第二百七十八話
「総長、どうやらこの森に侵入者が現れたようです」
「ん、そうか。ミコトをうまく仕込めなかったんだな、僕は」
「ある程度薬も使いましたが、どうやらあちらに残る決意をするような出来事でもあったのでしょうな」
「元々分の悪い賭けだったし問題ないさ。それに……遅かれ早かれ邪魔が現れるのも分かっていた。ここまで力を温存しておいて正解だった。『キリザキ』お前は残りの人間を率いて足止めを頼む。いや……一人でも多く殺してくれ。僕は万が一の為にセリカを移動させる。これが僕達の最期の戦いになるかもしれないんだ、全力で行くぞキリザキ」
「了解しました総長。兵は使い捨てにして良いのですね?」
「構わない。どうせこの世界で生まれた癖に社会に馴染めないただの社会不適合者だ。遅かれ早かれ犯罪を犯すようなクズ共だよ」
冷徹に指示を出す一ノ瀬セイメイ。
ミコトの前で見せる兄としての仮面を脱ぎ捨てたそこには、自分の目的の為ならばどんな犠牲も払うという、一種の狂信者にも似た顔があった。
「……戦闘用意。魔物じゃないね、これは人だ。僕は避難しておくから任せたよ。それと……言わなくても分かっているだろうね?」
森を奥に奥に進むにつれ、うっすらと肌寒くなる。
気候が急激に変わったとは思えないのに、見えている風景に変化もないのに。
それを感じたと同時に、BBから敵の襲来を告げられる。
「分かっています。捕縛しようとは……思いません!」
一番槍として士気を挙げるべく、言い終えると同時に疾走と居合の構えを取る。
木々を、茂みを、見えている全てを無視する速度で接敵。
敵の驚愕の表情が浮かぶと同時に、『ソレ』がそのまま宙を舞う。
「一人」
右足を大きく踏ん張り、局所的な身体強化で強引に方向転換。
速度を落とさずに、武器を構え始める男の真横を通り過ぎ際に刀を再び抜刀。
「二人」
血を払う動作でそのまま風の刃を射出、駆け寄ってきていた人間を切断する。
「三、四」
跳躍、一瞬だけこちらの姿を見失った集団に、上空から風絶を放ち、周囲を切り刻む。
「九」
着地と同時に分け身風を発動、木々を縫うように駆け巡り、隠れている人間ごと森の木々の数を減らす。
「二一」
無呼吸で動けるのはここまで。
一息つき、すぐに身を隠し後続の仲間達に合図を送る。
「左右に散開。バランス考えて」
「りょ、了解!」
みんながバラけるのを確認して、今の数秒で倒した人間に対して、相手側に残っている戦力を目測で計算する。
「……この位置この距離で目視五〇人前後か。一ノ瀬さんの情報よりかなり多いけど、こりゃただの雑魚だな」
たぶん、一般戦闘員だろう。これならみんなが後れを取る事もない。
けれども、こちらの戦力を過小評価しているとも考え難い。
……考えられるのは時間稼ぎ? いやな予感がする。
すぐさま無線で全員に連絡を入れる。
「ごめん今すぐこっち、俺がみんなに指示を出した場所に集まって。交戦中なら仕留めてから」
『『了解』』
疑問は口にしないみんな。俺は別に指揮官でもなんでもないけれど……こういう殲滅戦の経験なら、一番あるだろうから。
かつて、リョウカさんに成りすましていたリョウコに、俺は幾つもテロ組織を潰させられてきたから。
「みんな戻ったね。キョウコさん、ハムちゃんで周囲を索敵。出来れば集団から著しく離れている人間を探して」
「既に開始しましたわ」
「アラリエル、闇の粒子を森全体に可能な限り散布して」
「あいよ」
「コウネさんも氷の粒子で同じ事を」
「分かりました」
これは予感と予防だ。
「カナメ、カイ、一ノ瀬さん。何が起きても対処できるように最高の一撃が出せる用意をして」
「分かった。何か……来るんだな?」
「たぶん。敵が明らかに時間稼ぎの布陣だ。それに弱すぎる。範囲攻撃でまるごと潰す算段でもあるのかも」
「考えられるのは爆発か巨大な物質の落下か、地面の陥没ってところかな?」
「そう。アラリエルとコウネさんは粒子の動きに揺らぎがあったらすぐにその周辺を凝固。キョウコさんは孤立している敵を見つけたらそのままはむちゃんに特攻させて」
「分かりました」
「ショウスケはみんなから少し離れて全体を監視。みんなの死角を潰すつもりで。サトミさんはショウスケと一緒に行動、回復魔法はいつでも使えるようにして」
「心得た」
「了解!」
そして俺は、カイ、一ノ瀬さん、カナメと一緒に力を蓄え周囲の気配を探る。
「イクシアさんとセリアさんは魔法の気配を探ってみて。もし見つけられないようなら……防御に使えそうな魔法を――」
