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第二十六話

(´・ω・`)お待たせしました、三章スタートです

本日は話を六つ投稿します

「ユウキ……そろそろ起きますよ……ユウキ」

「う……はい」


 朝六時。イクシアさんの目覚めと同時に、俺も起こされるようになった。

 というのも、先月の実務研修で入院、そして退院してから、未だ俺の身体は本調子を取り戻してくれず、少しでも早く治るようにと、とうとうイクシアさんと同じ布団で寝る事になってしまった為だ。

 回復魔法は苦手でも、こちらの体細胞に魔力を浸透させ、刺激して自己治癒を早める事は可能なのだとか。

 ……でもさぁ……背中から抱き着かれて一緒の布団ってもう完全に恋人同士みたいじゃん! こっちの精神力と理性が毎日ゴリゴリ削られていってるんですけど!


「おはようございます、ユウキ。少し胸を触りますので、服を捲ってください」

「はい」


 落ち着け、これは触診だ。ああ――ほのかに温かい指がペタペタと触れてくる。


「ふむ……ユウキ、今日からは身体能力強化を使っても大丈夫ですよ。ただし、可能な限りセーブして様子を見てください。心臓から広がっている魔力の通り道ですが、摩耗していた部分も治癒が終わったようですから」

「おお! じゃあもう完治したって事でいいんですか!?」

「ええ。ただし、無理はしないことです。そうですね……今日からはまた魔法が使えるようになる為の治療も再開出来ますね。三週間、よく我慢しましたね、ユウキ」


 ついに封印が解けられた(誤字にあらず)いやはや……日常生活にこそすぐ戻れたのだが、戦闘訓練の為に身体能力強化を使おうとすると、全身が唐突に痛み出し、急ぎ解除しても気だるさが残るという有り様だったのだ。

 お陰で、実戦戦闘理論の研究室では無強化での徒手組手しか行えず、ここぞとばかりにアラリエルに挑まれて敗北するという、中々酷い目にあっていたのだ。

 ……まぁ戦績で見たらそれでも五分五分なんですけどね。田舎出身なめるな。


「じゃあ、今日も軽く流してくる程度で切り上げてきますね。今日は午後まで講義が続くので、研究室にも行く事を考えると……五時過ぎですね、帰って来るのは」

「了解です。さ、では先にシャワーを浴びてきなさい、寝苦しかったでしょう」

「いやぁ、夏じゃなくてよかったですね」


 嘘です。寝苦しいとかじゃなくて興奮して寝付けないのです。治療の為と分かってはいても、イクシアさんの寝息が、寝言が、こちらの思考をかき乱すんです。

 ところで、寝ながらでも治療可能って大分器用だと思うんですけど。






「――と、銃刀法違反という観点から言っても、ウェポンデバイス本体、とりわけ刀剣に類する物の本体に殺傷性を持たせるのは違法となっています。ですが、異界調査団、およびグランディアで活動する場合に限り、それらの規制が解除され――」


 講義を受けること半日。そろそろ今月の実務研修も控えているからと、集中的に講義を受け単位を稼いでいるのだが、今受講中の『デバイス工学』実は担当講師が二人いる。

 一人はこの学園に在籍する教員なのだが、もう一人は非常勤の、外部から呼び寄せた人物――そう、ニシダ主任なのであった。


「はい、じゃあもうすぐ時間ですし、最後に質問のある方はいらっしゃいませんか?」


 そして今日の担当がニシダ主任。すかさず挙手し、質問の構えを取るのだが――


「では、SSクラスの香月さん、どうぞ」


 残念、俺じゃなくて香月さんが当てられてしまった。


「はい。現状、異界調査団限定で使われている物理的殺傷能力のあるブレードや、魔力コーティングを施され撃ちだされるコーティングブレットですが、既に完成されたデバイスを異界用に改修するのはコストが高いと思われます。にも拘わらず、大規模な改修が必要な魔力刃の展開により殺傷能力を得るデバイスが、昨今のデバイス市場を席捲している事について、どうお考えですか? 秋宮の開発局に務めていらっしゃるニシダ先生の意見をお聞きしたいです」

「ふむ……なるほど。確かに秋宮では魔力刃、魔力弾を使用するデバイスが主力製品ではありますね。私としては、異界調査に出向く人間の割合に見合った市場状況ではないかと考えています。無論、政府からも異界調査を行う人間に援助も行われますし、多少割高でも、新たにデバイスをゼロから制作するよりも、多少のコストを支払ってでも改修する人間が多いのでしょう。さらに言いますと、実は異界調査団における使用武器の比率は――」


