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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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299/315

第二百七十九話

 出方を伺うべきか否か。

 その一瞬の思考の内に、俺の後方から一条の漆黒が通り過ぎた。


「待つのは性に合わねぇんだよ!」


 アラリエルのデバイスから放たれた狙撃が、キリザキへと吸い込まれていく。

 だが――そこまで遠距離から放たれた訳でもないはずの弾丸が、余裕を持って回避される。

 その場から一歩も足を動かさず、軽く体を捻るだけで回避して見せたのだ。


「全員、何もさせないつもりで攻撃」


 その回避能力に嫌な物を感じ、避け切れない波状攻撃を食らわせる。


「コイツはどうだおっさん!」


 無数の弾丸に紛れ、アラリエルの手から放たれる闇の魔法。

 それらを全て身体を反らしたり捻るだけで避け切ったところに、その体勢をさらに崩させるようにカナメの大ぶりの一撃が地面に向かい叩きつけられる。


「“大地裂閃”」


 ヨシキさんに伝授された技が、大地を揺らし、割る。

 足元を崩され、その斬撃の余波がそのまま地面を大きく切り裂き進む。

 キリザキも、流石にその場に留まる事を止めるも、異常な速度でその斬撃から一歩横にずれ、そのまま斬撃添うように駆け寄って来た。


「ならばこれだ」


 進路上の地面が隆起しうごめく。

 ショウスケの得意分野である地形変化による足止め。

 が、当然キリザキはその程度、なんなく跳んで避ける。


「後二手で積みだぞ」


 空中での回避は困難だ。空中での跳躍を自在にこなすのは実は高等技能だ。

 少なくとも、今まで戦ってきた相手でそれが出来た人間は片手で数えられるくらいだ。

 一ノ瀬さんの斬撃が空中に発生する。当然、このキリザキも片手で数えるべき少数派の人間だった。

 空中で軌道を変え、急降下からの――


「ハッ!」


 そのまま、キリザキは降下と同時に拳を強く地面に叩きつける。

 するとその瞬間、まるで地面が柔らかな物質に変化したのと見紛うように、波打ち波紋が広がっていく。

 その一撃だけで俺達も一瞬バランスを崩すが――


「ぬぅう!?」


 遥か後方から、青い極大の弾丸、いや炎の螺旋が飛来し、キリザキを丸ごと飲み込み、通り過ぎた炎の跡は完全に赤熱し、マグマと化していた。


「イクシアさん……」


 な……なんちゅー威力だ……あんなの即死だぞ……。


「……これは不思議ですね。今のタイミングでも回避したのですか」

「いやはや……生徒達の波状攻撃に気を取られていましたが……こんな伏兵が潜んでいたとは。これまで見たどんな魔法よりも凶悪だ。回避したのに右半身を火傷してしまいましたよ」


 少し離れた場所に、キリザキは立っていた。

 右半身の服がところどころ焼き焦げ、顔の右半分が赤く染まりつつあった。


「薬に頼る事になるとはね。それも貴女の」

「その薬は……!」


 すると、キリザキは見覚えのあるビンを取り出し中身を煽る。

 間違いない、イクシアさんがノースレシアの首都で売っていた薬だ。

 みるみるうちに火傷が治り、元の状態に戻ってしまった。


「とてつもない効能ですね。ただし多少ダルさが残る。これはそこまで回数は使えませんね」

「……確保されていましたか」

「もちろんですとも。このような有用な品、敵の手に渡る事を考慮していなかったのですかな?」


 確かに、こちらの事を調べている節があったのなら、当然あのカノプス打倒の作戦時の事も知っている、か。

 これは厄介だ。自分達が使う分にはこれ以上ない有用な薬も、敵が持つとなると……。

 もうあれだ。ゲームで言うところの『体力全回復アイテム』をボス側も使ってくる感じだ。

 でも――イクシアさんなら、こういう状況ももしかしたら見越しているかもしれない。

 カノプスを追い詰めた時だって、薬に仕掛けを施していたくらいだ。


「な……なんという事でしょう……どうしましょうユウキ、これは私のミスです」

「あ、了解です。大丈夫、そんなにたくさん飲めない薬なんですよね?」

「ええ……しかし敵側がどれくらい薬を入手しているのか不明です。気を抜くことは出来ません、最後の瞬間まで」


 対策してなかったみたいです。まぁあの時はこんな展開になるなんて予想出来る訳なかったもんなぁ。


「で……どうする、みんな。一応薬で少しだけ動きは鈍ったように見えるけれど、あの動きはちょっと目で追うのがギリギリなんだけど俺」


 このクラスで俺以上の動体視力と気配察知能力を持つのは、一ノ瀬さんとカイだ。

 二人に動きを目で追えているか訊ねると――


「多少動き始めは捉えられる。だが……そこから軌道が読めない。明らかに人体の限界を超えた軌道で動いている。カイのように体の一部を強引に魔法で制御している様子もない」