その瞬間、目に見える全てに影が差す。
すぐさま頭上を見上げて絶句する。
「な……! カナメ、俺と一緒に跳ぶぞ!!!」
「わ、わかったよ!」
全力で跳躍、途中で木の頂点を蹴りもう一度。
更に空中を二度蹴り、高度を限界まで上げ『それ』を目指す。
カナメは槍の力で何度も空中に固定した槍を蹴り上がり、俺と同じく『それ』に向かう。
「ふざっけんなよ……! こんな魔法実在するのかよ……!」
「これ、僕らに壊せると思う?」
カナメと二人で『目の前に迫る巨大な隕石』に全力の攻撃を放つ準備をする。
カナメの振るう斧槍が、俺の抜き放った刀が、轟音とともに隕石にめり込む。
鈍い音と、腕が折れるような力を感じながら――
「あああああああああああああ!!!!!」
「グウウウ……ガアアアアアアア!!!」
雄たけびと共に、互いに一撃を振り抜く事に成功した。
その瞬間、強烈な爆発音とともに地面に向かい弾き飛ばされる俺とカナメ。
そして無数に降り注ぐ隕石の破片たちが――空中で霧散し消えた。
「……幻覚? いや、違う……」
「マジで巨大な隕石だった気もするけど、なんか……現実感がない」
でもダメージはある。地面に叩きつけられる寸前で体勢を立て直した俺とカナメの腕は、隕石と武器の衝突の衝撃で完全に折れてしまっている。
ジンジンと燃えるような熱と共に、痛みがようやく脳に伝わって来た。
「ぐ……」
「折れてる……ね」
間違いなく実体のある攻撃だった。なんだったんだ、今のは。
「ユウキ! カナメ!」
「カイ! まだ油断するな!」
「っ! わかった! サトミさん、二人に回復を!」
「はい!」
駆け寄って来たサトミさんの回復魔法で、あっと言う間に痛みが引く。
すごい回復力だな……。
「今のは……魔法の反応はありませんでした。ですが実在する物体でした。召喚……巨大な隕石を召喚したとでも言うのでしょうか」
「本物の隕石ならあの距離で目視してから破壊が間に合う訳がありません。あれは……たぶん……」
まるで演出のような、見せる為の映像のような、そんな隕石だった。
でも、あのままにしておけば確実に、この辺り一帯が焦土になりかねない物。
まさしくこちらを一気に殲滅する攻撃だった。
「アジトを目指しましょう。森に潜む雑兵は大方始末したみたいですし」
「そのようですわね。ただ……孤立していた人物に向かわせたはむ子が全滅しました。それに……アジトと思われる建造物の前に移動しましたわ」
「……待ち構えるって訳か。みんな、損傷具合の確認。サトミさんは治癒をお願い」
今の攻撃はなんだ? どんな力……なんだ?
アジトに向かいながらも、俺の頭は今の攻撃の正体、どういう力によるものなのかだけを考えていた。
ヒント……これまで戦った原理回帰教の人間の力、特殊能力……ダメだ、アイツらと直接交戦した事なんて殆どない。しかも不意打ちで仕留めたのが殆どだ。
でも……確かオーストラリアの植樹地に出来た軍事基地で……戦った。
飛行機の発着場で、向こうの指揮官と思しき男と……まぁマザーさんに何かされて死んでしまったけれど。
あの時……あいつ……リオちゃん曰く『ヨロキ』と呼ばれていた男はどんな力を使った?
神がかり的な槍捌きを見せていたくらいしか分からない……でも確かあの時――
『ジョーカーを倒すつもりですか?」』
『……そうだ。あれは、我々の最終目標の前に必ず立ち塞がる。ならば廃する策を講じるのは当然だ』
ジョーカー攻略の目途がついているような事を言っていた……?
「……ダメだ情報が少なすぎる」
原理回帰教に限らず、元の世界から来た人間はどんな力を使った?
たとえばディオスは……魔法、魔力の無効化……?
「いや、アイツよりももっと参考になる人間がいるだろ……」
それは俺自身だ。俺は……なにか特別な力があるのか?
でも俺は、並外れた身体強化に物を言わせ、元の世界の娯楽作品の再現をしてきただけじゃないか。
それこそ、来てすぐの頃はなんかすごい魔法でも使えないか躍起になったものだ。
フ〇アとかアル〇マとかメ〇オとか。
この世界にはあのゲームないから、再現してもバレな――
「……隕石……?」
いや、待て待て。
「……俺は……どうやって身体能力強化を覚えた……?」
コツってあったか? 俺、アニメの動きや修行シーンをイメージして動いてたら、それで……。
「いやいやいや……え……」
まさか……俺も、ディオスも、原理回帰教も……本質は全部同じ力……なのか?
