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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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第二百七十二話

 原理回帰教アジト、ミコトに用意された部屋にて、ミコトは一人思い悩んでいた。


「本当に……カイ、お前の言う通りになってしまったよ」


 出発の前の晩、カイに連れ出されて話したミコトは、そこである約束をしていた。


『ミコト、約束してくれ……絶対、俺のところに帰ってくるって。セイメイさんの事、信じたい気持ちも分かるよ、俺にとっても兄貴みたいな人だ。でも……もしもセイメイさんがまだミコトを惑わすような事を言ったら……もう信じるな。あの人はいつだって俺達の背中を押してくれた、協力してくれていた。そんなセイメイさんが……もし、思い悩むミコトをさらに混乱させるような事を言ったら、もうそれは敵だ。なんで自分の妹を仲間と敵対する道に進ませようとするんだ? 俺、お前とは絶対敵対したくない。俺にとってミコトはもう……家族なんだ』


 ひたすら真っすぐに自分を家族だと、帰って来てほしいと面と向かって言われたミコトの胸中は穏やかではなかった。

 だが同時に、カイの言う事も尤もだと感じていた。

 兄ならば……たとえ自らが道を外れても、そこに家族を、妹を巻き込もうとしないはずだと。

 もしもそんな事をするのなら、それはもう外道に落ちた、救いようのない敵なのだと。

 カイに気づかされたミコトは、兄がもう決定的に変わってしまったのだと理解していた。


「安心しろ……カイ。私はお前のところに戻る……絶対に」








 グランディアでの通信中継事情は、セリュミエルアーチの事件で既に分かっていた事なのだけれど、まだまだ未発達な部分が多いみたいだ。

 地球へのゲートから最も遠いノースレシアでの中継を地球にも配信するとなると、超長距離の通信電波帯域の大半を占める事になってしまうという。

 地球みたいに衛星中継が出来ればまた変わってくるのだけれど、この世界の空は魔神龍の領域であり、その更に向こう、宇宙空間がどうなっているのかはまだ誰も観測出来ていない未知の領域なのだとか。


「タイムラグはファストリアまでまるまる三日ですか……」

「そうなってしまいますね。秋宮では現在、通信パケットを一時的に魔力変換し、空中に放出、それを召喚術式の応用で遠隔に出現させ、長距離通信を簡略化、利便性を向上させるという研究を行っているんです。まだ実用化には遠いのですが……幸い、最近R博士が召喚術式について詳しく学びたいを言ってくれていまして」

「おー、ならもう少し早く実用化出来るかもですね。そうなれば世界は今よりもぐっと狭くなります、良い意味で」

「ええ、きっと。さて、では今回の中継機材もあらかたセットが終わりましたし、いよいよ明日ですね、調印式は」


 一ノ瀬さんが旅立ってから三日。今日この日、いよいよ中継の準備が整い、調印式は明日行われると、正式に発表された。

 俺は今日この日、夜にリョウカさんに呼び出され、彼女の執務室にやってきていた。


「つまり、事件が起きるのも恐らく明日……という事です。今日までにミコトさんは戻ってきていません。向こうに寝返ったか、出歩けない状況なのか。どちらにせよ、ミコトさんは既に警戒対象です。いいですかユウキ君、もしも仮に……明日、ミコトさんが現れても警戒をするようにお願いします。そして敵として現れたなら……」