 ふむ、段々話に付いていけなくなってきたぞ。香月さんもニシダ主任も楽しそうだな。

 ……じゃあ俺の使うデバイスはどうなるのだろうか? ほぼ刀身が刀と同じ状態なのだが、刃にあたる部分が魔力の刃を発生させるようになっていたはずだ。

 なんて、自分の武器の事を考えているうちに講義の終わりを告げるチャイムがなる。

 どうやら、ずっと香月さんとニシダ主任で論争をしていたようだ。

 ひとまず俺は、講義の終わりと共に教室から去るニシダ主任を追いかける事にした。


「ニシダ主任、ちょっと良いですか?」

「あら、ユウキ君。……なるほど、良いわよ」


 主任がこちらの背後に一瞬だけ目を向け、全てを察した様に俺に付いて来るように言う。

 ……ありがとう御座います、正直助かります。




「それにしても……ここ数週間ずっとあの調子なのね。理事長には相談した?」

「しましたよ……けど外部からのアプローチは防げても、こういう生徒同士の交流には口を出せないって……」


 俺が何に困っているのか。その答えは……女子生徒達だ。

 俺が先月の実務研修で使節団を救った一件は、最初のうちは『犠牲になった英雄』として大々的に放送された。だが実際には生きていたという事で更に報道は過熱し、あらゆるメディアがこちらの事を調べようと、海上都市に入り込むようになってきていた。

 まぁこっちは理事長の力で既にほぼシャットアウト出来た訳だが……。


「少しくらい良いじゃない。美味しい思いの一つや二つしても。一緒にランチするくらいでしょ?」

「甘い……甘いですよニシダ主任……一度それで知らないクラスの女生徒と食堂行ったんです。そしたらいきなり手紙渡されて、夏季休暇に自分の家に来ないかなんて誘って来たんですよ。それまで会話すらしたことのない生徒なのに。調べたら案の定大きな会社の御令嬢でしたし、もう人間不信になりますよ……」

「うわぁ……そうも露骨に取り入って来るものなのね。まぁ元々この学園は上流階級の生徒が多いのだし、そういった出会いを探すという側面も確かにあるけれど……」

「こちとら田舎の土地持ちってだけですよ。秋になったらキノコ採り放題ってくらいしか旨味の無い人間ですよ……」


 やれ『父と会って欲しい』だの『我が家のボディガードに』やら『結婚を前提に』やら。

 生まれて初めて女の子の事が嫌いになりかけました。

 最近講義の合間に必ずと言っていい程付きまとわれているのだ、仕方ないだろう。


「ま、一応教員だしね、私も。さすがに私といる時に突入してくる生徒もいないか」

「ってことです。今日は午後も講義があるので、ここに避難しても良いですか?」

「うーん……まぁ良いけど、ここに来る生徒も中にはいるからね?」




 ニシダ主任の居城とも言える実験室に避難し、そのまま主任の仕事の邪魔をしないように隅の方で自分のウェポンデバイスをいじくっている時だった。

 控えめなノックと共に、誰か女性の声がかけられる。


「失礼します。少しお話したい事があって来たのですが」

「はいはい……って、また貴女なのね、香月さん」

「講義の際はどうも、ニシダさん。とても実りある議論が出来ました」

「ええ、それはこちらも。それで、今日はなんの用事かしら?」


 香月さん? 珍しい、この時間はSクラスのお嬢様方と食堂にいるはずなのに。


「先日お話した件です。今日は生徒ではなく、香月家の人間として参りました」

「……そう。では、ここは学園で、私は学園に呼ばれた臨時教員ですので、お引き取り下さい。今は理事長にも黙っているけど、私もそこまで温厚な人間ではないの。分かるわよね」

