第二十七話
ささやかな、けれども心温まり腹膨れる快気祝いの翌日、学園に登校した俺を待っていたのは、少しおかしな空気だった。
おかしい……ここ最近、まるで待ち構えるように女子が入り口で待機していたというのに、今日は少し離れた場所でこちらを覗くだけだ。
別に少し寂しいとか思ってないんだからね!
とその時、この微妙な空気を打ち破るように元気よく駆け抜けるセリアさんを見つけたので朝の挨拶を一つ。
「セリアさんおはよーう」
「あ……うん、おはよう、ユウキ」
「え、なんで露骨にテンション下げるの? なにかしちゃったかな俺」
こちらを見て、一瞬で『ああ、もう今日帰ろうかな』って感じの表情をするセリアさん。
笑顔プリーズ! どうしたっていうんですか!
「ううん、なにもしてないよ。ユウキは悪くないからさ。……おめでとう、ユウキ」
「え、え、え? 何か祝われるような事もなかったよ!? そりゃあ昨日ようやく魔力が使えるようになったから、家族と家で焼肉したけども……」
「あ、そっか。それもおめでとうだね」
「で、セリアさんは何のことをお祝いしたの?」
もしやこの少しおかしな空気もそれに関係しているのではないでしょうか。
「そりゃあ……寮で暮らしてる子はみんな昨日のうちに知ってるけど……ユウキ、婚約したんだよね、香月さんと」
「は?」
え、俺香月さんと結婚するの? 逆玉なの? なんでそんな話になってんの?
「うっそマジで? 俺それ初耳なんだけど。生まれてこの方彼女すらいた事ないんだけど俺」
「あれ? ほんとに? とぼけてるんじゃなくて?」
「うん。え、なんでそんな話になってるの? ちょっと香月さんに確かめてくる」
「なぁんだ……ただの根も葉もない噂だったのかー……」
教室にダッシュ。今日最初の講義にはデバイス工学もある。つまり朝一で香月さんも来るはず。
そして待ち構えていると、案の定香月さんがやって来たので急いで確認する。
「香月さん、なんか変な噂が流れてるんだけど心当たりはありませんか」
「……ありますわね。友人グループに、貴方に付きまとうのを控えるように連絡をしたところ、話がおかしな方向に膨らんでみたいですわ。『香月さんがササハラ様と婚約された為、私達に彼に近づかないように釘を刺した』と。まったく、思春期でもあるまいし、どうしてこうも想像力豊かなのでしょうか」
「案外冷静で驚いております。んー……まぁそっちが気にしてないなら別にいいかな。どうせそんな噂、一月もすれば沈静化しそうだし」
どこか冷めているような物言いで、まるで気にしていないように振舞うその姿に、こちらの頭も冷えてくる。そうだよな、いい歳してそんな噂に踊らされるなんてガキもいいとこだ。
……お嬢様方っていうのはそういうゴシップな話題に弱いのだろうか?
