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第二百六十八話

「現段階でこちらが考えている手はこんな感じです。正直、調印式の為に集まっている状況でこんな話をするのは申し訳ないと思うんですが」

「それについては俺にも謝らせて欲しい。エンドレシアの皆々様は最初からこの件に深く関わってる。だがセリュミエルアーチはそうじゃねぇ。こういう展開も十分に考えられたのに、あえてそれを黙って使節団の慰問を受け入れたのは俺だ。せっかく、今回のクーデターで疲弊した我が国に対する視察も兼ねていたってのに」


 夜、旧交を温め終えたところで、今回の事件の裏で暗躍している存在、原理回帰教について語り終え、近い将来この国に再び戦いを挑んで来る可能性が極めて高い事を語る。

 無論、その前にこちらから一ノ瀬さんを送り込むという作戦も含めて。


「……確かに現状、最も低リスクで原理回帰教の情報を得られる手段としては有効ですね」

「しかし、低リスクといっても相手方もミコト君のスパイを疑っているだろうね」

「私も同感だ。ミコトの兄、セイメイとは私も面識がある。異界に続くゲートが消失する以前、調査団が地球に一時帰還する際に交代で異界に向かったからな。……少なくとも、あの時点で既に原理回帰教のメンバーだったとは……な」


 教師陣の反応は芳しくない。

 そりゃ当然リスクもあるのだし当然ではあるのだが。


「セイメイは……確かに地球人とは思えない程の魔力の気配、一種の圧を感じた。伊達に最強の剣士と呼ばれていないな、とは思っていた。実際、あの男が敵に回ると思うと、私はミコトを送り出すべきじゃないと言わざるを得ない」

「ふむ……なるほど、ジェン先生がそう仰るならそうなんでしょうね。ミコト君……いや、生徒のみんな。本当にこの作戦で進めるつもりなのかな?」


 カズキ先生の問い。それは俺達を心配しているというよりも『この選択で良いんだな?』という、最終確認をしているように感じた。


「私は、これがベストだと考えています。そして……もし可能なら、刺し違えてでも兄を打ち倒す事も視野に入れて――」

「ミコト! そりゃ話が違うだろ! 危険だ!」


 一ノ瀬さんが突然そんな考えを口にし、思わずといった様子でカイが声を荒げる。

 俺がもし、一ノ瀬さんの立場ならそういう選択もしたかもしれない。

 でも、相手は最強の剣士なんだろ? それに肉親だ。

 危険すぎる。それこそ勝利の可能性が限りなく低くなりかねない。


「一ノ瀬さん、それは独断専行が過ぎる。危険うんぬんじゃないよ、俺達含めてこの国が危険に陥りかねない。殺せなかった時のリスクが高すぎる」

「ササハラ君……そう……だな……少し、気持ちが急き過ぎた。あまりにも……自分がふがいなくてつい」

「うん、少し冷静にみんなの意見も聞いた方が良い。一ノ瀬さんは、本来ならだれよりも冷静に物事を考えられる人だと思うから。三年間一緒にいた俺の評価だと、間違いない」

「う……そこまで買ってもらうとこそばゆいのだが」


 だが、それでも一ノ瀬さんをスパイとして送り込む事は正式に決まった。

 問題はいつ向かわせるか、だ。


「砦の警備は現在、生徒が持ち回りで務めているんだったね? やはりここはカイ君が警備の日に忍び込むのが自然な流れじゃないかな?」

「え……それじゃあ明日になっちゃうんですが」

「それで構いません。明日、私は再び異界に向かいます」

「そんな急な……」


 カイの戸惑いを他所に、正式に一ノ瀬さんが潜入に向かう日が決まる。

 ……カイには今夜あたり頑張ってもらう必要があるな。


「さて、話はまとまったみたいだけど、ユウキ君から報告が何かあるんじゃないかな?」

「え?」

「最初の報告。君は一ノ瀬ミコトさんの話を聞いて、一ノ瀬セイメイが原理回帰教のメンバーだと確信したと言っていた。それについて……そろそろみんなに説明した方が良いと思うんだが、どうかね? 理事長さん」


