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パラダイスシフト ~ある意味楽園に迷い込んだようです~  作者: 藍敦
最終章

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第二百七十話

 何も言葉が出てこなかった。

 何を言うべきか頭に浮かんでこなかった。

 咄嗟に考えるべきことが分からなかった。


 いや、違う考えろ。今俺が考えなきゃいけない事はなんだ。

 今、俺はリオちゃんに告白されたんだ。

 俺はそれに返事をする義務があるんだぞ。


 俺の憧れの相手。戦いにおける憧れ、目標、きっかけ、始まりをくれた人。

 その人が本当は大人の女性で、今まさに俺に愛の告白をしたんだ。

 俺は、自分の今の片思いを諦め、この人の伴侶として生きていく事が出来るのだろうか?

 大恩人で、大切な友人であるリオちゃんを、俺は一人の女性として愛し、生涯支え、添い遂げる事が出来るだろうか?


 俺は……リオちゃんの置かれている状況は理解出来るけれど、俺は――




「うん、困らせちゃったね。無理だって分かってたんだよね、本当は」

「リオちゃん……ちゃんと、答えさせて。俺なりのケジメだから」

「いいよ、言わなくて。結構ユウちゃんの事見てきたんだよ? 言わなくても分かってる」

「そういう訳にもいかない。大切な友達の一世一代の思いに無言で返すなんて、不義理が過ぎる。だから――はっきりと答えさせて」


 リオちゃんは苦笑いを浮かべながらも、話を聞いてくれる気になってくれたようだ。


「リオちゃん。気持ちには応えられないです。俺も、大好きな人に思いも告げずに諦める事なんて出来ないんだ。だから、ごめんなさい」

「うん、そうだね。私も同じ気持ちで、同じ理由で告白したんだもん。そうだよ、言わずに諦めるなんて私達らしくないからね」

「うん。俺も、卒業したらイクシアさんにしっかり思いを告げる事にしたよ」

「上手く行くと良いね、ユウちゃん」

「ありがとう、リオちゃん」

「どういたしまして? さーてと……じゃあ私は振られた人間のお約束として、少しこの星空の下で一人になりたいと思います? またね、ユウちゃん」

「まーたそうやって反応に困る事言う。……じゃあ、またね。風邪ひかないようにね」


 憧れは、恋愛には変化しないようだった。少なくとも俺は。

 でも、俺の中にある『大切な優先すべき人間』には、確かにリオちゃんも入っているんだ。


「……頑張らないとな、俺も」


 帰り道で、俺は中庭に向かう一ノ瀬さんとカイを見かけた。

 そっちもどうなるのか、どんな会話をするのか分からないけれど……頑張って。








 時は少し巻き戻り、ユウキがリオの告白を受けたその頃。

 ホールに残されていたカイもまた、ミコトと二人きりで話すべく、彼女の元へ赴いていた。


「ミコト、ちょっといいか?」

「ん? どうしたんだカイ」

「少し二人で話したいんだ。一緒にどこか良い場所がないか探さないか?」

「ふむ、構わないぞ。ただ……こういう時はあらかじめ場所に目星くらいつける物らしいぞ?」

「う……確かにそうかも。じゃあそうだな……中庭がたくさんあるから、一カ所くらい人気のない場所も見つかるかも」


 ぎこちなく誘うカイと、余裕そうな態度ながらも、内心ではカイ以上に緊張しているミコト。

 二人は人気の少ない城内を進みながら、夜の庭園を目指す。

 その先で何を話すのか、どんな結末を迎えるのかは、きっと誰にも分からないだろう。

 ただ、そんな級友の頑張りを確かに見ていたユウキもまた、その姿に勇気を貰ったのだった。








 翌朝、今日の深夜には一ノ瀬さんが異界に出発する事が決まっているこの日、俺達は調印式に向け、城の最終チェックを始めていた。

 この調印式にはノースレシアの貴族達が出席するという事はない。