「最優先で殺害しろ、と言いたいんですね?」


 先んじて発言すると、リョウカさんは目を伏せながら静かに頷いた。


「彼女はもう、無視できないレベルの脅威です。そして彼女の存在はSSクラスの士気に大きくかかわる。可能な限り素早く……殺害する必要があります」

「……了解しました。ですが、まだ一ノ瀬さんが戻ってこないとは限りません」


 カイが何を話したのかは分からない。でも……一ノ瀬さんがカイを裏切るとは思えないんだ。

 大好きな人間の為なら、家族だって裏切れるだろ? 一ノ瀬さんも。

 俺も、大好きな人の為に……全てを裏切れたんだから。


「そうですね。それにまだ、相手方がこちらの情報をどうやって得ているのか――」

『秋宮リョウカ殿、少々よろしいでしょうか』


 その時、リョウカさんの話を遮るように部屋の外からノックの音と共に声がかけられた。


「どうぞ」

「失礼します。ササハラ殿もいらしたのですね、丁度良かった。先程、城の入り口に一ノ瀬ミコト殿がお戻りになられました。いかがいたしましょう」

「……城内にはまだ入れていないのですね?」

「は、指示通りに。今は城門の前にて、SSクラスの生徒の皆さんと共に待機しています」

「なるほど。一ノ瀬さんが戻ってもすぐに城に入れないように指示を出していたんですか」

「ええ。恐らく一度砦のゲートからこちらに戻り、その後城を抜け出し、再び城に姿を現したのでしょう。どこに敵の目があるかわからない以上、回りくどいですが良い判断だったと言えます」


 リョウカさんは徹底している。徹底的に一ノ瀬さんを二重スパイとして疑うと決めている。

 それくらいで良いと、俺も思うけれど。


「一緒に会いに行きましょう。話す場所は、アラリエルの拠点が良いでしょう」

「ええ、そうしましょう」




 時刻は夕方。正直明日の警備にこの段階で一ノ瀬さんを急遽組み込むのは難しい。

 だがそれでも、彼女の持ち帰った情報を明日の警備に反映させる為、USMの主要メンバーである六光とロウヒさん、そして俺達SSクラスの生徒と教師陣が一ノ瀬さんの元に集まる。


「ミコト! 無事だったか!」

「カイ……そんな大げさに喜ぶな、恥ずかしいだろう」

「仕方ないだろ……」


 ふーむ……どうやら少し二人の距離は縮まったように見える。


「帰還の挨拶は必要ありません。報告をお願いします」

「はい。単刀直入に言います。調印式が明日である事はあちらにも伝わっていました。間違いなく、襲撃は明日。方法は『大規模な術式による異界の浸食』との事です。それに便乗し、原理回帰教の戦闘員が調印式に乗り込み、可能ならば要人を殺害、主目的はこの世界の混乱、シュヴァインリッターの名声を落とす事……と、私は聞かされました」

「では、目的は別にあるのでしょうね」

「恐らくは。兄は……原理回帰教の現在の首魁となっていました。主目的は今の世界の在り方、秋宮の力を削ぐ事、全人類が自分の判断で何が正しいのか、何が間違っているのか今一度考えさせる事……と言っていました」

「なるほど。彼らの事を考えれば言いそうな事……ですね」


 なんだか、チグハグに感じた。

 それらは全部、一ノ瀬さんを取り込むための方便のような、そんな印象だ。


「……恐らく、私に秋宮への疑念を抱かせる為、でしょう。私には何か……もっと狂信的な目的が、同機が隠されているように感じました」

「……ええ、そうでしょうね。ユウキ君、貴方はどう感じましたか?」


 話を振られる。つまりこれは……同じ立場の俺ならどう推理するか聞いているのだろう。


「……混乱に陥れるのも目的の一つだと思います。ただ今の話に出てきた『異界の浸食』という言葉が気になります。ゲート出現の事と良い、向こうは『異界のような次元に関係する超常現象に精通している人物』がいると感じました。それと同時に『次元に干渉する目的』も……少しだけ同機に心当たりがあります」


