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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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第二百七十六話

『ヒビだらけの世界』

 俺達が再び異界に突入した時、真っ先に頭に浮かんだ言葉だ。

 突入の為に用意された物資をリュックに背負い、砦のゲートに飛び込んだ俺達SSクラスの生徒とイクシアさん、そしてBB。

 かつて、この入ってすぐの場所に設営されていたカノプスの先遣隊の拠点だが、今は全て撤去されていた。

 けれども、今はそんな事よりもこの視界を埋め尽くさんばかりのヒビに意識を持っていかれる。


 空も、大地も、何もないはずの目の前の空間、いたるところにヒビが奔り、景色が欠けている。

 異界の外とは比べ物にならないヒビの密度に、今回の事件の異様さがひしひしと伝わってくる。

 まるで、今ここを通るだけで全てが崩れ落ちてしまいそうな、俺達までどこかに永遠と落下していってしまいそうな、そんな不安に駆られる程、凄惨な光景だった。


「そんな……これだけ異界にヒビが……」

「でも、仮に異界が壊れてなくなるとしたら良い事じゃない? 魔物があふれ出す事は問題だけどさ」


 誰かの呟きに、カナメが若干楽観的ながらも、正論とも取れる発言そした。

 確かに危険な世界が消えてなくなるなら……それは喜ばしい事のはずだ。


「やっぱり、そろそろ説明しておいた方が良いのかもしれないね。たぶん、イクシアさんの推論である『凶悪な魔物を異界の外に召喚する事が目的』という話だけれど、僕の予想ではそれは連中の目的の三割ってところだと思うよ」


 こちらの話を聞いていたBBが、おもむろに語りだす。


「と言いますと? BBは今回の事件の目的、原理回帰教の目標に心当たりがあるのでしょうか」

「そうだね、あるよ。そしてこのヒビだらけの世界の意味もおおよそ予想出来る」


 それは、俺も少しだけ予想出来る。


「……カナメの言うように『異界が壊れそう』って言葉が正解なんですね? BB」

「うん、そういう事だ。ユウキ君は気が付いたんだね」

「……はい。あの、話すんですか?」

「出来れば最後までみんなには教えないでおきたかったんだけどね。けれどもここまで大規模な術式を発動された以上、全て話して注意を促す方がいいと思ったんだよ」

「そんなに危険なんですか……? このヒビが」

「グランディアに現れたヒビと異界のヒビは性質が違うようだからね。みんな、空間の裂け目からは何が見える?」


 BBに促され、大き目なヒビ、裂け目や穴をのぞき込むと、予想だにしない光景が広がっていた。

『どこか建物の中の風景』『はるか上空から大地を見下ろす光景』『暗く、まるで地中のような光景』。

 そんな、グランディアと思われる世界の光景……だけではなかった。

『明らかに地球だと思われる都市の風景』『逃げ惑うどこかの国の住人の様子』。

 そう、地球の光景もそこに映し出されている。

 だが……それだけではなかった。


「なんだこれ……認識出来ない……何か見えたのに、確認しようとすると別の何かに……変だ、気持ち悪……」

「まるで思考の追いかけっこだ……何かの風景なのに理解出来ない、どんどん変わっていく」


 カイや一ノ瀬さんが不気味そうにそう漏らす。

 俺にも、よく分からない光景。けれども時折、理解出来る物が混じる。

 あれは地球だ、ただの地球。でもどうしてこんなに曖昧に見えるのだろう?


「みんな注目。今からBBお兄さんが世界の重大な秘密を話します!」


 すると、こんな状況なのに少しふざけたようにBBの語りが始まった。


「なんと、世界は今我々が暮らしているこの世界だけではありません! この世界とは歩んできた歴史が違う、まったく異なる世界が存在します! まぁこれは地球限定の話なんだけどね」


 なんでもない風に、唐突に核心から先に語る。


「ええと……それはどういう?」


 イクシアさんの困惑。

 彼女だけじゃない、他のみんなも全く理解出来ない様子だ。

 それも仕方ない事なのかもしれない。だって『この世界の住人は受け入れる下地がまったく存在しない』のだから。

 漫画やアニメ、ゲームや小説、それらの娯楽で取り上げられるSF作品という下地が、予備知識がまったく備わっていないのだ。

 この世界に、それらが存在していない以上……仕方ないのかもしれない。

 いや、もしかしたらSF作品だってあるのかもしれない。でも、それらが殆ど発展してこなかったのがこの世界だ。

 日本以外ならSFを取り扱う書籍だってあるかもしれない。でも、それだって育たなければ、今を生きる人間に伝わらない。

 故に、BBの最初の発言を理解出来る人間が、この場にはいなかったのだ。


「今、僕達が生きているこの世界。その歴史とまったく違う道を辿った世界が、この世界と並行線上に存在しているって思ってくれていい。お互いに絶対に交わらない、行き来も出来ない世界だ。でも、確かに存在している」