「っ! ……分かりました。ではこのお話はなかった事にしてください。申し訳ありませんでした」

「……引き際を弁えるのは美徳よ。ただ……もう少し周囲に目を向けなさい」


 なんだか、聞いちゃいけない他人の家の事情、よく聞くなぁ俺……。


「いやぁ……なんかごめんなさい。俺も詮索はしないのでどうぞおかまいなく」

「ササハラ君……ええ、そうして頂戴。それにしても何故こんな場所に」


 こ ん な 場 所 に。


「察して。最近女性が恐くなってきたんだ」

「……なるほど。一応、私からも言っておくわ。私の友人達も貴方に御執心みたいですから」


 それは助かる。なんだか良い所のお嬢様みたいだし、少しは効果もありそう。

 ちょっと一安心しながら、再びウェポンデバイスのメンテナンスに戻る。

 まだ実戦じゃ使った事ないんだよなぁコイツ……まぁ訓練でだいぶ酷使しているけど。

 ブレードの歪みはないと分かってはいるが、一応確認し、今度は魔力の通り方を試す。

 昨日までは魔力も使わないようにしろとイクシアさんに厳命されていたが、今日からは身体能力強化も含めて解禁されたからな。……うん、相変わらず安定しない出力だ。


「それがササハラ君のデバイスなのね。なるほど、確かに設計理念はUSH社と同じで実刀に近いフォルムなのね。……良い仕事ですわね」

「うおう!? まだいた!?」

「ええ、少し興味があるわ。……なるほど、鞘は保護を優先したプロテクターも兼ねているのね。貴方、前に鞘だけUSH社の物にしたいと言っていましたわね」

「え、ちょ……ここで言わないで……!」


 あーニシダ主任がこっち見てる! 違うんです不満がある訳じゃないんです。

 ちょっと抜刀術とか居合とかやってみたいだけなんです!


「二、ニシダ主任……あの、これはその……」

「いえ、良いのよ。貴方が使っていく上で、より良い方向に進歩させたいのなら、それを優先するわ。USH社となると……軽くて扱いやすい、本物の刀の鞘みたいな物が良いのね?」

「あ、はい。抜刀術や居合が使えるように、抜き放ちやすい形にしたいんです」

「なるほどね。香月さん、ユウキ君のデバイスで抜刀術、つまり鞘に負担のかかる使い方をするとしたらどうしたら良いと貴女は思う?」

「刀身は『ルーンメタル粒子配合カーボン』ですわね。この硬度でさらに力が加わるとしたら、確かにプロテクトタイプの重厚な鞘が理想的ですわね。ただ、抜刀術というのは鞘が掌に収まり、取り回しが良い事が絶対条件。……ふふ、秋宮の技術では難しいですわね」


 あ、香月さんが笑った。この人秋宮が嫌いなんだろうか?


「USH社では合金の開発、用途に応じた性質変化術式の極小刻印を得意としていますからね、USHでオーダーメイドを行えば、ササハラ君の要望も叶えられますわね」

「え、本当!? なら今週末にでもUSHの専門店にでも行ってくるかな」

「ふふ、それでしたら私も同行しますわ。少しは融通も利くはずですから」

「おー……なんだか良く分からないけどありがとう香月さん」


 マジか、本当に『ダァーイ!』とか『ヒ〇ンミチュルギスターイル』とか出来ちゃうのか。

 ……嬉しい。刀はやっぱり抜刀術が出来てこそだからな!


「ユウキ君、鞘の換装が終わったら、念のため私に連絡を入れて頂戴」

「了解です。じゃあそろそろ講義の時間なんでおいとましますね」

「ええ。それより貴方、お腹空いていないの?」

「今日はお弁当じゃないので食堂にいくつもりだったんですけどね。けど、なんだか嫌な予感がしたので」

「……たぶん、もう少しすればしつこい勧誘も減ると思うわよ。長く続けると家やその企業のイメージも悪くなるもの。ただ……今後も定期的にそういう人からアプローチがあるかもだけど、その辺りは自分でなんとかなさい」


 そう言いながら、主任がパンを投げ渡してくれた。お、ランチ〇ックのツナマヨ味だ。

 これ好き。トースターとかストーブの上で軽く焼くと最高にうまい。


「私も、貴方と同じクラスであるのだから、家の人間から多少そういう話も来ているわ。けれど、さすがにクラスメイトにそんな事をする程厚顔無恥ではないので。けれどもまぁ、鞘を使ってもらう事で一応良い宣伝にもなりますし、それで手を打つよう実家に報告しますわ」

「ん? 香月さんってUSHと何か関係あるの?」

「うちの会社ですわ」


 ……まじかよ。そりゃ秋宮とは相いれないわ。業界シェア永遠のナンバー2だし。






 午後の講義が終わり、いよいよリハビリも兼ねた『魔力応用学』の研究室へと参加すべくやってきた。

 実戦戦闘理論の研究室ならば『魔力運用を阻害された場合を想定した訓練』という事で、ミカちゃん先生も参加を許可してくれていたのだが、『魔力応用学』はさすがに参加禁止と言われていたのだ。ジェン先生も凄い剣幕で『絶対に参加させないからな』って言うし。