「そうですわね。それよりもササハラ君、こちらの資料に目を通しておいてくれませんか?」
「ん? あ、USHのカタログだ。しかもすっごい分厚い。電子版とかないの?」
「一応ありますわ。けれど詳しいスペックや材質も電子版で読むとなると、ページを何度もいったりきたりして疲れますわよ?」
「なるほど。じゃあありがたくお借りします」
ウキウキで自分の席に戻ると、白い目をしているセリアさんとカイが待ち構えていた。
「やっぱり仲良さそう……なに貰ったの? 式場のパンフレット?」
「な! 噂は本当だったのか……ユウキ、少し羨ましいが……おめでとう」
「だから違うって。ほらこれ見て、デバイスの資料集。USHの製品の解説パンフレットだよ。ちなみに噂の理由は――」
青年説明中。というか君らも最近の俺の困り具合は知ってるでしょうに。
「なるほど……そっか、香月さんってお嬢様なお友達多いもんね」
「俺には……少し贅沢な悩みに思えるけどな」
「一之瀬さんに伝えておく」
「なんでミコトが出てくるんだよ」
いやぁ、それはまぁなんとなく見てたら分かるし? この鈍感系主人公め。
誤解も解けたところでいざカタログオープン。すげぇ、殆どの武器が実刀系だ。
いやぁ……SF感満載の武器も良いのだけど、そういう世界にも関わらず、あえて実刀の武器を使うっていうのは浪漫じゃないですか。だから俺のデバイスもこういうタイプだし。
さて、鞘……鞘……。
「ん? でもなんでデバイスのカタログなんて。ユウキはもうかなり良いデバイス使ってるだろ?」
「ん、ああ。鞘を換装したくてさ。ククク……俺本来の戦闘スタイルに戻る時が来たのだ」
とか言ってみたりして。いやぁ……永遠にあれは憧れなんですよ。抜刀術と居合術を駆使する、あのスタイリッシュかつ容赦ない動きは。是非再現したい。
「な……ユウキの本来のスタイルだと……今までのは本来の戦い方じゃないって事か?」
「あ、もしかして昨日見せてくれたの? カイ、もったいなかったね。昨日からユウキ、身体強化が使えるようになったから私と組手したんだけど、今までで一番強かったんだ」
「マジか……昨日は剣術学の方に行っていたからな……けど俺も負けないぞユウキ。また新しい技を習得出来たんだ、俺も」
「おー。あれって適正? 才能がないと習得出来ないんだろ? 凄いなカイ」
昨日理事長やニシダ主任も話題に出していたっけ。やっぱりカイもこのクラスに配属されただけはあるんだろうな。何気に召喚したと思われる武器も凄い物らしいし。
「ふむ、興味深い話をしているな。ササハラ君の戦闘スタイルの話か?」
「あ、ミコトちゃん。うん、ユウキがね、元のスタイルに戻す為にデバイスを代えるって」
「ああ、違う違う。デバイスの鞘だけ変えるんだ。今の鞘ってまるでアタッシュケースみたいなデカいヤツだろう? それを本物の刀の鞘みたいなタイプに換装するって話」
「あ、そうなんだ。じゃああの鞘私に頂戴? あれ凄く重いから訓練に使えそう」
「お断りします。保管用、保管用」
この子はまだそれを言うか。もうあれ持ち上げられるようになったでしょ。
「なるほど……ササハラ君は足を使い攪乱するタイプの剣士だとは思っていたが、まさか抜刀術を使うのか?」
「もどきだけどね。ほら、前に似たような事したの覚えてない?」
「ああ、アラリエルと戦った時に見せた技か。そうか……もっと剣速が乗るのか」
「そういうこと。まぁ暫くは練習しなきゃだけど」
実際、今の俺がどれくらい動けるのか、まだ全力で試していないのでなんとも言えないのだが。
「よっし、じゃあそろそろ講義だし俺は行くよ」
「ああ、デバイス工学だったか。ふふ、ササハラ君は色々と講義を受けているんだったな」
「俺もそろそろ移動しておくかな。魔力応用学、講義の方も受けてるから俺」
ひとまず、これで変な噂で勘違いするクラスメイトはいなくなったかな?