「つまり……ifの世界、ということですの?」

「そう、ifだ。そして君達には少しショックかもしれないけれど……この世界がその『ifの世界』なんだよ」


 そうBBは言い切った。


「待ってくださいBB。では、この世界の元になった世界が別に存在している……つまり俺達の世界は偽物だというのですか?」

「いいや、それがこの話をややこしくしているのだけどね。コトウ君、君は実験の過程で生まれた別な成果を『偽物』と呼ぶかい? 『失敗』とはもしかしたら呼ぶ人もいるかもしれないけれど、根本的にそれは『別な成果』『新しい成果』『異なる結果』と呼ぶんじゃないかな? だからこの世界も『別な世界』『異なる結果』として存在してしかるべき、紛れもない本物の世界なんだ」

「な、なるほど……話の腰を折ってしまい申し訳ない」


 そうだ、ここは偽物なんかじゃない。新しく生まれて、別な歴史を歩んできた世界なんだ。


「そして今、君達が見たこの異界のヒビの中に、まともに認識出来ない不気味な光景があっただろう? それは『別な歴史を辿った異なる世界』だからだよ。本来認識できない存在、交わる事のない存在を観測してしまった結果、この世界はそれを正しく君達に認識出来ないように歪めてしまう」

「それがこの、よくわからねぇ景色だってのか……じゃあなんでそんなもんが異界から見えるんだ?」


 アラリエルの疑問こそが、俺達全員の知りたい事だ。

 まさか異界は俺の元居た世界にも重なっているとでも言うのだろうか?


「異界はね、世界同士の狭間にある不安定な場所なんだ。だから地球にもグランディアにも、そして別な歴史を歩んだ地球にも隣り合っている。というか、どの世界にも属さない場所にある世界だから、逆に言えばすぐ近くにどんな世界でもあるっていう、非常に不安定な場所なんだ。そこはもう不安定過ぎて、まったく理解出来ない。だからこの異界の端に行くと、何もない無が広がっているように見えるんだ。君達にも経験はないかな?」


 そういえば……異界を彷徨っているとき、俺達は世界の終端、何もない、認識できない存在が広がっているのを見た事がある。


「さて、じゃあ世界がいくつも存在すると理解出来たかな? その上でもう一度考えてほしい。このヒビだらけの世界、これを引き起こした原理回帰教が何を目的にしているのか」

「破壊、でしょうか……?」


 一ノ瀬さんが、恐る恐る答える。

 自分の兄が本当は何を目的にしているのか、それを自分で考えた上で、その答えに辿り着く。


「正解。異界を壊そうとしているんじゃない、異界ごとグランディアも地球も、全て壊そうとしているんだと思うよ」

「そんな!!! どうして、どうして兄がそんな事を望むのですか!?」

「……それは本人に直接聞くしかないよ。僕の予想なんて、本人の口から語られる真実の千分の一の価値すらないんだから。ただ、この世界のヒビには気を付けるんだ。ヘタをしたら狭間の世界に落ちて、永遠にそこを漂う事になるかもしれないのだから」


 そう説明された俺達は、より一層このヒビに注意を払いながら、異界を進んで行くのであった。






「……ユウキ。ユウキはBBのあのお話……以前から聞いていたんですか?」


 行軍の最中、イクシアさんが隣にやってきてそう訊ねてきた。


「はい。この話は出来るだけ広めない方が良いという方針でした」

「なるほど……随分とスケールの大きな話で、全ては理解出来ませんでしたが……ユウキはこの問題に前から向き合っていたのですね」

「俺も、全部理解している訳じゃないんですけどね」

「しかし、それでも私には理解出来ません、この世界を破壊するのが目的なんて……」

「それは……」


 俺は、分かる。この世界に適応出来ない人間だって、きっといるはずだ。

 だからって世界を滅ぼすなんて馬鹿げているとは思うけど……ありえる話なんだ。

 元の世界にいた頃だって、社会を恨んでテロ行為に走る人間はいた。

 それが、この世界で実現できるテロの規模が、最大限に膨らんだ結果が今の状況なんじゃないのか?