 すると、沈黙を守ってきていたBBがそう提案してきた。

 つまり『敵がどういう存在なのか、いよいよみんなと情報を共有しろ』って意味だ。

『本来進んでいたはずの歴史から大きくそれたのが今の世界』。

『本来の世界からある日突然こちらの世界に迷い込んできた人間の存在』。

 それらを、全て話すべきだと。


「そうだ、それを聞かせてもらいたい。ササハラ君は私の話を聞き……兄が原理回帰教だと決定づけた。その理由を話してもらえないだろうか」

「……これを俺だけが説明しても、信じてもらえないかもしれない。だから途中、補足をお願いします、BB、リョウカさん」

「分かりました。こちらでも把握していますから、問題ありません」

「了解だ」


 俺はまず、この世界には『ある日急激に力を増し、同時に記憶喪失のような状態になる人間がいる』という事実を伝えた。


「そういう人達がいて、それが原理回帰教のメンバーにスカウトされていく……っていうのが流れなんだと思う」

「以前、リオステイル女王陛下と……ユキがオーストラリアの植樹地跡に苗木を奪還しに向かった際、原理回帰教の襲撃がありました。その中に二名、ユウキ君が今言ったような特徴を持つ二人の若者が含まれています」


 え、なにそれ初耳。


「今データを表示させます。アラリエル魔王陛下、プロジェクターの設置は可能でしょうか?」

「ああ、名前だけでいいぜ理事長さん。ほら、この壁に投影出来るから使ってくれ」


 少しして、壁がスクリーンのように映像を表示する。

 そこには映し出されるのは、ユキに扮する俺が、二人の若者を一瞬で殺害する様子。

 ああ……確かにいたな。ドームから脱出した俺を待ち構えていた、明らかに他の兵士より強そうな二人の若者。


「この二名は、日本国内で捜索願が出されていた学生です。最後に残された記録によると、この二人は何の変哲もない高校生で、異界調査や戦闘訓練、バトラー、その他戦闘に携わる進路を希望する事なく、成績も中の下、極めて平凡な高校生でした。ですが、最後に記録されたデータによると……シュヴァインリッター総合学園の生徒に匹敵する力を急激に得ていました」


 マジか。じゃあ俺と同じ状況で……そのまま原理回帰教にスカウトされた形じゃないか。


「他にも、似たような症例が世界各国でごくごく少数ですが確認されています。直近では我が校に入学したディオス君がそれに当たります」

「ああ、いたなぁアイツ」

「そういえばすっかり見なくなったよね? あれだけ鬱陶しかったのに」

「ふむ……察するにササハラ君に大敗を喫した事で考えを改めたのではないか?」


 そういえば、いつの間にか学園を去った……と聞いたな。確か自主退学をして本国に……いや、これはもしかして……スカウトされたのか!?


「あの、アイツは自主退学したと聞かされています、俺。もしかして……スカウトされたのではないでしょうか?」

「安心してください。ディオス君に関してですが、彼は間違いなくスカウトされていません」

「その点は安心してくれ。彼なら本国の精神病院に入院中だよ。勘違いしないでくれ、原因はユウキ君じゃない『ある日突然言語能力や記憶力をすべて失いまともに生活出来ない状態にされてしまった』んだよ」

「な……!?」


 なんだ……それ。まさか原理回帰教には、そんな力を持つ敵が……?


「ちなみにやったのは僕なのでなんの心配もありません!」

「ヒェッ」

「彼はね、超えてはならない一線を越えて『この僕と敵対』したんだ。だから、本気で潰した」

「……詳しくは聞きませんが理解しました」


 周囲の事情を知る人間が唾をのむ。


「まぁ、とにかくある日急激に力を伸ばし、記憶喪失のように一般常識が抜け落ちてしまう……というのが共通点なんだ」

「あ、あの!」


 するとその時、青い顔をしたカイがおずおずと手を挙げる。


「あの……俺、心当たりがあります……急に強くなって、それで……」


 そう言われてハっとする。

 いやでも……カイは違う……はずだよな? 何か急に常識を忘れるような……この世界に来たばかりの俺のようには、なっていない。


「君が強くなったのはセシリアの手による物だよ。潜在的な魔法適正、そして君が召喚した武器の能力を引き出せるようになったからに過ぎない。そもそも……覚醒の次元が違う。ユウキ君と引き分ける程度の強化を覚醒とは呼ばないよ。せめて僕に攻撃を通すくらいじゃないと」

「そ、そうですか……いや、それって絶対無理ですよね」


 マジでか。じゃあ俺は……どうだ? 本気で挑んだら、ジョーカーに一矢報いる事は出来るだろうか?