 ただリオちゃんとアラリエルが、契約の魔導が刻み込まれた本に互いに署名し、それを二人で閉じる事で、契約の魔導が発動する、という物だ。

 前に俺達が名前を書かされた契約書の凄いヤツって感じなのだろう。


「……自分の意思では破れない絶対の契約……そんな物があるなら、戦争なんて絶対に起きないんじゃないのかな……この世界は」

「いや、そんな事はないよ」


 警備の点検として城を見て回りながら、見晴らしのいい城壁で独り言を呟いていると、突然背後から声をかけられた。


「BB……どうしたんですか?」

「こっちも最終確認ってとこかな。ユウキ君、戦争は起きるんだよ、強力な契約を交わしたとしても。どちらか片方が戦争を仕掛けようとしてもこの契約は破れない。けれど両方がそれを望めば、その限りじゃない。契約は一方的な攻撃を禁止、略奪や侵略、攻撃行為を禁じているけれど、互いが攻撃を望めば契約違反ではないとみなされるんだ。なにせ『両国が同じ望みを抱き心を一つにしている』んだからね。魔法は善悪を判断出来ないんだ。だから禁じない」

「一種のバグですかね」

「あるいは……考案者があえて残した抜け道か。強制的に禁じられた争いっていうのは、危うい物なんだよ。だから自発的に、どちらの陣営も『戦うなんて利益が少ない』『リスクが大きすぎる』と思ってしまうような状況を作り出し、それを維持しつつ、水面下競い合う。そういう緩い関係の方が望ましい」

「なるほど……じゃあこの調印式には反対なんですか?」

「いいや、きっかけとしては最高の一手だよ。ここから交流も生まれてくるだろうさ。元々争う理由がほとんどない国どうしだ」


 もしかしたら、この契約の魔法には過去のヨシキさん、BBも関わっているのかもしれない。


「ふぅ……しかし、ついにだな。今夜、彼女は出発するんだったか」

「そうですね。今日、カイが砦の警備担当なので、その隙を突いて侵入する……という筋書きです」

「現状、原理回帰教がどこまでの諜報能力を持っているか不明な以上、こういうところも徹底しないといけないからね」


 俺達は結局、城の内部や出入りしている人間の怪しい点を見つけることが出来なかった。

 一ノ瀬さん宛の手紙を忍び込ませた手段も、怪しい動きをしている城の人間も、侵入者の痕跡も、一切見つけられなかったのだ。


「恐らく、移動に特化した特殊な技能を持つ人間が向こうにはいるんだろうね。実際、僕もそれで逃げられた」

「そうなんですか……って、え? 原理回帰教と対峙した事があったんですか!?」

「あるよ、恐らく一ノ瀬セイメイを含む幹部連中とね。君と魔王の姿で謁見した日の事だ」


 驚きのあまり、言葉が出ないでいた。


「断言しよう。彼らは……少なくとも一ノ瀬セイメイは強いぞ。それに頭も切れる。少ない情報で僕、ジョーカーと呼ばれる謎の抑止力に対するメタを張って来たんだ。メタって通じる?」

「問題ないっす。メタるって……あの状態のBBを……?」

「そう。そして僕は戦うための力を大幅に失った。信じられるかい? 僕はもう、あの夜の千分の一程度の力しか出せないんだ」


 数字でかすぎてワロタ。


「数字でかすぎてワロタ」

「懐かしい反応ありがとう。まぁ事実だよ。それくらい連中は強く賢く、用意周到だ」


 嘘だろ……あの魔王の姿のBB、ヨシキさん相手に一矢報いるどころか、力を封じるところまで持っていけるとか……。


「ただ、あくまで僕相手の専用メタ構成だ。君達相手ならどうなるかは分からない。でも、確実に厄介な奥の手は用意しているだろうね」

「……一ノ瀬さんを送り込んでも平気ですかね」

「まぁスパイだって事は見抜かれるだろうさ。その上で二重スパイに仕立て上げようとするだろうね。話術なり洗脳なりで」

「それは……」

「でも、それでいい。二重スパイかもしれないと分かっていれば、それだけで二重スパイとして成立しなくなる。それに向こうが二重スパイとして送り込んで来るなら、逆に言えばミコトさんが無事にこちらに戻ってくる可能性が高まるという意味でもある」