ああ、楽しみだ。新しい鞘、どんなデザインにしようかな。
講義前に席を決める時も、最近では出来るだけ講義開始間際に座る事により、周囲に女生徒が固まらないように対策していたのだが、今日の講義はそんな心配をしなくてもよくなった。なぜなら、我が物顔で香月さんが隣に座ってくれたからだ。
……噂が噂だからね、今日くらいはとりあえず隣に座っておきましょう。
「……本当に真面目に講義を聞いていたのですね」
「まぁ、この講義ってそこまで人気じゃないし、単位稼ぎで出席してるだけって人も多いし」
「ええ。実技に重きを置くこの学園で、座学の多いこの分野に熱心な人間は少数派ですから」
「……楽しいのにね。こういう武器の歴史とか仕組みを深掘りするのって」
以前、イクシアさんと武器について語った時のように、俺はこういうお話が大好きなので。
見れば、香月さんもしっかり綺麗に板書をしている。ううむ……さすがUSH社の御令嬢。
なお、今日の講師はニシダ主任ではないので、心なしか香月さんの表情が柔らかい。
昨日も割と白熱した様子だったし。
そうしているうちに、講義終了のチャイムが鳴る。
「ササハラ君。噂の鎮静にはまだ時間もかかるでしょうが、今日は食堂で食べても大丈夫ではないかしら?」
「そうだね、助かったよ。……でもちょっとカタログについて話したいから一緒にってのはダメですかね」
「構いませんわ。けれど、噂の鎮静化が遅れるのではなくて?」
「あ、そっか。じゃあまた時間が空いたら――」
「人目に付かない場所ならば良いでしょう。私に心当たりがあります」
ダメ元で誘ってみたのだが、案外、こちらの事もしっかり考えてくれていた様子に、いつのまにか俺が一方的に彼女に抱きつつあった苦手意識が消えていた。
……そっか。たぶんこの人は俺と同じで武器、デバイスが好きなんだな。
「おー……まさかVR訓練所でご飯を食べるなんて」
「時々、一人になりたい時はここで食べていますわ」
「あ、そういえばよくSクラスの女の子と食べてるよね」
「ええ。いずれも会社の取引先、役員などの家のご息女で、どうしても付き合いがあるので。けれども、私にだって一人で静かに食事を摂りたい時はありますわ」
「なるほど」
香月さんは、食堂で料理を注文するでなく、そのまま真っ直ぐVR訓練室へと向かったのだが、驚いた事にそこには既に二人分の食事が用意されていたのだった。
……学園内にも執事みたいな人が潜んでいたりするのでしょうか?
「失礼、ササハラ君。景色を変えてもよろしくて?」
「あ、どうぞどうぞ」
すると香月さんは室内にある端末を操作し、無機質な部屋の景色を、静かな湖畔へと変えて見せた。凄いな、森の陰からカッコウの鳴き声でも聞こえてきそうだ。
「それで、カタログの相談とは?」
「あ、食べる前にしちゃって良い? 長くなるかもだけど」
「……食べながら聞きますわ。人目もありませんし、多少の無作法は気に止めなくても問題ありません」
「なるほど」
俺は、用意されていたなんだか良く分からないサラダともちもちしたパンを食べながら、鞘のデザインと、使用する材質について彼女に質問を投げかける。
彼女もその質問に、しっかりと考えながら答えてくれるので、そんなやり取りが楽しかった。
「そうですわね……全体ではなく口金に相当する部分の材質を硬度の高い物にし、鞘本体には性質変化の術式を書き込む形にすれば、最終的な仕上げの塗りの幅も増えますわね」
「なるほど……俺のウェポンデバイスってさ、刀身は刀っぽいけど柄が割と近代的だから、鞘のデザインだけ漆塗りっていうのもどうかと思っていたんだけど、この『黒石目塗風』っていうデザインなら、カーボンっぽいし良いかなって」
「ええ、私もそう思いますわ。……己の身を守り、そして肌身離さず持つべき物。それに拘りを持つのは良い事。大事に扱われるのは、技術者としても嬉しい限りですもの」
それに、用意されていた食事……めっちゃ美味い! このパンなんだろう。
ナンではないだろうけどなんだろう? 自分で考えていて面倒くさくなってきた。
「あ、この食器ってどうすればいいかな? 持って行こうか?」
「いえ、今日はやめておきましょう。後で家の者に頼みますので。ふふ、こういった話をしながらの食事は初めてでしたが……良い物ですね。まさか、本当にカタログの話をされるとは思っていなかったのですけど」
「え? いやそんな、誘う為の口実だとでも思ったの?」
