第二百五十四話
(´・ω・`)お待たせしました、毎日更新ではありませんが20章開始です。
契約により命令を下した兵士に、偽の記憶を植え付ける。
私が『アンジェさんが暴れるのを薬で抑え込み、そこに鎮静薬を飲ませ、話を聞いた』と。
『意味不明な供述、自分は先代の魔王の妻だと名乗る女性に、ひとまず思考力が上がる薬を仮に与え、睡眠で体力が大きく回復する薬だけ処方して退出した』と。
「お疲れ様でした、イクス殿。では、自室までご案内します」
「ああ、大丈夫ですよ。道はもう覚えていますので。通常の業務に戻ってください」
「そうですか? では、この塔の下までご一緒しましょう。しっかりと施錠しないといけませんので」
ああ、そうでした。この隔離されている塔には鍵がかけられている。
ならば……。
「その鍵を私に貸しなさい。明日の朝、鍵をこの塔の裏に埋めておきます。それを掘り返して回収しなさい」
私の命令は、無条件できく。そう契約しているのだ。
彼女がポーションを城の中の兵たちに広めたら、そのタイミングで全ての兵士に傀儡子の術式を刻み込むのみ。
一度目の薬で魂に脆弱性を付与し、二度目の薬で薬に紛れ込ませた術式を体内で完成させる。
二度目の薬が城内に行き渡ったその時が、私の作戦の完遂だ。
「強い存在には効かない。それどころか害として認知されない。未完成の術式をそのまま物質に付与するのは……R博士……リュエ様に教わったんでしたね」
この城に私は学徒として修行に訪れた事がある。
そこで学んだ知識が、今の私を支えている。
ユウキの傷を癒した薬も全て、ここでの学びで生み出された物。
私が収めている錬金術も、その開祖はリュエ様だ。
……確か、元々存在していた錬金術を分かりやすくひも解いて、再構築した学問でしたか。
彼女はしきりに『これはリュエ式錬金術だよ、あんなカビの生えたおじいちゃんが扱う術と一緒にしないでおくれ』と言っていたっけ。
「この中庭は……ああ、本当にほとんど変わっていない……」
過去の記憶が、否が応にも呼び起こされる。
これが、かつて私が新たに生を受けるときに言われた『過去に魂が引っ張られる』ということなのでしょう。
「……懐かしくとも、求めたりはしない。私には今がある。最愛の息子が……私を待っていてくれているのだから」
踵を返し、城内へ戻る。私の自室へ向かおう。
そこで、追加の薬を仕上げてしまわなければ。
もう……作戦は完遂間近なのだから――
自室で鍵の複製を作るべく、あまり得意ではないが、氷の魔導で簡易的に複製、形状を術式に刻み込んでいく。
私では時間が掛かってしまうが、きっと氷魔導が得意な人間ならば、教えたらすぐにマスターしてしまうだろう。
それこそ、一瞬で複製を作れてしまうくらいに。
「……こういう時は、自分の適正属性が憎いですね」
空が白んできた頃になり、ようやく完成した合鍵の術式。
私は眠気を押し殺し、鍵を塔の裏手に埋めに行った。
「……術式はしっかり働いているようですね」
隠れて様子をうかがっていると、先ほど案内をしてくれた兵士が塔の裏手へと向かい、少しするとまた戻ってきた。
しっかりと鍵を回収したのだろう。これで私も部屋で休めます――
「そんなところで何をしている」
「っ!? ……カノプス様でしたか」
木の裏に隠れていた私に声をかける人物が現れる。
気配を悟らせることなく現れるこの力は、魔眼と合わせると本当に厄介ですね。
「悪いとは思うが、お前の動きを魔眼で追っていた。ずいぶんと不審な動きをしていたな?」
城内ならば誰かが動いたらそれが分かる……か。
しかしこの様子では直接様子を見ることが出来る訳ではないようですね。
「念のため、ですよ。先ほど、患者さんに処方した薬が塔の窓から投げ捨てられていないか、確認しておりました。錯乱している様子でしたので、おとなしく処方された薬を飲むとは限りません。過去に、飲んだふりをして捨てたり隠したりした方もいらっしゃったので」
「なるほど……それは盲点だった。窓は人の出入りはできないように鉄格子をしているが、多少開けることは出来る。後ほどもう少し加工するように言っておこう」
