第二百六十話
(´・ω・`)いよいよ最後の敵に迫って参りました。
「少しだけ城内を見て回りませんか? 都市部だけでなく、城内にも何か困っている人がいるかもしれません」
「そうですね、戦いで崩落した場所もありますし、手伝えることもあるかもしれませんね」
恐らくアラリエルは会議室にいるのだろう。直接向かう前に、イクシアさんと城の中を見て回る事にした。
「そういえば、カノプスも言っていましたけど、イクシアさんってこの城の構造に詳しいんですか?」
「そうですね、かなり詳しいですよ。実は、一時期修行の為にこの城でお世話になっていたんです」
道すがら、気になっていた事を聞いてみた。
確か、お弟子さんの一人がこのお城に嫁いだっていう話だから……その関係で?
あれ? でも嫁いだっていうと……まさか原初の魔王に?
「お弟子さんが嫁いだ関係で関りが続いたんですね?」
「そんなところですね。実は、原初の魔王には二人の奥様がいらしたのですが、そのうち一人が魔導、および錬金術のエキスパートだったんです。なので、私も教えを乞う為にこの城に学徒として住まわせて貰っていたのですよ」
「ふむふむ……嫁いだお弟子さんって、原初の魔王ではなく別な人に嫁いだんですか?」
「ええ、ご子息に。私も三年程このお城で暮らした関係で、今の時代には記録されていない隠し通路、術式により隠されている転送門を知っていた、と言う訳です」
なるほど……いや、イクシアさんが想像以上に……原初の魔王、つまりヨシキさんに近い場所にいたって事が驚きだな。
きっと面識もあったんだろうな……でも、ヨシキさんはイクシアさんに対して特に反応を示したりしていないし、そんなに深い知り合いではなかったのかもしれない。
それか、イクシアさんの姿が生前とかけ離れているから気付かない、か?
まぁ、その辺りは気にしてもしょうがないか。
その後、カノプスとの決着をつけた現場で、瓦礫の撤去の手伝いを買って出たり、戦闘で荒れてしまった中庭の整備を手伝ったりしながら、城中を見て回る。
「おや……あちらは知らない建物ですね」
「あそこは砦と牢が一体になった建物ですよ。俺達はあの場所にあるゲートから連れられて、そのまま牢に囚われたんです」
「なるほど……かつては地下牢が存在していましたが、新しく作られたようですね」
ゲートが結局どうなっているのか、それを確認する為にも、今度はそちらに向かう事に。
「ん……あれ、アラリエルだ」
「皆さん集まっていますね。少々物々しい様子ですが」
砦に向かうと、中庭にアラリエルやアートルムさん、それに鎧姿の兵士やシュヴァインリッターの戦闘員と思しき人達が集まっていた。
「おーいアラリエル、どうしたんだ?」
「ん? ああ、ユウキか。丁度いいところに来たな。今アジトの方に残ってる人間がいたら、こっちに来るよう伝令をやるとこだったわ」
「ふむ? 何かトラブルか?」
「……ああ」
集まっている戦闘員は全員、警戒した様子でゲートを睨みつけていた。
そして――ゲートの前には、おびただしい量の血痕と……死体が積み上げられていた。
「……カノプスが送り出した異界調査の先遣隊、か?」
「ああ、そうだ。恐らくまだカノプスの死を知らない連中がいるだろうから、降伏勧告をする為に兵士達を送ったんだよ。で……見つけて持ち帰ってきたのがこの死体の山だ」
「マジかよ……全員、魔物にやられたってのか……」
見覚えのある鎧、そして中には俺達を保護する時に顔を会わせた兵士もいる。
皆、異界の魔物に蹂躙されたのだろうか……?