「ええ。少々疑り深いので。立場上ね」
「それもそうか。じゃあ、今週末、宜しくね。どこで待ち合わせたら良い? 確か香月さん、寮生じゃなかったよね」
「学園正門で構いません。こちらが迎えに行きますので」
「了解。じゃあ俺はこのまま講義に行くから、また週末、土曜日に」
いつもどこか退屈そうな表情をしている香月さんが、少しだけ微笑んでいるように見えた昼の一時だった。
「っと……まぁこんな感じで、手数を増やしつつ反撃させないように動くスタイルなんだ」
「……なるほど。実際には鞘の抑え込みで剣速が速くなるのだな……どんな体勢からもその速度の斬撃が襲って来ると思うと恐ろしい限りだ。ササハラ君、君のデバイスの鞘が完成するのが楽しみだよ、私も」
「……今回みたいに殆ど防がれそうだけど」
「いや、私もギリギリだったよ。ふふ、君の上達には驚いたよ。ただ振り回していただけの刀も、今ではしっかりと引きのタイミングを掴んでいる」
実戦戦闘理論の研究室にて、早速一之瀬さんと手合わせをしてみたのだが、やはりこちらの奇襲めいた動きにも対応してきてしまう。
が、少なくとも昨日上げられたチョーカーの負荷の影響を受けていても、これまで以上に身体が自由自在に動けているという事が分かったし、とても有意義な訓練になったと言える。それに褒められたし。俺は褒められて伸びるタイプなのでもっと褒めて欲しい。
「ふむ。一之瀬、ササハラ。二人はそろそろ組手主体の訓練を卒業する頃合いだな。次回からはまたVR訓練で、今度は魔物や人体の破壊について訓練してもらう」
その時、こちらの戦いを見ていたミカちゃん先生がそんな事を言う。
と言う事は、屋外訓練をしているセリアさんやアラリエル、カナメとは別メニューか。
「了解しましたミカミ教官」
「了解っす」
「えー! ユウキと組手出来なくなる―!」
「おい、俺らもそっちに回せよミカミ」
「僕も同じ意見です。ユウキ君がいないとつまらない」
ほら、案の定三人からのブーイングが。
「ダメだ。三人はもう少し相手を組み伏せる為に思考を凝らし、出し抜くくらいの気概が欲しいところだ。良い所までは来ている、もう少しここで経験を積んでくれ」
「はーい……じゃあ明日はカナメ君、覚悟してね」
「うん、お手柔らかにね」
「俺は明日パス。ミカミ、だったら今度やる時はちょっと色々見せてやるよ」
「ふふ、期待している」
なんだかんだで、ミカミ先生の方針は間違っていないと思う。
俺達はSSクラス。当然みんな、VRの仮想敵に比べると遥かに強い。そんな仲間同士でひたすら対人を続けるのは、こちらの五感を研ぎ澄ませてくれる。
まぁ『人読み』とか入ってきちゃうとその効果も薄れるのだが。
「ああ、そうだ。五人ともこの研究室が終わったら、自分達の教室に戻るように。ジェン先生から招集がかかっていた」
「お、いよいよ今月の実務かよ。おいユウキ、今回は爆発すんじゃねーぞ」
「俺が爆発したわけじゃないっつーの!」
「そうか……先月は、思いがけず大変な任務になってしまったが、今月はどういった内容なのだろうか」
「ユウキ、もしも危なさそうだったらバックアップ志願してよね!」
「えーやだよ、ガンガン前に出るよ俺。無理しない範囲で」
前期の実務研修はこの六月で終わりの予定。果たしてどんな内容になるのだろうか。
教室に戻ると、既にコウネさんもカイも、そして香月さんも揃っていた。
時刻は午後五時丁度。そして時計を確認したのとほぼ同時にジェン先生がやってきた。
「みんな、揃っているな? 二回目だからもう分かっているとは思うが、今月の実務内容についてのブリーフィングを始める。まず、今回も理事長から直接話があるので、しっかりと聞くように」
そして今回も現れた理事長に、教室内の空気が一層引き締まるのを感じた。
「一月ぶりとなりますね、皆さん。まず今回は初めに謝罪をさせて頂きます。前回の実務研修は、こちらの見通しが甘く、皆さんを想定外の危険に遭遇させる形となってしまいました。その事について、改めて謝罪させて頂きます。申し訳ありませんでした」
だが、元々そういった事態も起こりうると、俺達だって納得していたはずだ。
「前回の件を顧みて、今回はより一層任務の内容を精査しました。今回、皆さんに与える任務ですが、有体に言うならば『討伐任務』となります」
討伐……この日本に討伐する必要がある相手でもいると言うのだろうか?
