第二百五十六話
((´・ω・`))寒い地方に引っ越したからか、最近すっかり虚弱体質になってしまったのだけど!
黒い透明なガラスのドームでも張られたように、城の屋上が謎の膜に包まれた。
これは、カノプスの魔法……? いや、でも魔法発動の気配なんて――
「二人とも、防御しなさい!」
イクシアさんの叫びが聞こえた次の瞬間、腹のど真ん中を何か目に見えない衝撃が貫通した。
衝撃、だけだ。咄嗟に剣で防いだが、何か分からない衝撃だけが、剣を無視して身体を……。
「……! ガ……ア……」
身体の内部が、熱い。
手足に力が入らない。
「アラリエル……無事か……」
咄嗟に背後に声をかけるが、返事はない。
まさか……。
「……ァァ……」
生きている。だが振り返らない。
この攻撃はまだ続いている。
「防げんよ。“黒龍閃”は原初の一角だ。人が抗える類のものじゃない」
「なんだ……これ……」
「ん……予防薬でも飲んでいたか。準備のいいことだ」
? 何の話だ?
だが、言われてみると手足のだるさが抜けてきていた。
見ると、手の甲がどんどん張りを取り戻している最中だった。
なんだ、今の攻撃は? 身体の水分を奪ったのか……?
「ユウキ、こちらでアラリエル君は保護します。アンジェさん共々私が守ります」
「了解しました」
さしづめ状態異常攻撃ってところか?
あの攻撃、どうやら防げるような物じゃない。つまり空の色が変わる、あのガラスの膜のような物が展開されたら、全力で破壊しなければ――
「シッ」
「っ!」
迫るカノプスの剣。それを逸らすと、すぐに反対の手が、まるで爪でひっかくようにこちらに迫る。
指先に、オーラが纏わりついている。
触れるのはまずいと咄嗟に判断し、多めに距離を取る。
回避の際に、こちらも体勢を崩しながら、魔力で強化した蹴りをおみまいする。
「グ……」
「ようやく一発」
女性には悪いが、腹に一発蹴りを打ち込むことにようやく成功する。
……じゃあ行儀が悪い事をしようか。
後で怒ってくれていいよ、イクシアさん。
「大当たり! これで子宮でもつぶれたか? 次代の魔王なんてお前にゃ産ませねぇよボケが」
最悪最低の口プレイ。流石に我慢できる範疇にない罵声。
「……貴様は殺す」
「どうぞ?」
少しでもいい。攻撃が単調になってくれ。
さっきの技を連発してくれてもいい。
同じ技なら何度か見て学習しておきたい。
長丁場になる事も覚悟の上だ。
「ならば死ね」
瞬間、またしても空の色が変わる。
ほぼノータイムでこちらも分け身風、風の分身を発動させ、タイラントブレスをドームのすぐ近くで発動させる。
狙い通り、ガラスの割れるような音と共にドームが崩れ去り、発動したタイラントブレスに巻き込まれるように、カノプスの足取りが一瞬もたついた。
「――チ!」
「く……無駄だ」
駆け抜け一閃。足を一本落とすつもりで放った一撃は、ドレスのスカートを切り裂くに留まった。
やはり、切り裂けない。身体にダメージが通らない。
「……よく頭が回るやつだ。反省しよう」
「冷静になるのが早過ぎるだろ」
今の一撃で冷静さを取り戻したカノプスが、ふいに考え込むように剣の構えを解く。
「……そうだ、お前の攻撃は私には通らん。だが……」
そうだ。蹴りがなぜ効いたのか。俺は剣ではなく体術の攻撃では攻撃力が低いだろうと、魔力で強化……魔装術を使っていたのだ。
つまり、これなら攻撃が通る。
一応剣にも纏わせられるが、自分の身体意外だとまだまだ不安定だ。
それに下手に手札を見せる訳にもいかない。
「カノプス、仕切り直しだ。不意打ちの類は俺には効かないぞ」
はったりだ。だが実際読みで二回、アイツの初撃や不意打ちを防いでいる上に、俺はたった今風の魔導を披露してみせた。
つまり『ササハラユウキは空気の流れに敏感だ』と勘違いしてもおかしくない。
思考をある程度誘導出来ている状態と言える。
なら、ここから攻略していくのみだ。
