第二百六十七話
「なるほど……その時点では、そこまで騒ぎになるような事はしていなかったのですよね?」
「はい。リオちゃんが現れたのは、俺がこの世界に迷い込んでからちょうど一か月が過ぎた頃でした。つまり、それよりも前の段階で原理回帰教は俺の事を知った可能性があります」
「……原理回帰教がユウキ君と接触を図ろうとしていたとしたら、それまでの間にユウキ君に関する特異性をどこかで見聞きした事になります。ユウキ君が身体強化で強さを発揮していたのは……高校と秋宮のシミュレーター施設でだけ、ですよね?」
「はい。この段階ではまだ県中央の施設に行ったりはしてないです。それに、高校の授業ではかなりセーブしてました」
「……施設利用者か、はたまた職員か。いえ、職員でしょうね。原理回帰教がメンバーを増やす際、どうやって特殊な能力の目覚めを迎えた人間を集めていたのか気になってはいましたが……もし、ユウキ君のように施設で訓練、自分の変化を試す人間がいれば、職員であれば容易にそれを知ることが出来る……既に、私の足元にも連中の脅威は迫っていた……と考えた方が自然ですか」
俺の考えを話したところ、事態は思ったよりも深刻かもしれない事が判明した。
確かに、職員、秋宮の中にも原理回帰教の関係者がもぐりこんでいると考えた方が自然かもしれない。
「……地球に私の右腕とも呼べる秘書を残してきています。早急にこの話を伝えておきましょう。ありがとうございます、ユウキ君。この話のおかげで未然に防げる事は、きっと少なくない。大きな借りが出来てしまいましたね」
「いえ、そんな……お役に立ててよかったです」
「私は早速地球に連絡を入れてきます。先に会議室へ行ってください」
俺だけの杞憂だと思っていた話だが、どうやら有益な情報だったようだ。
そうして俺も会議室へ向かい、まもなくやってくるエンドレシアの一団、セリュミエルアーチの使節団を出迎える準備、警護について会議を始めたのだった。
「まぁ分かっちゃいたけどさ、そもそも警備なんて必要ないだろって。でもまさか――」
王城正面口を抜けた先、庭園の広がる広場にて、俺達は最初にやって来た一団、エンドレシアの王族とその護衛、すなわちリオちゃんとUSMの面々を出迎えていた。
六光にロウヒさん、それにリオちゃん本人……誰がこの三人に勝てるのかと。
だが、俺達が一番驚いたのは――
「やぁやぁSSクラスの諸君! ご機嫌麗しゅう! ドバイで会って以来じゃないか!」
BBが同行していたのである。
俺はまぁ……ノースレシアに来ていたことは知っていたし、直接会っていたのでそこまで驚いていないのだが、他のクラスメイトはそうじゃない。
あのドバイでの事件、地球滅亡の瀬戸際でのやり取りが最後だったのだ。
その驚きの程は……察して欲しいね、うん。
「BB!!! お久しぶりです……無事だったのですね? いえ……私達の命の恩人であるBBにはなんとお礼を言ったら良いのか……」
真っ先に話しかけたのは、もともと熱心な信者でもあるコウネさんだった。
「いえいえどういたしまして。この話はとりあえず今はNGかな? 何せ後に控えているお客さんもいるんだから」
すると、本当にリオちゃんの一団を出迎えている側から、既に王城正面門の前に別な馬車の一団が現れていた。
刻まれている紋章からして……あれはセリュミエルアーチの一団で間違いなさそうだ。
……自動車じゃないんだって思ったのは俺だけみたいです。
格式とか礼儀とか、そういう都合で公の場に現れる際には馬車や魔車に乗り換えるものなんだそうです。
「ようこそお出で下さいましたリオステイル女王」
まず最初に、アラリエルがリオちゃんに歓待の言葉を掛けると、それに続くように――
「リオステイル女王陛下、並びに護衛の皆様。まずは私が歓待の会場にご案内いたします」
「分かりました。では案内をお願いします、ミスタ?」
「これは名乗り遅れました。暫定ですが、宰相を務めるアートルム・レストと申します」
リオちゃん達は先に会場入りをするようだが、心なしか……リオちゃんとアートルムさんの間に、どこかワザとらしいような、剣呑な空気が漂っているように感じた。
まぁファーストコンタクトがアレだったからなぁ……。
「おっと、僕はこのまま生徒さん達とセリュミエルの一団をお出迎えしようかな? 構わないかな?」
「な、それは……」
「私が許可しますアートルム。リオステイル様達の案内をお願いします」
BBの申し出に難色を示すも、リョウカさんの鶴の一声でこの場に残るBB。
ふむ……まぁきっと何か考えがあるんだろうな。
「リオステイル女王。本来であれば私自らがご案内したいところなのですが」
「いえいえ、魔王アラリエル。セリュミエルアーチからの使節団はこの度の調印式の見届け人。本来ならば私も一緒に出迎えるべきでしょう」