「ありがとうございます。では、私はこれで失礼します」
「よかろう。ご苦労だった、イクス」
……ほっと胸をなでおろす。咄嗟の言い訳でしたが、納得してくれたようだ。
これは確か、過去にママ友さんから聞いた話だ。介護関係の職場で働いている方でしたが、入居者の方がそんな風に薬を窓から投げ捨てる事があるのだとか。
「……あとは待つだけ、ですね」
頼みましたよ、ユウキ。
今日、街中で城から卸された回復薬、イクシアさんが作ったと思われる品が市内で売り出され始めた。
以前と変わらない値段で卸され販売される、国のお墨付きをもらった薬は瞬く間に売れていったが、その半面シュヴァインリッターは、利益が王家の行く事を悔しがっていた。
イクシアさんが王家直属の薬師になった事で、シュヴァインリッターを退職したのだ、仕方ないだろう。
が、本題はそれじゃない。
俺は購入した薬を手に、再びアラリエル達の元を訪れていた。
「これが合図になってるんだ。なんらかの形で城からイクシ――イクスさんの薬が出て、その効能で俺の身体の調子が一時的に悪化したら作戦は失敗。逆に一時的に魔力が溢れ出るようになったら作戦成功だって」
「いや、薬ならどのみち回復するんじゃねぇか? 魔力」
「うん、私もそう思う。悪化するような薬、販売を許してくれるとは思えないもん」
「いや、俺にだけ表れる効果なんだってさ。普通の人には普通の薬でしかないって。俺が飲んだ時だけ、一時的に魔力切れが起こらなくなるか、もしくは軽いめまいがするって」
「……まさか、個人の魔力に反応する薬を……? 今までイクシ――イクスさんには度々驚かされてきましたが、これはさすがに……私の故郷、エレクレア公国はかつて錬金術の発達した国でした。ですが、いつの頃からかノースレシアに追い越され、数々の新理論に完全にこれまでの錬金術を否定されたという歴史があります。それからノースレシア式の錬金術を取り入れ発展してきたという背景があるのですが……個人の魔力に反応させる方法は、神話時代の経典に存在がほのめかされる程度の秘薬ですよ?」
「今はそういう追及はなしで頼むよコウネさん。ただ、イクスさんは本物の天才なんだよ。歴史に何度も現れるような天才じゃない、正真正銘の希代の天才なんだ」
「……そう、ですね。イクスさんが天才なのは……知っていましたけれど」
「魔導師としてもね。分かった、この話はこれでおしまいにしよ? それでユウキ、その薬の効能は?」
俺は一口飲んで、すぐに奥底から溢れ出てくる魔力を感じ取る。
「作戦は成功したみたいだ。こっちも合図として、大きめの音花火を上げよう。城まで音が聞こえるような」
作戦実行を指揮するアートルム支部長にそう提案する。
「分かった。私の権限でシュヴァインリッターで臨時の討伐遠征隊を結成させる。その合図として打ち鳴らそう。多少強引だが、駆けつけてきた衛兵はそれで納得させられるはずだ」
「んじゃ、俺達は戦闘の準備に入るか。おい、全員の配置はどうなってんだ?」
「私とセリアさんは衛生兵を指揮して市中を回りますわ。市民の被害者を保護します」
「一応、私は諜報もしたからね。街の地理にはある程度詳しくなったって自負してるよ」
「僕は城周辺で湧いて出てくる兵士を片っ端から攻撃する感じだね。時間稼ぎもかねて」
「俺とミコトは城に通じる隠し通路の警備兵を襲撃。そこから内部に入り込みつつ、城内で暴れる」
「私達は城の深部まで入りはしないが、可能ならば城門を完全に破壊して城内に兵士を閉じ込める予定だ」
俺のいない間に、アラリエル達は組織の人員を小隊に分け、俺達SSクラスの人間にそれぞれ与える事になっていた。
が、俺とアラリエルは二人で城の内部に直接忍び込む役割だ。
そして――本作戦決行と同時に、シュヴァインリッターは正式に反クーデター軍の友軍となる。
リョウカさんが、無線中継基地を奪い返した後にすぐ、セミフィナル大陸のシュヴァインリッター本部に連絡をして総帥に働きかけたそうだ。
