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第一話

 さて、意味不明な一時限目を無事に終えた俺は、日頃からゲームの話題を共有する友人達に今の授業について訪ねてみる事に。

 内心まだドッキリかなにかだと疑っているんですよこっちは。

 だが、返ってきた答えは俺の疑念を打ち砕き、逆にさらなる疑問を生み出す結果となった。

『お前いつからあんなに頭よくなったんだよ? 帰りにシミュレーター施設で勉強でもしてたのか?』

 なんぞそれ。

 その聞き慣れない妙にSFチックなワードに、また随分と手の込んだ台本だなと疑いながら続きを促すと、おもむろにその友人は自分のスマートホンを取り出したのだ。

 で、結局俺はその謎の施設のPVと思われる映像を見せられ、本格的にここが俺の今まで生きてきた世界とはどこか異なる、おかしな世界だという確信を強めたのだった。


「なんだよあれ……ゲーセンだったはずだろあそこ……」


 その映像には、まるでSF映画やアニメ、小説の題材で取り上げられるようなヴァーチャル空間を縦横無尽に駆けまわり、迫力満点な戦闘を繰り広げるTVでよく見るアイドルグループの姿。

 そして極めつけのキャッチフレーズがこれだ。

『ここは、本物の戦場。集え、次代の英雄たち!』

 まぁまだ分かる。なにかアミューズメント施設のPVだろうと納得する事も出来る。

 が、映像の最後に『日本教育学会が推進しています』のテロップが。

 いやさすがにドッキリでその名前使っちゃイカンでしょうよ。

 というか今のアイドルだって俺一人のドッキリの為に雇えるようなギャラしてねーでしょうよ。


「帰りに寄ってみようかね」


 寄り道の計画を立てていると、先程の授業でこちらを見事に煽ってくれたショウスケがやってくる。

 昨日まではゲームの話題を繰り広げている俺たちを見下すような目で見ながら何かと突っかかってきていたが、今度はどんな理由で突っかかってきてくれるのでしょうかね。

 正直、あれくらいで反発していちゃあネトゲで遊んでなんていられないので、基本的にこいつの事はスルーしていたのだけどね。

 が、今日は違う。今の彼もまた、このおかしな世界に順応した別人だと仮定する。


「佐々原。少しは見なおしてやる。だが調子には乗らないことだな」

「調子もなにも色々困ってるんだよこっちも」

「……なにかトラブルでもあったのか?」


 ちなみに、突っかかってきはするが、別に性格が悪い人間というわけではない。

 学級委員長をもう何期連続で続けているか分からないくらい、こいつは周りの人間からの評判も高い。

 まぁ、俺らゲームばっかり組がいつも危機感の足りない会話を繰り返しているから、それが我慢出来なかったってだけなんでしょうね。

 潔癖というか、おせっかい焼きというか。


「気にすんな。それよりみんな何処に行ったんだ?」


 気が付くと、教室にいた生徒の大半が姿を消していた。

 移動教室か? けどもう最近は受験対策として、体育や技術、家庭科や、実験のような受験にあまり関わりのない授業はなくなったはずなのに。


「なにを言っている。次は戦闘術の授業だろうが。さっさと行くぞ」

「……はぁ?」




 ショウスケの後に続き、その戦闘術とやらが行われる場所へと向かう。

 体育とは違うのだろうかと尋ねたところ、体育は小学校までだろうと鼻で笑われてしまった。

 あれか、算数が数学に進化する的な。

 そして、体育館があったはずの場所へと歩みをすすめる彼に続いていくと、渡り廊下の先に見慣れない、巨大なドーム施設が現れたのだった。

 妙に金属質な、白い異質な存在。まるでどこぞの秘密基地かなにかのようなそのシルエットに恐怖を覚える。

 え、ヤダよ俺あんなとこ入るの。なんか白衣着た怪しい男達に捕まったりするんじゃないの?

