第二百五十七話
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極限まで強化された身体能力。この状態ですら痛く感じる程の速度での抜刀。
迫る刃が、正確にカノプスの白い首に吸い込まれていく。
刃を覆う青白いオーラと、カノプス身体を守る赤黒いオーラが触れる。
「っ!」
「……ふ」
音もなく、衝撃波だけが周囲に広がり、首と刀が拮抗する。
「オオオオオオ!!!!」
「クク……本当に仲間に恵まれているな。だが……一歩届かなかったようだぞ?」
全身から力が抜けるくらい、全力で放った一撃は、悔しいが、本気で受けきる覚悟をしたカノプスの首を絶つ事が出来なかった。
腕が震え、持ち上がらない。明確に、力の差を理解させる結果に、打ちひしがれる。
「……意思だけであれを受けきるのかよ……」
「イクシア。貴様の薬のおかげだ。契約を結ぶ手伝いをする薬のようだが、しっかりと私の魔力も回復してくれたのでな。どうやら、ようやくお前の計算を狂わせる事が出来たようだな?」
そうか……カノプスが飲んだ薬には、しっかり回復の効果も持たされていたか……。
恐らくカノプスの魔力の総量は俺よりもはるかに上なのだろう。これは……もうこいつが身体の自由を取り戻すのを大人しく見守る事しか出来ないのだろうか……?
「いいえ。子が行き詰ったら手を差し出すのは親の役目です。ユウキ、短い修行期間でよくぞここまで使いこなしましたね。後は――」
次の瞬間、イクシアさんの手から青い炎の剣が生まれ、それが一瞬で振り抜かれる。
「私に任せなさい」
「――は?」
気が付いた時にはもう、カノプスは袈裟懸けに切り裂かれ、床に這いつくばっていた。
「は……? なんだ……これは……」
「……もう、眠りなさい。貴女は今の時代に生まれるべきではありませんでした。乱世でこそ輝ける才を、平和なこの時代に持ってしまった己の不運を……いいえ、違いますね。貴女は出会えなかった。諫め、導いてくれる人間と。ひとえに貴女が強すぎたから」
イクシアさんは、なぜかとても悲しそうに語りかけながら、這いつくばるカノプスに……炎の剣を突き立てた。
身体を覆う膜など関係ないと言わんばかりに、あっさりと床に縫い付けられたカノプスの身体が、一瞬で塵となり、上空へと舞い上がり、空に消えていく。
「私は酷い人間です。可能なら、私以外の人間に葬ってもらいたいと、考えてしまいました」
「イクシアさん……カノプスと何かあったんですか……?」
まるで、自分で殺したくなかったとも取れる発言。
こいつは別に子供という訳ではない。立派な成人女性と呼んで差支えのない相手だ。
それに……イクシアさんだってカノプスを討つ事には反対していなかったはずだ。
「いいえ、なにもないですよ。ええ、なにもないんです」
「イクシアさん……?」
「アラリエル君。アンジェさん。城の外に急ぎましょう。もう、戦いは終わったのだと……皆に知らせないといけませんから」
「そ、そうっすね。お袋、行こう。アートルムのおっさんも来てるんだ」
「ええ、分かったわ。イクシアさん……それにユウキ君。ありがとう、本当に」
こうして、俺達は元々の目的であるアンジェさんの奪還だけでなく、クーデターを引き起こした元凶であるカノプスを討ち取った事により、この戦いに勝利したのだった。
市街地での戦闘はやはり多数の死傷者を出してしまっていたが、幸いにして民間人の被害者はゼロという結果に終わった。
カノプスに従っていた兵士のうち、イクシアさんの薬により無力化されていなかった兵士達の大半もまた、カノプスが討たれた事により戦意を喪失、一部の反抗する人間も城の地下牢に投獄する事になった。
「こっからが大変だ。お前らはひとまず休んでてくれ。後はこの国の人間の仕事だ」
アラリエルがアートルムさんと早速戦後処理に取り掛かる中、作戦に参加していたクラスメイト達と合流を果たす。
目立った外傷はないようで安心だ。
「お疲れ様、だな」
「ショウスケ! 初めてのこういう現場はどうだった?」
「慣れないものだ。魔物相手でなく人相手だとこうも勝手が違うのか、とな。やはり、俺はまだまだ素人の域を出ないようだ」
クラスメイトの中で一番くたびれた様子のショウスケに声をかけると、自嘲気味にそう答えた。
「いや、それは謙遜が過ぎるよ。シュヴァインリッターを率いて的確に指揮を執っていたじゃないか。戦闘の様子を見て逐一配置をかえて、市街地のあっちこっちに展開していただろう?」