「たぶん、俺より速い。気配は辛うじて追えるけど、動きが不規則過ぎて気配を信用しきれない」

「んー……でも完全に捉えられないって程じゃないのか。なら実際に目の前で移動してるのに変わりない、と」


 こいつ、さっきから超人めいた動きで回避をしていたり攻撃をしているけれど、どことなく既視感がある。

 とくに……アラリエルの攻撃を回避した時とかだ。


「……アラリエル。もう一度隙を見てライフル乱射」

「分かった」

「コウネさん、あいつの体温下げて。俺達の体温も一緒に下がるだろうけど気にせずやって」

「分かりました」


 ひとまず一緒に弱らせよう。これならお互いに動きが鈍る。

 そうなれば動体視力で勝るであろう俺達に分がある。

 この男……ここまでの攻防を見る限り『全部相手の動きをしっかり見てから反応』しているんだ。

 普通は見て認識してからじゃ間に合わない回避を、超人的な動きで避けている。

 つまり『反射神経の速さは並で俺達より反応も動体視力も劣っている』のだ。

 まぁ後出しで追い越すような化け物じみた速さなのが問題なのだけど。

 だからそれさえ押さえたら……そして『この既視感が確信に変わったら』。


「……アンタ、そんなに元の世界に戻りたいのか?」

「ふむ。そうですね、戻りたいというより……この世界が許せないという方がしっくりきますね」


 少しでも情報を引き出せないか、俺は声をかけてみた。


「なぜ? なぜこの世界を拒絶するんだ」

「文化も、発明も、そして『人間を含めた生態系』も全て、歪んでしまっているからですよ」

「……なるほど。アンタの場合は『文化』の比重が大きそうだ」

「ほう? 何か掴めましたかな?」

「まぁこんだけ精神的な隙を晒してくれりゃね」


 アラリエルに意図が伝わり、すぐさま黒い弾丸が無数に撃ち込まれる。

 そしてやはり――『その場で足も動かさずに無数の弾丸を上体を反らしたり捻ったりして回避』する。

 ああ、やっぱり。じゃあ最初の隕石は――破壊したらそれで解決だもんな。そりゃ消えるわ。


「カナメ以外全員で猛攻。イクシアさん、必殺クラスの魔法だけでとにかく即死を狙ってください。みんな、イクシアさん主体で攻撃を組み立てて」

「分かった! 何か糸口をつかんだんだな!?」

「ああ。カイ、現状お前の動きだけがアイツに追いつける。とにかくアイツを休ませるな」


 みんなに指示を出し、俺はカナメと少しだけ後方に下がり、細かい指示を出す。


「ユウキ君、どうするんだい?」

「……出来るだけ残酷に殺す。非道な手段に徹するんだ。仲間ごと殺すくらいの気持ちで。カナメなら、仲間を巻き込んで殺しつつ、仲間の被害を『瀕死で留める』くらいできるだろ」

「……意味があるんだよね、その指示に」

「ああ。たぶんアイツは『そういう極度に残酷な攻撃に慣れてない』はずだ」


 さて、サトミさんには全力の治癒魔法と、仲間全体に今の内に断続回復を発動してもらおうか。

 ここからは過度に大げさに残虐に戦うぞ。

 アングラな、眉を顰めるような、大衆がそっぽ向くようなそんな戦いに。

 どうやら相手は『大衆向けの作品が好き』みたいだから。


「みんな! こっから俺とカナメも参戦する。俺達がどんな攻撃をしても文句言わないで」

「と言う訳だから、こっからもうちょっと激しくなるよおじさん!」


 大声で全員に聞こえるように宣言する。

 皆が頷く中、キリザキもまた――


「いいでしょう。若者の無茶に付き合うのも年長者の務めですから」


 余裕を見せている。

 いいさ、その余裕……削り取ってやる。








 ユウキが到達した答えは『キリザキは映画の再現をしている』という物だった。

 巨大な隕石の襲来も、弾丸をその場で避ける動きも、ありえない速度で身を躱していく動きも、全てユウキは元の世界の映画で見た記憶があったのだ。

 だからユウキは考えた。

『自分自身は映画の再現は試していない』『自分は出来るのか』と。

 簡単に試そうとしたが、それは残念ながら叶わなかった。


「じゃあカナメ。基本的に正面から正々堂々はなしだ。俺とこれまで組手とかして、結構卑怯だったり意識外からの攻撃だったり、おかしな攻めや読み、そういうのを感じた事あっただろ? それを意識して戦ってくれ。もちろん、味方を巻き込んだり、最悪もろとも攻撃しても良い」