 この世界そのものに適応出来なくて、この魔法と交わった世界を否定したいんじゃないのか?

『原理回帰』って、そういう意味なんじゃないのか?


「ユウキ?」

「あ、いえ。少し周囲を警戒していたんです」

「そうですね、ここは魔物の本拠地……けれども、それにしては魔物の気配を感じません」


 確かに、ここまで異界がめちゃめちゃになっているなら、ここの魔物も暴れたりしていそうなものだけど、そういう痕跡も特に見当たらない。

 これはどういう事なのかBBの見解を聞いてみると――


「異界側の暴走具合に対して、魔物は一定の種類だけが送られてきていたね。つまり、あらかじめ魔物を特定の地域に集めていた可能性がある。今見えているのはあくまで世界へのダメージで出来た亀裂。魔物を送る為のゲートのような物は、別に用意されているんだろう。それこそ、原理回帰教にはゲートの力をある程度コントロール出来る人間がいるかもしれないって話だし」

「なるほど……じゃあ本拠地に近づく程、こっちも警戒しないとですね。一ノ瀬さん、アジトの正確な場所ってここからどれくらいかかるのかな?」


 先頭を行くBBと一ノ瀬さんに聞いてみると、一ノ瀬さんは『まず私達が岩塩を採掘した湖跡を目指している』と教えてくれた。

 あの綺麗な青い岩塩が採掘出来た場所か……。

 が、その話にBBが食いついた。


「なんだって!? こっちにはまだそんなに青岩塩が残っているのかい!? いや……異界が仮に消えたらこの場所はどうなるんだ……元々の位置に戻るのか……? だとしたらノースレシアに青岩塩が流通するのか……しかしコストが……今ならまだどの国の資源でもない……今日少し持って帰るか……二百キロくらい……」

「すげぇっす。この状況でそんな欲望まみれな事考えられるなんて」

「……いや正直不謹慎だった、申し訳ない。でもマジで欲しい。あれほど見栄えの良い飾りはないからね……しかも調味料として使えて同時に飾り付けられる。神秘性と高級感を演出するならあれほど良い物はないぞ。白身魚のカルパッチョなんかを白い食材で統一して作り上げて、最後の味のアクセントにあの青い結晶を散らす。器はガラスの流し模様……清涼感と海を切り取ったかのような一皿に仕上がるだろうね」

「なんでメニューまで考えてるんですか」


 ブレない。それほど余裕がある事にこっちも安心したらいいのか、それとも心配すればいいのか。

 まぁ今の話を聞いてコウネさんが目キラキラさせてやってきたし、緊張を解すって効果はあったみたいですが。


 そうして、二時間程ヒビに気をつけながら進み、ようやく塩湖の跡地に到着したのだった。




「一ノ瀬さん、ここからどうするの?」

「それなのだが、以前はこの場所で兄とその部下らしき少女と会ったんだ。そしてこの場所から、深い森へと進み、途中で転送されたんだ」

「なるほど。帰還する時は徒歩だったのかい?」

「はい。ですので安心してください、アジトの位置は覚えています」

「つまり、原理回帰教の中には未知の力で転送を行える人間がいるのは確定、ですか」

「ですが、そこまで距離は離れていません。あちらの森から入って一時間程度です」


 すると、一ノ瀬さんは塩湖の向こう岸、そこに広がる広大な森を指さした。


「深い森の中でしたが、見える太陽の位置は変わらないので方向を見失う事もないです。異界の空は、時間が流れていない事は知っていましたので」

「なるほど! やるじゃないかミコト! さぁ、みんな行こう!」


 一ノ瀬さんのお手柄に、露骨にカイが嬉しそうにする。

 やっぱり……あの夜にしっかり話して、ある程度仲も進展したんだろうな。


「……そうか。あの森か」

「BB?」

「いや、なんでもないよ。うん……森なら僕が先導しよう。アジトになりそうな場所に心当たりがあるんだ。ここからは先頭は僕一人で良い。みんなは周囲を警戒してくれ。そろそろ魔物が繁殖している場所かもしれないからね」

「了解です」


 少し、声のトーンが落ちたBBを疑問に思いながらも、その森へと踏み入っていくのだった。




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