「おいーっす。ジェン先生、俺今日から魔力使っても良いって連絡来てるよねー。参加よろです」

「ああ。だが……本当に大丈夫なのか? そんな小さい身体で無理をして……」

「小さいは余計だが。ジェン先生心配しすぎじゃない?」

「当たり前だ! 私の担当生徒で、それもこんなに小さ――いや、なんでもない」

「いつかぶっとばす」


 チクショウ身長伸びろ。今月測ったら高三の春から四ミリ伸びていたんだからな。

 この調子でどんどん伸びろ。


 研究室とはいうものの、実質合同訓練のようなこの研究室では、多くのクラスから身体能力強化の適正の高い生徒が集められており、二年や三年も参加している。

 俺達一年は同じ学年で基礎的な訓練と、空中での姿勢制御といった特殊な軌道の初歩を学んでいるのだが、やはりSSクラスの生徒は、どうにも他のクラスとは打ち解けられないというか、相手をしてもらえないという状況が続いていた。

 まぁ……勝負にならないっていうのも理由になるのだが。

 が、俺とカイとセリアさんの三人しかSSクラスから参加している生徒はおらず、必然的に一人余るという状況が続いていたわけだ。アラリエルが落ちたから。


「けどセリアさん、男子人気あるから相手に困らないみたいだったけどな」


 きっと俺がいない間にカイとばっかり戦っていたんだろうな、うらやまけしからん。


「あ、ユウキ! もう参加出来るの!?」

「お、セリアさん。丁度セリアさんの事考えてた」

「えっ、ちょっと照れるな」

「いやぁ、俺がいないとカイが空くから、訓練で相手に困らないだろうなぁと」

「あ、そういう。まぁカイと戦えるのは良い刺激になるよ。ユウキが休んでから、カイすっごく頑張ってたんだ『俺ももっと強くならないと、ユウキみたいに誰かが犠牲になる』とか言って」

「犠牲言うな犠牲。そのカイは今日来ていないみたいだけど」

「剣術学の研究室だってさ。ふふ、徒手組手でもいよいよカイに負けちゃうかもね?」

「ぐぬぬ……じゃあ今日はリハビリがてら、軽い強化で挑むから相手になってよ」

「おっけー」


 カイも、やっぱり俺の所為で思いつめたりもしたんだろうか。アイツ真面目だから。

 そうだな、やっぱり俺ももっと強くならないとな。リミッターありでも十分に戦えるくらいに。

 という訳で、色々考えながらも頭の半分以上を占めているのは、先程香月さんが言っていた『鞘』の事ばかりな訳で、俺は今日、予行練習も兼ねて手刀オンリーで戦いたいと思います。

 エア抜刀術です。今のうちから動きを身体に覚えさせたいと思います。




「ダァーイ!」

「つっ! いったぁ……ユウキちょっと張り切り過ぎじゃない?」

「うん、ちょっと俺も思った。なんかだいぶ調子良いみたいだ」


 おかしい。制限をかけられている状態で、更にそこまで重度の強化をしていないつもりなのに、明らかに瞬発力と全体的な速度が上がっている。まるで……身体が導かれるようだ。