 ……今なら、出来るかもしれない。でもこの世界に来てすぐの頃なら……。


「まぁそういう事さ、カイ君は無関係だ。そして一ノ瀬ミコトさんの話が事実なら、限りなく君のお兄さんは黒だ。例の先遣隊の遺体やこれまでの状況から考えるとね」

「そう……なんですね。理解しました」


 少し複雑そうな表情のまま納得する一ノ瀬さん。

 他のみんなもまた、この話に考え込んでいた。

 まだ、決定的な事は言っていないが、それを言うつもりはないのだろう。

『世界が他にも存在する』という事実を。

 確かに今言う必要は……ないのかもな。




「はぁ……なんか緊張したな」


 ひとまず重要な話、この場合は一ノ瀬さんの作戦については話し終え、今は調印式、アラリエルとリオちゃんの話が主題となり、俺達学生グループは遅めの夕食として、このホールに用意されていた料理に手を付けていた。


「ユウキ、お疲れ様です」

「あ、イクシアさん。なんだかずっと俺達の戦いに巻き込んでしまって申し訳ないです」

「いいえ、構いません。大切な息子に……そのお友達。その助けになりたいと思うのは自然な事だとは思いませんか?」

「はは、そう言ってもらえると楽になります。ありがとうございますイクシアさん」


 そう微笑みながら、いつのまにか俺の持っていた皿に料理を次々に盛り付けていくイクシアさんだった。


「こんなに食べきれないです……」

「そうですか? この料理、随分と美味しいので手が止まらなかったのですが」

「そんなになんですか?」


 一口頂きます。


「うっま。どうかしてる味ですよこれ」

「独創的な感想ですね? ですが……確かに尋常じゃない美味しさですね……」


 どうやら俺が取っていなかった料理みたいですな。


「気に入って貰えて何よりだよユウキ君」


 すると、俺に声をかける人物が。

 この声は……。


「BB!? あ、もしかしてこれ作ったのって……」

「僕だったり。いや関係者だけで改めて集まるなら、労いも込めて腕を振るいたくなるのが人情ってものじゃあないですか」

「は、はぁ」


 正直言って良いですか。この人ほど人情って言葉が似合わない人もいないと思う。

 いや、悪い人じゃないし優しい事の方が多いんですけどね? ただ……なんかこう、ねぇ?


「なんと! まさかBBが作った料理だったんですか……! 美味しいはずです……」

「口に合ったようで何よりです、ユウキ君のお母さん」

「ええ、本当に。あの……お礼がまだでした。ユウキ達がドバイで起きた災害から生還出来たのはBBの力による物だと聞きました。息子を、その友人たちを救ってくださり、本当にありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」


 そう言いながら、ヘルメット越しに篭った笑い声を響かせ、ゆっくりとリョウカさんの方に去っていくBB。


「……しかし、やはりBBは……普通の人間ではない、という事なのでしょうね」

「そう、なります。ただ、あまり探ったりはしちゃいけない相手とだけ」

「心得ていますよ。ふふ、なんだか少し前までの自分は信じないでしょうね、こうしてBBと会話をする機会を得られたり、料理を食べられたりするなんて」

「はは、そうかもですね」


 そうして、引き続き料理に舌鼓を打っていると、またしても――


「あ、あの……少しお時間よろしいでしょうか」


 掛けられた声に振り替えるも、そこに人の姿はない。

 なんだ……?