「……了解。そこまでの相手、なんだね?」

「俺と五分かもう少し上。範囲攻撃に絞ったら遥かに格上。でも……俺の読みが正しければ対人は俺が圧勝出来るかもしれない」



 カナメとユウキ、そして後方支援担当のショウスケとサトミを除く六人を相手に、互角以上の戦いを繰り広げるキリザキ。

 ミコトの神速の抜刀による連撃、激しいダンスのような苛烈な攻撃を、まるで吸い寄せられるように全ての刃を手で受け止めはじき返す。

 死角から降り注ぐ氷の刃も、見えていないはずの地面を這う雷も、キリザキはステップでも踏むように回避し、氷の刃の降り注ぐ戦場かいくぐる。

 アラリエルからの攻撃も、続くコウネの操作する氷の刃の射出も、軽く手をかざすだけで、すべての弾丸、刃が空中で静止し、地面に落ちる。


 カイの雷を纏う高速移動も、同じくらいの速度で対応し、そこに極大の一撃、空中から迫りくるセリアの攻撃を、キリザキも自ら空に飛びあがり迎撃する。

 超人にしか思えない戦い。そして攻撃を回避し、受け止め、無効化する超常現象めいた防御手段。

 まさに無敵とも思える攻撃。

 だが――


「っ! く……ぐぅ……ガハッ!」


 突然、キリザキが大きく飛び退り、逃げの動きを初めて見せる。

 そのまま苦しそうに背中を丸めながら、ヨロヨロと森に向かい、最後の力を振り絞るようにして駆け出し、姿を隠してしまう。

 それと同時に、近接で戦っていたカイ、ミコト、セリアが膝をつき肩で息をする。


「申し訳ありませんでした。ですが、どうやら相手も無敵ではない事が分かりました」

「物凄い魔法ですわね……」

「ですが、私では時間がかかりすぎます。これなら……アラリエル君に教えを授けておいた方がよかったかもしれません」


 やや離れて戦っていたキョウコが、感嘆の表情を浮かべる。


「イクシアさん、闇属性の適正ってほぼないんですよね? よく使えましたね……」

「闇は元々適性が無くても万人がうっすらと使える属性です。ただあまりにも効果が薄く、誰も気にも留めないだけ……ですが、私も多少扱えるんですよ」


 コウネの疑問に答え、同時にアラリエルが近くに来て説明を求める。


「俺に教えをって……どういうことっすか?」

「アラリエル君は闇属性を『氷に付与するやり方』でしか利用していませんよね。ですが……炎に適用する術を教えていたら、私と同じように『熱のない無色の炎』も扱えた……という事です。酸素を、空気を奪ったんです、局所的に」

「うへ……! 随分えげつないっすね……」

「ですが流石に私では即効性がなく、異常を検知され逃げられました。すぐに体勢を立て直してやってくるはずです」


 イクシアの秘策とも呼べる奇襲魔法。

 だが、これで逃げられてしまった以上、次からは通じないとイクシアは考える。

 だが、それでいい。相手の思考の一部を支配出来るのならば。

『留まり過ぎてはまた呼吸を止められる。最悪一瞬で昏倒しかねない危険な魔法だ』という認識をキリザキの脳に刻み込む事が出来たのだ。

 それは、ユウキが好んで使う先方の一つ。読みあい、思考誘導、戦いの最中に相手の脳を疲弊させる戦法だった。

 息子の過去の戦いを全て映像で確認、考察するくらい息子の全てを知りたいと願うイクシアだからこそ可能な攻撃方法だった。


「俺が……俺がもっとこの剣の力を引き出せていたら……」

「いえ、カイ君は十分に努力しました。まさか……剣の方が『昔の持ち主の力を引き出す事を拒否する』とは思ってもみませんでした」


 同じく体勢を立て直すカイ達もまた、イクシアの術のおかげで休憩する事が出来ていた。

 もう、ギリギリだったのだ。極限の戦いを、異界を通って来たままの状態で戦っていたのだから。


「イクシアさん、それにみんな! 一回仕切り直してるところ悪いけど、俺は先にキリザキのところに行くよ。距離をあんまり開けられるのはマズい。どうやらアジトじゃなくて後ろの森の方に移動したみたいだけど」

「僕も同じく行ってくる。みんな、ここで少し休憩してて、ここからは僕とユウキ君二人でやる」


 作戦変更を余儀なくされたユウキは、仲間を一度置いていく選択をする。

 そして――


「今なら言えるな。みんな、後ろから俺達を追ってきたら……俺達ごと一気に攻撃して殲滅するように動いて。犠牲をいとわない汚い戦い方じゃないと通じない。今だってそうだ。イクシアさんは前衛を巻き込んだ奇襲を成功させた。俺も、同じ結論に達していたんだよ」

「そんな……ユウキを巻き込むなんて……」

「大丈夫、最低でも即死はしないように避けるから。俺もカナメも、ギリギリ生き残るつもりで意識しておくから。お願い、イクシアさん、みんな」


 半ば玉砕覚悟のユウキの作戦は、受け入れられるか否かを聞き届ける前に、カナメと共にユウキが森に去ってしまった事で議論を中断させられる。

 ユウキには確かな思いがあるのだと、皆理解をしてはいるのだが――


「……さて、どうやらユウキ君はみんなを待たずして決めるつもりにようだ。僕は一足先に彼のところに行くよ。みんなはもう少し態勢を整えるんだ」

「BB……」


 戦場をただ眺めていたBBは、決着の時は近いと、追うように森へ消える。

 とても、嬉しそうに。






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