 考えられるもの。異なる世界から来た人間が、次元に干渉し事件を起こしてまで何をしたいのか……。

『帰りたい』のではないだろうか。俺は、そう感じた。

 異なる世界に唐突に連れてこられたのだとしたら、戻りたいと願うのは自然な事だ。

 俺は……たぶん元の世界に誰も残してきていないから……こっちに家族が出来たから……その考えに囚われる事なく過ごしてこられたけれど。


「……原理回帰の意味が、もしも『連中にとっての原理』に帰る為だとしたら」

「なるほど。動機としては……考えられますね」


 俺とリョウカさんは理解できる話。だが、異なる次元、世界線、ifの世界を知らないみんなには、いまいちピンとこない話だ。


「リョウカさん……どうしますか」

「必要はありません。これは命令です」

「了解」


 みんなには世界の成り立ち、別世界の可能性は話さないという判断だった。

 ……もしかしたら、事実が広まる事そのものが、危険な行為……なのかもしれない。


「何か、お二人にだけ納得できる理由があるのですね?」

「ええ。ミコトさん、他に情報があればお願いいたします」

「はい。今現在、原理回帰教には主戦力と見られる人間が、兄を含めて三人しかいないようでした。ですが戦闘員として、強力な身体能力強化を扱える人間が七名、さらに賛同している様子の人間が確認出来ただけで九名、アジトに控えていました」

「だいぶ……弱体化していますね」

「ですが、少なくとも一名、不可思議な力を使う人間をこの目で確認しました。名前は『セリカ』、目算で中学生程度の少女、恐らく地球人。奇怪な術を使っていました」

「……なるほど、詳細を」

「これは何と言いますか……瞬間移動、と言うのでしょうか。遠距離を自由に移動、単独で何か術を使った様子もなく、溶けるように消えてしまいました。同時に身近な人間を数名なら運び出す事も出来るような口ぶりでした」

「単身でのワープ、ですか。厄介ですね、どこにでも自由にワープできるのか否か。それが分からなくても、そんな力が存在するというだけで……こちらへの牽制になりますね」

「はい……もしかすれば、諜報工作を行っていたのはあの人物かもしれません」


 ワープ能力とか厄介過ぎるな。自由にどこにでも行けるとしたら……いや、それはないか。

 だとしたら暗殺なんてし放題、面倒な工作をする必要なんてない。

 何かしらの条件があるはずだ。

 リョウカさんも同じ考えなのか、少女の動き、会話内容を事細かく聞いていた。


「現段階ではこれ以上警戒する事ができません。ですが心にとどめておいた方が良いでしょうね。アラリエル君、リオステイル女王にも明日、お伝えください」

「あいよ。もしかしたら目にした場所に移動出来る力かもしれねぇって事っすね? 常に背後を警戒するようにしますわ」

「流石、私の言いたい事が分かりましたか」


 やっぱりキレるな、アラリエルは。そうだ、可能性として考えられるのは目視か、あらかじめマーキングしている場所に移動できるか、だ。

 さすがに、思うだけで自由に好きな場所に行ける力ではないだろう。

 もしもそれが出来てしまったら……お手上げだ。


「では明日……襲撃される事は決定事項として良いでしょう。後は貴女の処遇ですが――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ理事長! 処遇ってどういう事ですか!」


 リョウカさんの言葉に納得出来ないカイが声を荒げる。

 悪いな、カイ。一ノ瀬さんは……どの道戻ってきたら拘束するつもりだったんだ。

 それが一瞬とはいえ、命令を無視し、規律を破り敵勢力の元に赴いた人間の末路なんだ。


「カイ、落ち着け。これは決まっていた事なんだ。私は二重スパイの疑いがかけられているんだ。事実はどうあれ、一度でも敵の勢力に潜り込んだ人間は監視対象になる……常識だぞ。少なくとも今回の件には……もう関われない、という事ですね?」

「……はい、通常ですとそうなります。ですが――」


 すると、リョウカさんはイクシアさんを呼び寄せる……ではなく、俺達の集うこの拠点に、もう一人の人間を呼び出した。


「彼女は一度、強力な自白剤を摂取しています。二度目の摂取は危険を伴いますし、効力も前回程ではありません。貴方に判断をお願いしたのです、BB」


 そう、入り口から現れたのはBBだった。

 関係者であり、深くこちらの状況を知っている彼ならここに来ても不思議ではないのだが……判断を任せるとはどういう事だ?