「再現……する力……?」
いや、確証はない。でも……あの隕石の違和感はそれだ。
本物の隕石は大気圏を突入後、とんでもない速さで地表に激突する。
でも俺とカナメが壊したのは、空からゆっくりと、ありえない大きさのまま近づいてくるものだった。
ゲームや映画の演出で、宇宙空間をゆっくり進む映像をそのまま空で再現したかのような。
だから、その再現を俺とカナメが破壊したらから、その後霧散して消えていった。
そう考えたらあの隕石は説明出来る……かもしれない。
「でも俺にあんな魔法は使えない……いや、魔法が使えるようになってからは試していない……?」
俺が考えた魔法、奥義。
あれも大概ではないか。規模が大きすぎる。でも俺が『こんな威力の凄い技』と望んで開発していた。
イクシアさんが『習得が難しい』と言っていた風の分身も、短期間で習得した。
俺、魔法はそこまで得意じゃないのに。
これも……再現なのか?
「だとしたら……やべぇな。相手が自分の力を理解してるなら……」
どこまでの事が出来てしまうのか、想像すら出来ない。
「ユウキ! さっきからどうしたの!? もうすぐアジトだってBBが言ってる!」
「っ! 了解! みんな、相手はたぶんさっきみたいな魔法をバンバン使ってくる。とにかくそういう攻撃はなんとか正面から破壊を試して! もし俺みたいな動きで肉弾戦を挑んできたら、極力多対一で動きを封じて! とにかく行動を邪魔するように戦うんだ!」
森を抜ける。
いや、森が途切れるという表現の方が適切だろうか。
唐突に森が無くなり、荒野と化した空間が現れ、そこに聳え立つような無骨な建造物。
「あれがアジトだ、みんな」
「いかにも……な見た目だな」
一ノ瀬さんがここをアジトだと断言する。
確かにいかにもテロ組織や秘密結社が潜んでいそうな外観の、無骨な建物。
すると――
「いやはや……そこまで期待はしていなかったのですがね。しかしそれでも失望を隠せません」
アジトの入り口から、一人の男性が現れる。
初老……だろうか? 年齢不詳の男性が、ゆっくりと歩み出てくる。
コンバットスーツを着用するでもなく、オフィスカジュアルの出で立ちで自然な様子で。
「……お久しぶりですね、英雄ササハラユウキ殿。そして貴女にはがっかりですよ、一ノ瀬ミコトさん」
? お久しぶり……?
「おや、覚えていらっしゃらないようですな。それも仕方ないでしょうか。一度……船上でお話をしただけですしね」
船の上……俺が船の上で知らない人間と会話した事なんて……。
いや、去年か? いや、確かに記憶にある……!
セシリアの用意した実務研修、世界樹の苗を護衛する為にセリュミエルアーチに向かった時……確かに珍しく日本人の男性がいて、話しかけられた記憶がある……!
「……今の世界の在り方を歪だ……なんて言っていましたね」
「思い出して頂けましたか。貴方達がセリュミエルのあの女に利用されている様子を監視していたのですよ。いやはやお懐かしい……貴方達は見事にセシリアの片棒を担がされ、両世界の断絶の一歩を歩まされていましたな」
「……原理回帰教は、あの時確かにUSMと協力関係にあったはずだ。それが何故、今世界全体の破壊を目論むんだ?」
俺は気になっていた事を訊ねる。
「簡単ですよ。地球とグランディアが断絶、繋がりを絶たれてしまうと、二つの世界を同時に破壊出来なくなるでしょう。この繋がり汚染された両世界、どちらかが存在していては『真実の世界復活の妨げになる』」
「……なるほど、そう信じて動いてきたんですね、アンタらは」
なるほど、敵だ。どこまでも敵だ。
一時でも協力出来たなら……なんて考えが甘かったんだと理解した。
「しかし一ノ瀬ミコトさん、貴女にはがっかりです。所詮、偽りの家族なのでしょうかね」
「偽り……だと?」
「少々話過ぎましたね。申し訳ありません、今回貴方方は望まれぬお客様なのですよ。出来れば先ほどの攻撃で全員ご退場して頂こうと思いましたが……少々手間ですが私が自らお相手してさしあげます」
自然体で、俺達の射程圏内まで近寄る男性。
先制攻撃をするべきか、出方をうかがうべきか……あまりにもこいつの力が未知数過ぎる。
「改めてご挨拶を。私『キリザキコウヘイ』と申します。しがない銀行員でございましたが、今は……戦闘を少々」
この紳士を、俺達は殺す。