「……ふぅ。認めよう、少なくともお前は私を警戒させるだけの力はある。恐らく今まで戦ってきた人間の中でも五本の指に入るだろうな」
「一番がいいな、俺」
「抜かせ」
もう、カノプスの姿が消えることはなかった。
高速移動による攪乱もなく、ただ純粋に強力な一撃を――強力過ぎる一撃が襲ってきた。
「ガァアアアアアアアアアアアアア!?」
「実感しろ。これがスペックの差だ。原初を甘く見たな」
足場が、城の屋上が崩れ、瓦礫と共に城の中に落下する。
それでも止まない。落下の勢いのまま、カノプスの一撃が今もなお俺を地面に叩きつけようと、床を更に崩しながら、階下へと運ばれる。
「終わりだ、ササハラユウキ」
「――まだ……だ」
流石にもう躊躇はしない。全身全霊、全てを身体能力強化に回す。
命の流出の感覚は……少しだけある。だが、以前よりも練度が増したのか、流出したナニカが身体の表面に残っている。
イクシアさんが俺に魔装術を教えたのは……この時の為だったのだろうか。
「……まだ息があるか。恐ろしく頑丈だな、大陸は分断出来なくとも、都市くらいなら両断出来るのだがな」
「……大都市より頑丈なんでね」
高速の移動。足に風を纏いさらに軌道を自由に。
分け身風で残像にも攻撃力を持たせる。
「っ! 随分と古風な術を使う!」
「ダメージはなくとも警戒はするか」
「ああ、警戒しよう! 貴様は強い!」
攻撃の密度が上がる。俺の刀の速度に、分け身の追従する攻撃。
背後に回り込む分け身による追撃。力だけならカノプスにも迫る、今の俺の全力。
確実に、着実に、カノプスの身体を後ろに押しやり、大量に降り注いだ瓦礫にバランスを崩しそうになるカノプス。
でも、それでも『そのことには頓着しない』よな。
さっきもドレスしか切り裂けなかったもんなぁ!?
「慢心したな」
「な!?」
この強化で、コツを掴んだ。命を身体の表面に留めるように、純粋な魔力を薄く濃く、高純度で纏う。
刀の先まで、しっかりと隙間なく。
その刀身は、カノプスの脇腹を貫通し――
「容赦はしない」
全力で振り抜く。
脇腹から外に向けて大きく身体を切り裂く。
間違いなく、致命傷だ。まぁこの世界には……それを癒す薬があると知ってはいるんだけどな。
カノプスが咄嗟に懐から薬瓶を取り出し、口に含む。
恐らく、イクシアさんが既にカノプスに提出していた回復薬だろう。
みるみるうちに、カノプスの傷口が塞がっていく。
「! 貴様!!!!!!!!!!! その技をどこで学んだ!!! 凡百の人間が扱えるものではないぞ! よくも……よくも私の命を脅かしてくれたな!」
「反対に振り抜けば殺せたのにな。片刃の剣なのを恨むよ」
「貴様……貴様だけは……殺す、絶対に殺す。私を脅かす存在は必ずコロ――」
その時だった。憎悪に満ちたカノプスの表情から感情が抜け落ち、動かなくなってしまった。
「なんの真似だ……?」
動かない。生きてはいるようだが……?
するとその時、瓦礫の山をつたい、屋上からイクシアさんとアラリエル親子が、ゆっくりと降りてきた。
「……計算通りでした。ユウキならば必ずカノプスを瀕死になるまで追い詰めると思っていました。体力も魔力も、命さえも消耗させ、ギリギリのところまで削ると思っていましたよ」
「イクシアさん!? こいつまだ生きてます! 危険です!」
「いいえ。カノプス、立ってこちらに来なさい」
イクシアさんが、冷徹な声色でカノプスにそう命令を下すと、うなだれていたカノプスがゆっくりと立ち上がり、ふらふらとイクシアさんの前に歩いて行った。
「もう、薬に抵抗出来ない程弱っていた。そして僅かでも回復しようと、薬にすがってしまった。ようやく……私の術中に陥ってくれた」
「イクシアさん……?」
「さて。アンジェさん、アラリエル君。今なら確実にカノプスを殺せるでしょう。どうしますか?」
それは残酷な問いだった。
イクシアさん……まさか全部想定していた上で、最後の決着を二人にゆだねる為に立ち回っていたのか……?