「確かに、そうですね……」

「まぁ、君はミコトさんの心をこちら側に縛り付けようとしていたみたいだけどね?」

「な! ……知ってたんですか」

「諜報活動も得意なんで」


 頼もしいやら恐ろしいやら……」


「……とにかく、調印式の本番は中継設備が整って、世界中に配信する手はずが整ってからだ。恐らく一週間もかからず、調印式は行われる。原理回帰教が何か仕掛けてくるとしたらその時だ。つまり一週間以内に戦いが起きる」

「はい、それは……分かります」

「覚悟を決めるのはなにもミコトさんやカイ君だけじゃない。君も……悔いのないように行動するんだよ」


 そう最後に言い残し、城壁から去っていくBB。

 悔いのないように……か。確かに今回の相手は、明確に敵意、世界を相手に暗躍、人殺しも厭わない、かつて軍事施設すら襲撃したテロ組織だ。

 それも……俺と同じか、それ以上の力を持つ最強の格の相手が何人も属していそうな。

 今度こそ、仲間の誰かが命を落とすかもしれない。イクシアさんが危険な目に遭うかもしれない、そう意識せざるを得ない相手なのだ。

 あのヨシキさんが苦戦した相手だ、イクシアさんなら大丈夫、なんて事は言えない。

 俺も、クラスメイトのみんなもそうだ。


「……常に全力、全身全霊で挑むくらいで丁度いい、かな」






 夜、カイが砦の警備に向かうのを確認し、それぞれがこれからの事を意識する事なく、自分達の仕事に向かう。

 相変わらず書類仕事のショウスケに、その手伝いのキョウコさん。

 自由行動のカナメに、一ノ瀬さんも今日は自由行動、という事になっている。

 後から合流してきたサトミさんは、今はノースレシアの使節団、つまりノルンさんのところに行っているそうだ。

 アラリエルも恐らく、ショウスケやキョウコさんと同じ部屋にいるか、自室で仕事をしているのだろう。

 俺はセリアさんとコウネさん、イクシアさんと一緒に、城にある巨大な書庫を訪れていた。


「歴代の調印式に使われた術式の確認……この書庫の中から術式を見つけるんですか……?」

「ええ、万全を喫するためにも今回使われている契約の魔導書との差異をしっかりと把握しませんと。複雑な術式程、内部に異なる術式を紛れ込ませやすいのです」

「なるほど、確かに私の国の歴史でも、過去に調印式で魔導爆発による妨害工作がありましたね。今回の敵は得体のしれない力の持ち主もいるかもしれない原理回帰教です、確認はした方がいいですね」