「そうだね、私とキョウコちゃんの方にも戦力を合流させてくれたり、避難場所を確保するために動いたりもしてたし」
この相変わらずのハイスペックめ。
「カイと一ノ瀬さんは大丈夫だった?」
「ああ、正直こっちは一番楽をさせてもらったんじゃないか?」
「そうだな……途中から持ち場を変えさせてもらった。城内の兵士の大半が無力化されていたので、我々の出る幕がほとんどなかったんだ。カナメと一緒に私は城周辺の鎮圧をしていた」
「俺はひとまず城内に残っている非戦闘員を確保して、安全そうな場所に誘導していたな。それよりユウキの方はどうだったんだ? 途中、城の一部が崩れていたみたいだけど」
「ああ……あれはカノプスだ。あいつが全力で剣を振ったらあの有様だったよ。……本当にあれは俺がどうこう出来る存在じゃなかったんだと思う」
正直、今回はカノプスがイクシアさんの策略で弱体化した事や、油断や慢心を俺がうまくつけたから勝負が成立した。
だがもし、万全の状態での戦いだったら……それこそ、最後の瞬間のように俺の一撃がアイツに通る事はなかったのだと思う。
まさに薄氷上の勝利だ。
「だが、それでもオメェはアイツに勝った。正直イクシアさんの作戦によるところが大きいのは俺にもわかる。だがそれも、お前がカノプスをあそこまで追い詰めるのが前提の作戦だ」
「ええ、そうです。あの作戦は、あそこまでカノプスを追い詰め、咄嗟に薬を使わせるところまで心身ともに余裕がなくなっていたからこそ成功した作戦です。ユウキ、貴方はこの勝負になんの負い目を感じる必要はありません」
「そう……ですかね」
でも俺は結局、イクシアさんに手を汚させてしまった。
俺の罪悪感はそこから来ているんだと思う。
どういう訳か、イクシアさんはカノプスを殺すことに躊躇こそしなかったが、どことない忌避を感じていた……ような気がするんだ。
でも、今はそんな様子は微塵もない。
もしかしたら俺の勘違いだったのかもしれないし、純粋にイクシアさんの経験がなせる切り替えの良さ、かもしれないし。
「さて、では私は今日のところは先に休ませてもらいます。ユウキ、一応身体の調子を確認したいので、一緒に来てくれますか?」
「了解です。じゃあアラリエル、そっちはこれから大変だとは思うけど、必要ならすぐに呼んでくれ。また、明日な」
イクシアさんに呼ばれ、俺も用意された部屋へと向かう。
ここはアラリエル達が拠点に使っていた場所からほど近い場所にある宿なのだが、どうやらここは正式にアラリエルの傘下、アートルムさんが管轄する宿なのだとか。
明日以降、主都の住人への説明や周辺都市への説明、他の支部のシュヴァインリッターとの連携と大忙しだとは思うが……今日のところは休もう。俺も、心身共に限界が近いのだから。
イクシアさんの部屋に通されると、そこにはベッドが二つ用意されていた。これはあれですか、つまり一緒の部屋だって事ですか。
「ユウキ、全力の身体強化を使っていましたが、身体の調子はどうですか?」
「ええと……今はなんともない、ですね。以前のように身体の外に何かが流れ出して無くなった……って感覚はないです。強化を切ったら身体の中に戻ってきたような」
「なるほど。念のため私も確認します。昔のように手のひらを私の手と合わせてください」
以前、まだ魔法が使えなかった頃の治療と同じように、手のひら同士をくっつける。
地球ではないから、今は俺の手のひらの方がずっと大きい。なんだか……感慨深いな。
「ふふ……立派な手です」
「はは、同じような事を考えていました」
「……ふむ、どうやら問題はないようですね。身体の魔力の流れに乱れはありませんし、戦闘前、作戦開始前に私が流した薬を飲んだ影響もあり、魔力路にも身体にも傷はありませんね」
「え、あれって予防薬の意味でもあったんですか?」
「当然です。我が子が戦地に赴くのに、なんの対策もしないはずがないでしょう?」
一体あの作戦でどれほど先手を打っていたのだろう、イクシアさんは。
それに……この魔装術が一体どういう物で、何故イクシアさんが使えるのか、も。
俺は、思い切ってその事を訊ねてみた。
「これは、出来れば誰かに教えないでくださいね。魔装術は本来……王家の秘伝でもなんでもないんです。この国の王族が生み出した術でもなければ、特別な才覚も必要のない、ただ単に習得難度が高く、必要魔力が多いだけの、古い魔術の一種なんですよ」
「な……そうだったんですか……それがどうして秘術になったんでしょうね……」
つまり、失伝した魔術でしかない、と?