 だがショウスケは勝手知ったる我が家のように平然と重々しい両開きの扉を開き中へと向かってしまう。

 ええ……おかしいってマジで。どういうことだよこれ。


「中は意外と普通……なのか?」


 施設内は、なんてことはないドーム球場内のロビーのような空間が広がっているだけで、先に来ていた他のクラスメイト達も皆そこに集まっていた。

 さて、そんな既にグループを形成しつつあるこの狂った世界になんの疑問も抱かない我がクラスメイツですが、なにやら興奮したように議論中の模様。どうしたのかね? ちょっとお兄さんも仲間にいれておくんなまし。


「何度も言うが、僕と君では勝負にはならない。君達が信仰するのは概念、そんなあやふやなものでは話にならないよ。信仰、確かな信仰こそが僕達に力を与えてくれるのだから」

「言葉を返すけどな、たとえ一人の思想から始まったとしても、それに救われ今日までありつづけた以上、それは立派な教えの一つであり、決して引けを取る――」


 やだ、なんなのこの二人。宗教戦争でもおっぱじめるつもりなんですかね?

 今互いにぶつかり合っているのは、クラスメイトの二人。

 こいつらは互いに教会の息子、寺の息子という生まれであり、いつも二人して『俺ら別に親の後、継ぐつもりもないしなー』『僕も無神論者ですしねー』てな具合で信仰心のかけらも持ち合わせず、同じように厳格な家庭を持つが故に意気投合した仲良しコンビだったというのに。

 そんな二人の様子に困惑しているのはどうやら俺だけの模様。周囲は皆『またいつものヤツか』なんて表情で眺めているだけときた。


「これほっといて良いのかショウスケ」

「さすがに俺が口出しすることじゃないしな。二人共身体強化系の成績がずば抜けているんだし仕方ないだろう。ライバルってああいうものなのだろうな」

「は?」


『身体強化系』ってなんの話ですのん?






 その答えは、意外とすぐにやってきた。

 訪れた体育担当の教師。その服装はいつも上下ジャージというお約束のものだったはずなのだが、今日現れた教師の姿は全くかけ離れたものだった。

 ライダースーツ……のようななにか。プロテクターが随所に配置された、やや近未来的なデザインの全身スーツで現れたのだ。

 待って。僕ら普通に学校指定のジャージですよ。なんなのこの温度差。


「じゃあ全員分のプロテクターを配布するぞ。今はこれだけだが、都心の学校じゃあすでに高校の段階でコンバットスーツを採用しているところもある。将来東京や海外に行くんだったら、今からそれを意識して動くように!」

「だったらうちの学校でも採用してくれよー」

「バカ言うな。スポンサーになる企業がこんな田舎にあるわけないだろう」


 ……? なに言ってんの先生。

 順番に渡されるプロテクターを受け取りながら、どうしたもんかと眺める。

 黒い、金属でもプラスチックでもない、微妙に重さのあるそれ。

 周りに倣い両肘、両膝、両肩。そして上履きの爪先と手の甲に装着する。

 やだ、ちょっとワクワクしてきた。


「じゃあ今日は前期の総まとめとして組手を行ってもらう! 名前を呼ばれた順に訓練室へ入って、残りは上で見学だ」


 ええ……ジャージにプロテクターつけてフルコンタクトの空手でもしろってんですか?