少しうすら寒くなるような、わざとらしい調子で話すアラリエルとリオちゃんに笑いをこらえていると、どうやらリオちゃんもここに残る事になったようだ。
六光とロウヒさんの二人だけが、アートルムさんに連れられて会場へと向かう。
「……なんか二人とも気持ち悪いな」
「うっせ。公の場なんだ、仕方ねぇだろ」
「右に同じく。やっほ、ユウちゃん。久しぶり」
小声でやり取りしてる間に、使節団の馬車から最初の一人が降り立った。
それは――
「この度はセリュミエルアーチ使節団の入国を許可して頂き、誠に感謝致します。アラリエル魔王陛下、リオステイル女王陛下の両名におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」
「これはこれは、ノルン第二王女殿下。まさかこのような最果ての国に貴女のような国の宝がおいで下さるとは」
「ご丁寧に感謝致します。期待に沿えるよう、務めて参ります」
ノルンさんが、国の代表として来てくれたのだった。
それだけではない、続いて馬車から降り立ったのは――
「……ナシア?」
いつものようにお転婆な姿を隠した、白いベールのついたローブを纏い、物静かに地面に降り立つ小柄な少女。
俺の後輩にして、現セリュミエルアーチの聖女、ナーシサス様だった。
「聖女様まで足を運んでくださるとは、なんと光栄な事でしょうか。どうぞ、リオステイル陛下、ノルン王女と共に案内致します」
「はい、感謝致します、アラリエル魔王陛下」
静かに、ナシアもまた公の立場の振舞いでアラリエルに案内されていく。
……なんていうか、俺の知り合いってこれまでフランクに接してきた人ばかりだけれど、こういう場だとマジで雲の上の人なんだなって実感させられるな……。
まぁ今は関係者だけじゃない、国の兵士や騎士も見ている中だし、流石にいつもの調子って訳にはいかないよな。
俺と同じ事を思っているであろうクラスの面々と共に、俺達も会場に向かうのだった。
それから一時間程で、アラリエルが声をかけていた貴族、カノプスに粛清される事なく残っていた家々からも当主達が出席し、まさしくイメージ通りの昼餐会が開かれつつあった。
まぁ自由に王族に声をかけられるような催しではないので、アラリエル達が人だかりに紛れるような事はないのだが、それでも貴族同士が互いに情報交換、今後の立ち回りについて相談をしながら、新たな魔王、そして新たなエンドレシアの統治者を一目見ようと足を運んでいた。
「なんていうか、アラリエル達の席には誰も近づいていないな、当然。俺達もだけど」
「流石に弁えているのだろうな。この歓待の宴は、いわば『威嚇』だ。ノースレシアに現在残っている貴族達が余計な事を考えないように、と。そして『新たな魔王はこれまでの統治者とは訳が違う』というアピールなのだろう」
「なるほど。なら近いうちにエンドレシアにアラリエルが招待される事もあるかもしれないな」
「ああ、そうだな」
ショウスケの話を聞き、ただの歓待の宴でなく、貴族を迎えた大々的な催しにした意味に納得する。
「でも、もちろんこの表向きの宴が終わったら関係者だけで仕切りなおすんだよね? これじゃあ話すべき事も満足に話せないし」
「恐らくそうでしょうね。それこそ、晩餐会として開くのでしょう。今はあくまで『公の場』ですからね」
「二人とも、会場の警備は大丈夫なの?」
ショウスケと話していると、今の時間会場の出入り口を固めていたはずのカナメとキョウコさんがやって来た。
「ロウヒさんが交代してくれたよ。どうにも、来賓として扱われるのは勘弁してもらいたいんだってさ」
「私も、あの方と交代してきました。……なんとも、掴みどころのない方、ですわ」
出入口に目を向ければ、そこにはロウヒさんと……BBが警備をしていた。
あ、なんかもう安心していいっすねこれは……。
「……なんだか、遠いところに行ってしまった、と思ってしまいますわね」
不意に、王族のテーブルに目を向けたキョウコさんがポツリと呟いた。
……いや、これはアラリエルの方を見たんだな。
「カヅキさんもそう思う? 僕もだよ。少し前まで一緒にナンパしに出かけたりご飯食べに行った友達だなんて信じられないよ」
「やっぱ二人もそう思う? でも、これがアラリエルが選んだ道、なんだよな」
「もともと魔王の後継者として育てられた訳ではない、という話らしいが、やはりこういう場での振る舞いは学ばされていたのだろうな。少々不安視はしていたが、大したものだよ、アラリエルは」
二代前の魔王が亡くなった際に、後継者争いから逃れるために地球に来たと言う。
でも、結局アラリエルはこの道を選んだんだ。きっと俺なんかじゃ考えられないような葛藤もあったんだろうな。
