片一つからでも復活しかねない能力持ちだった可能性があるんだ」


 いや、もしかすれば今も思念体として生きている可能性すらある。

 まだ、危険かもしれない……。


「……一ノ瀬さんって確か祈祷のような事も出来るんだよね。この辺りの浄化って出来る?」

「む、それは……私には難しいかもしれない」


 まずいな……俺の予想が正しければ、キリザキは『有名な映画作品の力を再現出来る』。

 なら、思念体となり現世に留まり続ける事も可能なのかもしれない。


「いや、ユウキ君の懸念は杞憂だよ」


 と、その時。いつの間にか姿を消していたBBが現れた。


「氷漬けにされていた段階では恐らく生きていただろうね。けど、完全に無機物になった段階で君の勝ちだったよ、ユウキ君。完全に生体反応も魔力反応も消えていた。まぁ、次元の狭間に処分したのは英断だね。ただ、生きたまま次元の狭間に落とすのは逆に危険だと思うよ。なにせ『相手はそういう力を行使しかねない』からね」

「BB……見ていたんですか」

「一応ね。君の憶測は正しかったと思うよ。僕も、殺すならそこまで徹底する。まぁ相性的に僕では難しかっただろうけれど」


 そうか……やっぱり俺の予想は正しかったのか。

 たぶん、あいつは『未来から来た液体金属の化け物』のような力を宿していたのだろう。

 だから俺も、この方法で完全に破壊したかったんだ。


「ユウキ……それほどまでに強力な力とはなんなのですか? 氷漬けの前に既に原型を保っていない状態だったと言うのに……」

「すみませんイクシアさん、うまく説明出来ないんですけど……限りなく不死に近い力の持ち主だったんです、キリザキは」

「……それほどまでの力の持ち主が、首領ではなく一幹部に甘んじていたということですか……」


 そう、それだ。俺が今一番恐ろしいと感じている事はそれなんだ。

『映画というスケールの大きな空想を実現出来る能力』を持つキリザキが、一ノ瀬セイメイに従い、先兵として送り込まれてきた事実こそが恐ろしいんだ。

 一体……一ノ瀬セイメイはどんな力を持っているのか……それが想像すら出来ないんだ。

 それがたまらなく恐ろしい。どんな力を行使し、どんな戦いをするのか……本当に俺達で倒せる次元の相手なのか……。


「クク……クハハ……ハハハハハ……!」


 その時、ヘルメットの中で反響するBBの笑い声が……森の中に響き渡った。


「BB……?」

「どうしたんですの、突然……」

「いやいや、ちょっとユウキ君の顔が面白過ぎてね」

「え?」


 え、俺そんな変な顔をしてたの?


「そんな深刻そうな、恐ろし気な顔をするんじゃないよユウキ君! 君の考えはよく分かるさ。『果たして一ノ瀬セイメイはどれ程の力を秘めているのか』と。そして『自分達は、いや自分は本当に一ノ瀬セイメイの力に対抗出来るのか』と。とてつもない不安に恐れている、そんな顔だ」

「いや……そんなの当たり前じゃないですか……世界の……瀬戸際なんです。俺だって普通の人間です、未知な強さは……恐い。キリザキだって勝てたのは奇跡みたいなものだって思ってるんですから」


 少しだけ心外だった。まるで俺が『どんな時も諦めず悠然と立ち向かう英雄』だとでも思っているかのような物言いだったから。


「……? ここに来て不安がるんじゃないよ、ユウキ君。君は紛れもなく、この世界の運命を左右する立場にいる。君に全ての責任がのしかかっているんだよ。確かに心強い仲間に恵まれここまで来た。でも、間違いなく君なんだよ。『この物語の主人公であり世界の行く末を決めるのは君』なんだよ」


 心臓が、掴まれたような気がした。

 きっとそれが真実だから、目を背けてきた真実だから、その断定が、決め付けが。


「ササハラユウキ君。これだけは言わせてくれ」


 すると、落ち着いた口調で、けれどもそこしれない威圧感を、重圧をこちらに押し付けながらBB……原初の魔王であるヨシキさんが言い放つ。


「最後の敵が最強で何が悪い? 勝てるか勝てないか分からなくて何が悪い? 迷う権利も悩む権利も君にはもうないんだよ。甘えるな、君はもう自分の意思でここまで来たんだ。英雄として、物語の主人公としてここまで来たんだ。いっちょ前に悩んだりする権利は『主人公にはない』んだよ。運命に導かれて生きるか死ぬか、それしかないんだよ」

「な……」


 そう強く言い放つBBに、口ごたえをしたいと思ったのに。

 みんなも、そのあんまりな物言いに物申したいと表情で分かっているのに。

 誰も……何も言えなかった。

 それだけの威圧が、周囲を埋め尽くしていた。


「……戦え。それだけだよユウキ君。もう時間はないんだ。戦って、一ノ瀬セイメイを殺すか君が死ぬかしかないんだよ。考えるだけ無駄なんだ」

「……確かに、そうなのかもしれないですね」


 ……それもそうなのかも、な。

 俺はもう、悩んだりしていい状況にはないんだろうな。

 もう俺は英雄になってしまったから。

 この極限の状況下で、英雄としての役割を与えられて……いや、自分で選んでしまったから。

 ここで、俺が悩み迷ったら、恐怖を感じたら、それは紛れもない世界への裏切り行為になってしまうから。

 これが……俺が歩んできた人生の結果なんだと、今ならはっきりとわかってしまうから。

 そっか……俺、主人公だったんだ。


「行こう、みんな。もう確かにグダグダ考えて良い局面じゃないんだ。アジトへ……一ノ瀬セイメイのところへ」

「っ! ああ! 分かった、行こうササハラ君」


 一ノ瀬さんが、一瞬だけ悲しげな表情を浮かべながら強く頷く。

 そうして、俺達はキリザキを倒し、もはや誰も守る人間がいなくなったアジトへと舞い戻る。

 ……確かな予感を胸に抱きながら。








 足取りが重いのは、気のせいなんかじゃない。

 落ち葉を踏む音が耳に届かないのは、間違いなく緊張の所為だ。

 隣を歩く一ノ瀬さんの呼吸が荒いのは、仕方のない事だ。

 そして再び見えてきたアジトを前にして、俺達は『この予感が正しかった』と確信した。




「想像以上に早かったね、ミコト。それにSSクラスのみんな」


 待ち構えていた。キリザキと同じように、最後の敵である男が。

『一ノ瀬セイメイ』その名前だけは幾度となく聞いた事がある、一ノ瀬さんの実の兄。

 かつて、クラスメイトに助力し、グランディアまで運んでくれた事もあるという。

 かつて、グランディアにおける最高峰の剣士であるディースさんに実質勝利を収めたともいう。

 現在、表の世界における最強の剣士との呼び声高く、その名声は裏の世界にも轟いている。

 その噂の中心の人間が、今まさに世界の終末を左右するこの場において、最後の強敵として、悪事の黒幕として、災禍の中心人物として、俺達の前に立ちはだかったのだった――





(´・ω・`)

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