 一息つくためにベンチへ向かい、自分の身体の調子を確かめる。


「……最近ずっと休ませてきたから、それで調子が良いのかね……」

「そういうものなのかな? 私も強めの筋トレした次の日は休むようにしてるけど」

「うーむ……超回復にしてはなんだか調子がよすぎるんだよなぁ」


 こう、頭で思い描いた動きに、身体が合わせようと動いてくれるような感覚。

 脳内師匠である悪魔な兄貴を参考に動いているのだが、かなり良い感じに再現出来ているのだ。疾走からの手刀とか。


「でも今日のユウキ、強かったよ。純粋に、動きが洗練されているっていうかさ。攻撃の仕方がチョップ一種類だったのに対応出来なかったもん」

「え、本当? ずっとやりたかった戦い方だから、そう言われると凄い嬉しいよセリアさん」

「へぇー、お師匠様の戦い方みたいな?」

「うん、そんなとこ。そっか……じゃあもっと頑張らないとな」

「……でも、前みたいな無理はしちゃダメだからね。私、あの時本当にユウキが死んじゃったと思ったんだから。もう、あんなのヤダよ私」

「……うん。やらない。もう俺が無謀な事をする時は、確実に助かるって断言出来る状況だけにする。その為にももっと鍛えるよ」

「無理をしないって選択肢はないんだ。けど、絶対に助かる、か。いいね、それ。自分を鍛える良いモチベーションになるかも」


 そうだ。絶対に死ななければ、無茶な事だって出来る。いや、無茶が無茶じゃなくなるのだ。強くなろう。理事長の言う『ジョーカー』となる為でなく、俺が後悔しない為に。

 きっと、お前もそう思ったから今頑張ってるんだよな、カイ。






 研究室が終わり、後は帰るだけとなった訳だが、先程の妙に身体の調子が良い事、そして身体能力強化がうまく行き過ぎた事を報告すべく、再びニシダ主任のいる実験室へ向かう事にした。まだ学園に残ってくれていると良いのだが。


「すみません、ユウキです。入っても良いでしょうか」

『ユウキ君? ……ちょっと今は――』

『いえ、構いません。どうぞ、入ってください』


 第三者の声。それも非常に聞き覚えのある声が中から聞こえてきた。

 緊張しながらドアを開けると、案の定そこに居たのは、ニシダ主任と――理事長だった。


「ええと、大事な話の最中なら俺は後でも……」

「いえ、総帥が許可を下さったから構わないわ」

「ええ。何か用事があるのでしたら、どうぞ。一応私達は関係者同士でもありますし」

「で、では……」


 ……あのさ、最近ちょっと感覚がズレてきているけど、この人たぶん日本で一番偉い人だと思うんですよ。世界で一番敵に回しちゃいけない人なんだと思います。

 今回、様々な方面に手回しをしたり、日本とセリュミエルアーチの関係を維持する為に世界相手に睨みを利かせてくれたり。ぶっちゃけ恐いから関わりたくない。

 が、話せというのなら話します。断って睨まれると嫌だし。

 俺は、今日三週間ぶりに身体能力強化を使ったこと。そしてその際何が起きたかを語った。


「――と、いうわけなんです。身体に異常が起きている訳でもないですし、急激に成長したにしては、今までと少し感覚が違っていて……」

「なるほど……総帥、これはもしかしたら……」

「……ユウキ君。貴方、誰かから『ミスティックアーツ』や『ロストアーツ』を見せて貰った事はありますか?」

「いえ、ないです。あ、でも動画サイトで向こうの剣術を幾つか見た事があります」

「そうですか……ふむ、興味深いですね」


 なんだかカッコイイ単語が出たが、これはつまり『グランディアに伝わる剣術やそれに類する秘術』の事だ。

 実際に自分の目で見て、肌で感じ、そこで初めて身体が覚えるかどうかという技。

 普通の技とは違い、身体が覚えないと決して発動する事が出来ない技だという。

 いや、でも俺のこれは普通に記憶の中にあるゲームの再現だからなぁ。


「その感覚は、グランディアに存在する技を発動した時の物に近いですが、見た事のない技ならばそうではないのでしょうね。……魔力を十分に蓄え、身体が魔力と馴染んだ結果、意思による力で動きに補正が掛かったのかもしれませんね。魔法発動の時のように」