「んじゃ、とりあえず俺は出席者の皆さんに挨拶してくるよ。アラリエル達はともかく……俺達は普通に話しかけられる対象っぽいしさ」
「……そのようだ。任せたぞ『英雄ササハラユウキ』殿」
あーあー俺もアラリエルの席に移動したいなーくっそー。
結局、俺が話せる詳細なんてないと向こうも分かっていたのだろう。
当たり障りのない賛辞やカノプスとの戦いの詳細、アラリエルとの関係や……俺の進退に関する話が主だった物だった。
ほとんどが今後この国に仕官、アラリエルの部下として所属するのか否かという質問や、もはやお約束の『特定の決まった相手はいるのか』という質問ばかりだった。
無論『心に決めた最愛の女性がいる』とその都度応えていたので、今後はこういう質問も減ってくれると思うのだけど。
「づがれだ……みんなは大丈夫……?」
「私は平気ですよ、慣れてますから」
気疲れでダウン中の俺と同じく、疲れた顔でソファーに集まるクラスメイト達。
流石に大貴族の令嬢であるコウネさんは余裕そうだが、他のみんなは完全にダウンしていた。あのキョウコさんまでもが。
「流石に、地球ではここまで貴族が集まる催しはもう開かれることも稀ですからね、疲れますわ……迂闊に特定の家とばかり話しては、どんなリスクがあるか分かったものじゃありませんもの……」
「僕は普通に勧誘とかされたね。まぁ……既に進路が決まっている人間だし、アラリエル君とも仲いいからね、あまり食い下がられる事はなかったよ」
「あー、そうかアラリエルの名前出して躱せばよかったのか……」
既に夕日が差す頃。ようやく会場から王族や使節団といった主賓の人間が下がり、本格的な晩餐会が開かれる頃。
俺達SSクラスの人間やリオちゃんの護衛ロウヒさん、六光、BBが別な会場に集まるように言われる。
ここの会場はこのまま、貴族の社交場として夜まで優美な時間が流れていくのだろう。
なお、イクシアさんはこの会場に入ってすぐ、ノルンさんに捕まってずっと王族のテーブルにいました。なんて羨ましい、貴族に一切からまれる事なく料理を堪能していましたよ……。
晩餐会の会場から離れ、二階にあるもう一つのホールに王族と関係者が集められていた。
リオちゃん達エンドレシア組に、セリュミエルアーチからノルンさんとナシアの二人だ。
そこに俺達SSクラスの生徒と教官のジェン先生、カズキ先生に、リョウカさん。
アートルムさんにイクシアさん、そして最後に……BB。
「さてと……んじゃ改めて仕切り直しといくか。リオステイル女王、クーデターの成功おめでとさん」
「ありがと。そっちも無事にお母さんを助け出せたんだよね? 今はどうしてるの?」
「晩餐会会場に残ってるわ。もともと、荒事に関わるような人間じゃねぇんだ」
「なるほど。ノルン様も久しぶりだね。かれこれ一年以上ぶりかな?」
「そうですね、我が国の事件解決のおり以来、ですからね」
ようやく砕けた調子で語るアラリエルとリオちゃん。
ノルンさんはまぁ……いつもこの調子なのでなんだか聞いていて安心してくるな。
そして……恐らくこの中で一番久しぶりな人間、ナシアに声をかけるアラリエル。
「よう、チビっこ。久しぶりだな。世界樹植樹の警備の時以来だよな?」
「チビっこじゃないですよ、聖女に向かってなんて事言うんですか」
間違いない、ナシアだ。眠っていた意識が完全に覚醒し、以前話した初代聖女の別人格、ダリアさんではなくなっていた。
「久しぶり、ナシア」
「あ…………はい、お久しぶりです」
続いて声を掛けると……長い沈黙の後、小さく最低限の言葉が返って来た。
やはり、まだ俺が世界樹を破壊した事を完全に許せていない……のかもしれないな。
「お久しぶりです、ノルン様。お変わりありませんか?」
「サトミさん! お久しぶりです! 転校してしまって凄く寂しかったです。そちらこそ新しい環境でお変わりありませんか?」
続いて、もともとクラスメイトだったサトミさんとノルンさんが再会の喜びを分かち合う。
付き人のような事もしていたサトミさんだ。仲も相当よかったのだろうな。
「んー……ユウちゃん、たぶんこの後裏の事情含めて相談とかするんだろうけどさ、その後時間貰える?」
「うん? どうしたのリオちゃん」
「ちょっとそろそろ私もいろいろ不自由な生活が待ってるからさ、話しておきたい事とかあるんだよねぇ」
皆が交流を深めている間に、リオちゃんが静かに声をかけてきた。
……なんていうか、この大人の姿のリオちゃんって未だに慣れないんだよなぁ。
呼び方は慣れたものだけど、どうしても小さい女の子なイメージがあるので……。
「了解。相談というか会議が終わったら時間作るよ」
「おっけい。んじゃまた後でね」
そうしてひとしきり再会の挨拶を済ませた面々は、いよいよこの後に控える戦い、原理回帰教との決戦について話を煮詰めていくのだった。