『へーい』とやる気のない返事をしながら移動する彼らについていく。

 訓練室内は全体が黒く塗られており、淡く発光するラインが俺のよく知る体育館と同じようなラインを描いていた。

 そんなちょっとサイバーチックな室内に、最初の生徒が足を踏み入れた。

 どうやら最初の組手とやらは女子二人。どっちも格闘技なんかとは無縁な子だ。

少なくとも俺の記憶では、両方とも休み時間になるときゃっきゃうふふと手芸の本を眺めるような、そんなゆるふわガール。


「では……始め!」


 その瞬間、二人の姿が掻き消えた。


「は!? え、なに今のなに!?」


 バレーコート程の広さのフィールドで、互いに一○メートル程離れていた二人。

 それが、教師の合図と同時に掻き消え、気がつけばフィールド中央で互い攻撃を受けている最中だった。

 片や、K1でも中々お目にかかれない見事な上段蹴り。

 そして、それを見事に手の甲で受けながらも、反対の手で拳を突き出している相手。


「おい! あの二人ってなんか格闘技やってんの!? 素人の動きじゃねーよ!」

「は? ただのワンステップムーブと加速乗せた蹴りだろ?」

「まぁ防御は結構綺麗じゃね? 反撃が届いてないけど」


 周囲にこの興奮を伝えようとしても、気だるい反応が返ってくるだけ。

 どうなってんの? ねぇこの世界どうなってんの? 君ら昨日まで『帰りに手芸屋さん寄ろうよー』『うんー!』とか言ってたよ!?

 それが今では、文字通り目で追うのがやっとの超高速近接戦闘を繰り広げておりますよ!?

 毛糸は? 手編みのセーターは!? いつからそんなコンバットガールになったの!?




「ダメだ……ついていけねぇ……」


 クラスメイト達の変化に置いてけぼりをくらっております、どうも僕です。

 あのさ、さっきの二人だけじゃなかったよ。一番ちっちゃな飛び級疑惑のある女子から、運動音痴で体育測定でも女子真っ青な記録を叩き出すゲーム仲間までがね、こうね、すごいの。

 バーっと加速して、ビュビュっと手足がね? もう表現出来ねぇよ。

 気がつけば、観戦席に残っているのは俺とショウスケの二人だけ。

 正直、今までだったらそれなりにやんちゃした経験もあるし、身体を動かすのも苦手じゃない俺が、この優等生君に負けるなんて事は考えられなかった。

 が、しかし……絶対無理だって! 俺あんな動き出来ないって!


「よーしじゃあ最後はいつもの二人。ほら、全員参考にしろよ。古藤は勿論だが、佐々原も戦闘術の成績はいつも二番手だからな。ほら、メカニック志望の生徒は戦闘後に二人のプロテクターを見せてもらうように。どの部位のシールドが一番減っているか参考にしろー」


 最早なにも言うまい。

 あれだ、ここはきっとパラレルワールドなんだ。そしてこの世界で生きてきた俺は、勉強は出来なくても体育は得意という俺とまったく同じで、それがこの環境でも発揮されていたと。

 じゃあなんで他のみんなはこうも違うんですかね!?


「今日も勝たせてもらうぞ、優木」

「待って腹痛いからパスで」

「嘘をつくな嘘を。ほら、さっさと行くぞ」


 ドナドナドーナー……お前こんな力持ちでしたっけ。


 で、ついに連れてこられた決戦のバトルフィールド()ですが、どうしましょう。

 今見てきた他の連中の動きですら僕、目で追うのがやっとだったんですけど……。


「では構え! ……始め!」

「え?」


 その瞬間、突風と共に腹部に突き刺さる鋭い拳。

 だが意外にも、思いっきり厚着をした状態でタックルを食らったような、衝撃はあっても痛みはそうでもないという不思議な感覚。

 それでも、吹き飛ぶのは当然な訳でして。今も僕の視界を流れていくのはここの天井の訳でして。

 背中から床に滑り落ち、そのまま壁際まで身体が流れていき、ようやく動きが止まる。

 いや無理無理無理! 痛くなくても恐いって! なんだよお前闘牛かよ! 俺赤くね……すまんジャージ赤だったわ!


「……おい、ふざけてるのか? それとも本当に体調が悪いのか?」

「あ……たぶんそうだと思う。もうなにがなにやらさっぱりなんだけど」

「……本当だったのか……いや、日頃の行いが……ああ、悪かった、謝る」


 意味がわからない。

 困惑と、この力を使う周囲に恐怖を覚える。

 だが――同時に悔しくもある。

 なんだ、なんだこの世界は。まるでゲームの中みたいな現象の授業があって、実際に非現実的な動きが出来て……面白すぎるだろ。

 なのに、俺はなんだ? なにも出来ないのかよ……。

 失意の中、俺は棄権の合図として手を上げ、ゆっくりと訓練場を後にするのだった。


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