「総帥、それはさすがにありえないのでは……魔法は意思やイメージの力を必要としますが、身体能力強化はあくまで細胞の強化ですよ」

「ええ。しかし、彼の強化は他の人間とは少し違う、と感じているのは貴女もでしょう?」


 ふむ。なんだか良く分かりませんが、異常事態という訳なのでしょうか。


「ユウキ君。どうやら何かのきっかけで術の練度が増したのでしょう。それも、少々変わった方向に。意思や意識による強化の後押し。それは貴方の武器になるでしょう」

「は、はい。けど、今の調子だとさすがに……」

「……そうですね。こちらに来て下さい」


 言われるがまま理事長の近くへ向かうと、理事長が俺の首についたチョーカーに手を翳し、そのロックを解除してくれた。


「敷地内にいる間の抑制レベルを上げておきます。今は……二八〇ですね。少々いつもより大きくレベルを上げます。三九〇。既製品のバングル一三〇個分の抑制です」

「総帥!? さすがに急激に負荷をあげすぎでは……」

「ユウキ君。今軽く強化を試してください。軽く反復横跳びでも」


 返されたチョーカーを装着する。そこまで強くなったのか、俺は。

 試しに強化を使い、軽くステップをしてみると、まるで重たいジーンズをはいているような感覚に囚われた。


「少し重く感じます。けど……これなら慣れそうです」

「ユウキ君。イメージしてください。きっとあなたの頭の中には、何かそういう、理想とする姿があるのでしょう。さぁ、もう一度試してください」


 ええ……そんなあの兄貴が部屋の中でステップ踏むなんてシュールすぎではないでしょうか……『ダァーイダァーイ』とか言ってシャカシャカ動くの? ないわ、さすがに。

 けど想像しちゃったわ。凄いシュールすぎて笑いそうになるわ。


「お……確かにさっきより動きやすいかも……」

「嘘、本当に……?」

「私も冗談だったんですけどね。出来ちゃいましたか」

「ええ……」


 そんな今思いつきましたみたいなノリで言わないで下さいよ理事長……。

 この人、本当に俺のイメージ通りの人なのか……? 案外お茶目なんだろうか。


「と、とにかく話というか、相談は以上です。あの、失礼します」

「そう、じゃあ気を付けて帰ってね。イクシアさんに宜しく伝えておいて」

「あら、もうそんな時間でしたか。では私もこれで失礼します。ユウキ君もお気を付けて」


 少しだけ心配事が減ったような気もするが、同じくらい緊張したのでトントンだなって思いました、まる。








『はい、では今日はお手軽というか、ほぼ料理じゃないと言っても過言ではありませんが、お家で焼肉、やっていきましょう』

『午前中にアップした動画で言ってた材料は視聴者のみんなは買ってきたかな? 私はね、マザーと違ってお肉よりも玉ねぎの方が好きなんだ』

『私もお肉以外だって好きですよ? さて、ではまずお野菜から切っていきましょう』

『今日は生放送というわけですが、なんでこんな時間から? と思うでしょう? 実は焼肉っていうのは、出来るだけ食べる直前に野菜を切った方が――』


「ふむふむ……乾燥を防ぐのですか……そろそろユウキも帰って来る頃ですし、ユウキは喜んでくれるでしょうか」


 午後六時一〇分前。私の聖典ことBBチャンネルにて、今日は生放送というものが行われています。

 つまり、この世界のどこかでB・Bが今まさに料理をしているという訳です。

 今日はユウキの快気祝いの意味も込め、なにか豪華な物を作ろうとしていた矢先に、この『オウチデ焼肉』というメニューの紹介をすると予告があり、こうして沢山のお肉とお野菜を買ってきました。


「ピーマン、沢山買ってしまいましたね」


 動画を参考に野菜を切り分け、特製のタレも同時に作っていく。

 以前、市販のタレで味付けした事はありましたが、今回はそれすら手作りです。

 美味しく出来ると良いのですが……。








「家の前から良い匂いが既に……」


 我が家から漂う芳醇な香りの正体を探るべく、我らユウキ隊はその扉を開く。そしてそこで見た物とは! な感じでいざ帰宅。


「ただいまでーす」

「おかえりなさい、ユウキ。身体の調子は大丈夫ですか?」


 パタパタと、三角巾をし、俺の贈ったエプロンを付けたイクシアさんが出迎えに来てくれる。

 はぁ……幸せすぎる。結婚したい。結婚しよう。いつか必ず。


「大丈夫ですよ、それどころか凄く調子がよくて、驚いてニシダ主任や理事長に相談してしまいましたよ」

「まぁ……そうなんですか? 異常ではないようですが、何か言われました?」


 洗面所で手を洗いながら、色々言われた事を簡単に頭の中でまとめる。


「なんか『物凄く強くなったみたいだからもう少しリミッター上げる』って事になりました」

「なるほど。成長しているのならばそれに越したことはありませんね」


 俺氏、説明を諦める。いやだって要約したらこういう事でしょう?


「それより良い匂いがしますね、もうお腹ペコペコです」

「ふふ、それは今作っているタレの香りですね。今日は『オウチデ焼肉』という料理です」


 微妙にイントネーションがおかしい。が、焼肉とな!

 手を洗い、速足でリビングに向かうと、大きなホットプレートがテーブルに乗せられていた。その傍らには野菜とお肉がたんまりと。


「さ、座ってください。私が焼いてあげますからね」

「じ、自分で焼けますよ? イクシアさんも自分で食べてくださいよ」

「いいえ、今日はユウキの快気祝いです。私が焼いてあげたいのです」

「そ、そういうことなら……」


 今日の焼肉は、今まで食べてきたどんな焼肉よりも美味しゅうございました。


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