「お前達を呼ぼうと思ったのは、この死体を見てもらいてぇからだ。ユウキ、異界の魔物ってのは武器を使うのか?」
「いや、少なくとも俺達が見てきた人型の魔物は武器を使っていなかったな。ただ……あいつら、殺した相手から服や物資を奪う程度の知能は持っていたし、見よう見まねで服を着ているヤツもいた。もしかしたら武器を扱えるヤツもいるかもしれないけど」
「なるほどな。……じゃあ、この死体の様子を見てどう感じる?」
あまりまじまじと見たい物ではないが、死体の切断面を観察してみる。
「鎧も骨も一刀両断……しかもバラバラだ。ほぼ同時に切り裂いた感じだな」
大きく振りかぶってぶった切ったって印象ではない。凄まじい技の切れで、乱れ切りにされ、一瞬でバラバラにされたようだ。
「……凄まじい技の冴えだな。少なくともこんな事が出来るのは……俺と一ノ瀬さん、カイ、それと……俺達の臨時の担任をしているカズキ先生くらいだな、俺が知る限りだと」
そう答えると、アラリエルが何やら近くにいた兵士に指示を出し、こちらに向き直る。
「やっぱりそう思うよな。間違いない、異界にはカノプスの兵士を殺した何者かが潜んでいる。今、カイとミコトのとこに伝令をやった。あいつら剣術の専門家だ、何か追加で情報を得られるかもしれねぇ」
「だな……しかしこうなってくると、いよいよカノプスにゲートの入口を『提供した』人間がいる可能性が出てきたな」
「ああ。だがこのゲートをどうにかすんのが優先だ。精々厳重に封印するくらいしか出来ねぇけどな。だから黒幕探しに異界に乗り込むってのはナシだぜ」
どうやら、まだこの一連の事件は終わってはいないようだ。
「これが……異界へのゲートですか。すみません、少し調べさせてもらえないでしょうか?」
「魔導の専門家っていうイクシアさんなら何か分かるかもしれねぇな……許可します」
ゲートは現状、小さな建物で覆われている。
出入口となる部分は大きな扉になっており、通行する場合は扉を開き、平時は完全に密閉、ゲートを完全に見えないように隠していた。
この囲い小屋が後から用意された物なのか、それともここにどの程度の規模のゲートが出現するのか予め教えられて用意していたのか、この辺りも調べてみたら情報が得られそうだな。
「アラリエル。城の工事や補修を請け負っている業者を出来れば全員集めてほしい。このゲート周りの建物の施工について聞いておきたい」
「ん? まぁ構わねぇ、どのみち城の補修で連絡は必要だからな」
こうしてイクシアさんはゲートを魔術的に調査、俺はこの周りに建造された囲いから情報を得るために調査を開始、そしてアラリエルは死体の検死の為、カイと一ノ瀬さんに調査を依頼したのだった。
城から少し離れた場所、俺は工場などが立ち並ぶ一角にある工房を訪れていた。
「では、資材の発注の時点で既に大体の寸法は決められていたのですね?」
「ああ、そうだ。いつも城の修繕は私らの工房に依頼が来るんだが、あの時は資材の発注と細かいパーツの寸法の指示書が送られてきたんだ。だが、作業の方は『こちらでするから今回は立ち入り禁止だ』と言われたんだ。だから印象に残っているよ」
「なるほど、ありがとうございました。今回からはまた皆さんの力が必要になってくると思います。城の修繕、頑張ってください。アラリエルには皆さんにしっかりお礼をするように言っておきますんで」
「ははは、そりゃいい。ありがとうな」
信じていないな? 良し分かった、工房丸ごと新品に出来るくらい報酬出すようになんとか言い含めるからな! それくらい今回得た情報は大きな意味があるのだから。
工房を後にし、情報から得られた事を纏める。
「少なくともクーデター前、シリウス王が存命のうちに発注が行われていた……つまりクーデターは元々起こすつもりだった……または何者かの提案に乗る形で計画した、か」
アラリエルの言葉を信じるなら、カノプスは元々魔王という力に固執していたという。
何かきっかけがあれば今回のようなクーデターを起こしていてもおかしくはない。
何者かの提案……きっかけとしては十分だ。
「建物の大体の大きさも最初から決めていた事から、ゲートの規模も予測出来ていたって事か……? ならゲートを顕現させた人間は、ある程度仕組みを理解し、顕現するゲートの規模も操作できるって事なのか……?」
クーデター前に城で働いていた人間が残っていたら……もう少し情報を探れるか?