「決めるのはアラリエルです」
「っ! ああ、そうだ。イクシアさん、手間をかけさせて申し訳ねぇ。ユウキ、随分と無理させちまったな……まさかここまでやるなんて思ってもみなかったぜ」
「俺も、久しぶりにここまで全力を出したよ」
ディースさんとの一戦以来だよ、ここまで戦ったのは。
「申し訳ありません、行動を縛る時間には制限があります。アラリエル君、どうしますか」
「すんません。……殺すべき、ですよね」
迷いはあるだろう。敵ではあるが、恐らく……幼馴染、ではあるだろうから。
少なくとも、俺はアラリエルの口からカノプスの話を、それこそ子供時代の様子すら聞いたことがある。
どれくらいの頻度で会っていたかは分からないが、歳の近い貴族の跡取り同士。
絶対に、無関係ではなかったはずだ。
「ユウキ、刀貸せ。俺のデバイスがダメになっちまった」
「分かった」
「……ワリィな、汚れ仕事に使うみてぇで」
構わんよ。だってそれは人殺しの道具なんだから。
「……イクシアさん、命令権を俺に移譲とか出来ないっすか?」
「出来ません。ですが、代わりに命令は出来ます」
「なら……カノプス、お前に協力した人間を答えろ」
それは、俺が戦闘中に尋ねたことだった。それをイクシアさんが代わりに尋ねる。
そうだ、今なら背後関係だって――
「……るな」
ルナ? 女性の名前か?
カノプスが小さくつぶやいたのがかろうじて聞こえた。
だが、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。
「……めるな……なめるなよ……」
「な!?」
「意思が!?」
「アラリエル、刀貸せ!」
「……なるほど、意思だけは取り戻しましたか。さすがは……原初の血統ですね」
カノプスの目に生気が戻り、イクシアさんの命令に明確な拒絶の意思を示した。
俺はすぐにアラリエルから受け取った刀を突きつける。
「ユウキ、安心してください。意思は戻っても……身体は決して動かせませんから。彼女が飲んだ薬は、そういう物です」
「っ! イクシア、貴様……! 私に契約を成立させただと……!」
「……貴女は私の血を取り込んだ。そして私に血液を提供した。それだけ条件が揃えば、貴女専用の薬程度、簡単に調合出来るんですよ」
「馬鹿な……私の情報だけで……原初を縛るのは不可能だ……重みが、歴史が違う……お前は何者だ」
「訳あって、私は『その血族の知識は誰よりも深く理解している』のですよ。そこに貴女の情報を加えるだけですから、雑作もない事です」
イクシアさんは、本当に何者なのだろう。
彼女の出自を詳しく知りたいと初めて思った。
「意思が縛れない以上、情報は引き出せませんね。ただ少なくとも……背後に何者かがいるのは間違いないでしょう。アラリエル君、彼女に引導を渡してください」
「私を甘く見過ぎだ、イクシア。意思さえ戻れば……」
すると、カノプスの身体から再び赤黒い魔力が滲みだし、全身を覆っていってしまった。
厚く厚く、先ほどよりも一層濃く。
「お前たちに……アラリエル、お前には殺されてやらん。お前は一生、私を超えずに仮初の玉座に座るがいい。愚か者め……すぐ手に届く場所まで原初に近づけたというのに」
「……別にこだわっちゃいねぇよ、トドメを俺が刺すかどうかなんて。ユウキ、やってくれ」
往生際が悪いと言うべきか、それとも意地でもアラリエルを正当な後継者と認めたくないのか、最後の最後まで敵として、魔王としてあろうとするカノプス。
俺はアラリエルに託された事を完遂する為、刀に全力で魔力を注ぎ、魔装術を完成させる。
「クク……さぁ試すが良い、紛い物よ。貴様が何故その術を使えるのかはもはや問わん。それで本当に原初を、全力の私を討ち取れるのなら潔く死んでやろう」
「……みんな、少し離れてくれ」
たぶん、苦し紛れではないのだろう。カノプスは本気で、自分の全力を俺が突破出来ないと考えているはずだ。
イクシアさんが言うには、行動を縛れる時間には限度がある。恐らく、自殺させる事も出来ないのだろう。
ならば俺が決めるしかない。
刀を鞘に収める。
「……来い、ササハラユウキ」
再現ではなく、俺の一撃。
ただ全力で、命を懸けて一撃に全てを込める。
俺の体表にも、カノプスと同じように、白い魔力の厚い膜が出来上がる。
「くく……本当に仲間に恵まれているな、アラリエルよ」
その小さなカノプスの呟きを聞き終えるのと同時に、一撃で首を落とすべく刀を抜き放った。
((´・ω・`))灯油代も最近高いし困ったわ