「……下です」

「あ、ナシアだ。ごめんごめん、こっちの俺って背が高いから」

「そうですね、それはまぁ仕方ないです。すみませんイクシアさん、ユウキ先輩を少しお借りしても良いですか?」

「はい、もちろんですナシアさん。でもしっかり後で返しに来てくださいね?」

「はい、もちろんです」


 ニッコニコでなんか変な事を言うイクシアさん。

 そうだよね、ナシアちっちゃいもんね。そりゃニッコニコにもなりますよね。


「ここではなんですので、ちょっとホールの外へ……バルコニーの方へ」

「了解」




 しかし久しぶりだな本当。ちゃんと話せていなかったし、色々言いたい事もあるのだろう。

 バルコニーに着くと、遠くから貴族達の晩餐会、その歓談の声が微かに聞こえてくる。


「ナシア、その恰好寒くないか? 結構夜は冷えるしこっちは」

「大丈夫ですよ、これ魔法がかかってますから。まぁ地球はまだ八月ですから、ギャップは感じますけど」

「なるほど。で、何か話でもあるのかね?」


 聞かれたくない内容なのだろう。あの場には様々な立場の人間がそれぞれの思惑で集まっているのだから。


「……まだ、私はユウキ先輩に謝ってないから、謝りに来ました」

「……へ?」

「私は、ユウキ先輩にたくさんひどい事をしました。だからそれをずっと謝りたかったんです」

「ええと……話が見えてこないんだけど」


 はて、何のことだろう? 本気で分からんぞ。


「植樹式の事です! 私は、ユウキ先輩にたくさんひどい事を言った! 殺そうとした! 謝って許される事じゃないとわかっているんです、でも謝りたいんです! 謝罪を受け入れたくない、謝ってほしくない気持ちもわかります、でも!」


 マジか、もう昔の事というか、状況的にむしろ正しい反応だったのに。

 あの時俺は、ナシアの一番傍にいた。一番信用してもらえていたんだ。

 それを直前で裏切り、大切な物を破壊した。真実がどうあれ、あの時の俺はナシアから見たら『裏切者』でしかなく、あの反応も正常な物だ。

 それこそ聖女なのだ、むしろああいう対応をしないといけない。


「ナシアは悪くない。何も悪くない。あれが正しい反応で、あの瞬間は確かに誰の目から見ても俺が悪人で、ナシアが被害者で、正義はナシアにあった。真実はどうあれ、確かにナシアはあの時、正しい事をしたんだ」

「でも! 私は殺そうとした! 理由を聞こうともせず、頭に血が上って!」

「でも、俺はそれが正しいと思うよ。いやぁ……あの時のナシアは強かった。たぶん俺が今まで戦ってきた中で、一番強かった。ガチで今回のクーデターで戦ったカノプスより強かった」


 もうね、あれでナシアが地球にいた所為で弱体化してるとか信じられなかったですよ。

 リオちゃんも匙投げてたし途中から。


「そ、そりゃあ……私は聖女ですから」

「いい経験をさせてもらったよ。ナシアは、悪くない。むしろ被害者なんだ。俺と戦う事になったのも、ある意味被害だと言える」

「でも……」

「もう気にしなくていいんだよ。俺は、またナシアが戻ってきてくれてうれしいんだから。それでいいじゃないか。俺も学生に戻れた。ナシアも学生に……戻れるんだよな?」

「あ、それは一応卒業までは……」

「なら、それでいい。地球に帰ったら今度はコンビニスイーツじゃなくて、どこかケーキ屋さんにでも連れてってやるからな」

「お、おお……って、それでいいんですか本当に」

「いいんです。いやぁ……実は前回の任務で、お菓子屋さんのオーナー? なのかな? なんか有名な店の人と知り合えたから、その人のお店行ってみたいんだよね」

「おお……じゃ、じゃあ……それで今度こそこの件は終わり……という事で」


 そうなんです、ドバイの護衛任務で、BBのドリームチームに一人パティシエールさんがいたので、その人のお店にも行ってみたいなーと。


「じゃ、みんなのところに戻ろうか?」

「はい! ……よかった。またユウキ先輩とお話しできるようになって」

「可愛い事言うな―、うりうり」

「ぎゃー」


 小さくて可愛い後輩と共に、会場に戻る。

 さて……今夜はまだ約束があるからな。それにやらなきゃいけない事もある。

 だが、ナシアと共に会場に戻ろうとしたその時、行く手を阻む人物が一人。


「ショウスケ……?」

「すまない、聖女ナーシサス様。少しユウキを借りる事は出来ないだろうか?」

「あ、ナシアで良いですよ? 新しい先輩なんですよね?」

「む……では僭越ながらナシア殿。ユウキを少々お借りしたい」

「又貸しですがどうぞどうぞ」

「俺の意見は聞かないんかい」


 少し、深刻な様子のショウスケ。

 これは……思ったよりも長い夜になりそうだな。


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