まさか……対人任務なのだろうか? 俺と同じ考えに至ったのか、俄かに教室内の空気が変わる。
「安心してください。今回の討伐任務は、海上にあるゲート、その周辺に建設された魔力プラットフォーム、その建設候補地に発生した魔物を倒す事です」
「あの、質問良いですか理事長」
初めて聞く単語に、思わず挙手する。
「なんでしょう、ササハラユウキ君」
「魔力プラットフォームっていう言葉がまず初耳なんですが、なんとなくどういう意味かは分かります。けど、海の中にいる魔物を相手にしろ、という事ですか?」
「無策で挑むのならそうなってしまいますが、今回は新たに魔力プラットフォームを建設する為、一時的に海上にダムを建設。水位を低くした地点に入り込んだ魔物が相手です。十分に戦闘可能だと判断しました」
「分かりました。質問は以上です」
なるほど。じゃあイメージ的には……池の水全部抜いて、そこに残った魚を倒す、みたいな感じだろうか? さすがに例えの規模が小さすぎるか。
「ゲートは元々グランディアの外洋に位置する場所に発生していますが、そこからなんらかのはずみで海洋の魔物が紛れ込んだのだと思われます。それが地球の環境に適応、一部海洋生物を取り込み、繁殖した結果です。近年、ゲート近海で謎の事故が起こった、というケースが報告されており、恐らくこれがその原因の一つなのではないかと目されています」
「理事長。私からも一つ質問をさせて頂いても宜しいでしょうか」
すると、今度はコウネさんが手を上げた。なんだか少し意外だ。
「ゲートに限りなく近い場所での討伐任務となると、非常に重要性の高い任務だと考えられます。何故、一介の学生である私達にこの任務が割り振られたのでしょうか?」
確かにそうだ。ゲートはいわば、地球とグランディアを繋ぐ唯一の道。当然、世界中の注目を集めている場所であるし、当然どの国だってそこの異常は解決したい筈。
確かに日本の学生に任せるというのもおかしな話だ。
「グランディアから漏れ出る魔力を地球上の全てに行き渡らせるには、当然魔力プラットフォームや、そこから繋がる海底パイプラインが必須。その利権については全ての国が注目している状況です。だからこそ、特定の国家の正規軍が介入する事が難しい状況にあるのです。今回は、あくまで学生による社会見学の延長線上で起きた不測の事態の収拾、という形での任務となります。まぁ……少々汚いやり方ではありますが」
「なるほど……私達のクラスなら、地球、グランディア、その両陣営がいるから問題ない、という訳ですね」
「そうなります。まぁ欲を言えば、地球の日本人以外も生徒にいてくれたらよかったのですけど、残念ながらこのクラスに配属される事はありませんでしたから」
あ、確かに言われてみれば、このクラスの地球出身は全員日本人だ。
やっぱりゲートから一番近い国って関係で、能力が高くなりやすいのだろうか?