「なるほど……精神に感応するタイプの劇薬を口にしたのか。この時代に……そこまで強力な薬があったとはね。確かにこれ以上の摂取は精神に後遺症を残す恐れがあるし、実力者ならば二度目には効力に耐える事もある。薬による自白はやめた方が賢明だ」

「ええ。ですが貴方ならば、彼女が二重スパイか否かはすぐに分かるでしょう?」

「……前ほど万能じゃないんだがね。まぁ今回だけだ、見せてもらうよ。ミコトさん、ちょっと僕の前に立ってくれ」

「りょ、了解しました」


 やはりBB=ドバイでの姿やフロリダでの一件を思い出し恐ろしいと感じてしまうのだろう。

 緊張した様子でBBの前に立つ一ノ瀬さん。

 すると、BBは世間話でもするように、目の前に立ちながらも明るい調子で話しかけた。


「好きな人はいるかな? この場合は異性として好き、愛情を傾けている相手がいるか、だ」

「な、その質問に今なんの関係が!」

「まぁなかなか言いにくい事だしね。いいよ、その反応で十分。じゃあ次……この学園に入って後悔した事、あるかい? 一瞬だけでも、ほんの一瞬だけでも後悔した事は?」

「……あります」

「なるほど、よく分かった」


 これはなんだ? 精神鑑定の一種なのか……?


「……そうか、小さくない挫折と自分への失望か。仕方ないさ、君は紛れもない天才だ。そしてSSクラスの生徒は皆天才だ。君は、その天才たちの中でも上位だと僕は評価する。だが一番ではない、決して。君はその事に少しだけ失望、いや……嫉妬した自分に失望したのか」

「な……なにを……」

「分かって来たよ、君の心の奥が。その焦りが……羞恥心が、深く君を知る鍵になる」

「や……やめてください!」


 まるで、傷口をえぐるように、BBは一ノ瀬さんの心の内を口に出す。

 それが真実か邪推の類なのかは分からないけれど……あまり、気分の良い光景ではなかった。


「……カイ、落ち着け」

「っ! ああ」


 隣で拳を強く握りカイをなだめ、BBに『早く終わってください』と目くばせする。


「……状況が状況だ、甘い判断は下せないからね。心の奥底まで鑑定させて貰ったよ。結果、彼女は二重スパイではないよ。自分の弱さを受け入れ、家族の離反を受け入れ、自分の気持ちを受け入れた強い剣士だ。剣聖と呼んでも良いほどだよ。心がこの域まで研ぎ澄まされた剣士なんてそうそういない。カズキ先生、君に匹敵するレベルまで至るよ、彼女は」

「……それはそうだろう。なにせ俺の生徒である前に彼女は良き指導者と友人に恵まれ、切磋琢磨してきた才能の塊だ。磨けば極大の金剛石になるなんて分かり切っているさ」

「はは、その通りだ。お前さんと違って彼女は競い合える仲間がたくさんいるからね」


 BBとカズキ先生が何やら軽口をたたいているが、どうやら一ノ瀬さんは……信用するに値する、という事で良いのだろうか?


「理事長先生。彼女を明日の警備に組み込むと良い。彼女の潔白は僕が保証しよう。きっと彼女は活躍してくれる」

「……良いでしょう。貴方がそう判断したのなら、こちらも安心して彼女を迎え入れられます。ミコトさん、明日は私とカイ君と共にゲートの警備をお願いします」

「よ、良いのですか?」

「ええ、もちろん。このBBという男は……ふざけた存在ですが、決して間違わない。彼がそう判断したのなら、私も貴女を信用します」

「……なるほど。つくづく……恐ろしい方ですね」

「恐ろしいとは心外な! 無事に明日を乗り越えたら優しいBBお兄さんが特製の『安納芋のクリームパフェ丹波栗のグラッセ添え』を作ってあげよう! どうだい、優しいだろう?」

「……何を言っているのですか……ですが作って下さると言うのならありがたく頂きます」


 何それ超うまそう。


「び、BB! 私も、私もお願いします!」

「ではみんなが無事に明日を乗り越えられたら、だ。だからみんな、絶対に死なない事」


 それが、彼なりの激励の言葉だったのだろう。

 苦笑いを浮かべながらも、集まった全員が決意を胸に、明日を生き抜くと誓ったのだった。

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