城に戻り、アラリエルの方はどうなったのか様子を見に行く。
「お、カイも一ノ瀬さんも来てたんだ」
「ああ、ユウキ。今、死体の検分を終えたところだ」
砦の中庭に、カイと一ノ瀬さんが集まっていた。
どうやらアラリエル達はどこかに行ってしまったらしく、他はイクシアさんと術師風の人がゲート周辺を調査しているだけだ。
「ああ、ササハラ君。死体の状況は……確かに君の見立て通り、相当腕の立つ人間による者の犯行だろう。だが……」
「使われた武器は刀だな。魔力によるコーティング、つまり一般的なデバイスによる物じゃない。異界に刀型、それも物理的な刃が付けられた武器がある状況ってのは限られるんだけどな」
どうやら二人は凶器の特定まで出来ているようだった。
だが、どうにも歯切れが悪いというか、元気がない様子だった。
「……以前話したと思うが、私の兄が率いる部隊を含む異界調査団が……ゲートの先で行方不明となっている。そして……」
「今回派兵された人間のうち、公的に派遣された人間で刀を扱う人間はミコトの兄さん、セイメイさんだけなんだ」
「それは……いや、待て。公的に派遣って事は、非公式の人員もいるって事なのか?」
「ああ、実は前回、ササハラ君を追ってサーディス大陸に渡る際、協力してくれたのは異界に戻る兄だったんだ」
「で、その時妙に準備が良いっていうか、明らかに以前から密航、もとい不正に人員を運んでいた痕跡があったんだよ。これは正直褒められた事じゃないんだけど――」
なるほど、世界情勢的なしがらみ、だな。
「皆まで言わなくてもわかるよ。日本人、オーストラリアやハワイで戦ってる人間の戦力が突出してるって事に関係しているんだろ? 正直、それ以外の国の兵士の席が増えると足手まといになるんだって事くらい俺もわかるよ」
「……そういうことだな。だからもしかしたら……俺達以外にも密航していた勢力がいたんじゃないかって、ミコトにも言ってたところなんだ」
つまり、最悪を想定した一ノ瀬さんを元気づけようとしていた訳だ。
「可能性はあるね。リオちゃんは過去に異界調査団の中に紛れ込んで異界入りした事があるって言っていたし、もしかしたら、どこかの組織が協力していた可能性は高いと思うよ」
「だ、だよな! ほらミコト、ユウキだってそう言ってるじゃないか。そもそも、異界調査団には元々一ノ瀬流派、分派も含めたら教えを受けた人間が相当数いたじゃないか。刀型のデバイスに鞍替えした人間だっていてもおかしくないだろ?」
「ちなみに、二年くらい前からUSM社、キョウコさんの会社の刀型のデバイス売上が急激に伸びていたそうです」
あれは俺が宣伝動画の提供をしたからって話だけど、関係はあるはずだ。
「そう、か。二人ともすまないな、気を遣わせた……ありがとう」
「気にすんなって。正直、異界の魔物にセイメイさんが負けるって事がそもそも想像出来ないんだよ俺は」
「ま、まぁ……」
一ノ瀬セイメイさん。あのディースさんよりも強いとされている、表の世界最強の剣士。
今の成長した俺なら、ディースさんともっと良い勝負が出来るかもしれないが、そのディースさんが『手心を加えられた上で引き分けた』という話だ。
間違いなく、今の俺よりも強い。もしかしたらカノプスよりも……。
「……確かに異界の魔物程度に負けるとは考えられない……か」
もし、まだ見ぬ魔物がまだあの世界に潜んでいるのなら、結果は変わってくるのだろうが。
「まぁ少なくともこれは魔物の仕業じゃないって事はアラリエルに伝えるよ。恐らく相手は人間、それも刀を扱う者だってな」
「ああ、それは間違いないだろう。悔しいが、この切断面を見る限り、私やカイではまだこの域には達していない。映像で見たが、かつてユキさんがオーストラリアの基地で見せた動きなら可能ではありそうだが」
「ユキは犯人じゃないよ。それだけは断言出来るんだ。詳しくは言えないけど所在がはっきりしてるから」
ここにいます。
「な! そうなのか……もう、結婚したんだよな」
「うん、したらしい。ちなみにユキが映像でやってたていう動きなら俺も可能だよ。でも俺も犯人じゃない。つまり、最低でも俺とユキに匹敵する刀使いが異界の中にいる……って事か」
「そうなってくると……カズキ先生くらいしか私は思い浮かばないが……時間的にここに来るのは不可能だろう」
いや、ゲートを自由に扱えるなら、距離も世界も関係ない可能性はある。
まぁ今言うとややこしくなるから黙っておくけれど。
ただ……二人は『その可能性』をあえて考えないようにしていると感じた。
残酷かもしれないけれど、これは言わないと。
「後は、セイメイさんが犯人である可能性かな。刀を使い、俺以上の使い手なんだ。本来真っ先に容疑者に上げるべき人ではあるよ。異界で行方不明になったのなら、異界で生きている可能性だってあるんだから」
「っ! それは! それは……分かっている! だが!」
「……ミコト、ユウキに怒るなよ。俺達だって……考えていなかった訳じゃないんだから」
でも、今回の被害者はカノプスの手勢、つまり敵だ。
何か正当な理由があれば、罪に問われない可能性の方が高いではないか。
その考えを二人にも伝えると、どうやら今回の被害者が『倒すべき敵であるクーデター軍』である事をすっかり忘れていたようだった。
「そ、そうか……何かトラブルがあって、交戦の結果……って事もあるのか」
「なるほど……だが姿を現さないのが引っかかるな、兄が犯人だった場合は」
「まぁ今はどこまで行っても推論しか立てられないんだ。得られた情報を纏めてアラリエルに報告しようか」
二人の表情が幾分晴れたのを確認し、今度はゲートを調査しているイクシアさんの元へ向かう事にした。