科学と魔力の融合という方面では、日本以外もかなり進んでいるのだが。
……だからどうしてその技術でゲームを作らないんだ、世界は。
もうここはVR技術を利用したゲームみたいなシミュレーターを誰かに開発してもらうしか……。
「質問はもう無いようなら、今から実務研修のスケジュールをそれぞれの端末に転送する。各自、目を通しておくように。分かっているとは思うが、自分のスマート端末にデータを移動するのは禁止だからな」
そしてスケジュールが表示される。六月の終わりから、七月の三日まで……そうか、日帰りで終わる任務とは限らないよな。後でしっかりイクシアさんに教えておかないと。
スケジュールを各自確認したところで、本日のブリーフィングは終了となった。
皆、いよいよ魔物との実戦だというのに、特に気負っている風には見えないが、恐らくグランディア出身の人間は既に魔物討伐の経験があるのかもしれない。
それに……先月、テロを起こした人間とも戦っているのだ。今更緊張もないのだろう。
「ササハラユウキ君。後程理事長室まで来てもらえますか?」
「あ、分かりました」
そして、今回も案の定呼び出される。……俺が出張らなければいけない状況も想定している、という事なんだろうか。
「……また、呼び出されるのか」
「ジェン先生。気にしないで下さい、これはちょっと家の事情みたいな話なんで」
「本当にそうなのか? ……理事長を疑う訳ではないんだが……もし、困っている事があるのなら私にも言えよ。担任なんだ、前みたいに生徒を失いかけるのは、嫌なんだ」
「……そっか。ありがとう先生。大丈夫、心配するような事はないから」
珍しい。ジェン先生が真面目な表情でそんな事を言うなんて。
いつも混じるからかいの色のない、真剣なその言葉に、ちょっぴり胸が温かくなった。
「失礼します。ササハラユウキです」
「入ってください」
もうすっかり慣れた物で、ノックと共に理事長室へ。
今日は丁度、部屋に飾られている絵画の埃を払っているところだった。
なんで『(´・ω・`)』の顔文字が絵画になっているんだ……。
「さて、今月もこの時期がやってきましたが……今回、場所が場所ですので、周囲に不審な人物が紛れ込むのは難しい状況です。油断は禁物ですが、肩の力を抜いても問題ありません」
「え、そうなんですか? なんだかこう、色々と国同士の摩擦が激しそうな場所ですけど」
「だからこそ、です。不審な動きを見せようものなら、各国の常駐船舶から何をされるか分かりませんからね。現状、グランディアに存在する過激派組織も、あの場所にはどう逆立ちしても近づけませんから」
「侵入するだけで目的達成となるような片道切符な精神の人間は近づけない……と」
地球との関係を悪くするのが目的で『ただ荒せばそれでいいや』みたいな連中が来られないのなら、成程確かに安心だ。ただ――
「……クラスメイトにもグランディアの人間はいますよ」
「自分からその話を振りますか。存外、貴方も割り切りが出来るタイプなのですね」
「別に、疑っている訳じゃないですけどね。ただ理事長の立場上、ここまでは考えているだろうな、と思いまして」
「ええ。ただ、この学園に入学してきたグランディア出身の人間については、全て調査済みですから。向こうの警察組織のような人間と、少々コネがありますので」
「なるほど」
ま、それくらいは当然だろうな。もうこの人のコネや影響力で驚いたりはすまい。
「ただ、これは子供の浅はかな考えだと切り捨てても良いんですけど……魔物が意図的に地球に紛れ込むようにされていて、それでこっちの自然環境保護団体に動くように働きかけている、って線はどうでしょう?」
「ありえません、とは切り捨てられませんね。少し似たような事は考ええていましたが、貴方もそう思いましたか。任務中、もしも貴方の目から見て、おかしいと感じた事がありましたら報告してください。それと――魔物の討伐でもしも生徒たちの手でも余るような事が、ジェンも含めて対処が難しいと感じたのなら、貴方にはその討伐もお願いします。平時ならば待機させている戦闘員総出でバックアップも出来ますが、今回は場所が場所です。作業員以外には貴方達のクラスの人間しかいませんので、対処の方をお願いします」
「了解です。あの、でもジェン先生ってかなり強いんですよね?」
「ええ、強いですよ。そうですね……貴方以外の全生徒、クラスだけでなく学園全体の生徒で挑んでも彼女には勝てないでしょう」
何それ恐い。全生徒って五〇〇人近くいますよね? それで勝てないってどんだけだよ。
「驚いているようですが、貴方も大概ですからね? ジェンでも貴方に勝てるかどうか」
「……そんなに強いんですかね、俺って」
「……そうですね、そのうち貴方にははっきりと自分の力が分かるような機会を設けましょうか。自己評価を正確にさせるのも上司の務め、ですからね」
「お手柔らかにお願いします……」
こうして、俺は今回も理事長からの依頼を受けたのであった。