「でも、さすがにこの量は……たぶん歴代の宮廷魔導師の研究結果とか、魔導書とかも保管してるんだよね……それっぽい本だけ集めてもかなりの数になるんじゃない……?」

「とりあえず運搬は俺に任せてください……ほかに手伝えることないんで」


 調印式に向けて出来る事をイクシアさんも考えた結果、こうなりました。

 うちのクラスの魔導師組を助手に、イクシアさん主導の元、地獄のような検証作業……その資料集めが始まった。




「やっば! 七〇〇年以上も前の錬金術教本ある! うわー読んでみたいなー」

「歴史的価値、魔術的価値の高い本ばかりですねぇ……魔導書やそれに類するものだけを集めてもこの量ですし、ここに調印式用の契約魔導の資料、ありますかねぇ」

「安心してください、あの契約の魔導はかなり古い物です。出来るだけ古い資料に絞って探せば、さらに発見しやすいはずです」


 三人の作業の傍ら、俺は調査積みの本を元の場所に戻しては、新たな本を三人の近くに運ぶという作業を繰り返していた。

 そんな中、本をごっそりと抜き出して運んでいた関係で、日ごろ日の目を見ないであろう本棚の奥が俺の目に映る。


「なんか綺麗な石が置いてある……なんだろ」


 まるで、虹を切り取って結晶に閉じ込めたような、現実感のない、天然とも思えない宝石。

 五百円玉くらいの大きさの丸い結晶を取り出し、照明にかざしてみる。


「うわぁ……すっげぇ綺麗……」


 なんだろう、元の世界にあったガチャ石とかでありそうなカラーリングというか。

 これはなんなのだろうと気になり、本と一緒にイクシアさん達の元に持って行った。


「三人ともー、ちょっとこれ見てくれない?」

「ん? なにユウキ」

「何か見つけたんですか?」

「どうかしましたか?」


 机の上にコロンとその美しい宝石を置いてみる。

 するとコウネさんから俺と同じようなうっとりとしたような声が漏れ聞こえ――

 セリアさんから息を飲む音が聞こえてきた。


「ヒッ!!!! どこにあったのそれ!?」

「え? 古い資料が集中してる本棚の底にあったんだけど……」

「ふむ……これは魔力結晶ですね。これ一つで地球の国なら……そうですね、大半の先進国はエネルギーを四〇年は賄えるでしょう」

「ヒェッ!」


 ってことはあれじゃん! ドバイで爆発しそうになったヤツの小さい版じゃん!

 え、それがこの大きさで……それでも地球のエネルギーをそこまで賄えちゃうの!?

 国宝級の代物なのでは!?

 というか危険はないのですか!?


「これ……すぐにアラリエルに報告した方がいいよ、絶対」

「確かにそうですねぇ……これ、ちょっと他国の人間に知られてはいけないレベルの品ですよ? これだけで資源的にどれほど有利になるか……あ、私エレクレア公国の人間でした」

「う……私もセリュミエルアーチの人間です……」

「……ふむ。しっかりと加工されている状態ですね。つまり用途が決まっている……この大きさの魔力結晶を何か決まったものに使うなんて、通常は考えられません。ユウキ、その置いてあった棚の場所を教えてください」


 イクシアさんはそこまでこの魔力結晶に驚いていないように見える。むしろ、これが置いてあった棚の方が気になる様子だ。

 三人を結晶を見つけた棚に案内すると――


「なるほど……建国初期の頃の棚ですね、ここは。よかった、恐らく契約の魔導に関する資料はこの周囲にあった本に書かれているはずです」

「よ、よかったー……じゃあさっきユウキが持ってきたやつだね」

「なるほど、契約の魔導はそこまで古い物だったのですね。もう一息ですねぇ」


 なるほど、資料探しの手がかりになると思ったのか……。


「やはり……これはお父様の……」

「お父様?」

「いえ、なんでもありません。その魔力結晶は恐らく、通常の方法で魔力を抽出する事は出来ないでしょうね。何かの鍵として使うのでしょう」

「なるほど……でもなんでこんな場所に」

「ふむ……綺麗ですからね、きっと誰かが持ち出してそのまま放っておいたのでしょう。このお城にも、かつてはたくさんの子供がいましたからね」


 そう言って、イクシアさんはどこか懐かしむように微笑んでいた。

 そっか。縁のある城、なんだもんな。

 ふむ……この結晶の使い道、もしかしたらヨシキさんなら知っているかもしれないな。


「イクシアさん、その結晶どうしましょうか」

「そうですね、元々あった場所に戻しておきましょうか」

「本棚の奥ですか?」

「いえ、こっちです」


 すると、イクシアさんは迷いなく書庫の奥へと向かい、そこに安置してあった銅像に結晶をはめ込む。


「ふぅ……二千年越しに発見するとは思いませんでしたよ、私も。いかに歴代の人間がこの書庫に興味を示さなかったのかよく分かりますね」

「ええ!? これ、イクシアさんなんなのか知ってたんですか? ていうか探してたんですか」

「ええ、それは書庫のモニュメントの装飾なんです。当時のお妃様の娘さんが、きれいだからと取り外してしまい、そのままどこかに隠したまま飽きてしまったんです。困った子です」

「ははは……なんだか探し物って後からひょっこり出てくるって言いますけど……とんでもない時間が経った後でしたね」

「ふふ、まったくです。ふふふ、本当に面白い話です」


 クスクスと楽しそうに笑うイクシアさんが、本当に幸せそうに見えた。

 そっか。全部、良い思い出なんだろうな。


「ユウキ、では私も資料探しに戻りますね。何か面白い物がまた見つかるかもしれませんし、この区画は私のいた時代の物ばかりですから何か発見があるかもしれませんよ」

「はは、また何か探し物が出てくるかもですね」


 そうして俺も、この巨大な書庫の深部であてもなく探し物をするのだった。

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