「元々、個人が生み出し、個人に教えただけのオリジナルの魔術でしかないんです。ただそれを……きっと代々自分の子供に教えてきただけなのでしょう。使い手が、もはやこの王家しかいなかっただけ、ですね。だから対処法が知られていなかった」
「……でも、イクシアさんはそれを知っていましたよね」
まさか……イクシアさんがこの王家の関係者……?
「……魔装術は、私が考案した魔術なのですよ。そして、その生涯でこれを伝授したのは……一人だけ。いえ、つい最近ユウキとコウネさんに教えましたけどね」
「じゃあ……ここの王家の人間に伝授した、と?」
「……私の唯一の弟子が、当時のノースレシア王家の方と結ばれたんですよ」
「なんと! じゃあ、イクシアさんがノースレシア王家に詳しかったのも、そういう縁があったからなんですね」
「ええ、そんなところです」
イクシアさんは孤児院のような場所で園長を務めていたと言っていた。
もしかしたら、その中には魔法を教えた子もいたのかもしれない。
巡り巡って、園を出た子が王家に見初められて……なんて事もあったのだろう。
なんともロマンチックというか、ドラマチックというか。
「ところで……ユウキ。私もユウキに聞かなければいけない事があります」
「はい、なんですか?」
その時、イクシアさんがとても神妙な顔でこちらを見つめているのに気が付いた。
なんだ、ちょっと緊張してしまうのですが。
「ユウキ、貴方はあの離塔に私とアンジェさんを迎えにやって来ましたよね」
「ええ、そうです」
「……あの時、ユウキはアンジェさんの姿を見て、なんと言ったのですか?」
「え?」
あの時……アラリエルのお母さんを見て俺は確か――
「ああ、知ってる人に凄く似ていたので、その人がここにいるのかと思ってつい」
「……その人の名前を、教えてもらえますか?」
マザーさんの本名だ。いや、咄嗟に人の母親をマザーと呼ぶのはさすがに躊躇われるので、ついつい。まぁマザーのことだって教えていないし、別に問題はないだろう。
「『レイスさん』ですね。ちょっと以前学園の任務で知り合った人ですよ。髪の色とか特異な器官、頭の羽がそっくりなんです」
そう答えると同時に、目の前から息を飲む音が聞こえてきた。
見れば、イクシアさんが両手で口を押え、目を見開いている。
それはどういう感情なのか、俺には分からなかった。
だが、落着きを取り戻したのか――
「そう……ですか。ええ、そういう事もあるのでしょうね……」
「イクシアさん……?」
「すみません、私の思い違いみたいです。ユウキ、心配させてしまいごめんなさい」
「そう……ですか」
なんだろう……やはり、イクシアさんはこの大陸に来てから少しだけ、不自然なところが多くなったように思える。
それだけ、この大陸に思い入れがあるのだろうか。
「ユウキ、今日はもう寝ましょう……流石に、私も緊張が続いたせいでしょうか……少し眠気が強いみたいです」
「そうですね……俺もです」
そう言うとイクシアさんは自分のベッドに横になり、少しだけ端の方に寄ると――空いてるスペースを手でポンポンと叩きながら、布団をめくってこちらを見つめてきた。
一緒に寝ろと申すか! いや、さすがにこの姿だと絵面がアウトなんですが!?
いや地球でもアウトなんですけどね!?
「ベッドが二つあるので贅沢に使いましょう?」
「むぅ。仕方ないですね……」
そうして、俺はベッドで横になり、目をつむる。
まだまだ、たくさん考えなければいけない事があり、本当は眠気なんて全然ないのだけれど。
ただ、今は横になろう。イクシアさんを安心させる為にも――――
一瞬だけ、意識が飛んだと思ったが、どうやら一瞬ではなかったようだ。
隣から、イクシアさんの寝息が聞こえてきていた。俺も結構眠っていたのだろうか。
俺はベッドから抜け出し、宿を出る。
少し一人で考えたい気分なんだ。
「……まだ少し街が騒がしいな」
時刻は深夜。だが今日、この都市で大規模な戦闘が行われた。
多くの城の人間が囚われ、多くの兵士が命を落とした。
シュヴァインリッターにも被害者は出た。当然、被害者にも家族がいる。
いくら一日で決着がついたと言っても、その戦いの傷跡は確かに刻まれている。
「……もしかしたら、あの場所に……」
俺は『ある目的』の為、一人深夜の都市を進む。
(´・ω・`)イクシアさんはこの作品において四番目に強い人だから……