つまり、正式にカノプス達は世界の敵と定められた訳だ。放っておけば災禍を巻き起こす敵だと。
「俺が合流したシュヴァインリッターを指揮する、で構わないのですね? 大丈夫でしょうか」
「問題ない。既に内々に今後起きることをうっすらと伝えている。大きな内乱が起きるから、私の部下達に従ってくれとな。君達にはその証に『逆翼勲章』を装着してもらう」
「ではその大役、謹んでお引き受けします」
俺が以前受け取った、シュヴァインリッターの証を少しだけ改変したバッチが配られる。
これで反クーデター組織の戦力は、数の上ではノースレシア軍……カノプスの手勢とは五分五分、いやむしろ上回ることになる。だが――
「だがこれでも戦力は五分五分だ。いいかユウキ、城に潜入したら真っ先にお袋の奪還、そして逃亡だ。カノプスと戦おうとするのはナシだ。世間、いや世界がアイツを断罪するのを待つのが正解だ」
「そこまで強いのか?」
「ああ。平時の不意打ちならまだ可能性もあるが、戦争、戦場でのアイツはモノが違う。情けねぇが俺は手も足も出なかった。俺に従う兵士も数百単位で死んだ、一瞬で」
おいおいおい……これはいよいよ『ジョーカーじみてきた』な……。
「やはり歴史書に書かれていたことは事実か……カノプスは過去にエンドレシアとの戦争で、まだ子供だというのに、単独で一軍を退けたとあった。これが事実なら……ユウキ、お前なら勝てるか?」
……俺も、全力なら一軍を相手取る事はできる。だが、カノプスが相手取ったのは、屈強なエンドレシアの兵士達だ。
俺が戦ってきた地球の軍人なんかじゃない。
正直、今の俺でも逃げに徹しろというアラリエルの判断は正しい。
「タイマンじゃキツい。アラリエルと協力して逃走の為に戦うならまぁ、問題ないだろうけど」
そう答える。本当はアラリエルのお母さんが逃走の足手まといになる可能性、戦力が低下する事を考慮したら、厳しい戦いになると分かっているのに。
「……そうか。俺達は城の兵士を引き付ける役目だ。が、余裕があれば俺達も城の内部に侵入していくつもりだ。それまでなんとか持ちこたえてくれ」
「あいよ。ショウスケも気をつけろよ。こういう戦争に参加するのは初めてなんだから。って、俺達も実質初めてなんだけどさ」
それでも、修羅場は潜ってきている。
だから――
「アートルム支部長。作戦開始の合図の用意を始めてください。俺達も戦闘準備に入ります」
もう、迷いも恐怖もない。
ただこの戦いに身を投じ、そして勝利するのだと信じている。
「以上が本日新たに納品する薬と、カノプス様に指定された改良を加えた品の試作品です、私はこの後少し仮眠を取った後に――」
研究室で、カノプスの使いの人間に薬を渡していると、ふいに遠くの方から音が、ちょうどかつてユウキと共に見た花火に似た音が聞こえてきました。
これは合図だ。ならばもう、私も大人しくしている必要はなさそうですね。
「仮眠の後、例の患者さん、塔に隔離されている方の様子を見に行きます」
「なるほど、了解しました。では私はこれで――」
見送るのと同時に、私は研究室の床に刻み込んでいた紋章を発動させる。
城の各所に刻んだ紋章と連動し、範囲内にいる全ての人間に効果を及ばせる。
そう、過去に私達の家の周囲の山に張ったような、生物の意識に効果を及ぼす術式。
『全員、動くな。抵抗する味方がいたら抑え込め』
薬の普及度合は、城内勤務の兵士に七割。周辺警護の兵士は約半数。
これ以上は時間的に普及させるのが難しい。けれども、今の命令で少しは術式下にいない兵士も巻き込めるはず。
さぁ、蹂躙しなさいユウキ。私は一足先にアンジェさんの元へ向かいましょう。
「……本当にはしたない。魔物との戦闘では冷静でいられたというのに」
戦争は、人と人との闘いは、どうしても滾ってしまいますね――
(´・ω・`)直接リンクを張ったりは出来ませんが、書籍版パラダイスシフトの書影が公開されました。
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